自由への飛翔 作:ドドブランゴ亜種
多分スマホだと糞読み辛いです。
パソコン推奨です。
□<グランドル・路地裏> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ
吐いた息が喉を焼いた。
弓を引いた腕が、矢を握った指先が――歪な音を立てて力が籠らなくなった。
(……熱い)
砂漠の夜は凍える程の寒い……はずなのに、私の体はまるで燃えているかのような熱を持っていた。
突き、薙ぎ払う【ミラーズ・ベイ】がいつにも増して重たい。
鈍く、重たい腕。
しかし、それでも強弓を握る指は緩まず、一秒間の間に何十もの攻撃を重ねていく。
超々音速機動での《騎乗》中の『騎射・騎乗槍・纏った炎での焼却』。常人では悲鳴を上げて倒れてしまいそうな無茶に、脳が鋭い痛みを発して警鐘を打ち鳴らした。
……痛い。
頭の中で脳が溶けていくかのような熱持ち、今にも思考停止してしまいそうだ。
「――ィッ!! ハァッ、ハァッ……」
『ィヒッ、ィヒヒヒヒヒヒヒヒヒ~~ッ!! 早くしないと後ろのガキ共が肉になっちゃうよォォォォオオオ!??』
それでも足を止めることは出来ない。
後ろには護るべきティアンの子供たちが居るのだから。
目の前には殺さなければならない
『ィヒヒ――ヒッ!! ど―――て殺―――なァァ~!? 顔を見たガ――――玉をくり抜いて皮を剥ご――なァァ、他の奴は骨――――てこの死体共の――――うかなァァ~。
――ナァ、―――良いと思う【騎神】ンン――――――――――ゥゥゥゥウウウ~~ッ!!?』
「……黙、れ」
鼓膜が破れ【難聴】になり、音が遠くなる。
戦闘においては最悪な状態異常……だけど、【解体王】の不快な声が聞こえづらくなったことに、安心した私がいた。
肋骨が折れ、刺さったのだろう。
【肋骨骨折】と鋭い痛みと共に、服の上から血が滲む。
息を吸おうと開いた口からは血が垂れ、焼ける様だった喉を冷やしてくれた。
(……終わりが見えない。このままじゃ私の負けて、たくさんのティアンが奴に殺される)
体と心は、怒りと疲れにマグマのように煮えたぎっている。
しかし『戦闘モード』へと落ち切り替わった思考だけは、警鐘を鳴らしながらも冷静に目の前の現実を捉えていた。
長槍を纏う超高温の炎が、死肉を焦がしきり飛ばす。
――瞬時に死肉が接着し、辺りの死肉が補間する。
『矢筒』から握り込む様に抜き取った十数本の炎矢で、広範囲を焼き穿つ。
――表面の死肉が切り離され、地面に落ちた死肉だけが炎で塵となった。
アレウスがその二本の刃角で突進する。
――死肉の鎧を1メテル程貫き……周囲から圧殺しようとする死肉のから逃れるように身体を退く。
『ィ、ィヒ―――ヒッツ!! 私の“死肉の――”は無敵だ―――――ァァァァアアア!!』
足は無く、生々しい肉塊で形成された“死肉の巨人”。
ひたすら膨張と拡大をする死肉の塊。
半径10メテルにも及びそうなまでに膨張した【解体王】を、霞む視界に捉えながら血を吐き捨てる。
有限ではあるが、5000という【完全遺骸】を《解体》し、際限なく膨張し続ける【解体王】は一時的とは言えまさに
いや……可能性はあったのだろう。
「……あの時ッ」
【怪鳥】形態のフェイなら《紅炎の炎舞》で全身ごと塵になるまで焼き殺せたはずだ。
周りに影響も出ない。【解体王】だけを焼き尽くす
……だけど、もうそれは出来ない。
その選択肢は、【解体王】との戦闘が始まって直ぐに放棄してしまったのだから。
【不死鳥の紅帯】形態の《我は不死鳥の騎士為り》では、焼き尽くすことは出来ない。
しかし……《火炎増畜》で貯めこんでいたMPとSPを全て注ぎ込んでしまった今、《紅炎の炎舞》では『亜竜級』モンスターの【完全遺骸】の混じった死肉の巨人を焼き尽くすことはもはや不可能となっていた。
後の祭りの可能性。
痛恨のミスだ。
『―――――ヒヒッ!! 知ってる――――――ィィイイ? ティアンの動いたままの心臓は、案外コ――――て、血の味がして……ィヒッ!
――美――――――――ァァアアア~~ッ!?』
響く奇声。
そう言いながら、体中に
放物線をえがきながら骨の口へと吸い込まれ、そして。
――『グチュリ――』
真っ赤な血が噴き出るのと同時に、肉がすり潰された音が響いた。
「――ッ!!」
同時に、食べかすのように死肉の巨人の足元に転げ落ちた1つの心臓。
4分の3が消え去り、もはや元のどこのあたりだったかも分からない。それでも、千切れた血管へ血を送ろうと脈動し続ける心臓が視界に入った。
(――落ち着け、ヴィーレ・ラルテ。これはブラフ。【解体王】が居場所を紛らわせるために張った罠だ)
私はそう、自分自身に言い聞かせた。
反射的に死肉の巨人の頭へ向かって炎矢を打ち込もうとした腕。
骨が一部折れ、血が滲む左腕を必死に抑えた。
(師匠から受け継いだオリジナルスキルなら、きっと打ち貫けるだろうけど……)
それも出来ない。
『ィヒヒヒヒヒッ!』
「――フッ!!」
宙を舞う『死体生物』の山。
折れた指をフェイの炎鎧で無理やり動かし矢を打ち放ち、空中で『死体生物』を焼き穿つ。
理由は明確。定期的に、私の隙をついて狙われるビーオ達への襲撃があるからだ。
私は限界を超えた体を酷使する。
幾つもの
先の無い……負けの結末。
(それでも……)
それでも、私は迎撃から攻撃へ。
再び、攻撃に反転しようとして、アレウスの手綱を退くように翻り……
「――なッ!」
視界に頭上から降り注ぐ『死体生物』が移り込んだ。
月明かりを遮り、地面に影を落とすその数は……先の襲撃よりも遥かに多い。
……単純な油断だ。
――このまま守ってさえいればいずれ私が力尽きて、そして勝つことが出来る【解体王】。
――死肉の守りを薄くすれば、一瞬で私に突破されるかもしれない【解体王】。
そんな何度も繰り返された同じ襲撃から、突然混ぜ込まれた悪意。
【解体王】にとってもある意味、賭けである。 私の隙を完璧に突いた、
『ィヒヒヒ――――――ヒッ!! ほらほらほらァァァァアアア!! 守ら――――――まうよォォ―――――――オ!???』
耳障りな奇声が響く。
しかし、私は加速した思考の中で
――数は16……いや、17体。
降り注ぐ『死体生物』の数を数えるのが早いか、それもと『矢筒』から矢を引き抜く方が早いだろうか? 《自動装填》スキル持ちの【純重隠樹の矢筒】はしっかりと17本の矢を【アイテムボックス】から装填し、私の指へと握らせた。
まとめて17本。
全て一度に弓へと番え、何もかもを焼き焦がす炎矢と化した矢を一斉に引き放った。
――1本、そして2本。
多少の時間差と共に、矢は外れることなく命中し『死体生物』を塵へと変えた。
私は油断なく、気を張り巡らせながら最後まで命中したことを確認する。
そして、
「――ッ、逆光ッ」
最後に燃え尽きた死体の影。
その後ろから燃え尽きることなく現れた18体目の『死体生物』に目をに開いた。
月明かりによって『黒い形』としか視認できなかった『死体生物』。それに加え、全てが異形であり、人型でない『死体生物』の姿が相合わさり正確に捉えきれなかったのだ。
(だけど、まだ間に合う――)
私は再び、『矢筒』から1本の矢を抜き取っては引き絞る。
渾身の力を込めて引いた矢は、炎矢と化し、その矢先を真っすぐに宙から迫りくる『死体生物』へと向け……
「――え?」
――
何が起きたか? ――その答えは簡単。
《我は不死鳥の騎士為り》、そのタイムリミットが来てしまったのだ。
そして【骨折】で力の入らず、フェイの炎鎧でのごまかしも同時に掻き消え、折れていた指から炎矢は擦り落ちてしまったのだ。
それだけではない……数多の【骨折】の傷痍系状態異常。
ごまかしてきた違和感が一斉に私の体へと襲い掛かり。
――『―――レ』
耳元で聞こえたその声と共に、私へと墜落した『死体生物』によってアレウスの背から地面へ。
衝撃で薄らぐ意識と共に、転げ落ちるように投げ出されたのだった。
□□□『4カ月前~』
「どんなモノでも……最終的にその価値を決める事となるのは、使い手次第なんですよ」
赤い炎が夜の魔樹の森で揺らめいた。
――星の煌めきも。
――空から差し込む月光もない。
本当の闇に包まれた不気味な森の中で炎の周りだけが明るく照らされていた。そして今此処が私にとって
中心から橙、赤、真紅。そして青。一秒ごとの揺らめき、姿を変える炎は、心細い夜では驚く程の頼もしく輝いて見えた。
手に持った木の枝で薪を押し込む。
――『グシャリ』。
ギリギリ均等を保っていた炭が崩れ、新たに押し込んだ木の枝へと炎が燃え移り何かが弾けたような音が聞こえた。
燃え上がる火の粉。私はじっと。ただ黙って焚火の奥で揺らめき、顔が見えない師匠を見た。
「例えば、私の持つ【騎神】が今まで誰も就けないような危険な超級職だったように。【猛毒薬】が【薬剤王】によって【万能薬】に変わるように。
全ての価値はモノ自体では無く、それを扱う私達によって決まるのです」
突然始まった師匠の語り話。
すでに毎晩のように始まるその独り事へと、私は耳を傾けながら見えない空を見ていた。
「【騎兵】に関してもそうです。【騎兵】単体では何の役にも立てませんし、逆に騎獣だけでは真価を発揮することは出来ません。
ヴィーレさん、貴女はアレウスと共に自分の信じる道を駆け抜けなさい」
「――もちろんですけど、突然どうしたんですか?」
師匠が口にしたのはいつも修行で口にする言葉。
【騎兵】において基本的で、そして当たり前の事。
私は師匠の真意が理解できず、炎で揺らめく師匠の顔を覗き見た。
「フフッ、いえ、突然何故だか口に出したくなっただけですよ。……百年ほど誰とも話をしていませんでしたから。もしかしたら知らず知らずのうちに話し相手を求めていたのかもしれません」
「そういうもの……なんですか?」
「えぇ、そういうものです」
リアルでは基本、何か用事が無ければ話すことの無い私は師匠の気持ちが分からなかった。
百年と言う、規格外の年月もそうだ。
少しだけ分かるような。だけどやっぱり分からないような。
そんな不思議な感覚で師匠の言葉に首を傾げるだけだった。
「貴方にもいつかきっとわかる。その時が来る――いえ、話が逸れましたね。
私が言いたかったのは、ヴィーレさんにとって何か大切な“信念”を見つけなさいということです。――今の貴女は何処かフワフワしていて……運命に流されているだけのように見えましたから」
「信念……?」
「私の技を貴女に引き継いだ後、ヴィーレさんはきっとこの世界を旅してまわることになるでしょう。
その途中で――大切な者を無くしたり。
救おうと足掻き。
そして、何かに怒る。
嬉しい事よりも悲しいことや、道に迷うことが多いはずです」
師匠はまるで予言するかのようにそう口にした。
「その時に――ヴィーレさんが信じる“信念”が、きっと貴女を助けてくれる。危機に陥った貴女に、迷った貴女に道を示してくれる」
――『パチッ』
「見つけなさい、貴女だけの“
そして……自身の道を突き進め、我が弟子ヴィーレ・ラルテ」
師匠の言葉が耳に残る。
真っ赤な焚火から火の粉が舞い、夜の空へ上がって消えていったのだった。
□□□
熱にうなされるように夢を見た。
度々思い出してしまう……師匠との楽しかった修行の思い出。
気を失っていたのはほんの一瞬だったようだ。全身が痛む身体を起こして見た視線の先には、アレウスに踏み殺され、肉塊とかした『死体生物』だったものがあった。
「――デスペナルティにはなってない、か……」
『BURUUUuuuu……?』
【骨折】による『総HPの70%減少』。
ギリギリ9000近くまで届いていたHPは見る影も無い。本来なら落馬しただけでデスペナルティになっても可笑しくはない程の重賞だった。
真っ赤な血に濡れた地面に折れた手を突き、身体を支える。
妙に生暖かく、『ヌルリ』っと。手に触れる気持ち悪い感触。生々しい血の匂いが鼻について思わず眉を顰めてしまう。
そして……そんな手に何か硬い破片が降れた。
「【身代わり竜鱗】……そう言えば付けてたんだった」
振れたのは割れた【身代わり竜鱗】の破片。
どうやら本当にデスペナルティになるギリギリだったらしい。
「だけど……」
――私はまだ、生きている。それなら死ぬその最後の一瞬まで、目の前に敵を殺すすべを考え続けなければならない。
『ィヒヒヒヒヒヒ―――――――――――!!』
気を失ったのはほんの数秒。
しかし、その隙を突くように“死肉の巨人”は膨張を続け辺りを飲み込み続けていた。
辺りから時間差なく攻撃し続けていた私が居なくなったからだろう。その死肉の巨人の浸食速度は目を見開くほどに速い。
まるで川から水が溢れるように。
『死体生物』が地面を跳ねては飲み込まれていく。
私が勝てる可能性は限りなく0になり、それは砂場から一粒の砂金を見つけるような可能性だけが目の前に広がっていた。
『どう―――――神】ンンンンンンゥゥゥゥゥゥ―――――――――!!? ほらほらほらほらほらほら――――ァァァァアアア! 早くしないと皆死――――――?? 派手に暴れてしま―――――なァァァ……お前を殺―――――――中のティアンをバラバラに――して――の街にしてやろうかなァァァァアアア~~ッ!
ィヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!! ――――楽しみだなァァァァアアア~~ッ!!』
――【解体王】の声はもう、頭には入らなかった。
ただ、私は夢に見た師匠の言葉を反復するように思い出していたのだった。
「……師匠、私にはまだ何の信念も出来てないよ」
ホオズキはリアルでの闘病生活から。
――『何にも負けない強い男になる』と言う信念を持っていた。
この世界に生きるティアンは毎日を必死に生き抜き、確固たる意志を持って地に足をつけて前へと歩き続けていた。
だけど……私には何も無い。
ただ、縛られたリアルから逃げこむように始めた存在――それが『ヴィーレ・ラルテ』。
故に、目の前の絶望的な可能性に脚は竦み、指が震えてしまうこともある。
だけど、
「殺人鬼、貴様に……信念はあるか?」
『――――?』
「私にはない、だけど……一つ心に決めたことがあった」
――竦んで踏み出せない脚。
そんな私に代わりに、アレウスが足を曲げて運ぶように背に《騎乗》させてくれた。
――【骨折】し、痺れるように力の入らない指。
そんな私の代わりに、『怪鳥』形態となったフェイが地面に落としてしまった炎矢を運んできてくれた。
「私はもう……立ち止まらない。立ち塞がる者は全部
矢へと灯った真紅の炎はまだ消えていない。
私の道標は、可能性は消え去っていないのだから。
「――準備は?」
口に出した言葉。
周囲には誰も居らず、聞こえる筈の無い良く通る声は夜空に響き、
『……おう、何時でも行けるぜ』
胸元につけた小さなアイテム。
【テレパシースカフ】からその声は聞こえてきた。
「――行こうッ!!」
返事はしない。
ただ喉が切れ、血が溢れる口で
折れた腕で、痛みを堪え手綱を引いた。
――《我は不死鳥の騎士為り》のタイムリミットは過ぎ、私の体を守る炎鎧はもうない。
――アレウスの《リミテッド・オーバー》は切れ、全ステータスが30%も低下している、
そんな状態での“死肉の巨人”への特攻。
本来ならたどり着くまでにデスペナルティになっても可笑しくはない無謀な突撃だ。
炎は一つ――指に握った炎矢が一本。
ステータスは低下し、先ほどまでよりも落ちた攻撃力で特攻などそれこそ最後の悪あがきに相違ない。
事実、【解体王】は“死肉の巨人”の中で奇声を上げて嗤った。
『ィヒヒヒヒヒッ!! 何をしようと無駄――――ッ!?』
嗤い、そして目を見開いた。
それは
――ステータスが落ち、先ほどまでより遅いはずの【騎神】。
捉えきることは出来ないものの、何度も身体を抉られた経験から分かる感覚が
「――■■■■■■■■ァァァァアアアッ!!」
『BURUUUuuuuu~~~ッ!!』
ソレを成したのは
1つは、【
――【女戦士】のスキル、《魔獣咆哮》。
言葉にもならない雄叫びは、人に勇気を引き出し、蛮勇をその身に授ける。
スキルレベルは5と言う、小さな割合。
しかし、それでも風圧で折れた骨を無視し、真っ直ぐに加速し続ける。
2つ目は、ヴィーレ自身も記憶の彼方に忘れ去っていた『アイテム』のスキル。
――【【■帝】の武の指輪】のスキル、《軍神咆哮》。
それは【女戦士】のカンストと共に解禁され、使えるようになっていたスキル。
《魔獣咆哮》と同時に込められたその効果は隠れながらもしっかりと、そして予想以上の効果となってヴィーレに表れていた。
はだけて露わになった白い左腕に走る『赤の刻印』。
アレウスが突如纏った……竜王気のようにも見える『赤の闘気』。
二つのスキルが重なり合うように相乗効果を発揮し、猛烈なスピードで“死肉の巨人”へと特攻してきていたのだ。
そしてもう一つのあり得ることのない現象。
それは【解体王】の身に纏う“死肉の巨人”、その動きが
――突如止まった膨張。
――発動しない《完全接着の断面肉塊》。
“死肉の巨人”は何かに縛られたように動きを止め、停止していたのだ。
原因はたった一つ。
『巨人の心臓辺りを狙え』
「――ッ!!」
それは“死肉の巨人”の中に取り込んでしまった
死んでも死なないようなその男は、肉に埋もれながらも再生を繰り返し、
精密機械が不純物を取り込み、エラーを吐くように。
“死肉”は生きた人間を取り込み、停止した。
『――なぁ、一つ気になったんだが……てめぇの接着は間に何かがあっても可能なのか? ……そう、例えば『血』の<エンブリオ>とかなぁ?』
自身の内部から聞こえる声に【解体王】は戦慄するも、どうすることも出来ない。
その男は内部へと入り込んでいたのだから。
“死肉の巨人”はピクリとも動かないのだから。
『ィ、ィギギギギギギギギィィィィイイイイイイ~~ッ!! このっ、■■共がァァァァアアア!!』
勝ちから負けへ。
突然な立場の逆転に、殺人鬼は雄たけびを上げる。
しかし、奇声は夜空に消えていくのみ。
“死肉の巨人”の身体を抉り飛ばし、特攻するヴィーレは真っすぐに心臓へと。……確実に殺すことが出来る距離まで突き進んでいった。
真っ赤な肉塊を抉り。
人の形をした骨を蹴り砕く。
ヴィーレは……私は、ただ“死肉の巨人”の心臓へと向かって走り続ける。
そして、
「――ッ!!」
『ィ、ィヒヒヒヒヒヒヒヒヒ~~~ッ!!』
真っ赤な肉塊の壁。
心臓へと向かう、その途中で突然現れた
決して忘れることの無い。
なんども目にした忌々しい大きな一本の中華包丁。
――【接断包丁 カイタイシンショ】
それは【解体王】が“死肉の巨人”を膨張させる途中で回収し、自身の近くへとしかけた最後の罠。
“死肉の巨人”は【解体王】の身体と繋がっている。
……故に、宣言するだけで敵をバラバラに《解体》できる――『設置された解体罠』。
(――避けきれない)
幸いなことにアレウスには当たらないが……私には当たる。
壁から突き出た中華包丁は、丁度私の右腕が降れる軌道にある。
突き進む道は狭く、身を捩ることも難しい。
猛進するアレウスも……直ぐには止まれない。
『ヒッ、ヒッヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ~~~ッ!! ざ~んね~んでしたァァァァアアア!!』
加速する思考。
右腕に触れる……冷たい金属の感触。
そして、それは紡がれる。
『――《人はバラせばただのに――――「……フェイ」――く?』
次の瞬間、右腕がバラバラに《解体》されていた。
――折れた骨。
――そぎ落とされた二の腕の肉、
――血管一本一本に至るまで、完全な《解体》。
そう、フェイによって寸前で焼き千切られた右腕だけが、バラバラに《解体》されて背後へと落ちていったのだ。
「――別に、矢なんて腕一本で引ける」
声を無くした【解体王】。
そんな殺人鬼を前に、私は炎矢を噛み引いて限界まで引き絞った。
……私には、《騎乗》状態で使える『オリジナルスキル』が二つ存在する。
一つは、師匠から受け継いだ捨て身の必殺。
そして、もう一つは師匠を倒した弓の技。
「――《
至近距離で放たれた矢は、必殺と化し【解体王】を焼き払ったのだった。
◇◆◇
全てが終わった【解体王】との戦い。
ギリギリながらも、私達の勝利で終わった路地裏の戦場は火の海となっていた。
――膨張と接合が途絶え、炎によって燃え続ける“死肉の巨人”。
――首と胸。そして左腕以外が燃え尽き、地面に倒れ伏した【解体王】。
燃えながらも咄嗟に、自分の身体を切り離したのだろう。
息も絶え絶え。これ以上出来ることも無いだろう。
焼けた喉で咳きこむ様に息をする、ギリギリで生きている殺人鬼の姿がそこにはあった。
「……よぉ、ヴィーレ。無事か……って、聞くまでもねぇか?」
「……」
そして死に掛けの【解体王】以上に、反動のスリップダメージで死にかけていた私がいた。
指先まで動かない身体。
HPなど、ドット程度しか残っていない。
我ながら、なんでいつもこんなにボロボロになりながらデスペナルティになっていないか不思議なほどの『死に体』である。
そんな私に、何処からともなく歩み寄ってきたホオズキ。
【HP回復ポーション】を私に振りかけながら、揶揄うような口調で『ニヤリ』っと。笑みを浮かべた。
「……遅すぎない?」
「んなこと言ったってしょうがねぇだろ。あそこまでバラされると生き繋ぐのでギリギリだったんだぞ? それに最後には間に合っただろ」
ホオズキへと睨みつける視線。
しかしこの男は悪びれる様子も無い。『ガッハッハッハッハ!!』っと。大きな笑い声を上げながら手渡してきた回復アイテム。
私はそれを奪い取るように飲み干す。
そして、
「アレウスもお疲れ……うん――」
『BURUUUUUUUUUU……』
血が滲み、【出血】が絶えないアレウスに【HP回復ポーション】を振りかけ、飲ませるように口元から注ぎ込んだ。
見る見る間に、回復していくHP。
アレウスに関しては純粋な怪我が多いのでこのまま飲ませれば完全回復するはずである。
……よかった。
肩に圧し掛かっていた不安が降り、思わず安堵のため息を吐く。
「おい、ヴィーレ。馬の方は無事だけどよ、てめぇの方はどうすんだ?」
「……うん、【骨折】は治るけど」
軽傷と多少の傷痍系状態異常なら、フェイの《蒼炎の再生》で感知することが出来る。
しかし……。
私は自分の無くなった右腕を見下ろしながら眉を顰めた。
とっさに焼き千切り、バラバラとなり消え失せた右腕。
【右腕欠損】のような重症なダメージは回復アイテムでも、《蒼炎の再生》でも直せない。今の私では一度デスペナルティになるしか元通りにする方法は無いだろう。
「せめて右腕が残ってりゃ、あの糞ったれの<エンブリオ>で繋げられたんだがな」
そう呟くホオズキに私は首を振った。
「残っていたとしてもアイツの力は絶対に借りないよ」
やろうと思えば、私自身の右腕でなくても繋げられるはずだ。
【接断包丁 カイタイシンショ】。
その特性は傷痍系状態異常を完全に治療できる。
しかし、他人の……殺されたティアンの腕を貰うことを他でも無い、私自身が受け入れられない。
そんな私にホオズキは特に何も反応を見せることも無い。
ただ、「そうか」っと。頷きニヤリと嗤った。
「なら……
ホオズキはゴミでも処分するように。
何気なく倒れ伏した【解体王】へと視線を向けた。
「うん、いいよ」
一考の余地も無い。
……即答。
私はただ、今に倒れてしまいそうな疲労感と終わった安心感に、無造作に頷いた。
私の言葉を聞き、とどめを刺すべく歩いていくホオズキ。
その後ろ姿を見ながら、私はその場に座り込んだ。
「――疲れたね」
『KWee、Kweee~~』
背中をアレウスへと預け、すっかり小さくなってしまったフェイを胸に抱く。
同時に薄れゆく視界。
すぐさま襲い来る【睡眠】。
私らしくない――『戦闘モード』での疲れが時間差で襲い掛かってきたようだ。
私は燃える炎の音を聞きながら、目を閉じる。
そして、
『ィヒ、ィヒヒヒヒッ!! この前さァァ、地竜種の純竜を自慢げに見せつけてた<マスター>を見かけたんだヨォォォォォオオオ~~』
その声に目を見開いた。
『金で買ったくせにヨォォォォォオオオ、嬉しそうに浮かべた顔に苛ついてヨォォォォォオオオ……ィヒッ!! ィヒヒヒヒッ!! 思わず《解体》してしまったんだァァァァアアア~~!!
目の前で《解体》されて、『死体生物』になって自分の従魔に襲われた<マスター>の顔と言ったら……ィヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!
今でも思い出すと笑ってしまってよォォォォオオオッ!!』
――『ドンッ!!』。
っと、<グランドル>に響いた大きな爆発音。
私がその音の方へ顔を向けるが早いか。街中に危険を知らせる『警鐘』が鳴り響き、人々の悲鳴が連鎖的に爆発した。
『GHOOOOOOOOOOOOOO~~~ッ!!』
耳にしたのはドラゴンの咆哮。
『【接断包丁 カイタイシンショ】で《解体》した生き物をサァァァァァアアア~、繋げ直すとどうなる思うゥゥゥゥゥゥ~~?』
悲鳴だけではない。
爆発音だけではない。
<グランドル>の町中、暗闇に包まれた街の彼方此方から悲鳴が上がる。
『私の言うことに従う『死体生物』が出来上がるんだよォォォォオオオ。
――アァァァ~、そう言えば。顔を見たガキどもを殺すために地下道に大量の『死体生物』をぶち込んだなァァァァアアア~~ッ!! 『生きてる奴は殺せ』ってサァァァァァアアア。
お前たちは全部殺し尽くしたかァァァァ? 地下道は<グランドル>中に張り巡らされてるからなァァァァアアア~~ッ、もしかしたら何処からか抜け出しちまってるかもなァァァァアアア~~ッ!!』
地下道で出くわした際限なく溢れ出た『死体生物』。
確かに私達は戦った。
しかし……すべてを倒し尽くした訳ではない、ビーオ達の救出を優先したからだ。
「……ホオズキッ!!」
「てめぇぇぇええっ!! 今すぐ町中の化け物を止めさせろ!!」
上半身しか残っていない【解体王】。
笑みを浮かべ続ける殺人鬼の首を握り潰しながら脅すホオズキ。
そんなホオズキに私は再び叫んだ。
――脳内に響く《危険察知》の警鐘。
そして、地面から伝わり、徐々に大きくなっていく振動に嫌な予感を感じ取り叫んだのだ。
「――避けてッ!!
「――ッ!!」
とっさに【解体王】を突き放し、その場から大きく後退するホオズキ。
そして次の瞬間だった。
ホオズキが居た場所を……【解体王】の身体を、地面を突き破り姿を現した
――『カバ』のように大きく開かれ、鋭い牙が並んだ口。
――全身を覆う、固そうな甲殻と光の宿ってない死体の目。
――そして、明らかにその生物のモノではない……とって付けられたモンスターの部位。
「――【狂偶蹄獣改造生物 ヒポトヴォルグ】!!」
視認すると同時に視界に表示された『モンスターネーム』。
<UBM>由来の『死体生物』に声を荒げた。
そうだ、ヴィーレもそしてホオズキも知らない事だが、【解体王】の『転職条件』。
その中には含まれていたのだ。
――『ボスモンスターの【完全遺体】の《解体》』っと。
ならば、それは必然であって偶然ではない。
正真正銘、【解体王】の最後の切り札。
カバのような<UBM>だったものは、地面ごと【解体王】を一飲みにする。そして、
『《狂乱魔笛》ィィイイイ~!!』
『BUOoooooooooooOOOOO~~ッ!!』
耳を塞がすには居られない。
まさに『魔笛』をその口から響きならした。
遠くに居た私も、もちろん近くに居たホオズキも無防備な状態で食らったその魔笛に動くことすら叶わない。
「う、ウワァァァァァァァアアアアアアーーッ!!」
続いて声をあげたのは背後に居たビーオ達。
【混乱】の上位状態異常である【狂乱】になりながら、自傷行為を繰り返し始めた。
『ィヒ、ィヒヒヒヒヒヒヒィィィィィィーーッ!! 私の負けだ、【騎神】ン~。ガキ共の《解体》も諦めたァァァァァアアアア!!』
塞いだ耳に微かに聞こえる奇声。
『「貴様が奪っていい命など1人として居ない」って言っていたナァァァァァァァアアア! なら、守ってみろよ、街の全員をォォォォオオオ!!』
【狂偶蹄獣改造生物 ヒポトヴォルグ】が再び地中へと戻っていく。
その途中で私は確かに聞いた。
『次会ったらその身体、バラバラに《解体》してやるぜぇぇぇぇぇ!!』
――と。
【魔狂蹄獣 ヒポトヴォルグ】
ランク:逸話級
種族:魔獣系
到達レベル:30
能力:狂乱魔笛
討伐MVP:【解体者】■■■■
MVP特典:【魔狂蹄獣完全遺骸 ヒポトヴォルグ】
備考:カバに堅い装甲と牙を組み合わせたような<UBM>。魔笛の如き咆哮は聴いた者を【狂乱】状態にし、最悪の場合死に至る。
意識のない『死体生物』に襲われ、体内から攻撃。最後は『必殺スキル』でバラされて討伐された。