自由への飛翔   作:ドドブランゴ亜種

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第20話 冤罪

 □<グランドル> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 “氷冷都市”<グランドル>での五日目の朝。

 朝だというのに太陽は曇天に身を潜め、辺りは薄暗く肌寒い。

 ――まるで一昨日の深夜に起こった悲劇を嘆くような、町中に染み込んだ血を洗い流そうとしているようなシトシトと雨が降る雨空だった。

 

 

 

 

 

 「……ハァ」

 

 

 目を覚ますと視界に入ったのは灰色の天井だった。

 ……何だか――憂鬱だ。

 冷たい斑な灰色の石材の天井は、ログインしたばかりの私の気分を下げ、何処となく虚しい気持ちにさせた。

 仰向けに寝転んだベッド。

 頭を傾けて眺めた窓の外には、曇天の空と街に降り注ぐ容赦ない雨。

 『パラパラ』っと、石へとぶつかり弾ける雨音。

 二階建ての宿から見渡せた貧民街の大きな屋根では、貯まった雨水が一か所に纏まるように流れ、パイプを通して大きな容器に貯められている様子が遠くに見えた。

 

 

 「寒い……」

 

 

 降り続ける雨によって石材の屋根が冷やされ、冷気が伝わってきたのだろう。

 すっかり癒え傷一つ無くなった白い肌。

 私は鳥肌の立った腕を摩りながら、“紋章”からフェイを強制的に呼び出して抱きしめた。

 ――『GWeee……』っと。

 何かの潰れるような音と共にうつ伏せになる。

 シミ一つない純白のシーツが皺になって乱れ、【アドーニア】で纏められた紅色の髪を下敷きにするように顔を埋める。

 

 

 「……私は、守り切れなかった」

 

 

 掠れるほどにか細い声はシーツでぐもり、フェイだけに聞こえ消えていく。

 一昨日の夜の『死体生物』の<グランドル>襲撃。

 その結末は……やはりドラマのように。アニメのように上手くは行かず、今も痛々しい爪痕が街中に残っていた。

 

 

 ――爆発と火事で全焼した建物。

 ――半壊した民家と壊れたテーブル。

 ――大通りに倒れた『魔灯』と瓦礫。

 

 

 耳を打つ雨の音に、掻き消されるような大通りを忙しなく行き交う人々の足音が微かに聞こえた。

 

 

 「殺人鬼に大見えきった挙句に助けられなくって。街の被害も……全部私が仕留めそこなったからだ」

 

 

 何度も。何度も考える。

 

 地下道であのまま【怒涛之迅雷】で焼き殺して回れば。

 【解体王】を早々に倒し、奴の企みを暴けていれば。

 

 考える程に深みにはまり、憂鬱な気分になる――底なしの泥沼だ。

 過去の出来事は無かったことには出来ない、ただ前を向いて突き進むしかない。そうは理解して、考えるが……あまりに『死体生物』の襲撃の被害は大きものだった。

 それこそ、こうして私用で襲撃の夜から一日後にログインするほど。

 この世界に足を踏み入れるのを躊躇うほどに、だ。

 

 

 『死者、46名』

 

 

 言うまでもないが、<マスター>を除くティアンの数である。

 【解体王】に逃げられた私とホオズキも最善を尽くして、それでもこれだけの死者が出たのだ。

 おそらく偶然もあったのだろう。

 

 ――身体を切り飛ばしても、【カイタイシンショ】の影響で動き続ける『死体生物』。

 ――誰もが寝静まり、【商人】ばかりが起きていた夜。

 ――唯でさえ少ない<マスター>。【義賊王】へと挑み、デスペナルティになって少なくなった<マスター>の数。

 

 全てが悪い方向へと働いたのだ。

 噂では、知人の姿をした『死体生物』に抵抗出来ずに殺されてしまったティアンが居た。食い殺される寸前で【義賊王】に救われた貧民街の子供が居た、なんて噂も聞いた。

 一つ言えることは、<グランドル>の歴史に刻み込まれるほどに悲惨な。

 そして惨たらしい事件だったということだ。

 

 

 「……」

 『Kwe、Kweee~?』

 

 

 しばらく埋めていた顔。

 心の整理と、切り替えに短くない時間を掛ける。

 そうしてようやく私はフェイの鳴き声と共に身体を起こした。

 ベッドに手の平を突こうとして――バランスを崩しこけそうになる身体を左手で支えた。

 

 

 「そうだ、右腕は治ってないんだったね」

 

 

 小さな呟きと共に見下ろした自分の半身。

 数え切れないほど負い、HPを9割も減少させていた【骨折】は《蒼炎の再生》で完治している。

 歪な形になり紫色に腫れていた脚も、元通り私の良く知る脚へと戻っていた。  

 

 

 『KWeee……』

 「ううん、フェイのせいじゃないよ? 腕を治すなんて【司祭】系統の上級職でもないと出来ないんだから。

  フェイは十分頑張ってくれてるよ」

 

 

 落ち込む様に首を下げるフェイ。

 そんな様子に少しだけ笑い、炎の羽毛を撫でた。

 

 

 「右腕もなんとかしなきゃだけど、今は早くホオズキと約束した場所に向かわないと」

 

 

 ログアウト際に約束した落ちあう場所。

 <愚者の石積み商会>へは今から向かわなければ時間ギリギリだ。

 ベットから腰を浮かし《瞬間装着》で普段着へと着替える。

 そして、

 

 

 「……」

 

 

 窓から見えた景色。

 雨の中、絶えず立ち昇らせる『焼却所』の煙から視線を外した。

 

 (まだ、何にも終わってないんだ。――【解体王】も【義賊王】もきっと直ぐに動く。……だから、私は私の出来ることをしなくちゃいけないんだ)

 

 肩に止まったフェイ。

 私は少しの使命感と押し潰されそうな程の罪悪感、そして燃え滾るような勇気を抱き、宿の扉を開いて足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ヴィーレ。……ホオズキ、憲兵に捕まった」

 「……ごめん、意味が分からないんだけど。シュリちゃん……」

 

 

 ――いきなり全てが頓挫するとも思うこともせず。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「それで……一から何で捕まったのか話して欲しいんだけど」

 

 

 ほとんどの<商店>や出店が閉店し、街を行きかうティアンの姿も無い大通り。

 降りやむ気配を見せない雨だけが地面を打つ。

 砂の地面は際限なく雨水を飲み込む、冷え固まった地面に2人の足跡をクッキリと残していた。

 

 そんな中、唯一営業していた<愚者の石積み商店>。

 閑古鳥が鳴くきそうな程にがらんどうな店内で、私はテーブルを挟んでお酒をチビチビと飲むシュリちゃんに話を聞いていた。

 此処に来るまでに『拘留所』を訪れたが面会謝絶。

 着けているはずの【テレパシースカフ】も取り上げられているのか、何の反応も示さなかったからだ。

 

 

 「……昨日、街を歩いて。……それで、いきなり捕まった?」

 「もしかしてホオズキが捕まるようなことをしちゃった、とかじゃないよね?」

 

 

 ――コクリ。

 無言で頷き、肯定するシュリちゃん。

 

 

 「……『糞共が<グランドル>襲撃の主犯とか言って捕まえてきやがったッ!!』 ……って、ホオズキ、叫んでる」

 

 

 一瞬、口調が変わったシュリちゃんの様子に驚く私。

 そして時間差で理解した。

 

 

 「そう言えば、シュリちゃんはホオズキと念話出来るんだったね」

 「……うん。……五月蠅くて、頭、ガンガンする。……お酒、不味く、なる」

 

 

 嫌そうに眉を顰めて愚痴るシュリちゃん。

 私はその様子に苦笑する。

 <マスター>であるホオズキが捕まったのに何時も通りのマイペースだ。ホオズキは『拘留所』――? で、かなり怒っているみたいだが。

 

 (取りあえず、怒ったホオズキがティアンの憲兵に手を出さなかった事には安心したけど……)

 

 問題はそこではない。

 【解体王】の目撃者であるビーオ達がいて、かつ、『死体生物』の討伐に駆け走った私達。

 そもそも【解体王】の猟奇殺人が始まったのは私達が<グランドル>へ訪れるよりもっと前である。

 それらが指すのは一つ、明確な事実。

 

 

 「……冤罪、だよね?」

 

 

 そこまで考え、私は首を捻った。

 『冤罪』――それは、無実の罪で逮捕される事。もしくはぬれぎぬをきせられる事だ。

 リアルでもかなり少ないものの、起こりうる事だ。

 だけど……この世界では『冤罪』は起こりうるはずがない。

 

 

 ――《真偽判定》スキル。

 

 

 『人のついた嘘を見分け、真実を見極める』……汎用スキルであり、憲兵なら確実に習得しているだろう基本スキルだ。

 ホオズキを捕まえたのなら《真偽判定》を使用するはず。そして確実に犯人ではないということが分かるはずである。

 

 

 「――ううん、そもそも何でホオズキにぬれぎぬが被せられたんだろ」

 「……怖い、から?」

 

 

 そんな疑問を口にし、そして。

 

 

 

 

 

 「単純に都合が良かったからだと思います~」

 

 

 背後から掛けられたらその声に思考を止めた。

 

 

 「向こうの世界に飛ばされずに滞在している<マスター>。そして目撃例が少なく、1人で動いていたからですねぇ~」

 

   

 背後から現れた人物。 

 それは乱れた癖のある茶髪と雨に濡れた服を着て、慌ただしそうに駆け寄ってきた【大商人】シアンさんだった。

 ……何かを知っている。

 だからこそ、焦っているようにも見える表情。いつも糸目で笑い物臭そうな雰囲気で喋るシアンの目は、今はうっすらと見開かれ青い瞳が覗いて見えた。

 

 

 「……どういう事です?」

 「そのままの意味ですよ。ホオズキさんはおそらく、<グランドル>で起こった事件を擦り付けられる……所謂、人柱にされてしまったんですよぉ~」

 「人柱?」

 

 

 口に出された不気味な単語。

 私はそれを噛み砕き、理解するように脳内で反復した。

 シアンさんの言っている意味は分かる。ホオズキは【解体王】がしてきた罪を擦り付けられ、現在捕まってい待っているのだ。

 しかし何でこの<グランドル>の憲兵がそう言った行動に出たのかが分からないでいた。

 今するべきことは【解体王】を捕まえることだ。私が『冒険者ギルド』にも詳細は伝え、犯人が【解体王】に就く<マスター>だとハッキリ分かっているはず。

 

 

 「今回の指示はおそらく市長によるものですぅ~」

 

 

 シアンさんはそんな私の疑問を察しているように。

 そして順番に現在の状況について説明し始めた。

 

 

 「お恥ずかしい話ですが、<グランドル>では犯罪なんて日常的です~。誰かが殺された、もしくは攫われたなんて何度耳にしたかも分からないほどに。

  ……しかし、公には何も起こっていない事になっている。

  それらの不正を市長が自身の保身の為にもみ消しているからです。事実、『貧民街の奴隷狩り』の事件後も奴はのうのうと市長の椅子に座っていますから」

 

 

 つまりこう言いたいのだ。

 ――「現在の<グランドル>では何も起きておらず、仮に起きていたとしても既に犯人は捉えた」、と。 

 市長がそうもみ消そうとしていると。

 

 

 「でも……そんな事、可能なんですか?」

 「えぇ、可能です。実際に起こり得ない『冤罪』が起きてしまっていますからぁ~。

  簡単ですよ、この街に来るのは新たに商会を始めようとする新人の【商人】ぐらいです。商会を開くために護衛をケチり、途中でモンスターに襲われてしまった事にすればいいんですから。

  後は……いつもより多くの住民が死ぬだけです~」

 「そんなにことっ――」

 「起きますよ、この<グランドル>では。

  彼奴は自分の保身の為ならどれだけ人を殺したって構わない。そんな私欲に溺れた男ですから~」

 

 

 鋭い眼光を帯びた青い目。

 私は迷いなく断言したシアンさんの言葉に押し黙っていた。

 

 

 「……3日後、ドラグノマドから<マスター>を引き連れた<カルディナ>の調査団が来ます。私がヴィーレさんに助けられた旅でドラグノマドへと届け、受け取ってきた手紙に書かれていた事です~。

  消息を絶つ人が多い<グランドル>の調査を行う調査団と【義賊王】を捕らえる為に集められたら腕に自信のある<マスター>逹です。

  きっと、ホオズキさんはその調査団が来るまでに、不正の証拠隠滅と同じく<監獄>に送られてしまいます~」

 

 

 調査団に《真偽判定》を掛けられたら困るからだ。

 市長が必要としているとものは一つ。

 

 ――犯人は捕まえ、<監獄>に送った。

 

 という事実。

 消息不明は監獄に送った<マスター>の犯行でしたと言ってしまえばいい。そして後は【義賊王】が討伐されてしまうのを椅子に座って待っているだけでいいのだ。

 

 

 「私は……【解体王】を追うよ」

 

 

 <グランドル>の市長が成そうとしていると不正。

 シアンさんの話を聞いた私が取るべき行動はたった1つだった。

 

 

 「【解体王】をデスペナルティにして憲兵の《真偽判定》を受ければ、ホオズキは釈放されますよね?」

 「おそらくは、ですが~」

 

 

 ――なら、決まりだ。

 どちらにせよ【解体王】は見過ごせない。

 ホオズキを<監獄>送りにさせないためにも、取れる選択肢は1つだけなのだから。

 

 

 「シュリちゃんはどうする?」

 「……シュリは、ホオズキの近くに居る。……何か起きたら、力、貸さなきゃだから」

 「……そっか」

 

 

 私は俯くシュリちゃんに頷き、席を立った。

 そして……

 

 

 「止めた方がいいと思いますよ~」

 

 

 歩き出そうとした足を再びシアンさんが呼び止めた。

 

 

 「片腕を無くした状態で勝てる相手だとは思いません~。ホオズキさんと一緒に戦って、そして失ったんですよね?」

 

 

 片腕がない。

 戦闘にも多少だが支障をきたすだろう。

 そんな状態で【解体王】に勝てるのかと聞かれれば、分からないとしか言いようがない。

 だけど、

 

 

 「だけど……ここで指をくわえて待っているのは私らしく無い気がするから」

 

 

 立ち止まってしまっては駄目だから。

 

 

 「大丈夫――きっと勝てる。そんな気がするので」

 

 

 不安げなシアンさんを背後に、私は笑みを浮かべながら歩き出す。

 そして、雨の降り続ける<グランドル>の空へと飛び立ったのだった。

 

 

 

 

 

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