自由への飛翔 作:ドドブランゴ亜種
□【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ
「……これは門番、だね」
『魔灯』の明かりも無く、暗闇の空間に二対一頭の四つの赤い眼光をギラつかせる【オルトロス】。
牙の生えた二頭の口からは絶えず真っ赤な炎を吹き洩らす。
黒い毛並みは闇に溶け込み、二メテルを超える巨体からはアレウス程でもないが強靭な肉体が微かに見えた。
……おそらく『亜竜級』モンスター上位。
ステータスはティアンの【狂戦士】を軽く上回るだろう。
そして【オルトロス】の背後で大きな一つ目玉を青く光らせる【ランドゲイザー】。
血管のような筋を浮かび上がらせた生々しい球体と一つ目玉。
加えて身体中からは触手を生やし、その触手の先からも小さな目玉が産まれてはギョロギョロと辺りを見渡していた。
……こちらは『純竜級』モンスターだろう。
先ほどの熱線と言い、純粋に戦うのなら【オルトロス】よりも厄介そうだ。
「前衛の【オルトロス】に後衛の【ランドゲイザー】かな?」
『BRURURuuuu』
かなりの深さの『地下迷路』で謎に開けた広い空間。
そして、今まで一度も見なかった強力なモンスターが二匹……これは明らかにおかしい。
アレウスが嘶きを上げ、威嚇。
【怒涛之迅雷】がスパークを暗闇に弾けさせる。
互いに睨み合うように動けない状況で、私だけがジッとその様子を観察していた。
「動かないし……初手の奇襲も多分警告だね」
動かないのか。
それとも、
どちらにせよ、するべきことは変わらない。
『GAWOOOOOOuuuuu~~ッ!!?』
唸り声を上げ、驚いた様子を見せる【オルトロス】。
そんな二匹の門番を目の前に……私は【怒涛之迅雷】を収納し、【ミラーズ・ベイ】を片手にアレウスへと飛び乗っていた。
敵からすれば、わざわざ私が優位を無くした理由が分からない。
故に、見るからに困惑した様子を見せているのだろう。
しかし、
「片腕なしの戦闘は初めてだからね。ここで調整させてもらうよ」
右腕代わりに手綱へ巻きついた【不死鳥の紅帯】。
左手に握った深緑の長槍が空気を切り裂き、薄っすらと朧げな金属徳烏有の光沢を光らせる。
私は目の前の敵へと笑いかけたのだった。
◇
『AOOOOOOoooo~~~~Nッ!!』
長槍を構えたヴィーレを見て、真っ先に動き出したのは【オルトロス】。
二頭の頭を持つ【オルトロス】の片割れ。左の犬頭が大きく息を吸い込み、そして放った《ハウリング》である。
『地下迷宮』に反響する《ハウリング》は木霊し、相手へ【硬直】を付与し、聴覚を潰す。
そして……更にもう片方の犬頭が空間を埋め尽くすほどの《火炎ブレス》を吹き放った。
聴覚を潰し、そして視界を埋め尽くす炎。
これが【オルトロス】の常套手段。
門番を任された【オルトロス】の役目であり、そのまま【硬直】している敵へと向け駆けだした。
『FAVOBIIiiiiiii――――』
駆けだした【オルトロス】の動きに間髪入れず、動き出す【ランドゲイザー】。
聴覚も、そして視界も塞がれてはいるが【ランドゲイザー】は構わず、全ての目玉へと力を凝縮させていく。
視界が塞がれている。
――関係無い、【ゲイザー】とは《透視》に《熱源感知》、その他様々な視覚を持つモンスターなのだから。
聴覚が機能しない。
――関係ない、そもそも【ランド・ゲイザー】に耳など有りはしないのだから。
本体から生えた触手の目玉から撃ちだされる《光熱線》。
大きな本体の目玉が黒一色に染まり、放とうとする《ダーク・レイ》。
『GA、GAGIIIIIiiiiiiii――――!!』
例え、敵が壁を作り《火炎ブレス》を。《光熱線》を防ごうとも無駄だ。
『闇属性魔法』に該当する《ダーク・レイ》は全ての攻撃をすり抜け、生物に致命的なダメージを与えるだろう。そして……例え暗闇の中だろうと、視界を塞がれた中だろう【ランド・ゲイザー】は外さない。
全てを見通す一つ目の巨眼は、炎の向こう側の敵の姿をハッキリと見通し、
『GIi――――?』
何かを放り投げようとする人馬を。
アレウスに《騎乗》しながら、
それはまるで槍投げの選手が見せるような予備動作の様で――。
「ハァッ!!」
裂帛一投。
次の瞬間、光線の如く投げられた【ミラーズ・ベイ】が【ランド・ゲイザー】の目玉を貫いた。
『GARUUUuuuuuu!!?』
一瞬で光の粒子となる【ランド・ゲイザー】。
そんな相棒の様子に【オルトロス】も目を見開くが……そんな隙をヴィーレが見逃すはずも無い。
「アアァ■■■■■■■ァ――ッ!!」
『HIHIIIiiiiiii~~Nッ!』
――《魔獣咆哮》。
《ハウリング》を無理やり掻き消し、《火炎ブレス》を吸収したヴィーレが炎の壁から踊り出た。
《魔獣咆哮》に興奮し、赤い目を爛々と光らせるアレウス。
スキルによって加速したアレウスは一瞬で数十メテルの距離を駆け抜けた。
そして……超スピードで突撃してくるアレウスを【硬直】した【オルトロス】が躱せるはずも無い。
その巨体の身体は簡単に宙を舞う。
天井へ、そして地面へ。
石の壁を破壊しながら何度もバウンドし、そのまま立ち上がることなく倒れ伏したのだった。
「――お疲れ様、アレウス」
予想以上に呆気なく着いた決着。
時間にしてほんの二十秒も無い……片腕の身での『純竜級』モンスターとの交戦。
最悪の場合には壁に激突し、この部屋自体を《紅炎の炎舞》で焼き払うことを考えていた私は、安心し緩んだ緊張を解すように息を吐いた。
「フェイのカバーもあって助かったよー。多分、片腕だけだと出せるのは……7割程度かな?」
風も無く、たなびく【紅帯】を見下ろしながら笑みを浮かべる。
正直、予想以上だ。
【騎神】に就いてからだいぶ戦闘を経験しているからか、速さに追いつかなくても感覚で制御出来てきている気がする。
――動く速度。
――自分と敵との距離。
――アレウス達の動けるタイミング。
視覚が全く追いついていない私がけど……風をきる感触で、駆けるたびに伝わる反動で。手綱越しに分かるアレウスの息遣いで推し量れるようになってきている気がした。
もちろん、今回に関してはアレウスの手加減と気遣いのおかげもあるけど……。
きっと昔の私なら《騎乗》中に長槍を投擲するなんて言う芸当は出来なかったはずだ。
少しだけだがハッキリと分かる、目に見えない――ステータスに表示されない成長に嬉しくなりながら、私はアレウスの硬い鬣をグシャグシャと掻き撫でた。
『BURUUUU~』
「――あ、【オルトロス】の方は倒さないでおいてくれたんだ」
褒められて満更でも無さそうな唸り声を上げるアレウス。
私は壁に刺さったままの【ミラーズ・ベイ】と【ランド・ゲイザー】のドロップアイテムを回収しながら、倒れたままの【オルトロス】へと近づく。
……もちろんアレウスからは居りないが。
「――なんていうか……良く生きてたね? アレウスに撥ねられたら弾け飛んでも可笑しくないと思ったけど――」
『STR&AGI』型のアレウスや『END』型のアロンと比べてステータスの並びが良いのかもしれない。
《ハウリング》に《火炎ブレス》、ステータスと意外とバランスが良いみたいだ。
『亜竜級』モンスターとは言え、【オルトロス】。
相性が良かっただけで本来はもっと手強いモンスターだったのかも。
そんな他愛もないことを考えながら、私達はゆっくりと【オルトロス】へとちかづく。
そして……
『GA、GAUUuuuuuuaaaaAAAAAA!!』
突然見開かれた鋭い眼光。
片割れの犬頭の口が私達へと開き、真っ赤な炎が噴き出した。
「――フェイ」
それに対して私が取るのは名前を呼ぶだけである。
同時に放射状に吹き出された《火炎ブレス》が収束し、【紅帯】へと吸い込まれていった。
私には炎は届かず、HPを減らすこともない。
ただ《火炎増畜》で増強されたMPとSPが貯蓄され、【紅帯】が赤く輝いてく。
30秒も続いた【オルトロス】の最後の抵抗。出し尽くした《火炎ブレス》は虚しく消え、【オルトロス】ガックリと目を閉じたのだった。
「……」
『BURUUUUッ!』
死んだふりをした【オルトロス】をアレウスが小突く。
『『KYUUuu~~N……』』
瞬間、ビクリッと跳ね起きた【オルトロス】。
傷ついた身体を仰向けに、お腹を私達へと差し出しながら子犬のような鳴き声を漏らした。
……なんだか思ったより元気そうだ。
と、言うよりなんだか弱い者いじめをしているような気分になってくる。
(――別にしたことも無いけど)
「――獣がお腹を見せるのは服従の合図だっけ? ……番犬として良いのかは疑うところだけど」
『BURUUUUU』
潤んだ四つの目で私達を見上げてくる【オルトロス】。
私はアレウスの上から見下ろしながら躊躇する。
戦えない――降伏した敵を目の前にとどめを刺すべきなのだろうか?
そもそも犬? ――相手に。
人としてと言うか、戦士としてと言うか。……相手はモンスターなんだけど。
「……凄くとどめを刺しにくい」
無防備な【オルトロス】の頭に槍を突き刺すか、アレウスがそのお腹を踏み砕くか。もしくは見逃してあげるか。
しばらく長考し、そして……
「――うん、こうしよう」
『『KYAUuu~~N!??』』
【アドーニア】で出来る限りの拘束系状態異常を付与し、その場を後にしたのだった。
◇◇◇
『地下迷宮』の開けた空間で門番のモンスターを倒した私。
状況としては一切好転していないまま、私は【オルトロス】達が守っていた通路の先へとゆっくりと足を進めていた。
暗闇で全く先が見通せなかった地下道。
しかし、進むにつれて少しづつ明るくなり……目の前に現れた扉にたどり着くころには《暗視》も合わせれば、十分に見える程度には通路は明るく照らされていた。
それも所々に設置された『魔灯』のおかげだ。
脇道も無い――門番に守られた典型的な『秘密の部屋』。
私はアレウスへと《騎乗》し、片手に【ミラーズ・ベイ】を握る。《危険察知》も合わせた最大限の警戒を払らう。
「――【解体王】じゃない。……多分、あいつはこんなことはしない」
これは【解体王】の隠れ家ではないだろう。
あの気の狂った<マスター>なら【オルトロス】と【ランドゲイザー】は《解体》され、『死体生物』と成り果てていただろう。
加えて、ここには血に塗れた骸が転がっているはずである。
――なら、誰か?
可能性は無限大にある。
だけど……この『地下迷路』に潜ることができ、隠れ家のような指名手配されているだろう人物は1人しか思いつかない。
「――」
その正体を確信するべく、私は扉の取っ手へと手をかけた。
そして、
(……? 鍵が掛かっていない?)
罠もなく。
そして鍵が掛かっていることもない。
頑丈そうなその扉は軋む音を立てながらゆっくりと開いていく。
扉を開けた先――そこは何の家具も置いていない小さな部屋だった。
――1人用の質素なベッド。
――卓上に置かれた手帳と一枚の地図。
――防具も武器も無い……
「……【義賊王】」
何も【義賊王】の手掛かりはない。
しかし、それでも分かってしまった。
私は口を紡ぎ、開かれたままの手帳へと手を伸ばす。
「――『決行は満月の夜。アクシデントにより一日早める』」
書き殴られたページは濡れ、文字が僅かに滲んでいる。
きっと雨で濡れたのだろう湯気が上がったマグカップと言い、ついさっきまで此処に居たらしい。
多分……30分前には此処に居た。
私はそのまま手帳ページを左へ――今までより過去へと巻き戻す。
それは三か月前、【解体王】の猟奇殺人が起こる前から始まっていた。
――『この“氷冷都市”では、腐った汚物はそれ以上腐らない。ただ、現状維持で連鎖的に他の物を腐らせる』
だから手入れがいる。
――『皆殺しと言う汚物の処理が必要だ』
何のことを言っているかが分かる。
汚物とは<グランドル>に住み、人間を食い物にして豪遊しているティアンの事だ。
貧民街で飢餓に苦しみ、寒さに身を凍らせ、病に怯え暮らす。
手を差し伸べようともしない、ただ自分たちの生きる糧としかとらえない――『奴隷狩りで見て見ぬ振りをした人間』だ。
――『ただ、この街は既に半分腐っている。直ぐに処理することは出来なかった。だから……処理しても皆が生き残れるように
顔の見えない【義賊王】。
素顔を覆った靄が少しづつ私の中で晴れていく。
――『【義賊王】として街で騒ぎを起こせばドラグノマドの議会も動くはずだ。騒ぎを起こし、
「私が受け取ってきました」っと、聞きなれた声が頭に響いた。
――『腐りきった街は治らない。だから……私が壊し、私が作り直すのだ』
そして、最後に一文。
――『これを我が妹に捧ぐ償いとし、私自身への罪とする』
文字が途切れたページには一枚の写真が挟まっていた。
ベッドに寝転ぶ脚が【石化】した少女。
そして青い瞳の――今と姿の変わらないあの人の姿が。
「……急ごう」
私はその手帳を【アイテムボックス】へと仕舞い込み、出口を探す。
これほどの『地下迷宮』だ。
抜け道か、もしくは迷路の地図でも無ければ簡単に行き来が出来ない。
私は部屋中を出口を探すように見渡し……天井に開いたマンホールのような一本道を見つけた。
先は見えない。
何処まで続いているかも分からない梯子の掛かった抜け道。人間1人が通るのには十分な縦穴を見つけて、
「――《送還》―アレウス」
後ろに控えていたアレウスが【ジュエル】へと吸い込まれていく。
「フェイ、飛ばして」
同時に【怪鳥】形態へと戻ったフェイの脚を片手で掴んだ。
フェイは応える、<エンブリオ>として私の願いに沿うように。
炎の矢の如く抜け穴を駆け抜け、穴を蓋していた木の扉を突き破り、地上へと私を運び出した。
飛び出したのは小さな小屋の中。
私はそのまま薄暗い小屋を飛び出し、外へと出る
そして……
「――ッ!」
見た、雨が止んだ曇り空を。
分厚い雲から顔を覗かせ、明るく照らす金の満月を。
曇天の空は太陽を覆い尽くし、『地下迷宮』は時間感覚を狂わせたのだ。
「今日が満月? ――なら、【義賊王】は……」
漏らす独り言。
あまりに急に進んでいく出来事に、私は呆然と立ち尽くしす。
私の声は夜に溶け、
「あぁ……もう行きよったよ」
1人の老人の耳へと届いていた。
私は驚きながら声のする方へと振り返る。
すると……私が気がつかなかっただけだろう、そこは以前シアンさんに案内され訪れた『焼却所』の近くだった。
夜の中で真っ赤に燃え、人だった躯を燃やす。
死者を追悼するように、朝から止まることなく夜空へ灰を散らしていた『焼却所』の前には1人の老人が座り込んでいたのだ。
「……あなたは」
「儂が誰かかは、今は関係無いんじゃないかのぉ。お前さんは……急いだ方が良い」
全てを見通すように老人は呟く。
その目は一度たりとも此方を見ることなく、ただジッと、躯を燃やす火を映していた。
「――」
私はその言葉に押し黙る。
そうだ、今大切な事はこの老人が誰かではない。【義賊王】は既に動き出したと言う事実なのだから。
街は争いの気配はない、まだ不気味な程静まり返った<グランドル>の街のままである。
私は確認するために、再び口を開き――
『ドォォオーー~ンッ!!』
街に響いた爆発音と二度目の街に鳴り響く『警鐘』に口を閉じた。
……始まった。始まってしまった。
――1度目の悲劇が『奴隷狩り』だと言うならば。
――2度目の悲劇が『死体生物』の襲撃と言うならば。
これから起こるのは3度目の悲劇。
全てを失った【義賊王】による怒りと、そして“氷冷都市”の『終幕』を告げる最後の悲劇だ。
私は爆発に反応するように、とっさにフェイへと《騎乗》する、そして。
「……頼みがあるんじゃ」
背後から聞こえた老人の声に一瞬だけ動きを止めた。
「もしお前さんが強いのなら、【義賊王】の正体を知ってると言うのなら……この老いぼれの最後の願いを聞いて欲しいんじゃ」
言葉を最後まで聞く時間もない。
フェイはその炎の翼を力一杯羽ばたかせ、ゆっくりと宙へと舞い上がる。
そして、
「叶うなら【義賊王】を……シアンを救ってやってくれんかのぉ」
掠れるように聞こえたその声に私は何も言わず、ただ頷いた。
……当たり前だ。
元より【義賊王】の企みは阻止する、それはとうに決めたこと。そこに『【義賊王】を救う』と言う追加条件が加わったとしても私には何の問題もない。
なんと言ったって彼女は、
――ヴィーレ・ラルテは最速の騎兵なのだから。
【クエスト【【
【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】