自由への飛翔 作:ドドブランゴ亜種
□“氷冷都市”<グランドル>
「動くな」
『……動けば、殺す……よ?』
夜の<グランドル>に鳴り響いていた雷鳴が止んだ。
紅雷を走らせていた【トニトゥルス】の《紅雷暴走》が収まり、元の黄色い『対巨大モンスターライフル』へと戻りながら銃身の余熱を残してほんのりと夜を赤く照らす。
……激しさ戦闘。
互いに一瞬の気も抜けない戦闘は見る影も無い。
ただ先程までの戦闘の余熱を凍える寒さが攫い、少しの沈黙がその場に流れる。
【トニトゥルス】を構えるアインとその背後に立つホオズキ、二人は互いに目を合わせずに一触即発の空気を纏いながら動きを止めていた。
「――理解」
『私は理解してないよっ!? <マスター>!! 何が起こったかよく分かんないし……すごっく怖いんだけどッ!』
沈黙を破るようにアインが口を開き……。
「口を開くな、銃も放せ。そうしねぇと首を跳ねるぜ」
――同時に首から真っ赤な鮮血が伝って滴らせた。
『血』でコーティングされ、赤い刃を見せつける【鬼斬大刃】は簡単にアインの薄皮を切り裂き、その首へと刃を食い込ませたのだ。
アインのビルドは『SP&MPとDEX』型。
典型的な『狙撃手』のビルドである。
その気になれば今のホオズキならば首を切り落とすのに一秒も掛からないだろう。
今はホオズキの私用で撥ねられていないだけ――アインの命は現在、ホオズキの手中にあった。
『怖っ! 凄く怖い!?』
「……」
『えっ、黙れって……ハッ――』
一秒ごとに食い込んでいく刃。
その鈍い感覚にアインもすぐさま手を放し、両手を上げた。
動きを阻害する重力もこれほど近づかれてしまえば何の意味もない。
――指一本。
引き金に力を込めた瞬間すらもこの男は見逃さず、そして躊躇なく首を跳ねるだろう。
《念話》で騒ぎ立てる【ヘカテー】とは裏腹に【魔導狙撃手】であるアインはどこまでも冷静で、そして的確に判断していた。
「……(予想外)」
同時に首に添えられたら刃すら気にせず、この状況に至った原因を考察する。
『スコープ』から離した目は今なお、視線の先で空を飛ぶ『鋼鉄の鳥』と化した銃弾を捉えている。
合計11羽にも及ぶ特殊弾――【蒼甲銃翼 スチュパリデス】の《撃滅の蒼翼》は健在だ。
鳴き声を上げながら飛翔する鳥たち。
砂煙へと超スピードで突撃しては
アインはその音へと眉を顰める。
そして……次第に晴れていく砂煙から姿を現したソレへと目を見開き、そして全てを理解した。
「(やられた……全てが囮か)」
『えっ? どういう事?』
砂煙から姿を現した闇に溶け込む大きな影。
――それは他でも無い……
いや、ホオズキがこの世界に二人いるわけは無い。
『自身の分身を作り出す<エンブリオ>』と言う可能性も、先ほどまでの完全な近接特化な戦い方からみれば限りなく薄いだろう。
その正体は、ホオズキだったモノ。
【タロース・コア】の《山岳装甲》によって形成されたモンスターのような外見の『岩石鎧』だったのだ。
中身のない、攻防一体の戦鎧。
ホオズキはその場に全身鎧だけを脱ぎ捨て、軽くなった体の重量分だけ加速し、アインの背後へと周り込んだのだ。
ホオズキの【到達鬼姫 シュテンドウジ】は『血』の<エンブリオ>。
その気になればスリンガーのように糸状に変形させ、壁に突き刺して移動。
その気になれば高いステータスで強引に壁へと足を突き刺し、背後に回り込む程度は簡単に実行して見せるだろう。
「糞がッ、身体が重ぇ……おい、シュリ。こいつはなんとかなんねぇのか?」
『……無理。……血が、勿体ない。……再生優先?』
背後から聞こえてくる独り言。
身体を一切動かすことなく視線だけを動かし、『スコープ』の反射で覗き見たホオズキの姿。
そこには右腕が半ば消え去り、ゆっくり再生していく様子が見て取れた。
「(特典武具。……右腕ごとあの場に)」
『……え? あの鎧に右腕ごと置いてきたってこと? ――気持ち悪っ!?』
【タロース・コア】は右腕を起点に全身鎧を形成する『特典武具』。
右腕ごと引き抜けば《山岳装甲》スキルが発動せずに全身鎧が崩れ去る――故に、ホオズキは右腕を切り落とし、あの場に放置してきたのだ。
……馬鹿らしい。
余りに馬鹿らしい。
普通の<マスター>なら、そんな行動取りはしない。
右腕を失えば戦闘に支障をきたすのは確実であり、繋ぎ直すことも【司祭】系統の上級職でなければ難しい。
リターンよりリスクが勝る。
余りに馬鹿らしい行動だ――が、背後に立つホオズキは迷わずその選択をした。
だからこそアインはまんまと罠に嵌り、危機に陥ったのだが……。
「(対象について、認識修正)」
ホオズキの行動――それはもはや人の真っ先に考えることではない。
どちらかと言えば人外。
モンスターよりの思考回路に近かった。
そして……
「おい、イモリ狙撃野郎。てめぇに聞きてぇことがある」
ひたすら現在の状況観察に思考を回すアイン。
そんなアインへとホオズキは背後から声を掛けた。
「……」
「お前、何で【義賊王】なんかに手を貸しやがった。お前も【義賊王】がこの街の奴らを殺そうとしていることは分かっていたはずだぜ? それなのに何で――」
咎めるようなホオズキの問いかけ。
声は極めて穏やかだが、その声に込められた殺意が『下手な言葉を返せば即座に殺す』――そう物語っていた。
――首を伝うヌルリとした生暖かい血。
――触れた【鬼斬大刃】の冷たさ。
――背後から感じる突き刺すような視線の鋭さ。
普通の<マスター>なら歯が震えて、泣いてしまいそうな恐ろしさだ……そう、
「――『何故、メイデンの<マスター>が手を貸すか』……と、質問か?」
『――? マスター?』
アインは嘲笑うように笑みを浮かべながら、ホオズキの言葉へと途中で割り込んだ。
それどころかホオズキが言いかけた言葉の先を言い当てた。
そのアインの行動に少し動揺し、首に食い込ませた【鬼斬大刃】へと力を込めるホオズキ。
何処までも冷静で表情を崩すことの無いアイン。
それは敵であるアインの初めて見せた表情だった。
「――愚問」
「……あぁ?」
「愚問と言っている。――狂鬼」
状況は一目で分かるほどにホオズキの優勢。
次の瞬間、アインの首が地面へと落ち、デスペナルティになっても可笑しくはない程に一方的な戦況である。
それなのに。
……それなのに、その会話はまるでアインが優勢なような。
どこか苛ついたホオズキの口調に対して、余裕と勝利の確信に満ち溢れた様な声だった。
「てめぇ、状況が分かってんのか?」
脅すようにジワジワとその首に刃を食い込ませていくホオズキ。
【鬼斬大刃】の赤い刀身が半分ほど首へと埋まり、真っ赤な血が【出血】の状態異常を引き起こし、滴り落ちる。
しかし――
「何度でも言う。――愚問だ、狂鬼」
アインの口調は変わらない。
顔の見えないアインは何処か不気味で凄味があり……ホオズキに焦りを与えてくる。
「狂鬼、迷ったな?」
『……耳貸しちゃ、ダメ。……ホオズキ』
――耳から聞こえるアインの薄ら笑いの声。
――脳内に直接響くシュリの警告の声。
しかしホオズキが動きを取る、取らないに関係なくアインは口を開くのを止めることはない。
……あざ笑うように。
説得するような穏やかな声でホオズキへと話し続けていた。
「迷って――お前は判断した。【義賊王】、その存在は
そして――それ以降の行動を【騎神】に任せた。違うか?」
「……違ぇよ」
アインの言葉にホオズキの声は一段低くなる。
それは怒りか……それとも図星だからか。
しかし、アインはホオズキから見えない角度で口端を上げた。
「――それが答え……私とお前は同じ判断を下した。そして違う行動を取った。
私は自分の意志で動き、お前は他人に自身の行動を預けた。
これで満足か――――
『ちょっ!? <マスター>!? 何だかいつもと違くない!??』
アインの言葉に押し黙るホオズキ。
ピリピリと肌がチリつくような沈黙が二人の間に落ちる。
しかしこの状況に一番驚いていたのは他でも無い、それぞれの<エンブリオ>である【シュテンドウジ】と【ヘカテー】である。
――シュリちゃんはホオズキを通じて流れ込む、嵐のように渦巻く様々な感情に。
――ヘカテーはいつもは無口で、殆ど喋らないアインの饒舌な皮肉に。
二人の<エンブリオ>は起こってしまったこの状況を緊迫した様子で見守る。
そして数秒後。
……沈黙が弾けた。
「ハッ、ガッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
『……頭、可笑しく……なった?』
突然、大声で笑い声を上げだしたホオズキ。
そんなホオズキの様子にシュリちゃんは心配そうに見守り、そして――
「ハッハッハッハァ――。あぁ、満足だぜ。加えて言うならお前の言う通りだ、俺は【義賊王】が間違っているとは思わねぇ。その上でどうするかはヴィーレの奴に預けた。
だけどよぉ~、俺は馬鹿だからよ。直ぐには判断つかねぇんだ。
だから……」
先ほどまでの雰囲気が嘘のように、低い声で。
全ての疑問が吹っ切れたように言いきった。
「……てめぇら全員ぶん殴って、縛り上げてから考えることにするぜ――イモリ狙撃野郎」
考えを全て放棄して殴り倒した後に考えると。
ホオズキらしい……単純思考で、そして最も正しいかもしれない方針を口にした。
そして、その言葉と同時に止まっていた戦闘が熱を帯び始めた。
首へと食い込んでいた【鬼斬大刃】の刃へと力が込められ……。
「シュテンドウジ!!」――『……ぅい』
「切り札、ヘカテー」――『もうっ! ほんとに何なのさ!?』
互いに全く同じタイミング動き出す。
ホオズキの【鬼斬大刃】がアインの首を切り落とし……何も起きていなかったとばかりに【身代わりブローチ】が音を立てて砕けて城壁上の転がった。
アインの指が【紅雷銃 トニトゥルス】の引き金へと触れ、『スコープ』型である【ヘカテー】をホオズキへと照準を合わせた。
「――死にやがれぇ!!」
「……セット」
あと一秒。
互いに互いの間合い。
腕を振れば、【ヘカテー】の名を呼べば決着がつく。
それはまるで中世の早打ちのガンマンのように、敵より速くその一撃を叩き込もうと何十秒にも加速しスローモーションのように感じる一秒で動きだす。
どちらが勝っても可笑しくない。
今のホオズキのステータスは『伝説級モンスター』並み。スキルも合わせれば間違いなく<UBM>相当な化け物だ。
対してアインの【弾罪乙女 ヘカテー】も“ジャイアントキリング”の<エンブリオ>である『Type:メイデン』。必殺スキルさえ発動させてしまえば確実に殺す。
それだけの自身がアインにはあった。
そして……
「なッ!?」
『……ン』
『<マスター>! なんか……まずいよ!?』
「……把握してる」
突然、<グランドル>の街全体を揺らした大きな揺れ。
同時にその地響きに耐え切れなかったとばかりに、半壊していた二人が立っていた城壁が砂漠方向へ音を立てて崩れ始めた。
――真っ暗な極寒な夜の空。
視界が開けない闇へと巨大な瓦礫が崩れ落ちる。
ホオズキとアインは二人とも宙へと身体を投げ出され、地上さえ見えない空中で自由落下を開始する。
城壁の高さはおよそ200メテル。
アインはもちろん、ホオズキも頭から落ちてしまえば致命傷は免れないだろう。
だが、この二人においてそれは落下死は絶対に起こり得ない。
「シュテンドウジ!!」
『……煩い』
声と同時にホオズキの血が糸状のスリンガーとなって落下する瓦礫へと照射。
ホオズキがその糸を伸縮させ、瓦礫を踏み台に。
瓦礫から瓦礫へと飛び移りながらその落下の速度を軽減させていく。
「――セット、炸裂弾」
『北西方向、距離137! ――今だよ!』
「――シュート」
空中で【トニトゥルス】を無理やり構え、スコープを覗き込んだアイン。
同時にヘカテーの《念話》に従い、冷静に引き金を引き絞った。
紅い雷光と共に放たれたのは一発の炸裂弾。
その弾は真っすぐに地上へと突き進み――そして空中で炸裂、爆風で辺りを吹き飛ばした。
『魔力式狙撃銃』特有の不発弾。
魔力を込めすぎた結果による暴発だが……これでいい。
「……《次弾装填》、シュート」
爆風にアインの体が浮いた。
同時に早業で次弾を装填し、再び引き金を引く。
放たれた炸裂弾はまたして暴発し……また次の弾が放たれた。
あまりに馬鹿らしい。
しかし……この【魔導狙撃手】アイン・シューターは実行する。
炸裂弾の暴発による爆風を利用した緊急着陸を。
それぞれが傷一つ負うことなく地上へと着地を成功させた。
そして……同時にそれに気が付いた。
「何だ? 砂が溶けて――ガラスみたいになってやがる」
余りの寒さに凍り付いたわけではない。
むしろ……地上は常夏の太陽の下に居るような凄まじい熱を帯びていた。そのあまりの熱量に砂が融解し、ガラスのような状態に溶け固まってしまったのだ。
どれほどの温度があれば砂が融解するのかは知らない。
しかしそれが起きたのはおそらく先ほどまでの地鳴りと同時に起きたものであること。
そして、
『……ホオズキ』
「あぁ、ヴィーレの奴だな」
それを引き起こしたのはヴィーレだという確信にも似た感覚がホオズキと【シュテンドウジ】にはあった。
しかし、それだけではない。
ガラスのような地面が再び大きく揺れ始め、罅が走り、バラバラに砕け散る。
硝子同士が微振動を繰り返し、地面が波打つ。
まるで地震の予兆のような。
火山活動が起きる前兆のような地響き。
そして――先ほどまでヴィーレと【義賊王】を巻き込んで空いた縦穴。砂中の奥まで繋がった穴から、火山のような爆風と共に巨大な火柱が立ち昇った。
遅れて火傷するほどの熱と爆風がホオズキとアインへと襲い掛かる。
「……【義賊王】」
その爆風を真正面から浴びながらアインが呟く。
声は爆風の音にかき消され、一瞬で後方へと流されていった。
真っ暗な夜を真っ赤に染めなおす火柱。
ホオズキとアインはその瞬間だけは互いに戦闘の途中であったことを忘れ、呆然のその火柱を見つめる。
そして……地面から這いずるように浮かび上がった影をみた。
『ィヒャッ、イッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒイィィィィイイイイ!! ……本当に死ぬかと思ったよぉ~。
ホオズキは見た。
――影が持つ、火柱を反射して真っ赤に染まる二本の中華包丁を。
アインは見た。
――影の右手、銀色の指輪が嵌められた【義賊王】の右腕だった右腕を。
そして――その姿を見てしまったなら二人にこれ以上言葉はいらなかった。
互いについ先ほどまで殺し合っていた二人。
――踏み出した右足が硝子の地面を砕き割った。
【義賊王】について同じ判断を下し、別々の行動を選択した二人。
――構えた銃口とスコープが影を捉えた。
そんな二人に、共通の敵が現れてしまったのだから取るべき選択はたった一つ。
彼らは――『メイデン』の<マスター>なのだから。
安定の後半のてきとうクオリティー。
またコイツか……ってなったらすいません。
だけどこれで最後です。