自由への飛翔 作:ドドブランゴ亜種
□<【■■騎】地下墳墓> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ
――《狂乱魔笛》が反響する奈落の闇。
砂漠の砂塵がまるで滝のように底の見えない奈落へと流れ込み、アレウスへ《騎乗》中の私を飲み込んだ。
人の大きさ程もある岩盤が。
アロンが《地盤操作》で作り出した床が、音を立てながら崩れていく。
当たればひとたまりもない……【即死】級の岩石の雨。
《狂乱魔笛》を響かせ私達が落ちてくるのをずっと待っている奈落。それはモンスターよりも恐ろしい姿をした
【解体王】が私と、【義賊王】を殺すために仕掛けてきた『罠』。
誰が予想することが出来ただろう? 砂漠の地盤ごと破壊し、地下深くへと標的を誘い落すなど。
(……あのカバみたいな『特典武具』の仕業かな)
恐らく<グランドル>の『地下迷宮』を噛み砕いて大穴を開けた【解体王】の切り札――【狂偶蹄獣改造生物 ヒポトヴォルグ】の仕業だ。
あの『特典武具』が使用された『死体生物』が砂漠を支えていた岩盤を噛み砕き、割ったのである。
……いや、それだけではない。
それだけでこれほど深い縦穴が出来るわけもない。
元々、私と【義賊王】が戦っていた砂漠の地下に
「――ッ」
『HIHIIIiiiiiiiii~~N!!』
アレウスごと私達は穴を落下し続ける。
浮遊感が身体を襲い、【義賊王】との戦いどころではない。
何より
「――【義賊王】」
「敵が誰だろうと俺は奴を殺すまで死ぬわけにはいかない。俺の邪魔をする奴は全員心臓を抉り取ってやる。……【解体王】はもちろん、お前もだ――ヴィーレ・ラルテ」
同時に、一瞬ではあるが交わった視線。
――勘違いするな。
とでも言うように、シアンディールは低い声で私へと向け警告した。
【解体王】を倒すために協力する気はない。
シアンディールにとって、私は彼の悲願を阻止しようとする敵であることには変わりなく、何処まで行っても協力することは出来ない。
「アハハハ……そうだね」
だけど……私はそんなシアンディールの言葉に小さく笑い声を漏らした。
全てを奪い取る右腕は真っすぐに奈落の闇へ。
この暗闇の中でも光を失わない青い瞳。
左手に握った『拳銃』と鎖は私へは向けられず、下へ。
その言葉とは裏腹に、全ての矛先は未だに姿の見えない【解体王】へと向けられていたからだ。そこには先ほどまでとは違い、私へと向けられた敵意は一切感じられなかった。
だから……。
「私も【解体王】を倒して、必ず貴方を止めるよ」
……私はそう言い放ち、思わず笑みを浮かべた。
私は片腕で手綱を握り、鐙へと足をしっかりと掛ける。
そして【義賊王】に倣うように、奈落の底へと意識を集中させながら睨みつけた。
ヴィーレの茜色の鋭い双眸もまた、より一層強い光をその目に宿す。
「私が……此処で全ての決着をつけるッ!」
『BURUUUUUuuuu』
『KWeeee~~!!』
裂帛と共に吐き出す白い吐息。
外気の寒さとは反対に、身体中に滾り熱を上げていく闘志と炎。
私は空中で暴れる手綱を左手一本で抑え込み、鐙へと掛けた足に力を込めて無理やり《騎乗》を自らの支配下に置いた。
「――ハァッ!!」
手綱を勢いよく引く。
同時にアレウスが凄まじい勢いで加速。
私を強さを増した浮遊感が襲い、流れる線のような景色が視界を埋め尽くした。
――『
雪崩のように崩れ落ちる瓦礫の雨の中でアレウスは瓦礫から瓦礫へ、その豪脚をもって踏み砕きながら駆けだしていた。
それは【嵐竜王 ドラグハリケーン】との戦闘の最後で見せた技巧……一歩間違えば先の見えぬ奈落へ真っ逆さまである騎乗技術。瓦礫の中を潜り抜け、敵へと急接近する荒業を真下へ。
……奈落の底へと実行する。
しかし、絶対にミスはしない。
瓦礫を踏み外すことはしない。
『KWe、KWEEeeeee~~!』
フェイのマグマよりも赤い《紅炎の炎舞》の紅の炎が奈落の闇を照らす。
私へと当たりそうな小さな瓦礫を焼き溶かし、消失。【解体王】が待ち伏せているだろう地底へと向けて炎で私を導いてくれていたのだから。
今のヴィーレにとって地上へと脱出することは簡単だ。
ただフェイへと飛び移り、瓦礫の雨を潜り抜けて飛翔すればいい。
それこそ現在進行形で実行している『瓦礫下り』に比べれば、実に簡単であり確実に成し遂げるだろう。
しかし、ヴィーレの選択肢にはその選択は存在しない。
――ただ前へ。
身の毛もよだつような、<グランドル>に潜む悪意に向けて突き進み、そして倒す。
ヴィーレに貧民街の子供たちの飢えを満たすようなことが出来る<エンブリオ>もない……ただ、敵を倒すことしか出来ないのだから。
「――」
頬を瓦礫が掠め、《狂乱魔笛》がどんどんと大きくなる。
だけど手元は狂わない。
目を、耳を塞ぐことは無い。
《蒼炎の再生》の青い炎が私の体を包み込み、傷を癒し、【狂乱】の状態異常を瞬時に治癒し続けた。
(……これだけ駆けているのにまだ底が見えない。かなり深いみたい)
どれだけ深い縦穴なのだろう?
既に『地下迷宮』の深さを軽く超え、地盤のマグマが見えてくるのではないかと思ってしまう程の深さである。
私は些細な違和感に眉を顰める。
……そして。
『――《人
ついに視界に捉えた奈落の底。
壁が見えない程に張り付き、蠢く蟲にも見える『死体生物』の大群と《狂乱魔笛》の魔笛を発する【ヒポトヴォルグ】の大きな全貌。
同時に背後から聞こえたその『必殺スキル』に――私の
「――同じ
『――ガァッ!?』
そして……私の声と共に、【解体王】の体が炎に燃えて半ば抉れ飛んだ。
――猛火を纏う何本もの矢。
【スチィール・メイル】程度の防具なら遠くからの騎射でも。
近距離で射れば、【ミスリル】にもダメージを与えることが出来る剛射があらゆるものを燃やし尽くす《紅炎の炎舞》を纏い、【解体王】の身体を捉えたのである。
【不死鳥の紅帯】形態へと瞬時に変身したフェイが補助腕のように強弓を固定、左手を放した私は宙で『矢筒』から矢をまとめて引き抜いて番えたのだ。
炎矢は【解体王】に刺さらない。
鏃が触れると同時にその周囲を弾け飛ばし、紅炎が身体を焼き尽くしていく。
「一昨日みたいに上手くいくなんて思わないで。――今日の私は……前の私より強いから」
回転する銀色の飛翔物。
腕ごと抉れ飛んだ銀の円盤は私の赤髪を一房切り裂き、後方へと抜けていく。
ガキンッ――と。
空を切り、私へと届かなかった【カイタイシンショ】が赤い炎の揺らめきを反射しながら硬い音を立て、『死体生物』を切り裂きながら地面へと突き刺さった。
『ギッ、ィギギギギィィィィィィイイイイイイ~~!!』
空中で半身を吹き飛ばされ、燃え続ける【解体王】。
その炎は地底の空間を明るく照らす――二重の意味で“風前の灯火”だ。
例え<マスター>だとしてもデスペナルティになっていないのが不思議なほどの『傷痍系状態異常』。このまま【火傷】と【出血】の継続ダメージでも十分。
上空から降り注ぐ瓦礫がその体を押しつぶしてもHPは全損する。
モンスターや戦闘職のティアンから身体を切り奪い取れる【解体王】だからこそギリギリ死なずに済んでいるのだ。
――それほどの火力の集中砲火。
そして……【解体王】はやはり<マスター>であり、
『ィヒ、【騎神】ンンンン~~ッ!』
奇声と共に空中分解する【解体王】の身体。
炎で燃え、【炭化】し始めた部位を切り離す。
そして、その体の内部から自分の血で真っ赤に濡れたもう一本の中華包丁を取り出した。
一昨日と同じ、防御兼、私の突撃を予期して仕込んでいた罠。いや……もしかしたらこの手段も視野に入れていたのかもしれない。
【解体王】は人間から大きくかけ離れた異形な姿――腰から生やした人間の腕を伸ばした。
それは【ラバーリザード】と言う、ゴムのような特性を持ったモンスターの部位と人間の腕を合わせた不気味な尻尾である。
本来ならデスペナルティの危機に撤退する場面で、【解体王】は追撃に出た。
『手足をバラバラに切り取ってェェェェェ、泣き喚くお前の目の前で従魔を《解体》してあげェェェェェェッ!!?』
迫りくる人間の手と中華包丁。
空中で落下中の私へとその赤い刃は伸び――。
「――煩い」
次の瞬間、【解体王】の体が霞んで消えた。
ヴィーレの上空に居たはずのその姿は何処にもない。ただ、強弓を放した代わりに握った長槍と【ミラーズ・ベイ】を振り抜いた態勢のヴィーレの姿がそこにはあった。
「前にも言ったと思うけど……私は貴方を許すつもりもないから。此処は街でもないし巻き込むティアンも居ない、だから……」
私は振り抜いた勢いで【ミラーズ・ベイ】の矛先を地面へ。
そして《衝撃反転》で着地の衝撃を無くしながら、壁へと叩きつけられた【義賊王】を射抜くように視線を向けた。
「……今度こそ、肉片一片も残さず火葬してやる」
真紅の炎が私を中心として燃え広がった。
『ギィィィィィィィィィイイイイイイ~~ッ!!』
それは――
奈落の底を埋め尽くしていた『死体生物』の大群を一瞬で焼き殺して塵にし、死に体の【解体王】を飲み込んだ。
炎は勢いよく【解体王】を燃やし、吹き上がる炎の音と共に奇声にも似た金切り声が洞窟内に木霊する。
……耳障りな、聞くに堪えない奇声。
だけど――まだ足りない。
「フェイ」
『KWEEeeeee』
フェイが鳴き声を上げると同時に《紅炎の炎舞》の火力が上がる。
赤が紅に、紅が深紅に。
その火力は徐々に地面を溶かし始める――が。
(……あの身体、かなり高い《火炎耐性》を持ったモンスターの身体を奪ってる?)
尾のような気味の悪い腕を【炭化】させ、身体中に【火傷】を負いながらも燃え尽きず、絶叫を上げ続ける【解体王】。
その様子に私は眉をしかめた。
……絶叫は止まらない。
黒焦げの焼死体になりながら、その口からは呪いのような怨念を吐き続ける。
『イギャ、ギャァァァァアアアアア~ッ! 後先考えず燃やしてくれて――絶対に殺してやる。指先からバラバラにしてぇ――――?』
そして……止んだ。
「――惨いな」
声と同時に私の隣に姿を現したのは遅れて降り立った【義賊王】。
鎖の『特典武具』を壁へと突き立て、ゆっくりと着地。引き金を引くと上空へと銃口が向けられた『拳銃』が降り注ぐ瓦礫を撃ち砕いた。
なら右手――《ライト・オーバースナッチ》はどうしたのか?
チラリと覗き見た【義賊王】の右手。
その手中は真っ赤な血に濡れた一握りの肉塊が見え……直ぐに投げ捨てながら、気持ち悪そうに手を振るった。
地面に転がった管のようなものが付いた肉塊。
それは【解体王】の
「……何で喉なんです」
「あの様子では心臓を抉り取っても死ぬとも思えない、【酸欠】を狙った方が確実だ。それに……俺のスキルにも限度はある」
「なら次は頭をお願いします。流石に頭を潰せば確実にデスペナルティになるはずですから」
このままでも長く待たずにデスペナルティになるだろう。
しかし……この【解体王】は油断できない。
わざわざ私と【義賊王】が戦っているところを狙ってきたのだ。
奴は私と【義賊王】が顔見知りだったことは知らない。
故に、標的が二人とも自身の討伐を優先したのは驚いているだろう……が、それでも私達を殺すことができるだろう手段を持っていたから襲ったことは確実だろう。
――私と【義賊王】の相討ちを狙う。
そんな希望的観測を奴はしない。
「……油断は出来ない」
『矢筒』から矢を引き抜き、強弓につがえる。
そして――
『――~~ッ!!』
『GWAWOOOOoooooo~~!!』
矢を放つと同時に【ヒポトヴォルグ】が【解体王】の身体を飲み込んだ。
【ヒポトヴォルグ】は元々【亜竜偶蹄】。
地属性の堅い皮膚を持つ【ヒポトヴォルグ】はかなり高い《火炎耐性》を獲得している。『特典武具』となってもその特性は失うどころか【解体王】のスキルによって強化されている。
故に【解体王】の身体を燃やし続ける紅炎を消化すると同時に、飲み込むことで矢を防ぎ、《ライト・オーバースナッチ》の射程圏内から逃れたのだ。
そのまま
「……【義賊王】」
「何だ」
「あの先が何処なのか貴方なら知っているんじゃないかと思ったんだけど――」
警戒しながら手綱を引きながらアレウスが脚を進め、馬上から私は【義賊王】へ尋ねた。
「知らん。俺もこの遺跡――と言うよりは<地下墳墓>か……此処の存在は今初めて知った。この<地下墳墓>事態が最高レベルの隠蔽工作がされている。
俺の――【義賊王】の《隠蔽操作》や《気配察知》もカンストしているがそれ以上だ。<グランドル>の『地下迷宮』の深さを上回っていることも考えれば、確実に前々期文明の『ロストテクノロジー』になる」
「ロストテクノロジー……か」
私の保有している【怒涛之迅雷】もある意味、先々期文明の遺物。
加えて、この外見から見て『墓』であることには間違いない。
(……先々期文明の何らかの兵器――なんてものは勘弁してほしいなぁ~)
墓に埋めるのは何も遺骨だけではない。
それこそ、その墓で眠る遺骨の所有物だったアイテムや墓を守る何らかの番兵など。
むしろ此処まで私達をおびき寄せた以上、【解体王】が何かを見つけてしまったと見る方が筋が通ってしまう。
【即死】級の『必殺スキル』を持つ【解体王】に近づきたくはないが、それでも先ほどのチャンスで仕留めきれなかったのが痛い。
だけど……。
「――私が先陣を伐る」
「奴を警戒するのは賛成だが……背後にも気をつけるんだな。【解体王】を倒した瞬間にお前も殺す」
【ミラーズ・ベイ】を片手に、前へ出る私に【義賊王】が言う。
しかし一々忠告する辺り、シアンディールに限ってそんな真似はしないと確信できる。
私は背後から聞こえてくる声に笑みを漏らし、そして。
「――罠だろうと、全部踏み壊すよッ!!」
『BURUUUuuuuuuu!!』
《一騎当神》。
《幻獣強化》。
《魔獣咆哮》。
全ての強化スキルを出し惜しみすることなく駆け出した。
――たった数十メテル。
その距離を一瞬で無くし、<地下墳墓>へと空いた穴を駆け抜ける。
『グギャギャ、ギャー!』
飛び込むと同時に、進行方向に立ちふさがった『死体生物』の身体を【ミラーズ・ベイ】で突き穿つ。
同時に発動する《衝撃反転》。
アレウスの駆ける威力が乗った刺突は簡単に『死体生物』の身体を突き抜けた。
そして――。
「――ッ!?」
――警鐘がなった。
《危険察知》が脳内で打ち鳴らす危険を知らせる大警鐘。
何らかの奇襲か。
もしくはやはり罠か。
警鐘が何を知らせようとしているのかは分からない。
ただ、その場を全速で駆け抜けようと鐙に力を込めるようとして――同時にソレを見た。
――【ミラーズ・ベイ】によって突き穿たれた『死体生物』。
――その心臓から水を勢いよく流し込んだように膨れ、膨張した姿。
――凄まじい熱量を発しながら、皮膚の内部から赤く膨れ上がるその光景を。
『――ィヒ、イヒヒヒヒヒヒッ! 殺すのはもちろん、火気厳禁ダヨォォォオオオ!?』
それは一度見たことがある。
【義賊王】も領主の館を襲うのに使っていたアイテム――いや、それよりも遥かに強力なモノ。
「――《クリムゾン・スフィア》と《エクスプロージョン》の【ジェム】ッ!!」
限界まで膨れ上がり、『死体生物』の身体を突き破って発火した爆弾。
とっさに薙ぎ払い、振り払おうとするが――離れない。
『ギィ……』
それはもはや人間でも、モンスターでもない。
痛みや恐怖も覚えることの無い『死体生物』なのだから。
身体を引き裂かれても動き続ける『死体生物』は振り払われんとばかりに【ミラーズ・ベイ】にしがみ付き。
――『人間爆弾』……いや、『死体爆弾』。
辺り一帯を軽く吹き飛ばし、『純竜級』モンスターすら仕留める火力と爆風の『死体爆弾』に、超至近距離で巻き込まれたのだった。