自由への飛翔   作:ドドブランゴ亜種

95 / 105
第31話 黒死の捕食者

 □<【冥骸騎】地下墳墓> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 点滅する『魔灯』が薄暗く仄かに照らす<地下墳墓>の闇。

 月光は差し込まず星明りも無い、砂塵が密閉した空間内に巻き上がる視界の通らない閉じられた戦場だった。

 それは――正しく<地下墳墓>。

 ――脱出不可能な棺桶。

 ――まごうことなき地獄。

 そして、そんな暗闇の地獄と化した<地下墳墓>の中を一体の『冥府の騎兵』が疾走していた。

 

 

 『WAHOoooooooo~~Nッ!!』

 

 

 アストラル体の巨狼が空気を震わし、肌をビリつかせる咆哮が<地下墳墓>内に木霊する。

 それは【ヒポトヴォルグ】の《狂乱魔笛》にも劣らない、何の力も持たない一般人のティアンが耳にすれば【気絶】は免れない。

 例え、<マスター>だとしても【恐怖】に陥らせるだろう大咆哮が<地下墳墓>内へと響き渡る。

 そんな聞けば震えあがってしまうような咆哮に『紅炎の騎兵』は一瞬だが動きを止め――。

 

 

 『――!』

 

 

 次の瞬間、【冥魂騎 ペイルライダー】はヴィーレへと紫紺の長剣を振り下ろした。

 超々音速に限りなく近いスピードで駆ける【ペイルライダー】にとって、ヴィーレの一瞬の硬直すらも大きな隙となる。

 もはや距離と言う概念すら存在しない。

 数メテル、数十メテルと言う距離は超音速機動で駆けまわる二人の騎兵にとって無いに等しいからである。

 また、紫紺の長剣も先々期文明時代に作られた一振りの名刀。長年の時の間で『呪いの武具』と化し、《回復阻害》の効果が付いた紫紺の長剣だ。

 ――と、言ってもその効果はまともに発揮する事は殆どないだろう。

 

 五桁に達した化け物のような……『神話級』相当のSTR。

 

 とっさに身を引き、重傷で済んだ【義賊王】の方が稀だ。

 本来まともに直撃すれば確実に即死を免れない【ペイルライダー】の剛腕による攻撃なのだから。

 

 

 『――』

 

 

 声も無い、無音の一振り。

 喋ることが出来ない【デュラハン】である【ペイルライダー】の紫紺の長剣は容赦なくヴィーレへと迫る。

 余りの力で振るわれ、風を切る轟音。

 ヴィーレの炎鎧の揺らめく紅炎を反射させ、揺らめかせる紫紺の刃。

 紫紺の刃は真っすぐに硬直しているヴィーレの頭へと吸い込まれていき……。

 

 

 

 

 

 『――?』

 「――やっぱりもうアンデットだから意志が無いんだね。……動きが単純だよ」

 

 

 その刃は、冑から流れる赤い髪を掠め空を切った。

 

 

 「生前はきっと凄い騎兵だったのかもしれないけど、意志を無くしてしまったら……それは唯のステータスだけの鎧人形だね」

 

 

 同時に紅炎の冑から覗かせる、強い眼光を帯びた橙色の瞳が【ペイルライダー】を突き刺した。

 続けて躍動するアレウスの屈強な身体。

 まるで先ほどまでの硬直は嘘だと言うように。アクセルが壊れ、猛スピードしか出せないレーシングカーのように。

 黒い毛並みの豪脚が地面を踏み砕き、アレウスが超音速機動で【ペイルライダー】へと突貫する。

 

 

 「――《チャージスパイク》ッ」

 

 

 その動きに重ねるように突き出された【ミラーズ・ベイ】。

 いや……正確に言えば、ヴィーレの動きを察知したアレウスが合わせたのだろう。 

 阿吽の呼吸で繰り出された《騎乗槍》スキルは一番初めに取得できる基本スキルだ。

 本来ならばせいぜい下級モンスターを倒せる程度の基礎スキル。

 しかし紅炎を纏った【ミラーズ・ベイ】は使用者への衝撃を全て反射し、攻撃に上乗せする特性を持つ――全てを打ち貫く長槍と化した。

 

 ――暗闇に描かれる赤の軌道。

 

 狙いは紫紺の長剣を空振り、バランスを崩した【ペイルライダー】。

 アンデットの……例え【デュラハン】だろうと変わることの無い弱点である『()』である。

 ヴィーレは全ての威力を矛先へと乗せた一撃をブレることなく、真っ直ぐに突き出した。

 ――そして。

 

 

 

 

 

 『――~~ッ!!』

 「――ッ! 無茶苦茶なッ!!」

 

 

 瞬時に『何か』を握っていた左手を放し、兜へ放たれた【ミラーズ・ベイ】を掴み取った(・・・・・)【ペイルライダー】に、ヴィーレは思わず声を荒げた。

 だけど……遅い、もう手遅れだ。

 

 (騎兵は真後ろには進めない……それは身体のない巨狼の騎獣だって変わらないはず)

 

 ――通る!

 私はその様子に驚愕しながら同時に確信する。 

 後退出来ない騎獣に《騎乗》した状態。それはある意味、背後に対してブレーキを掛けているのと同じだ。

 加えてバランスを崩している【ペイルライダー】は完全に避けるタイミングを逃していた。

 掴まれた【ミラーズ・ベイ】から炎が巻き上がる。

 それはまるで【アダマンタイト】の籠手と【ミラーズ・ベイ】が擦れ合い、火花を散らしているよう。しかし、深緑の矛先は捕まれながらも少しずつ兜との距離を縮めていく。

 30センチメテルが20センチメテルへ。

 20センチメテルが10センチメテルへ。

 そして……。

 

 

 『BURURUuuuuuu!?』

 「なッ!?」

 

 

 ……突き出した長槍の手応えが消えた。

 《チャージストライク》が躱された訳ではない。

 もちろん突き出した【ミラーズ・ベイ】が消え去った訳もない。

 ――消えたのは“ブレーキ”。

 左手の『何か』を手放すと同時にその姿を消した――アストラル体の巨狼である。

 私はその光景に目を見開くが、走り出したアレウスと《チャージストライク》は止まらない。

 引き絞り、全てを貫く矢の如く【ペイルライダー】ごと突き進み、<地下墳墓>の壁を大きく削り飛ばした。

 

 

 「……」

 

 

 ――特殊な石材で造られた壁が音を立て崩れる。

 

 ――砂埃が舞い上がり、互いの姿を多い隠す。

 

 ――そして。

 

 

 「――アレウスッ!!」

 『HIHiiii~~Nッ!』

 

 

 何も貫くことなく壁へに深々と突き穿った【ミラーズ・ベイ】を砂埃から伸びた籠手が掴んだ光景に。

 砂塵に紛れ、私を包み込んだ黒い靄(・・・)とその中で揺らめく白い炎に、私は声を大きくして叫んだ。

 その場から逃げるように駆け出そうとするアレウス。

 私も【ミラーズ・ベイ】を引き抜こうと柄に力を込め……。

 

 

 「――抜けないッ」

 

 

 離さんとばかりに【ペイルライダー】にがっしりと掴まれ、ビクともしない長槍に躊躇した。

 

 (【ペイルライダー】にまともにダメージを与えられるのは槍かしない……だけどっ)

 

 ほんの一瞬。

 1秒未満のたった数コンマ。

 私は僅かな時間だけど、確かに武器を手放す事に迷ってしまった。

 そして次の瞬間……警鐘が脳内へと鳴り響いた。

 

 

 「――ッ」

 

 

 同時に視界内で小さな違和感。

 私と【ペイルライダー】を包み込んだ砂塵の一部が不自然に揺れ、何かが迫りくるような風切り音が聞こえた気がした。

 意識も出来ない――視界の端。

 何が起こっているのかも私には知る由も無い……だけど。

 背筋を凍り付かせるような不気味な、恐ろしい気配が肌を撫で、咄嗟に【ミラーズ・ベイ】から手を放しながら体を伏せた。

 

 

 「――危ない……危機一髪だね」

 

 

 次の瞬間、頭上を何かが高速で振り抜かれたような風圧。

 再び砂塵へとその姿を隠した紫紺の刀身を見て、私は嫌な冷や汗を背筋に感じながらそう呟やく。

 

 (結果的に【ミラーズ・ベイ】は手放してしまったけど)

 

 それでも背に腹は代えられない。

 一撃でも貰えば【救命ブローチ】を装備していない私は、【身代わり竜鱗】の効果も発揮したとしてもデスペナルティは免れない。

 そうなれば【冥魂騎 ペイルライダー】を止める者は誰も居ない。

 相性的にも討伐は出来ず、<グランドル>のティアン達を皆殺しにし、正真正銘、誰も手が付けられない化け物となる。

 

 

 「《瞬間装備》」

 

 

 私は紫紺の長剣を避けた勢いのままアレウスを駆けさせながら、せめてもの思いで強弓を【アイテムボックス】から取り出した。

 瞬時に紅炎が強弓へ纏い、炎と化した炎弓。

 矢を番え油断なく視線は砂塵の中へと向けながら、私は止まることなく移動し続ける。

 

 

 「……少しづつだけど【ペイルライダー】――貴女の能力、少しだけ分かってきた気がする」

 

 

 そして、突如発生した強風に晴れた砂塵。

 霧が晴れるように。

 分厚い雲から月光が差し込みように、浮かび上がる白い炎と黒狼の鎧を見ながら私は小さく呟いた。

 

 ――【ミラーズ・ベイ】を掴んでいた左手を放し、『何か』を振るい巨狼を呼び出す【ペイルライダー】。

 

 その様子を見て、私は更に推測を確信に変える。

 

 

 「信じられないくらい高いステータスと莫大なHP。魔法に……たぶん炎に対しての高い《魔法軽減》の特性を持った魔鎧に《回復阻害》の【呪い】の紫紺の長剣。

  あとは……霊体の巨狼を呼び出す『不可視の(・・・・)魔法の手綱(・・・・・)』――かな」

 

 

 自分で口にしながら、その有り得ない程の強さに思わず苦笑してしまう。

 ……馬鹿馬鹿しい。

 思わず諦めたくなるような強さだ。

 更に言うならば、普通のアンデットとは違い<UBM>としての『コア』が無く、弱点は頭しかなない。アンデットとしての特性も持っているに違いない。

 確実に以前戦った【嵐竜王 ドラグハリケーン】よりも格上。

 そして……。

 

 

 「……こんな敵にソロで立ち向かう――私はきっと大馬鹿なんだろうな」

 

 

 馬鹿馬鹿しい敵に、無謀と無茶を承知で戦う私は大馬鹿者だと。

 そんな事を思考の片隅でチラリと考え、私は内心笑った。

 

 

 『――』

 『BURURURUUUUuuuuu……』

 「……分かってるよアレウス。――時間ももうそれほど残されてないって事は」

 

 

 視線の先でゆっくりとした動きで巨狼に《騎乗》する【ペイルライダー】。

 私はその様子を炎弓を構えた左手越しに警戒し……炎鎧で形成された篭手。

 その奥の私の素肌に浮かんだ(・・・・・・・)黒い斑点(・・・・)を。緊張からではない不自然で嫌な汗と、小刻みに震える指先を見た。

 際限なく低下し続けるステータスの値。

 ウィンドウの『状態異常』には元々の傷である【右腕欠損】以外には、何の状態異常も表示されていない。

 

 

 

 

 

 ――《ソウル()・ド()ミネ()ータ()ー》。

 

 

 

 

 

 それは【呪い】でも(・・・・・・)ましてや状態異(・・・・・・・)常でもない(・・・・・)

 【冥魂騎 ペイルライダー】のパッシブスキルであり、広域殺戮スキル。

 その身体に常に纏い、周囲に振りまき続ける『黒い靄』であり――『夜のみに発動可能』な条件特化型スキルでもあった。

 私はうすら寒い身体を奮い立たせながら力が抜け、鈍くなっていく思考を無理やり稼働させる。

 

 (……この感覚、現実で体験した気がする)

 

 真っ先に思ったのは強い既視感。

 そう――現実で病気に掛かった際の感覚に、それは酷く似ていたのだ。

 症状も遥かにこの『黒い斑点』の方が強く、重たく。そして進行が速いが間違いない。

 

 

 「――病気……だね。ううん、正確に言うなら『神話級』<UBM>の固有スキルに値する――凶悪な疫病(戦死病)ッ!」

 『BURUUUU……』

 

 

 今こうして睨み合っている間にも容赦なく前進へと進行してる黒い斑点を見ながら私は確信する。

 このままではステータスは下がり続ける。

 【呪い】でも状態異常でもないため治療は不可能なのに加え、この進行速度から見て急性なタイプだろう。残り10分も持たずに全身に発病、おそらくデスペナルティは免れない。

 ……まずい。

 流石『神話級』――と言う余裕すら無い、凶悪すぎる固有スキル。

 しかし、何よりまずいのは今の私には治療できないということ。

 そして黒毛に隠れて見えないもののアレウスもこの『疫病』に、倒れ伏している【義賊王】も掛かってしまっているということだ。

 私はその事実に、唇を噛みしめながら眉を顰める。

 そして……。

 

 

 『……BURUU?』

 「――5分……いや、3分で倒す。この疫病の発生源が【ペイルライダー】なら、もしかしたら討伐すれば進行している疫病も完治するかもしれない」

 

 

 もしくは、完治できる何かしらの『特典武具』が手に入るはずだ。

 どちらにせよ、私が取ることが出来る選択肢もたった一つ。

 私が成すべき選択肢はたった一つ。

 今眼前に立ちふさがる【ペイルライダー】を討伐する、それだけなのだから。

 

 

 「アレウス――《リミテッド・オーバー》を使おう」

 『HIHIiiiiii~~Nッ!』

 

 

 赤の闘志のオーラを身に纏い、力強く床を踏み砕くアレウス。

 私はその仕草に薄っすらとほほ笑み――。

 

 

 「――行こうッ!!」

 

 

 炎弓の力の限り引き絞られた弦から放った複数の炎矢と共に、駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 夜空を駆ける流星の如く飛翔する複数の炎矢。

 本来ならば亜竜級モンスター程度なら即死。もしくは致命傷は免れない強力な広範囲攻撃は風を切り、空気を焼き焦がしながら【ペイルライダー】へと向かって飛んでいく。

 急接近する炎矢と【ペイルライダー】。

 

 

 『――ッ』

 

 

 しかし炎矢が【ペイルライダー】を。

 『不可視の魔法の手綱』で召喚した巨狼を打ち貫くことは無かった。

 【ペイルライダー】にとっては飛んでくる炎矢など、欠伸が出るような遅さだろう。

 何より受けたとしてもその魔鎧を貫くことは無い。

 紅炎も【デュラハン】としての特性と魔鎧としてのスキルでダメージを食らうことなく掻き消してしまうだろう。

 故に……避けることすらしない。

 

 ――紫紺一閃。

 

 右手に握る紫紺の長剣によるたった一振りで、自身へと当たるはずだった炎矢を斬り飛ばしてしまったのだ。

 斬られた炎矢が宙で掻き消え、当たらなかった炎矢が背後の壁を穿ち、花火のように瓦礫を弾け飛ばす。

 そして――。

 

 

 『――』

 『WHAHOOOOOoooooo~~~Nッ!!』

 

 

 巨狼の遠吠えと共に、疾走するヴィーレ目掛けて駆け出した。

 

 

 (……やっぱりそうだ)

 

 

 私はそんな【ペイルライダー】の行動に改めて確認する。

 更に確認するように再び番えた矢を射り、先ほどと同じ行動を取った様子を観察した。

 絶え間なく射続けながら迫りくる【ペイルライダー】を睨みつける。

 

 

 「【ペイルライダー】はアンデットの<UBM>、だから知能がかなり低くて単純な動作しか取ることが出来ないんだ。だからさっきまでの【ミラーズ・ベイ】でのブラフにも引っ掛かったのかも」

 

 

 たった数撃。

 時間にしたら1分と少し程度の短い時間の戦闘。

 しかし一撃食らえば即死という緊張が抜けない攻防の中で、ヴィーレは一つの考えに思い当っていた。

 それこそが【ペイルライダー】としての意志の希薄さ。

 

 ――息子の仇を取ろうと戦った【嵐竜王 ドラグハリケーン】

 ――殺してくれる者を探していた【殺戮熾天 アズラーイール】

 

 モンスターにはもちろん、<UBM>も同じく確固たる意志を持って行動する。

 しかし、それがこの【冥魂騎 ペイルライダー】には感じられないかったのだ。

 アンデットと言う種族の特性。

 もしくは【冥償蘇生 コローネ】の、『死体生物』などを代償とした蘇生によって変質――精密機械に不純物が混じったような動作不良が起こったのか。

私は戦いの中で【ペイルライダー】の意志の欠落を強く感じ取っていた。

 だから簡単な駆け引きである――硬直したフリ、などと言う罠にもああも簡単に引っ掛かった。

 そして今のようにダメージを与えられない攻撃にも過剰に反応し、迎撃してしまう。

 

 

 「――本当にステータスお化け。それでも強すぎるから困るんだけど……」

 

 

 全てのステータスにおいてヴィーレを、アレウスを超える【ペイルライダー】。

 加えて、その他の固有スキルや武装も強力無比である。

 しかし……一点においてヴィーレが【ペイルライダー】を上回るものが存在した。

 

 ――“騎乗戦闘技術”

 

 【騎神】の十八番ともいえる点。

 それこそがヴィーレが【ペイルライダー】に勝てる可能性そのものだった。

 

 

 

 

 

 「うん……こちらから仕掛けるよっ、アレウス!!」

 『HIHIIiiiiii~~N!!』

 

 

 そして……確認から反撃へ。

 私は手綱を引き、後ろから迫りくる【ペイルライダー】へと振り返った。

 

 

 『――ッ!』

 

 

 交差するオレンジ色の瞳と虚ろな白い炎が燃える眼光。

 私の行動の変化に反応するように、【ペイルライダー】が自身の身に纏っていた『黒い靄』――《ソウル・ドミネーター》が暴流となって私を飲み込んだ。

 黒い斑点の浸食が進み、指先が震える。

 黒一色に染まった世界の中で、不安が私を襲う……が。

 

 

 「――ハァッ!!」

 

 

 恐怖を蹴散らすように、全力で手綱を引いた。

 

 ――速く、より速く。加速する。

 

 私を覆う炎鎧が黒い靄を焼き消し、ひたすら敵へと目掛けて突き進ませた。

 視界の中で黒が流れ、背後へと吸い込まれていく。

 そして……何かが砕ける音(・・・・・・・)と、僅かに揺らいだ黒い靄を見た。

 

 

 「ッ!」

 

 

 それは瓦礫。

 【ペイルライダー】が紫紺の長剣で床を砕き、私へと斬り飛ばした瓦礫の散弾。

 大小様々な瓦礫が黒い靄に姿を隠しながら此方へと向け飛んできたのだ。

 ……避けきれない範囲。

 乱暴に砕き飛ばされた瓦礫は広範囲に散乱している。加えてこのスピードでぶつかればENDの高くないアレウスと私は蜂の巣となるだろう。

 その攻撃に私は目を見開いた。

 同時に右手を即座に炎弓へと番えた。

 

 

 「――私を、なめるなッ!!」

 

 

 何本もの矢が引き絞られ、炎を収束させる。

 放たれた光線の如き炎矢。

 貫通に特化した炎矢は私へと飛んできた瓦礫を打ち砕き、さらにその黒い靄の先へと消えていく。

 

 

 『――!』

 

 

 そして瓦礫の中で紫紺の何かが揺らめいた。

 それはアレウスに《騎乗》したヴィーレにとっての完全な死角からの一撃。

 呪いを纏い、一撃で全てを斬り殺す紫紺の長剣。

 死神の鎌は今、下段からヴィーレへ。黒い靄に紛れ込みながら切り上げられ……。

 

 

 「見えてるよ」

 『BURUUUUUuuuuu!!』

 

 

 紫紺の刀身をアレウスの剛脚が踏み潰した。

 こんな至近距離で瓦礫を斬り飛ばすなんて攻撃を仕掛けてきたのだ、むしろ予想できない訳が無い。

 床へ深々と突き立った紫紺の長剣。

 無防備となった【ペイルライダー】。

 私は一切手綱を緩めることなく、そのまま勢いよくアレウスは【ペイルライダー】へと突進した。

 

 (――ここでっ、決める!!)

 

 それは今宵、二度目の押し相撲。

 

 

 『――ッ!!』

 

 「アレウスッ」

 『BURUUUUUUUuuuuuu~~!!』

 

 

 ――火花散らし合うアレウスの刃角と【ペイルライダー】の黒狼の爪。

 ――床を踏み割る霊体の巨狼。

 ――大きく嘶きを上げるアレウス。

 

 そして……その決着は着いた。

 

 

 「――ッ!? 本当に化け物だね!」

 

 

 アレウスが投げ(・・・・・・・)飛ばされる(・・・・・)……と、言う形で決着は着いた。

 世界がグルグルと回転する。

 身体を強烈な浮遊感が襲う。

 

 

 「《送還》―アレウス。来てっ、フェイ!!」

 

 

 しかし今の私には一秒の迷いも無い。

 瞬時にアレウスを【ジュエル】へと《送還》し、私の体を覆っていた炎鎧が光の塵になると同時に不死鳥へと変化した。

 ……痛い。

 思わず身体に走った鋭い痛みを我慢するように唇を噛む。

 なんてことはない……《我は不死鳥の騎士為り》で上がっていたステータスが消え、身体を襲う強烈な風圧に何処かの骨が折れたのだ。

 だけどもう慣れてしまった、何度も体験した痛みだ。

 私は痛みに動きを止めることなく、フェイへと《騎乗》し地面へと着地する。

 

 

 「フェイ、《紅炎の炎舞》」

 『KWEEEEee』

 

 

 同時に展開した紅炎の目くらまし。

 再び私び向かって走り出した【ペイルライダー】。

 炎の壁によって隠れたその姿に……私は笑った。

 

 

 「――フェイのステータスじゃ、貴女とはとてもじゃないけど戦えない」

 

 

 フェイのステータスは《一騎当神》で強化されても、【ペイルライダー】のステータスの半分にも届きはしない。

 加えて、この閉ざされた空間の<地下墳墓>では、空の利もまともに有効に使えないだろう。

 攻撃も【ミラーズ・ベイ】だけ。

 炎は効かないのに、彼方の攻撃は全て致命傷など……やっていられない。

 

 

 「だから……正々堂々、小手先で勝負させてもらうよ?」

 

 

 元より、私に有意な点など騎乗技術しかないのだから。

 どんどんと大きくなりながら迫りくる巨狼の駆ける音。

 そんな【ペイルライダー】の音を背後から耳にしながら、私は壁へと突き刺さっていた【ミラーズ・ベイ】を引き抜いた。

 

 

 「――これで終わり」

 

 

 【ミラーズ・ベイ】の深緑の矛先を紅炎の先へ。

 そして……。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 『――ッ!!』

 

 

 目の前に展開された紅炎の壁。

 ただのモンスターなら近づくことにすら躊躇し、立ち止まるだろう猛火。

 しかし【冥魂騎 ペイルライダー】はアンデットだった。

 意志が希薄な<UBM>だった。

 その紅炎の壁の先に居るだろう敵に向けて、躊躇うことなく炎へと身体を突っ込もうとし……その炎の僅かな変化(・・・・・・・)に気が付いた。

 

 ――その先に何かが潜んでいるような――黒い部分。

 

 【ペイルライダー】に感情は無い。

 ただそれを認識すると同時に紅炎の壁へと突貫しながら、その右手に握り込んだ紫紺の長剣を振り下ろす。

 ……感触は無い。

 【ペイルライダー】に感触は無い。 

 ただその黒い影のようなものが消えた様子を確認し、

 

 

 「――さようなら」

 

 

 【ペイルライダー】は自身の冑を、何かが貫く瞬間を幻視したのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 「――ハァ……ハァ……」

 

 

 壁に背を預け、ずり落ちるように床に腰を下ろす。

 荒い息は緊張と……そして安堵の息だ。

 私は少しの間だけ目を閉じて上空を仰ぎ、そして再び現前に広がるその光景を見た。

 

 

 ――紫紺の長剣を振り落とした状態のまま固まる【ペイルライダー】。

 

 ――ほんの数センチメテル、目の前で動きを止めた霊体の巨狼。

 

 ――そして……【ペイルライダー】の冑を貫いた【ミラーズ・ベイ】。

 

 

 【ミラーズ・ベイ】は壁に柄を深々と食い込ませながら、完璧に冑を貫き通していたのだ。

 それはまるで壁に刺さっていた長槍に自ら突き刺さったような。

 自滅を彷彿させる光景だった。

 ……ううん。事実、自滅が最も正しい表現なのだろう。

 

 紅炎の壁で私達を視認できなかった【ペイルライダー】は黒い影――囮となったフェイを私だと思って切りかかった。

 その瞬間、フェイは身体を小さく縮小させ退避。

 振り下ろした紫紺の長剣によって居場所が分かった【ペイルライダー】に向け、私が【ミラーズ・ベイ】を突き穿ったのである。

 あとはこの状況の通り。

 壁を背後に、つっかえ棒のようになった【ミラーズ・ベイ】に突っ込み、【ペイルライダー】は自滅したのだった。

 

 

 「……騎兵としては邪道――っと言うか【罠師】みたいな戦い方だけど、全てを出し尽くさずに負けるのは一番いやだから」

 

 

 負ければたくさんのティアンが死ぬ。

 そんな戦いで出し尽くすことはしたくない。

 

 

 「――終わった、でいいんだよね?」

 

 

 そう呟き、重たくなった身体を少しだけずらした。

 精神的な疲れだろうか?

 身体は鈍く、考えるのを止めてしまいたいほどに頭痛が酷い。

 しかしこれから【義賊王】の治療と【解体王】の追跡をしなければならないのだろう、フェイの《火炎増蓄》の残りもあと僅か。

 むしろこれからの方が苦戦するかもしれない。

 小さき吐息を零す。

 私は壁を支えに、ゆっくりと身体を起こし。

 

 

 「――あれ?」

 

 

 指先などの肌に浮かんだ黒い斑点が消えていない事に気が付いた。

 そして――。

 

 

 『――』

 「――ッ! 何で動――」

 

 

 突如動き始めた【ペイルライダー】によって、ヴィーレの身体は真っ二つに斬り飛ばされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 ヴィーレと【冥魂騎 ペイルライダー】の熾烈を極めた攻防。

 時間にすればほんの5分程度でありながら、超音速に足を踏み入れた者達から見れば十分すぎるほどに長い。

 『紅炎の騎兵』と『冥府の騎兵』の戦闘を見ていた……いや、視認することが出来た者が<地下墳墓>内にただ一人居た。

 

 それは戦闘不可能に陥った【義賊王】。

 

 右腕は斬り飛ばされ、【出血】による貧血と【呪い】の後遺症によってボロボロな身体。

 本来なら死んでいても可笑しくない。

 まさに半死半生。

 薄れゆく意識を必死に保ち、戦いの行く末を見守ろうと戦いを見ていたのだ。

 

 

 「……やはりか」

 

 

 そして、ヴィーレが胴体を真っ二つにされる瞬間を。

 頭を【ミラーズ・ベイ】に貫かれながらも動き続ける【冥魂騎 ペイルライダー】を見て、そう呟いた。

 

 

 「そんな事は有り得ないと思っていたが。いや、違うな……俺がそうあってくれと願っていたんだ」

 

 

 それは初めは小さな違和感だった。

 【ペイルライダー】との戦闘を観察し、思考の何処かでずっと感じていた小さな、小さな異変。

 【義賊王】自身も、自分が異変を感じていることにさえ気が付かない程の些細な事。

 

 ――何かが可笑しかった。

 

 ……なんてことはない、ただ長年の勘からくる違和感。

 <UBM>と幾度となく戦ってきた【義賊王】の感覚によるものだった。

 

 

 「……【冥魂騎 ペイルライダー】、あれはただの【デュラハン】(・・・・・・・)じゃ無いな(・・・・・)

 

 

 【デュラハン】の弱点である火と光属性、そして頭。

 【デュラハン】自体が高い《物理攻撃耐性》と《魔法攻撃耐性》を持つモンスターなので、<UBM>にまでなった【ペイルライダー】に魔法が殆ど通じないのは理解できる。

 しかし……頭への攻撃すらも効かない。

 そんな事はあり得るはずがない、そうなれば残った答えは二択。

 

 ――頭を潰されても死なない、特殊な固有スキル持ち。

 

 <UBM>なら十分あり得る、考えうることである。

 しかし、【義賊王】はもう一つの可能性を考えた。

 

 ――【デュラハン】と何かのモンスターのハイブリッド。

 

 いや、正確に言うのならば【デュラハン】の性質を持った違う種族のモンスター。

 

 

 「どちらにせよヴィーレはやられ、俺は戦闘不能。……状況は絶望的だな」

 

 

 【義賊王】はそう小さく独り言を漏らしながら、自身の冑から【ミラーズ・ベイ】を引き抜いた【ペイルライダー】を見ていた。

 そして……その変貌を見た。

 

 

 『――』

 

 

 床に大きな血溜まりを作り、うつ伏せに倒れ伏したヴィーレ。

 本来一つの身体は二つに別れ、《回復阻害》によって傷の手当ても出来ずにデスペナルティを待っている状態。

 ほんの僅かな蘇生可能時間である。

 【ペイルライダー】はそんな血溜まりへ向けて【ミラーズ・ベイ】を放り捨て、虚ろに歩き出した。

 それと同時に、変化は起こっていた。

 

 

 『――ァァ』

 

 

 狼の頭を模した冑。

 【ミラーズ・ベイ】によって口から後頭部にかけて貫かれ、出来た小さな穴。

 その穴から周りへと亀裂が走り、狼が口を開くように冑に狼口が出来たではないか。

 ギザギザに亀裂が入って出来た裂け目はまるで牙。

 黒狼の騎兵はその口を大きく開き、天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 『――ァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア~~ッ!!』

 

 

 そして声を響かせた。

 金属を擦り合わせたような耳障りな金切り音。

 しかしそれは唯の声ではない、【ペイルライダー】の固有スキルである。

 声を響かせてから数秒。

 その変化は目に見える形で現れた。

 

 ――何処からか飛んできた【レイス】や『何か』が<地下墳墓>へと収束し、【ペイルライダー】の口へと吸い込まれていく。

 

 

 「あぁ、糞っ。最悪だ。――考えた中で最悪のケースだ」

 

 

 そんな【ペイルライダー】の様子を見て、その正体に気が付いた【義賊王】は絶望的な事実に舌を鳴らした。

 もしくは――違ってくれと。

 自分の考えが間違ってくれるように、生まれて初めて神に祈った。

 しかし、目の前で起こった事実は変わることは無い。

 

 

 

 

 

 ※プレイヤー非通知アナウンス

 【(【冥魂騎 ペイルライダー】の脅威度が上昇、規定値を大幅に超越)】

 【(対象のランク及び、名称を上方修正)】

 

 【(修正。対象を神話級――【冥神騎 ペイルライダー】の修正しました)】

 

 

 

 

 

 【冥神騎 ペイルライダー】の魔鎧が膨れ上がる。

 狼を模していた黒鎧は更に凶悪で悍ましい姿へと変化していく。

 

 ――腰から黒刃で出来た狼の尾が唸りを上げ、床を消し飛ばした。

 ――篭手や脚甲が見て分かるほどに強固になる。

 ――周りに漂っていた黒い靄が収束し、外套のようにして身に纏う。

 

 【冥神騎 ペイルライダー】だけではない、その騎獣である巨狼さえも大きさを増して黒いオーラを身に纏っていた。

 

 

 ――《魂食い》。

 

 それは【冥神騎 ペイルライダー】の種族としてのス(・・・・・・・)キル(・・)であり、その声を聞いた生物から魂を抜き取り、吸収するというスキル。

 そして此処は“氷冷都市”<グランドル>。

 地下には【レイス】などが多く生息し、無念のうちに死んだ魂など数え切れないほど存在するのだから。

 少なくとも400人のティアンが【解体王】に殺されてしまっているのだから。

 

 

 ――《死屍累々》。

 

 それは【冥神騎 ペイルライダー】の固有スキル。

 《魂食い》で魂を吸収するほど、自身を強化する――シンプルかつ強力無比なスキル。

 

 

 ――そして《物理攻撃無効》。

 

 レイスなど、実体の持たないアストラル体のアンデットが持つスキル。

 あらゆる物理攻撃をすり抜け、無効化するスキル。

 

 

 

 

 

 「――まさか【ソウルイーター】の<UBM>なのか……?」

 

 

 アンデット系モンスター、純竜級モンスターであり『特級の危険生物』――【ソウルイーター】。

 

 【義賊王】の声に肯定する返事は無い。

 しかし、その不気味な静けさこそがまさに【義賊王】の言葉を肯定しているようでもあった。

 そして――それは正しい。

 【冥神騎 ペイルライダー】は【デュラハン】の<UBM>ではない。

 【冥骸騎】の死体が『最終奥義』の《黄泉返り》によって変化した【デュラハン】の身体。その魂が【冥償蘇生 コローネ】によって【ソウルイーター】へと変化した。

 

 ――【デュラハン】と【ソウルイーター】のハイブリット。

 

 無効化に近い《魔法攻撃耐性》と《物理攻撃無効》スキルを合わせ持つ不死身の<UBM>。

 

 

 

 

 

 『ァァァァァァアアアアアアアアアアア~~ッ!!』

 

 

 それが神話級<UBM>――【冥神騎 ペイルライダー】の正体だった。

 

 

 

 

 




祝! デンドロアニメ化~。
――普通に嬉しい。





神話級<UBM>――【冥神騎 ペイルライダー】

・【冥骸騎】の最終奥義で【デュラハン】となった身体。
 (高い魔法攻撃耐性と火炎耐性、高いステータス)
・呪いの武具
・《ソウル・ドミネーター》(夜限定)
・《魂食い》
・《死屍累々》
・《物理攻撃無効》

イメージ的には、
外:【デュラハン】
内:【ソウルイーター】
加えて【冥償蘇生 コローネ】の《蘇生再現》によって生前のスキルが再現されてしまい、高すぎるステータスになってしまった<UBM>。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。