自由への飛翔   作:ドドブランゴ亜種

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第32話 不死身の騎兵

 □□□<【冥骸騎】地下墳墓> 【■■廻鳥 フェニックス】

 

 

 

 

 

 ――この世には、“英雄(ヒーロー)”と呼ばれる者がいるらしい。

 

 

 

 

 

 それはきっと、人々にとって希望の光のような存在なのだろう。

 絶望的状況を土壇場でひっくり返し、あらゆる絶望を退けてパッピーエンドを掴み取る者なのだろう。

 全てを諦めない……困難に立ち向かい、打ち壊していく事なのだろう。

 

 ――【勇者(ヒーロー)】とは違う。

 

 正真正銘、人の為に勇気を振り絞り戦うことが出来る者の事だ。

 そんな御伽噺のような。

 架空のゲーム限定のような人物が不思議なことに、この<Infinite ()Dendrogram>()には多数存在するのだからおかしな話である。

 他でも無い、ホオズキもおそらくこの部類。『強さを証明するためだ』っと、表面上は装いながら敵わぬ強敵に立ち向かうのだろう。

 

 

 

 

 

 そして……ヴィーレ・ラルテは決して“英雄”では無かった。

 

 

 

 

 ヴィーレはいつも手遅れだった。

 幾度も強敵と激しいを繰り広げたが守れたものは片手で数えられる程度しかいないのだから。

 ただただ、いつも巻き込まれるだけ、自由を求めた彼女を襲う現実と言う名の敵に立ち向かってきただけなのだ。

 今回だってそう……ヴィーレは自身の信念の為に。

 これから先、見て見ぬ振りをしてきた正義と悪に後悔しないように、悩み、苦しみながら立ち上がったのだから。

 

 ――【魔樹妖花 アドーニア】との戦いで、進むべき道と自由への翼を得た。

 ――【殺戮熾天 アズラーイール】を救いたいと、それを成すだけの力を得た。

 ――【解体王】の猟奇殺人。【義賊王】の義憤を見て、正義とは何かの答えを今、得ようとしている。

 

 決して英雄などではない。

 ヴィーレは自分自身の為に、自由を謳歌するために戦う。

 その度に傷つき、涙を流しながら乗り越えてきた……が、現実は非常だ。

 

 

 『――ァ、ァァァアアアアアアア~~!!』

 

 

 神話級<UBM>――【冥神騎 ペイルライダー】は今もこうして悲鳴のような絶叫を上げ、<地下墳墓>の地獄を地上にまで広げんとしている。

 その高すぎるステータスを持ちながらゆっくりと<グランドル>の『地下迷宮』への歩みは、これから死に行く者への死神の足音(カウントダウン)

 ……断言しよう。

 【ペイルライダー】が地上に出てしまえば、<グランドル>のティアンは死に絶えると。

 まだまだ夜は更けたばかりだ。

 《ソウル・ドミネーター》の疫病は地上を汚染し、【ペイルライダー】は簡単に<カルディナ>を蹂躙して見せるだろう。

 

 

 そして、唯一止めることが出来るかもしれない可能性を持つ<マスター>――ヴィーレは【ペイルライダー】の足元で血溜まりに身体を沈め、二つに切り裂かれた身体を横たえていたのだった。

 

 

 何度でも言おう。

 ……これが現実。

 起こりえない可能性を言おう。

 ……ヴィーレが“英雄”ならば何かしらの大逆転が起こったかもしれない、と。

 三度(みたび)断言しよう。

 ……ヴィーレは“英雄”ではない――唯の少女だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (――殺させない)

 

 

 

 

 

 ……しかし、その地獄(<地下墳墓>)には『可能性(<エンブリオ>)』があった。

 

 

 (――絶対に、絶対に死なせない。僕が<マスター>(ヴィーレ)を救って見せるっ)

 

 

 ほんの僅かな時間。

 蘇生可能時間になり、半死したヴィーレを見つめる【炎怪廻鳥 フェニックス】が居た。

 ヴィーレのHPは『0』になっている。

 しかし完全にデスペナルティになっていない為、ヴィーレの<エンブリオ>であるフェイも消え去ることなくその場で飛び続けていたのである。

 《火炎増畜》の貯蓄を殆ど使い果たし、余力も無く【怪鳥】形態にさえなれない雛鳥状態であるフェイ。

 だが、今のフェイに出来ることは何一つない。

 《紅炎の炎舞》では【ペイルライダー】にはダメージを与えることは出来ない。

 《蒼炎の再生》ではヴィーレの重傷を、《ソウル・ドミネーター》を治癒することは出来ない。

 ただデスペナルティになるヴィーレを見守ることしか出来ないのだ。

 しかし……。

 

 

 (まだ終わっていないっ。<マスター>の炎は、僕の炎翼は折れてないんだ!)

 

 

 ヴィーレの<エンブリオ>である【炎怪廻鳥 フェニックス】は分かっていた。

 まだヴィーレが諦めていない事を。

 戦う意志を無くしていない事を。

 フェイに『Type:メイデン』のような<マスター>との念話が使えるわけではない……しかし、常にヴィーレの姿を一番近くで見守ってきたフェイにはハッキリと感じ取れた。

 それは感覚ではない。

 それは確信だ。

 ならばこそ、フェイにはその願いに応える使命がある。意志がある。

 

 

 (僕は<エンブリオ>だ。<マスター>の願いに応え、叶える『可能性』。だから僕がヴィーレの道標に、飛翔するための翼となる)

 

 

 小さな雛鳥の不死鳥が炎翼を広げた。 

 その炎は消えかけのマッチの火のようなちっぽけな炎、何かを燃やすことも癒すことも出来はしないだろう。

 しかし……その炎は神々しかった。 

 地獄と化したこの暗闇の<地下墳墓>ではあまりにも温かく、そして希望のような炎だった。 

 羽ばたく炎翼からは火の粉が飛び散り、キラキラとヴィーレの身体へと降り注ぐ。

 

 

 (――初めは空っぽで、生まれた瞬間のような<マスター>)

 

 

 この<Infinite ()Dendrogram>()に降り立ったヴィーレ・ラルテはあまりにも不安定で、そして空っぽな女の子だった。

 フェイはそんな<マスター>の様子を“紋章”の中でずっと観察していたのでよく覚えている。

 

 ……迷った。

 

 <マスター>はあまりにも空っぽで、自分が何になれば良いのか分からなかったからである。

 その結果が『卵』。

 どんなヴィーレの願いにだって応えられるように、可能性として【炎怪廻鳥 フェニックス】は孵化した。

 

 

 (――師匠にあって少しづつ変わりだして。<マスター>は僕に翼と炎を求めたんだ)

 

 

 【炎怪廻鳥 フェニックス】は倒れ伏すヴィーレを慈しみの目で見下ろしながら、そんな昔の事を思い出す。

 『Type:ガードナー』として孵化したのは師匠のような力強く、頼れる存在に守られていたいという思いも汲み取ったからだろう。

 結果、フェイは不死鳥として目覚めた。

 ――師匠の『死』を(・・・・・・・)否定する(・・・・)《蒼炎の再生》。

 ――ヴィーレの固い意志を示す《紅炎の炎舞》。

 二つの炎を操り、空を舞う不死鳥として。

 

 

 (――アイラに出会って<マスター>は初めて力を欲したよね。つい先日までは弱くて泣き虫だったのに……ぐんぐん成長する。僕が寝てばっかりなのも十分働いた対価としては当たり前だと思うんだけど……)

 

 

 『困ったものだよ』っと、呆れたように鳴き声を発する。

 しかし、それでも<エンブリオ>として応える。

 【炎怪廻鳥 フェニックス】は新たに《我は不死鳥の騎士為り》のスキルと【不死鳥の紅帯】の形態を手に入れた。

 余りに願いが多すぎる分。

 叶えなければならない分、MPとSPがヴィーレ頼りになってしまったのはしょうがない事だろう。

 しかし……そんな道のりさえ、今こうして考えれば此処に至るための過程だったのだろう。

 【炎怪廻鳥 フェニックス】は不思議とそう思えた。

 

 

 (……行こう、<マスター>)

 

 

 フェイの紅炎が眩しく輝き――《紅炎の炎舞》から《紅焔の神舞》へと変化する。

 僅かに混じっていた蒼炎が――《蒼炎の再生》から《蒼焔の誕生》へと変化する。

 その姿はより逞しく、一対の炎翼は二対の焔翼(・・・・・)へ。鉤爪は鋭さを増し、靡くフェニックスの尾がその数を増やしていった。

 そして……。

 

 

 

 

 

 ――【焔神廻鳥 フェニックス】はその身体を光の塵へと霧散(・・・・・・・)させた(・・・)のだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 『神話級』<UBM>――【冥神騎 ペイルライダー】の中には、もはや自意識というものが存在していなかった。

 【ペイルライダー】は【冥骸騎】の魂が【冥償蘇生 コローネ】の固有スキルによって生まれた<UBM>。

 言わば【ソウルイーター】の変異体である。

 しかし、この世には完璧な《蘇生》など存在しない。それこそ死者を復活させようとし、失敗した【殺戮熾天 アズラーイール】が良い例である。

 

 【冥償蘇生 コローネ】の蘇生――その一番の欠陥は、『代償に生き物の魂が混じっていると、蘇生する魂の意識が不安定になる』という点にあった。

 

 本来なら【コローネ】がアンデットを指揮する能力を持っているので問題はない。

 だが既に【コローネ】は【ペイルライダー】の手によって討伐され、此処には【ペイルライダー】たった1体。

 加えて《魂食い》によって、僅かに遺っていた自意識も完璧に消え失せ、その存在は地獄を作り出す『冥府の騎兵』と成り果てていたのだ。

 

 

 『――ァ~~~』

 

 

 意志の無い【ペイルライダー】に有るのは、【解体王】によって殺されていった者達の悲痛な慟哭のみ。

 

 

 『GARURURUUuuuuuu……』

 

 

 アストラル体の黒狼は【ペイルライダー】に従うように、ゆっくりと<グランドル>へ。

 <グランドル>の地下に広がる『地下迷宮』に続く鉄扉へと向け、歩き出した。

 その歩みを阻む者はこの<地下墳墓>にはもう居ない。

 『紅炎の騎兵(ヴィーレ)』は完璧に死に、【義賊王】は満身創痍で動くことすら困難なのだから。

 ……一歩進む。 

 ……二歩進む。

 ……三歩進み。

 

 

 

 

 

 『――ァァァアアアアアアア……ァ?』

 「……【騎神】?」

 

 

 【ペイルライダー】は背後で膨れ上がった生(・・・・・・・)者の気配(・・・・)に振り返った。

 完全に消滅していた気配。

 その気配が突然、何の前触れもなく膨れ上がったのだ。

 そして、【ペイルライダー】はその瞬間(・・・・)を目にした。

 

 

 ――光の塵となり、消えていくヴィーレの身体。

 

 

 至極同然。

 <UBM>の元となった【冥骸騎】や【ペイルライダー】にとっては衝撃的な光景ではあるが、<マスター>がデスペナルティになれば光の塵となって消える。

 それはティアンにとっても既に当たり前。

 この世界では常識になりつつある一種の自然現象ともいえるものだ。

 しかし……次の瞬間【ペイルライダー】は再び初めての瞬間を、ティアンや<マスター>すら初めて目にするだろう現象を目にした。

 

 

 ――宙に漂う光の塵(・・・・・・・)が突然発火し(・・・・・・)、収束して出来た『炎の繭(・・・)』を。

 

 

 『何だアレは?』っと、仮に【ペイルライダー】に意志があれば叫んでいただろう。

 実際にその光景を目にした【義賊王】は目を見開いていたのだから、その衝撃は大きいもののはずである。

 同時に【ペイルライダー】は戦慄した。

 

 

 『――ァ~ッ』

 『WHAWOOOoooooooo~~Nッ!!』

 

 

 何かまずい――と。

 意志も無いはずの【ペイルライダー】は咄嗟に紫紺の長剣を振り上げた。

 おそらくアンデットとして忌み嫌う属性か。

 もしくは膨れ上がった生者の気配に危機感を感じ取ったのかもしれない。

 

 

 ……まだ間に合う。

 

 

 今あの『炎の繭』を攻撃すればこの身体を襲う嫌な予感を消し去れる。

 そう<UBM>としての、アンデットとしての本能が訴えかけているっ!!

 

 

 『――ッ!!』

 

 

 迷いなく、容赦なく、躊躇いなく。

 【ペイルライダー】は紫紺の長剣を『炎の繭』へと振り下ろし――――。

 

 

 『GARURUURUUUUUUUUッ!!?』

 

 

 ――次の瞬間、鎖付きのナイフが【ペイルライダー】の冑を掠め、壁へと突き刺さった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――いいんだな?」

 

 

 宙でピタリッと止まった振り下ろした紫紺の長剣。

 突然のその出来事に動きを止めた【ペイルライダー】は、ナイフの発射源。眼前で伸びた鎖の根元を辿るように背後へと振り返った。

 そして……フラフラとよろめきながらも左手を伸ばし、何者にも負けない力強い眼光で此方を睨みつける隻腕の『超級職』を見た。

 

 

 「……まだ戦える。この化け物を止める手段がまだ残っている、そう受け取っていいんだな――【騎神(ザ・ライダー)】」

 

 

 【義賊王】――シアンディールはそう問いかける。

 しかし、その問いかけに返事は求めていない。

 言葉として声にしたが、既にヴィーレがまだ戦う気だと。勝てる手段があるということを感じ取っていたからである。

 素晴らしい勇気だ。

 一目で奮い立つような雄姿だ。

 

 

 『――ァ』

 

 

 しかし……哀れだ。

 今の【義賊王】に何が出来ると言うのだろう?

 【冥神騎 ペイルライダー】は【義賊王】の姿に対して何も感じることなく、思うことなく、ただその様子を見ていた。

 何を言おうと、【ペイルライダー】は見ていたのだから。

 

 ――右腕を失い、【貧血】で蒼白になった顔を。

 ――《ソウル・ドミネーター》に侵され、身体の半分以上が黒く染まった肌を。

 ――既に立っていることも困難な、鎖を支えに立っている事がやっとな姿を。

 

 そして【ペイルライダー】には見えてしまっているのだから。

 

 ――微風が吹けば消えてしまいそうな、風前の灯火である【義賊王】の生命力が。

 

 きっと【義賊王】のステータスはAGIですら3000も無い。

 HPなど四桁を切り、まともに戦える状態ではないだろう。

 それでも【義賊王】は戦うことを辞めず、勝てないと分かっている【ペイルライダー】に対して立ち向かう。

 

 

 「――俺が時間を稼ぐ」

 

 

 <グランドル>への復讐と、貧民街の家族(ティアン)の命。

 二つの重りを乗せた天秤は釣り合うことも無く、【義賊王】にとって大切なモノを指し示していた。

 そして……僅かでも可能性があるのなら。

 元より捨てるつもりの自分の命で、助けられる可能性があるのならっ!!

 

 

 「……来い、【ペイルライダー】。この【義賊王】が相手になってやる」

 

 

 シアンディールが立ち上がるのに、何の不思議も在りはしなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□【義賊王】シアンディール

 

 

 

 

 

 声を張り上げ、宣言したは良いが何分……いや何秒稼げるだろうか?

 

 

 「ハァ……ハァ……。――糞っ」

 

 

 身体に数十キロと言う重りを付けられたように重たく、思うように動かない。

 吐いた息が喉を焼き、吸った空気が肺を刺激する。

 たった一つの動作をするだけでも連鎖的な負荷が身体へと返ってくるのが何故だかハッキリと感じられる。

 ……左腕一つ。

 指一本動かすだけでも、気を失ってしまいそうな眩暈と痛み。

 

 (……もう助からない。実感は無いが、俺はもうすぐ死ぬんだろう……)

 

 身体に走る痛みが嫌味なほどに、その事実を訴えかけている。

 だが、それがどうしたと言うのだろう?

 シアンディールにとっては既に自分自身の命などゴミも同然、むしろ痛みがまだ生きている実感を。意識をハッキリとさせてくれた事に感謝すらしていた。

 

 

 『GARURURURUUUUU~~ッ』

 「――来い」

 

 

 互いに睨みある【義賊王】と【ペイルライダー】。

 何のスキルでもない――殺意を込めた視線で挑発する。

 しかし、実際に【ペイルライダー】が【義賊王】に向かってくれば数秒も無く、その身体は切り裂かれ地面に転がることになるだろう。

 本当に数秒稼げるかも分からない。

 だが、それでも時間を稼ぐすべはそれしかないから――シアンディールは躊躇いなく決行した。

 そして……。

 

 

 『――ァ、ァァァアアアアアアア~~!!』

 「――ッ! そう簡単には行かないかっ!!」

 

 

 シアンディールは自身を無視し、『炎の繭』へと振り返った【ペイルライダー】に思わず舌打ちをした。

 ――合理的だ。

 死に掛けの人間より、何かへと変化しようとしている『炎の繭』を優先するのは当たり前だ。……【ペイルライダー】の場合は本能で動いただけなのだろうが。

 生前の自我を持たないアンデットだからこその行動原理。

 しかし今の【義賊王】にとって、それは最悪に近い行動である。

 目の前で無防備な背中を見せた【ペイルライダー】に、シアンディールは歯を食いしばり、

 

 

 「――フッ!!」

 

 

 ……左手に巻き付いた鎖を全力で手繰り寄せた。

 同時に地面を揺るがすような重低音が<地下墳墓>に響き渡り、大きな揺れがシアンディールと【ペイルライダー】を襲う。

 ――『ガァッン!!』。

 っと、壁へと照射された鎖同士が擦れ合うような甲高い金属音を鳴らし、張りつめた糸のように縮小する。

 壁と伸縮自在な鎖の一本相撲だ。

 そして、鎖が徐々にだがシアンディールの側へと引き寄せられ、

 

 ――崩れかかっていた石壁が倒壊した。

 

 【ペイルライダー】程度なら簡単に押しつぶせてしまえそうな巨大な瓦礫。

 『炎の繭』に照らされた<地下墳墓>に出来た巨大な黒い影、影はそのまま【ペイルライダー】に向けて傾き出した。

 

 

 「オオォォォォォッ!!」

 

 

 咽喉を焼き尽くす咆哮。

 最後の力を振り絞るシアンディールに応えるように、鎖は更に勢いをつけて巨大な瓦礫を【ペイルライダー】へと叩きつけた。

 轟音と粉塵をまき散らす瓦礫。

 例え、純竜だとしても軽傷では済まないような質量攻撃、これならば【ペイルライダー】を多少は時間稼ぎできるかもしれない。

 だが……。

 

 

 「……まだだッ!!」

 

 

 粉塵に包まれ、砕けた瓦礫の中で浮かび上がる黒い影。

 シアンディールは瞬時に左手を――その手に握った『魔力式リボルバー』の銃口を向ける。

 

 

 「――ッ」

 

 

 ――6回。

 連続して引き絞られたトリガーに呼応するように、銃口からは目を背けてしまう程のマズルフラッシュを発光させた。

 放たれた6発の魔力弾。

 弾丸はそれぞれが少しづつ軌道を変えながら、粉塵の舞い上がる煙の中へと吸い込まれていく。

 例え、《ソウル・ドミネーター》によって全ステータスが下がろうと、この距離を外すことはしない。

 全ての弾丸は【ペイルライダー】へと撃ち込まれ……粉塵爆発を引き(・・・・・・・)起こし(・・・)ながら、その周囲一帯を吹き飛ばした。

 爆風に吹き飛ばされる粉塵。

 空気に少しだけ混じった火薬の臭い。

 閉じられた空間で起こった爆風は容赦なくシアンディールの身体を強烈に叩きつけて揺らした。

 

 

 「――――ハァッ、……ハァ……ハァ……」

 

 

 同時にシアンディールは荒い呼吸で膝を着いた。

 たった数度の攻撃。

 しかし、既に助からない状態にまで《ソウル・ドミネーター》に蝕まれた【義賊王】にとって、それは命を削りながらの――言葉通り“命懸けの攻撃”。

 指先の感覚すら既に無い。

 膝に力は入らず、意識は朧げに揺らぐ。

 そんな中、シアンディールはフラフラになりながらも左手のリボルバーだけは離さずにいた。

 

 ――【弾痕マリア】

 

 それはかつて<アルター王国>の<墓標迷宮>で見つかり、<グランドル>まで流れてきた魔力式拳銃。

 『特典武具』ではない。

 それは今の時代では造る事ができるジョブがロストし、貴重品とかした『マジックウェポン』である。

 特筆するようなスキルは無い。

 ただ先ほど【ペイルライダー】を瓦礫ごと吹き飛ばしたように、『事前に込めた魔力弾』を撃ちだすだけのリボルバーだった。

 【義賊王】の妹――ローズマリーの名に似た拳銃。

 たったそれだけの、【義賊王】にとって大切な武器。

 故に……。

 

 

 

 

 

 『――』

 『WHAHOOOOOooooooooo~~~Nッ!!』

 「――10秒ぐらいは、稼げた、か……?」

 

 

 轟音と共に頬を掠めた瓦礫屑。

 爆散し、周囲を吹き飛ばしながら傷一つ。HPが『1』すらも削れていない【ペイルライダー】の姿を見て、シアンディールは苦々しい表情で笑った。

 

 

 「化け物だ、な……今ので――純竜ぐらいはやれると。……思ったんだが」

 

 

 命を削った攻撃は尽く効かず、【ペイルライダー】はピンピンしている。

 その事に頭では理解はしていても心の何処かでへこんでいる――そんな自分自身の能天気さに笑ったのだ。

 そして――。

 

 

 

 

 

 「――」

 『――ァア』

 

 

 次の瞬間、シアンディールの身体は霞み、闇の中へと消し飛んだ。

 ブラックアウトした視界と……今に眠ってしまいそうな程の凄まじい眠気。

 指先一つ、身体中がまるでMP切れを起こした【マジンギア】のように全く動かない。加えて、腹部から下は真昼の砂漠に直接触れたように、熱く……感覚が消えうせ(・・・・・・・)ていた(・・・)

 ――あぁ、眠い。

 頭を使おうと試みるが思考すらままならない。

 

 (……俺は、死んだのか)

 

 ただ、感じなくなった痛みに。身体を包む心地よい温かさにそう理解した。

 

 ――何が起きたかは分からない。

 ――時間稼ぎが出来たかすら分からない。

 

 しかし、そんな事すらもどうでもいいと思える。

 それほどに心地良い気持ちなのだから。

 下半身が千切れ飛び、血に伏せたシアンディールはそんな思いと共に意識を手放そうと、自然のままに身を委ねた。

 閉じていく青い瞳。

 鈍く重たい瞼はゆっくりと閉じられていき、

 

 (……まて、俺はまだ生きているのか?)

 

 正真正銘、『神話級』に至った【冥神騎 ペイルライダー】の10万ものSTR。

 その攻撃を受けて、今なお生きていると言う事実に気がついた。

 ……それは可笑しい。

 普通なら紫紺の長剣で頭を柘榴のように斬り裂かれ、即死しているはずである。そしてこの【ペイルライダー】は間違いなくその選択肢を取る。

 では、何故自分が生きているか?

 答えは簡単だ。

 

 ――『紫紺の長剣』以外で直接攻撃された。

 

 同時にそれはシアンディールの最後の抵抗が間(・・・・・・・)に合った(・・・・)と言う事を指し示していた。

 

 

 『――?』

 

 

 【ペイルライダー】も何が起こったのかを理解できていない。

 ただ空を握りしめた右手を。

 紫紺の長剣を握っていたはずの自身の掌を凝視していた。

 そして自我を持たないアンドット故に一つの可能性に辿り着くことは無い――“盗まれた(・・・・)”という可能性に。

 

 ――数十回という絶望的なまでの失敗の中で成功した、1回の《スティール》。

 

 ステータスが超低下した状態での『神話級』<UBM>への基礎スキルである《スティール》の成功。

 ……ただ盗む。

 そんな一言で表せ切れない程の天文学的確率をシアンディールは土壇場で引き寄せたのだ。

 誰がなんと言おうと、それは奇跡に違いない。

 自身の命を投げうってでも家族を守ろうとした、【義賊王】の勇気が引き寄せた――必然の奇跡に違いない。

 そして……シアンディールの攻撃は盗んだだけでは終わらない。

 

 

 「…………ュ―ト》」

 

 

 誰も聞き取れないような掠れ声。

 同時にソレは放たれる。

 

 ――スキルの射程を延長し、シアンディールの意志に沿って自在に動く『特典武具』の鎖。

 ――【ペイルライダー】から盗み取った紫紺の長剣。

 ――ヴィーレとの戦いでも使用した威力に秀でた《投擲》スキルである《アクセル・シュート》。

 

 シアンディールの最後の……決死の一撃は遥か遠方より放たれた。

 『炎の繭』の揺らめく火をその紫紺の刀身に反射させ、呪いの武具は風を切って進む。

 馬鹿らしい――長剣の投擲。

 “武装の化身”のような超常の攻撃でもあるまい。

 しかし、【ペイルライダー】自身の《死屍累々》によって強化された一撃――『神話級』<UBM>が奮っても壊れない武具による一撃だ。

 

 それは全てを打ち砕く紫紺の投擲だ。

 シアンディールの命を乗せた抵抗だ。

 絶望を反転し、希望に変える攻撃だ。

 

 放たれた紫紺の長剣は鎖によって更に加速しながら【ペイルライダー】の無防備な背中へと迫り、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『――ァァァ』

 

 

 振り返ることすらせず、背後へと右手を伸ばした【ペイルライダー】によって掴み取られた。

 

 

 『――ァ、ァァァァアアアアアアアア~~ッ!!』

 

 

 耳を劈くような甲高い絶叫。

 【ペイルライダー】に握られた『特典武具』の鎖が鉄屑のように歪にひしゃげ、強引に振り払われた力に耐え切れずにバラバラになって砕け散った。

 木端微塵。

 千切れ飛んだ幾つもの鉄の輪が雨が打つような音を立てながら床に撥ねる。

 

 

 「……あぁ」

 

 

 あぁ、呆気ない。惨めな最後だ。

 床に響きわたる明瞭な、雨音のような金属音にシアンディールは今度こそ瞼を閉じる。

 

 ――愚かな【義賊王】()には相応しい最後だ。

 

 義妹を救おうと奔走した結果、全てを失い。

 貧民街を変えようと何十年もの時を費やし。

 復讐に走り、無様に死ぬ。

 

 (……分かっていたさ)

 

 結局、何だかんだと怒りながら、自分もあの糞ったれの市長と同じ穴の狢だったのだろう。

 ――犯罪者は犯罪者。

 正義と口にしながら犯罪に手を染めてしまった……それが全ての間違いだったのだ。

 当時はそれ以外には選択肢が無かったと言うのはきっと言い訳で。

 何処まで行っても【義賊王】は真の正義の前に倒れる運命で。

 ……いや、違う。

 ヴィーレをどこかで暗殺していれば【ペイルライダー】は生まれず、今頃復讐を果たし笑い泣いてた自分が居る――そんな可能性もあったのかもしれない。

 それをしなかったのは、心のどこかで『自分を止めて欲しい』。そんな思いがあったからだ。

 

 (お前が正しかった、ヴィーレ・ラルテ)

 

 その結果が今、此処にある。

 ……皮肉ではない。

 きっと【騎神】はこの状況を覆す――そう確信し、全てを彼女に掛けたのだから。

 シアンディールの目には【義賊王】は死に、【ペイルライダー】は討伐され、<グランドル>が守られた景色がまざまざと浮かんでいたのだから。

 

 (ただ一つ、奴らを地獄へ道連れに出来なかったことは悔やまれるが……今はどうでもいい)

 

 シアンディールは薄れゆく意識の中で小さく願う、『もう一度、君に会いたかった』と。

 もう叶うことの無い――親愛なる少女の笑顔を夢見て。

 

 

 「――ローズマリー……」

 

 

 倒れた血溜まりに涙が一滴、零れて波紋を広げた。

 そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『――――』

 

 

 意識を失ったシアンディールのすぐ近くで【ペイルライダー】は立ち尽くしていた。

 一歩踏み出せば。

 握る紫紺の長剣を振り下ろせば【義賊王】は死に、《魂食い》と《死屍累々》で大幅な強化が出来るだろう。超級職の魂はリソースとしても格別なはずである。

 しかし、【ペイルライダー】はそんなちょっとした……ほんの些細な動きをすらしなかった。

 いや、違う。

 正確に言えば、動けなかった(・・・・・・)

 足元の風前の灯火の命。

 それよりも遥かに強大で、太陽のように熱く眩しい生命力に目を背けることが出来なかったから。

 

 

 「――まだ終わらせないよ」

 

 

 その姿から目を背けることが出来なかったから。

 

 

 ――自身の放つ凄まじい焔に揺れ、たなびいた紅の炎の髪。

 

 ――確認するように開き、握りしめた、失っていたはずの右手。

 

 ――光を帯びた金色の瞳。

 

 

 一度死んだ【騎神】は、確かにそこに立っていた。

 それは『Type:ガードナー系統』の<エンブリオ>が良く発現する合体スキル。

 それは《我は不死鳥の騎士為り》が変質した――所謂、発展形スキル。

 それは世にも珍しい《蘇生》……を超えた、不死鳥だけが持つ転生スキル。

 

 

 

 

 

 「――《(リン)(カー)(ネー)(ショ)(ン・)(ルー)(キフ)(ェル)》」

 

 

 

 

 二対の炎翼を持つ不死鳥の魔人となった【騎神】がそこに居た。

 

 

 

 

 




Type:ガーディアン・アームズ。
第Ⅳ形態――【焔神廻鳥 フェニックス】

長かった・やっと上級・エンブリオ。
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