自由への飛翔   作:ドドブランゴ亜種

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二週間ぶりの更新だけど、文字数は二話分だから実質セーフ


第33話 成り上がり、成り下がった者

 □フェニックスについて

 

 

 

 フェニックスとは架空の幻獣だ。

 身体を炎で構成し、死んでも蘇ることで永遠の時を生きると言われる伝説上の鳥。

 鷲の姿にも似た炎の鳥である。

 寿命を迎えると自ら炎へと飛び込むことで焼死し、朝日と共に蘇る。

 不死身の伝説故に神話などにも良く登場する――幻獣、というよりは神獣(・・)に近い存在だろう。

 

 それこそが【焔神廻鳥 フェニックス】のモチーフだ。

 

 巨大な怪鳥形態のフェニックス。

 全てを焼き尽くす《紅焔の神舞》。

 超速再生で傷を癒す《蒼焔の誕生》。

 中途半端な(・・・・・)<エンブリオ>として孵化した【フェニックス】。

 それらはある意味、下級<エンブリオ>という名のフェニックスにとって本当の姿になるまでの下積み期間だったのだろう。

 こうして改めて見ると、初めから一つの最終形態を見据えていたのかもしれないと思えるほどに。

 何はともあれ、【焔神廻鳥 フェニックス】は第Ⅳ形態へと進化を果たしたことで、伝説に準じた姿を現し始めていた。

 

 ――では、フェニックスのモチーフの特徴とは何だろうか?

 

 一つは聖なる鳥、生と死を象徴する不死鳥である炎の神鳥。

 挫折と克服。

 折れない翼と炎の意志。

 【炎怪廻鳥 フェニックス】として下級<エンブリオ>の時から持っていた特徴である。

 今もヴィーレの心と共に成長し続ける、Type:ガー(・・・・・・・)ディアンとして(・・・・・・・)の側面(・・・)だ。

 そしてもう一つの特徴。

 それは今まで存在していなかった。

 そう……なかった(・・・・)、だ。

 

 今は――ある。

 

 二つ目は、フェニックスの悪魔落ち――“ソロモンの悪魔”としてのフェネクス。

 第Ⅳ形態へと進化を果たした【焔神廻鳥 フェニックス】。

 その『融合スキル』と『自身の死(デスペナルティ)』をコストに現すもう一つの姿。

 沈まぬ暁星の如く、ヴィーレの瞳が金色に染まる。

 二対の炎翼が敵を撃ち滅ぼさんと劫火と化す。

 

 悪魔――フェネクスの話す言葉は優れた詩に。

 人間――フェネクスの声は耳を塞ぎたくなる程聞き苦しいものになると言う。

 しかし……問題は何一つない。

 ……もう、詩も声も聞く必要はない。

 

 

 

 

 

 「――《(リン)(カー)(ネー)(ショ)(ン・)(ルー)(キフ)(ェル)》」

 

 

 

 

 

 不死鳥の魔人は今、終わりの『(スキル)』を告げたのだから。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 □■<【冥骸騎】地下墳墓>

 

 

 

 

 

 『炎の繭』――その中から転生した不死鳥の魔人。

 【焔神廻鳥 フェニックス】と融合したヴィーレはただ静かにそこへ佇んでいた。

 全ての『魔灯』が砕け散り、暗闇の中で金色の瞳と紅焔が揺れる。

 大きく薙いだ【ミラーズ・ベイ】の深緑の矛先が怪しく光り……切っ先が触れた地面がドロドロ(・・・・・・・)になって溶け崩(・・・・・・・)れる(・・)

 そんな姿を。

 不死鳥の魔人となったヴィーレの姿を。

 何が起きているのかを理解も出来ず、考える思考も無い【冥神騎 ペイルライダー】はただ見ていた。

 

 

 『……ァ、アァ』

 

 

 【ペイルライダー】は知らない。

 確実にHPが全損し、身体が真っ二つになった状態から蘇る人間を。

 以前より強大な生命力(HP)を持ち、魔人へと変身する騎兵を。

 

 

 『GARURURURUUUUuuuuu……』

 

 

 アストラル体の黒狼が警戒を露わに低く唸る。

 それは【ペイルライダー】には見えているから。

 アンデットという種族の特性上からか、生者の生命力(HP)が燃える炎のように可視化することができる。

 故に、足元で死に体の【義賊王】は“風前の灯火”に。

 そして、目の前に立つヴィーレは太陽の極光の如き猛火のように見えているからだ。

 ――だからこそッ!!

 

 

 『――ァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!』

 

 

 次の瞬間【ペイルライダー】の姿は掻き消え、床が瓦礫となって吹き飛んだ。

 

 ――だからこそ許せない! 

 《魂食い》で取り込んだ、【解体王】に殺された怨念に染まった魂が【ペイルライダー】の中で生者を殺せと。

 自分たちと同じ目に合わせろと叫泣を上げて血の涙を流しているのだから。

 【ペイルライダー】は怨念の集合体に突き動かされるように、紫紺の長剣を振り上げた。

 

 固有スキル――《死屍累々》によって死者の魂(リソース)を取り込み、真の意味で<神話級>へと至った【ペイルライダー】。

 《死屍累々》の強化は【ペイルライダー】の魔鎧や武装だけでなく、ステータスにも強く影響を及ぼしている。

 故に……突破する。

 ギリギリ五桁に収まっていたAGIとSTR。

 ヴィーレには……いや、もはや《看破》のスキルレベルがカンストした一握りの者でも無ければ見ることが出来ない二つの値は六桁に達し(・・・・)、そのスピードは超々音速へと片足を踏み入れていた。

 

 ――駆け出したアストラル体の黒狼の脚に触れた地面が、黒い靄に染まり崩れ落ちる。

 ――振るった紫紺の長剣の風圧に、<地下墳墓>の壁が砕けて落ちた。

 

 【ペイルライダー】の姿を追える者は居ない。

 《ソウル・ドミネーター》である黒い靄が【ペイルライダー】の姿を闇に隠し、破壊の権現となって暴走する。

 息を飲む時間も無い。

 一秒未満の数コンマ。

 

 振り上げられた『紫紺の長剣』は即死の【呪い】となって、ヴィーレへと振り下ろされ、

 

 

 

 

 

 ――紫紺の長剣の腹を叩くように薙がれた長槍によって逸らされた(・・・・・)

 

 

 

 

 

 『……』

 『GARURURURURUuuuuu……!?』

 

 

 その事実に自我の無いはずの【ペイルライダー】が。

 騎獣であるアストラル体の巨黒狼が代弁するかのように、動揺が混じった唸り声を上げた。

 それもそのはず。

 本来のヴィーレでは止めることはおろか、視認することも不可能な一撃のはずだったのだから。

 ヴィーレのステータス自体はかなり低い。

 いや……騎兵系統ジョブに就く<マスター>と比べれば平均的、低すぎるわけも無く高すぎるわけでもないのだろう。

 しかしそれでも【ペイルライダー】と比べれば“天地の差”。

 <神話級>に相応しい圧倒的なステータスの前ではちっぽけな値である。

 

 だが……今こうして目の前で、ヴィーレは超々音速機動の一撃を。

 大地を砕き、神話級金属さえ変形させる怪力の一閃を逸らして見せた。

 

 それが指し示すのはたった一つ――ヴィーレが【ペイルライダー】に迫るステータスを保持している、という事実確認だ。

 そして……。

 

 

 「――《チャージスパイク》」

 

 

 瞬時に超音速機動で突き出された【ミラーズ・ベイ】。

 深緑の矛先はブレることなく【ペイルライダー】の心臓へを穿とうと真っすぐに突き進み、

 

 

 『……ァ、ァァァッ』

 

 

 距離を取った【ペイルライダー】によって躱された。

 ――いや、無傷では無い。

 あまりにもENDが高過ぎて崩落や粉塵爆発でも傷一つ残らなかった黒狼の魔鎧――その表面には本当に小さいが、【ミラーズ・ベイ】によって付けられた切り傷が残っていたのだ。

 貫通し、本体である霊体には届いていないのでHPは欠片も減ってはいない。

 しかし……それは確実にヴィーレの攻撃が【ペイルライダー】に届くことを。

 その刃が命を奪うことが出来ることを指し示していた。

 

 

 「……来て(喚起)、アレウス」

 

 

 ヴィーレは右手を伸ばす。

 一度死に、《天つ暁星の転生者》によって再生した新たな右腕。

 

 

 『HIHIIIiiiiiii~~ッ!!』

 

 

 次の瞬間、その右手の横には半神軍馬のアレウスが。

 左掌には手綱が握られていた。

 ヴィーレが求める限り何度でも立ち上がる――そう言うように興奮するように荒い鼻息を鳴らし、嘶きを響かせるアレウス。

 そんな相棒に応えるように、ヴィーレは一息にアレウスへと駆け乗った。

 そして……そっとアレウスの黒く硬い毛並みを撫でる。

 金色の瞳は【ペイルライダー】から離すことなく捉え続けて。

 

 

 「……シアンさん」

 

 

 同時に視界に入ったボロボロとなったシアンディールの姿。

 それは目にするのも痛ましい。

 半身が千切れ飛んで出来た血溜まりに出血が流れ、赤い波紋を広げた。

 《ソウル・ドミネーター》の黒い靄によって侵された黒い肌が崩れ出す。

 ……助からない。

 いや、一目見れば死んでいると勘違いしても可笑しくは無いだろう――だけど。

 

 

 「……まだ間に合う、シアンさんは死んでいない」

 

 

 フェイと融合し、広がった知覚能力が。

 回収され、消えることなく地面に千切れ転がる鎖の『特典武具』が、【義賊王】がまだ死んでいない事を証明していた。

 そして死んでいないならば。

 第Ⅳ形態へと進化した【焔神廻鳥 フェニックス】の《蒼焔の誕生》ならば、まだ助けられる可能性が残っている。

 故に……ヴィーレの取るべき行動はたった一つだ。

 

 ――力が入り、握った【ミラーズ・ベイ】の矛先から紅焔が勢いよく洩れ噴き出した。

 ――ヴィーレの背から生え伸びていた二対の焔翼が『赤い金属の鎖(・・・・・・)』となってそれぞれ四肢に巻き付い(・・・・・・・)()

 

 【騎神】であり、不死鳥の魔人であり、“人馬一体”。

 制限時間付き(・・・・・・)の《天つ暁星の転生者》によって転生したヴィーレは炎の髪を靡かせ、言う。

 それは宣戦布告であり宣言。

 

 

 「――2分。……ううん、1分以内に貴方を倒して全員救うッ!!」

 

 

 そして……手綱を力強く引いた。

 

 

 「行こう、アレウス、フェイ!!」

 『HIHIIIiiiiiiii~~Nッ!』

 

 『――ァ、ァァァァアアアアアアアアーーッ』

 『WHAOOOOOoooooooo~~N!』

 

 

 二つの咆哮が<地下墳墓>に響き渡る。

 同時に2騎の騎兵の姿はその場から掻き消え、

 

 ――僅かに残っていた<地下墳墓>を残壁が消し飛ばしながら、紅と黒がぶつかり火花を散らしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

 

 

 暗闇の中で紅い閃光が走っては消える。

 このまま<地下墳墓>が崩壊してしまうのではないかと思えるほどの轟音が密室の空間に木霊し、崩れた瓦礫が散弾の如く弾け飛ぶ。

 もしも唯のティアン……いや、<マスター>でもいい。

 常識で考えられる<マスター>が足を踏み入れれば、次の瞬間死んでいても可笑しくない、と。

 そう確信してしまう程の戦場がそこにはあった。

 事実、その確信は正しい。間違ってはいない。

 

 紅焔が暗闇の中を駆け抜けて瓦礫ごと壁を融解、蒸発させる。

 『紫紺の長剣』が床を叩き割り、捲り上げながら切り飛ばす。

 

 閉じられた空間である<地下墳墓>。

 その内部は今、ミキサーにかけられたように人が生存できる戦場ではなくなっているのだから。

 激しすぎる戦闘によって<地下墳墓>を破壊し、広げながら二騎は互いに駆け走っていた。

 

 一騎は、【騎兵】系統ジョブの最高峰とも言える【騎神(ザ・ライダー)】。

 一騎は、神話級<UBM>である【冥神騎 ペイルライダー】。

 

 それは文字通り“神話の戦い”。

 高すぎるステータスを持つヴィーレと【ペイルライダー】は、それこそ市街地の細道でレーシングカーが勝負するように。

 コースを破壊しながら互いに激しい戦闘を繰り広げていた。

 

 

 「――ハァッ!!」

 

 

 空を斬り、地面を叩き割られて弾け飛ぶ瓦礫。

 その一部を焔弓で打ち砕き、融解させながら強行突破。

 ヴィーレは瞬時に【ミラーズ・ベイ】を《瞬間装備》しながら、無防備な【ペイルライダー】へと叩き込む。

 その長槍は一目で分かるような紅焔を纏ってはいない。

 ……しかし。

 

 ――焼き溶けた(・・・・・)

 

 【ミラーズ・ベイ】の高い攻撃力。

 そして第Ⅳ形態に至り、《紅焔の神舞》と変化したことによって純粋な火力の上昇と焔の圧縮(・・・・)によって、【ペイルライダー】の高過ぎた《火炎耐性》と《魔法攻撃耐性》を僅かに上回ったのだ。

 本来なら武器自体が焼け落ちる。

 しかし、対象を選択できる《紅焔の神舞》だから出来る芸当。

 全てを焼き焦がし、貫通する焔の長槍である。

 攻撃し終えた【ペイルライダー】は避けることも叶わない。突き出された【ミラーズ・ベイ】は真っすぐにその魔鎧へと迫り、

 

 

 『ァァァァアアアアアアアアッ!!』

 「――ッ!」

 

 

 【ミラーズ・ベイ】は絶叫と共に、【ペイルライダー】の右手に掴み取られた。

 今まで一度たりとも手放すことの無かった紫紺の長剣。

 地面に食い込んだままの武器を手放し、その右手で長槍を防いだのだ。

 そして……

 

 

 『GARURURURUUUuuuuuuu~~ッ!』

 

 

 ……上空へと振り上げられた。

 同時に身体を襲う浮遊感。

 握っていた手綱から手が離れ、ヴィーレの身体が宙に舞った。

 

 ……道理だ。

 

 六桁にも及ぶSTRに、ヴィーレよりも重たい魔鎧の重量。

 互いに力比べをすれば【ペイルライダー】に利があるのは明白である。

 そして騎獣に《騎乗》していない【騎兵】など、剣を持たぬ【剣士】と変わらない。

 【ペイルライダー】はそのまま【ミラーズ・ベイ】から手を離し、その圧倒的なステータスでヴィーレを握り殺そうと手を伸ばし、

 

 

 『BURURURURUUUUU!!?』

 

 

 次の瞬間【ペイルライダー】は冑を(・・)殴り飛ばされ(・・・・・・)岩壁へと叩きつ(・・・・・・・)けられていた(・・・・・・)

 

 

 殴り飛ばされた【ペイルライダー】や消えた巨黒狼は黙って。

 アレウスは目を見開き、驚きの鳴き声を響かせる。

 

 ――ヴィーレが空中で【ペイルライダー】を殴り飛ばす。

 

 っと、本来有り得るはずの無い光景に。

 

 

 「――ウグッ」

 

 

 同時に空中で【ペイルライダー】を殴り、背中から落下したヴィーレは呻き声を漏らした。

 【騎神】の奥義である《一騎当神》による体感速度の差。

 その制御を可能にする為に、一部の痛覚などを『ON』にしている結果生じた弊害だ。

 ヴィーレは背中を襲う痛みに涙目になりながら立ち上がり……鋭い痛みが走った右腕へと視線を移す。

 

 ――4つの赤い金属(・・・・・・・)の鎖が巻きつい(・・・・・・・)()、【骨折】している腕。

 

 内出血で赤黒く滲み、うっすらと白い骨が覗かせた肌。

 目にする事でより鮮明に感じ取り始める痛みにヴィーレは少しだけ眉を顰めた。

 そして……。

 

 

 「……《蒼焔の誕生》」

 

 

 スキル名を呟くと同時に、蒼い焔が右腕を包み込んだ。

 その様子はまるでリプレイ。

 物が燃えて炭になっていく過程をビデオで録画し、逆再生したかのように腕が再生されていく。

 その再生速度は以前の《蒼炎の再生》を遥かに上回っている。恐らく治癒出来る怪我の範囲も広がって《欠損》でも大量のMP&SPを注ぎ込めば完治出来るだろう。

 【骨折】程度なら数秒も掛からない。

 ――瞬き一つ。

 既に【骨折】していた右腕は完治し、いつもの白い肌へと戻っていた。

 ヴィーレはそんな変化したスキルの効果を確かめるように掌を握っては開き、また握った。

 

 

 「……生まれて初めて殴ったかも。――殴るって、こんなに痛いんだね」

 

 

 以前までとは明らかに違う。

 新たなスキルとパワーアップした既存スキル。

 《天つ暁星の転生者》によってより鮮明に感じ取ることが出来る違いに、思わず自分自身で驚きの声を漏らした。

 それほどまでに《天つ暁星の転生者》は。

 強化された固有スキルは強くなっていたのだ。

 

 ――スキルレベルが上がり、増蓄倍率が『×7』まで上昇した《火焔増蓄(フレイム・アカラマティッド)》。

 ――純粋火力とMP&SP変換率が良くなった《紅焔の神舞》。

 ――必要なMP&SPは多くなったものの【欠損】まで治癒出来る《蒼焔の誕生》。

 

 僅かな変化。

 しかしその影響は計り知れない。

 【焔神廻鳥 フェニックス】のステータスとヴィーレのステータス補正を犠牲にした固有スキルが全体的な強化。

 克服される事無く残った、ヴィーレにMP&SPの供給源が依存していると言う弱点もあるが……今はそれさえもさして気にならない、どれもが上級<エンブリオ>の名に負けない強力な固有スキルだった。

 そして《我は不死鳥の騎士為り》の変化した新たなスキル。

 ――《天つ暁星の転生者》もまた、強力なスキルだった。

 

 

 

 『保有スキル』

 《(リン)(カー)(ネー)(ショ)(ン・)(ルー)(キフ)(ェル)》:

 デスペナルティ判定と共に一定のMP&SPを消費し、<エンブリオ>と融合、転生する。

 尚、種族を“悪魔”へと変化。

 一回の戦闘で消費したSP&MPの値÷10、一部の素のステータスを引き上げる焔翼。もしくは紅鉄の鎖を生成する。

 融合可能リミットは5分。

 アクティブ・パッシブスキル。

 

 

 

 それはヴィーレのデスペナルティを前提とした『条件』。

 デスペナルティ前に莫大なMP&SPを消費することを前提とした、大幅な強化値を得るための下準備。

 加えて、融合スキルなどに生じる融合時間など。

 何重にも張り巡らされた縛りの中で使用可能の強力な『不死鳥の魔人』へと転生スキルだった。

 

 

 「――少し使い辛くはなったけど……」

 

 

 ヴィーレ自身、デスペナルティになったことが少ない点。

 そして唯一、騎獣で空を飛ぶことが出来るフェイが居なくなることを踏まえればデメリットもかなり大きい、まさにデスペナルティになるまで使うことは無いだろう切り札(スキル)だと言えた。

 

 今回の《天つ暁星の転生者》に関して言えば――消費したMP&SPは『50万』。

 

 【冥神騎 ペイルライダー】との戦闘での《紅炎の炎舞》と《我は不死鳥の騎士為り》、【義賊王】の治療に使用した《蒼炎の再生》分である。

 故に、強化値は5万。

 二対の焔翼によって、ヴィーレは好きなステータスを強化することが出来る。

 しかし以前の《我は不死鳥の騎士為り》とは違うところが一点。

 

 

 ――焔翼の火力を調整することで、加算する強化値をいつでも好きなステータスへ自在に変更する(・・・・・・・)ことが出来る(・・・・・・)

 

 

 厳しい条件に縛られた欠点を打ち消すほどの利点。

 『不死鳥の魔人』と化したヴィーレは焔翼による飛行能力を。5万と言う決して小さくない強化値を好きなステータスに振り分けて戦うことが出来る。

 そしてそれは騎乗状態での紅鉄の鎖も同じ。

 ヴィーレは加算できる値を四本の紅鉄の鎖――焔翼と同じ数に割り当て、決めた部位に巻き付けることでステータスを強化するように決めていた。

 

 ――右腕に巻けば、STRを。

 ――左腕に巻けば、ENDを。

 ――両足に巻けば、AGIを。

 

 紅鉄の鎖を一本巻くごとに、そのステータスは『12500』加算される。

 消費したMP&SPにも影響するが、貧弱なヴィーレ自身を強化できる……まさに融合スキルに相応しいスキルだ。

 しかし、同時に疑問も浮かぶ。

 四本の紅鉄の鎖を右腕に――STRを5万加算したとして、はたして【ペイルライダー】を殴り飛ばせるのか?

 と言う疑問だ。

 その疑問に関してはたった一言、この回答で答えが導き出すことが出来る。

 

 ――前代【騎神】、カロン・ライダーと同じ現象が起きている。

 

 と。

 融合スキルによって種族が悪魔に変化してしまったヴィーレ。

 《騎乗》した際は騎獣へと掛かる《一騎当神》の判定が、独りの時はヴィーレ自身へと掛かってしまったのだ。

 それはまるでバグ。

 同時に正しく【騎神】の奥義の効果。

 《騎乗》していないヴィーレの全ステータスは10倍化される。

 

 故に、《騎乗》中は超音速機動で駆けまわる神速の騎兵に。

 独りの時は莫大なステータスを持つ不死鳥の魔人になっていた。

 

 それこそ今ならば単騎で『伝説級』<UBM>と戦ったとしても遅れは取らないだろう。

 しかし――【ペイルライダー】を相手に油断は出来ない。

 感慨に耽る暇も無くすぐさまアレウスへと駆け寄り、再びその背に駆け乗った。

 視線は殴り飛ばした【ペイルライダー】へ。

 糸を張りつめるように全神経を研ぎ澄ましていく。

 そして……。

 

 

 「――さっきので倒せるとも思ってないけど……流石にそんなにピンピンされると傷つくね」

 

 

 物理ダメージが効かない事は分かっていた。

 だが、何事も無かったように立ち上がった【ペイルライダー】の姿に。

 低くないSTRの拳を受け、僅かに冑を歪ませた程度しか外傷の無い姿に顔を顰めた。

 いや、その僅かな歪みさえ消えていく。

 アンデット特有の《自己再生》能力で、次第に魔鎧の歪みも復元されていき、

 

 

 『BURUUUUUuuuuッ!!』

 「――ッ」

 

 

 背後から回転しながら飛翔してきた紫紺の長剣がヴィーレの横を通り、【ペイルライダー】の右手へと吸い込まれていった。

 紫紺の長剣も含め、超級職素体のアンデットの【デュラハン】。

 長剣は武具であり、【冥神騎 ペイルライダー】の意志で程度自由に操ることが出来るのだろう。

 先ほど初めて見せた《再生能力》。

 念力にも似た《ポルターガイスト》。

 

 ……底が見えない。

 

 ヴィーレが一度、仮死(デスペナルティ)状態に陥ってから『神話級』の等級(ランク)へと至った【冥神騎 ペイルライダー】はもはやアンデットとしては最強格のモンスターだ。

 《魂食い》と《死屍累々》の強化によって辿り着く。

 <UBM>としての等級の頂。

 誰も止めることも、倒すことも叶わない程強くなった【ペイルライダー】を一目見てヴィーレは既に理解していた。

 

 

 「……もう今の私でも勝てない」

 

 

 ……と。

 元よりヴィーレは短期決戦のジョブである【騎兵】。

 日頃から貯めこんだリソースを吐き出して戦う。

 持久戦には向いていない、強力な火力の一撃で倒すスタイルだ。

 故に、5分というタイムリミットがある《天つ暁星の転生者》を発動した以上、一撃で【ペイルライダー】の桁違いのHPを削ることが出来ないヴィーレに勝ち目は消えていた。

 それが例え、対等に戦えるステータスを手に入れたとしても。

 

 

 『……ァ、ァァァア』

 『GARURURURUuuuuuuu~~ッ!!』

 

 

 故に、動かなかった。

 瓦礫から這い出る【ペイルライダー】の動きは大きな隙そのもの。

 『不可視の手綱』でアストラル体の巨黒狼を召喚するまでならヴィーレのほうが優位に立てるはずなのに……だ。

 

 

 「貴方が【冥魂騎】のままだったら……強化する前だったら、本当に打つ手がなかった」

 

 

 しかしヴィーレは落ち着いた様子そのものだった。

 そして、その言葉はまるで【ペイルライダー】に対して打つ手があると言うような。最後の手段があるような言い方だった。

 

 

 「【ペイルライダー】、私は貴方には“勝てない”――だけど“殺す”手札は持ってるよ(・・・・・)

 

 

 十万以上のSTRの拳を受けて僅かに凹む程度の防御力と硬さ、《物理攻撃耐性》や《魔法攻撃耐性》、《火炎耐性》等の堅硬な魔鎧。

 その魔鎧に守られた《物理攻撃無効》を持つアストラル体。

 一撃でも食らえば触れた部位から消し飛び、仮にダメージを与えたとしても《自己再生》で回復する。

 そんな【冥神騎 ペイルライダー】を。

 不死身の化け物を“殺せる”と、ヴィーレはそう言い切った。

 

 腰ベルトに装備されたソレ(・・)……に触れながら。

 

 

 「――貴方が唯の不死者(【冥骸騎】)ではなく、怨念を身に纏い、生者を殺すだけの怪物(アンデット)に成り果てたと言うのなら…………私は貴方を殺して見せる」

 

 

 ――【万死慈聖 アズラーイール】を握りながら、そう断言した。

 

 ソレはかつて<レジェンダリア>でヴィーレが倒した(救った)『伝説級』<UBM>。

 全てを殺す――【殺戮熾天 アズラーイール】の特典武具である。

 黒い鞘に収まった純白のスティレットを左手に、眼前に構え、

 

 

 「神に成り上がり(・・・・・・・)アンデットに成(・・・・・・・)り下がった(・・・・・)……それが貴方の敗因だよ――【冥神騎 ペイルライダー】」

 

 

 《魂食い》で大量の怨念に染まった魂を吸収しなければ、この手は使えなかった……と。

 ヴィーレはそう告げ、【アズラーイール】の切っ先を【ペイルライダー】へと向けた。

 

 

 『――ァ、ァァァァアアアアアアアアッ!!』

 『WHAOOOoooooooo~~~Nッ!!』

 

 

 そして、ソレに一番反応を示したのは他でも無い――【ペイルライダー】だった。

 当たり前だ。

 必然の摂理だ。

 【冥神騎 ペイルライダー】は直観的に、本能的にソレが何か知っている。

 

 唯一、自身を殺しうる――完全にメタっている武器なのだから。

 

 【アズラーイール】の性質そのものが【ペイルライダー】と真逆に位置するものなのだ。

 誰が決めたかも分からないが<UBM>には“テーマ”が存在する。

 例えば、『成長』がテーマとされた【魔樹妖花 アドーニア】。

 『暴風』がテーマとされた【嵐竜王 ドラグハリケーン】。

 さまざまなテーマや性質、姿などの<UBM>は今この瞬間も討伐され、そして生まれている。

 それこそ星の数ほど存在する<UBM>の中で、【アズラーイール】と【ペイルライダー】のテーマの立ち位置は奇妙な運命のようにも感じられた。

 

 ――『殺戮』がテーマとされた『天使』の【殺戮熾天 アズラーイール】。

 

 ――『不死』がテーマとされた『アンデット』の【冥神騎 ペイルライダー】。

 

 全てに『死』を与える<UBM>。

 死を拒否し黄泉返った<UBM>。

 結果的にとった行動は同じだが、過程は真逆。

 もし仮に、【ペイルライダー】に自我があったのならば、何故ヴィーレに不思議な程の危機感を感じていたのか腑に落ちたことだろう。

 ……故に。

 

 

 『――~~~~~~~アッ』

 

 

 【ペイルライダー】は何かに突き動かされるようにヴィーレへと駆けだしていた。

 その速度は今までで一番速い。

 『目の前の生者を今すぐ殺す』――【ペイルライダー】の中で渦巻く怨念が一つの目的に一致した故に全力だ。

 床が割れる。

 巨黒狼が咆哮する。

 紫紺の長剣が唸りを上げる。

 

 しかし……その刃がヴィーレへ届くよりも速く、そのスキルは告げられた。

 

 

 

 

 

 「――《怨念燃炎》」

 

 

 その瞬間、【ペイルライダー】は怨念の炎に包まれた。

 黒く、そして禍々しい紫紺の劫火。

 怨念の炎は魔鎧の《火炎耐性》に引っ掛からない。

 魔鎧の内部の本体から発火し、その膨大なHPを焼き尽くす勢いで減らしていく。

 

 【解体王】に無惨に《解体》されて殺された400名以上の怨念。

 その怨念の炎はまるで報われなかった魂達を。

 悲しみに鳴き、怒号を響かせる無念を功能(くのう)するように、火葬の劫火となって焼き尽くしたのだった。

 

 そして――魔鎧の隙間から噴き出した炎は何かに導かれるようにヴィーレへと集まり、《火炎増畜》によって吸収されていく。

 

 

 「……これで、終わり」

 

 

 声にもならない悲鳴を響かせる【ペイルライダー】。

 

 アストラル体の巨黒狼は炎に焼かれ掻き消え。

 黒狼の騎士は動くことも出来ずに倒れ伏し。

 振り上げられていた紫紺の長剣は力を失い、見当違いの方向へと飛んでいく。

 

 アンデットにとって炎は聖属性に次ぐ大きな弱点だ。

 それは『神話級』<UBM>である【ペイルライダー】だろうと変わりはしない。

 これ以上、もう何も出来ないだろう――炎に焼かれる姿を見降ろしながらヴィーレはポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――【冥神騎 ペイルライダー】の虚ろな眼孔に、消えることなく揺らめいた青白い炎に気が付かずに。

 飛んで行った紫(・・・・・・・)紺の長剣(・・・・)

 その行方をヴィーレが知る由も無く。

 そして……。

 

 

 「――え?」

 

 

 “風前の灯火”が掻き消えた。

 同時にその死を祝福するかのように、黒狼の騎士はその牙を開き大咆哮を響かせた。

 

 

 『――ァァァァァアアアアアアアア~~~ッ!!』

 

 

 それはポルターガイストによる最後の抵抗。

 それは《魂食い》による強化。

 それは《死屍累々》による逆転に次ぐ逆転。

 

 それは――。

 

 

 「シアン、さん?」

 

 

 死を否定する、復活と憤怒の咆哮である。

 

 

 

 

 




予想以上に長くなったので二話に分けます~。


(リン)(カー)(ネー)(ショ)(ン・)(ルー)(キフ)(ェル)》:
 デスペナルティ判定と共に一定のMP&SPを消費し、<エンブリオ>と融合、転生する。
 尚、種族を“悪魔”へと変化。
 一回の戦闘で消費したSP&MPの値÷10、一部の素のステータスを引き上げる焔翼。もしくは紅鉄の鎖を生成する。
 融合可能リミットは5分。
 アクティブ・パッシブスキル。

 ステータスの引き上げは自由に変更可能で紅鉄の鎖の数は四本。
 
 

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