自由への飛翔   作:ドドブランゴ亜種

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第34話 義行は死して道を示す

 □【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 凄まじい大咆哮に鼓膜が破れ、咄嗟に塞いだ耳から血が滴り落ちた。

 音爆弾とも言って過言ではない。

 大咆哮の衝撃波は周囲の瓦礫を砕き割り、【ペイルライダー】を中心に空気ごと砂塵を吹き飛ばす。

 ヴィーレはそんな突如、《魂食い》を。

 《死屍累々》を発動させ、今も怨念の炎に焼かれ続けながら強化されていく【ペイルライダー】を、身体を丸めるように防御の態勢を取りながら見ていた。

 

 ――炎に焼かれ、ボロボロになった黒狼の魔鎧。

 ――かなりのダメージを受けたのか、地面に着いたままの膝。

 ――そして……そんな【ペイルライダー】へと収束していく黒い靄。

 

 ヴィーレはそんな完全に致死ダメージを受けたはずの【ペイルライダー】に、【義賊王】の死に言葉を紡ぐことも出来ずに口を閉じ……声にもならない声を漏らした。

 

 

 「~~ッ」

 

 

 決して油断があった訳ではない。

 むしろヴィーレはこれまでに此処まで警戒したことが無い程に、緊張の糸を張り巡らせていたのだから。

 だが……それ以上に予測不可能。

 阻止不可能だったのだ。

 

 誰が予想出来ただろう?

 一度は【義賊王】にとどめを刺すことを放棄し、ヴィーレとの戦闘を優先した【ペイルライダー】が今この状況でシアンディールを殺そうと動くと。

 

 誰が想像出来ただろう?

 怨念の劫火に焼かれ、今に討伐されても可笑しくない瀕死の状態で紫紺の長剣を操って攻撃するなど。

 

 【ペイルライダー】の討伐より【義賊王】の治癒を優先すればこんな事にはならなかったかもしれないが……それもまた叶わない。

 後の祭りだ。

 密室である<地下墳墓>から【義賊王】を連れ出すことも出来ない。

 同時に《ソウル・ドミネーター》の浸食も既に時間の問題、助けるためには出来るだけ早く【ペイルライダー】を討伐し、《怨念燃炎》から回収したMP&SPで治療するしかなかったのだから。

 ヴィーレの取った行動は絶対に最善の策だった。

 シアンディールを助けられる最速の策だった。 

 だが……それでもっ!!

 

 

 「――何でッ!!」

 

 

 ヴィーレは鋭い裂帛と共に手綱を引いた。

 

 

 「私は……シアンさんを助けたかったッ! 生きていて欲しかったんだッ!!」

 

 

 ヴィーレの姿が霞んで消える。

 正真正銘、全身全霊、全速力。

 《天つ暁星の転生者》によって“不死鳥の魔人”へと転生を果たしたヴィーレにとって初めての全力だ。

 まさに最速。

 右腕に巻かれた四本の紅鉄の鎖はヴィーレのSTRに5万も加算。

 更に裂帛と共に発動した《魔獣咆哮》によって、アレウスのスピードも加速していく。

 

 

 「――ハァッ!!」

 

 

 ――神速の一撃だ。

 

 一瞬で最大速度まで達したアレウスのスピード。

 その突進を、騎獣を召喚することが出来ずに膝を着いていた【ペイルライダー】は避けられない。

 紫紺の長剣を手放し、無手の状態では【ミラーズ・ベイ】の一撃を防げない。

 息を飲む間もない。

 次の瞬間、【ペイルライダー】に大きな影が落ち、

 

 

 『BURUUUUUUuuuuuーーッ!!』

 

 

 【ミスリル】をも踏み砕く、アレウスの剛脚が振り下ろされた。

 

 

 『――ァ、ア~~~~ッ』

 

 

 しかし両腕を掲げ、防御の態勢に入っていた【ペイルライダー】によって防がれる。

 轟音と共に地面が陥没し、深々としたクレーターを作った。

 元々【アダマンタイト】で作られ、<UBM>となって神話級金属にまで強化され黒狼の魔鎧を踏み砕くことは出来ない。

 ……だが無傷では無い。

 《一騎当神》諸々によって強化された踏み付けは、その表装を僅かに凹ませた。

 そして……地面にめり込み身動きの取れない【ペイルライダー】。

 黒狼の魔鎧が居た場所を深緑の残像が通過し、その姿は舞い上がった砂塵の中から一瞬で消え去った。

 なんて事はない。

 

 ――ステータス任せに薙ぎ払われた【ミラーズ・ベイ】によって弾け飛んだのだ。

 

 ぐるぐる、と、乱回転しながら勢いよく飛ぶ黒い塊。

 【ペイルライダー】は自身の回転を止めようと当てずっぽうに何かへ手を伸ばすが……掴めない。高過ぎたステータスは触れた瓦礫を簡単に粉砕してしまったのだから。

 止まることも出来ず、なすすべなく【ペイルライダー】はそのまま岩盤の壁へと叩きつけられた。

 だが……。

 

 

 「――まだっ!!」

 

 

 だが、ヴィーレの猛攻は止まらない。

 【ペイルライダー】が壁へと叩きつけられた、次の瞬間に見たもの。

 それは――砂煙を突き破って迫りくる紅の雨(焔矢)だった。

 5本や6本ではない。

 それこそ視界を埋め尽くすほどの凄まじい数の焔の鋭矢が。

 強弓で放たれたその焔矢は、進行上にあった瓦礫を穿ち……止まることなく瓦礫を焼き溶かしながら突き進んでいく。

 もはや障害物など関係ない。

 紅の流星群は闇を突き破り、切り裂き、【ペイルライダー】へと迫り、

 

 

 『――ァァァァアアアアアアアーーッ!!』

 

 

 絶叫と共に渦巻いた宙に漂っていた黒い靄によって、全ての焔矢が弾き落とされた。

 それは小さな暴嵐。

 ヴィーレの大量のMPを注ぎ込み、放った焔矢の脅威を感じ取った【ペイルライダー】の本能的な行動だった。

 半分以上のHPを削られ、怨念の炎に内側から焼却された黒狼の魔鎧。

 その防御力は未だ健全だが、万が一の可能性もある。

 自我の無い【ペイルライダー】が偶然にも取った最善の選択肢である。

 そして……。

 

 

 『ァァァァアア、ア――――?』

 

 

 ヴィーレの怒涛の攻撃によって取らされた、最悪の選択肢(・・・・・・)でもある。

 

 アンデット故に痛みを感じない【ペイルライダー】は少し遅れてソレに気が付いた。

 《ソウル・ドミネーター》の黒い靄による暴嵐壁。

 その壁を突き破り、自身の魔鎧を貫き刺さった一本の深緑の長槍に。

 僅かに暴嵐壁越しに見えた――“蛍火(ほたるび)”に。

 それは弾き落とされた焔矢から発生した、超極小に圧縮された紅焔の塊だ。

 辺りを明るく照らすほどの大量の蛍火は、渦巻く黒い靄に吹き飛ばされながらも【ミラーズ・ベイ】が穿った穴から【ペイルライダー】の元へと吸い込まれていく。

 

 

 『――~~~~ッ!!?』

 

 

 ――戦慄。

 

 もし仮に、【ペイルライダー】に感情というものがあったなら、今まさにそれを感じていることだろう。

 しかし、本能に従うままに。

 【ペイルライダー】は危機感に突き動かされるように、自身に突き刺さった【ミラーズ・ベイ】を抜こうとし、

 

 

 「――咲け」

 

 

 小さく発せられた言葉。

 誰にも聞こえることは無いヴィーレの声と共に――――爆ぜた(・・・)

 

 それはまるで……“紅蓮の薔薇”。

 

 深緑の【ミラーズ・ベイ】を伝い、漂っていた蛍火が解放され、圧縮されていた紅焔が黒い靄ごと【ペイルライダー】を焼き払ったのだ。

 凄まじい火力。

 一目見れば確信できる……上位純竜だろうと確実に致命傷になる劫火が一瞬で辺りをマグマに変え、【ペイルライダー】を襲った。

 

 閉鎖された<地下墳墓>だからより強烈になっただろう爆風。

 大量のMPを込められた劫火が周囲の岩壁を融解させ、発生した熱風が吹き付けヴィーレの頬を撫でる。

 砂塵も、黒い靄すらも蒸発して消える。

 そして吹き荒れた爆風が容赦なくヴィーレを叩き、炎の紅の髪をなびかせた。

 

 

 「……」

 『BURURURURUUUUuuuuu……』

 

 

 そんな様子をヴィーレはジッと見つめていた。

 思わず目を瞑りたくなるほどの熱風に動じもしない。

 最高潮にまで張りつめられた警戒を解くこと無く、真っ赤になって焼け溶けた一角をただひたすら睨みつける。

 それは分かっているからだ。

 先程の劫火で【ペイルライダー】を倒しきれていない、と。

 

 ――<UBM>討伐アナウンスが無いから……ではない。

 

 積み重ねられた経験は、勘を確信に変えるように。

 不死鳥の魔人と化したヴィーレはより鮮明に感じ取れる焔撃の手ごたえから倒しきれていない事を感じ取っていた、そして――。

 

 

 『WHAOOoooooooooo~~Nッ!!』

 

 

 その勘を肯定するかのように、巨黒狼の遠吠えが<地下墳墓>に響き渡った。

 同時に燃え盛っていた焔が陽炎のように揺らめき、

 

 

 「――ッ、アレウス!!」

 『BURURUUッ!!』

 

 

 光線の如きスピードと威力を秘めた【ミラーズ・ベイ】が投擲された。

 唯の投槍。

 しかし、それも【ペイルライダー】の怪力をかえせば必殺の一撃となる。

 【ミラーズ・ベイ】は咄嗟に右へと避けたヴィーレの頭を掠め、焔の髪のポニーテールを半ばから裁断した。

 斬り飛ばされた一房の髪が宙で火の粉となって燃え尽きる。

 短くなった髪に【アドーニア】の髪留めが外れ、風にショートヘアが乱れる。

 髪は女の命とはよく言うが…………今はそれすらも気に止める余裕はない。

 

 (……さっきまでよりも速いっ!)

 

 目の前には、既にアストラル体の巨黒狼に騎乗した【ペイルライダー】が迫っていたのだから。

 大きく真横へと伸ばした右腕。

 しかし、その右手には何も握られていない。

 

 ――それはまるでラリアットのような。

 ――まるで見えない剣でも握っているような。

 

 一瞬だが疑問を抱いてしまう程度には不思議な構えだった。

 だが、ヴィーレのするべきことに変わりはない。

 

 

 「合わせて、アレウス」

 

 

 握っていた手綱を放し、焔弓を番えた。

 《紅焔の神舞》で圧縮された焔を纏わせた複数の矢。

 そして《騎乗》状態で使用可能な《クリムゾン・レンジゼロ》なら、おそらく【ペイルライダー】の黒狼の魔鎧も撃ち抜けるだろう。

 最大火力は触れる程近づいた瞬間。

 ヴィーレは照準を【ペイルライダー】の頭へ、力の限り弦を引き絞り――。

 

 

 

 

 

 「――ッ!?」

 

 

 《危険察知》が脳内で大警鐘を打ち鳴(・・・・・・・)らした(・・・)

 

 同時にヴィーレの思考も死ぬ間際のように。

 走馬燈を見るように超加速する。

 【ペイルライダー】は目の前。

 ただ弾丸のように迫りくるだけで、特に可笑しな攻撃を仕掛けようとしているようにも見えない。

 

 つまり……それが答えだ。

 

 

 「――伏せてッ!!」

 『BURUッ!??』

 

 

 声を荒げ、投げ捨てるように放った複数の焔の矢。

 同時にアレウスの頭を無理やり下へと抑え込み、ヴィーレ自身もアレウスにピッタリとくっつくように身体を伏せる。

 その選択と行動、そしてソレが頭上を通過したのは僅かな時間差だった。

  

 ――焔の明かりを反射した紫紺の光。

 

 右腕に巻いた紅鉄の鎖に、回転しながら飛翔した紫紺の長剣が映り込んだのは同時だったのだ。

 【ペイルライダー】は《ポルターガイスト》のように紫紺の長剣を操ることが出来る。

 故に、視角外から。

 前方から【ペイルライダー】自身が。

 背後からは紫紺の長剣を引き寄せることで作り出された不意打ちであり、二段攻撃を仕掛けてきたのである。

 

 気が付けたことが。避けられたことが奇跡。

 つい先ほど、【義賊王】の命を絶ったのと同じ攻撃だったからこそ避けられた奇跡だ。

 だが……気を抜くのはまだ早い。

 これは二段攻撃。

 

 

 

 

 

 ――先ほど、見えない剣を握(・・・・・・・)ったような態勢(・・・・・・・)で迫り来た【ペイルライダー】の真意を汲み取ったならば。

 

 

 

 

 

 『GARURURUUuuuuGAAAaaa!!』

 『――ッ!』

 

 

 ぐるぐると回転し飛翔した紫紺の長剣。

 ソレはまるで決定事項のように……当たり前にように【ペイルライダー】の右手へと吸い込まれ、ピタリと収まった。

 そして……。

 

 

 『――ァ、ァァァァアアアアアアアーーッ!!』

 

 

 ――――紫紺の長剣は水平に、真っ直ぐとヴィーレへと目掛けて振り払われた。

 

 

 「――」

 

 

 加速する。

 見開かれたヴィーレの金色の瞳に映った紫紺の刀身。

 【ミラーズ・ベイ】は傍には無く、避けることも叶わない。

 触れれば即死の破剣を防ぐすべはヴィーレには無い。

 吸い込まれるように迫る『死』を目の前にヴィーレはただ見つめることしか出来ず、何かを諦めるようにそっと瞼を閉じ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『BURURURUUUUUUUUuuuuu~~ッ!!』

 

 

 ――視界に映り込んだ激しい火花に目を見開いた。

 

 激しい躍動。

 酷使しした身体に走る痛み。

 吐き出した息。

 

 それら全てがヴィーレが生きていることを証明する。

 そして、そんなヴィーレを救ったのは他でも無い、アレウスの二本の刃角だった。

 振り払われた破剣へと真正面からぶつかり合った刃角が、紫紺の長剣を受け止めて見せたのだ。

 

 それは今宵、三度目の押し相撲。

 

 互いの命を懸けた、決死の力比べ。

 

 

 『――ァ、ァァァァアアアアアッ!!』

 『BURUuuuuuuuuuッ!!』

 

 

 互いがぶつかり合った衝撃波で地面が割れた。

 形ある物体が塵芥に消え、漆黒と紫紺が拮抗する。

 手を出し、触れてしまえばそれだけで消し飛んでしまいそうな……あまりにも激しい衝撃に、周囲の物体が引き寄せられては砕ける不思議な力場を発生させる程の二体の力比べがそこにあった。

 そして……数秒後、その拮抗は破られた。

 

 

 『BURURURUuuuu!??』

 

 

 アレウスの刃角の一本に罅が入る(・・・・)

 と、いう形で拮抗は破られた。

 勝敗の分け目はたった一つ――『END(硬さ)』の差。

 【ペイルライダー】の一部として《死屍累々》で強化された紫紺の長剣が、アレウスの《一騎当神》による硬さを上回ったのだ。

 

 ピキ、パキリ――と。

 走った罅はより大きく、深くなる。

 

 バキンッ!! と。

 片方の刃角が砕け、粉々となって地面に落ちる。

 

 一本目が折れてしまえば二本目も速い。

 直ぐに二本目の刃角にも、白い罅が走り。

 

 

 

 ――砕け散った(・・・・・)

 

 

 

 『――ァ、ア?』

 「――私はッ、負けるわけにはいかないんだァッ!!」

 

 

 下から巻き上げるように叩き込まれたヴィーレの拳の追撃によって、紫紺の刀身が砕(・・・・・・・)け散った(・・・・)

 これは【ペイルライダー】とアレウスの戦いではない。

 アレウスとヴィーレ、1体と1人……人馬一体の戦い。

 ヴィーレの力も含めて全力を出し切ったと言える押し相撲。

 

 勝敗の結果は、もはや語るまでも無い。

 

 

 「ハァァァァアアアアアアッ!!」

 『BURUUUUUUUUUuuuuuuuuuッ!!』

 

 

 次の瞬間、【冥神騎 ペイルライダー】の身体は吹き飛んでいた。

 決して1人では。

 1体では1勝ちをつかみ取ることは出来なかった押し相撲。

 しかし、ぶつかり合う直前にヴィーレの放った焔の矢によって【ペイルライダー】の勢いが減速したことによって。アレウスの怪力によってつかみ取ったヴィーレとアレウスの勝利だ。

 

 

 「――――ッハ、ハァ……ハァ……」

 

 

 吐き出した熱のこもった呼吸。

 ヴィーレは少しの安堵と、そしてそれ以上の危機感に、荒い息を吐きながら吹き飛んでいった【ペイルライダー】を見た。

 一つ一つの戦闘が、一瞬でも気を抜けば死ぬ修羅場だ。

 そんな戦場で【ペイルライダー】を相手に戦えているヴィーレは流石【騎神】に就くことだけはある、と、褒めるべきなのだろう。

 しかし……たった一撃、数度の攻防。

 その戦闘でヴィーレが失うモノはあまりにも大きく多く、そして【ペイルライダー】が失うモノはあまりにも少なすぎた。

 

 押し相撲には勝った。

 焔の矢で多少のダメージは与えた。

 

 しかし……その結果は【ペイルライダー】の膨大なHPを少しだけ削っただけ。

 対してヴィーレとアレウスは生きている故に際限なく疲労が溜まり、アレウスに関しては大切な刃角を一本失っている。

 あまりにも結果に見合わない。

 あまりにも遠すぎる【ペイルライダー】討伐への勝ち筋。

 

 

 「……はぁ……、本当にいつもだけど無謀な戦いだね」

 

 

 思わずそう呟いては苦笑するほどに。

 絶望的なほどに勝利への道は細く、薄く、今にも途切れてしまいそうな勝ち筋だった。

 

 ――タイムリミットまで、残り約3分。

 

 ――今にも気を失ってしまいそうな程に連続の戦闘で積み重なった疲労。

 

 ――残りのMPとSPを全て紅焔に変え、全て本体へぶつけることで勝てるだろう敵のHP。

 

 どんな無理ゲーか。

 糞ゲーと言っても間違いではない戦い。

 しかし……。

 

 

 「――勝つよ、アレウス」

 『BURUuu……』

 

 

 絶対に諦めるわけにはいかない。

 ヴィーレは壁に突き刺さった【ミラーズ・ベイ】を抜き、右手に持ちながら【ペイルライダー】へと向き直った。

 ここで戦うことを諦める。

 それはヴィーレ自身の信念を。

 ヴィーレに全てを託し、命を削り死んでいったシアンディールへの冒涜になるから。

 

 

 『――』

 「……」

 

 

 睨み合う【ペイルライダー】とヴィーレ。

 二騎の騎兵は今、決着を付けようと互いに駆けだし――――そして、

 

 

 

 

 

 『――ァ』

 「――え?」

 

 

 ――<地下墳墓>へと濁流の如く流れ込んだ『怨念の塊(・・・・)』に飲み込まれたのだった。

 

 

 

 

 

 □【技纏伸縮(ぎてんしんしゅく) ユルング】について

 

 

 【技纏伸縮 ユルング】はかつて【義賊王】が討伐した【招召骨蛇 ユルング】の『逸話級』<UBM>の特典武具だ。 

 それは昔、“氷冷都市”<グランドル>近くの砂漠で猛威を――天災と言う名の自然災害を呼び込む能力を持った【ボーンサーペント】の変異種。

 ステータスでは【リトルゴブリン】にすら劣る、固有スキルに特化したモンスターだった。

 

 冗談などでは無く、あまりにも弱い。

 下級職をカンストしてないなティアンですら勝つことが出来る程、【ユルング】は貧弱だった。

 加えて保有スキルはたった一つ。

 唯一のスキルであり、【ユルング】を<UBM>足らしめたスキル。

 

 ――《カラミティー・ダイス》。

 

 空中の『魔力』に干渉し、自然災害を巻き起こす固有スキルを持っていた。

 雷雨を。

 砂嵐を。

 熱波を。

 ランダムに自身を中心として様々な災害を引き起こす強力無比なスキル。

 結果的に、被害が大きくなる前に決死の覚悟で討伐に乗り出した【義賊王】によって討伐されたものの、【ユルング】はその特徴を特典武具にも影濃く影響を残した。

 

 

 その影響の結果こそが、スキルの射程を延長する鎖型特典武具。

 

 

 ――『【技纏伸縮 ユルング】の鎖の先を起点として登録したスキルを使用可能』。

 ――『【技纏伸縮 ユルング】に最大、6つまでのスキルを登録可能。そして600メテル÷登録したスキルの数、鎖の伸縮を可能にする』。

 

 

 六つの面を持つダイスに因んだスキル。

 武器としての性能はそれほどでも無い……【ユルング】と同じく強力なスキルを持つ『特典武具』である。

 これこそが【義賊王】が遠距離から《ライト・オーバースナッチ》を使用できたタネ(絡繰り)

 【義賊王】は登録スキルを一つに絞ることで600メテルもの射程を延長していたのだ。

 

 

 

 

 

 ……しかし、【技纏伸縮 ユルング】の優れた点はそこではない。

 最良の点――それは登録可能なスキルが自身のスキルに(・・・・・・・)限らない点(・・・・・)

 

 【技纏伸縮 ユルング】は【義賊王】の同意さえあれば、他人のスキルの射程も延長することが可能だった。

 それは《カラミティ・ダイス》の災害が決して悪影響だけでは無い――時に氷を溶かし、<グランドル>に好天をもたらしたから。

 それは全てを敵に回しながら、住民から高い信頼を受けていた【義賊王】にアジャストした結果。

 MVP討伐者だけではない、その他の人物にも影響を与える特異な『特典武具』だった。

 

 【義賊王】自身はその特性を殆ど利用したことは無い。

 シアンディールが心を許した――信頼した相手はこれまでに全く居なかったから。

 唯一の共犯者である【魔導狙撃手】アインは元々遠距離狙撃特化、使用する必要も無かったから。

 

 

 そして――既に【義賊王】は死に、【技纏伸縮 ユルング】も管理AIの手によって回収された。

 【義賊王】の腕に巻き付いていた鎖は、既に影も形も無い。

 しかし……最初で最後。

 その特性は発揮されていたのだった。

 

 

 

 

 

 □■

 

 

 

 

 

 ソレ(怨念の塊)はシアンディールが死の間際にうった正真正銘、最後の一手だった。

 いや……正確に言えば少し違う。

 偶然、奇跡的に起こった現象。

 

 ――最後に願った、義妹(ローズマリー)へ会いたいと言う願い。

 ――全てをヴィーレに託す程の信頼と命を投げうってでも時間を稼ぎ、ヴィーレへ繋げるという決心。

 

 既に【気絶】と《ソウル・ドミネーター》によって気を失っていた【義賊王】の願い(・・)が成した必然。

 そして【技纏伸縮 ユルング】のシアンディールの意志によって操ることが出来るという特性と、破壊されながらも固有スキルを発動した結果だった。

 

 ――【技纏伸縮 ユルング】は忠実に【義賊王】の願いに応える。

 

 引き千切られ、地面に転がった小さな鎖の破片。

 その一片、一片が転がり、不思議な力に引っ張られるようにとある場所を目指したのだ。

 それはまるで死後もしばらく動き続ける蛇の如く。

 ゆっくりとその鎖を伸ばし、鎖の先を<地下墳墓>の崩れた瓦礫の下を潜らせ『地下迷宮』へと向かっていく。

 だが、目指しているのは『地下迷宮』ではない。

 目指すのは地上に建つ一つのモノ――――骸を焼却する『焼却所』とその傍らに建つ石の石碑だった。

 

 

 『ローズマリーに会いたい』――その願いによって【ユルング】は遺骨が入った瓶(・・・・・・・)がある隠れ家を辿り、魂が眠る(・・・・)石碑へと鎖を伸ばしたのだ。

 

 

 そして……二つ目の決意。

 命を投げ出し、全てをヴィーレに託す。

 

 ――【技纏伸縮 ユルング】は機能的に【義賊王】の思いに応えた。

 

 スキルの射程を延長することが出来る固有スキルを持つ【ユルング】。

 しかし……たった一つのスキル。

 唯一、登録されていた《ライト・オーバースナッチ》は、【義賊王】が右腕を失うと同時に登録も消え去っていた。

 もちろん新たにスキルを登録すれば、射程を延長する効果を発揮する。

 ……【義賊王】の意(・・・・・・・)識があれば(・・・・・)、だが。

 故に、【技纏伸縮 ユルング】は【義賊王】の最後の思いに従う。

 

 

 『ヴィーレを信頼し、全てを託す』――その思いからヴィーレの使用した《怨念燃炎》を登録し、600メテルもの距離分スキルの射程を延長した。

 

 

 そして……その奇跡の結果が今、此処にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――これはッ……シアンさん?」

 

 

 ヴィーレは突然、流れ込んできた膨大な怨念の塊に。

 【冥神騎 ペイルライダー】と自身を飲み込んだ濁流のような怨念に目を見開いていた。

 ヴィーレ自身は何もしていない。

 ましてや【ペイルライダー】もこんなことはしないだろうと断言できる。

 これほどの怨念を搔き集めても、先ほどのように《怨念燃炎》で【ペイルライダー】自身が大ダメージを受ける可能性が大きくなるだけなのだから。

 何が起きているのか、何が起こったのかも分からない謎の現象。

 

 しかし……消去法で誰が起こしたのかだけは分かった。

 どうやってこんな怨念を搔き集めたのか? 

 何処からこれほどの量を持ってきたのかは分からない――だが、これがシアンさんの死ぬ間際に起こしただろうことは理解できていた。

 ――そして。

 

 

 「――ッ!!」

 

 

 突然発火した怨念の塊に言葉にならない声を上げた。

 それは――青白い炎。

 まるで連鎖的に発火するようにヴィーレと【ペイルライダー】を飲み込んだ炎は【アズラーイール】の《怨念燃炎》と同じ、怨念の炎だったのだ。

 《怨念燃炎》は【アズラーイール】固有の装備スキル。

 【技纏伸縮 ユルング】のスキルの効果を知らないヴィーレに、何故勝手に《怨念燃炎》が発動したのかは分からない。

 だが……。

 

 

 

 

 

 ――背中を押された(・・・・・・・)ような気がした(・・・・・・・)

 

 

 背中を押した手は一つではない。

 何十、何百という手がヴィーレの小さな背中を押す。

 勇気を出せ、力を振り絞れと激励するように。

 

 

 ――『大丈夫、あと少しだよ』、と。

 

 

 ヴィーレの知らない、幼い少女の声。

 もしその声が、この怨念を発していた魂なのだとしたら、なんて綺麗な声なのだろうと。なんて温かい()なのだろう――と、ヴィーレは不思議とそんな事を思った。

 そして、背中を押す手の主たちは言うのだ。

 

 

 ――『お兄ちゃん(あいつ)を救ってあげて(やってくれ)』、と。

 

 

 幻聴などではない、ハッキリとヴィーレは確かに聞いた。

 そして……ヴィーレはその声の主たちに決して言葉を返したりはしなかった。

 言葉とは思いを伝える一つの手段だ。

 しかし、今ここで言葉を返すのは間違い以外の何でもない。

 正しき思いには、正しき思いの返し方がある。

 行動で示す、決意と思いがヴィーレにはある。

 

 

 

 

 

 「――勝負は今、此処で決めるッ!!」

 『HIHIIIiiiiiiii~~Nッ!!』

 

 

 ヴィーレが吼えた。

 同時に、周囲を漂っていた青白い炎が急速にヴィーレへと収束していく。

 スキルレベルの上がった《火焔増蓄》。

 大量の怨念による炎は、更に7倍に増加されてヴィーレの力になる。

 凄まじい程の膨大なMPだ。

 今まででもこれ程溜まったことは無いだろう。

 《紅焔の神舞》に転用すれば、それこそ【ペイルライダー】の黒狼の魔鎧など軽く焼き溶かせる火力が手には居るだろう…………が、ヴィーレは膨大なMPを《紅焔の神舞》に使用しなかった。

 その代わりにポトリ、と、黒い鞘が地面に(・・・・・・・)落ち(・・・)

 

 ――純白の刀身のスティレット(【アズラーイール】)を口に咥えた。

 

 

 

 

 

 『――ッ!!』

 

 

 その動きに一番反応したのはやはり【ペイルライダー】だった。

 【ペイルライダー】を襲った凄まじいまでの危機感。

 それは大量の怨念が流れ込んできた時よりも。

 《怨念燃炎》で討伐されかけた時よりも遥かに大きな衝撃だったのだ。

 だからだろう、【ペイルライダー】は再び同じ行動をとる。

 

 

 『――ァ、ァァァァァアアアアアアアアーー~~ッ!!』

 

 

 ――《魂食い》と《死屍累々》。

  

 幸か不幸か、ピンチとチャンスは裏表と言うべきなのか。

 【ペイルライダー】にとっての、自身を襲う危機感をかき消す一手は目の前にあった。

 

 流れ込んだ大量の怨念。

 その中に混じった数百人と言うティアンの魂。

 

 取り込めば【ペイルライダー】はこの危機を脱するほどの力を。

 もしかすれば<神話級>のその先(・・・)に辿り着くかもしれないほどの力を手にしようと、黒狼の兜の口を開け、大絶叫を<地下墳墓>へと響かせた。

 そして大量の魂は震え、【ペイルライダー】の狼口へと吸い込まれ――

 

 

 『――ァ、ア?』

 

 

 ――無かった(・・・・)

 《魂食い》どころか【冥神騎 ペイルライダー】の固有スキルである《死屍累々》すら発動しない(・・・・・)

 その代わりにとあるモノ(・・・・・)がヴィーレと【ペイルライダー】の間の地面に転がっていた。

 

 

 

 

 ――『目玉の紋様が刻まれた球体』が転がっていた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇<レンソイス砂漠・上空>

 

 

 

 

 

 『これで借りは返しました、ヴィーレ・ラルテ』

 

 

 雪が降る極寒の砂漠の空。 

 いつもならば月光が<レンソイス砂漠>の白い砂へ降り注ぎ、幻想的な白銀の砂の海を作り出す……筈だが、今日はその輝きを一切失っていた。

 空を覆う厚い雲に月光が遮られているのだ。

 しかし……たった一体だけ、欠けの無い満月を眺めるモノが居た。

 カーペットのような厚い雲の上に座り、小さく独り言を漏らす<UBM>の頂点。

 

 ソレは<レンソイス砂漠>の空の主。

 ソレは空から砂漠の全てを見通す者。

 ソレは獅子の身体に大きな翼、女性の頭を持つ<UBM>。

 

 

 『神話級』<UBM>――【封儀神獣 ヒエログリフ】は空を見上げていた。

 

 

 『フフ、ですがやっぱり私の目に間違いはなかったようです』

 

 

 【封儀神獣 ヒエログリフ】は楽しそうに目を細め笑う。

 その目は真っすぐに夜空の満月へ。

 しかし、同時に別の光景を映していた。

 

 

 ――《ライジーズ・サンド》。

 

 

 それは【ヒエログリフ】の固有スキルの一つ。

 砂から自身の義眼を作り出し、操ることが出来る固有スキル。

 【ヒエログリフ】はヴィーレへと渡した『砂の義眼』から、一連の戦闘を全て眺めていたのだ。

 しかし……それだけではない。

 【ヒエログリフ】はもう一つの固有スキルも同時に発動していた。

 

 

 ――《封儀神眼》。

 

 

 【ヒエログリフ】を<神話級>足らしめた強力なスキル。

 視界に捉えた敵(・・・・・・・)のスキルを一時(・・・・・・・)的に封印する(・・・・・・)固有スキルを発動していたのだ。

 仮に<エンブリオ>のスキルだろうと。

 <UBM>の固有スキルだろうと封印できる――常識外れのスキル。

 それこそ、唯のモンスターや<マスター>程度なら、全てのスキルを封印出来る強力過ぎるスキルである。

 

 

 『これほどの化け物となると私のスキルでも一つ、二つが限界ですか……』

 

 

 それでも十分だろう、と。

 【ヒエログリフ】は夜空の星を見つめ続ける。

 スフィンクスは全てを知る――全知全能の神獣。

 【封儀神獣 ヒエログリフ】ならば、何処を根城にしようと討伐されることも無く簡単に生き抜くことが出来るだろう。

 しかし彼女は、この<レンソイス砂漠>が好きだ。

 この空から見上げる美しい星が、白銀の砂漠の光景が好きなのだ。

 故に、知性なき<UBM>によって地上が殺戮の地獄となることを【封儀神獣 ヒエログリフ】は望まない。

 だから……、

 

 

 『――これはサービスですよ?』

 

 

 【封儀神獣 ヒエログリフ】はヴィーレの雄姿を見ながら微かに微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

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