ロクでなし魔術講師と戦闘民族   作:カステラ巻き

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祭りの始まり

 

 

 

 

 

 今日はいよいよ魔術競技祭の開催日。

 

 日課やシャワー、朝食などの朝の準備を済ませた俺は、ちゃっちゃか普段の制服に着替えていた。しかし、途中で手が止まる。

 

 俺の視線の先には、綺麗に装飾された細い剣。

 

 これは細剣(レイピア)と呼ばれる、突き主体の剣だ。学院の制服と一緒に支給されたその剣を、使い慣れた剣帯に()けば、魔術師の伝統的な決闘礼装の完成。

 

 昨日のホームルームで女子たちが「重たいからちょっと…」なんて言ってたが、俺はやはり剣の重さを感じると安心するし、無意識に左腰の柄を触るのが癖になってたりする。ま、今日この剣を実際に使うことは無いだろうけど。

 

 ……よろしくな。

 

 脳内でそう語りかけ、ポンポン、と剣を軽く叩いてから俺は家を出た。

 

 昼飯の準備はしていない。今日は贅沢に新鮮な肉を食べたいので、学院の周囲の森に生息している鹿を狩り、贅沢に鉄板で焼いて食べる予定だ。

 

 学院の学食を作っているおばちゃん達には既に話は通してあり、鉄板を借りる段取りは出来ている。後は調味料を準備するだけ。今日の食事のテーマは『現地調達』なので、森でハーブか何かを調達してこようと思っている。なければそのまま食べても良いかもしれない。

 

「おっと」

 

 考えただけでもヨダレが出てくる。いかんいかん、今日のメインは魔術競技祭だ。しっかりしろよ、俺。

 

 今日の天気は快晴。気温は暑くもなく寒くもない、丁度良い塩梅だ。

 

 よし! 頑張るぞ!

 

 気合を入れて、俺は学院へ向かった。

 

 

 

 

 

「……ほんとに今日、女王陛下来んのか?」

 

「え? 来ないんですか?」

 

「ちょっと先生! ウィルも! いまさら何馬鹿なこと言ってるのよ!?」

 

 魔術学院の正門前で、女王陛下を出迎えるために学院関係者がうじゃうじゃと集まっているのを眺めながらボケっとしていると、だんだん退屈になってきた。これならまだアリンコを眺めている方が楽しいと思う。

 

 しかし、退屈に感じているのはどうやら先生と俺だけらしい。……先程から、先生のお腹が狂った様に音を立てているのが聞こえてくる。正直、そっちの音に集中してしまって女王陛下どころじゃないのが本音だ。

 

 先生は最近少し肉が落ちた様に見える。元々細身だったが、今はガリガリで、金欠気味なのが丸わかりだった。

 

 栄養不足で倒れられたらアレだし…アドバイス貰った恩もあるし…肉はちょっと減るけど…しょうがないかあ。

 

 俺は先生に声をかけた。

 

「…先生」

 

「ん…?」

 

「腹、減ってますよね。凄く」

 

「ああ…聞こえちまったか。わりぃな…ここ最近、シロッテの枝ばっかだったからなあ…」

 

「…肉が、食いたくないですか?」

 

 そう言うと、先生はハッと顔を上げた。

 

 働かざる者食うべからず。恩人とはいえタダで肉を提供するのは俺的にNGだ。だから  

 

「いいですか? 俺が肉を準備します。その間に先生は調味料を準備してください。それと既に学食のおばちゃん達には話をつけてあるので、昼頃に鉄板を受け取りに行って   

 

「オッケー把握わかった任せとけ。最高の調味料を準備させてもらうし、何なら鉄板を置くための石組みもやらせてもらおうか」

 

「よろしい」

 

 フィーベルさんの説教を恐れて声のボリュームは最小限。殆ど口の動きで会話をする俺達だったが、お互いの言いたい事はしっかり伝わった。

 

 無言で握手を交わした俺達を、フィーベルさんとティンジェルさんが不思議そうに見ていたが、その視線はすぐに別の方向に向いた。

 

「女王陛下の御成〜っ!」

 

 馬に騎乗した衛兵が、空いた人垣の中央を駆け抜けていき、その後から護衛の親衛隊に囲まれた豪奢な馬車がやってきた。

 

 わああ、と観衆達から盛大な拍手と歓声が上がり、瞬く間に人垣を埋め尽くす。

 

「ヤバイな、これ」

 

 うるさすぎて、自分の声もロクに聞こえない。横で先生はしかめっ面をして耳を押さえている。中々に不敬な行動だが、それを咎める人は誰もいなかった。皆、陛下に夢中だ。

 

 鳴り響くパレードマーチと盛大な拍手を受けて、馬車から女王陛下らしき人物が顔を出し、観衆に笑顔で手を振った。

 

 一層騒がしくなった。何やってくれてんだ女王陛下。

 

 辟易して一歩下がった時、ティンジェルさんの顔が目に入った。彼女はどこかボンヤリと、首にかけてあったロケットを握っている。

 

 …ティンジェルさんの実の母親は、あそこにいる女王陛下だ。もしも彼女が異能者として生まれていなかったら、あの馬車に一緒に乗っていたのかもしれない……いや、よそう。そんな想像に意味は無い。現に彼女が今いるのは『ここ』だ。

 

 騒ぐパリピと化したクラスメイトを何とか掻き分けて、俺はティンジェルさんの側に行くと声をかけた。

 

「大丈夫か?」

 

「! あ、うん、平気だよ」

 

「ならいいけど…」

 

 ティンジェルさんは女王陛下に似ている。いや、母娘なんだから当たり前か。その辺の事情は聞いてはいたが、いざ何か言おうとすると言葉が出てこない。

 

 側にいたフィーベルさんと顔を見合わせる。彼女も何と言えば良いのか分からない様だった。二人して微妙な顔をして口をもにゅもにゅさせていると、ティンジェルさんが言った。

 

「心配してくれてありがとう、システィ、ウィル君。でも、うん。大丈夫だよ。私の両親はシスティのお父様とお母様だもの」

 

「ルミア…」

 

 フィーベルさんはチラリと馬車を見やり、気遣わしげにティンジェルさんに言った。

 

「それじゃあ…ルミアはもう、本当のお母様には…その…何の未練も…?」

 

「うん。私、今凄く幸せなんだよ? システィと、システィのお父様やお母様と一緒に居られて」

 

「そう…」

 

 儚く笑ったティンジェルさんに、心が痛む。自分の母親に捨てられて、そう簡単に割り切ることなんて出来るわけがない。

 

 でも、本人が幸せだと言っているのだから、俺もフィーベルさんも何も言えなかった。そもそも、今何か俺達が言ったところで彼女の傷を抉ってしまうだけだろう。

 

 だんだんと遠くなっていく馬車を見る。

 

 ……自分の娘を捨ててまで、陛下が守りたかったものって何なんだろう?

 

 

 

 

 

 魔術競技祭は例年、学院の北東部にある魔術競技場で主に行われている。見た目は円形の闘技場で、三段構造の観客席があって、上から見たら深皿に見えると聞いた。前世で言うコロッセオみたいな感じだろうか。

 

 魔術競技祭は学年ごとのクラス対抗戦で、年に分けて三回行われており、今回開催されるのは二年次生の部だ。四段年次生は卒業研究で忙しいとの理由で開催されない。

 

 一回だけ、頭を掻きむしりながら奇声を上げて廊下を走り回っている人を見かけたが、きっとその人は四年次生なんだろう。あそこまで目を血走らせた人を初めて見たので、鮮明に覚えてしまっている。

 

 二年二組の席へとカッシュ、セシルと一緒に移動しながら俺はため息をついた。

 

「卒業研究かあ…」

 

 前世の俺はレポートとか書類作成とかが大の苦手だった。ちゃんと卒業出来るのだろうか。今悩んでも仕方がないが、将来を考えると少し不安になった。

 

「? 何言ってんだ、ウィル? それより見ろよ! すげー人だぜ!」

 

 観客席には既に人で溢れかえっている。魔術を公の場で使用することを法的に禁じられているこの国では、魔術師達の娯楽は少なく、この魔術競技祭が行われる時はいつもこうやって人が集まってくるらしい。

 

「見ろ! 人がゴミの様だ!」

 

 思わず口走った伝説のセリフを聞いたカッシュが首を傾げる。

 

「お前病んでるの? なんか今日おかしいぞ?」

 

「言いたくなっただけだ。てかお前って結構失礼だよな? このカシューナッツめ!」

 

「……」

 

「……」

 

「二人とも、遊んでないでこっち来てよ! もうすぐ休み時間終わっちゃうよ?」

 

 無言で殴り合いを始めた俺とカシューナッツを見て、セシルが呆れた様に首を振った。

 

「はいストップ! ほら、行くよ」

 

「目が、目があああ!!」

 

「はいはい」

 

 適当にあしらわれながら移動する。セシルのヤツ、前まではいちいちリアクションを返してくる可愛いヤツだったのに、最近は適当にスルーしてくるようになってしまった。

 

「ったくどこのどいつだよ。ウチのセシルに悪影響を及ぼしたのは!」

 

「どう考えてもウィルだろ」

 

「え、俺? いやそれは違うぞ」

 

「じゃあ誰のせいか教えて」

 

 二年二組の空いた席に座りながら、両隣から飛んできた厳しいお言葉に、俺は黙って肩を竦めた。

 

 今は競技と競技の間の休憩時間が丁度終わったところだ。

 

 急ぎ目で戻ってきたが、今回の競技には二組は出場しないらしい。買ってきた飲み物を口に含みながら、競技場の隅にある得点版を見る。

 

 現在二組は10クラス中3位。1位はハーレイ先生率いる一組だ。点数自体はそれほど離れていない。

 

 皆が頑張ったお陰で何とかこの順位まで登り詰めることが出来たが、午後からは配点が大きい集団競技が多いので、油断は出来ない。

 

「ううーむ」

 

 唸っていると、セシルが少し心配そうな表情で顔を覗き込んできた。

 

「ウィル、もうすぐ出番だけど…大丈夫?」

 

「…? 何がだ?」

 

「ほら、次の競技だよ。『ハイド・ラン』」

 

「ああ…」

 

 体力づくりは怠っていないし、イメージトレーニングはしっかり積んできた。万が一に備えて防御用の魔術【トライ・レジスト】も一節詠唱出来るように仕上げてある。

 

 しかし、俺が一節詠唱出来るのは今のところ【ショック・ボルト】と合わせて二つだけなので、もし生徒同士の魔術戦になった場合はちょっと厳しい。ちまちま【ショック・ボルト】を撃って粘ることになるだろう。

 

 いざとなれば素手で相手を殴り倒すことも視野に入れているが、これはあくまでも最終手段だ。反則負けになったりしたら目も当てられないからな。

 

「…あんまり自信があるわけじゃないけど、まあ、頑張るよ」

 

 競技が終わりかけているのを見て、俺は立ち上がった。

 

 既にセシルは『魔術狙撃』で高得点を獲得している。友達が奮戦したんだ。俺が足を引っ張るわけにはいかない。

 

 とはいっても、我ながら結構緊張しているし、不安でもある。俺は上手くやれるだろうか?

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

 モヤモヤしたまま歩き出そうとした俺の背中を、いきなりカッシュがバンと叩いた。

 

「おい、先生も言ってたけど…これはあくまで『祭』だからな。もし危険だったらあんまり無理すんなよ」

 

「そうだよ。怪我とかには注意してね」

 

「お前らは俺の母親か!」

 

「違うよ。でも、友達でしょ」

 

 俺は驚いて、セシルを見つめた。当の本人は恥ずかしくなったのかそっぽを向いている。

 

「……」

 

「何だよ。違うのか?」

 

 ポカンと大口を開けて固まる俺を少し不満そうに見るカッシュに、慌てて俺はブンブン頭を振った。

 

「いや、違わない! けど…直接そういうの言われたこと、あんまりないからさ…」

 

 正直、かなり嬉しい。緊張と不安に覆われていた心が晴れたのを感じる。よーし……

 

「ありがとな、元気出た。頑張ってくる」

 

 笑顔でそう言うと、二人とも無言で頷いた。

 

 

 

 

 




 基本的に何年何組とかは漢数字
 10位とかの順位は数字でいきます。

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