お久しぶりです。今年からめでたく社畜(絶望)になりました、カステラ巻きです。
投稿も挨拶も遅くなってしまいましたが、令和もよろしくお願いします!
「さあ、いよいよ今回初登場の種目が始まります! 競技時間、配点はおろか、ルールすらもほとんど明らかにされていなかったこの『ハイド・ラン』! 一体どのような種目なのでしょうか!」
魔術の拡声音響術式による実況担当者が、興奮気味にそう叫ぶのを聞きながら、出場者である俺達選手は、それぞれ自分のクラスの応援席を背にしてフィールドに立っていた。
どの選手も顔を緊張で強張らせている。ああ、分かるよ。セリカさんが作った競技だもんなぁ。怖いよなぁ。
かく言う俺も怖い。でも、この競技に向けてやれる事は全てやってきたつもりだ。今更悪あがきはしない。ここはもう、どっしり構えておこう。
しかつめらしい顔をしながら腕を組んで仁王立ちした俺を、右隣にいた出場選手の男子がマジマジと見てきた。確か、一組の生徒だ。名前は知らないけど。一組君と呼ぶことにする。
「……お前、怖くねぇの?」
「怖いよ」
そんな風に話しかけてきた一組君に視線を向けて、即答した。
「怖いに決まってんだろ。あのアルフォネア教授が考えた種目だぞ? 怖くないわけがない」
「………」
「でも、怖いからってこれまで頑張ってくれた皆に情けないところは見せられないし、見せたくない。だから、こうして強がってるんだよ」
「…ふーん」
それきり、お互いに黙り込む。このフィールドに立つ全員が同志で、ライバルだ。怖くても、不安でも、選手一人ひとりの目には、確かに闘争心が宿っていた。
「ここで実況を変わり、この種目の考案者であるアルフォネア教授にルール説明をしていただきます! では、どうぞ!!」
「あ、あー、テステス。ぶっちゃけ、長々話すのはめんどいから、ちゃっちゃか言うぞ。選手諸君はよーく聞く様に」
ルールを聞き逃すまいと、静かになっていく競技場。どの選手も、緊張した面持ちでセリカさんの声に耳を傾けている。
「まず、生き残れば勝ち、と種目決めのリストには書いたが、実際に死ぬことは無い。これは当たり前だな。もし死者とか出したら、私クビになっちゃうし。ははは!」
ははは、じゃねぇよ!
思わずそう脳内で突っ込む。セリカさんが何気なくリストに書いた言葉に、この種目に選ばれた(選ばれてしまった)俺達選手がどれだけ恐怖と不安を煽られたのか…きっとこの人は理解できないんだろう。
競技場全体を、僅かに
「では、本題に移ろうか。諸君らはこれから 」
ゴゴゴゴ…
途中でセリカさんの言葉が切れ、フィールドが物凄い地響きと共に揺れ始めた。
「!?」
みるみるうちに、目の前の真っ平らだったフィールドが変貌していく。石ころ一つ無かったフィールドには、物凄い勢いで草が生い茂り、あっと言う間に草原に変わった。俺の額辺りまで届きそうな高さの草が、風でそよそよと揺れている。これは草原…と言っていいのだろうか?
「…へあっしょいいっ!」
鼻先にこちょ、と触れた草に、思わずくしゃみをしていると、セリカさんのいたずらっぽい声が聞こえた。
「 このフィールドで、1時間鬼ごっこをしてもらう!!」
ざわざわ、ざわざわと。
会場全体がにわかに騒がしくなった。
ちなみに鬼ごっこは、こっちの世界でも知らない人は居ないと断言出来るほどにポピュラーな遊びだ。ルールは前世と同じで、鬼になった人が他の人を追いかけて、鬼に触られた人が次の鬼になる。
正直言って、この学院の生徒達はさほど体力がある様には見えない。仮に他の生徒が魔術で身体能力を強化して走る速度を上げていても、捕まりはしないだろう。というかモヤシっ子に捕まったら戦闘民族の一員としてちょっと恥ずかしい。
ちらりと応援席を見上げると、我が担任講師は腹黒い笑みを浮かべ、俺に向けてサムズアップした。ついで口パクで何かを伝えてくる。なになに…
『鬼のフリして追いかけ回せ。誘導先はもちろん…分かるな?』
……いや駄目でしょそれ。バレたら失格にされるんじゃないか…? 本物の鬼に誘導するとか考える事がえげつないな。流石はグレン先生。……違うよ。俺は別にそんな考えなんて、これっぽっちも浮かんでたりなんかしてなかったし。本当だし。
「スタート位置は、ランダムに転移させてもらう。それと、先に言っておくが鬼は生徒ではなく、ゴーレムが担当する。つまり諸君は逃げることだけ考えればいいわけだな!」
何だよそれじゃさっきの作戦使えないじゃん。
そんな残念そうな顔をした先生が無念そうに顔を伏せた。ねえちょっと。何でもうすでに諦めてんですか。
「鬼に直接触られた時点でその生徒は失格。選手用の控え室に転移するようになっている。1時間捕まらなかった生徒のクラスは得点ゲットだ。そして競技中は魔術の使用を許可する。身体能力を強化するなりして、何とか逃げ切れ」
「鬼ごっこなら、まあ…」
左隣の女子…(多分この人は四組…多分)四組さんがそう呟いたのが聞こえた。それに右隣の一組君が鼻を鳴らす。
「…何よ」
聞こえていたのか、ジロリと一組君を睨む四組さん。どうでもいいけど俺を挟んで睨み合うのはやめろよ。
睨み合いの邪魔をしないようにジリジリと後ろに下がっていると、セリカさんがなにやら嬉しそうに声を上げた。
「時間経過で起こるちょっとした仕掛けをしてあるからな! 頑張れよ!」
し、仕掛けだと!? やめてえええ! これ以上余計な不安要素を増やさないでええ!?
「うむぐ…」
そう叫ぶ代わりに、顔を思い切り歪めて低いうめき声を漏らすと、それまで俺を挟んで睨み合っていた
センチメンタルな気分を紛らわす為、ゴホンと咳払いを一つ。……何だかんだ言って、今の俺は想像以上に落ち着いている。やはり先程の友人達の励ましのお陰か。
再び観客席を見上げて友人の姿を探すと、セシルはギイブルと談笑中。そしてカッシュは……どこから買ってきたのか、ポップコーンを先生と奪い合っていた。
……おい。
思わず目元をピクピクさせていると、キラリと何かが光るのが見えた。見れば、そこにはフィーベルさんがティンジェルさんと一緒に座っていた。ポップコーン争奪戦を呆れたように眺めている。さっきの光は、どうやらフィーベルさんの髪に反射したらしい。
ぽけーっと見つめていると、俺に気づいたらしいフィーベルさんが、小さく握りこぶしを作り、グッと構えてみせた。
それに小さく頷いて応えると、フィールドに向き直る。
鬼ごっこの舞台は、草原。山育ちの俺には不慣れな場所だが、それは出場選手、皆同じだろう。でも、慣れていないほうがこういうのはきっと楽しいし、面白い。
転移の光が視界を包む中、俺は意識を切り替えた。
次に目を開いた時、視界に飛び込んできたのは、黄土色に塗られたゴーレムだった。
……ふむ。
とりあえず、観察してみました。
授業で使うゴーレムより少し小さめで、俺と同じくらいの背丈。特徴的なのは、全体的に華奢な体格と、少し長めの耳だろうか。耳には複雑な魔術式がビッシリと書き込まれている。目は一つで、今は閉じられていた。
確信した。コイツが、きっとこの競技の鬼ゴーレムだ。
「よおし! 全員スタート位置に転移したな」
セリカさんの声で我に返った。
目の前には鬼ゴーレム。そしてその正面に立つ俺。脳裏に、開始早々に捕まる俺の姿が浮かんだ。
え? ちょちょちょっと待って!?
俺は慌てて鬼から離れようとするが、周囲は自分と同じくらい草丈が高い草ばかり。少し苦戦しながらも、草をかき分ける様にして何とか前に進む。
「では……競技、開始だ!」
「〜っ!!」
無慈悲な声が競技開始を告げたその瞬間、俺はその場にしゃがみ込んだ。あの鬼ゴーレムの魔術式ごちゃ詰めの長い耳からして、音に敏感なのは間違いない。
こちらからは草で邪魔をされて鬼ゴーレムが見えない。なので、息を殺して耳に意識を集中する。
がさっ……がさがさ……がさ……
鬼ゴーレムの足音が聞こえる。音は徐々に小さくなっていく。完全に音が聞こえなくなってから、俺は深いため息をついた。