え、えー…ティンジェルさんメンタル強すぎでは……?
只今午前の部最後の競技『精神防御』が行われているのだが、もうね、ティンジェルさん一人で無双してる。いや、もう一人強面の男子がいるけど、その二人で競い合ってる、のかな?
この競技は、魔術師の必須技能である精神汚染攻撃への対処能力を競うもので、具体的には精神作用系の呪文を自己精神強化の術を用いて耐えるという形で競うという。そして、最後まで正常な精神状態を保っていられた者が勝者となる敗者脱落形式の耐久勝負だ。正直俺の出た競技よりも過酷な競技だと思う。最初は皆ティンジェルさんの心配をしていた。何しろ、他のクラスの出場選手は全員男子で、女の子はティンジェルさんただ一人。
それがどうだ。今フィールドに死屍累々と転がっているのは、競技開始前にティンジェルさんを侮るように見ていた男子生徒ばかり。眠ってしまうのはまだいい方で、白目を剥いたり泡を吹いたり踊り狂ったり服を脱いだりともう大惨事。この光景が、この競技の過酷さを物語っている。そんな中、平然と立っているティンジェルさん。正直俺のアドバイスなんて要らなかったなこれは。じゃがいもとか言っちゃったけど。どうしよ、今になって恥ずかしくなってきた。
恥ずかしさに悶えているうちに、ティンジェルさんが先生の指示によって棄権してしまった。と思ったら勝利した。どうやら相手の男子生徒が、ティンジェルさんが棄権したターンで気絶していたらしく、棄権しはしたが正気を保っていたティンジェルさんが勝者となった。この結果によって二組はさらに一組に近づくことが出来た。
「よし……」
待ちに待った昼休み。俺は食堂の裏にある、空き地に来ていた。ここは日当たりも風通しもいい。肉を焼くにはピッタリだろう。もうとっくに獲物は狩ってきた。石組みも終わらせた。鉄板も学食のおばちゃんたちから借りてきた。あとは先生が調味料を持ってくるのを待つ。
狩ってきた獲物である鹿を捌いていると、もの凄い勢いで誰かが走ってくる足音が。
「遅いですよ、せんせ……あれ?」
振り返ると、そこにいたのはティンジェルさんだった。その後ろからはクラスメイトのリン=ティティスさんがちょこちょこ走ってくる。
「えっと。お二人さん、先生見てない? 今日一緒に食べる予定なんだけど……んん? あれ、先生?」
「肉…肉…」
ティンジェルさん、もといティンジェルさんの姿形をしたグレン先生が、俺がさっき捌き終えた肉をきらきらした目で見ている。確証が欲しかったので、こっそりティティスさんに問いかけてみた。
「ティティスさん、あれってグレン先生だよね?」
「え、凄い…よく分かったね」
「んん、まあね。あんな肉食獣みたいな目するの、先生くらいだし」
はい、嘘ですごめんなさい。見て気づいたと言うより、匂いで気付きました。匂いなんて言ったら女の子は嫌だろうし、黙っておくのが吉。
……というか先生は何故ティンジェルさんの姿に? ちょっと気になるけど、本人は全く気にしてないみたいなので放っておくことにした。もしかしたら、何か理由があるのかもしれないし。
女性陣とお昼を過ごすらしいティティスさんを見送って、俺はティンジェルさん(偽)に向き直った。
「ティ……じゃなくて、お疲れ様です先生。肉は準備万端、あとは焼くだけです。それで、調味料は――」
「ここに」
すっと差し出されたのは岩塩と、数種類のハーブ。完璧だ。
顔を見合わせて無言で頷き合った俺達は、早速火を起こして、贅沢に大きく切った肉を焼いていく。
「お、いいもの見っけ!」
ポーチをゴソゴソしていると、何やら底の方に芋が転がっていたのでそれも適当にスライスして焼いた。(いつだったか休日に森でキャンプした時の残りだろう。片付けはちゃんとしないとね!)じゅうじゅうと肉が焼け、ハーブの香ばしい匂いが漂ってくる。真剣に焼き加減を吟味して、数分後……。
「これくらいだな」
こんがりと焼き上がった肉。その身からは湯気が立ち昇り、香ばしい香りを周囲へと運んでゆく。焼いた芋はほのかに甘い香りが。堪らずといった様子で先生が喉を鳴らした。
「もういいですよね? 僕我慢の限界……」
「はいはい。ってか目やべーけど大丈夫ですか? あとティンジェルさんが可哀想なのでそろそろ元に戻って下さい」
ティンジェルさんの顔と声のまま、危ないクスリをキメた人みたいな目をした先生が怖かったので、素早く肉を切り分ける。あ、皿を忘れた。やむなし、鉄板から直接フォークでぶっ刺して食べることにする。これはこれで趣きがあっていい。洗い物も少なくて済むしね。
「うん、美味い!」
「うみゃあ―――いっっ!!!」
「ちょっ、それ何語ですか!? 言いたいことは何となく分かったけど、もはや言語として成り立ってませんよ!?」
どんだけ酷い食生活を送ってたんだ。号泣しながら肉を頬張るこの人、一応教師なんだけど。給料はそれなりに貰えてると思うんだけどなあ。
「ストップストップ! ちょ、早く元の姿に戻って! 視線、視線が怖いからさ!!」
尚、今も先生はティンジェルさんの姿である。先程の競技で活躍した、学院でも人気の美少女が涙を流しながら一心不乱に肉を頬張っているとなると、そりゃもう近くを通りがかった人達から視線が飛んでくる。主に男子生徒の。
やめて下さい、そんな犯罪者を見るような目で見ないで。俺は何もしてないんです。というか、俺別に何も悪いことしてないし。もういいや、堂々しとこ。
開き直って先生と一緒に肉を貪り食う。多少目は死んでいるかもしれないけどいいや。あー、肉うま。
「あ、ルミア! もう、やっと見つけた!」
肉、肉、ポテト、肉、肉、ポテトを繰り返していると、後ろから声。いつの間にか肉に夢中だったからか、全く気付けなかった。
隣にいた先生も胃に食べ物を入れて少し冷静になったのか、その声にビクリと肩を震わせた。振り返ると、そこにいたのは案の定フィーベルさん。
俺の頭が過去最高速度で回転した。この場にいるのは俺、ティンジェルさん(偽)、フィーベルさん。
―――この状況、ひょっとしなくても、先生的にはマズイのでは。先生は今、口いっぱいに肉を頬張っているので、フィーベルさんが納得できる説明が出来ない。俺はそもそもどうして先生がティンジェルさんの姿になっているのか知らないので、説明もクソもない。
知らんぷりしてもいいが、もう俺はこの人の中身が先生だってことを知っている。そして、先生も俺がティンジェルさん(偽)の中身に気付いていることくらいわかってる筈。「先生」って呼んじゃったしね、俺。
よって知らんぷりは不可能。そんなことをすれば、先生は俺を容赦なく道連れにするだろう。なら、取る選択肢は一つしかない。
俺は全力で誤魔化そうとした。さあ、いくぞ俺。冷静に、スマートに……!!
「フィーベルさん! ど、どうしたの? 肉? 肉食べる!? あっ水飲む!?!」
「だ、大丈夫。どうしたのウィル、ちょっと落ち着いたら?」
―――くそっ、失敗だ。いやでも、注意を引きつける事には成功した。さ、先生、今のうちにここを離れるんだ!
眼力込めて先生をギッと見つめた先には、肉を新たに頬いっぱいに詰め直した美少女(偽)が、儚げな笑みを浮かべていた。(たとえこの後が地獄だろうと、今目の前の肉を捨て置くことなんて、俺には出来ない……)その目はそう物語っていた。
いや笑ってんなっ! 馬鹿やろっっ! 肉なんて後でいいだろ、アンタは早くここから逃げるんだよォ!! もしくは自分でちゃんとフィーベルさんに説明しろよなっ!!
「え、ルミ――」
「フィーベルさぁん!! 見て! 芋もあるけど!!!」
ええいままよとヤケクソ気味に叫んだその時。
「あ、システィ。ここにいたんだね。探したよ?」
―――もうどうにでもなれっ☆
結論から言えば、俺と先生は助かった。途中で様子を見に来てくれたリン=ティティスさんが、口いっぱいに肉を詰めた先生と、事情を何も知らなかった俺の代わりにフィーベルさん達に懇切丁寧に説明してくれたからだ。
それによると、何も先生はやましい気持ちでティンジェルさんに変身していた訳ではなく、出場競技『変身』への不安を抱えていたティティスさんへのアドバイスをする際に、変身してみせたそうだ。そして、あまりの空腹に変身を解くのを忘れたまま、俺の所までやって来た、と言うことらしい。
「ふーん、そうだったのね」
「リン様。貴方様のお陰で私の首は繋がりました。感謝します……」
「いえ、アドバイスを貰って助かったのは私なので……」
「どうぞティティス様。焼き立ての鹿ステーキでございます。付け合せの芋と一緒にお召し上がり下さい」
「えっと、ありがとうウィル君。でも私お腹いっぱいだから……」
ティティスさんは、肉をひと切れだけ食べてから戻っていった。た、助かった……。
「ふふっ…」
安堵のため息を吐いていると、フィーベルさんが不意に笑い出した。
「どうしたの?」
「いえ、だってウィル、凄い焦ってたじゃない。思い出したら可笑しくて」
「えー、そんなことないでしょ」
割と冷静だった筈……いや、確かに焦ってたわ。めっちゃフィーベルさんに食べ物勧めてた気がする。うわ恥っず。
「焦ってたぞ、顔がまじだったもんな、お前」
「一体誰のせいだと……!」
こちとら事情なんて何一つ知らなかったし、焦って当然だと思いますけど。びっくりしたよ、いきなりティンジェルさんが来たと思ったら先生でしたーって。
そのまま俺と先生、ティンジェルさん、フィーベルさんは一緒に昼休みを過ごすことになり、互いの昼ご飯を交換しあったりした。フィーベルさん達に貰ったサンドイッチ、めちゃくちゃ美味しかったです。
ウィリアスの鼻は、人の姿の時はかなり近くでないと匂いを嗅ぎ分けたりは出来ませんし、匂いを辿ったりとかは出来ません。ちゃんと獣化すればかなり遠くの匂いも嗅ぎ分けることが出来ます。