ロクでなし魔術講師と戦闘民族   作:カステラ巻き

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これからは視点切替に■を使っていきます。


祭りの終わり

 

 とうとう競技祭も終盤に差し掛かっていた。

 

 競技祭最後の競技『決闘戦』決勝。先鋒戦を務めたカッシュが惜しくも惜敗。続く中堅戦のギイブルは相手を抑え込み勝利。残るは大将戦のみ。この試合で勝てば、二組の優勝が決まる。

 

 会場はかつてないほどの盛り上がりを見せていた。

 

「………ふうー」

 

 深呼吸一つ。今、システィーナはクラスの期待を背負って決闘場に立っていた。システィーナの目の前に立つ大将戦の相手であるハインケルが、その表情に僅かに緊張を浮かばせている。彼はシスティーナに負けず劣らず優秀な生徒だ。正直、勝率は五分五分といったところか。良くも悪くも、システィーナの選択一つで勝敗は簡単に決する。だというのに、緊張は全く感じられない。不思議とシスティーナの心は凪いでいた。

 

 ―――優勝してくれ、頼む。

 

 ―――信じて、お願い。

 

 アルベルトとリィエル、二人の言葉が浮かぶ。

 

「全く、回りくどい………まあ、いいわ。ひとつ、やってやりますか!」

 

 左手の手袋を外し、魔術師の伝統的な決闘礼式に従い、互いに一礼。

 

『それでは、大将戦―――始めっ!!』

 

 試合開始合図とともに、二人は同時に動いた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 フィーベルさんと一組のハインケル君の戦いは熾烈(しれつ)を極めた。息つく暇もなく飛び交う攻性呪文(アサルト・スペル)に、対抗呪文(カウンター・スペル)。場に響く詠唱。クラスメイト達の声援やハーレイ先生の怒声。二人の戦いぶりに会場のボルテージも際限なく上がってゆく。物凄い迫力だ。

 

「《大いなる風よ》―――ッ!」

 

 荒れ狂う突風がハインケル君に殺到するも、横っ飛びに回避する。

 

「《雷精の紫電よ》!」

 

「《災禍霧散せり》ッ!」

 

 お返しとばかりに飛んだ一筋の紫電は、フィーベルさんが唱えた【トライ・バニッシュ】の呪文で打ち消される。

 

 両者一歩も引かず、呪文の応酬は果てしなく続く。【ショック・ボルト】と【トライ・レジスト】くらいしかまだちゃんと使えない俺からすれば、とんでもなくハイレベルなやり取り。

 

「《白き冬の嵐よ》―――ッ!」

 

 冷風が吹き荒び、空間を白く染め上げる。

 

「《大気の壁よ》―――ッ!」

 

 放たれた暴風がそれを迎え撃ち、互いに放った風が霧散する。散った冷気がキラキラと光を反射した。

 

 この光景を見ていて、自然と鳥肌が立っていた。

 

 一体どれだけの修練を積めば、あそこまで届くのだろうか。魔術師の世界に足を踏み入れたばかりの俺には想像もつかない。

 

 魔術に関して、クラスの皆が立っている場所と今の俺がいる場所には天と地ほどの大きな差がある。皆と俺は育ってきた環境が違うのはわかってるから今は特に悔しいとは思わないけれど、いつかは追いつきたいな、と思う。まあでも、俺が追いかけても、皆だって成長していくわけで。きっと簡単にはいかない。

 

「……遠いなあ」

 

 まあ、今すぐどうこう出来ることではないし、ないものねだりしてもしょうがないんだけどね。魔術はこれから頑張って勉強していくしかない。

 

 二人の戦いは長く続いた。目まぐるしく攻防が入れ替わり、いくつもの閃光が弾ける。互いに呪文をぶつけ合い、出来た数秒の間隙に、フィーベルさんが叫ぶ。

 

「《拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを》―――ッ!」

 

 いつかの俺と先生を救った呪文が唱えられた。フィーベルさんが死地で編み出した、教科書にだって載ってない、彼女だけの呪文。

 

「な―――っ!? なんだこの呪文は!?」

 

 聞き覚えのない詠唱に同様したのか、ハインケル君は咄嗟に打ち消そうとしたのか風で壁を張った。【エア・スクリーン】という呪文だ。

 

「そこッ! 《大いなる風よ》―――ッ!」

 

 そこにフィーベルさんが駄目出しとばかりに得意の【ゲイル・ブロウ】を放った。吹き荒れた新たな風は、フィーベルさんオリジナルの黒魔改【ストーム・ウォール】の風を上乗せし、ついにハインケル君に届いて―――

 

「う、うわああああっ!!」

 

 とうとう、その体を場外へと吹き飛ばした。

 

 一瞬の静寂。そして、割れんばかりの大歓声が会場全体を包んだ。歓声が大きすぎて、もはや実況放送が聞こえないレベル。

 

「やったああ!! 二組が優勝だよ!!」

 

「やりましたわ!!!」

 

「よっしゃああああああ―――!!!」

 

「いええええす!! わああああああい!!」

 

 皆が叫びながら観客席を飛び出していくので、俺は隣で動こうとしなかったギイブルの手を引っ張った。

 

「なっ!?」

 

「ヘイカモン! シャイボーイ!!」

 

 そのまま、意外とすんなりついて来たギイブルや皆と一緒に、その場に片膝をついたフィーベルさんに殺到する。

 

「胴上げじゃあああああ!!!」

 

「え!? その、きゃあッ!!」

 

「それわーっしょい!! わーっしょい!!」

 

「ちょ、ちょっと皆! …もう、しょうがないわね」

 

 胴上げされて目を白黒させて慌てていたフィーベルさんだったが、途中からは声を上げて笑っていた。実況がそんな俺達二組に労いの言葉を掛け、競技祭全日程の終了と、閉会式と表彰式の予定時刻を告げる。

 

 さて。

 

 観客席に残ったままのアルベルトさんとリィエルさんを見上げると、アルベルトさんが僅かに頷いた。

 

「……」

 

 黙って視線を向けた貴賓席は、興奮冷めやらぬ競技場とは反対に、異様な程に静かだ。そして、あの破天荒極まりないセリカさんが恐ろしいほどの真顔なのである。何か大変なことが起きているのは間違いない。

 

 さっきアルベルトさんが言っていた言葉によれば、まず二組が優勝する必要がある。これは何度も強調していたから間違いない。さらに俺は表彰式に獣の姿で、グレン先生の手助けをしなければならない。何を手助けすればいいのかは謎だが、まあその時になればわかるだろう。

 

「よし……」

 

 俺は一人気合を入れた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 魔術競技祭閉会式は、例年通り粛々と進んだ。ただ、例年と違うのは未だ生徒が興奮気味であることと、今日は女王陛下がこの式に立ち会っていること。

 

 生徒や講師達の羨望の眼差しの中、いよいよ女王陛下が表彰台に立ち、優勝クラスの講師に勲章を下賜する段階になる。拍手とともに現れる人物は二組のあの担当講師だろう。良くも悪くも有名なその講師を、学院に所属している者は誰もが知っていた。

 

 と、その時。不意に拍手がまばらになっていき、次第に会場がざわめき始める。

 

「……あら? 貴方達は……?」

 

 表彰台に立ったこの国の女王、アリシアは自分の前に現れた二人を、目を瞬いて見つめた。本来ならばここにはグレンが来るはず。見知った顔の二人、アルベルトとリィエルは静かにアリシアを見つめている。

 

 アリシアの傍らに立つゼーロスが不審に思い、この者が二組の担当講師なのかとアリシアに耳打ちする。アリシアは戸惑いながらも、否と答える。

 

 と、その時。これまで黙っていたアルベルトが口を開いた。

 

「なあおっさん。いい加減、馬鹿騒ぎも終いにしようぜ」

 

「なん、だと……!?」

 

 ぼそりとアルベルトが呪文を唱え、一瞬アルベルトとリィエルの周辺がぐにゃりと歪む。そして現れたのは、二組の担当講師、グレン=レーダス。そしてもう一人はルミア=ティンジェル。

 

「な―――ッ!? 馬鹿な、ルミア嬢、貴方は魔術講師と街中にいる筈では!?」

 

「バーカ。途中で仲間と入れ替わったのさ、魔術を使ってな。それも見抜けねーなんて、間抜けもいいとこだぜ」

 

「くっ! 何をしている親衛隊! 賊共を取り押さえろ!!」

 

 ゼーロスの号令に我に返った衛士達が一斉に抜剣し、グレンとルミアに殺到する。

 

 と、その時。

 

「う、うわああああ!?」

 

「な、こいつ、一体どこから!? ぐああ!!」

 

 どこからともなく現れた黒い巨大な何かが衛士達を蹴散らし、グレンとルミアを守る様に立ちはだかった。

 

 そのタイミングで、表彰台を中心に結界が構築された。七人の衛士とグレン、ルミア、アリシア、ゼーロス、セリカ、そして黒い獣以外は全て外に締め出されてしまう。

 

 結界を外に締め出された衛士達が叩き、何かをしきりに言っているが何も聞こえない。どうやらこの結界には音声遮断の効果もあるらしい。

 

「獅子……だと!?」

 

 アリシアを背に庇うゼーロスの視界の先では、黒き獅子が縦横無尽に暴れまわる。(たてがみ)を振り乱し、牙を剥き出した口からは低い唸り声が結界内に響き渡る。

 

 衛士達は必死に剣を振るうも、獅子はそれを歯牙にも掛けず。七人いた衛士達は、グレンとルミアを守る黒き獅子を突破出来ずにあっという間に倒されてしまった。

 

「どーうどう、ストップだ」

 

 間の抜けた様な声でグレンが獅子の背を叩く。獅子は一度唸ると静かになった。従順なその様子に、グレンが使役している使い魔なのだろうとゼーロスは判断した。

 

「くそ、なんてことだ……」

 

「さて、邪魔者も減ったところで……おっさん。何故ルミアを狙った? 陛下の名を不当に語って、罪もないこのルミアを手にかけようとした理由はなんだ?」

 

「ぐっ……」

 

「まあいい。陛下、安心してくれ。ルミアはこうして保護したし、陛下を押さえつける不埒な連中も結界の外だ。そこのおっさんが強いのは知ってるが、俺とセリカとこの猫をいっぺんに相手することは出来ねーだろ」

 

 顔を歪めるゼーロスに、やれやれと言わんばかりにグレンが続けた。

 

「さ、後は陛下が命じれば終わりだ。流石におっさんも、この状況で陛下直々の勅命なら聞かないわけにゃいかねぇだろ」

 

 命令を待つだけとなったグレン。正直何がどうしてこうなったのか、グレンにはわからないことだらけだが、それを調べるのは己ではない。とにかく、これで終わりだろう。

 

 そう考えていたグレンは、アリシアをじっと見つめ、命令を待った。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 競技場の隅で、俺は柱の影に隠れて様子を伺っていたが、飛び込むタイミングがもう少し遅かったら結界から弾き出されていたかもしれない。ちょっと焦ったよね。

 

 警備の人達は強めにどついたから、暫く目覚めることはないだろう。取り敢えず蹴散らしたけど、良かったかな?

 

 とにかく、これで解決すればいいけど。

 

 グレン先生の隣で陛下からの命令を大人しく待っていると、陛下が口を開いた。

 

「ゼーロス。その娘を……ルミア=ティンジェルを打ち果たしなさい。その娘は、私にとって存在してはならない者です」

 

「は……?」

 

 冷酷に言い放たれた予想外の言葉に、誰もが固まった。

 

「ちょ、陛下、何を言って……?」

 

「いなければ良かった。愛したことなど一度もなかった。どうして、その子がこの世に存在してしまっているのか……我が身の過ち、悔やむに悔やみきれません」

 

 ……妙だな。だったら今日まで陛下がティンジェルさんを生かしてきた理由は何だ。国のトップがその気になれば、あっという間にティンジェルさんを無き者に出来た筈だ。

 

 異能が原因でティンジェルさんは王家から追放されたと話を聞いた。冷たいことを言うけれど、異能に厳しいこの国の王家から異能が出たとなれば、殺されていてもおかしくない。そもそも生かしておく理由が無い。それでもティンジェルさんが今こうして生きているのは、本来ならば死刑のところを誰かが捻じ曲げて追放に済ませたからで……

 

 ――――――違う。

 

 ゾワリと、全身の毛が逆立った。

 

 誰かじゃない。それが出来る人なんて、陛下しかいないじゃないか。

 

 自分の娘を捨ててまで、陛下が守りたかったもの。そんな風に考えていたけど、きっとそれは前提から間違っていた。陛下がティンジェルさんを捨てたのは、守るためだ。

 

 国から。権力から。国の王たる自分から。それらから遠ざけることで処刑されることがないように。

 

 娘を捨てることで、守ることを選んだんだ。

 

「そ、そんな……」

 

 でも、実の母親から言われた冷たい言葉は、ティンジェルさんを傷つけるのには充分過ぎた。

 

「ほ、本当にそう思っていたの……? それが、あなたの本音だったの……? あの優しさは……? あのぬくもりは……?」

 

「ええ、全部、嘘です。政務に疲れた時、気分転換に興じた戯れですよ? だから、私に逆らった愚かさを悔いて死になさい」

 

 肩を震わせ、俯いたティンジェルさんの目に涙が光る。

 

 違う、こんなのは陛下の本心じゃない。どんな生き物だって、俺だって知っている。母は我が子を慈しむものだ。だから、こんな風に陛下がわざとティンジェルさんを傷つけるようなことを言うのは何か理由がある筈だ。何か、理由が…………。

 

「ま、待ってくれよ、陛下! 何でそんな、心にもないことを…………?」

 

「ふ、ふはははっ! やっとわかってくれましたか、陛下! どうだ下郎! これが陛下の心理だ! 大義は我等にあり!」

 

「―――ッ!? おいセリカ! 何がどうなっている!? なんか言えよ!!」

 

「……」

 

 無言を貫くセリカさんに、先生が大きく舌打ちする。セリカさんでもどうにもならないってことか。くそ、情報が圧倒的に足りない。陛下がティンジェルさんを大切に思っていることと、この状況が陛下にとっては不本意であること、セリカさんじゃどうにもならないってことくらいしか俺にはわからんぞ。

 

「さて、後は逆賊共の始末だ……私が直々に引導を渡してくれよう!」

 

 ゼーロスと言うらしいおっさんが、全身に殺気を漲らせ、音高く抜剣した。おっさんが握っているのは左右どちらも細剣(レイピア)。突き特化のスタイルなんだろう。さっき相手した人たちとは明らかに気配が違う。相当な手練れだ。

 

「くっ……」

 

 先生が脂汗を流しながらも、打ちひしがれ、涙を流すティンジェルさんと俺を後ろに庇い、拳闘の構えを取った。

 

 ………こういうね、さらっと生徒を庇うところがね、本当にこの人は。

 

「っ! オイ待て! 黒猫!」

 

 先生の後ろから飛び出した俺に、先生が焦ったような声を上げる。一方おっさんは片眉を上げると、レイピアを矢のごとく引き絞り、その先端をピタリと俺に向けた。瞬間、おっさんの姿が掻き消えた。そう思わせるほどの踏み込み。

 

 ごおお、と音が鳴るほどに息を吸い、周囲の魔力を集めていく。俺がただ突進しているように見えたんだろう。おっさんは、獰猛な笑みを浮かべて叫んだ。 

 

「ペットのしつけがなっていないようだな! このまま串刺しにしてやろう!!」

 

 ―――誰がペットだひき肉にするぞジジイ!!!

 

 集めた魔力を喉に圧縮。吸い込んだ空気と共に、解放した。

 

「――――グゥルルァアアッッ!!!」

 

 びりびりと空間が振動する程の衝撃波が、目前に迫っていたおっさんを吹き飛ばした。

 

 この咆哮に魔力を乗せて放つ技は、最近届いた父さんからの手紙で知った、シャウトと呼ばれる技術だ。技術とか言っちゃってるが、魔力を集めて咆哮と同時に放つだけなので、ぶっちゃけ炎に変換するよりも簡単だ。しかし、簡単な割には威力、範囲共に高い為、敵を一網打尽に出来るし、遠くまで届く。何より魔力をぶつけるだけなので()()()()()()。とても使い勝手のいい便利な技でもある。はい、そんなシャウトの唯一のデメリット。―――超うるさい。

 

 咆哮と衝撃波をもろに受け、宙を凄いスピードで舞ったおっさんは、セリカさんが張った結界に叩きつけられて地面に落ちる。そのまま、動かなくなった。

 

「……はい?」

 

 間の抜けた先生の声が聞こえる。俺はいそいそと、ティンジェルさんの耳をふさいでいた先生と、目を白黒させたティンジェルさんの傍に戻った。

 

「えええ、一撃……? お前、何やったの………??」

 

 先生とティンジェルさんだけじゃなく、先程まで感情の欠片も感じさせなかった陛下までもが唖然として俺を見ていて少し落ち着かない。

 

 あのおっさんはぴくりとも動かないが、気絶しているだけだ、心配ない。あのおっさんが俺をただの獣だと油断していてくれて助かった。あのシャウトで一撃で決めることが出来なければ、勝つことは難しかったと思う。レイピアとこの大きな身体はただでさえ相性が悪い。

 

「なんつーか、うん………もういいや。これで安全だし。………陛下! その首飾り、もう外してもらって構いませんよ」

 

「!」

 

 いつの間にか、先生が一枚のカードを手に持っていた。あれは確か、先生の固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】を発動するための魔道具だった筈。

 

 即座に陛下が投げ捨てたのは、緑色の宝石が嵌ったネックレス。もしかして、あれになんかの呪いが掛けられてたってことか? 魔術って、凄い便利だと思うし面白いとも思うけど、怖い面もやっぱりあるんだな。身に着けるタイプのやつとか、えげつねえ……。

 

 戦々恐々としながらも、周りの様子を見る。未だ結界は張られていて、外にいる人達からすればわけワカメな状態だと思う。

 

 ……これ、何て説明するんだろうなあ。ちゃんと収拾つくのかしら?

 

 

 

 




二巻は次で最後です。長かった!
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