結論から言えば、今回の騒ぎは大事なく収まった。
帝国政府に敵対するテロ組織の卑怯な罠に陥ったこと。そして、勇敢な魔術講師と学院生徒の活躍により事なきを得たこと。陛下は、国難に関わるところは隠しながらも、華々しい部分をあえて強調した。あれだけ大勢の人の意識を話術だけで誘導するってとんでもないね。流石は世界を相手取る一国の女王。
「すごいよなあ……」
「何がだ? あ、ほら肉来たぞ」
「待ってたぜェ!! この
給仕さんが運んできたステーキをちょっとフーフーしてから頬張る。うん、美味い。やはりお店で焼いたステーキに外れはないな。これもう一回頼も。
今俺達がいるのは学生街の飲食店だ。事情聴取でティンジェルさんと残ることになったグレン先生から「俺が奢ってやるから好きに打ち上げパーティーでもやれ」との通達があったので、皆で急遽この店を貸し切りにした次第である。俺は初めて来たけど、この店は皆知ってるみたいで、楽しく飲み食いしながら伸び伸びと過ごしていた。
俺も普段自分で作らない料理を食べたり飲んだり出来たので満足だ。この店、家に近いしこれから通おうかな。
「あ、すいません。このステーキもう一皿追加でお願いします。焼き加減はミディアム。付け合わせはブロッコリーで」
「あ、俺もグラタン追加で!」
追加のステーキがくるまで時間がある。俺はテーブルに備え付けられている籠の中から硬めのパンをチョイスして齧った。これも歯ごたえがあって美味しい。シチューに浸して食べたら絶対美味いやつだ。
ワイワイと盛り上がるクラスメイト達。誰もかれもがニコニコと笑みを浮かべていて、見ていた俺にも皆の気持ちが伝わってくる。皆が嬉しいとさ、こう、なんだろうな。何か頬っぺたがムズムズしてくる。
多分、成績上位者だけ出場して優勝したとしても、ここまで喜ぶことはなかったと思う。今こうやって皆が一緒になって喜んでいるのは、やっぱりクラス全員で挑んだ競技祭で優勝出来たからじゃないかな。…………頑張ってよかったな。
感動が蘇ってきたのか、少し身体が熱い気がする。俺はコップを傾けた。……うん、やっぱこのジュース美味しい。
ジュースをごくごく飲んでいると、カッシュが口元を紙ナプキンで拭いながら立ち上がった。
「俺飲み物貰ってくるわ」
「あ、僕も行くよ。ウィルは?」
「あー、俺はこれあるからいいや。いってらっしゃい」
カッシュとセシルにジュースの瓶を振って見せた。…………それにしてもこれ、誰が注文したんだろう? なんか置いてあったからさっきから飲んでるんだけど、よかったかな。まあいいや、誰かのだったらまた頼めばいいしね!
届いたステーキをぱくつきながら、俺は新しくコップに注いだ
■
がやがやと賑わう店内で、システィーナは一人でテーブルに突っ伏しているウィリアスを見つけた。もしかして、気分が悪いのだろうか。心配になり、システィーナはウィリアスに声を掛けた。
「ねえちょっと、大丈夫?」
「んー……大丈夫。急にどうしたの?」
むくりと起き上がったウィリアスは、普段と変わらない調子でそう言った。だが、その顔は真っ赤で、目はどこかトロンとしている。明らかに普通じゃない。
「大丈夫って…………え? これってお酒じゃない!?」
テーブルの上に転がっている瓶は、酒に疎いシスティーナですら知っている有名な酒だ。確か値段も相当な物だった筈。その瓶が数本、ウィルの足元に無造作に転がっていた。
「待って、ねえウィル。これ全部一人で飲んだの?」
「飲んだよ? あれ、フィーベルさん何で分裂してるの?」
システィーナは絶句した。
これだけの量をいっぺんに飲むなんて、急性アルコール中毒にでもなったら大変だ。システィーナは我に返ると大慌てでカウンターに走った。コップに水を貰い、ウィリアスに手渡す。
「ほらお水。飲んで」
「んー……」
酔いが回ってきたのか、静かになったウィリアスにコップで水を何杯か飲ませたその時。
みょん。音にするならば、きっとそんな効果音が付くだろう。
「え? これって……」
ウィリアスの頭に、何の前触れもなく二つのとんがりが生えていた。色は彼の髪と同じ黒。他のクラスメイト達はお喋りに夢中で、誰も気づいていない様だ。
恐る恐る触ってみると、短い黒い毛に覆われたそれはふわふわしていて、なおかつ柔らかい。
「耳……?」
ぽそりと呟くと、触っていた耳らしきものがピクリと動く。飾りなどではない、本物だ。紛れもなく、これは耳であることが判明した。では元の耳は?
「ちょっとごめんね」
手のひらでウィリアスの頬からもみあげの辺りを探ってみるが、そこにあるべき感触は無かった。
(ええっと……元の人の耳が動物の耳になった…ってことでいいのかしら?)
システィーナは、意外と落ち着いている自分自身に少し驚く。いや、状況を飲み込めていないだけかもしれないが。
にょん。音にするならば、きっとそんな効果音が付くだろう。
今度はウィリアスのお尻部分のズボンとベルト、その隙間から細長い黒いものが飛び出していた。これはもう確かめなくとも分かる。尻尾だ。尻尾には耳と同じ様に黒い短い毛が生えている。
尾の先端は毛が長くなっており、どこか筆の様に見える。ただ、筆としては失格だろう。なにせその先端付近の毛は、爆発したかのようにポワポワとしていた。これではマトモな字は書けまい。いや、字を書く
(これ、皆に見られたらマズイわよね? か、隠さないと!)
何か隠せそうなものはないか。帽子でもタオルでもいい。周囲をキョロキョロ見回すが、目ぼしいものは見当たらない。システィーナはやむなく、ウィリアスの頭に生えた耳を両手で軽く押さえることにした。
(く、くすぐったい…!)
痛くないよう優しく手のひらで覆う様にして押さえているが、耳には細かな柔らかい毛が生えていて、おまけに動く。
目線を下に落とせば、黒い尻尾が目に入る。こちらは時折ぱたり、ぱたりと尻尾の先が左右に揺れる。ズボンの色が黒なので、こっちはあまり目立ってはいないのが幸いか。ただ、この先尻尾がどんな動きをするかは分からない。依然として危険な状態だ。
(どうしよう、私一人じゃ耳しか隠せない。でもずっとこの体制だと怪しまれるし、このままじゃウィルの秘密が皆にばれちゃう!)
そもそもこの状態は何なのだろうか。もしかしたら、ウィリアスの一族特有の病気……? 焦り始めたその時、店のドアベルがカランと鳴った。システィーナはばっと顔を上げる。
「おー、やってんな、お前ら」
「ふふ、賑わってますね」
(せ、先生、ルミア〜!)
ウィリアスの秘密を知る二人の登場に、システィーナの目尻に安堵の涙が滲んだ。きょろきょろと周囲を見渡していた親友が気付き、少し早足で近づいてくる。
「システィ! どうしたの?」
「ルミア! ウィルがね……」
声を押さえてルミアにウィリアスの状態を説明し、耳と尻尾を見せたが、こればかりはやはりルミアもどうすれば良いのか分からない。二人は頃合いを見て、グレンを呼んだ。
「うーん? なんだ白猫、ウィルの頭に手ぇ置いて。そいつ熱でもあんのか?」
「違います。もしかしたら、熱よりもっと酷いのかも……とにかく、こんなの私見たことがなくて……」
お酒を飲んだらしいこと、そして耳と尻尾がいきなり生えたことを真剣に伝えると、グレンも顔を引き締めた。
「そのまま見てろ。ちょっとセリカに聞いてくるから」
足早に店の外へ出ていくグレンを見送り、システィーナとルミアは人目を気遣いながらもウィリアスを店の出入り口付近にある椅子まで移動させた。店の出入り口と店内の間には壁があるので、これでひとまず誰かに見られる可能性は減った。ウィリアス本人は、未だかつて見たことがないほどに気の抜けた表情でぼんやりとしていて、時折うつらうつらと眠たげに船を漕いでいる。
「うーん……こんな症状、今まで聞いたことも見たこともないよ」
システィーナよりも白魔術が得意なルミアがそう言いながら、ウィリアスの耳や尻尾を観察している。耳は音に反応しているようで、システィーナが喋るとシスティーナの方を向き、ルミアが喋るとルミアの方を向く。
「……」
ほんの少し好奇心が芽生えたシスティーナは、ウィリアスの両耳を軽く押さえて、すぐに手を放してみた。耳は少しの間垂れたままだったが、店内でひときわ大きな笑い声が上がると、その音を拾おうとしたのかピン! と真っ直ぐになった。尻尾はゆっくりと左右に揺れている。
最近のウィリアスは、編入した当時よりも多少おちゃらけることが増えた。しかし元来の性格なのか、彼はあまり自分のことを話さないタイプだ。なんというか、誰に対しても一線を引いているような、そんな空気をごく稀に感じる。
そんな彼だが、今は耳と尻尾の動きがある。彼の心の動きをそれらが素直に教えてくれている様で。こんな状況ではあるが、二人はそれが少し嬉しく感じた。
「ちょっと、かわいいかも……」
「うん……」
「何やってんだ、お前ら?」
「「!?」」
急に背後から聞こえた声に、飛び上がったシスティーナとルミア。慌てて振り返れば、いつの間に戻ってきたのか呆れ顔のグレンが立っていた。後ろには面白がるような顔をしたセリカもいる。
「で、セリカ。どうなってんだこれ? こいつは大丈夫なのか?」
「心配しなくても大丈夫だ。これは別に病気とかじゃない。しかし……ふふん、ウィリアスもまだまだ未熟者だな」
「未熟者?」
それは一体どういうことだろう。セリカ以外の三人が首をひねる。
「外で話そう。グレン、背負ってやれ」
「はいはい……」
うつらうつらと船を漕ぐウィリアスを背負い、グレン達は店を出た。街はすっかり日が落ちていたが、街灯がある為視界には困らない。人がいないことを確認したセリカは、ウィリアスの獣の耳をつまんだ。
「これはこいつの一族特有のものだ。今のウィリアスは極限まで警戒心が薄れている。よく言えばリラックス。悪く言えば無防備な状態だな」
グレン、システィーナ、ルミアの視線が一斉にウィリアスに集まった。セリカにつままれたままのウィリアスの耳がへにゃりと動く。
「そうなった時、無意識の緩みでだろうな。人と獣の境目が曖昧になり、獣の一部分が身体に現れることがあるんだ。大抵の者はその特徴が耳に現れることから、その状態のことを『耳つき』と言う」
「耳つき……」
「獣化に慣れてからは、気が緩んでいても耳が出ることは無くなるが……耳が出るってことは、まだ完全に馴染んでない証拠だ。まあ、こいつが獣化出来るようになったのは数か月前だからな。酒を飲んだこと、周りに大勢の仲間がいたこともあって緩んだんだろう」
「……」
「……」
「……えっとつまり、ウィル君に耳と尻尾が生えたのは、二組の皆と一緒にいてとっても安心したからってことですか?」
ルミア=ティンジェル。またの名を大天使とも呼ばれる彼女は、とても素直だった。グレンとシスティーナが思っても聞けなかったことに対して、彼女は真っ向からストレートに切り込んだ。
「そうなるな。ラッキーだぞお前達。耳つきなんて、本来なら家族ぐらいしか見る機会はない。逆に言うと、見れたやつはそれだけ信頼されてるってことだ」
からからと笑うセリカだったが、三人ともそれどころではない。
(へえ〜、じゃあ二組の皆といる時は安心してるってことなんだな)なのね)なんだね)
グレンはによによと、システィーナとルミアはにこにこと頬が動く。これは良いことを知ってしまった。内容が内容なので誰かに話したりするつもりは一切ないが、少し得した気分。誰だって、信頼されていることに不快感を覚えたりはしないだろう。
「そんじゃまあ、コイツは俺が家まで送るとするか」
グレンがやれやれと言わんばかりにウィリアスを背負い直す。その顔はまるで新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりにニヤけていた。
次話から三巻に突入します。ウィリアスとシスティーナはまだあまり進展がありませんが、ゆっくりゆっくり進めていこうと思ってます。