Past Dreams
―――ゆらゆら、ゆらゆらと。
松明に灯った炎が揺れている。洞窟の壁に映る影。無造作に剣を振る。上がる血飛沫、飛んだ首。
「いち、に、さん、し」
ドカドカと洞窟内に反響する足音。闇にぎょろりと輝く目。手元の
「ご、ろく、しち、はち」
飛来した矢を斬り捨てる。突き出た槍を横に薙ぐ。構えられた盾を割る。振り下ろされた剣を折る。
「きゅう、じゅう、じゅういち、じゅうに……ああ」
静かになった洞窟内。地に落ちた十ニの首。血の海の真ん中で、彼はぽつりと呟いた。
「まだ、足りない」
―――どこかで、鷹が鳴いている。
■
枕元の振動と、甲高い声がダイレクトに頭に響いた。
「ピィー!」
「……ああ、おはよう」
強張り、強く握りこんでいた右拳を解く。掌には血が滲んでいた。汗でシャツが肌に張り付く不愉快な感覚。
朝から嫌な夢を見てしまった。枕元で飛び跳ねて起こしてくれた古雪を左手で撫でてから、洗面台で顔を洗って口をゆすぐ。
……最近は、見なくなったと思ったんだけどなぁ。
あんな夢を見た後なので、流石に食欲は湧かない。古雪に餌をあげてから、軽くシャワーを浴びた。どうせこの後も鍛錬をする。汗をかくのはわかってはいたけれど、サッパリしたい気分だった。
ぺち、ぺちぺちぺち。
自然公園の辺りをランニングしていたら、微かにそんな音が聞こえてきた。夜明け前の薄暗いこの時間帯、出歩いてる人なんて殆どいない。
日も昇りきらない時間帯。薄暗い公園から聞こえる小さな謎の音、周囲に人気はない。一体この音は何なのか。わたし、気になります!
というわけで、音の発生源目指して公園に足を踏み入れる。……不審者とかだったらどうしようかね。交番はこの近くにあったかな?
ちょっと警戒しながら音のなる方へ。果たして、進んだ先で俺が見つけたのはなんの事はない。グレン先生とフィーベルさんだった。先生はタンクトップ、フィーベルさんは髪を結い上げ、ポニーテールにしていた。彼女もTシャツと二人ともかなり軽装だ。まあ、俺も人の事は言えんけど。
どうやら二人は組手をしている真っ最中らしく、ぺちぺち音は先生がフィーベルさんを軽く小突いた時に鳴っていた。なるほど、あの音だったのか。先生は寸止めでやってるらしい。そしてフィーベルさんの大振りパンチを見るに、彼女は本気で当てようとしてるみたいだった。全部避けられてるけど。
何故こんな時間から二人が組手をしているのかわからないが、取り敢えず不審者じゃなかったことに安堵していると、先生と目が合った。適当に手を振ってから、元来た道に戻る。
「おおい待て!」
「ちょっと、誰に言ってるんですか! 当てますよ!?」
「はん。子猫め、十年早いわ。……じゃなくて! おい、ウィル! ウィリアス!」
「え、ウィル!?」
……ううーん、公園なんて来るんじゃなかった。先生に名を呼ばれ、渋々振り向く。満面の笑みを浮かべた先生と、驚いた顔をしたフィーベルさんが目に入る。
「……おはようございます。えーと、二人はこんな時間に何を?」
「白猫の魔術戦の訓練だ。白猫、次はコイツと組手な」
「お、おはようウィル……って、え? ウィルとですか!?」
「相手が俺だけだとつまらんだろ。おかしな癖ついても困るしな。ほれ、構えい! あ、ウィルは勿論寸止めな」
「急すぎません? 俺に拒否権はないの?」
爽やかな笑顔で「ない!」と断言される。直後に飛んでくるのは革製の手袋。怪我防止用だろう。基本は雑な先生だが、こういうところはちゃんとしてるんだよなぁ。
「そういえば、お前は何をしてたんだ?」
「ランニングですよ。日課なので」
グーパーと両手を握ったり開いたり。ふむ。サイズが少し大きいけど、まあ許容範囲だな。
「それにしても、魔術戦の訓練で拳闘ですか?」
「白猫の攻守の感覚を磨く為だ。別に対人武術なら何でもいいんだが……ま、俺は拳闘の方が得意だし」
「なるほど」
俺は拳闘より剣の方が得意だけど、拳闘も出来ないわけじゃない。少し緊張気味のフィーベルさんに向き合う。待って何か俺も緊張してきた。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
互いに向き合って礼。先生の「始め!」の声が響いた。
さっと構えたフィーベルさんが飛び込んでくる。基本のフォームはちょっと固いけど出来てる。ジャブが放たれた。あ、腰が回ってない。脇も開いてるね。スルリと躱してガラ空きの胴にワンツー。ぺちぺちり、と音が鳴った。
「――っ!」
付かず離れずの距離を保つ。フィーベルさんがちょこちょこ打ってくるパンチや蹴りの合間に隙を見せればそこをぺちり。俺は自主的に攻撃してない。これまでのぺちり、は全てカウンターなんだけど、フィーベルさんはそれに気づいているだろうか。……気づいてるな。めっちゃ悔しそうな顔してる。
そのまま数分。躱してぺちり、躱してぺちりを繰り返していると、先生から「そこまで」と声が掛かった。へにゃり、と近くの木に凭れたフィーベルさん。何か言う気力もないのか、水筒を両手で持ったまま、無言で肩を上下させている。……ちょっと厳しくし過ぎたかな。
塩飴を渡していると、先生が俺の肩をポンポン叩く。
「お疲れさん。そのまま休め……ああいや、次は俺とウィルでするか。白猫、よく見とけ」
「え゛っ?」
「お互い寸止めで。はいスタート!」
ごおっ! と唸りをあげる拳が眼前に迫る。叩き落とすも、間髪入れずに蹴りが来る。ステップで避け、ワンツー。肘で迎撃される。飛んできた拳を受け流す。前蹴りをバックステップで回避。わかってはいたけど、先生めっちゃ強い。攻撃は全て狙いが的確で、隙なんて見当たらない。
―――だったら、作るまでだ!
迫るストレートの勢いを殺さぬまま手の甲を当て、後ろへ受け流す。ほんの少し目を見開いた先生の懐に入り、胴を狙お――うとして、下から迫る膝を後ろへ身体を倒して回避。
とんでもない反応速度だ。バク転しながら先生に蹴りを見舞うも、かすりもしない。そのまま突っ込んできた先生の右拳を左手でバシリと払い、すかさず右のジャブ。が、体捌きだけで躱された。
―――楽しい。
こんなふうに手合わせしていて、何よりも先にそう感じてしまうのは、やはり戦闘民族としての血を引く故か。
不意に、今朝見た夢が頭を過ぎる。
……ああ、そっか。
違う。血なんて関係ない。今が楽しいと思えるのは、これが力比べだから。殺し合いじゃないからだ。そりゃあ楽しいよな。
目まぐるしく入れ替わる攻守。互いに有効打はまだない。さあ、これから回転数を上げるぞ! と意気込んだ直後、先生が俺から距離を取り、構えを解いた。ポカンと口を開けた俺を置いて、先生はフィーベルさんに声を掛ける。
「と、まあ。攻守の入れ替わりは見てて大体わかったろ。白猫、さっきお前がウィルにカウンターばかり貰ってたのは何でかわかるか?」
「…私の攻撃の隙が大きいから、ですよね?」
「そうだ。わかってるならいい」
先生は真面目モードに入ってしまったので、もう続きはないだろう。ちょっと残念なような。でも、今の手合わせはフィーベルさんに攻守の入れ替わりを見せるためだから、仕方ないかぁ。
「そもそも、対人武術で初心者が躓くのがそこだ。そうなるとムキになって雑な攻撃を仕掛ける奴や、カウンターを怖がって、防御に頼りきりになる奴が出てきたりするが、そんなんじゃ駄目だ」
フィーベルさんは先生の話を真剣に聞いている。
「理想は無駄なく、隙を最小限に留めた攻撃が出来るようになること。攻撃は最大の防御とも言うしな。基礎中の基礎だが、大切な事だ。暫くは攻撃動作による隙を無くすよう、身体の動きを意識してみろ」
「はい!」
「よし。今日はこれで終わり! あぁー……疲れた……眠みい」
ちょっと真面目にやってるなと思ったらすぐこれだよ。ぐでん、と芝生に寝っ転がった先生を苦笑しつつ眺めていると、パチリと先生が閉じていた目を開いた。
「ウィル、お前ランニングが日課っつってたな。毎日走ってんのか?」
「ええ、まあ……」
「ならお前、明日からランニングついでにノート持ってここに来い。お前の勉強も一緒に面倒見てやる」
「マジすか! 毎日行きます」
思わぬ申し出に心底驚いた。このまま皆と同じ授業を受けてても追いつけないし、そもそもの基礎が出来てないので先生に補習を頼もうと思っていた俺にとっては願ってもない話だ。
「どのみちお前には補習を組む予定だったからな。二人いっぺんに面倒見ちまう方が早いし……白猫の組手相手も増える。良い事づくしだ。白猫もそれで構わねえか?」
のそりと立ち上がった先生がフィーベルさんを見やると、彼女はチラリと俺を見て言った。
「私はいいと思いますけど。……やられっぱなしも悔しいし」
……うーん。こういう場合、なんて返すのが正解なんだろ? 俺と君ではそもそもの土俵が違う、なんて言ったら多分怒るよな。
何と言えばいいのか分からずに曖昧に笑ってみせると、対抗意識を燃やしているらしいフィーベルさんはプイっとそっぽを向いてしまった。
……女子ってわかんねぇわ。二度目の人生歩んでても全くわかんないもん。永遠の謎だよね。誰が全世界の男子の為に女子の詳しい取扱説明書作ってよ、俺買うからさ。絶対売れると思うよ。
「おいおい、初心な少年をあんまりいじめるなよ、可哀想だろうが」
「い、いじめてませんよ!」
「急に反応に困ること言うのやめてもらえます?」
「はーいはいはい解散!! おら猫達、帰れー!」
「ちょ、何度も言いましたけど、ウィルはともかく私は猫じゃありません!」
「おーっと? 聞き捨てならないな。普段俺より猫っぽいのはどこのどなたでしょうね?」
俺ってばフィーベルさんに猫認定されてるみたいですね。確かにライオンはネコ科だからね。そう言われても仕方ないかもしれない。でもフィーベルさんって俺より猫っぽいよね。普段のツンケンしてる態度とか。
「「………」」
そう思って放った一言だったが、何故か二人とも無言で目配せした後、俺の頭をジロジロ見て微妙そうな顔をしている。
「えっ? 何、どうしたの? 何かついてます?」
「いや、何もないぞ」
「何にもないわよ」
「うーん? ……まあいいや。じゃ、帰ります。また学院で」
……そういえば最近、先生とフィーベルさんとティンジェルさんの三人が、何故か俺を暖かい目で見ていることがあるけど、一体あれは何なんだろう。特に心当たりもないし、謎だ。