ロクでなし魔術講師と戦闘民族   作:カステラ巻き

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 生存報告も兼ねての投稿です。


その距離は遠く

 

 

 

 

 ―――白地に、細かい刺繍が成された一枚の布。

 

 この布の意味を彼は良く知っていた。何をすべきかも知っている。

 

 蝋燭の灯りがゆらゆらと揺れ動く。

 

 地下室の暗がりで武器を研ぎ、外套の解れを繕い、矢を補充する。これまで何度も繰り返した作業だ。手間取ることなく、すぐに準備は終わる。

 

 地下室の奥の奥。壁に掛けられた木彫りの仮面。捻れた角、鋭い牙を持つ獣を模した仮面。その暗い眼窩が、ウィリアスをじっと見つめている。

 

「……」

 

 仮面の角に届いたばかりの布を巻き付け、無言でそれをポーチの奥に押し込んだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 レイフォードさんが編入してから数日後。

 

 木々に朝露が光る、風が少し肌寒いまだ日も昇りきらない早朝。

 

 俺は魔術学院の中庭に来ていた。周りには二組の生徒がチラホラ。皆ソワソワしていてどこか落ち着きがない。持ってきた旅行鞄を弄ったり、それぞれ仲のいい者同士でおしゃべりをしたり。

 

 それも無理はないと思う。なんせ今日から『遠征学修』が始まるのだ。

 

 遠征学修とは、アルザーノ帝国が運営する各地の魔導研究所に趣き、研究所の見学と最新の魔術研究に関する講義を受講することを目的とした、アルザーノ帝国魔術学院の必修単位の一つだ。研修先や時期は各クラスの授業進行状況や、受け入れ先となる魔導研究所の業務予定、受け入れ先の受け入れ可能人数などの調整の都合などによりクラスごとに異なっている。

 

 今回俺たちが行く場所は、リゾートビーチとしても有名なサイネリア島の、白金魔道研究所。白魔術と錬金術を利用して生命神秘についての研究をしている研究所だ。そこで七日間を過ごすことになっているが、学修とか言いながらも自由時間が結構多い。前世で言うならば修学旅行に近いだろうか。クラスメイト達はあまりこの街から出たことがないのか、皆期待で目をキラキラさせていた。

 

 ぼんやりベンチに座って皆の様子を眺めていると、首に腕が回された。相手は見なくてもわかるので、大人しくされるがままになる。

 

「よ! なんだ、ボーっとして」

 

「あはは、朝から元気だねカッシュは。おはようウィル!」

 

 背後から肩を組んでくるカッシュと、正面から微笑みながら歩いてくるセシル。どちらも朝早くだというのにテンションが何時もより高い。

 

「おー、おはよう」

 

 ひらひらと手を振ると、俺の顔を見たセシルが怪訝そうな顔をした。ちょんちょんと自分の目の下をつついて見せる。

 

「その目の隈どうしたの、ウィル」

 

「えっ」

 

 慌てて近くの水溜まりを覗き込むと、映った俺の顔、目の下に確かに薄っすらと隈が出来ていた。遠征学修のこのタイミングでとか、これじゃまるで遠征が楽しみで寝れなかった子みたいじゃないか。

 

 案の定カッシュがニヤリと笑みを浮かべてからかってきた。

 

「ほー、そうかそうなのか。楽しみで眠れなかったんだな~?」

 

 寝ていない理由は別にある。なので『楽しみで眠れなかった』は不正解。しかし、この遠征を楽しみにしていたのは本当だ。

 

「はい残念ちがいまーす! …まあうん。遠征自体は楽しみだけどね」

 

 ……なんだその顔は。ええいやめろ、ニヤニヤすんな。

 

 ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべるカッシュから遠ざかると、目に入ってくるのはセシルの心配そうな顔。見事な困り眉だ。

 

「せっかくの遠征なのに体調を崩したら大変だよ。馬車で少し眠ったら? ご飯の時は僕がちゃんと起こすから」

 

「ありがとうママ」

 

「ママ!? え、それ僕のこと!?」

 

「セシルママ、ご飯まだー?」

 

「カッシュ(怒)」

 

 二人と戯れつつ目元を揉み解していると、グレン先生のだるそうな声が聞こえてきた。点呼を取るらしい。

 

 それぞれ旅行鞄を持って先生の近くに集まる。皆大荷物で少し大変そうだ。きっとカードゲームやら何やらを詰め込んできてるんだろうな、と考えて微笑ましい気持ちになった。俺の荷物は旅行鞄が一つだけと少ない方。腰にポーチもあるけど、中身は普段と変わらない。……少しおやつ袋の中身が増えたけど、それだけだ。

 

 これから俺達は馬車に乗り、一日掛けてフェジテの南西にある港町シーホークへ。そこからまた更に船に乗りかえてサイネリア島へと向かう。今夜は馬車で夜を過ごすことになるし、移動時間中は特にすることもない。休める時間もあるだろう。

 

 俺はこみ上げてきた欠伸を噛み殺した。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 港町シーホークのとある裏路地。グレンは軽薄な青年を装って接触してきた帝国宮廷魔導士団時代の戦友、アルベルトと共にいた。

 

「ウィリアス=ベスティアをよく見ておけ」

 

「はぁ?」

 

 グレンは怪訝そうな顔をして、アルベルトに聞き返した。

 

「見とけって…」

 

 ウィリアス=ベスティア。人と獣、ふたつの身体を持つ戦闘民族の一人。傭兵を生業とする彼らの一員であるウィリアスとは、少し前に起こった学院での事件の際に共闘している。それ以来、グレンとシスティーナ、ウィリアスの三人はルミアの秘密を共有する仲だ。そのため何かと共に過ごす時間が増えた、生徒の一人。

 

 その名が他でもないアルベルトから出たことに、グレンは動揺した。長い間、相棒として共に戦ってきたので知っている。アルベルトは無駄なことや根拠の無いことは言わない。なら、ウィリアスには何かあるのだろう。こうして人目につかない場所でしか話せないような、そんな何かが。

 

 極秘任務であるルミア=ティンジェルの護衛についているのがリィエルとアルベルトであること。そのリィエルの危険性についての話がひと段落着いたと思えばこれだ。

 

 ため息が漏れる。

 

「どうして俺のクラスにはこうも問題児が集まるんだよ、おかしいだろ」

 

 ついでに本音も漏れた。

 

 脳裏に浮かぶ黄色いのと、白いのと、黒いの、そして青いの。いい加減にしろ。最もそのうちの一人は、一般的には優等生と呼ばれる類の生徒だが、グレンには問答無用で問題児にカテゴライズされている。哀れ白いの。

 

 アルベルトが一つ、咳払いした。

 

「逃避は済んだか。俺も暇ではないのだが」

 

「ああ……」 

 

 

 

 

「―――ここ最近、街から人が消えている」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 海の匂い特有の風が吹く甲板の上を、クラスメイト達がはしゃぎながら走っているのを、俺は船内の窓から眺めた。

 

「うお、あそこイルカいるぞ!」

 

「どこ? …ホントだ! うわあ、俺イルカって初めて見た!」

 

「船の隣を泳いでるよ! 可愛い~!!」

 

 あまり船に乗った経験がないのか、皆船べりの手すりに張り付いて海を眺めていた。…グレン先生は少し離れたところで船べりから身を乗り出している。あんまり得意じゃないらしいですね、船が。時折聞こえてくるえずくような音が哀愁を誘う。

 

 今現在俺たちがいるこの船は、サイネリア島へと向かう定期船だ。天候にも恵まれ、甲板からは綺麗に晴れた空と、どこまでも続く大海原が望める。絶好のロケーションと言えるだろうが、俺は海がちょっと苦手なので、大人しく船内に引っ込んでいるというわけだ。

 

「……」

 

 馬車で一日を過ごしてゆっくり休めたこともあり、俺の目元の隈は船に乗る頃には薄れていた。流石に熟睡までは出来なかったが、目を閉じているだけでも大分違う。気を使ってくれたセシルとカッシュには感謝しかない。やはり持つべきものは友だな。

 

「……」

 

 船内にはクラスメイトの姿はないが、この船には一般客も乗船しているので船内もそこそこ賑わっていた。

 

 俺は船内に(しつら)えてあるソファに座って、のんびりと小説を読む。今読んでいる本は家から持ってきたもので、とある冒険家が実際に訪れた場所について事細かに書かれている。昔から俺はこの本が好きで、もう何度も繰り返し読んでいる。特に好きなのは雪山でサバイバルをすることになった時の話で―――

 

「――ん?」

 

 読んでいる本に影が落ちたことに気づき、顔を上げると目の前に水色の髪が。というか、レイフォードさんがいた。相変わらず無表情だが、その目は俺をじっと見つめている。

 

「や。どうしたの?」

 

 少し前から船内に入ってきたことには気づいていたが、一体どうしたのだろう。最近はフィーベルさんとティンジェルさんと一緒にいることが多い彼女だが、珍しく今は一人だ。もしかして、小腹でも空いたのだろうか。俺はポーチの中のおやつ袋を探って幾つかのキャラメルを掴み出した。

 

「ほれ、キャラメルだよ。食べる?」

 

「…ん」

 

 レイフォードさんの掌にコロンと転がる大振りのキャラメルが五つ。ほんの少しだけ、彼女の目が和らいだように見えたのは、俺の気のせいか。

 

「何個かあるから、仲がいい子と分けておいで」

 

「…ん」

 

 こうしてお菓子をあげているからか、最近、レイフォードさんの表情の違いが少しだけわかってきた気がする。いちごタルトを食べている時ほどではないが、制服のポケットにキャラメルをしまった彼女は、どこか満足気に見えた。

 

「グレンにもあげる」

 

「あー……先生は、今はやめた方がいいかも」

 

「……?」

 

 彼は今胃の中を空っぽにする作業で忙しそうだ。窓の外、先生を介抱するティンジェルさんと、肩を竦めるフィーベルさんが見える。

 

 視線を戻すと、レイフォードさんがじっと俺を見ていた。何やら口元をムニムニさせている……ような気がしなくもないような。何か言いたいことがあるのかもしれない。

 

 言葉を遮ってしまわないように黙って待つ。やがて彼女はポツリと言った。

 

「……仲がいいって、なに?」

 

 予想外のことを聞かれたが、表情は崩さない。

 

 ……本当に、この子はこれまでどんな生き方をしてきたんだろう。少し気になりはする。でもまあ、生き方なんて人それぞれだよな。

 

 質問に対して何と返すか多少悩んだが、俺の思う答えを口にする。

 

「……仲がいいってのは、気が合うってこと…だと思うな」

 

「……気が合う?」

 

「そう。えっと……近くにいてほっとする、一緒にいて楽しいと思う…気が合うとか、仲がいいってのはそういうこと…だと、俺は思ってる。だから、仲のいい人ってのはつまり、友達のこと」

 

 多少苦労してひねり出した俺の言葉を、レイフォードさんは黙って聞いていた。

 

 どちらかと言えば俺は、こういう自分の思いを口に出すのが苦手なほうだ。上手く伝えたい言葉を束ねられているか、相手にちゃんと伝えられているか、不安になるから。

 

 普段の会話なんかは何も考えずに喋れるんだけどな、と思いながらレイフォードさんの反応を待つ。この相手の反応を待つ間の無言が最初は少し気まずく感じることもあったが、今では全く気にならない。意外と俺達は気が合うのかもしれない、なんて。

 

「…難しい」

 

 彼女はポケットから先程渡したばかりのキャラメルを取り出した。ずい、とキャラメルの乗った手を突き出される。

 

「……わたし、誰と仲がいい?」

 

「そ……それは、自分で決めないと。でも、そうだな」

 

 俺は手のひらに乗ったキャラメルを一粒摘んだ。自分であげたものを貰うのもなんだけど。

 

「レイフォードさんが嫌じゃなければ、だけど。俺はもう、レイフォードさんの友達のつもり」

 

 出会ってからそう時間が経っていない、しかも異性相手に随分思い切ったことを言っている自覚はあったが、不思議と緊張しなかった。

 

「……そう。わたしにはよくわからないけど」

 

 返ってきた言葉は素っ気ないが、嫌がっている感じはしない。どこか戸惑うような、そんな声色。

 

「大丈夫。わかるようになるよ」

 

 遠くからレイフォードさんを呼ぶ声が聞こえる。この声はフィーベルさん達だろう。行っといで、と言うと、レイフォードさんは静かに頷いて甲板へ歩いていった。

 

 

 

 

 窓から見上げた青い空。そこには一羽の鷹が飛んでいる。

 

 

 

 

 




ヒロインはシスティ(断言)
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