ロクでなし魔術講師と戦闘民族   作:カステラ巻き

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社会人になってから、時の流れがやたらと早く感じます。人間って、こうやって年を重ねていくんですね。
……すみません、誤魔化しました。更新遅くなってごめんなさい!許して!!


行き違い

 

 揺らめく水面に、照らす太陽。白い砂浜、響く笑い声。

 

 サイネリア島のビーチにて、俺は木に背中を預けてのんびりとそれらを眺めていた。視界いっぱいに広がる海から反射した光が眩しくて、思わず目を背ける。

 

「いくよー、システィ!」

 

「え、ちょ、わっきゃああ!」

 

「……システィーナ、ずぶ濡れ」

 

「ル、ルミア~!!……そりゃ!」

 

「ふふっ、当たってません~」

 

 ……ごめんなさい嘘です。眩しいのは光じゃなくて、女子生徒の水着です。普段の制服姿とは違い、彼女たちが身に纏っているのは水着。肌の露出なんて普段の比じゃ……いや、普段も結構露出してるか。おへそ丸見えだし。

 

 海水を飛ばし合い、はしゃぐ女子の姿に自然と目を惹き付けられそうになって、慌てて逸した。そのまま持ってきていた本に目線を落としたけど、内容が頭に入ってこない。なんで他の男子は平気な顔してガン見してんのさ。恥ずかしがってる俺がおかしいの? 

 

 本を眺めながら飲み物として持ってきていた果物ジュースをちびちび飲んでいると、隣にいたギイブルがメガネを押し上げながら言った。

 

「君は泳がないのか」

 

「あー…」

 

 黙って自分の恰好を見下ろす。薄手のシャツにハーフパンツ、足元はサンダル。服装こそラフなものだけれど、泳ぐ気はない。隣のギイブルはまさかの制服姿で、その手には教本を持っていた。彼は普通の革靴を履いている。砂浜を歩くのは地味に大変そうだ。とはいえ、ギイブルも長袖シャツは流石に暑いらしく、シャツの袖を折り曲げているのが何だか笑える。

 

「俺、あんまり海好きじゃないから」

 

「……泳げないのか?」

 

「いや、普通に泳げるよ」

 

 そう、泳げはするんだ。海も川も湖も、体力が保つ限りは泳げる。ただ、昔から海は少し苦手だった。塩水を浴びた髪がガビガビするのも嫌だけど、一番嫌なのは、ある程度深いところまで行ったら底が見えなくなるところ。自分の足元、そこに何かが潜んでいそうで怖い。川も湖も深いところだと底は見えないのは一緒なのに、何故か海だけ怖いんだよね。何でかは知らないけど。

 

「でも水着忘れちゃったし、今回は泳がなくてもいいや」

 

 これはわざとだ。理由は、あんまり自分の身体を見られたくないから。俺の身体はあちこちに大小様々な傷跡があるので、皆が折角楽しんでいる場所で晒すと楽しい空気をぶち壊してしまうかもしれない。それだけは避けたかった。

 

 しかしまあ、手足に大きい傷が無いのはラッキーだった。流石にこの気温の中、長袖長ズボンはきついだろうし。

 

「まあ俺のことはいいとして、ギイブルは泳がないの?」

 

「フン。遊びに来たわけじゃないんだ。馬鹿馬鹿しい」

 

「……もしかして、泳げな」

 

「勘違いするな。僕は泳げないんじゃなくて、泳がないだけだ」

 

 じろりと睨まれながら言われたら、それ以上の追求は出来ない。機嫌悪くなりそうだし。砂の城でも作ろうかと考えながらなんとはなしに足元の砂を蹴り散らしていると、頭上に影が差した。

 

「よお、お前らは泳がないのか」

 

 先生だった。あくびを漏らしながら、俺達の近くにゆっくりと腰を下ろしてため息一つ。何やらお疲れの様子の先生もいつもの格好だ。

 

「先生こそ、泳がないんですか?」

 

 言いながら、波を避けるように俺の側へちょこちょこと歩いてきた蟹をつつく。威嚇の為だろう、鋏を振り上げている蟹がかわいい。膝の上に乗せて観察することにする。他の蟹と喧嘩でもしたのか、甲羅には細かな傷がある。優しく撫でていると、蟹は俺の足の上で大人しくなった。俺のズボンを鋏でつついている。どうしよう、だんだん愛着が湧いてきた。この蟹につける名前を考えるとしようか。うーん……。

 

「昨日、散々魔術撃たれた俺にそんな体力は残ってねぇよ。ちくしょう、あいつら本気で狙いやがって」

 

「あー……お疲れ様です。でも、言ってる割には先生も随分楽しそうでしたけど?」

 

「俺が? 寝言は寝て言え。つーか、見てたんなら止めろよ!」

 

「いやー、ははは」

 

 ダルい、という感情を隠そうともせずに肩を揉みながらぼやく先生に、思わず苦笑する。昨日の夜の騒ぎは知っている。男子生徒数名が女子生徒の部屋に行こうとしたところ、先生に妨害され、あえなく失敗したんだと。俺は参加してないけど、部屋の窓からその様子を見ていた。確かにあれだけの魔術をぶつけられたら、動くのはキツそうだ。

 

「ほら、行きな」

 

 落ち着きなくもぞもぞと動き出した蟹を砂浜の上にそっと放してやる。蟹はちょこまかと足を動かして、砂浜を横歩きで歩いていった。かわいい。

 

「このへんは人が多くて危険だからな、もう戻ってくるんじゃないぞ。ばいばい岩虎」

 

「ちょっと待て。それはその蟹の名前か?」

 

 ギイブルが視線を教本から上げていた。どうやら俺が蟹に付けた「岩虎」という名前は、ギイブルの意識を教本から逸らすことに成功する程度には衝撃だったらしい。

 

「そう、あの蟹の名前。……あ、もうどっか行っちゃったか。いい健脚だ。自然界は厳しいからね、強く生きろよ」

 

「……お前、ネーミングセンス渋いのな。まあそんなことより、だ。お前ら、あれどう思う?」

 

 先生が真剣な顔つきを浮かべているもんだから、その視線の先を追うと……そこには波と戯れる女子の姿が。ギイブルが冷めた目で先生を一瞥して、遠くの木陰へと歩いていった。

 

「あーあ。先生のせいでマイフレンドが移動しちゃったよ」

 

「俺の百戦錬磨の勘が言ってるぞ。ああいう反応をするのは100%むっつりスケベだってな」

 

「ギイブルがむっつりかは置いといて。あんまり不躾に見ないほうがいいんじゃないですか? 女性は視線に敏感だって、知り合いも言ってましたよ」

 

「なんだよ、そんなこと言ってお前も見てんだろ? ほら、黙っといてやるから教えろよ。誰がいいんだ?」

 

「それはもういいでしょう。それより、何か俺に聞きたいことがあるんですよね?」

 

「……っ」

 

 先生が中々本題を切り出してこないので海を眺めながら切り込むと、先生の雰囲気が僅かに固くなった。わかるよ先生。歩き方、話し方、距離の詰め方。染み付いた動作って中々消えないよな。

 

 だから嫌でも気づいた。先生の俺への態度に、ごく僅かな警戒心が滲んでいたことに。

 

 場に沈黙が落ちる。

 

 波の音がする。波打ち際で上がる、クラスメイトたちの楽しげな笑い声。それらが遠いと感じる。いや、違う。もうずっと感じてた。暮らしも考え方も、生き方も。なにもかもが遠くて、俺とは違う。

 

 先生の静かな声がした。

 

「フェジテの街から人が消えてる。違法な人身売買をしていた商人、闇医者、果ては外道魔術師まで……こいつらを消したのはお前だな?」

 

「はい」

 

「……それは、傭兵としての仕事か?」

 

「まあ、そうですね」

 

 厳密に言えば少し違うけれど、ここで否定する必要はない。海を眺めたまま首肯した。多分、宮廷魔道士団の誰かから聞いたんだろうな。俺があちこち動いてる時、いつも見張りがついて来てたし。

 

「……っ、制服着てる間は依頼は受け付けないんじゃなかったのかよ」

 

 押し殺した声。思わず先生を見る。俯いていてその表情は見えなかったけれど、生徒思いのこの人が今どういう思いをしているのかは分かったから。

 

「……そうでしたね。ごめんなさい」

 

 謝ってほしいわけじゃないのは分かってる。でも、俺はこれしか言えなかった。こうやって生きてきたし、これからも俺の生き方はきっと変わらないから。

 

 短い謝罪に込めた意味はきちんと先生に伝わっていたようで、先生の顔はどことなく暗かった。

 

「そんなに凹まないでくださいよ。こういう道を生きるって、俺は自分で決めてるんですから」

 

 両親や集落の皆は、俺に生き方を選ばせてくれた。「貴方のなりたいものになりなさい」と、いつだって後押しして、見守ってくれてた。選択肢は沢山あって、それでも俺はこの生き方を選んだ。

 

「別に凹んでなんかねぇよ。お前が傭兵やってるってことは知ってたし、そういう仕事があることも知ってる。ただ、少し驚いてただけだ」

 

 そりゃそうだ。教え子の中に人殺しが混じっていたら、誰だって驚くだろう。少しの間、場に沈黙が満ちる。先生は何を言うかを迷っているみたいだった。

 

 いずれにせよ、この先を先生に言わせるのは違うと思ったから。

 

「心配しなくても、大丈夫ですよ。学院に来たのは単純に魔術を学びたかったからで、他に理由はありません」

 

「――!」

 

 たった数カ月の関係だ。口先だけの言葉に安心なんて出来ないだろうけど、俺が言えるのはこれだけだった。

 

 ゆっくりとその場に立ち上がった俺は、座ったままの先生を見下ろす形になる。真摯な表情で伝えたつもりだったけれど、もしかしたら逆光で見えてなかったかもしれない。

 

「誓って、生徒を傷つけたりはしません。ただ、申し訳ないんですけどお姫様(ティンジェルさん)を守ることに協力すると言った以上、今すぐ学院を辞めるのは無理ですけどね」

 

「おい待て、俺は」

 

 先生は何かを言いかけて、その口を閉じる。丁度近くにいつもの女子三人が来ていたからだ。

 

 フィーベルさんとレイフォードさんを伴って、ぱたぱたと先頭を走ってきたティンジェルさんの足が止まる。何か感じたのか、彼女は楽しげだった表情を少し気づかわしげなものに変えて、俺と先生を見た。

 

「ごめんなさい、お話し中でしたか?」

 

「いや、丁度終わったから大丈夫。三人とも水着かわいいね、似合ってるよ」

 

「べっ、別に貴方に見せるためじゃ――ウィル?」

 

「ん?」

 

「……いえ、何でもないわ」

 

 フィーベルさんは何かを言いかけてやめた。ティンジェルさんと無言で目を合わせている。

 

「水着無いから泳げないけど、折角の海だしちょっと散歩してくるよ」

 

 言い残してその場を後にする。先生達の視線が、俺には少し痛かった。

 

 

 

 




こんな感じで、ちょっぴり暗めの展開が続くかも。

余談ですが、ティンジェルさんのところを全部ティガレックスさんって書いてたのに投稿直前に気づきました。予測変換ェ……!

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