閉店間際の19時30分。ほぼラストオーダーの時間の訪れとともに、店内に店員の呼び出しベルの音が鳴り響いた。
「桐原、入ります」
「よろしく。ラストオーダーってことも伝えてあげてね」
「はいっ」
そんな風にやりとりしてバックヤードから飛び出す。閉店が迫っていることもあってか、フロア内は閑散としていた。
呼び出しは5卓さま。
足早に5卓さまの元に向かうと、注文を取るべく私は口を開いた。
「ご注文お伺いいたしま……あれ?」
「ん? ……あれ、レイナちゃんだ。こんばんは」
「あ、はい。こんばんはです」
注文を取ろうとたどり着いた席に座っていたのは、なんだか見覚えのある顔。
気安げにこちらに声をかけてくるその人は、たしか先輩の友人だ。以前一度だけ会話したことがある。名前はたしか……、
「
「あ、よかった。覚えててくれたんだ、嬉しいな」
覚えられてなかったら不審者みたいな行動だし安心したよ、と城島先輩は笑って言った。
以前話したときも思ったけれど、随分穏やかに笑う人だ。顔立ちが柔和だから、余計にそう感じる。
それはそれとして名前思い出すのに数秒かかったから、もう少し日数が経ってたら、城島先輩のことは完全に忘れてたかもしれない。危ない。
「そういえばここでバイトしてたんだったね。働いてるとこは初めて見るよ」
「はい。私も城島先輩がここにくるの初めて見たかもしれません」
「ああ、ヒロくんが嫌がるから普段はこないようにしてるんだ。でも今日はヒロくんバイト休みだから」
「先輩嫌がるんですか?」
「うん。職場に知り合いが来るの、抵抗があるみたい。授業参観みたいな気分なのかも」
「……?」
「……ああ。レイナちゃんは授業参観はりきっちゃうタイプかぁ」
「なんでわかったんです!?」
「わかるよー。いやあ、それはなんていうか、僕らとは隔たりあるなあ」
エスパーみたいな城島先輩に驚きつつ、私は職務を全うすべく口を開いた。
「コホン。えーと、ご注文お決まりでしょうか」
「あ、ごめん。えっとね、このおろしハンバークセットで」
「ライスかパンか、選んで頂けますが」
「ライスでー。あ、ドリンクバーはいらないや」
『ご一緒にドリンクバーはいかがでしょうか』を言わせないタイミングに少し笑う。なんていうか随分と注文に手慣れている感じだ。
私はかしこまりました、と一礼して、伝えておかねばならないことを口にした。
「ラストオーダーのお時間ですので追加のご注文はしていただけませんが、他にご注文はよろしかったでしょうか?」
「うん、大丈夫。っていうか、今日は閉めるの早いんだね。ご飯食べそこねるかと思って焦ったよ」
苦笑する城島先輩に、私も苦笑を返す。
確かに先輩の言う通り、今日の閉店はいつもよりずっと早い。通常営業の日であれば、閉店はまだ7時間以上も先の話だ。
「この後、アイスクリームマシンとフライヤーの点検で業者さんが来るみたいなんです」
「なるほど。……なんか、大変な時にきちゃった?」
「いえ、アルバイト的には特にいつもと変わらないですかね。そろそろみんな上がれるってくらいの変化です」
「そっか、それは良かった……。いや、それでも学校終わってからこの時間だと、もう5、6時間くらい働いてるんだもんね。日頃からが大変なんだ」
「んー、確かに日頃から大変といえば大変ですけど。5時間以上働くのは今日みたいな学校が凄く早く終わるか、そもそも学校ない日くらいですし。そこまで辛くはないですねー」
この生活にもう慣れちゃった、というのが一番大きいのかもしれないけど。それこそ最初は色々大変だった気がする。
「城島先輩こそ、今日はどうしたんです? なんかまだ制服着てるってことはこんな時間までどっか行ってたんですか?」
「レイナちゃんと同じようなものだよ。学校終わってアルバイト。……で、それが終わったから晩ご飯食べにきたんだ」
なるほど。つまり学校から家には帰らず直接バイトに行って、そこからここにきたということらしい。
城島先輩を『以前話したことがある先輩』と認識できた理由の一つが、彼が今着ている制服だったから、私的にはラッキーだったかもしれない。さっきも言ったけど、城島先輩のことを忘れていた、なんて失礼をかまさずにすんだ。
それはさておき、
「テスト終わってすぐにアルバイトって大変じゃないですか?」
とりあえず自分のことは棚上げしてそう尋ねると、城島先輩はクスリと笑った。
「それレイナちゃんが言っちゃう? 高校入って最初の定期テストなんだから、そっちの方が大変だったんじゃないかって思うんだけど」
「あ、はい。それはそうなんですけど、一年生と二年生だと内容も違うだろうし……。それに、あの先輩が今日はバイト休むくらいですから」
「ふふ、ヒロくん基準なんだ。……レイナちゃんの中では、ヒロくんは仕事の鬼みたいな感じ?」
「ですです」
思わず同意してしまってから、しまったと思う。
なんかこのことが先輩の耳に入ったら、また『お前は俺をなんだと思ってんだ?』ってジト目で言われちゃいそう。
そんな私の思考を読んだのか、城島先輩は笑って「ヒロくんには黙っとくよ」と言い、
「僕も『よく働くなあ』とは思うけど、普通にお休みほしい時もあるんじゃない? 『テスト最終日まで働いていられるか。俺は家に帰って眠らせてもらう』って」
「ぷっ! なんかミステリーの死亡フラグみたいなセリフですねっ」
「あ、それはもう僕が言った。……ら、叩かれたから本人には言わない方がいいよ」
「え」
それってつまり、今の死亡フラグみたいなセリフを実際に先輩が言ったってこと? 城島先輩のイメージじゃなくて、風間先輩が? ヤバイ、おもしろすぎるんですけど!!
「くふっ……。はい、気をつけ、ふふっ、ますね……!」
あー、ダメだ! 変なツボに入っちゃった。まだ仕事中なのに、笑い収まんないんだけど! こう、笑うな笑うなって思うと余計に笑えてきちゃうし、どうしたらいいの。
必死に笑いを堪えている私を見かねてか、なんか城島先輩も微妙な表情だし。
「えっと……、なんかごめんね?」
「いえっ、だいじょうぶふぅ! ……ゴホン、ゴホン! 大丈夫です、だいふっ、大丈夫でっしゅっ」
「……全然大丈夫に見えないよ」
「ごめんなさっ、ふっふ!」
ちょっと申し訳ないけどしばらく動けそうにない。
そうやってテーブルに手を突いてぷるぷる笑いを堪えていると、ふと思いついたかのように城島先輩が口を開いた。
「あれ? そういえば、今日ヒロくんいないってことはレイナちゃん一人で帰るの?」
「ふふふっ……! へあ? あっ、はい。そうですね。……ふっ」
よーしよし。ちょっとずつ収まってきた。店内にもうほとんどお客様はいないって言っても、いつまでもこうやって笑い堪えてたら頭おかしい店員認定されかねないし。
あと城島先輩の質問は、うん。いつもバイト帰りは風間先輩に送ってもらっているから、先輩がいないときは基本お一人様で帰宅コースなんだよね。
いくら最近日が長くなってきたっていっても、バイト上がる時にはもう暗くなっちゃってることも多いし、怖いっちゃ怖いんだけど。でも、こればっかりは仕方ないからなあ。まさか高校生にもなって、それも自分の意志でアルバイトしてるのに、誰か迎えにきてくださーい、とか言いづらいし。
で、私の答えを聞いた城島先輩はなにやら思案顔。
そっかー、となんだか気の抜けた相づちを打って水を一口飲んだ彼は、窓の外の暗がりを見つめてから私に言った。
「じゃあ今日は僕が送って行こうか?」
※※※
すっかり日が暮れた街並みを先輩と歩く。
一度は遠慮してしまったけれど、暗い夜道は普通に怖いもの。城島先輩の優しげな雰囲気も相まって、私はお言葉に甘えてしまうことにした。
「一年は初日に数学だったんだ? 最初に難関終わって良かったんじゃない? 二年は最終日……、今日が数学だったからさあ」
「私たちは今日、英語と現代文でしたね。……っていうか、城島先輩も数学苦手なんですか?」
普段それほど接点のない二人。っていうか、まともに会うのも話すのも今日が二度目だし、帰り道の話題はどうしても学校関係のものになる。
で、学校での直近のイベントだと、今日終わった定期テストの話題が主になってくるわけで。緊張した初テストを終えた私は、結構気が緩んでいるんだけど、城島先輩の方はなんだかちょっとゲンナリしているような? そんなに今日のテストの出来が悪かったんだろうか。
「別に苦手ってほどでもないんだけどね。数学は毎回、もの凄く難しい問題つっこまれてくるから。二年生はだいたいみんな身構えちゃうところあるんだ」
「そうなんですか? 私数学そんなに得意じゃないですけど、そんなに極端に難しい問題はなかったような……?」
はて? 一年生最初のテストだから、手加減でもされていたんだろうか。だとしたら、次回からのテストの難易度が大幅に上がるってことだからやめてほしいんだけど。
「……ああ、そっか。一年の数学って誰先生?」
「ええっと、私たちは藤原先生です。あと、別のクラスは高遠先生とか」
「フジ先と高遠先生ね。あの人たちはまあ、そんな無茶な問題出さない印象かなー。二年の数学は渚センセいるから」
「……渚先生?」
と、言われても。高校に通いだしてからまだそんなに時間経ってないし、そもそも授業別、クラス別で先生が変わるから担当教師以外って名前と顔が一致しなかったり。申し訳ないけど、先生の数自体も中学に比べてだいぶ多いからまだ覚え切れてないんだよね。
それを察したのか、城島先輩は「若い女の先生なんだけどね」と前置きして、
「出てくる問題の難易度が軒並み高いっていうか、こっちの限界ギリギリを狙って引っかけ問題作ってくるっていうか。まあそんな感じだから、二年の数学って他の教科より平均がぐっと下がるんだよね……」
「その渚先生が毎回テスト作ってるんですか?」
「そうだよ。テストの隅に『渚作』って書いてあるし。まあ流石にクラス数も多いし、授業と採点は担当別でやってるんだけど、今のところ数学のテストは全部『渚作』って書いてたなあ」
そう言われてテストの問題用紙を振り返ってみるけど……、うーん、制作者の名前なんて書いてなかった気がする。見落としたかな。それとも先生たちの個性なんだろうか。
「それで、レイナちゃんはいい点取れそう?」
「へ? あ、はい。多分。自己評価ですけど、どの教科も思ってたよりずっとわかったので」
「それは良かった。うん、まあ今日の様子からそんなにヒドい結果じゃなさそうとは思ってたけど」
「私、そんな浮かれてました?」
「ヒロくんが『桐原のヤツがテストにビビってる』って言ってたから。その割りには今日は平然としてるなー、って思ったくらい」
「先輩なんてことを……!!」
プライバシーの侵害案件だと思うんですけど!? それにビビってませんし? ただちょっと高校最初のテストが不安だっただけですしー!?
そんな風に思っていると、ふっ、と城島先輩が笑っているのが見えた。
どうしよう、もしかして今私、結構アレな顔してたかな?
「やっぱり仲良いね」
「え?」
「ヒロくんとレイナちゃん。良いことだと思うよ」
にこり、と優しげに城島先輩が笑う。
なんかものすごく微笑ましいものでも見ている表情なんだけど、なんだろう。私としては、そんなハートフルなやりとりをした覚えがないんですが?
っていうか、私と先輩って仲良しなんだろうか? 前にも城島先輩に『仲良しだね』と言われたけど、そのときから特別に仲良くなったって気はしない。そりゃ、私は先輩と仲良くしたいって思ってるけど、肝心の先輩の方は私のこと『やかましい後輩』くらいにしか思ってなさげなんだもの。
……せっかくの機会だし、ちょっと相談してみようかな。城島先輩は自他共に認める風間先輩の友達なワケだし、アドバイスっていうか、現状私が本当に先輩と仲が良いのか聞いてみたいっていうか。
「私はその、風間先輩と仲良くしたいって思ってるんですけど。バイト仲間だし」
「うん?」
「でもその、先輩の方はどうなんだろって思うこともあって。ぶっちゃけると私と先輩って仲良いんですかね?」
「僕から見れば、仲良しにみえるけど?」
「……こんなこと言うの失礼だと思うんですけど。私、城島先輩の前で風間先輩となにかした覚えがないんです。それなのに、城島先輩は何を根拠に私たちが仲良しに見えてるんですか?」
まさか風間先輩が『バイトの後輩の桐原と俺は超仲良いから』なんて言うとは思えない。っていうか、さすがにそんな先輩は嫌すぎる。
ってことは、城島先輩はそういうのとは別に私たちに仲の良さを感じているハズで。それがわかれば自信を持って、『風間先輩と私は仲良しです』と言えるっていうか。ただの知人じゃなくて、後輩で友人くらいのポジションだと自負しても許される気がするし、なんならそこを取っ掛かりにしてもっと仲良くなれるんじゃないかなー、なんて。
そういうちょっとした打算を含んだ質問に、城島先輩は「うーん」なんて思案顔。
「レイナちゃんはさ。ヒロくんのこと好き?」
「…………は?」
と、思ったら唐突にとんでもない質問を返されて一気に語彙が死んだ。ついでに表情筋も死んだ気がする。
隣にいる城島先輩がきょとんとした顔をしてから、すぐに焦ったような表情を浮かべて言い募った。
「ああ、ごめん。恋愛的なアレソレじゃなくてね。いやそれもあってもいいんだけど、ともかく。友人とか知人として、あとは単純に先輩としてとか? どういう目線でヒロくんを見てるにしても、そこに好き嫌いって感情は付きまとうでしょ? で、レイナちゃんはヒロくんを見るときどっちよりかなって話」
ちなみに僕は好きな方に感情が振れてるよ、と城島先輩。
あー、びっくりした。うん、そう、そっか。そう言う話なら私もちゃんと答えられる。
「好きか嫌いかで言ったら、もちろん好きですよ」
「だよね、良かった」
「良かった?」
「うん。僕から見た二人の仲の良さって、レイナちゃんがヒロくんのこと好意的に見ててくれないと成立しないっていうか。ほら、ヒロくんってどっちかって言うと受け身でしょ?」
受け身でしょ? って言われても。先輩って言うほど受け身かな?
「ピンとこないかな? ……うーん。なんていうか、自分から積極的に誰かと仲良くなりにいこうとしないっていうか。話しかければ答えるけど、自分から話にはいかないっていうか?」
「ああー、そう言われればそうですね。会話のスタートはだいたい私です」
私に対してだけじゃなくて、それはアキラさんやユキちゃん先輩に対してもだから、もはや先輩の性質かもしれない。確かに対人関係が受け身と言える。
「うん。でね、話しかけてくるレイナちゃんを無下にしてないってことは、ヒロくんの方もレイナちゃんと仲良くしたいって思ってるハズだから」
「ええ……?」
そうかなあ?
そんな単純な話? と、私は首を傾げた。
「あ、疑ってる? ……ヒロくんは好き嫌いはっきりしてるから、レイナちゃんのことが嫌いだったら、もっと早くにばっさり切ってると思うな」
「……ばっさりですか?」
「うん。『うるせえ』『無駄口叩いてねえで仕事しろ』『今話す気分じゃないから話しかけんな』『そうか。で? それ俺に話してなんか意味あんのか?』って感じで」
「ぐっは!?」
いま城島先輩が上げたセリフ全部脳内再生余裕すぎた挙げ句、もし真正面から言われてたら立ち直れないくらいのダメージを負ったんですけど! そしていつ言われてもおかしくないセリフに内心ガクブルなんですけど!?
「ヒロくんと知り合ってもう二ヶ月でしょ? その間にレイナちゃんがどのくらい話しかけてたかはわからないけどさ、まあそこそこの頻度だと思うんだ。いま言ったみたいな感じで邪険にされてないなら、ヒロくんも結構気を許してる……、大丈夫? 顔色悪いよ?」
「だ、大丈夫です。ちょっと言われた場面想像して凹んでただけです」
「そう? ならいいんだけど」
「はい。……ともかく、現状で風間先輩に邪険にされてないってことは、少なくともまだ嫌われてはいないと」
「そうそう。それで、レイナちゃんの方もヒロくんのこと嫌ってないなら、まあ普通に仲良くなれると思う。っていうか、なんだったら今でも十分仲良しに見えるんだけどね」
「えっと、ありがとうございます」
さっきの恐ろしいセリフ群がいつ襲いかかってくるか、ということはひとまず置いといて。とりあえず現状で、私は先輩に嫌われてないことがハッキリして少し安心した。
っていうか、城島先輩が例として上げるってことは、過去にあんな感じのセリフで誰かをばっさり切ったことがあったんだろうか。聞きたいような、でもやっぱ怖いから聞きたくないような。
「っていうかね」
「はい」
「まずヒロくんの口から、後輩の、それも特定の女子の名前が出てくること自体が珍しいからさ。しかも聞かれたから答えたってわけじゃなくて、日常会話でぽろっと漏らした感じだからね。好かれこそしてても、嫌われてるなんてことはないんじゃないかなあ」
「え?」
「ほら、さっきの『桐原がテストにビビってる』ってヤツ。聞かれてもないのにうっかり話すくらいには、レイナちゃんのこと受け入れてるんだと思うよ」
「……っ」
あ、あー!! ちょっと、思いも寄らないところにトラップしかけるのやめてもらえませんか!! デレ? 急激なデレなんですか!? 割と私のことどうでもいいって感じの態度のくせに、意外と気を許してるとかなんなんですか!? そ、そんなのでテストにビビってたって吹聴されてたのを許すと思ってるんですか。許しますけど!? っていうかビビってませんけど!?
あ、いや、ちょっと待って。違う。違うわこれ。落ち着いて、私。騙されちゃいけない。先輩は別に私のこと好きとかそういうんじゃなく、ただの後輩として認めてくれてるだけだから。城島先輩も、風間先輩が私のこと恋愛的に好きだなんて一言も言ってないし。我ながら少女マンガ思考がヒドいゾ。
それはそれとして嬉しいんだけどね! つまり私って『小うるさい後輩』から『小うるさいけど、まあ許せる後輩』にクラスチェンジしたってことだもんね! だからなんだって話だけど、私的には嬉しいから無問題。これは胸を張って『先輩とは仲良しです』って言える日も近いのでは!?
「……落ち着いた?」
「ひゃっ!? はい、大丈夫です。全然動揺なんかしてないでし」
う、噛んだ。
なんていうか、落ち着いた声音と表情で話しかけてくる城島先輩に、内心の動揺とか全部見透かされてそうで恥ずかしいんだけど。
「レイナちゃんみたいな明るくて良い子そうな子が、ヒロくんと仲良くしようとしてくれて僕は嬉しいよ。中学に比べたら丸くなったと思うけど、やっぱり皆からは取っつきにくいって思われてるみたいだからさ」
「中学」
「そう。中学の時は今よりもっと好き嫌いはっきりしてたかな。結構切れ味良かったよ」
なんてこともないようにお出しされたフレーズは、私の中にチクリと刺さった。
そうだ。そうだった。この人は高校で出来た友達じゃなくて、中学生の頃からの先輩を知っている人なんだ。だったら、もしかしたら、あのことを知っているのかもしれない。
「……あのっ」
意を決して口を開く。
「城島先輩は中学から風間先輩と一緒なんですよね。だったら、その……、先輩がどうして部活辞めちゃったのか知ってますかっ」
「部活ってバスケ部のこと? それはまあ、知ってるって言えば知ってるけど……」
勢い込んだ私の質問に、先ほどまで笑顔だった城島先輩は真顔になって、
「それ、本人には聞いてみた?」
「……詳しくは聞けてないです。会話の流れでぽろっと『高校でまでバスケやる気がない』ってだけ」
雰囲気の落差に少し戸惑いながら正直なところを口にする。
すると城島先輩は少しのあいだ空を見上げて、それから長く息を吐いた。一瞬だけ張りつめた空気が、城島先輩の長い呼気で緩んでいく。
「そっかー。うーん、じゃあ本人に聞いた方がいいかなあ。僕の口からはちょっとね」
「えっ、そんな話せないような事情なんですか」
「全然? 僕からしたらくだらない理由っていうか、大したことない理由だけど。でも、本人にとってはそうじゃないかもしれないじゃない?」
っていうか、たぶんそう。と城島先輩は苦笑した。
「だから詳しく聞きたいなら本人へどーぞ」
「……私が聞いて、教えてくれるんでしょうか」
「レイナちゃんなら大丈夫だと思うけど。そもそもそのことでヒロくんがウソ吐いたり、妙な誤魔化しをするとは思えないし。
ただ、そうだなあ……。話したくない時は話したくないって言うと思うから、その時は無理に追及しないであげてほしいかな」
※※※
そんなことがあって数日。私は今日もバイト帰りの夜道をゆっくりと歩く。
ただ隣にいるのは数日前とは違い、城島先輩じゃなくて風間先輩だ。
もっとも、この前のあれは私にとって異常事態だったから、今のこの状況の方が私には馴染み深い。
「……って感じで、こないだは城島先輩に送ってもらっちゃいました」
その異常事態のことを先輩に報告する。
なにげにテストが明けてから先輩とバイトが被るのは、今日が初めてだったから、先輩の友達にお世話になったことも言えていなかったのだ。
その先輩は私に合わせてゆっくり歩きながら、ものすごく興味のなさそうな声で相づちを打つ。
「ああ。城島から聞いてる」
ですよねー。友達だもんね、そりゃ知ってるよねー。
いつもの私なら話題のチョイスを間違ったかな? なんて思うところではあるんだけど、そこはそれ。こないだ城島先輩が言ってくれたことを覚えてるから、そこまで気まずいって感情はわきあがってこない。
むしろもうちょっとこの話題を続けても、最後まで話を聞いてくれるんじゃないか、なんて信頼まで浮かんでくる始末だ。
「城島先輩って、なんていうか凄く優しいですよね。見た目通りっていうか。優しさが容姿と雰囲気にまで現れてる……!」
「一回送ってもらったくらいで大げさじゃねえか?」
「いやー、それだけじゃなくてですね。会話の節々で相手を気遣ってるっていうか」
っていうか気遣いの対象は、私よりもむしろこの先輩の方だったんだけどね。
それでも優しくて気遣いができる人間っていう印象は揺らがない。
ちなみに未だに先輩にはバスケを辞めた理由を聞けていない。
城島先輩は大丈夫だ、って太鼓判を押してくれたけど、私としてはまだ自信がないというか。聞いてみて、もしも拒否されたりでもしたらショックだから逃げてるというか。
そんなワケで城島先輩に送ってもらった話の中では、風間先輩が部活辞めた理由について尋ねた下りは全カットでお送りしています。ずるい? 乙女の秘密ってことで勘弁してね!
「改めて話してみて、城島先輩はスゴくいい人だなあって思いました」
詳しくは言えない部分をオブラートに包みまくって言う。
詳しく言えないせいでなんか小学生の作文みたいになっちゃってるけど、私が城島先輩に感じた想いとしては一文字も間違ってないから、まあいいかな。
「……おい」
と、静かに私の話を聞いていた先輩は、ここでなぜか苦虫を噛み潰したような顔。
「はい、なんでしょう」
なんだろう。なにか先輩の気に障るようなこと言ったかなあ? でも基本的には城島先輩のこと褒めてただけだし、気分を悪くするようなこと言ってないよね? まさか自分の友達褒められて気を悪くするような、困った感性の持ち主じゃあないだろうし。
「あー……。悪いことは言わん。城島はやめとけ」
忠告のような、警告のようなその言葉。
先輩の言う意味をうまく噛み砕けなかった私は、首を傾げることしかできなかった。
※簡易キャラ設定
【後輩に親身になったら友人にディスられた】城島くん
小柄。童顔。穏やかな気性。それゆえによく人に舐められるが特に気にしていない穏健派。それでもケンカになった場合は、たいてい相手がとんでもなく無礼な場合。
この作品における先輩こと風間の中学時代からの友人。
取っつきやすい外見と気性をしてるので、風間の情報はこいつから根こそぎ頂きだぜ! と思ったが、城島くんは他人のプライバシーをそれなりに守れる良い子なので桐原の思い通りにはいかなかった。残念。
実は毎朝一緒に登校してくれる年上の幼馴染女子がいたらしい16歳(『先輩と昼休み』時点)。
簡易キャラ設定とか載せていますが、これ見たいものなんでしょうか?
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見たい
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正直いらない
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簡易じゃなくて詳細を載せて
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そんなことより先輩の中学時代が見たい