いつもの放課後。いつものバイト先。いつもの休憩室。
今日も今日とて絶賛バイト中の私は、いつもより少しだけ早いタイミングで休憩を取らされた。理由は、さっきまで団体様が3組くらい来ていてハチャメチャに忙しかったから。『疲れているだろうし、早めに休憩行って長めに休んできなさい』とは店長の言で、普通にめっちゃ疲れていた私はお言葉に甘えてしまった。
「あ、お疲れさまです」
「おう、お疲れ」
いつもの席に座ったタイミングで、休憩室の扉を開けて先輩が外から入ってきた。手には缶コーヒーが握られているからして、いつものように裏口近くにある自販機まで行ってきたらしい。
缶を軽く振ってからプルタブを開けると、彼はいつものように私の斜め向かいに着席した。
「お前が休憩入れたってことは、向こうは少し落ち着いたのか?」
着席早々の質問に首肯を返す。
休憩時間が早まった私とは逆に、さっきまでの忙しさのせいで先輩の休憩時間は後ろにずれ込んでいたので、もっともな疑問だろう。
「団体様1組お帰りになられたのと、パートさんたち来てくれたので」
「ああ、もうそんな時間か。休憩ずれると感覚狂うな」
はーっ、と溜め息を吐いてからコーヒーを一口。先輩にしてはだらしなく、休憩室の椅子にもたれ掛かるように座っている。
「店長が、いま少しヒマになったから先輩も休憩時間延ばしていいよ、って言ってました」
「そりゃ助かる」
返す言葉も、いつもより元気がない。
私に対して呆れた時とか、結構疲れたような声を上げることがあったけど、アレは別にそんな疲れてはいないんだなあ。いまの返事聞いちゃうと、アレは本当に『疲れた雰囲気』であって『実際に疲れた』時の声色とは全然違うんだってわかっちゃう。
「お疲れですね」
「まあな。けど、それはお前も同じだろ」
「先輩ほどじゃないですよ」
意識してにっこりと笑ってみせる。
実際、フロワで一番忙しなく動き回っていたのは先輩だ。そりゃ私を含めた他のスタッフも頑張ってたとは思うけど、なにせ今日のメンツだと一番仕事の処理が早いのが先輩だったから、必然的に先輩に頼るシーンが多くなっちゃったというか。早い話が、先輩マジお疲れさまですって感じというか。私だって研修期間抜けたから一通りの仕事は出来る自信はあるけど、やっぱり咄嗟の対応とか、優先順位を着けるスピード感とかは、まだまだ先輩には適わない。
そしてさっきまでの職場はまさしく、その咄嗟の対応とスピード感を重視される忙しさだったってこと。
「せっかく休憩時間も延びたんですし、ちょっとくらい寝てもいいんじゃないですか? 時間になったら起こしますよ」
「いい。一回寝たら、今日はもう働く気力湧く気がしねえ」
「あー、なんとなくわかります」
私だっていま寝ちゃうと起きれそうにないし、寝起きでいきなり働くのは精神的にちょっと辛いかも。それはそれとして、仕事の鬼な先輩がここまではっきり仕事したくなくなる、って言うのは珍しい気がする。
「休憩明けたら後二時間ですよ。頑張りましょう!」
「お前、そういうとこあるよな……」
「……?」
「いや無自覚ならいい。二時間は長ぇなってだけだ」
そう言って、先輩はコーヒーをもう一口。ついでにもう一回ちょっと大きめの溜め息も漏らした。
「先輩って、コーヒー好きですよね」
「あ?」
「いえ。どうせ買ってくるなら、栄養ドリンクとかの方が良かったんじゃないかなって。疲れてるんだし」
「栄養ドリンクを休憩中に飲みたくはないな……。いよいよもってブラック企業に就職したみたいになるだろ」
「うちの職場ブラックなんです?」
「いや、普通。店長がいい人だから、他の店舗よりマシかもな」
私の初めてはこの店だから比較のしようがないけど、店長がいい人っていうのは同意。そういえば先輩は別店舗や、違う種類のバイトやったことあるんだろうか。
「先輩って、別のところで働いた経験あるんですか?」
「俺は去年の暮れに、別支店に応援に駆り出されたくらいだな。ただまあ、他人のバイト話聞いてる限り、ここはそんなブラックではねえよ」
「えっと、それは城島先輩とか?」
数回だけ話したことのある先輩の友人の名前を上げる。前に会った時にはバイト上がりだ、と言ってたから先輩の言う『他人のバイト話』は城島先輩のものかもしれない。
「いや、城島のとこは守秘義務あるとかであんま内容話せないみたいだし、俺もよくは知らんな」
「え、そんな厳しいバイト先なんですか?」
「なんか公務員系の手伝いだとは聞いたが……。本人が話せないって言ってるし、わざわざ訊かなかったな」
「はえー」
なんていうか、守秘義務があるバイトとか初めて聞いた気がする。
いや、厳密にはどんな職場にも外に話しちゃいけない話っていうのはあると思うんだけど、それにしたって普通は『守秘義務があるから話せない』なんて真っ先に出てくることはないと思う。大概がバイト先のグチとか、ちょっと笑える話とか出てくるものだと思ってたんだけど……。
いや、そもそも高校生にやらせる『守秘義務』が発生するようなお仕事ってなに!? 先輩も先輩で気にならなかったのかな? 話せない秘密のお仕事ってだけで普通は詮索しちゃうと思うんだけど、男子ってそんな感じなの!?
「先輩ってそういうの気にならないんですか? 私、めっちゃ内容気になってるんですけど」
「気にはなるけど、詮索するほどじゃねえな」
「えー……」
「つうか、城島困らせるだけだから訊きに行くなよ?」
「や、それはさすがに行きませんよ」
「ならいいけどな」
先輩はそう言ったけど、表情があまり納得してない感じだよ? あ。これもしかしなくても私、信用されてないな? ヒドい話ですよまったく。こんな可愛い後輩の言うこと信じられないなんて!
心配しなくても、わざわざ訊きになんて行きません。どっかでばったり出会った時には、うっかり訊いちゃうかもしれないけど。
そんな私の内心を知ってか知らずか、先輩は疑いの眼差しを向けたままコーヒーをあおった。それから缶を机に置いて、再び口を開く。
「お前、もしかしてのど渇いてるか?」
「へ?」
「さっきから露骨に見てるだろ、これ」
そう言って先輩が缶コーヒーをゆらゆらと揺らして見せた。見慣れたラベリングのされた缶が揺れるたび、缶の中身がちゃぷちゃぷと音を立てる。
少しだけ気まずくなって、私は頬をかいた。
「あはは、バレました?」
「休憩中なんだから、変な遠慮せずになんか飲めばいいだろ。なにをそんな我慢してんだ」
「あ、いえ。のどは渇いてないんです」
「あん?」
「のどは渇いてないんですけど……。それ、おいしいのかなー、って思っちゃって」
先輩の持つ缶コーヒーを指さして言うと、先輩は怪訝そうに眉を寄せた。
「お前、前にコーヒー苦手だって言ってなかったか?」
「あ、覚えててくれたんですねっ」
思いがけない嬉しさにちょっとだけ語尾が跳ねた。
絶対忘れられてると思ってたから、少し嬉しい。私の好き嫌いなんて、先輩にとってはいらない情報だろうし。実際、私ですらいつ先輩とそんな話したのか曖昧だしね!
それはさておき、
「実はですねー。こう見えて私、昔はコーヒー好きだったんですよ」
「そうなのか?」
私のカミングアウトに、先輩が珍しくキョトンとした顔をする。
その反応がなんだがおかしくって、私はクスリと笑った。
「はいっ。って言っても先輩が飲んでるようなヤツじゃなくて、もっとコーヒー牛乳っぽいヤツですけど。
有名な乳製品メーカーから出てる紙パックの商品。知りません? コーヒーって名前で、中身は明らかにコーヒー牛乳の」
「……ああ。なんかあったな、そんなの。クソ甘いヤツ」
「そうです、そのクソ甘いヤツが好きだったんですよね。朝ご飯がパンの日は飲み物がそれで、パンの日は幸せでした」
「そうか。良かったな」
「はい。しかし幼い
「悲劇て」
「当時私とお母さんは甘いコーヒー飲んでいたんですけど、なんとお父さんはインスタントコーヒーを飲んでいたのです。そして背伸びしたい年頃だった私は……、ああっ」
「もうオチがみえた気がする」
「ほら、コーヒーってスゴくいい匂いするじゃないですか。甘いような、香ばしいような。おいしそうだなー、って思ったらお父さんのコーヒーをですね」
「飲んだんだな」
「飲みました。そしてあまりの苦さに吐き出して、泣いたらしいです」
自分のことなのに『らしい』なんて言うのは、当時のことをあんまり覚えてないからだ。小学校に上がる時には『コーヒーは苦くておいしくないもの』と思っていたので、事件が起きたのはたぶん幼稚園児くらいの時だろう。
我ながら好奇心旺盛というか怖いものしらずというか、そもそもお母さんたちも止めてくれればよかったのに。いや、両親の見てない隙にコッソリ飲んだらしいから、止めようがなかったんだろうけど。
と、先輩も私と同じ感想を抱いたようで、頬杖をついて苦笑いしている。
「なんつうか、お前らしい話だな」
「私らしいかはともかく、それ以来コーヒー系の飲み物に身構えるようになっちゃって……。ここ数年はコーヒー含まれてるもの飲んでないんです」
「トラウマになってんのか」
「ですです。でもですね、バイト始めるようになってから、先輩がずっと休憩の度にコーヒー飲むから、そんなにおいしいのかと思って。私も味覚が大人になってることだし、もしかして今なら美味しくいただけるかもしれないと思ったらですね。ついつい視線が……」
「なるほど。まあ納得はした」
先輩は苦笑いしたまま私と缶コーヒーを見比べると、おもむろにその缶コーヒーを私へと差し出した。
「ほら」
「え?」
「そんな気になるなら、飲んでみればいいだろ」
「いいんですか?」
「別にいい。けど、俺の分はちゃんと残せよ?」
「わぁ、ありがとうございます!」
うっかりこぼしてしまわないように、しっかりと両手で受け取る。
重さ的にまだ半分くらい残っていそう。しかしいつも思うんだけど、缶コーヒーってなんでこんな小さいんだろう? 他のジュースだと大体同じ値段で350ml入ってるのに、コーヒーだけ明らかに量が少ない。
「お試しするにも、ちょっと色々勇気いるので助かります!」
いま思った量の問題とか。あと単純に味とか。
そこそこ値段張るのに美味しくなかったらショックだし、昔みたいに吐き出しちゃったらもったいないもんね。できれば食べ物を粗末にはしたくないし。
「じゃあいただきますねっ」
「おう」
く、と缶を傾けて飲み口に顔を近づけると、ふわり、と甘そうなコーヒーの香りがした。
ちょっとだけ緊張する。昔の私はこの匂いに騙されて飲んで吐いたんだよね。まさか今の歳になってみっともなく吐き出すとは思わないけど、それにしたって先輩の手前無様をさらすのは嫌というか。
大丈夫。大丈夫。私はもう大人。コーヒーの一口がなにさ! 全然平気、余裕も余裕だもんね。うん、大丈夫! 自己暗示完了! いつでもいける。私は飛べる!!
いきますっ! とやや勢いをつけて缶コーヒーに口を付ける。
まず濃いコーヒーの匂い。そのあと舌に触れる冷えた液体。少し遅れてコーヒーの味が……。
「……、……んく」
「なんだ、全然余裕そうだな」
「…………んく。……ん、んん!?」
「桐原?」
「ん、……ぶっはっ!? あー! ダメですダメですダメでしたー!!」
缶をテーブルに置いて、うええ、と呻き声をあげる。
ちょっとイケるかと思ったけど、ダメなものはダメだったー! 吐き出しこそしなかったけど、なんていうか思わず吐き出そうかと思うくらいには無理だったよ。え、なにアレ? 泥水? なんでみんなこんなの飲めるの!?
「……うう、苦い。変に甘い。あああ……!」
「じゃあ一口でやめとけよ。なんでちょっとゴクゴクいったんだ」
「今ならイケそうな気がしたんです、勢いつければ一気のみできる気がしたんです!」
「おいこら。俺の分残せって言ったよな?」
「あ」
「お前な……」
はあ、と溜め息を吐いて先輩がテーブルに置いた缶コーヒーを取り上げる。
そのままなめらかな動きで口を付けると、こくこくと先輩の喉が動いて、あっという間にコーヒーを飲み干してしまった。
「……先輩、よくそんなもの飲めますね」
「嗜好なんて人それぞれだろ。お前にコーヒーは合わなかったけど、俺はそうでもねえだけだよ」
ゴミ箱に空き缶を放って先輩は言った。
「まあコーヒー飲むのを強要されるタイミングなんて、ほとんどねえだろうから飲めなくても困らないだろ」
「そうですよね。っていうか、そうじゃないと困ります」
よし決めた。私もう二度とコーヒー飲まない。目の前で先輩がおいしそうに飲んでても騙されない。誰かに勧められてもぜーったい飲まない!
「なんか妙な覚悟決めてる」
「え!? 口に出てました!?」
「いや、顔に出てた。わかりやすいな、お前」
それはそれで恥ずかしいんだけど。私そんなにわかりやすいかなあ……。
「はあ……。とにかく、私はもう二度とコーヒー飲まないと誓いました」
「そうか。まあ好きにしろよ」
「好きにします!」
「力強いな。どんだけマズかったんだよ」
「はき、……飲み込めないくらいダメでした!」
吐きそうって言い掛けたよ。危ない。いや、飲み込めないも大体おんなじかな?
「ご愁傷様。しかしインスタントコーヒーと缶コーヒーだけで判断されるコーヒーも、それなりに哀れっちゃ哀れだな」
「個人的には同情の余地なしなんですけど」
「旨いコーヒーはそれこそ人生観変わるくらいの味がするらしいが、どうだろうな。もしそんなん飲めるなら、お前もコーヒー好きになるかもな」
……コーヒーを好きになる自分?
その様を想像してみて、すぐに私は首を振った。
いやだって、どんなに美味しくても、それは所詮コーヒーでしょう? コーヒーって根本が変わらないと、私はそれが何でも無理な気がするよ。
っていうか、
「人生観なら既に変わりましたよ。この世には、どうしたって受け入れられない食べ物が存在しているんだ、ってね!」
「お前、もしかしなくてもトラウマ重くなってるだろ」
先輩の言葉に、私は全力で頷きを返した。
誰がなんと言おうと、私はもう絶対にコーヒーなんか飲まないんだからねっ!
簡易キャラ設定とか載せていますが、これ見たいものなんでしょうか?
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見たい
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正直いらない
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簡易じゃなくて詳細を載せて
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そんなことより先輩の中学時代が見たい