「明日は体育祭ですねっ、先輩!」
いつもの放課後。いつものバイト先。いつもの休憩室で、いつもの席に座る先輩に私はそう声をかけた。
先輩は私の声にスマホを操作する手を止めると、
「ああ。めんどくさくて仕方ねえな」
と、ため息混じりに言った。
「……? 先輩、体育祭嫌いなんですか?」
「嫌いってわけじゃないが。面倒だろ、アレ」
「ええ……?」
首を傾げつつ質問すると、意外な答え。
そりゃあ世の中には体育祭嫌いな人種もいるだろうけど、まさか先輩がそっち側とは思いもしなかった。運動が苦手なワケでもないだろうし、何が嫌なんだろう? そもそもこの人、前に球技大会はいいって言ってたと思うんだけど。
「なんでそんな戸惑ってんだよ。こんなもん普通だろ」
「いや戸惑いますって。だって先輩、球技大会の時はそんなこと言わなかったじゃないですか」
「球技大会? ああ、そりゃお前アレはメチャクチャ楽じゃねえか。体育祭とは違うわ」
「全然わかんないんですけど」
どっちも運動に関する学校行事ってことは変わらないのでは? 球技限定かそうじゃないかの差はあるだろうけど。
「球技大会はサボれるだろ」
納得してない私の顔を見て、先輩が言う。
「最初の
「ええー……どんだけサボりたいんですか。みんなとちゃんと思い出作りしましょうよ。そんなだと、高校生活灰色ですよ」
「いいよ、別に。だいたい、体育祭で張り切ってもいいことねえしな」
「や、いいことないはウソでしょう。優勝できれば嬉しいし、そうじゃなくてもクラスの結束が強まっていいことだらけじゃないですか」
「それに価値を感じねえ人種もいるんだよ」
それが俺だ。と、なんだかヒネクレたことを宣う先輩。
えー、この人なんでそんな寂しいこと言っちゃうかなあ……?
「あ! じゃあじゃあ、クラスがじゃなくて個人的に嬉しいことがあればいいんです?」
「ん? まあ、確かに。明確なメリットみたいなのあれば、やる気も出るかもな」
「それならほら! 体育祭で活躍できれば、きっと男子にも女子にもモテモテですよ! バラ色の学園生活、やったね!」
「…………はあ」
「ため息なんで!?」
「それに価値を感じねえ人種もいるんだよ」
全く同じ切り返しをされてしまった。
むむ。みんなの人気者になるって、結構明確なメリットな気がするんだけど。先輩はなにが不満なのかな。
「お前は……、その様子だと体育祭好きなのな」
「へぁ? あ、はい。イベントごとは好きですよ。だって楽しいし!」
「ふーん」
「わあ、気のない返事ありがとうございます! 割と失礼な反応ではないでしょーか!」
「うるせえなあ……」
私の声に先輩は『疲れる』といった感情を隠しもしない。
いやでも、普通に失礼じゃん。もうちょっと会話のキャッチボール楽しんでくれても良いのでは?
「むー……。あ! そうだ、先輩なんの競技でるんです?」
「大縄跳びと綱引き、クラスリレーもでる」
「いや、それ全部最低保障の競技じゃないですか」
「最低保障て……。なんとなく意味はわかるが、使い方間違ってるだろ」
ため息吐きながら先輩が言う。けど、ため息吐きたいのはこっちの方っていうか。
先輩が今言った『大縄跳び』『綱引き』『クラスリレー』は、学生全員参加を義務づけられてる競技っていうか。クラスみんなで出ましょうね、という競技だから出て当たり前なんだよね。だから参加の有無を聞くまでもないの。
で、それに加えて個人で競技一つか二つか三つ、というのがウチの体育祭の参加ラインって感じ。だからまあ、少なくともあと一つくらいは先輩も参加競技あるハズなんだけど……。
「本当に他には出ないんですか? 先輩別に持病もないし、怪我もしてないでしょう?」
今言ったような人たちは例外的に体育祭への参加を免除されるワケだけど、先輩はどう考えてもそうじゃないし。ついでに言っとくと運動神経も悪くないハズだから、クラス的にも2つくらいは個人競技出てほしいんじゃないの?
健康体で運動神経悪くない人がそんなワガママ通らないでしょ、という意味合いも込みで首を傾げると、先輩は心底嫌そうな顔をして口を開いた。
「……あと男子100メートルと、スウェーデンリレー」
ほらやっぱり。
なんで変に隠すようなことしたのかわかんないけど、そりゃそうだよね。学校行事で個人のワガママなんて通らないだろうし、2種目参加も大方わたしの予想通りっていうか。
「100メートル走ですか。なんだかちょっとエース味を感じますね」
「なんでだよ、体育祭なら無難なとこだろが。マジで足早い連中は200メートル出るわ」
「あー、男子は200メートル走あるんでしたっけ。女子はないんで」
「男にだけ長距離走らせるの差別だよな」
「え、は、あー……」
まあ、そう言われればそう、かな……?
あんまり意識してなかったけど、性別で走る距離変わるのは差別と言えば差別かもしれない。
「い、いやでもほら! 100メートルより200メートルの方が好きな人もいるかもですし! 長く走れてお得、みたいな?」
「なんなんだよ、その微妙なフォローは」
「だって先輩が差別とか言うから」
「なんでお前がフォローしてんだって話をしてるんだが? あと仮に長く走れて得だと思ってても、女子がそのお得さを得られてないんだから、結局なにも解決してねえんだよな」
「あぅ……。えっと、そう! スウェーデンリレーって距離が長くなってくリレーですよね、確か」
「話題の変え方が露骨すぎるだろ」
空気悪くなるかな、と思って話題変えようとしてみたけど、さすがにそうだね。先輩の言うとおり露骨だったね。
でも先輩の苦笑でちょっと空気軽くなったと思うんです。
「別にそんな気を遣わなくても言うほど気にしちゃいねえよ」
「いやぁ……。先輩はデフォルトの顔が怖めだから。怒ってるようにみえるとつい」
「おいこら。誰が怖い顔だ」
「ほらそれー。そういう所なんですってばー!」
はあ? と先輩は怪訝そうな顔をするんだけど、いや妥当な感想だと思うんですよ。割と慣れたとはいえ、先輩が不機嫌そうな顔をすると未だにちょっと怖いもん。
「はあ、もういいよ。……そんで? なんの話だっけか」
「体育祭なに出るのかって……、ん? いやスウェーデンリレーってなんだっけ? って話ですね」
「ああ、そうだったか。アレはほら、走者ごとに走る距離が違うだけのリレーだな」
「私、高校入ってはじめて聞いたんですけど」
「まあ一般的じゃねえのかもなあ。陸上の中継とかでも見たことねえし」
「ちなみに何メートルなんです?」
「100、200、300、400の合計1000メートル」
「はえー」
100メートルはともかくとして、300とか400メートル走る人大変だなあ。えっと、トラック何周分なんだろ? っていうか1000メートルって1キロだよね。結構長いんだ。
「まあ1キロって聞くと長く感じるが、実際はあっという間に決着つくな。そこはさすがリレーって感じする」
「先輩はどこ走るんです?」
「第一走者だな」
「つまり100メートル、と」
「ただでさえ、やる気皆無なんだ。この上、長距離走ってられねえんだよ」
「うわぁ……」
堂々と言い切っちゃったよこの人。クラスの中には私みたいにやる気満々、絶対に勝とうね! って人だっているかもしれないのに。
先輩はちょっと協調性ってものが欠けてるのかな? なんていうかゴーイングマイウェイ! って感じするよね。
それはそれとして、
「当日、応援に行きますね!」
「死んでもやめろ」
秒で反対されてしまった。
心底嫌そうな顔をしてるんだけど、なにがそんなに嫌なのかな?
「お前はホント、そういうとこあるよな。あらぬ誤解を受けるかもしれねえとか、ちょっとは気を遣えよ」
「えっと、よくわかんないんですけど誤解なら気にしなければいいのでは?」
はて? と首を傾げると、先輩はさらに疲れた顔。
「阿呆。ちっとは気にしろ」
「そんなばっさり切らなくても! だいたい、よくわかんないこと言われても実感ないんですって」
「……わかった、もういい。とにかく無闇に応援にはくるな」
渋々、といった様子で先輩が言う。……けど、これ私が悪いの? 納得いかないんだけど。
「無闇にじゃなければいいんです?」
「揚げ足を取るな」
「むう、でも知り合いが頑張ってるのに応援しないなんて寂しいじゃないですか。……あ!」
「今度はなんだ?」
「先輩の応援は諦めるんで、先輩が私のこと応援してくださいよ!」
「…………この話はやめよう」
「なんで!?」
先輩、苦虫100個くらい噛み潰した顔をしてるんだけど、そんなに嫌なの? それはちょっと、流石の私も思うところあるよ。応援して、って言って普通に断られるの、ものすごく悲しいし。
「女子の応援とかガラじゃないんだよ。お前だからってワケじゃないから気にするな」
「なっとくいきませーん! っていうか私の心はヒドく傷ついたので、詫び応援をですね」
「無限ループじゃねえか」
「一年女子借り物競走よろしくですっ!」
「また色物競技をチョイスしたな……」
色物かなあ? うーん、確かにちょっと他の競技とは毛色が違うとは思うけど。体育祭の鉄板じゃない?
「借り物競走とかパン食い競争とか障害物走とか、むしろ運動会の華では?」
「ウチだと衛生面でパン食い競争なくなったけどな。あとウチの借り物競走は実質障害物走と同じだ」
「あ、はい。それは知ってますけど」
障害物の最後に借りてくる物のメモがあって、それを持ってゴールするのがウチの借り物競走のスタイルだ。
あ、そういえば。
「なんだか去年は大盛り上がりだったみたいで、私ふつうに楽しみですけど」
「あれなあ。流石に去年は悪ノリが過ぎたから、今年は無難なものになりそうだけどな」
「詳しくは知らないんですけど、なんかカップルできたとか?」
友人からのリーク情報を口にすると、先輩はちょっと遠い目をして、
「お題が『好きな人』とか混ざってたからな。美談として話すなら一組恋人ができた」
「美談としてならってことは、悪いこともあったんですか? そっちは知らないんですけど」
「振られた奴が二人。あと、周りに付きあってるの隠してたカップルがそのお題引いて、無難に友達連れてゴールしたら『私のことは遊びだったのねー!』って破局」
「ええ……」
「あと『嫌いな奴』とか『好きな先生』『苦手な先生』とか、答えにくいお題多かったんだよ」
「……えっと、わたし今年からで良かったってことですか?」
「流石に去年のアレで今年も無茶はしねえだろうし、今年で良かったな」
はー、そうなんだ。去年の人たちはなんていうか、ご愁傷様です。
でもそんだけ尖ってたなら、盛り上がったっていうのも少しはわかる……かな?
「まあともかく、お互い明日は頑張りましょうね!」
「そうだな。ほどほどにな」
「いやぁ、先輩はそうでも私は優勝狙ってるんで! 総合優勝は1ーBのものなので、全力ですよ!」
「……商品も出ないのに、よくはりきるよな。お前ら」
……お前
「怪我だけはしないようにな。祭りで怪我したんじゃ、割に合わないだろ」
「あ、はい。そうですね」
「ま、せいぜい頑張れ。心の中で応援してるわ」
「そこは口に出して応援してくれていいんですよー。……あ、そうだ!」
「……今度はなんだよ」
いいこと思いついた私に、先輩は怪訝そうな顔。いや、怪訝そうっていうか、嫌そうな顔? まだ何も言ってないのに、ちょっと失礼じゃない?
それはそれとして、
「応援してくれるなら、借り物競走手伝ってくださいよ。お題で『先輩』とか『男子生徒』とか『友達』とか出たら、先輩のこと呼ぶんで!」
「そんなことされたら、次の日から登校拒否するわ!」
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甦る球技大会の悲劇
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【運動神経がよい】
風間(最近鈍り気味)
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桐原(中学の貯金)
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アキラ
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ユキ(ひどい)
【運動神経が悪い】