いつもの放課後。いつものバイト先。いつものフロアで、割と珍しい感じで声をかけられた。
「あ、聞いたよ風間くん。体育祭、すごかったんだって?」
「は? 誰からそんなこと」
「え? 誰って」
「……いや、いや、わかってます。すんません。あの阿呆しかいませんよね」
ふう、とため息を吐きながら頭を抱える。あいつはまた、なにを言ってやがるのか。
同じ高校の後輩にして、このバイトでも後輩にあたる桐原は、なんというか毎度余計なことを言ってる気がする。俺が学校生活でどうだったかとか、なんでわざわざバイト先で話すのか。言われている本人としては首を傾げるばかりである。
「ええと、もしかしてあまり触れられたくない話題だったかな?」
と、ため息吐いて黙ってしまったこちらを気遣ってか、先輩からそんなありがたいお言葉がかかった。ここで話題の変更を申し出れるのがこの人の美点だが、俺としては別にこの話がタブーというわけでもない。
「いや別に。あいつのアレさ加減に呆れてただけで、話題自体はなんの問題もないッスよ」
そう言うと、先輩はあからさまにほっとしたようだった。
俺のバイト先にはこの人と同い年の先輩がもう一人いるが、そちらに比べるとこっちの先輩は随分落ち着いている。いや、穏やかと言った方が正しいかもしれない。
もう一人はとにかく騒がしく、それでいて会話の主導権を握りっぱなしでぐいぐいくるので、相対的にそう見えている部分もあるのかもしれないが。
「つっても、俺は別にそんな活躍したわけじゃねえんですけど」
ともかく、まずは桐原のせいで誤解されてるであろうことを訂正する。
なんだかんだ頑張りはしたが、それは活躍と呼べるほどではなかった。あまつさえ先輩たちに『すごかったんだって?』なんて言われるのは、ちょっと心苦しい。
「そうなの? でもレイナちゃんは褒めてたよ?」
「アイツはなんつうか、身内贔屓がすぎるんですよ」
案の定、きょとんと首を傾げた先輩にそう返す。いつぞやの球技大会でもこんな話をした気がする。あの時とは話し相手が違うが。
「そういうもの?」
「そういうもんですね」
「でも……、なんだっけ。ええと、風間くんのクラスが何か一位だったって」
「ああ……」
マジなんでそんなことまで話してんだ?
俺は内心、本気で首を傾げながら、先輩に説明すべく口を開いた。
「うちの体育祭はいくつか賞があるんで、それですね。一応、最優秀クラスに選ばれた感じです」
大枠で赤組白組に分かれての勝敗。他には3学年中、どの学年が一番得点取れたかっていう学年単位の勝敗や、三学年分の得点を合わせた時、どのクラスが一番得点できてたかで競うクラスでの勝敗なんかがある。
「今年の優勝は赤組。最多得点学年は3年。最多得点クラスはB組で、最優秀クラスは2ーA。で、俺は2-Aなんです」
「最多得点クラスと最優秀クラスはなにが違うの?」
「最多得点クラスは最多得点学年のクラス版っつうか……。1ーA、2ーA、3ーAの合計点を、同じように集計したB組、C組とかと比べる感じスね。
で、最優秀クラスはもっと単純で、一から三年の全体の中でもっとも得点したクラスって感じ」
「じゃあ、やっぱりすごく頑張ったんじゃない?」
僅かに押し黙る。
目の前の先輩は基本悪意なくこういうことを言うし、頑張ったか頑張らなかったかで言えば、確かに頑張ってはいた。ただ、俺の中で『頑張った』と『すごかった』がイコールで結ばれていないだけだ。
「頑張りはしましたけど、俺がすごかったかどうかは別問題でしょ」
「……そう? 風間くんが頑張ったって言ってて、レイナちゃんがすごかったって言うなら、それは間違いなくすごかったってことだと思うけれど」
「それは……、なんの成果も出してなくても、すごかった認定になりかねねえと思うんですけど」
「……そうだね。けれど、仮に風間くんがなんの成果も出せていなかったとしてもね、レイナちゃんはキミをすごいと思ったんだよ。身内贔屓だったとしても、誰かからすごかったって言ってもらえたのなら、その誰かにとって風間くんはすごい人なんだから。例え100人中99人がキミをすごくないって言ったとしてもね」
「……、」
口を開きかけて、やはり黙る。
この先輩に、そうまで言われて反論なんてできるわけがない。っつーか、一理あるとすら思っちまった。
それに────、
『せんぱーい! がんばってくださーいっ!!』
体育祭の喧噪の中、確かに聞こえた
「まあ、そういうことにしときます」
やや目を逸らしながらそう言った。色々思い出したせいか、ちょっとバツが悪い。
いや。つーか、
「うん。ありがとう」
そう言って少し目を細めた先輩に、特に俺の態度を気にした様子はない。
彼女はそのまま、「そういえば」と言葉を続けると、
「全校で一番ということは、風間くんのクラスはみんな運動神経いいんだね」
と言った。
「あー……、そうですね。どっちかっていうと、体育会系が多いかもしれねえ」
「そうなんだ? ……羨ましいな」
「なにがですか?」
「わたし、運動全般ダメで……」
「へえ、そりゃまた意外……」
意外……、ってほどでもないか?
なんかこの人、普段纏ってるオーラが『出来る』って感じだから、クソほど運動神経いいイメージだったが、出来ないなら出来ないでイメージ通りっていうか。文武両道クール美女ってイメージが、深窓の令嬢ってイメージに切り替わった感じ。
つまり、運動神経皆無でも微塵も違和感がない。不思議だ。
「風間くんは」
「はい」
「運動得意? ……なんだよね、すごいって話だし」
「得意っていうか、苦手ではないです。身体動かすのは好きだし、昔は一応運動部だったし」
「……昔は?」
「今は帰宅部なんで。で、中学はバスケ部」
「……そうなんだ」
そう言うと、先輩は何かを考え込むかのように、僅かに眉根を寄せた。
……いや、これは怒ってんのか? 整った顔立ちの人間が眉間に力を入れると、結構迫力があるな。本人無自覚だろうが。
「先輩、なんか怒ってます?」
「え?」
「いや、眉間に皺寄ってたんで」
「本当? ええと、怒ってはいないのだけど」
「はい」
「言いにくかったら誤魔化してくれてかまわないのだけれど」
「はい?」
「風間くんは、どうして高校ではバスケやっていないのかなって」
「ああ」
なるほど? それが気になって、でも聞いていいもんかわかんなかったから眉間に皺が寄ったと。
別に大した理由があるわけじゃねえし、聞かれても困らないが、配慮自体はありがたい。
「単にモチベーションの問題ですね。あとは、他にやりたいことあったんで」
「やりたいこと?」
「勉強も遊びも、部活やってると時間とれないでしょ」
パチパチ、と先輩が瞬きをする。
「あとアレだ。バイトも。遊ぶ金欲しいんで」
「ええっと、笑いどころかな?」
「まさか。マジですよ」
ピンポーン。と、ここで店員呼び出しランプが点灯する。
どうやらお喋りはここまでらしい。昼下がりの客足が遠のいた時間帯とはいえ、休憩時間でもないのに、こんなにゆっくり出来たのは久しぶりだ。
「3卓さま、俺が行きます」
「了解、お願いします」
「はい」
く、と姿勢を正して気を引き締め直す。
バイトの終了時刻まではあと三時間。忙しいのも暇すぎるのも苦痛なんで、客足はほどほどに頼むわ。
※※※
勤務中の世間話(レア)
これ風間と誰の会話や?
-
ユキちゃん先輩
-
まさかのアキラさん
-
ワンチャン新キャラ
-
店長