先輩と後輩がダベってるだけ   作:ハトスラ

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オマケ 二年男子スウェーデンリレー※

 愛川東星高校体育祭。

 当日に限り謎の団結力を発揮した我らが2ーAは、体育会系バカ共のレッテルに相応しい活躍をみせ、残り2競技を残して総合3位。1位2位はこの先競技のない三年生のクラスであるので、実質1位。点数的には4位の2ーCに大きく負け越さなければ優勝は堅い、とかいう勝ち確のウェーブに乗って、ついでに言えば調子にも乗りまくっていた。

 

 が、そう上手くいかないのが人生だ。

 万全を期して臨んだ『二年女子400メートルリレー』。体育会系(ゴリラ)が集まるクラスの中でもトップクラスの体育会系(ゴリラ)女子を集めたドリームチームは、バトンパス失敗からの転倒という大惨事を引き起こし、まさかのドベ。

 リレー競技は点数配分が高い上、最下位以外は点数がもらえる仕様上、2ーAは一気に窮地に立たされることとなった。

 

 いや、つーか、この時点で最優秀クラス賞の目消えてないのかよ。俺はそっちにちょっと引くわ。女子リレーの2ーC、3位だったんだけど? 順位抜かれはしたけど、まだワンチャンあんの?

 

 とはいえ、苦しい状況なのには変わりない。

 俺たちに残された競技は『二年男子スウェーデンリレー』のみ。2ーCとの点数差を考えると、俺たちは最低でも2位を取らなきゃ逆転できん。

 その上、俺たちが2位でも2ーCが1位を取ると問答無用で敗北する点差だったりもする。つまり確定で優勝────最優秀クラス賞をもぎ取ろうと思うのなら、次のリレーでは1位以外許されないってことだ。

 

 余談ではあるが、例年『二年男子スウェーデンリレー』は体育祭の後半────具体的に言うと『体育祭内で点数が絡む最後の競技』として設定されている。そしてリレー競技は各順位への配点が比較的多い。

 つまりは一番の盛り上がりどころで、それを知ってる生徒共はここにクラスの有力選手を送り込む傾向にある。

 

 

 は? ムリでは?

 どのクラスも運動部ガチメンバー選定してる感じじゃねえか。そんなんから1位取ってこいとか、なんの罰ゲームだっつうの。元々そんなにやる気があったわけでもないのに、最後の最後でそんな大舞台に担ぎ上げられるとか御免被るわ。

 

 まあそういうわけで、何やら優勝目指して頑張るぞー! となってるクラスメイトたちを尻目に俺は一人冷めた顔。あのノリにはついて行けねーわ。ボイコットできるならしたい。

 

「はあぁぁぁ……」

「なんだ風間、調子悪そうだな。下痢か!?」

「……下痢じゃねえけど、便所には行ってくる」

「リレーまでには帰ってこいよー!」

「おぅ」

 

 いやホント。マジで逃げてやろうかとも思うが。

 それやったらクラスどころか学校に居場所なくなりそうだな。最初の方の100メートル走とかはサボっても大して文句言われない感じなのに、終盤のリレー競技をサボるのは許されそうにないこの圧力よ。これだから下手に勝敗かかってる学校行事は……。同調圧力よくない。

 

 大体、別に立候補したわけでもないしな。クラス内男子の100メートル走のタイムで上から順番に決めただけだし。頑張っても特にいいことなさそうだし、かといって結果残せなきゃ責められそうだしでマジモチベ上がらねえ。

 

 そもそもの話、だ。なんか今、『クラスの勝利のために盛り上がってる』連中のうち何人が、まともに体育祭の準備をしてきたんだって話だ。

 体育会系が集められたクラスったって、それで体育祭に熱量を持てるかどうかは別の話だろ。俺も含めて、体育祭準備のために練習してきた奴らなんて、うちのクラスにはほとんどいない。そういう奴らが、いざ当日になって『がんばろー』とか言ってても説得力は皆無だ。あんま調子いいこと言ってんな、とも思う。

 

 つまり何度も言うが、俺にやる気はほとんどない。状況もそうだが、当日だけ頑張った気でいるクラスのため、なんてお題目もやる気を下げてる一因だ。

 

 とはいえ、逃げ道はないが。

 ケガでもすれば話は変わるが、こんなことでケガするのもアホらしい。仮病は多分すぐバレるだろうし、結局はどんなにやる気がなくてもやるしかねえってことだ。

 

「はあ……」

 

 もう一度ため息。

 とにかくもう、無難に終わってくれればなんでもいいわ。

 

 

 

※※※

 

 

 

「遅せぇよ風間! もう始まっちまうぞ!」

「まだあと10分くらいあるよ。っつーか、便所くらいゆっくり行かせてくれ」

 

 競技待機場所に着くなり噛みついてきたチームメイトにそう返す。

 時間ギリギリならともかく、10分前集合はかなり余裕を持った到着だ。あと遅刻常習犯のお前に、時間について説教されたくはない。

 まあ2ーA的には、ここが勝負の大一番ってことになるんだし、こいつのテンションが高いのもわからなくはないが。

 

「早めに着いてアップすんのは基本だろー?」

「そこまでガチでやるなら、10分前だと手遅れだろ」

「だから遅せぇって言ったんだよ」

「なんでそんなマジなんだよ……」

 

 いや、理由なんか聞くまでもねえだろうけど。

 2ーAとしては優勝の為。こいつ個人としては、さっきの女子リレーでやらかした水谷(アンカー)の為だろう。

 

 俺と会話してる藤田勇輝(ふじたゆうき)と、女子リレーで転倒した水谷美琴(みずたにみこと)は中学どころか小学校からの付き合いらしい。世間的に言えば幼なじみという奴で、年数でいえば10年以上一緒にいることになる。

 その上で普段からよく(つる)んでいるのを見てるから、まあ今でもかなり仲がいいってことなんだろう。男女間での友情だと、つい邪推しちまうのが人情だが、ここ二人が付き合ってるのかは知らん。

 だが、その辺の事情を知らない俺ですら、勇輝が水谷のために勝利を狙っていることくらいはわかる。

 

 リレー後、水谷はなんでもない様子でクラス席に帰ってきて、笑顔でクラスメイトに謝ったが、その笑顔は明らかにムリをしてる人間のものだった。具体的には、自分のせいで、とか考えている人間の顔だ。

 

「揃ったな」

 

 と、低い声に俺の回想は遮られた。

 

陽介(ようすけ)。ナツがまだ来てねーんだけど」

 

 勇輝がそう言うと、声の主は少し離れた地点を指差して言った。

 

「実行委員に出欠表出してる。もう戻るよ」

 

 見れば、確かに茶髪の男子生徒が実行委員と話してるのが見て取れる。

 そのタイミングで、前競技だった『部活対抗リレー』の面々がトラックから捌け始めた。

 

「ナツが戻ってきしだい各々スタート地点に行くぞ」

 

 そう言う男子生徒の横顔は涼しげだ。勇輝とは違って、過剰にやる気があるようには見えない。いわゆる自然体。

 というか、俺はこいつが焦ったり熱くなったりしたところを見たことがないかもしれない。

 

「なんだ?」

「いや、別に。勇輝と比べて冷めてんな、と」

「おお、なんだー!? 学級委員さまがクラス優勝かかった場面でやる気ねえのかぁ!? そういうのよくないと思うよ、陽介くんよぉ!!」

 

 俺の言葉に被せるようにして、勇輝が学級委員さまの肩を抱こうとする。

 それをするりとかわして、彼は戻ってきた最後の一人に声をかけた。

 

「戻ったな。じゃあ行くぞ」

「? 行くのはいいけど、勇輝はなにやってんだ?」

「陽介がやる気ねえから、出させようと思って」

「ああ、遊んでたのか」

「違ぇわ!」

「大事なリレー前にふざけてるなんて余裕だな」

「だからふざけてない……、いやそもそも陽介がやる気出してねえからだな!?」

「やる気ならある。人並みにな」

「勇輝、あんま手間かけさせるなよな」

「この流れ、俺悪くなくねえ!?」

 

 テンポのいい会話がポンポンと続いていく。別にハブにされてる訳じゃないが、この独特のペースに割り込んでいけるほどコミュ強という訳でもない。

 安藤(あんどう)ナツと山本陽介(やまもとようすけ)。リレーの第三走者と第四走者(アンカー)であるこの二人もまた、勇輝とは小学校来の友人らしいので、それも当然っちゃ当然か。

 

 そんな風にぼんやりと眺めていると、不意に山本がこちらを向いて、

 

「5秒」

 

 と、五指を開いてこちらに向けた。

 

「あん?」

「何が?」

 

 勇輝と安藤が怪訝な顔をする。俺も気持ちは同じだ。5秒?

 

「一着と5秒離されてなきゃ、ラストで全員抜いてやる」

「は?」

「はあ?」

「ああん!?」

 

 俺、安藤、勇輝の順で反応した。

 つまりアレか、自分なら5秒ビハインドでも勝てると。俺たちが山本(アンカー)に繋げるまでに負けてても、5秒以内なら取り返してやると。

 

「ざっけんな! 5秒も遅れるかよ!」

「先頭でバトン渡してくれるわ!」

 

 プライドに障ったのか、二人がまくし立てるように反発する。

 俺も内心で結構キテたんだが……、しまった、完全に出遅れた。勇輝と安藤が反射に近い早さで大声出すから、タイミング見失っちまった。

 

 一方で、こっちを軽く煽った山本は、さっきまでと変わらずに涼しい顔だ。

 

「おー、おー、期待してるわ」

 

 ひらひらと後ろ手を振って、そのまま自分のスタート地点に歩いていく。

 

 ただ一言、

 

「勝つぞ」

 

 去り際に残したその声には、俺が聞いたことのない熱が込められていた。

 

 

 

※※※

 

 

 

 二年男子スウェーデンリレー。とうとう第一走者のスタート地点にやってきてしまった。

 出立前に山本に煽られたおかげで、やる気は微増。全体の一割ほどしかなかったやる気は、今では三割ほど。

 

 

 ……いや。嘘だな。本当はもう少しあるだろう。

 

 

 ため息を吐きながら回想する。

 ここに来る前。トイレから集合場所へ向かう途中の救護所で、水谷美琴が項垂れているのを見た。

 

 苦笑しながらクラス席に戻ってきた水谷は、端から見ていても結構な勢いで転倒していたから、誰かしらに救護所に行くように言われたんだろう。それ自体はまあ、わかる。項垂れる水谷の近くに勇輝や安藤がいたのもわからなくはない。目に見えて痛そうだったのは足だったから。

 

 けど、見間違いじゃなければ、水谷は泣いてんじゃねえか?

 

 別に立ち聞きする気も、隠れ見るつもりもないが、思わず立ち止まって隠れられそうな場所を探してしまった。大して親しくもないクラスメイトの泣いてる姿とか、どういう対応したらいいのか全くわからん。それが女子なら尚更だ。

 

「ウチがいま負けてるのは、別に美琴のせいじゃねえだろう?」

 

 慰めるように言った安藤の声が聞こえてくる。

 

 幸い向こうは俺に気が付いていないらしい。

 泣き顔なんて、見るのも見られるのも気まずいものだ。今の内に少し遠回りしてここから離れることにする。

 

「リレーだけで勝敗決めてるわけじゃないんだ」

 

 そりゃそうだ、と少し遠くなった安藤の言葉に同意する。

 最後の決着は男子リレーに託されたが、それまで集めた点数は他の競技の積み重ねだ。極端な話、女子リレーがドベでも、それまでの競技が全部一位だったのなら、その時点で勝ってるんだ。

 バトンパス失敗からの転倒、そしてドベは結構なやらかしだろうが、ここを責めるのなら他の競技で大した点数取れなかった連中も同罪である。

 

「っつーか、元々女子リレーに大して期待はしてねーんだよ」

 

 勇輝の馬鹿でかく、無駄によく通る声が響く。

 

「本命は俺たちじゃん? まあやらかしちまった美琴ちゃんの為にも、サクッと勝ってきてやるから、大船の乗ったつもりでいなさいよ!」

 

 はっはっはっ、と無責任に笑う勇輝に文句の一つでも言いたくなったが、ここでわざわざ引き返すのもどうかと思う。あんな空気の中には入って行けねえし、勇輝は勇輝で下手なりに水谷を慰めようとしていたハズだからだ。

 

「なにを落ち込んでるのか知らんが」

 

 と、ここで第三者(山本)の声。

 はて、こいつは救護所に姿がなかった気がするが、俺が無意識にスルーしちまってたのか。それとも、勇輝や安藤のように水谷を慰めるべく足を運んだのだろうか。

 

「うちはまだ負けていない。十分に抜き返せる点差だ」

「でも、それは……! 1位とらないと」

 

 事実を口にした山本に、水谷もまた事実で反論する。

 理屈の上での逆転はできる。ただ、それは口で言うほど簡単ではないというだけ。

 

 だから、そいつがそう返すのは当然だったのか。

 

「勝てばいい。それだけの話だ」

 

 その言葉は、ある意味でとても乱暴な結論で。それでもそれを口にした男には、不安も慢心も虚勢もなく、ただ当たり前のことを当たり前にこなすという自信だけがあった。

 

 

 

※※※

 

 

 

 そういう訳でやる気は五割ほど。

 ここまできたら負けたくない、が一割。山本に煽られたから、が二割。水谷が泣くほど悔しがっていたから、が二割。

 

 さっきも言ったが、俺は別に水谷と親しくはない。それでも自分の失敗を泣くほど悔やんでいる人間を見て、やる気が湧いてこないほど薄情者でもない。

 それに、だ。俺も含めて、体育祭に向けて真剣に取り組んでた人間なんかほとんどいないクラスで、水谷が真面目に取り組んでいたのを、俺たち(2ーA)は知ってる。

 

 基本的にワガママだとか自己中だとか呼ばれる人種が多く集まった2ーAというクラスで、ここ一番での失敗をした水谷を、誰も責められなかったのはそれが理由だ。

 そしてクラス全体が、俺たちに『勝て』という無言の圧力をかけてくるのも、その辺りが理由なんだろう。

 

『位置について』

 

 ああ、そんなことを思ってるうちに、とうとうこの時がきやがった。

 

 アナウンスの音声に従って、それぞれのクラスの第一走者が準備に入る。例に漏れず俺も、一呼吸おいてスタートラインに立った。

 

 泣いても笑ってもこれで終わり。やり直しのきかない一発勝負。クラスの命運も、俺のこれからのクラスでの立ち位置も、すべてをかけた10秒ちょっと。

 

 いや、改めて言葉にするとヒデェな。第一走者担当の100メートル。それをそこそこの順位で走りきらなきゃ、戦犯扱いされるとか。やる気メーターが五割では、緊張とか闘志より先に、負けたときが嫌だなあって感想ばっかがでかくなる。

 

『よー……い、』

 

 が、俺の心情なんておかまいなしに合図は進む。

 スタートラインに立った俺たちは、号砲の音を待ちながら先にいる第二走者を睨むように見つめて────、

 

 

 ────ダァンッ!!

 

 

 火薬が弾ける音とともに飛び出した。

 スタートダッシュは上々。手と足をぶん回し、ひたすら第二走者に向かって加速する。

 

 狭まる視界。

 風を切る音。

 一瞬で痛みを訴え始める肺と、バクバクと早いビートを刻む心臓。

 

 拾える情報が極端に少なくなった世界で、視界の端に人影を見る。

 わかっちゃいたが、そう簡単にぶっちぎらせてはくれないらしい。どのクラスかは知らんが、何人か俺と併走してやがる。いや、緩いカーブが続くコースってことを考えると、インコースの俺よりも若干速いか。

 

 ああ、クソ。振り切れねえな、コレ。

 

 僅か100メートル。時間にして10秒と少し。

 テークオーバーゾーン(バトン受け渡し範囲)にいる第二走者がみるみる近くなる。あと30メートルもない。

 脳は加速を命じるが、手足の回転数は既に限界近い。こっから視界の端にちらつく全員をぶっちぎれなんてのは、ハードモードを通り越してルナティックモードってやつだろう。

 

 いやまあアレだ。

 やる気ないなりに頑張った方だろ、これは。なにせ間違いなく先頭集団。誰の背中も見ちゃいない。あとは勇輝と安藤と山本がなんとかしてくれる。第一走者としての役割って奴は、十二分に果たしたハズだ。

 

 そんな達成感にも似た諦観を抱いた時、もはや『わあわあ』としか聞こえなくなった声援に混じって、一つだけ明瞭に耳に届いた声。

 

 

「せんぱーいっ!」

「あ────」

 

 

 時間が止まったかと思った。

 コーナーの出口付近で、小柄な女子生徒がなにやら嬉しそうに両手を振り上げているのが見える。

 

 

「がんばってくださーいっ!!」

 

 

 …………の、アホォ!? 死んでもやめろって言ったよなぁ!? 球技大会からなんにも学んでねえのか、アイツはッ!!

 

 思わず叫び倒したい衝動に駆られながら、手足に力が入る。

 あらぬ噂が立ったりとか、誰かに誤解されたりとか考えねえのか。言い逃れするにも、いちいち面倒だろうがッ。

 

 

『そういうの全部置いといて、キミのことをちゃんと応援したい。それだけだったんじゃないの?』

 

 

 瞬間、いつぞやの先輩の言葉が甦る。

 桐原だってわかってないワケがない、とそう言った上で先輩はそう結論を出した。ではもし、今回のこれもそうだったんだとしたら。

 

 

 ああ、クソッ! 本当に、じゃあもう、負けられねえじゃねえかチクショウ!!

 

 

 アホほど加速した思考はそう結論を出した。

 ああ、そう。負けられない。そんで負けられないのは最初からだ。

 第二走者は目前。振り切れない相手を振りきるなら、バトンパスで減速なんてできやしない。

 

「ゴォッ!!」

 

 予定距離の四歩前。歓声にかき消されないように張り上げた声で、次の走者にスタートを告げる。

 第二走者────藤田勇輝は最高のスタートを切った。持ち前のフィジカルでぐんぐん加速する勇輝に必死で追いすがる。ここで追いつけないなんてヘマをするワケにはいかない。

 不足する酸素と疲労の溜まった足。

 限界に近いクセに、もうとっくに限界だと思っていたクセに、不思議なことに身体はまだ前に進んだ。最後の数メートルは加速すらした。

 

 すべては勝つために。このバトンを次の走者に渡すために。

 

「いけ」

 

 テークオーバーゾーンギリギリ。バトンを叩きつけるように勇輝に手渡す。

 勢いで転びそうになりながら、一気に小さくなる背中に向かって叫んだ。

 

「いけぇっ、勇輝ィ!!」

 

 

 

※※※

 

 

 

「お疲れさまでした」

 

 体育祭終了後。駅へ向かう道すがら、たまたま出会った後輩は出会い頭にそんな言葉を投げかけてきた。

 

「おう。まあ、お互いにな」

「いやぁ、高校の体育祭って初めてでしたけど、楽しいものですねっ」

「そうか?」

 

 体育祭の興奮も冷めやらぬ、といった様子で語っているが、同意を求められても困る。こちとら体育祭なんてのは面倒なものと思っているからだ。

 まあ、体育祭中に熱くなるシーンがなかったか、と聞かれればうっかりマジになっちまった部分はあったワケだが。

 

「みんなと一致団結して勝利を目指す! って素敵じゃないですか」

「お前好きそうだもんな、そういうの」

「はい! 先輩は嫌いなんですか」

「嫌いとまでは言わんが、あんまり価値を感じねえ人種なんだよ」

「うわー……、そういえばそんなヒネクレたこと言ってましたね」

「ヒネてはねえだろ。普通だ、こんくらい」

「いやいや、先輩の感性を普通って言い切るのはどうかと思いますよ」

「そのまんま返すわ」

「なんでですか!?」

 

 いやしかし、元気だね、コイツ。

 俺はもう、割と帰って寝たいくらいには疲れてるんだが、コイツのこの元気さはどっから出てんだ?

 

「あ、そういえば先輩」

「んだよ」

「体育祭とかの打ち上げってどこでやります? その、オススメとか」

「随分唐突に出てくるな、その質問」

「そうですか? いやぁ、なんていうか幹事に当たっちゃって。とにかく候補を出さなきゃなんですけど」

「駅前の焼肉屋か市役所近くの鍋屋が安牌(あんぱい)だな。大人数の学生向けプランもあるし、でかい部屋貸してくれるし」

「駅前って花巻? 鍋屋は私知らないですけど」

「いやスミ山の方。鍋屋はたしか、ごっちゃんって名前だったかな」

「わぁ、ありがとうございます。参考にさせてもらいますね」

「それはいいが、打ち上げの準備とか今からするのな」

「え?」

 

 きょとん、と桐原が首を傾げる。

 この辺は感性の差か? 打ち上げなんて事前に決めて、イベントが終わったら即なだれ込むもんだと思ってたんだが。

 

「俺のクラスは今からなんだよ、打ち上げ」

「スゴい……、二年生ともなると、打ち上げ一つとっても手慣れるんですね」

「わけのわからん感動やめろ」

「ちなみにどこで?」

「今喋ってたスミ山。いったん帰って着替えてから現地集合なんだと」

「つまり今夜は焼肉なんですね、いいなー」

 

 きらきらと目を輝かせながら言う。

 これに関しては俺も同意だな。晩飯は普通に楽しみだったし、せいぜいたらふく食おうと思う。

 

「でもそっか。先輩のクラスは勝利の宴会ですもんね。ごはんいつもより美味しそう」

「ま、気分はいいだろうな」

 

 桐原の言う勝利とは、うちのクラスが最優秀クラス賞を穫ったことだろう。

 二年男子スウェーデンリレーで一着だった2ーAは、最後の最後で見事に逆転優勝を果たしたのである。いわずもがな、クラスは大盛り上がりで、俺も戦犯扱いを避けられて万々歳の結果となった。

 

「スゴかったですもんね、特に最後のリレー!」

「そうだな。なんつうか、山本はやっぱ山本なんだって思い知ったわ」

 

 うちのアンカーを務めた山本陽介は、『天才』の異名を見せつけるかの如く圧巻の走りで2位以下を大きく引き離してゴールした。レース前の『5秒差までならなんとかしてやる』宣言は伊達ではなく、多分2位とは6秒くらい差があったと俺は睨んでいる。アレで陸上部でなくバスケ部なんだから、より質が悪い。

 

「山本先輩もそうでしたけど、風間先輩もスゴかったじゃないですか」

「妙な慰めはいらねえぞ?」

「そういうのじゃないですって! だって、最後! バトンパス直前の怒濤の加速! アレ凄かったじゃないですか!」

「……、」

 

 こいつは……、よりによってそのタイミングを褒めるな。あの瞬間は自分でもどうかと思うくらいにテンションが振り切れてて、ぶっちゃけ恥ずかしいんだ。

 っていうか、そもそもなんであんなテンション上がっちまったんだか。確かに負けられない勝負ではあったけど、だからってあんなに必死になるのは、どう考えてもガラじゃない。

 

「……? どうしました、先輩」

「いや」

 

 俺の視線に、桐原はなにもわかっていない様子で小首を傾げた。

 

 

『せんぱーいっ! がんばってくださーいっ!!』

 

 

 その声を思い出す。

 負けられない、が絶対に負けたくない、に変わったのは、多分こいつの声援を聞いてからだ。よくテレビなんかでは声援が力になる、なんて言い回しがあるが……。

 

 じっ、と桐原を見つめる。

 声援が力に、っていうなら俺が土壇場で加速できたのは、コイツのおかげってことになる。あの時、俺の耳に届いていた声援なんて、コイツの声だけだったから。

 

「桐原」

「はい」

「ありがとうな」

「はい?」

 

 相も変わらずになにもわかっていない顔。

 けどまあ、これ以上の言葉を重ねる気はない。なにせ俺だってよくわかってねえんだ。説明なんかしようもないだろう?

 

「お礼言われる覚えがなさすぎて、ちょっと怖いんですけど。なにかありましたっけ?」

「さあな」

 

 わからねえくらいで丁度いい。とは口に出さなかった。

 応援には応援で。誠意には誠意で、とは先輩の言葉だったか。今度、ジュースの一本くらいは奢ってやろうと思う。

 

 俺の内心なぞ知りようもない桐原は少し考える素振りを見せると、やがて何かの結論に行き当たったのか、妙に芝居がかった口調でこう言った。

 

「ははーん、さては私が可愛すぎてありがとうとかそういう類の……?」

「うるせえよ」

 

 微妙にツッコミにくいボケをかますな。




※※※
後輩の前で負ける姿を見せたくなかった。
※※※


【リレー走者100メートルタイム】
第一走者:風間 比呂(13秒ジャスト)
第二走者:藤田 勇輝(12秒46)
第三走者:安藤 夏 (13秒21)
第四走者:山本 陽介(11秒38)

補足:400メートル:山本 陽介(47秒50)



【少年マンガなら主人公】勇輝
愛川東星高校2ーA。出席番号29番。サッカー部エースにしてクラスのムードメーカー。
中学どころか小学校上がる前から運動神経抜群で、休み時間は大体みんなの中心にいた陽の者。同じ中学出身の安藤、山本とは親友を自認している。
幼なじみの水谷美琴に片思いしているが、昔からのノリが抜けずについ軽口を叩いてしまう残念な男。山本から『面倒なことになる前に、早よくっつけ』と思われていることに微塵も気付いていない17歳(先輩と体育祭時点)。
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