いつもの放課後。いつものバイト先。いつもの休憩室の扉を開くと、先客が二人。
「お疲れさまです」
「おーう、お疲れーい」
「……お疲れさま」
三者三様に挨拶を交わして、そのまま裏口に向かう。
外の自販機でいつものコーヒーを買うと、さっさと休憩室に戻って一息ついた。
「風間くん、風間くん」
「……なんスか」
「これこれ。一枚どうだい?」
着席するなり声をかけてきた先輩の手元には、一切れのクッキー。見るからにプレーンなそれを差し出して、先輩は何故だかニコニコしている。
「いや、別にいらないです」
「なんでー!?」
首を傾げながら即答する。
先輩の悲痛な声が休憩室に響くが、いや『なんで?』はこっちのセリフだ。特に腹も減ってなければ、甘いものに飢えている訳でもないから、普通に遠慮しただけなんだが?
「遠慮せずに。ほらほら、まだこんなにたーんとあるし」
「え? ああ、どっかで安売りでもして……、いやこれは」
言いかけて、口ごもる。
先輩の言うとおり、休憩室のテーブルの上には、大皿に盛られたクッキーの山。それだけならまあ、珍しいがどうということもない。大量のクッキーと、そのお裾分けの図だ。
だが、これは……、
「お、お。気付いた? これなんと手作りなんだよ」
「……みたいですね」
既製品というには、大きさと形が不揃いだから、そんな気はした。それにしたって、一瞬でそうとわからなかった辺り上手く作ってあると思うが。
「日向先輩、菓子作りとかするんですね」
「うんにゃ、アタシじゃないんだなー、これが」
意外、という気持ちを全く隠さずにそう言うと、先輩は笑顔で否定した。
「じゃあユキ先輩が?」
となると消去法で制作者は残りの一人になるワケだが、その先輩も緩やかに首を横に振ってしまった。
「? じゃあパートさんとかが?」
「それね、レイナちゃんが作ったんだって」
「桐原が?」
今もフロワで動き回っているハズの後輩の名前に、思わず目を見開く。
「部活でたくさん作ったって言ってたよ」
「部活……? ああ、そういやそんなこと言ってたような」
かつての所属は女子バスケ部。そして今現在は、お料理研究会。中学から高校に上がるに当たって、華麗なる転身を遂げたとかなんとか。つまりこのクッキーは、そのお料理研究会での成果物ってことか。
「そういうワケで、風間くんもどうぞ。みんなで分けてねって言ってたし」
「……美味しいよ? 丁度いい甘さで」
「いや、俺は別に」
「「なんで!?」」
再度辞退すると、今度はユキ先輩にまで声を上げさせてしまった。
いやでも、なんでと言われても。俺が腹も減ってないし、甘いものもそんなに好きじゃないし、クッキーって食い物にそこまで魅力を感じていないってだけなんだが。
「そんなにクッキー嫌いなんか? クッキーに親でも殺されたんか!?」
「どうしてもダメ? もしかして小麦粉アレルギーとかなのかな?」
真っ先にアレルギーの有無に頭回るのスゲェな。俺だったら単純な好き嫌いの話だと思っちまうわ。それと日向先輩はエセ関西弁やめろ。関西人に刺されるぞ。
「好き嫌いの話でもなければ、アレルギーの話でもないですけど」
「けどなにさ!」
「なんでそんな興奮してるんですか……。単純にクッキーに魅力感じないだけです。食いたい気分でもないし」
そう言うと、日向先輩はあからさまにムッとしたようだった。ついでに言えば、ユキ先輩はなにやら悲しげだ。
なんでそんな顔をするんだ? と思った矢先、日向先輩が妙に芝居がかった声色で口を開いた。
「あー、レナちゃん可哀想だなー。せっかく良かれと思ってクッキーお裾分けしたのになー」
「食べる側にも、選択の自由あるでしょ」
「だけどなー、どうせならみんなに食べてほしかっただろうなー。好き嫌いもアレルギーもないのに、そんなにお腹に影響ないクッキー一枚ですら食べないんだもんなー」
「いやそれは……」
「感想とか聞きたかっただろうなー。せめて一枚食べれば感想も言えたのに、『クッキーは好きでも嫌いでもないが、お前のクッキーには魅力感じない』とか言っちゃうんだもんなー」
「偏向報道やめろ」
「そう取られても仕方ないことしながら自覚ないのも罪なんだよなー。レナちゃん泣いちゃうかもなー」
「……っ」
罪とまで言われるのは正直不本意すぎる。
止まらない口撃機関と化した日向先輩をどうにかすべく、俺は思わずユキ先輩を見た。俺では全く取り合ってもらえないが、ユキ先輩なら多分このモードの日向先輩でも止めてくれる。
が、肝心のユキ先輩は日向先輩を止めるどころか、悲しそうに俺の方を見ながら、諭すような優しげな声色で言った。
「風間くん。一枚だけ、頑張ってみよう?」
「…………」
なんだ、これは。
つまり、あれか。
「……ああ、クソっ! 食えばいいんだろ、食えば!!」
半ばやけくそ気味に、クッキーを頬張る。
可もなく不可もなく無難な形のクッキーは、俺の期待値を少しだけ上回る美味しさだった。
※※※
いつもの放課後。いつもの学校。いつもの、とは少し言い難い家庭課室のドアをスライドさせて、私は勢いよく教室内に飛び込んだ。
「あ、桐原さん。こんにち」
「うわああん、飯田せんぱーいっ!!」
最後まで言い切らせないタイミングで先輩の胸に飛び込む。
飯田先輩は私の肩に手をやりながらも、少し困惑気味だ。
「え、え、桐原さん? どうしたの?」
「どうもこうもないんですよー!」
わーん、とやりきれない気持ちを込めて、飯田先輩にしがみつく私。
「おっすー。……ってなにそれ、百合? アタシお邪魔だった?」
と、廊下の方から困惑気味の第三者の声。
先輩の胸に顔をうずめながら振り向くと、そこそこ見知った顔の女子生徒が家庭課室のドアをくぐるところだった。
「ユキちゃん」
「白鳥先輩」
私と飯田先輩の声が重なる。
ちなみに私がいま抱きついているのは
ところで、
「「百合?」」
再び私と飯田先輩の声が重なる。
何故にいきなり花の名前が出てきたのかわからず二人して首を傾げると、白鳥先輩は微妙な笑顔を浮かべて手を振った。
「わかんないならいいわ。二人とも、アタシの好きな二人でいてね」
「はあ?」
バカにされているわけではなさそうだけど、なんかえーっと、子供扱いされてるような?
妙に釈然としない気分のまま、私は疑問を口にした。
「えっと白鳥先輩こんにちは。なんでここにいるんですか?」
「桐原ぁ、アンタ昔から絶妙に毒を吐くよねえ」
「……毒?」
「はいはい天然天然。アタシはほら、ここにくればクッキー食べ放題だって聞いたから」
「そんなこと言ってないよ、ユキちゃん」
言いながら、飯田先輩はやんわりと私を引きはがした。
「なんかクッキーに再挑戦するって話でしょー? 試作品やら失敗作やら出来るんじゃないの?」
「つまり白鳥先輩は私のクッキー食べにきたってことですか?」
「そっち1割、ひやかし9割」
「すがすがし過ぎる……」
いい笑顔で言った白鳥先輩は、言葉の内容だけみればメッチャヒドいのに、全然憎めないから不思議だ。いやうん、それは私が白鳥先輩いい人だって知ってるからかもだけど。
ともあれ、今回私が家庭課室にきた理由はいま白鳥先輩が言ったとおり。いつかのクッキー制作のリベンジってワケなのです!
「飯田先輩。改めて、今日はよろしくお願いします!」
「え? ああ、うん。そんなかしこまらなくても大丈夫だよ。気楽にやろうね」
「はいっ、頑張ります!」
「えー……と、うん。ほどほどにね?」
※※※
「そもそもさー」
家庭課室の電子レンジが低い音を立てる中、手持ちぶさたにスマホをいじっていた白鳥先輩が、気の抜けた声を上げた。
「桐原はなんで今更クッキー作りたいワケ?」
「へ?」
「リベンジとか言ってたけど、前の時そんな失敗してないでしょ。アンタの食ったけどそこそこイケる味だったし。純粋にレベルアップ! って感じでもないしさ」
なんで? と再度の問いかけ。
見た目派手な白鳥先輩の問いかけには妙な迫力がある。怒っているわけじゃないんだろうけど、ちょっと怖い。この辺は風間先輩に通じるものがあるかもしれない。視覚情報って凄い。
さておき、それに気圧されたわけじゃないけど、私は一瞬口ごもってしまった。なんていうか、ちょっと話しづらい。
「話したくないこと?」
調理器具をざぶざぶ洗いながら、飯田先輩が言う。
生地作りはつつがなく終了して、現在はオーブンタイム。ついでに言えば、時短のための片付けタイムでもある。
私は洗い終わったボウルを拭き上げながら、先輩たちに答えた。
「いや、話したくないわけじゃ……」
「なに、歯切れ悪いわね」
「えっと、こないだここで作ったクッキーなんですけど、その……、バイト先にお裾分けしたんです」
ぱちり、と先輩たちが目を見合わせる。
一拍おいて、白鳥先輩が大きな声を上げた。
「あー! なにそれ、つまりアレね。バイト先の連中に美味しくないって言われたんだ!? はあー!? 許せねえんだけど!!」
「や、あ、ちがっ、違います! 違います!!」
「じゃあなによ」
あらぬ方向にヒートアップしかける先輩を慌てて宥める。私のことで怒ってくれるのはちょっと嬉しかったけど、そうじゃないんです!
「みんな美味しいって言ってくれて、それでですね……」
その時はなにも問題なかった。問題はその後っていうか。
『おい』
ぶっきらぼうにそう声をかけてきた先輩は、私にやや不格好なラッピングをされた小袋を渡しながら、
『やる。こないだの礼だ』
『え? あ、クッキー!』
まさかお礼なんて期待してなかった私は無邪気に喜んで、
『わ。これ手作りですか!?』
『一応そうなるな』
『いま食べてもいいですかっ!?』
『好きにしろよ』
好きにします! と渡されたクッキーを勢いよく口に運んで……、
「いやもう、絶望しましたよね。信じられないくらい美味しいんですもん……」
はあぁぁ……、と私の口からは大きなため息が漏れた。
私の手作りクッキー食べてもらえたことも、それを美味しいって言ってくれたことも、お礼をしようとしてくれたことも、全部本当に嬉しかった。飛び上がったり、小躍りしたくなるくらいには嬉しかったの。これは嘘偽りないホントの気持ち。
けど、先輩から貰ったクッキーの味でそれも全部吹き飛んだっていうか。曲がりなりにもお料理研究会に入ってる私のクッキーより、普段から料理しなさそうな先輩のクッキーの方が明らかに美味しかったんだもん。
いや、うん。わかってるわかってる。先輩が料理しなさそうっていうのは、私の偏見だってことくらい。だからちゃんと確認しました。確認したら、学校の調理実習くらいでしか包丁も握ったことないって答えが返ってきやがったんですぅ!! そんなの私のちっぽけなプライドだって折れるってものじゃない!?
「つまり見返したいのね、その先輩を」
「うーん。でもその先輩さん、別に桐原さんのクッキーを美味しくないって言ったわけじゃないんでしょう?」
「言われてないですけど、これは私のプライドの問題なので!」
高らかに宣言すると、飯田先輩は若干引いたようだった。反対に白鳥先輩はおもしろそうに手を叩いている。
「いいわぁ、最高! それで愛子に泣きついてるあたりは、ちょっと様になってないけどさ」
「自分よりお料理上手な人に弟子入りするのは、むしろ基本では!?」
「弟子!? わ、わたし師匠って呼ばれるほど大層な人間じゃないよ!?」
「でも美味しいクッキー作れるじゃないですか。私、先輩のレシピ通りにやっても、先輩ほど美味しいもの作れなかったですし」
「ええ、でも桐原さんはお料理上手だと思うよ?」
「愛子ー。それはアンタが言っても説得力皆無なやつだから」
とにかく、私は今回のクッキーで先輩をぎゃふんと言わせるんだ!
※※※
いつもの放課後。いつものバイト先。いつもの休憩室で、入室早々桐原に袖を捕まれた。
「んだよ?」
応対が少し雑になってしまったのは仕方あるまい。
急に袖を引くよりは、普通に呼びかけてほしいのが人情だ。あと袖延びる。
一方で桐原は俺の様子を気にせず(気付かず?)、さらにぐいっと袖を引くと、なにやら小さな袋を押しつけてきた。
「どうぞ! こないだのお礼のお礼です!」
「は?」
よく見れば、袋の中身は数枚のクッキーだった。
そういえば先日、こいつからクッキーを貰った礼に、クッキーを返した気がする。いや、つーか、お礼のお礼て。無限ループにハマるやつじゃねえか、面倒くさい。
「いらん。礼に礼を持ってきてどうすんだお前は」
「そう言わずに。先輩のために作ってきたんですから。遠慮せずに!」
「……」
こいつはまた、ナチュラルに誤解されそうなセリフを……。
断るのにもカロリーを使うと悟った俺は、おとなしくクッキーを受け取ると、さっさと着替えるべく更衣室に向かった。
……向かおうとした。
「……今度はなんだ」
桐原が袖を離さない。
延びるっつうのに、用があるなら口で伝えろ、口で。
「食べてくれないんですか?」
「いま気分じゃねえんだよ」
なんか、こないだも誰かにこんなセリフ吐いた気がする。あの時は、結局クッキー食うはめになったんだが。
「……そうですか」
あからさまにシュンとしながら、桐原が俺の袖から指を離す。微妙に項垂れてるのは気のせいじゃないハズだ。
お前は、なんだってそういう反応をだな……。
「ああもうっ」
「?」
「食えばいいんだろ、食えば!」
こんなところまでデジャヴか、チクショウ。
丁寧にラッピングされた袋を開け、中から一枚だけ取り出して口に放り込んだ。
砂糖やらバターやら牛乳やらのほのかな甘さと、サクサクした食感。口の中の水分を吸い上げない程度のしっとりさ。
俺の記憶が確かなら、これは前回食ったクッキーよりも、さらに出来がいいものだ。
「ど、どうですか……?」
むぐむぐごくん。
クッキーを飲み込んだタイミングで、そんな風に問われる。自分の作ったものの感想を聞きたくなるのは人情ってものなんだろうが、なんでそんなに自信なさげなんだ。この間のアレと今回のコレを合わせて考えれば、コイツは普通に料理うまい人間だろうに。少し上目遣いになって、小さな声を上げる姿はどことなく子犬を連想させる。
「どうっていってもな」
「お、美味しくなかったですか? 美味しくなかったんですね!?」
「誰もそうは言ってねえだろ、なんだその自虐は。美味かったよ」
ぱちり、と桐原が瞬きをする。どことなく俺の言葉が信じられないような様子だ。
……料理に対してなんかトラウマでもあんのか? そんな不安になるような出来じゃなかっただろ、コレ。
「本当に?」
「ああ」
「こないだのよりもですか?」
「そうだな」
「…………先輩の作ったやつよりも?」
「は?」
思わぬ言葉に思考が一瞬止まる。
俺の作った……?
なんの話だ? と思いかけて、早々に思い当たる。確かコイツのクッキーの礼にクッキーを渡したが、一応は手作りクッキーってことになってたハズだ。いや、一応とは銘打つが、別に手作りなのは嘘じゃないワケだが。
「美味いよ」
例のクッキーの味を思い返しながら言う。
確かにアレも美味かったが、今回のとどっちがと言われれば今回のほうが美味かった。好みとかあるだろうから人によるだろうが、少なくとも俺の口に合ったのは桐原が作ってきた方だ。
「……えと」
「聞いてきといてなんだその微妙な反応は」
「本当ですか?」
「どんだけ疑り深いんだよ」
「私に気を遣ってたり?」
「誰がそんな面倒くさいことするか」
ハッ、と息を吐き出しながら言った。
時々思うんだけど、コイツたまに面倒くせえな。よくも悪くもあんま聞き分けよくないわ。
で、その聞き分けよくない後輩はわなわなと手を震わせて────、
「……勝ったッ!!!!」
「うおっ」
突然の大声に若干引く。
よっぽど興奮してるのか、桐原は俺の様子には全く触れずに大声で独り言をまくし立て始めた。
「第一部完! くぅ~、疲れました。これにてリベンジ完了です!! やっと安心して眠れるよ、やったね!!」
いや、ええ……? たかがクッキー一つにどんだけだよ。なんか怖いわ。つーか、今すぐ他人のフリがしたい。これからコイツと一緒にバイトだからムリだけど。いや、今日のコイツと一緒にバイトしたくねぇー……。
「さ! 今日もお仕事頑張りましょうねっ!」
「お、おう」
「気合いが足りないですよ! 頑張りましょうねっ!!」
「おお」
どん引きするこっちに気が付かず、なにやら嬉しそうに更衣室に入っていく桐原を見送って、俺は盛大なため息を吐いた。
【ある意味元凶】飯田先輩
愛川東星高校2ーA。出席番号2番。お料理研究会会長。
引っ込み思案かつ真面目。同級生たちから『地味だから誰も気付いてないけど、飯田って可愛いよな』と思われてる系女子。桐原とは中学で委員会が同じだった。
調理実習中に部活で作ったクッキーの材料が余っていたことをうっかり話してしまい、ノリのいいクラスメイトたちと急遽クッキー制作を行う事態となった。クッキーの一部は風間が持ち帰り、桐原の手に渡ったらしい。
料理の腕はそこそこだが、菓子作りには一家言ある16歳(先輩とクッキー時点)。
風間的クッキー評価
【美味い】
桐原が飯田に手伝ってもらったクッキー
↑
クラスメイトたちがわちゃわちゃ作ったクッキー
↑
既製品のクッキー
↑
↑
桐原が飯田のレシピで作ったクッキー
↑
↑
↑
↑
中学の調理実習で作ったクッキー
【味が残念】