いつもの放課後。いつものバイト先。いつもの休憩室。いつもの座席で、いつも通り私は斜め向かいの先輩に話しかけた。
「先輩、もうすぐ夏休みですねっ!」
雑誌を読んでいた先輩は、それを閉じると、
「ああ、授業がなくなって楽でいいな」
先輩が狭いテーブルに置いた雑誌を見ると、『夏だ! 海だ! 山だ!』と表紙に書かれている。これ見よがしに大きく書かれた見出しは、どれも心躍るような文言ばかりだ。
「先輩。夏休みはどこか旅行行くんですか?」
「そんな予定はないが」
「予定ないのにそんなステキ雑誌読んでるんです?」
「読んでちゃ悪いか。つーか、ステキ雑誌て」
「ちなみに私は、友達と旅行の計画立ててるんですよ! ばばーん、と二泊三日くらいの!」
「そりゃいいな」
そうは言いつつも、あまり心はこもってなさそう。なんていうか、先輩ってこういうことよくあるよね。会話する気がないっていうよりは、興味のない話題には露骨に興味ないオーラ出すって感じ? いつも思うんだけど、この人うまくコミュニケーション取れているのかしら?
「あ、そうだ。先輩先輩」
「なんだよ?」
「オススメの旅行先とかってあります? 参考程度でもいいんで」
「なんだそりゃ。ツレと相談して決めろよ」
「いやぁ、先導多くして船山に登る、みたいな? うまく意見がまとまらなくてですね」
「海。あと山」
「雑すぎません?」
「夏行って楽しいとこなんてそんなもんだろ。っていうか、さっさと決めねえと、ホテルとかの予約取れねえんじゃねえの?」
「そうなんですよねー。今日もバイト終わったら、みんなで通話するつもりなんですけど」
「どうでもいいけど、変なのには引っかかんなよ?」
「変なの?」
「お前のツレなら年近い女子なんだろうが、そんなのが2、3人で旅行とかカモっちゃカモだろうしな」
……カモ?
はて? と首を傾げると、先輩からは盛大な溜息が。
「なんなんですか、その反応は」
「なんなんですかはこっちのセリフだわ。なんで理解できねえんだよ、お前本当に高校生か?」
「どっからどうみても華の女子高生ですよ!」
「女だけの旅は、色々危ないから気ぃ張って行けって言ってんだよ」
「……つまり心配してくれてるんですか? それならもっとわかりやすくですね」
「十二分にわかりやすいわ。このド天然記念物が」
「いまもしかして、もの凄い罵倒のされかたしました?」
「しらん」
むう、と私が頬を膨らませるも、先輩はどこ吹く風って感じ。心配してくれてるのは嬉しいけど、もうちょっと優しくしてくれてもバチあたんないんじゃないですかねー!
「まあなんにしろ、早めにな。シフトのこともあるし」
「それは……、流石に8月までにはなんとか決めなきゃって思ってますよ」
「それならいいが。ああ、そうそう。旅行行くなら、なるべく前半の方がいいぞ」
「なんでですか?」
「夏休み後半は前半のツケが回ってくるだろ」
「ツケ?」
なんのことだろう? あ、アレかな。宿題溜め込んでて慌ててやる、みたいな?
「課題もあるが、休み明けは実力テストあるだろ」
「そうなんですか?」
「ああ、まだ知らねえのか。多分終業式で言われるぞ。あとほら、文化祭の準備。どーせ前半だけじゃロクなこと出来てねえから、休み終わる一週間前くらいでクラスみんな焦り出す」
ソースは去年の文化祭。と先輩は笑った。
文化祭、は確か9月の最初の方って話を聞いた。休み明けてからじゃ準備に時間が足りないから、夏休み中に結構なところまで準備を進めるのだとも。一応、うちのクラスも、いま夏休み中のスケジュールを作っているところだったハズだ。
「文化祭の準備って、やっぱり結構大変ですか?」
「クラスの出し物次第じゃねえか? 俺も去年は楽だったし」
「去年は、ってことは今年は大変そうなんですね?」
「まあな。展示と劇と模擬店やるんだと。喜べ、かき氷屋だ」
「わあ、食べに行きますね。……っていうか出し物全部乗せじゃないですか」
文化祭でのクラスの出し物は、『ステージ発表』か『クラス展示』のどちらかを行えばOKってルールだったハズ。一個でも結構大変だと思うんだけど、両方に加えて模擬店までってあたり、やる前から大変そうなのがわかっちゃうっていうか。先輩はこういうイベントごと苦手っぽいから、ご愁傷様っていうか。
「えと、お疲れさまです」
「ホントにな」
ぜってえ間に合わないだろ。と先輩は疲れた表情。
始まる前から言うのもどうかと思うけど、でもやっぱり全部乗せの欲張りセットが大変そうなのもわかるから、先輩の発言は杞憂にはならないんだろうな、きっと。ホント、ご愁傷様です。
「まあデカい理由はそんな感じ。人によっちゃ、そこにオープンキャンパスだの進路相談だの、資格試験だの被る。あ、あと小さいとこだと、8月末には縁日やったりとかか? とにかく夏休みの後半は、大体みんなスケジュール詰まり気味だから」
「そういえば私も、友達とオープンキャンパス行く予定立ててました。8月後半に」
「そりゃ将来設計しっかりしてて良いことだな」
「面白そうなところいくつか。冷やかし程度に見てみようってだけですよ」
「一年ならそんなもんでいいんだよ」
ふむ。となると、やっぱり旅行は7月中か8月前半がいいのかな。ホテル空いてるといいけど……。そもそも目的地も決まってないから、できたら今日。遅くても7月中に決めないと。
「なんだかんだ、旅行抜きでも夏休みって予定いっぱいですよね」
「まあそうだな」
「先輩はホントに旅行とかしないんです? それでなくても、なんかする計画とか」
「基本バイト。あとは、バイクの免許取りに行くくらいか。旅行とかも、まあ面白そうではあるが」
「免許! ブイブイ言わせて、モテを狙っていくってことですね!」
「別にモテは狙ってねえよ」
「またまたあ」
「……そのクソムカつく顔をやめろ」
「ヒドい!?」
女子に向かって、顔をけなすのどうかと思いますけど!? 訴えたら勝てますよ!!
「大体、免許取ってもバイク買う予定はねえんだよ」
「それ免許取る意味あります?」
「意味はあるだろ。ちっと虚しいだけで」
「バイク買ったら、見せてくださいね」
「買ったらな。予定ないっつったろ」
「などといいつつ、バイクのカタログは入念にチェックしている先輩なのであった」
「妙なモノローグを勝手にいれんな」
いやいや。先輩の性格的にそうなってそうだと思うの。免許証だけあって、バイク乗れないなんて割と悲しいっていうか、免許証取った意味が半分くらいなくなっちゃってるんだし。
今はまだでも、免許証取ったらバイク欲しくなっちゃうと思うんだ。先輩ってこう、実利主義? っていうのかな。特に使い道もないものが手元にあるのモヤモヤしそうだし。それが高いお金と、長い時間かけて取ったものなら尚更だろうから、ちゃんと使える状態にしたくなるハズ。
「まあまあ、そう言わずに。……でも、もし本当にバイク買ったら見せてくださいね」
なんて、私が感じたことは一切おくびにも出さずに言う。
私がそんな風に思ってるなんて言ったら、拗ねちゃって意地でもバイク買わなさそうだし。
先輩は「だから、買ったらな」と呆れ顔だけど、私としては、どうなることやら、と内心訳知り顔な訳です。きっと、多分、先輩はバイクも買っちゃうと思うなー。
免許は夏休み中に取る気みたいだから、そこから早くて一ヶ月。おそくても三ヶ月くらいで、購入の目処を立てるところまで行くとみた!
「で、それはそれとしてですね。先輩、本当に予定ないんです?」
「しつけーな、別におっきな予定はねえよ」
「ふんふん、なるほど。アルバイトに精を出し、一人孤独な夏休みを過ごすと」
「ケンカ売ってるか?」
いやいや! 別にそういう訳じゃないんだけど。
……そっか、先輩予定ないんだ。じゃあ、バイト被った時にでもどこか一緒にお出かけとか出来たりするのかな。それこそ、バイト上がりにご飯食べに行ったりとか。
私がそう思った時、「ああいや、そう言えば一個予定あるわ」と、本当に今思い出したかのように、先輩が切り出した。
「ほうほう、なんですか?」
「バスケ部の応援。まあ見るのは初日だけだが」
「……なるほど」
ここ数年の
でも、
「先輩って、バスケ部に知り合いとかいるんですか」
「大平。あと、まあ同じクラスだから一応山本もか?」
「大平、先輩?」
たしか前に一度だけ会ったことがある。先輩のクラスメイトで、本当に小さい頃からの幼なじみなんだと言っていた。
一方の山本先輩は言わずもがな。バスケ部どころか、うちの学校では一番の有名人だ。
「去年は行かなかったから、今年は行っとくか、って城島と。『親友の晴れ舞台が見れないと申すか!』だとか、大平の奴もうるせえし」
「……友達のために応援に行くんですか。素敵ですね」
「まあ普通に全国大会ってのに興味もあるし。泊まりで二日の予定だから、一応旅行みたいなもんかもな」
そんな風になんてこともないように先輩は言うけれど、でもそれってどっちの方の比重が大きいの? なんて、私は思ってしまった。
友達の応援か、生で見るバスケの全国大会か。
もし後者だったとしたら、先輩ホントはまだバスケがしたいんじゃないの? どうして辞めちゃったの?
「どうしたお前?」
「へ?」
「いや皺。眉間に皺が寄ってる」
自分の眉間を指さしながら先輩が言う。
私は慌てて笑顔で繕いながら、誤魔化すために口を開いた。
「あはははは、いやいやなんでもないです。それよりそれより、インターハイっていつからなんですか?」
「いやなんでもないってことねーだろ、誤魔化しかた下手か。まあいいけど……。
今年はたしか、開会式が27日。俺と城島は、28日の試合観にいく予定だな」
「ふんふんなるほど。さっき泊まりって言ってましたけど、つまり28、29と現地にいる感じですか?」
「いや、前日入りして少し観光。そんで28の試合観て帰る」
「へぇー」
観光するなら、やっぱり普通に旅行じゃないですか。旅行の予定はない、とは一体なんだったのか。
私がそう口を開きかけた時、唐突に先輩の眉間に皺が寄った。まるでさっきの私のような姿に、思わず首を傾げて問いかける。
「どうしました、先輩?」
「いや……、27日なんだけどよ」
「はい」
「あれ」
そう言って先輩が指さした先には、壁に貼り付けられたシフト表がある。
7月27日 出勤予定 風間 比呂
あ。あー……、アレ? もしかして先輩……。
「先輩」
「ああ」
「もしかしなくても、うっかりしてました?」
「……ああ」
「あちゃー」
苦い顔をして天を仰ぐ先輩。釣られて同じく天を仰ぐ私。
そっかあ、うっかりしちゃったかー。まあ人間失敗はあるものだし、仕方ないとは思うけど、でもうっかりしちゃったんだ先輩。
「こういうことにならないように、お前は早めに予定の確認した方がいいぞ」
「実感を伴ったご忠告痛み入ります。……それで? どうするんです、これ」
「…………桐原」
「はい」
「スゲエ言いづらいんだけどよ」
「はい」
「代わり、頼んで良いか?」
「……しょうがないですねえ」
実際問題、すごく急な話だし、先輩の自業自得だから断ってもよかったんだけど、もの凄く申し訳なさそうな先輩の顔を見たら、そんなこと出来そうにない。あと頼ってもらえたのが、ちょっぴり嬉しかったり。
「何かご褒美一回で手を打ちましょう!」
まあ、それはそれとして報酬は欲しかったりもするんですけどね?
なんていうか、先輩の弱みにつけ込めそうなのも、このタイミングくらいしかなさそうだし。ここは欲張るべきだと、私の勘がささやいている!
「何かってなんだ?」
「うー……ん。今は特に思いつかないので、また今度ということで!」
「了解。……なんか楽しそうだな、お前」
「そりゃ、先輩からご褒美もらえる機会なんて、今後あるかわかんないので!」
「……お手柔らかにな」
「…………」
「そこで黙んな。怖くなんだろ」
だって普通に楽しみなんだもん。
先輩の言うお手柔らかがどの程度のラインかはわかんないけど、ライン越えなきゃ合法的にワガママ聞いてもらえる機会なんだよ?
一緒にご飯?
一緒に買い物?
それとも毛色をガラッと変えて、先輩がなんで部活辞めちゃったのか聞いてみる?
……最後のは、きっと私の勇気が足りないなあ。
ああ、そうだ。せっかく夏休みなんだから、夏休みっぽいことお願いしてみたらいいのかも。海とか山とか。あとは、そう。一緒に縁日に行ってほしいって頼むのもアリかもしれない。
「ふふっ。楽しみですね、夏休みっ!」
※山本入学の噂を聞きつけた同年代がワンチャン狙って入学→地元のエース数人を囲ったそこそこのチームになる→辛くもインターハイ出場→山本一年ってマジ?オレここ受けるわ→地元と隣県のエース数人が入学→二年エース山本中心に粒揃いの一年がいるチームに→インターハイ出場←イマココ
ザックリ言うとこんな感じ。
単純に山本が高校生離れしてるって話