先輩と後輩がダベってるだけ   作:ハトスラ

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先輩と納豆

「先輩は納豆にはなにかけて食べます?」

 

 いつもの放課後。いつものバイト先。いつもの休憩室。いつもの座席で、私は斜め前に座る先輩にそう問いかけた。

 いつもどおり雑誌に目を落としていた先輩は、私の声に顔を上げて、いつものように微妙な顔。

 

「お前、納豆にまでキムチ入れるって言われたのか?」

「は? なんの話です?」

「前に言ってたろ、豆腐にキムチ」

「ああー……」

 

 そういえば、以前にそんな話をした気がする。私が友人と『冷奴にはなにをかけるか』という話で盛り上がった、という話を先輩にしたのだ。

 その時に『冷奴にはキムチかける』という友人に納得がいかず、論争に発展したとも伝えた。先輩には『心底どうでもいい』と一蹴されちゃったけども。

 

 でもまあ、その時はその時。今回は別に友人と『納豆談義』になったという話ではない。

 

「昨日、家に帰ってすぐにテレビつけたら、ちょうどアニメの時間で。ほら、あの幼稚園児もの」

「……ああ、あれか。結構長くやってるよな、アレ」

「はい。それでその、最近は見てなかったからつい懐かしくて30分丸々見ちゃったんですけど」

「ああ」

「その中で、『納豆にはネギ入れるタイプ?』ってセリフがですね」

「……なるほど」

 

 色々察した先輩が、私の想像通りの呆れた顔をして言った。

 

「つまり豆腐よりもさらにくだらないことがキッカケな訳だな?」

「もう、先輩はスグにそういう言い方をするー」

 

 ふくれ面でそう反論してみるけど、実際先輩の言うとおりではあると思う。たしかにキッカケはすっごく些細なことだもんね。

 でも、面倒くさそうにしながらも、呆れたようにしながらも、それでも質問に答えてくれるのが先輩の良いところな訳で。

 

「納豆には付属のからしとダシ。以上」

 

 これ以上ないくらい簡潔にそう答えてくれた先輩に、私は内心で微笑んだ。やっぱりなんのかんの言いながらも、先輩は律儀だ。

 

「それ、味薄くないですか。あ、薄味が好みとか?」

「別にそうでもない」

「んー、でもお醤油とか」

「醤油がそこにあればな。納豆食うのに、わざわざ醤油取りに行くのが面倒くせえ」

「えー」

 

 それはちょっとものぐさ過ぎないだろうか。

 

「それじゃもしかして先輩は目玉焼き食べるのにも、わざわざお醤油取ってこない感じなんですか?」

「いや、それはさすがに取りに行くな」

「じゃあ焼き魚とかは」

「普通に取りに行くな」

「なんで納豆だけ……」

 

 私が疑問に首を傾げていると、何故か斜め向かいの先輩も胡乱気な顔をしていた。

 

「先輩? どうかしました?」

「なんつうか、お前の中では俺が醤油派なのは確定なのな」

「?」

「納豆になに入れるかより、目玉焼きになにかけるかの方が一般的な話題じゃねえのか、って話だよ」

 

 …………。

 

「……え?」

「え? じゃねえよ。別にどうでもいい話題だから、どうでもいいけどな。ちょいと不思議に思っただけ」

 

 言いつつ先輩は手元の缶コーヒーをゴクリ。視線はすでに雑誌に戻されていて、どうやら先輩の中では会話終了の流れらしかった。

 

 短い会話。それもあまり盛り上がらなかったこともあって、私としては消化不良なんだけど、でもそれを理由に会話を引き延ばせるほど新しい話題があるわけでもない。

 そもそも先輩の休憩時間を頂いて会話してる身なものだから、一旦先輩が会話の意志無しって表明しちゃうと、もう一回話しかけるのは気が咎めるっていうか。

 普段は全然そんなことないからガンガン話しかけにいくし、そもそも会話がなくても以前ほど気まずく思わなくなったから、この沈黙も平気っちゃ平気なんだけど。

 

 でも、せっかくゆっくり話せるタイミングだから、ちょっと勿体ないなあ、なんて思ったりして。

 

 と、そんなことを思ってると、休憩室の扉が『どーん!』って感じで勢いよく開いた。

 

「おーっす! 諸君、元気にやっとるかねー!」

 

 元気いっぱいの声を響かせて入ってきたのは、ふわふわしたショートヘアが似合う小柄な先輩だ。くりっとした大きなまあるい瞳と、小さな顔。バイト先の制服のデザインも相まって、とっても愛らしい。

 年上の先輩に抱くにはちょっと失礼な感想かもしれないけど、私からの印象は『可愛くて元気な人』。

 

「いまの一瞬で、もの凄い疲れました」

「え、なんで?」

「静かに休憩したいんで。先輩、声でけえんスよ」

「風間くんが今日も辛辣だー」

 

 淡々と失礼なことを言う先輩に特に目くじらを立てることもなく、その人は私の正面────先輩の隣に着席した。

 

「レナちゃん、おひさー。一週間ぶりくらい?」

「んー、四日ぶりくらいじゃないですかね? アキラさんとこうやってゆっくり喋れるのは」

 

 ちなみにこれは『四日ぶりに会う』ってことじゃなくて、『休憩時間が被るのが四日ぶり』ってことだったり。

 高校生の私より、大学生のアキラさんの方が時間に融通がききやすいのもあって、そもそも私たちの勤務時間自体が結構ズレ込んでるんだよね。だから休憩のタイミングもズレ易くって、中々一緒の休憩時間にならない。

 その点、先輩は私と同じ高校生だし、だいたい同じ時間から働き出すから、休憩も基本的に同じようなタイミングで取らされやすいんだよね。働き出したとき、休憩中の気まずさを払拭しようと話題探しをしていたのって、『先輩と一番休憩が被るから話しかけやすくしよう』って打算が何割かあってのことだったし。

 まあ、今となっては、休憩中に無言でいられても、昔ほど気まずくはならないんだけど。

 

「お、『特集、海の幸! 夏もいいぞ、北海道!!』って、なになに二人で旅行にでも行くの?」

「え?」

 

 唐突なセリフに私は首を傾げた。

 対面のアキラさんは風間先輩の手元を指さして言う。

 

「風間くんが真剣に読んでるし。休憩時間に旅行の計画立ててたんじゃないの?」

「そこのラックに突き刺さってたのが、旅行雑誌だったってだけです。話自体は旅行とは関係ねえ、クソつまんねえ話題でしたよ」

「ん、なになに? どんな話?」

「「納豆になにかけるか」」

「えー!?」

 

 なんでそんな話題? と首を傾げながらも、アキラさんは「アタシかつぶしー」とニコニコと即答してくれました。

 

「鰹節、ですか」

「そーそー。あとは生卵とかいれたり?」

「……マジすか」

「んー、なに? 風間くん的にはナシな感じ?」

 

 微妙な顔をした風間先輩は「なしって程でもないですけど」と前置きしてから、

 

「匂いやばくなるでしょ、卵は」

「おや? 風間くんってば、意外と繊細なことを言うね」

「いや、納豆と匂いの問題って切り離せなくないッスか。ちょっとでも匂い抑えようってのが人情なんじゃねえの?」

 

 先輩の言うことは一理どころか百理あると思う。最近じゃ、匂いが原因のハラスメント・通称『スメハラ』なんてワードも生まれるくらいだから、匂いに対する意識って昔より高くなってるみたいだし。

 なにより、出会った人に『あ、こいつ納豆くせえ』なんて思われたら、ショックで立ち直れないかもしれない。

 

 アキラさんは風間先輩のセリフに「まあ、そうだね」と返して笑うと、

 

「でも卵入り納豆おいしいよ? 食べたあとは匂いのケアしまくるけどさ。それかその日はもう、人に会わない覚悟で納豆食べるねアタシは」

「納豆食うのに、どんな悲壮な覚悟決めてんスか……」

「風間くんはなにかけるの?」

「付属のダシとからしだそうですよ」

「え、それだけ?」

「それだけです。なんかお醤油取りに行くことすらめんどくさいらしいです」

「うわぁ……、それはさすがになくない?」

「ないですよね」

「いや、なんでお前が代わりに答えてんだ?」

 

 ナイワー、と顔を見合わせる私たちに、風間先輩の微妙なツッコミが刺さる。

 

日向(ヒナタ)先輩ほど納豆にこだわりねえって話ですよ。最終的にご飯にかけられればそれでいいみたいなとこあるし」

「ご飯にかけた時に味変わるじゃん。結構大事なとこだと思うんだけど……、あ!」

「どうしました?」

「風間くん、納豆はそんなに食べない人か!」

「はあ、まあ、そっすね。月イチもないかも知れないです」

「あー、それでかー」

 

 ふんふん、とアキラさんはなにやら納得顔。

 

「いいかね風間くん。そしてレナちゃん! 納豆はね、それはそれは奥がふかーいものなんだよ!」

「……」

「えー……っと」

 

 唐突な宣言に、私は風間先輩と顔を見合わせた。

 私的には、この納豆トークは休憩時間を潰すためのちょっとした話題作りのつもりだったから、話を盛られすぎても困るっていうか。休憩時間終わっちゃうっていうか。

 先輩は先輩で明らかに面倒くさい風。ついでになんか今すぐ話を終わらせろって顔もしてる気がする。

 

 えー、私が言うんですかー。

 

「最近じゃノーマル納豆の他に、『梅味』とか味付けタイプもあってだね」

「あの! アキラさん!」

「自分で味付けするノーマルタイプとはまた違った……って、んにゃ? どしたい?」

 

 首を傾げるアキラさんに、私は気乗りしない気分で────でも、七割くらい本音を混ぜ込んで言った。

 

「この話、長くなります?」

「え、どうだろ。五分は堅いかな?」

「あ、じゃあいいです」

「ひっど!!」

 

 うわーん、と盛大な泣き真似をしてアキラさんがテーブルに突っ伏す。

 悪いことしたかな? とは微塵も思えないのは、泣き真似しているアキラさんが、明らかになんのショックも受けていないからだろう。こういうところが、年上だけど話しやすいって思う部分なのかもしれない。

 

「アタシの後輩たち、なんか微妙に辛辣だぞー」

 

 文字列だけを参照するなら、とても恨みがましく、でもやっぱりなんの怨念もこもっていない明るい声色でアキラさんが言う。

 

 そのまま数秒、ぐでー、とした感じでテーブルに伏せっていたアキラさんは、唐突に顔を上げるとあっけらかんとした表情で言った。

 

「ちなみにレナちゃんは、納豆になにかけるの?」

「私ですか?」

 

 そう問われても、ちょっと困っちゃうな、というのが本音。

 

「うーん、あんまり考えたことなかったですねえ。私、納豆食べないので」

「……えー」

 

 私の答えに、アキラさんは眉尻を下げて不満顔。

 

 アキラさんがどんな答えを私に期待してたかは知りようがないけれど、これはだって仕方ないじゃん。

 匂いとか粘り気とか、凡そ納豆らしいと思われる部分がことごとく苦手なものだから、なにかしら強要されるようなことがなければ納豆なんて食べない、食べたくない。

 中学を卒業して給食じゃなくなったから、不意打ちで納豆を食べさせられる機会もないし。家じゃそもそも食べないし。

 そういうわけで『納豆になにかけるか』って質問も、この先一生納豆を食べるつもりがない人間にとっては、すっごく無意味っていうか。こう答えるしかなかったっていうか。

 

「桐原」

「はい。なんですか、風間先輩」

「お前、本当にそういうとこだぞ」

 

 そういうとこって、どういうとこだろう……?

 

 げんなりした顔で言った風間先輩に、私は首を傾げることしかできなかった。


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