「あ、桐原さんちょっと」
「はいはい、どしたのー?」
「これ。『白黒同盟』のアクキー。被ったからあげるねー」
「わ。ありがとう! えっと……、ごめん。今、なんにも持ってない」
「いいよいいよ、気にしないで」
「気にするよ! ……うん、じゃあ今度ケーキ奢るね。一緒に行こう?」
「いいの?」
「うん! おいしいところ知ってるから、楽しみにしててねっ!」
※※※
「誰かー! 日直でも誰でもいいから、プリント運ぶの手伝ってー!」
「はいはーい。手伝うから、ちょっと待って!」
「あ、レナちゃん! ありがとー」
「いいよ、いいよ。お互い様でしょ、こういうの。どこまで?」
「音楽準備室までなんだけど……。大丈夫?」
「いいって言ったでしょ? 全然平気だから気にしないで」
「うう、優しさが染みますわぁ。誰も手伝ってくれなかったら、往復二回だったからさぁ……」
「確かに一人じゃ大変そうだね。先生もまた酷なことを……」
「杉山にも頼んでたみたいなんだけど、アイツ部活の昼練行ったから」
「なにそれヒドい! 仕事押しつけて行ったってことでしょ?」
「ち、違うのごめん。私が行っていいって言っちゃったから! だからごめんね。レナちゃん、とばっちりで手伝わされるハメになってるんだけど……」
「私は全然。でもそれはそれとして、普通はそう言われても手伝ってから行くよねー。杉山くん、ちょっと残念な子なのかなー?」
「あ、あはは……」
※※※
「きーりはら!」
「……うん? なーにー?」
「これ、英語辞典。マジ助かったわ」
「あー。それはいいけど、今度からちゃんと持ってきなよ?」
「わーかってる、わーかってる」
「それで? お礼は? なにしてくれるのかなー?」
「え、マジ? なんもねえよ」
「えー、それはないでしょー。そうだなぁ……、私の言うことに一日間絶対服従! とか?」
「げぇ!?」
「ふふっ、冗談だよ。ジョーダン! そんな顔しなくたって、別にお礼なんかいらないから、大丈夫だよ」
「ホントに?」
「ホント、ホント。……んー、でもじゃあ、今度ジュース奢って貰おっかな。それでチャラにしたげるねっ」
※※※
「はー、これはモテますわー」
「さすがっすわー」
「え? なになに、なんの話?」
昼休み。クラスメイトたちとのやり取りを済ませて席に戻った私は、なにやら微妙に盛り上がっている友人たちの輪に入っていった。
「いや、レナはモテるなって話」
「ねー。これは男ウケいいわ。アタシらの友達半端ねーな、って話を」
「はあ!?」
昼休みの教室で、なんでそんな話題になってるかな!?
っていうか、私がモテるとかいったい何を根拠に!?
「私恋人もいないし、告白とかもされたことないんだけど!?」
「いやいやいやいや」
「レナさんや、ご謙遜めされるな」
「謙遜とかそんなんじゃなくてね……、っていうか何キャラなのそれ」
「え? ……軍師?」
「軍師?」
「軍師とか中国かよ」
「軍師中国なん?」
「キャラ作りが杜撰すぎるよ……」
「いや、一言のためにキャラ作りとかしないし。っていうか話を逸らそうったって無駄じゃぞー」
「ふふっ、知らなかったのか。女子トークからは逃げられない」
くっ、バレたか。
っていうか、そっちもそっちで何キャラなのかな。ま、まおう系?
「知らねー。つーか、どーでもいいし。今はレナがモテるって話っしょ」
「いやホント、そういうことはないから。なんでちょっと席を立ってる内に『豚骨ラーメンに魚肉ソーセージを乗せるのはアリかナシか』がそんな話に?」
「その件は不毛な争いしか生まないって、ついさっき気づいたのじゃよレナ殿」
「あ、今回ずっとそのキャラで行くんだ」
中国系軍師キャラってまたニッチな……。
ちなみにニッチな彼女は以前に『冷奴にキムチかける』って言った子だったり。個人的には『らしいなぁ』という感想なんだけど、それ言っちゃうとケンカになっちゃうからなあ。
「リカは、まあこんなんじゃん? わたしも男ウケは悪そうだし、やっぱウチらの中じゃレナじゃんねーって」
「マジそれな。いや完成された美少女だわレナたん。これは我が軍の勝利待った無しですぞ」
「リカもミホもやめてくれないかな? いや、ホントに。いたたまれない……」
またまた、なんて二人は笑っているけど、結構精神的にクるわ。
モテるモテるって言うけど、本当に告白された経験なんてないし、彼氏がいたためしもないからさぁ……。
「だいたい、モテるモテるっていうならE組の喜田さんの方がモテるでしょう?」
「喜田? ダメダメ。喜田はアレ、美人過ぎてダメだわ」
「街中でスカウトされたって噂は伊達ではないんですな。ほら高嶺の花すぎて、虫も寄りつかない的な?」
「すげー年上のエリートサラリーマンとかと付き合ってそうな顔してるじゃんアイツ」
「朝からスムージー飲んでそうな顔もしてますな。あと定期的にエステ行ってそう」
「まーじかよ! リカの中じゃ喜田エステ行ってんの!? ウケる。……いや、行ってるなアイツ。うん、行ってるわ。……あの顔だもんなー、エステくらい行ってるわー。なんかさ、適当な男友達に貢がせてあ、あ、あ、アロマディフューザー? とか持ってそう」
「ミホ殿の中では喜田女史は悪女認定食らってるんでござるなー」
「いやー、あの見た目そういう雰囲気ない? わたしはあると思うわー」
「えー……」
二人の勢いにちょっと引き気味な私。
本人と付き合いが浅いからってそこまで言うかな? なんかこう、最後の方とか普通に悪口になっちゃってるし。喜田さんの名前出したの私だから、ちょっと申し訳ないぞ。
「その点レナは男の影がないし、顔は可愛いし?」
「明るくて話しかけやすいし、むしろレナ殿の方から話しかけてくれるんでござるよなー」
「なー。あと心広いし? こう『ワンチャンあるじゃん!?』って思うわ、わたしが男なら」
「思う思う。『これは俺に気がある』『今です! ここでドサクサに手に触れるのです!』『はえー、レナたんマジ天使』くらい男子は思ってるハズ」
「いやないから。男の影がないっていうのは同意だけど、残りは本当にないから」
だいたい男の影がない、とモテるのは矛盾してない?
「してないよ。男の影がないってことは、ワンチャンあるってことだし」
「密かに好感度上げて告白しようと思ってる男子多そうって話なんでござるなー」
「でも人生で一度もそういう感じになったことないよ?」
あとリカはそれ、軍師キャラじゃなくて侍キャラになってない?
「っていうか、私がモテるモテない以前にミホは彼氏いるじゃん」
「いやいや。彼氏いてもさー、こうわたしかレナかって言ったらレナのが男ウケいいじゃん」
「ホント、それなんでござるな。明らかに学年一の美少女は喜田女史で、彼氏がいるのはミホ殿ですが、誰が一番男子にモテそうかって言ったらレナたんハアハアなんですぞ」
「意味わかんないんですけど」
リカのキャラもわけわかんない感じになってきたし、この話題はそろそろ終わりにしない? 無理? なんか無理めな雰囲気は察してるけど、正直早く終わりたい!
「意味わかんなくはないでしょー。レナはなんか、頑張ったら付き合えそうな美少女なんだよ!」
「基本的に猫被ってるから外面いいですしな。その外面と他人に優しいところが男子に『俺に気がある!』って勘違いさせやすいというか?」
「え? 私、猫被ってる?」
「被ってる被ってる。けど、無自覚かー。わたしらと話してる時はちょっと雑な対応してるじゃん」
「猫被ってなくてもデフォルトが優しいので、雑な対応を見せ始めたら『俺にだけ見せる姿……!』とかって男子大興奮なんですなー」
「わたし女子だけど優越感あるわ」
「う、うーん?」
わかったような、わからないような?
「まあ狙ってやってないから、レナはいいんだと思うけどね」
「ですな。天然だから、球技大会で男子生徒の応援とかしちゃう」
「ちょっ、よりによってそこに繋げる!?」
「繋げる繋げる。男の影がなかったレナに見えた唯一の男だもんよ」
「男子は気が気でなかったでしょうなー。彼氏とかではないって言ってましたが、その後どうですかな?」
二人が言っているのは、球技大会で私が大声張り上げて風間先輩の応援をしたことだろう。
詳しく話すと先輩に迷惑かかりそうだから、球技大会での件については『知り合いが頑張ってたから』程度しかしゃべってないんだけど、それが余計に興味を誘っちゃうのかなー。
一、二週間くらいはしつこく訊かれて、結構『なんでもないよ』って答えてたんだけど。今更、ここを蒸し返されるのか。
「どうもこうも普段通りだよ、なにもないよ」
「よーっし、レナまだフリー!」
「やりましたぞー!」
「え、なにこの喜びよう……。私の友達がちょっと怖い」
私がフリーでなにが嬉しいんだろう……?
もしかして、この先彼氏作ろうって思い立った時邪魔しにくるなんて展開はないよね? テンションの上がり方を思うと、それが杞憂でなさそうなのが怖いんだけど。
「いやぁ、やっぱ友達としては変な男に引っかかって欲しくないからさあ」
「うむ。相手の男が安心できる男子でないと、我々としても『んー?』と思うんでござるな」
「あと単純にわたしたちのレナが誰かに取られるのが悔しい」
「それな」
「えー……。っていうかさっきも言ったんだけど、ミホは既に彼氏いるんだし、私のことだけそんなに目くじら立てなくても」
「ミホ殿のあれは……、知らないうちに成立してましたからなー」
そう言えばそうだっけ。
高校進学してすぐくらいに『彼氏がいる』『既に一年近く付き合ってる』って言われた時は、すっごくビックリしたっけ。
「私はなんにもないし、彼氏ができる予定もないけど、ミホはどうなの? 彼氏とは順調?」
「わたしのことこそどうでもいいっしょー? 別に可もなく不可もなくよ」
「いやいやいや、実体のない私の話で盛り上がってたんだから、細かいことでも絶対なんかあるミホが喋らないのはフェアじゃなくない?」
「わたしスポーツマンじゃないからフェアとか知らねーしー。だいたい彼氏ったってまだ中坊よ? なんにも起こんねーわー」
ひらひらと手を振りながらミホはそう宣言する。
それを見た軍師リカは眉をしかめて、
「え、なんにも? 手とか繋いだり、キスとか、『あはーん、うふーん』なこととかなんにも? それはウソでござろう?」
「えー? キスはまあ普通にするけど、それ別に特別ってわけじゃ」
「うわぁ! 聞いた!? キスがもう特別じゃないとか!」
「ミホ殿のラブラブっぷりが天元突破していた件について」
「やだ、やめて。あんたらのリアクションが恥ずかしい」
訊いといてなんだけど、こっちも恥ずかしいよ! しまった、友達のリアルな恋愛事情って思ったよりいたたまれないぞ。顔が想像できちゃうから、なんかムズムズする!
「はあい、わたしの話は終了! リカは?」
「それがし?」
「誰かいい人いないのー? いい感じじゃなくても、片思いとか」
「思いつかないでござるなー」
「またまた」
「ほらほら」
「いやいや」
いやいやいやいや、と手を振りまわすリカを、私とミホで挟んで「なんかあるでしょー?」と追いつめ続ける。
すると、苦笑いで手を振っていたリカは急に、スン、と真顔になって、
「ごめん。本当になんにもない。なんにもないんだ……。ふふっ、なんでかなー……。ミホちゃんもレナちゃんも輝いてるのに、アタシにはなんにも」
「え、ごめん……」
「だ、大丈夫だって! 中国軍師輝いてるって!」
微妙な空気を誤魔化すようにミホが言うけど、それむしろ煽ってない?
それでもリカは多少持ち直したのか、口元に寂しげな笑みを張り付けたまま、こちらに向き直って口を開いた。
「や、やはりレナ殿の話が一番ダメージ少ないんでござるなー」
声震えてるよ、リカ……。
しかしこの流れで私の話題に飛ばされると無碍にできない。これはさすがの中国軍師……!
「って言っても、本当になにもないから。応援行った時だって割といつもどおり素っ気なかったし」
「うわ、それはなくない?」
「さっきは思わず喜んでしまいましたが、確かに。レナ殿に応援されていつもどおりとか、それマジ男か? と疑ってしまいますな」
「それそれ。つーか、アンタに応援されて無反応なら、そんな男はやめておきなさいって思う。だってレナよ?」
「わかる。ミホ殿の気持ちがスゴくわかる。そんな薄情な男はやめて、もっと新しい恋に目覚めるべきでは?」
私の話に切り替わって早々、怒濤の勢いで人の事情に口を出す二人。
そりゃあね、女子は恋バナ好きだけどさ。先輩のことよく知らないのに、先輩を薄情扱いは納得できない。
っていうか、私別に先輩に対して恋愛感情があるなんて言ってないんだけど!? 今までも散々否定したと思うんだけど!?
「え、でも球技大会で特定の男子の応援ってそういうことっしょ?」
「リカもミホも別の男子の応援してたじゃない!」
もっともらしく言っても、私だって二人が男子の応援に行ったの知ってるし。それで私だけどうこう言われるのは違うよね!?
そんな風に思った私に対して、二人は何故か呆れ顔。
はあー、なんて溜め息を吐いて『わかってねーわ』という感情を隠しもしない。
「山本先輩は違うでしょ」
「うん、アレはみんなのアイドル枠。ジャニーズ応援してるのと変わらないから」
「そうそう。もはや体育館は武道館だったからね、マジ」
「恋愛感情以前に推しかそうでないかみたいなとこある」
「え、ええー……」
二人が応援に行ったのは『男子屋内球技』でバスケをやってた山本先輩で、当たり前のように山本先輩をアイドル扱いする二人に、私はちょっと引き気味だったり。
いやまあ気持ちはわからないでもないけど。山本先輩はなんていうか『イケメンで背が高くて運動神経抜群で頭も良くて生徒会副会長でついでにイケボ』とかいう、『天は二物を与えず論』を真っ向からブチ壊していく少女マンガヒーローの具現化であるからして、確かにこう自分と同じ次元では生きていなさそうな感じが、画面の向こうにいるアイドルっぽい。
ちなみに件の山本先輩と私が応援してた風間先輩は同じクラスらしく、同じ時間に屋内外の試合が行われたため、屋外球技の応援に出てた私は二人と別行動してたり。
一緒に応援してたら風間先輩の顔バレとかでもっとややこしい事態になってただろうから、二人の先輩が同じクラス、別競技で良かったと心から思う。
「二人には悪いけど、私だって恋愛感情云々で応援したわけじゃないです。知り合いが頑張ってたら応援したくなるのが人情ってものでしょ」
「ええー、本当でござるかぁー?」
「これ以上しつこいと、さすがに怒るよ?」
「ちぇー」
少しだけ声のトーンを落として言う。
バイト先で先輩にこれをやられると、ちょっぴり焦るくらい怖いんだけど、私がやって効果があるのかは謎だ。
案の定、つまらなそうに舌打ちした彼女らは、けれどちっとも懲りていない様子で話題の矛先を変えた。
「いったん球技大会の先輩は恋愛感情じゃないってことにしといて、じゃあバイト先は?」
「バイト先にも男子はおられるハズ。レナ殿の魅力にメロメロになってたり、逆にレナ殿が『いいなあ』と思う相手はおらぬのでござるか?」
いや、これ矛先変わってないわ。
「バイトには仕事しに行ってるんだけど」
「でも年近い人とかいるでしょ。レナならどこに行ってもモテモテになれると、わたしは思ってるんだけど」
マジレスで切り抜けようと思ったけど、さすがに誤魔化されてはくれない様子。
あとやたら高評価でビックリする。さっきから、私そんなモテそうな感じ出してる? 世間的に私はモテ女に見えているんだろうか。全然そんなことなくて申し訳なくなってくるんだけど。
「バイト先にレナ殿いたら、ちょっと頑張って仕事しちゃうでしょうな」
「それそれ。いいとこ見せようと思うし、積極的に絡みにいくし、なんならシフト合わすわ」
「いや、シフト調整までしてる人はさすがにいないよ……」
実際、私のシフトで会う人間って、ローテーション化されててバイト始めてからずっと変わってないし。そのせいで未だに会ったことない人間までいる始末だし。
「だいたいね。バイト先には私より可愛い人沢山いるし。その環境で私がモテるっていうのは無理あるよ」
「え、マジ? レナ以上の女いるの?」
「いやいやいやいや、レナ殿自分で思ってるより美少女ですからな? それ以上って、相当ハードル上がってますぞ」
そりゃ私だって容姿にはそれなりに自信があるし、それは決して根拠のない自信ってわけじゃないんだけど。
それはそれとして、私の同僚が私より可愛いって事実は曲げようがないとも思ってる。人の好みはそれぞれだけど、私は正直彼女らの方が可愛いなあと思っているから。
「ええっと、確かバイト始めてすぐくらいに撮ったヤツが……。あ、あった」
スマホをささっと操作して画像ファイルを開くと、私はその画面を友人二人に向けて言った。
「真ん中が『
ちなみにアキラさんの左隣には私。バイト始めてすぐにアキラさんの提案で写真を撮ることになって、よくシフトが重なる女子ズで撮ったものだ。
「え、マジ……? レナのバイト先やばすぎ……」
「真ん中の子指名したい」
「わたしこっち」
「いや、普通の飲食店に指名制度とかないから」
なにやら中年のおっさんのようなことを言い出す二人に思わずツッコミを入れる。うちは普通のファミレスで、いかがわしいお店じゃありません!
とはいえ、これで二人にもバイト先には私なんか目じゃないくらいの女子がいることがわかってもらえたハズだ。
うんうん、過大評価過大評価。私はそこそこの容姿をもつ、ただの女子高生であって、モテモテな魔性の女なんかじゃ決してないのだ。
「いやうん。マジかあ……。確かにこのレベルの先輩いたらちょっと自信なくすよね」
「しかも天真爛漫系とクール系の二強とか、隙がない二段構え……。ん? ちょっと待って欲しいんでござるが、この二人先輩でござるよね?」
リカのセリフに『まさかこれで同級生以下とかないよね?』という無言の畏怖を感じて、私は少しだけ吹き出してしまった。
「うん、先輩。大学生で……えっと、たしか二人とも二十歳って言ってたかな」
「大人だー!」
「く、この絶妙な色気……。これが……、現役女子大生!」
「やーばい、女子大生って字面だけでなんかエロい!」
「なんで!?」
ま、まあ写真の二人に、どことなく大人の雰囲気があるのは否定しないけどね。
アキラさんはちっちゃくて明るくて、どっちかと言うと童顔だけど、それでもなんか女子高生とは一線を画す大人感があるもん。一見、私たちと同級生って言われても納得できちゃいそうな容姿なのに、持ってる雰囲気が微妙に違うんだよね。
もう一人の深雪さん────私は『ユキちゃん先輩』って呼んでるけど────は言わずもがなな色気っていうか。名前負けしてないクールビューティーで、カッコいいお姉さんという感じ。
「で、でもこれでわかってくれたよね。私なんてバイト先ではそんなモテないって」
「いまバイト先ではって言った!」
「普段はモテるってことですな!?」
「え、ええー……」
そんな揚げ足取らなくても……。別に私生活でもモテたことないって。
「ホント、そういうのいいから。ともかく、私よりモテる人なんてザラにいるから。この二人が筆頭ってだけで、いっぱいいるから」
「んー。まあねー。繰り返しになっちゃうけど、このレベル見せられちゃうとねー」
「ザラにいるかはともかく、確かにこの二人はモテそうですなー。……ところでレナ殿」
「うん? なに?」
「噂の風間先輩というのは写真ないんですかな?」
「……え?」
噂のって……。え、風間先輩噂になってるの? なんで?
「あー、わたしも見たいなー。風間先輩。バイト先で一番仲良いんでしょ?」
「えっと、どこ情報なのそれ?」
「アンタ情報でしょ」
「うむ。基本レナ殿はバイト先の話するとき風間先輩の話ですからなー」
あー……、私そんなに風間先輩の話してたんだ。うそ。なんかスゴい恥ずかしいんだけど……。無意識だったからマジで。
「この人が」
と言って、リカが先ほどの写真を指差す。
彼女の人差し指はユキちゃん先輩の顔に触れていた。
「風間先輩かと思ったんですがな」
「うんうん、話聞くにクール系だったしねー。でもこれ違うんでしょ? なんだっけ、ヒムロさん?」
「ああ、うん。氷室深雪、ユキちゃん先輩」
「クール美女がユキちゃん先輩ね、オッケ。で、風間先輩は?」
「ええっと……」
風間先輩ってクール系なイメージなんだー、いがーい。とかユキちゃん先輩は一見クール系に見えるけど、実際クール美女。とか思いつつ記憶を漁る。
風間先輩の写真なんてあったっけ?
なんていうか、あの人写真嫌いなイメージがある。っていうか、特に何のイベントもない時には写真撮らないって感じ。
だから、私も先輩の写真なんて持ってないような……。
「あ」
一枚だけ見つけた。
……んだけど、これ見せるとまた大騒ぎにならないかな? こう、写真の内容云々よりも先輩の性別にっていうか……。二人の会話を聞いてると、なんだか先輩のこと女の人だと思ってるみたいだし。
「写真見つかんないのー?」
「ないならないで別にいいでござるよ? どんな感じの人かはレナ殿の話から想像は着いてるので、どんな見た目かを知りたかっただけですし」
「アンダーリムのメガネ美女!」
「いやいや、きっと片目眼帯の厨ニ美少女・赤いウィッグを添えて!」
「意外とぽっちゃり系!」
「病みの焔に抱かれて消えろ!」
「ああ、もう!」
好き勝手な妄想を始める二人の前で、スマホ画面を操作して写真を見せる。
いくらなんでも、これ以上先輩のイメージを訳の分からない方向に持って行かせるわけにはいかない。
少し傷の着いたスマホ画面には二人の男女。
さっきの写真にもいた小柄童顔美少女が、やや仏頂面の少年と腕を組んで写っている。
「「んん?」」
怪訝な顔をして写真をのぞき込んだ二人に、
「右がさっきのアキラさんで、アキラさんに手を引かれてるのが風間先輩」
と、言い添える。
途端、写真を見ていた二人は文字通り目の色を変えて反応した。
「え、これが風間さん!?」
「この美少女に腕を組まれているにもかかわらず全く嬉しそうにしないばかりか、ちょっとめんどくさいと思っている表情を隠しもしない系男子が、アンタの話によく出てくる風間先輩!?」
「えっと、うん」
「「男じゃん!?」」
「あ、はい」
そもそも女の人だなんて一言も言ったことないんだけど。
でもでもやっぱり、なんでか二人の中では先輩は女子ってことになっていたらしい。『想定外』って顔を隠しもせずに、二人してまくし立ててくる。
「え、え。じゃあアンタ、バイト先で一番親しいのが男子の先輩って言ってたワケ!?」
「うわ、もうそれアレじゃん。デキてるじゃん。本命じゃん。フシダラな関係じゃん。バイト先での一線越えてるじゃーん!」
「まってまって、まーって!? なんでそんな話になるかな!? 別に先輩とはなんにもないから!」
あとリカは軍師キャラを保てなくなってるし。
「アタシのキャラとかどうでもいくない!? それよりレナじゃん!」
「あちゃー。てっきりこないだの球技大会の先輩が本命かと思ってたけど、そっかぁ。こっちが本命……」
「本命とかそうじゃないとか以前の問題だから。別に付き合ってもないし、好きとか好きじゃないとかさ」
「いやいやいやいやアプローチ大事よ? ん? ちょっと待って、アプローチしてる段階だよね? もう付き合ってる?」
「お願いだから話を聞いて!?」
「これアレでは? バイト先輩にアプローチかけつつ、ダメなら球技大会先輩に行こうっていう」
「ああ、なるほど」
「なるほどじゃなくてね!?」
メッチャややこしい話にしていくし!? 私そんな悪女に見えているのかな!? 自分ではどっちかっていうと清純系だと思ってるんだけど!?
「悪女とは思ってないけど」
「仲良くしましょうよーって、天然ムーヴで勘違いはさせてそうっていうか」
「そうそう。別に本命じゃない相手にもそういうアプローチもどきかましてそうな感じ?」
「そしてどっちかがダメでも、最終的には残った方から告白される」
「完璧な立ち回り……! これが、最強の美少女!」
「え、もしかして私さっきからケンカ売られてるの?」
なんか話を聞いてもらえない疲れとか、謂れのない悪女ムーヴへの怒りとか、結局昼休みなのにまだご飯にありつけていない空腹感とか。そういう色々でなんだか面倒くさくなってきた私は、一周回って落ち着いてしまった。
騒ぐのがバカらしくなってしまったとも言う。
「いやぁ、ごめんごめん。つい楽しくなっちゃって」
「でもこれそう思うよねー。で、実際のとこどうなん?」
「実際のところ?」
「結局、球技大会先輩とバイト先輩どっちが好きなの? っていうか、マジで恋愛感情ない感じ? ちょっと信じらんない」
「信じらんないって言われてもなあ……」
先輩との好き嫌いは考えたことないっていうか。
先輩への感情は先輩への感情だから、こう『どうなの?』って考えること自体があまりないからさあ。
「っていうか、そもそも風間先輩と球技大会で応援してた先輩は同じ人だし」
「は……?」
「へぁ……?」
ぴたり、とリカとミホが停止する。
二人は信じられないようなものを見たとでもいうように、あんぐりと口を開けると、
「「やっぱアンタ狙ってるじゃん!?」」
異口同音に叫んで、私に詰め寄ってって……なんで!?
……そんな私の困惑にも構わず二人がずっと騒いだせいで、結局今日のランチ食べ損ないましたとさ。
……お腹、減ったなあ。