思いのほか眼鏡アイドルは少ない。
寮の朝というのは、思ったよりもだいぶ早い。
レッスンや収録、その他の事情もあるから当然と言えば当然なんだけど、実のところボクにとっては結構辛い。元々低血圧気味なこともあるだろうけど。
「ふわ……」
食堂まで向かう間に、あくびを一つ。
ここんとこ毎日筋肉痛だ。体力が増してるような実感はあるけど……それはそれとしてキツいことはキツい。
こうなってること自体は自分のせいだし、文句は言えないけどさ……。
「お。おはよう、氷菓ちゃん……」
「ん。おはよう輝子さん……」
そんなこんなでやや憂鬱な朝を過ごしている最中、輝子さんに挨拶をされた。
どうやら輝子さんはいつもの調子のようだ。まあ、元々ローテンションなこともあるけど……。
と、ふとその視線がやけにボクの身体を上から下へと行ったり来たりしていることに気付く。
「どうかした?」
「い、いや。それは私の方が聞きたい……どうしたんだ、氷菓ちゃん……?」
「どう、って……?」
「その、服……いつも制服か、ジャージなのに……何で今日は、そのー…………ぴにゃこら太のパーカーなんだ……?」
「……ああ、これ?
「ほ、穂乃香ちゃんにか……」
その一言でだいたい察したらしい。
ぴにゃこら太に対して強い愛着を持っており、以前ボクが楓さんに借りたぴにゃこら太のハンカチを見て、強い興味を示したのが穂乃香さんだった。
その時は洗濯しようと思ってただけだったんだけど、なんだかどうもボクのものと思われちゃったらしく、何故か気に入られてしまったようだ。
いや。ボクとしても、正直その、ぴにゃこら太は嫌いじゃない。みんなはブサイクだなんだって言ってるけど、ボクはそこまでじゃないと思うんだよね……割と愛嬌もあるし。
「それに……そのTシャツは……?」
「ボクが買ったんだ」
「……『虚弱体質』って書いてあるぞ……?」
「うん。あと『意思薄弱』っていうのもあるよ」
「そ、そうか……」
虚弱体質のボクにはピッタリじゃないかな。
ちなみに二枚セットで千円だった。
「い、いいのか……?」
「うん?」
「いや……あ、うん……氷菓ちゃんがいいなら、いいんだ……うん」
ど、どうしたって言うんだろう。おかしな輝子さんだな。
普段使いする分には質も良いし、申し分ないもののはずなんだけど……。
と、悩んでいるうちに、後ろからとてとて歩いて来る音が二つ迫ってきた。
「おはようございますれす~……えぇ……?」
「おはようございますっ……!?」
七海さんとみちるさんだ。ただ、いずれもボクの姿を見るなり言葉を失っている。
みちるさんなんか手に持ったバゲットを取り落とさんばかりだ。危ないな!?
「氷菓ちゃん……あの、きゅ、急に服装が変わってますけど、どうしたんですか!?」
「みんなに制服とジャージばっかりじゃダメって言われたから……」
「な、七海はもうちょっと、カクレクマノミさんみたいな方が氷菓さんに合ってると思うんれすけど~……」
「く、クマノミ? ちょっと派手じゃないかな?」
「今のも派手と言えば派手だぞ、氷菓ちゃん……」
派手かな? 緑色に青色なんだから、目には優しいと思うんだけど。
……目に優しい系アイドルか。いや。ちょっと思っただけだけどね。流石にその路線は無謀が過ぎる。そもそもどういう方向性だよ、それ。
その後も食堂に行くまでに何人かの寮生に会ったけど、そのいずれに関してもなかなか芳しい反応は得られなかった。
「今日は何がいいれすかね~」
「アンチョビサンド! は昨日も食べましたしー……ここはフレンチトーストか卵サンドという手も……」
「じゃあ七海がアンチョビサンドれす! 輝子さんと氷菓ちゃんはどうするんれすか~?」
「あ、き、キノコあんかけうどんだな……フヒ」
「おにぎりセット」
「氷菓ちゃん! もうちょっとグレード上げましょう!」
「お、おいしいから大丈夫だよ」
「おいしさと腹持ちは関係ないと思うんれすけど……」
ちなみにこのおにぎりセットとは、おにぎり二つと味噌汁のセットのことである。
ボクは見た目通りの少食のため、正直に言ってこれだけでもそれなりに満足感を得られていた。
まあ……そりゃ満腹にはちょっと足りないかもしれないけど。腹八分目って言うじゃないか。
「お給料が出たら改善されますかねぇ……」
「どうだろ。やりたいこともあるし、あんまり余裕無いかも」
仕送りもしたいし、部屋に色々揃えたいし、遊びたいし。食事自体は今のままでもボク個人は特に問題ないし。
栄養面で問題あるなら何か適当に錬成すればいいし。
問題はない。うん。たぶん。
「フヒ……アイドルは、体が資本だからな。自分のことも考えなくちゃ、ダメだぞ……」
「う、うん、まあ……努力するよ」
と言っても何を食べたらいいんだろう。やっぱり肉か。お肉なのか。
あるいは魚か? 魚だったら七海さんに聞けばいいんだろうけど。
炭水化物ならみちるさんだな。多分パンのことばっかりになっちゃうだろうけど。
……それまでにどれだけ胃が慣らせるかなぁ。
それぞれ注文の品を受け取って席に着く。やはりボクの分が一番少ないようだ。分かっちゃいるけど、それこそみちるさんと比べると半分以下だな……。
「んぐ」
でも、ボク自身一口が小さいからな。これはこれで適正なのかもしれない。
人間の脳というものは不思議なもので、咀嚼するだけで満腹中枢が刺激されて満足感を得られる。
だから量が少ない時ほどよく噛むべきだ。また、よく噛んで食物を細かくすることで、栄養の吸収も良くなる。ダイエットにも有効だ。
……なんて考えていると、ふと三人から視線が寄せられていることに気付いた。
「何?」
「なんでしょう、こう、ハムスターみたいだなぁって」
「何それ」
「あ~。両手で持って、もくもくもくもく食べてるの、言われてみればそんな感じれす」
「えぇ……?」
は、ハムスターか……そういう愛玩動物って感じじゃないんだけどなボク。
多分ボク、ビーバーとかオオアリクイとかその辺の何かだよ。実は凶暴だったりするんだよ。主人が殺されて一年過ぎましたってタイプだよ。
……凶暴なんだからな!
「ところで、氷菓ちゃんたちはもうユニットの名前、決まったんですか?」
「ううん。みちるさんたちは?」
「あたしたちもまだですねー。ほら、色々ありますから……」
「……まあ、難しいよね」
「何か、あったのか……?」
「うん、まあ、色々と、ちょっと」
「はぁとさんも含めて全員が納得する名前って、難しいんれすよ~……」
それ以前にあの人どうやったら納得するんだろう。
ハート★スウィーティーみたいなのじゃないと納得しないんじゃなかろうか。
いくらなんでもそこまでじゃないと思うけど。流石に。26歳だし。
「氷菓ちゃん、何かありませんか!?」
「そこでボクに振らないでくれない!? というか、ボクが決めちゃダメでしょ!?」
「いいのれす。実際芳乃さんたちはプロデューサーが決めてるんれす」
「決めちゃっ……あ、はい」
なんとなく納得した。あの三人が自分から率先して意見を出していくような光景は、ちょっと想像できない。
「……ええと、あくまで参考にするだけにしてね」
「大丈夫です! 本採用までのルートは拓けています!」
「よ、余計に意見を出しづらくなるんじゃないか……」
本当に出しづらいよ。
何でだれもかれもボクの外堀を埋めにかかるんだよ。
「……ミラ・ケーティーとか。ええと、たしか……『不思議なくじら座』って意味なんだけど」
「おおっ、クジラさんれすか!」
正確な意味はよく分からないけど、確かそんな感じの意味だったような覚えがある。
しかし、クジラって哺乳類のはずなんだけど、七海さんはいいんだろうか。
いいんだろうな。海の生き物だし。ボクももうそれでいいや。
「よ、よくそんな意味、知ってるな……」
「偶然頭の中に入ってただけだよ」
星の名前にはアラビア語が使われていることが多い。だから、錬金術の本を読むときになんとなく聞いた名前があるなー、なんて思っていたら、それが星の名前だった……ということが頻発していた。
ミラ、って言葉自体は、綴りを変えて二種類ほどある。意味はそれぞれ「不思議な」と、「運命」だ。特に「ミラ・ケーティー」と呼ぶ場合はボクの言った通りのものになると思うんだけど……まあ、そこは余談か。
「モゴ……ゴ……フゴッ。ゴク……うん! ちょうど肇さんとはぁとさんがいるから、ちょっと提案してみます!」
「七海も行ってくるれす!」
「え、あ、ちょ」
「……行っちゃった、な……」
「……行っちゃった」
ちくしょうどうにかしてるぜ。
何もボクが言ったこと真に受けなくたっていいじゃないか!
もっとこう……もうちょっとこう……あるだろう!
「た、大変だな?」
「うん……」
……いいんだけどね。多少振り回されたって。迷惑ってわけじゃないんだし。
@ ――― @
それから朝食を終えて、ボクたちはダンスレッスンのために、揃ってトレーニングルームに来ていた。
今日はボクたち三人の他に、五人――さくらさんたち三人と、頼子さんとマキノさんの二人、合計8人でのレッスンになる。
今日も相変わらず晶葉はちょっと不器用で、志希さんは天才的なセンスを覗かせながらも、休み時間になると失踪したり
なお、昼を過ぎる頃になるとボクは死ぬ。ボクの体力は一曲分ダンスを踊るだけで尽き果ててしまうのだ。
「今日も芸術的なまでの倒れっぷりだね~」
「まあ、あん時よりはマシみたいやけどな」
「フ……フフフ……そりゃあ、ね……フフ……」
「いや無理して喋らんでええて」
あかん。筋肉が引き攣って変な笑い声みたくなってる。
ダンスはもうホントにキツい。割とすぐに氷菓だったものと化してしまう。ボーカルもキツいことはキツいけど、あっちはまだ全身運動じゃないだけマシだ。
それでも当初のそれよりはよっぽどいい。特訓の成果は確実に出ている。
「話には聞いていたけど、本当に体力が無いのね……頼子も、まあ氷菓ほどじゃあないけれど」
「す……すみません」
見ると、頼子さんもボクほどではないにせよ、だいぶ疲労しているようだった。
元々そこまで活発な人ではないし、運動もそこまで得意ではなかったのかもしれない。
「ダンスも歌もプロ顔負けなのに、体力がその全てを帳消しにしている……喜ばしいことではないけど、興味深いわね」
「た……単なる運動不足だから、興味とか、持たなくても、いいから……」
口ぶりはともかく、マキノさん根はかなり真面目だから要らないことまで書き留めようとして困る。
いや本当に困る。ちょっと勘弁してほしい。
「そういえば、今日って……」
「どうしたの、さくら?」
「ううん、なんだか似てる傾向の人が多いなって思っちゃってぇ」
「あ、ああ……」
ふとした拍子に思い立ったのか、さくらさんが周りを見回しながらそんなことを口にした。
ああ。うん。似た傾向というか。うん。分かるよ。プログラミングが得意らしい泉さんを含めて技術系が四人。クール系もいて、その上……その。眼鏡が五人。
八人中の五人だ。何らかの作為を感じる。いや流石に無いか。
「眼鏡ですね」
「「「「!!?」」」」
「どうもおはようございます。皆さんとは初めましてですね」
唐突に、トレーニングルームに誰かが入ってきた。
もうレッスンは一応終わってるからいいものの、何者だ!? ……と口にするような元気もないんだけど。
確か、彼女は……。
「おはようございます。確か、ブルーナポレオンの――――」
「はい、
「あ、あのっ! そんな方がまたどうして!?」
「眼鏡の波動を感じて!」
「えっ」
「えっ」
「アッハイ」
……何言っちゃってんのこの人!?
クソッ、なんて事務所だ! どうしてこう毎日毎日先輩アイドルに圧倒されなきゃならないんだ!
「まあまあ、眼鏡どうぞ。ああそちらの皆さんも。どうぞ。はいどうぞ」
「センキュー!」
「えっあっはいありがとうございます……?」
「ど、どうも……」
促されるままに眼鏡をかける泉さんとさくらさん。志希さんはノリノリで応じている。何にでも対応できるとかあの人ちょっと無敵すぎないか。
しかもこれがまた誰もかれも似合っている。泉さんなんてもう貫禄すら感じるほどだ。普段眼鏡かけてないのにね。やっぱりキャラクター性だろうか。
……これ、似合う眼鏡を選んだ春菜さんもすごいんじゃないか?
「それであの、どういった御用ですか……?」
「ああ、そうそう。みなさんにこれを」
そう言って春菜さんが手渡してきたのは……チラシ?
「何ですかこれ」
「346プロダクションメガネ会勧誘のチラシです」
「メガネ会」
何その……その……何!?
いくらなんでもその会合ニッチすぎねえ!?
「参加はご自由にどうぞ。私たちメガネ会はいかなるメガネも拒みません」
「えっ、いや、あの」
「今日の会合は19時からだるめし屋ですので、是非とも参加を! それでは!」
ツッコミをする間も無く、春菜さんは嵐のようにこの場を去って行った。
あとにはよく分からない謎の静寂と、気まずいというか微妙としか言いようのない空気感だけが残るのであった。
誰かこの状況について説明してくれよぉ!!
それから数時間ほどして、結局一切の説明がないままに時間が来てしまった。
マキノさんは「別に危害を加えようという意図は無いだろうから、大丈夫でしょう」なんて言っていたけど、ボクとしては問題はそこじゃないと思うんだ。
で、結局ボクら五人も行くことになったんだけど……。
「……随分様変わりしたわね、格好が」
「うん、まあ……あの服はやめておけって晶葉に言われたし」
ボクの服装は、昼の時とは変わって飛鳥さんに貰った服だ。
正装を求められているなら制服で行くべきだけど、どうやら居酒屋……みたいなお店のようだし。一応は先輩方への挨拶も兼ねているわけだから、一番それらしい服にしておいた。
……別にぴにゃでもいいとは思うんだけど、他ならぬ晶葉の忠告だしなぁ。聞いておかないと後で何を言われるか……。
「もしかして、言われてなかったらあの服装のままでしたか……?」
「え、それが何か問題?」
「問題だから着替えろと言ったんだろう!?」
「もしかしてウケ狙いとかそういうのなん?」
「違うよ!?」
「なおのこと悪いわ!?」
売ってるってことは普段着にしてもいいってことだろ!?
ってことは普通に着て行ってもいいってことじゃん!
穂乃果さんなんて昨日ぴにゃTシャツ着てたし!
「ところでだるめし屋? ってどういうお店?」
「随分と強引に話を変えにきたな……私もよくは分からないが」
「リサーチはしてきたけど、居酒屋と小料理屋の中間……と言ったところね」
「私はあまりそういうお店には行かないのですが……皆さんはどうですか?」
「節約もしたいし、アタシはあんまり行かんなぁ」
「外食に出るくらいなら研究していたい」
「外食に出たことがほとんど無い」
「居酒屋のようなお店はあまり無いわ」
すごい。見事に誰も行ったこと無いぞ。亜子さんはもしかすると行ったことあるかもしれないけど、その回数もたかが知れてる程度だろうし……。
ちょっといたたまれない雰囲気すら漂っている。
「……ま、まあ。その、行ってみれば、分かると思います。はい」
「それはまあ、うん、確かに」
まあ、言っても食事会や懇親会なんだから、特に気負うことも無いだろう。
前世を含めて外食なんてほとんどしたことない――というか346カフェくらいしか行かない――ことを鑑みると不安にはなるけど。
五人で談笑しながら歩いていくと、街並みの中に一軒、指定された店があることに気付く。店舗の前では春菜さんが店から出て、ボクたちのことを出迎えていた。
「……あれかな」
「あれだろうな」
よく見れば、春菜さん以外にももう一人……同じブルーナポレオンの
前にブルーナポレオンの写真を見せてもらった時、比奈さんは眼鏡をかけてなかったと思うんだけど……あれかな。眼鏡どうぞされたとか。
……いや、まあ。普通に考えると、普段は眼鏡で、ライブの時はコンタクト……とかそういうことなんだろうけど。
しかし私服だとまたアイドルオーラが薄いなあの人……その方が都合は良いんだろうけど。
「時間通り、皆さん来ていただいてありがとうございます!」
「わあ本当に来ちゃったんスね……しかも全員ちゃんと揃って」
「いいことじゃあないですか。
「わあまた新しい造語が……」
――――あの人とは、ちょっと気が合いそうだ。
なぜか直感的にそう思った。
「……どうも、あの、こんばんは? おはようございます?」
「どちらでも結構ですよ。それじゃあ皆さんお揃いのようなので、そろそろお店に入りましょうか」
「え、ええ。それじゃあ」
「うむ」
春菜さんと比奈さんに連れられて、店内の廊下を歩いていく。どうやら個室……というか、店内の一角に設けられた大部屋を借りているらしい。
果たしてどういう規模の会なのか、ちょっと今から想像がつかない。想像できてもそれはそれで困る。
「お待たせしましたー」
春菜さんの言葉と共に部屋にぞろぞろと入っていくと、そこには既に数名の女性が座っていた。
ええと、確か記憶している限りだと……あっちの人は
「まずはみなさんご注目を。こちらスターライトプロジェクトの眼鏡アイドルの方々です!」
おい事実とはいえその紹介の仕方いいのか。
「そしてこちら、私を含めた八人が既に346プロに在籍しているメガネアイドルの方々です」
だからその紹介の仕方はそれでいいのか!?
「それでは自己紹介から参りましょう。まずはスターライトプロジェクトの八神さんから……」
……で、そんなこんなで結局自己紹介が始められてしまった。
なんのことはない、ごく普通の自己紹介だ。それぞれ、自分の名前とアイドルになった動機だとかを述べていく。ごくありふれた光景だ。346プロダクション所属アイドルメガネ会なる奇怪な団体のそれでさえなければ。
ちょっと質問してみたけど、やっぱりのあさんや泰葉さん、奏さんはプライベートで、例えば外出しない時に眼鏡をかけているようだった。外に出る必要がある日はコンタクトらしい。
「それで――その、この団体の設立目的は? 私たち、結局詳しいことも聞かされないままに来たのだけれど」
「眼鏡をかけているアイドル同士、仲良くするために女子会……ということなのでしょうか……?」
「フフフ、勿論それだけじゃありません。アイドル活動についての情報交換や眼鏡を購入する時のアドバイス、レンズの汚れ拭きや変装用の伊達眼鏡のことまで密に話し合っています。そしてゆくゆくは全アイドルメガネっ娘計画も着実に進行し――――」
「後半は聞かなくていいッスよ。でもだいたいそんな感じッス」
「そ……そう、分かったわ」
すごい、あの冷静沈着で他人を自分のペースに引き込むのが上手いはずのマキノさんが押されている。
特定の一芸に特化しているおかげだろうか。色んな意味でこう、春菜さん、強い。
でもまあ、途中で止めてくれた比奈さんのおかげで、概要はなんとなく分かった。ような気がする。
「芸能界は文字通りスポットライトの当たるお仕事です。だから、どうしても視力の悪くなる方は多くて」
と、泰葉さんが補足を入れた。
なるほど、考えてみればアイドルに限らず、例えば舞台などの仕事でも常に照明は当たり続けるものだ。注視していなくとも光は勝手に目に入り、長年強い光にさらされることで視力も勝手に落ちていく。芸能人に眼鏡やコンタクトの人が多いことも頷ける。
「変な話だけれど、そういう人たちの受け皿にもなれたら……なんてね」
「それこそ、視力は上がることは殆ど無いですからっ」
千夏さんや風香さんに言われると瞬時に説得力が増してくる。それに実際、そういう理念も含んでいるのだろう。名前こそおかしなものだけど、内情はかなりマトモかつ普通の会だ。涙が出るね。戦々恐々として疑いの眼差しを向けていたボク自身に対しても。
「……ただ……貴女はあまり、この会合に顔を見せなかったはずだけれど」
「それもそうね。ただ、やっぱりクローネにとってようやくできた後輩だし、会う機会があればと思って見に来たの。変かしら?」
「いいえ。それが良い変化をもたらすのならば、好ましいと言えるわ」
話が聞こえてきたけど、どうやら奏さんはこの会にはあまり来ていなかったようだ。
彼女の所属しているプロジェクト・クローネも大人気だし、忙しくて顔を出す余裕も無かったのかもしれない。
逆に言うとのあさんはしょっちゅう来てるのかメガネ会。それでいいんですかアナタ。ミステリアスなキャラクターが売りなんじゃないんですか。
「まあともかく今日はいったん無礼講! みんなじゃんじゃん食べて盛り上がって仲良くなってこー!」
「その通りです! 今日はコース料理を頼みましたが、皆さん欲しいものがあったら何でも頼んでくださいね。じゃあまずはドリンクから注文していきましょう!」
「おー!」
「おーッス」
と、思っている間にも、真尋さんの言葉を契機に、本格的に女子会……? というか、飲み会が始まった。
これも一種の宴会……というか、パーティというか、そういったものと言えるだろうか。今まで施設のお誕生日会くらいしか参加したことの無いボクにとっては凄い刺激になって――何より先輩アイドルの皆と交流ができたのは、良い経験になったと思う。
食事会は寮の門限ギリギリまで続き、ボクたちも濃厚かつ有意義な交流ができた。
特に仕事で使うコンタクトを買う時の注意点なんて、今後絶対に役に立つ情報だ。
最初のインパクトに負けて折れず、ちゃんとお誘いを受けて良かった、本当にそう思う一日だった――――。
が、ただ一つだけ、問題があった。
それは――――。
「おーいヒョーカ、大丈夫かー」
「むぅーりぃー……」
――――良いもの食べすぎてお腹壊しちゃったことだ。
唐突なグレードアップと脂ものの過剰摂取に、ボクのこのクソザコストマックが耐えきれなかったのだ。結果、一日中トイレから出られない羽目になっている。
美玲さんも心配して見に来てくれたが、応対の一つすらできやしない。
チクショウめえええええええええ!!
「はうっ!?」
「……今日、お休みの連絡入れとくぞッ」
「お、お願い……ひぎぃ……」
いきなり何とかランクの高級ステーキなんてものを勧められるままに食べるべきじゃなかった……!
……お肉は鶏肉から徐々にグレードアップして慣らしていこう。
でもなければまた元の木阿弥になってしまう。
しかしまた、ゲロドルかと思いきやゲ……いやよそう。汚い話はするべきじゃない。
……もっと体が強くなりたーい。
なおぴにゃこら太パーカーと虚弱体質のクソTは実在する商品です。
意思薄弱は不明ですが探したらあるかもしれません。
メガネ会の面子ですが、奏は「追憶のヴァニタス」、のあさんは「イグナイトアビリティーズ」。岡崎先輩は「小さな一歩」の各特訓前の絵柄を元に選定しております。公式設定ではありませんが、当作品中では「プライベートでは眼鏡を必要とする程度の視力」と解釈しております。ご了承ください。