青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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 今回はちょっぴりコメディの割合少な目です。




11:Phase Shift

 

 

 ボクたちのデビューライブまで、日にちが迫っている。

 四月の下旬を目標に続けられていたレッスンも激しさを増し、これまで以上に高い技術と、何よりもライブ全体を通して体力をもたせることを求められていた。

 

 ボクはと言うと、先月の終業式の頃と比較して比べ物にならないほどの体力をつけつつある。

 まあ、現状だと2、3曲分歌って踊っている最中笑顔を維持し続ける、までが限界だけど……。

 

 

「よし、そこでやめ! いい感じじゃないか!」

「はーい!」

「あ、ありがとう……ごじゃ……まず……ごほっ」

「白河もよく頑張ったな。よく休憩しろ」

「はい……おうお……」

 

 

 限界に達する頃には動きを止めるということもできるようになったし、そもそもの限界値が底上げされた今、休みを取りさえすればなんとかなるはずだ。

 問題は、ライブ本番での緊張感だろうか。過度なストレスは体力の消耗を招く。消耗しないで済むならそれで(おん)の字だけど、そうじゃない時は……。

 ……いや、そうならないためにもトレーニングするんだ。まだ日数はある。頑張ろう。

 

 

「……はぁ」

 

 

 と、気持ちを奮い立たせている一方で、ふと晶葉が重たげな息をついた。

 

 

「……どうしたの、晶葉? 酸素缶いる?」

「いや、そういうのじゃない」

「そう……?」

 

 

 話しながらゆっくり酸素を取り込むと、徐々に息も落ち着いてきた。

 改めて晶葉の表情を見ると、やっぱり、普段とは違ってやや曇り気味だ。快活な晶葉にしては珍しい。

 ……いや、でも、思い返してみると、最近はこんな表情もよくしていたような?

 

 

「そのな。正直、志希と氷菓は、私との技術の差についてどう思う?」

「あたしは特に考えてないけどー。氷菓ちゃんは?」

「……正直に言ったほうがいい?」

「ああ」

「差は、あるよ。ステップから何から、問題点を洗い出したらかなり出ると思う。けど……」

「いやいい。みなまで言うな。それが聞けただけでも十分だ」

 

 

 ……けど、それは当たり前のことなんだよ。

 ボクはある種のずる(チート)。志希さんは天性のセンスという最大の武器があるけれど、晶葉にはそれが無い。

 エリクシアの三人の中で、肉体的に一番「普通」に近いのは、紛れもなく晶葉なんだから。

 けど、ボク自身はそれが悪いことだとは思わない。晶葉は大事なことを置き忘れることなく、一歩一歩前に進んでいくような歩き方をしているのだろうから。

 

 ……でも、それを言うことはできない。

 当然だけど、晶葉はその事実を気にしてボクらにそんなことを言ってきたんだから。ここでフォローを入れるのは嫌味に取られかねない。

 それに――――。

 

 

「その問題点、聞かせてもらえるか? ライブまで日が無いから、できるだけ早く修正しておきたい」

「うん、分かった」

 

 

 晶葉はすごく立ち直りが早くて、何よりも努力家だ。

 めげずに立ち上がって問題点をすぐに直そうとするその姿勢は、まばゆいほどに輝いている。ボクにとっても、憧れだ。

 

 思わず、志希さんと笑いあった。

 こんな風だから、志希さんも晶葉に対して興味を無くすことなくユニットとして活動できるんだと思う。面白い、というよりは興味深い。見守りたい。一緒に歩いていきたい。そんな感じ。

 なんかこんなこと言っちゃうと恋してるみたいだな。人間性に惚れたっていう意味だと間違ってないし、ボクの元の性別も考えると尚更だけど。

 

 

「例えばサビ前なんだけど、晶葉の場合ここでステップを踏む回数が多くって……こんな感じ」

「ふむふむ……」

 

 

 エリクシアに提供された曲は、ややテクノポップ風の……と言っていいのかは分からないけど、電子音を多用していて、ダンスも激しいものだった。

 体力的にボクにはやや厳しいものがあるけど、それこそ鍛えて身につけたこの体力なら、一曲だけはもつ。いや、もたせてみせるとも。

 まあ晶葉や志希さんは割とフッツーに踊ってみせちゃってるんだけど。疲労もそんなに見られないんだけど。

 ……これでもあの……あの…………3kgのダンベルくらいは簡単に上げられるようになったんだからな!

 

 とまあそれはともかく、曲自体の難易度としては割と高い方だと思う。

 求められる基準も高いし、デビュー曲として考えるとかなり挑戦的だ。

 

 

「くるっと回ってターン、のこの時は軸足を意識しすぎて自然なターンができてないから、できるだけ流れでやった方がいいかな」

「流れって」

「こんな感じかなー」

 

 

 たたんたん、と華麗にステップを踏んで手本を見せる志希さん。晶葉も見よう見まねでやってみてるけど、上手く行かないようだ。

 

 

「足をひねりそうだ」

「ほらがんばれ♥ がんばれ♥」

「煽ってるのか応援してるのかどっちだ」

「え。比奈さんが人の応援するときこんな風にした方がいいって」

「そんなわけあるか。騙されているぞ」

「えっ!?」

 

 

 騙されてたのかボクは!?

 いやでも、言葉としては間違ってないよね!? 頑張れって言ってるじゃんッ!?

 

 

「でもその言い方なんかヘンタイっぽくて好きかも~」

「やめてよそういうつもり無いよボク!? ひゃあ!?」

「ンーハスハス。ちょっと汗混じり? でもない? 何で何でー?」

「何でも何も……って服に顔突っ込むのやめてよ!」

「ぺろぺろー」

「にゃあああああああああああああ!?」

「何をやっとるんだ君たちは……」

 

 

 ボクの方が聞きたいよ、それ!?

 志希さんの突飛な行動も今に始まったことじゃないけど、何だってこんな突然背中の方から服の中に頭突っ込まれて舐められなきゃいけないんだよ!?

 

 腰砕けになった体を強引に起こす。まったく、何でこんな変なことを……。

 

 

「力を入れすぎるから柔軟性が失われるんだよね~。人間の関節ってもっともっと可動域が広いんだよ? イケるイケるー♪」

 

 

 ぐにゃりぐにゃりと体を曲げて見せる志希さん。ホントこの人何でもできるな。

 

 

「……まあでも、力を入れすぎるから、っていうのは間違ってないよ。晶葉なら分かると思うけど、関節の周りを囲んでる筋肉を固めちゃうから、それに連動して関節もロックされちゃうんだ」

「なるほど、溶接してしまっているようなものか」

「そーそー!」

 

 

 ロボット工学に長けているということは、それに通ずる人体工学に長けているということでもある。

 関節をどこからどこまで動かすことができ、どこからどこまで動かすことができないか、物理的に可能なのかどうか――そういうところが瞬時に分かるということだ。

 

 そもそも正確性を求めすぎるんだよね、晶葉は。下手すると1mm単位を求めちゃうくらいに。

 だからダンスする時もロボットダンスみたくなっちゃうし、歌を歌う時も無調整のボ○ロみたくなってたってところはある。

 うまくそこがハマりさえすれば、それこそ発明する時と同じように天才的な能力を発揮できるはずなんだけどね。

 

 

「よし、なら続けて……」

「いや、やめといた方がいいよ」

「何故だ? もうライブまで時間が――――」

「いや。時間」

「時間!? 時間なら」

「トレーニングルームの使用時間」

「……あ」

 

 

 当然だけど、トレーニングルームはボクたちだけが使ってるわけじゃない。

 部屋の外を見ると、芳乃さんたちが軽く手を振っていた。同じ日にライブをする彼女たちも、集中的にレッスンするために三人だけでのレッスンということになっている。

 

 

「どこか適当なところで練習続けよう?」

「う、うむ。分かっている」

 

 

 公園……だと人目が多いだろうし、もっと別の場所かな。

 

 そんな感じでこの日も可能な限りの自主練習をした。

 終わる頃にはボクだけじゃなく晶葉も志希さんもみんなバテバテになるほどだったけど、そうするだけの価値と収穫があったのは確かだと思う。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 そんなこんなで数日ほど。レッスンレッスンまたレッスン、という日々を送り続け――ライブ当日。

 ボクたち6人とプロデューサーは、とある大型ショッピングモールの一角に訪れていた。

 一年前、シンデレラプロジェクトのニュージェネレーションとラブライカがライブを行ったのと同じ会場だ。アイドルのデビューライブの会場としては破格と言えるだろう。

 

 体調を整えるためにも、昨日はレッスン自体が完全にお休みだった。

 とは言っても、ボクはボクで既に日課となっているランニングは継続してるけど。

 

 

「みんな、体調はどうかな」

「大丈夫……」

「問題ありませんでしてー」

「うん」

「うむ、全く問題ない」

 

 

 どうやら、昨日休みを取ったおかげでみんな体調は万全なようだ。

 志希さんとこずえちゃんは相変わらず眠そうだけど、多分これは移動時間のせいだろう。まさかこの二人が昨日の晩興奮して眠れなかった、とかそういうことは無いはずだ。

 

 

「んーねむねむ。あと何時間~?」

「本番はもっと後だけど、これから打ち合わせして一時間後にはリハやるよ」

「衣装はー?」

「もう搬入は済んでるよ。本番開始一時間前からメイクを始めるから、その時に一緒に衣装も着てもらうからね」

「ん~りょーかーい」

 

 

 しかし、メイクに衣装か……。

 そうすることになるだろうってのは分かってたけど、いざ目の前にしてみると緊張、というか不安があるんだよなぁ。

 元々の性別が性別だし、化粧も一度だってしたことが無い。ヒラヒラの服を着るのも実質こないだの疑似ファッションショー以来だし、本当に大丈夫なのかな。ちゃんと振る舞えるかな、ボク。

 

 

「大丈夫か、氷菓。不安そうだが」

「まあ……不安だけど、やるしかないし」

 

 

 求められてるしね、そうすることを。

 求められている以上は、やるしかない。

 

 

「観客も結構いそうだしね……」

「ん~意識してこっち見るひとってそんなにいないんじゃないかな?」

「いやぁ。そうでもないぞ」

「そうなの?」

「どういうこと、プロデューサー?」

「ここで去年、ニュージェネレーションズとラブライカがライブをしたって言っただろう? 同じ場所で346プロのアイドルグループがライブをやる、って聞いて期待して見に来るお客さんもいるんだよ」

「うへぇ」

 

 

 青田買いみたいなもんか。デビュー直後の新人だからこそみたいな。

 そうなると観客も多いだろうなぁ。ちゃんといつも通りのパフォーマンスができるだろうか。

 

 根本的に緊張というのは大敵だ。普段なら十割の力を発揮できるはずが、ほんの僅かな精神の乱れのせいで、発揮できる力は八割にも七割にも落ち込む。

 ボクだってもしかすると緊張のせいで普段ならしでかさないような失敗もするかもしれない。歌詞や振り付けを間違えることも、万に一つはあるかもしれない。

 想像するだけでも怖いけど、入念なリハーサルと綿密な打ち合わせでその可能性は減らすことができるはずだ。備えよう。赤いニンジャが現れて「備えていれば無事に済むとでも?」とか言い出しでもしない限りはきっと大丈夫だ。

 

 

「けど、みんななら大丈夫さ!」

「何を根拠に言ってるんだか」

「いやいや。俺だってみんなのことずっと見てて、その上で言ってるんだよ。大丈夫!」

「絶妙に信用ならない物言いだな……」

「何でだよ!?」

「言い方の軽さ」

「うぐっ……」

 

 

 自覚はあるのか。

 

 

「リハと打ち合わせ、ちゃんとやっとこ」

「そうだな。自分たちのやってきたことを信じよう」

「あのー。プロデューサーのことも信じて……」

「はいはい信じてる信じてる」

「雑ゥ!」

 

 

 だってボクにとっちゃアイドル活動を始めることになった原因だぞ。

 根津プロデューサーに目ェつけられさえしなかったら苦労もしなかったんだっての。雑にくらいなるよ。

 

 ……志希さんや晶葉たちと出会わせてくれたことには、感謝してもいいけど。

 

 

「出演順は芳乃さんたちの方が先だよね」

「はいー。まずはわたくしたちがみなに恵みをー」

「うん。私たちの歌を……みなさんに届ける……」

「がんばるよー……」

 

 

 気合十分、という感じだ。こずえちゃんも今日はしっかり目が開いている。

 変に気負った感じも無い。いや……この三人が緊張してる様子っていうのも、あんまり想像できないけど。

 聖ちゃんは時々ちょっと頑張りすぎるけど、芳乃さんがよく見てるからそこは大丈夫かな。

 

 

「私たちも私たちで調整をするぞ、氷菓」

「うん……でも大丈夫なのかな?」

「自由にやっていいともう言質は取っているからな、言わせた者勝ちだ」

「うんうん、自由に楽しくやんないとね~」

「……しょうがないなぁ」

「……あの、なんか不穏な話が聞こえてきてるんだけど、どうする気なんだい三人とも」

「ん? そうか、助手はまだ見ていなかったか。フッフッフ……こいつだ!」

 

 

 言って晶葉が旅行カバンから取り出したのは……数体のロボットだ。

 通称、ダンシングウサちゃんロボ。デザイン、設計他ほぼ晶葉。材料提供及び構造解析による監修ボク。プログラミング泉さん。外装微調整及び着色と香料に志希さん。

 盛大な技術の無駄遣いによりこのウサちゃんロボは人間のそれと遜色ないほどの踊りを見せつけるのだ!

 

 ……改めて考えるとマジで技術の無駄遣いだな!?

 

 

「ナニコレ」

「バックダンサーだ」

「バックダンサー!? ロボでしょ!?」

「ロボだよ?」

「助手は私を何だと思っているんだ? てぇんさい! ロボ少女である池袋晶葉に不可能は無い!」

「え、えぇー……」

「いいか、助手よ。これは我々の技術を世に知らしめる最初の機会なんだ!」

「いやアイドルとしての魅力を見せつけてくれよ」

 

 

 ごもっともである。

 

 

そこも含めて(・・・・・・)私の魅力だろう。なぁに、心配するな。動作には何も問題ない!」

「……その辺は、晶葉の言う通りだと思うよ。ロボも含めて晶葉の魅力だし……ロボもちゃんと動くことは確かめたし」

「まあ、白河さんが言うなら……」

「おい助手何だその信用度の違いは」

「普段の言動の差かな」

「うーむ……それは確かに……」

 

 

 そこで納得しちゃうのかよ。

 ボクの普段の言動って……あれ。ツッコミしたり困惑したり疲れ果ててばっかりだな。我ながらいいのかそれで。

 

 

「……緊張してないかなって心配してたんだけどな」

「あたしはそういうのとは無縁かなー♪」

「志希さんはそうかもね……」

「白河さんはそうじゃないのかい?」

「今のやりとりで気が抜けたよ」

「そっか」

 

 

 346プロに来た最初の日と同じことだった。なんかこう、わちゃわちゃやってるうちに緊張の糸も解けて、みたいな。

 意図的にやってたっぽいあの時とは違って今回のは流れの中で自然に、だけど。

 

 ……まあ、今からまだ数時間は暇があるんだけどさ。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 とか言ってたらあっという間に時間が経っていた。

 な、何を(ry

 

 ホント、ライブ前忙しすぎる。ちょっと嘘だろってくらい。

 しかしライブ前のリハーサルの段階で既にグロッキーだなんて、流石にボクも想定外だった。

 いや、想定しておくべきだったのかもしれないけど。……想定したくなかったのかもしれない。

 

 ……ただ、それだけじゃなくて、他にも色々とやってたせいなんだろうな、多分。

 

 なんとなく気になったことがあると、ものごとが手につかない性分なのも良くなかった。

 例えば老朽化した壁面や吊り下げ広告。346の備品とはいえ長い間使ってきたものは傷んでいるものもある。どうもそういうものを見るたび気になって仕方ない――――ので、全部修復しておいた。

 新品同然である。内部構造まで含めてしっかり錬成しなおしたので多分あと十年はもつぞ。やったね!

 機材もいくつか不具合が出そうなものがあったので、晶葉も交えて全部修理しておいた。

 デビューライブで機材トラブルとか環境トラブルとか絶対に許さないよ。

 

 そんなことをしていたせいで既に半分くらい体力を使ってしまっている。

 ハハッ何やってんだボクは。

 

 ……しかし……。

 

 

「……これが衣装か……」

「うん。悪くないな。ちょっと露出は多いかもしれないが」

「にゅふふー。いいね、この戦闘用白衣ってカンジ?」

「戦闘用って……」

 

 

 戦闘(ライブ)用……って解釈にしておこう。

 

 しかし、まあ……晶葉も言ってるけど、露出度は低くない。

 ヘソ出し肩出し。上着を羽織るかたちにはなってるけど、その上着が、白衣をモチーフにしたノースリーブ。機能性? ねえよんなもん。

 

 それぞれにややデザインに違いはあるけど、一番露出度が高いっぽいのは志希さんかな。胸元まで出てる。

 晶葉は一番露出度が低いかもしれない。コルセットのおかげでへそ出しは免れてるし。どちらかと言うと可愛い系統でまとまっている。

 ボクは……その中間、かな。胸元が出てないだけいい……というかそこ開くとすとんと落ちちゃうし。動きやすいことは動きやすいんだろうけど、これは……恥ずかしい。

 色合いは、晶葉がピンクで志希さんが紅色、ボクが空色。志希さんを真ん中にして並ぶとちょうどグラデーションっぽくなる、かもしれない。

 

 

「で、これからメイクしてもらって一時待機……と」

「いいか志希、逃げるんじゃないぞ。絶対にだぞ。フリじゃないからな!」

「うずうず」

「逃げるなよ!?」

 

 

 こりゃどっかで逃げ出しそうだ。

 こっそり発信機でも仕掛けておいた方がいいよ。そんな視線を向けると、晶葉は無言で頷いた。

 

 その後、メイクも受けたけど……正直、よく分からないというのが感想だ。

 ふぁんでーしょん……? とか水がどうとかいう話を受けたけど、普段全くのノーメイクということだけを伝えてお任せした。

 その一方、意外なことに晶葉や志希さんはそれなりにお化粧については知っているらしいことが分かった。

 二人ともやっぱり女の子なんやなって。

 ボクが女の子してなさすぎるだけとも言う。

 

 

 

 

 

 で、衣装にも着替えて準備は万端。あとは待機しておくだけ。

 ボクたちも舞台袖から芳乃さんたちのライブを見学して……って運びなんだけど。

 

 

「志希の馬鹿はどこだ!!」

 

 

 案の定である。

 知ってた。と言えばいいのか、まさか本気でやるとは思わなかったと言えばいいのか。

 気付いた時、志希さんは楽屋から姿を消してしまっていた。

 

 

「無敵の超技術でなんとかしてくださいよォーッ!」

「OK! 発信機! ……よし見つかった」

「……あっさりしてるなぁ」

 

 

 超技術持ちが二人もいればあるいは必然的だとはいえ、最初から失踪するだろうと見越して発信機を付けておいたのが功を奏した。

 見ると、志希さんがいるのは……観客席?

 

 

「……何で観客席の方に?」

「わからん。全然わからん……」

 

 

 備えておいて良かった。

 いや、備えていても何も起こらない方がよかったってのが本音だけど、観客席にいるなら話は早い。

 

 

「まさかステージ衣装じゃないだろうな」

「流石にそれは無いでしょ。ボクちょっと行って来るよ」

「いや、こんな時こそ電話を……ああダメだ! 志希め、置いて行っている……」

 

 

 でしょうね。

 普段着じゃないんだし、わざわざスマホをステージ衣装に突っ込まないよ。

 

 

「いいよ、行って来る。すぐ戻るから」

「その格好のままでか?」

「プロデューサーに言ってスタッフ用のジャンパーでも借りるよ。ボクらの出番まで何分?」

「10分だ。急げよ」

「うん」

 

 

 プロデューサーに事情を伝えると、彼は頭を抱えながらも快くジャンパーを貸してくれた。

 

 流石に今日は全力を出さざるを得ない。錬金術も含めてフルに、だ。

 床を錬成及び再錬成しながら人混みを掻き分け、ボク自身は、足元を動く歩道の要領で動かし続けることで高速で前に進んでいく。

 一分も経たないうちに、ボクと同じようにスタッフ用のジャンパーを羽織った志希さんのもとへとたどり着いた。

 

 

「志希さん、志希さん!」

「んにゃ? 見つかっちゃったー♪」

「見つかっちゃったじゃないよ! 早く戻らないと、次ボクたちの番だよ!?」

「んーでも、先にこっちからの光景見ておきたくってねー」

「こっち……って、お客さんの側からの……?」

「思わない? アイドルってどんな風に見えてるんだろうなーとか」

 

 

 そりゃまあ……思わないわけではないけれど。何も本番直前にそれをやらなくったっていいじゃないか。

 

 

「芳乃ちゃんたち、綺麗だよねー♪」

「……うん」

 

 

 ステージの上では、芳乃さんたち――「PurelyTale(ピュアリーテイル)」の三人が自分たちの曲を歌い、踊っていた。

 三人ともすごく綺麗で、可愛くて、楽しそうで……この光景を見られただけでも、確かにそうするだけの価値はあったのかもしれない、と思わせてくれるほどだ。

 けど。

 

 

「それをボクたちが次やんなきゃいけないんだからね……!?」

「にゃはは、怒られちゃった♪」

「怒られてるのにニコニコしてるんじゃないよ、まったくもう!」

 

 

 ――と。ふと志希さんの顔を見上げると、何でか分からないけど、どことなく何かを(さが)しているように見回しているようにも感じられた。

 

 捜してる……この会場で、誰を?

 時々ボクもそうしていることはあるけれど……それは……。

 

 

「ってこんなこと話してる場合じゃないっ! 早く戻らないと!」

「あ、待って待ってー」

 

 

 いつもとは逆に、ボクの方が志希さんを引っ張って楽屋の方に駆けていく。その間、ずっと志希さんが満面の笑みだったのは……ちょっと癪だけど、ステージを見る側の光景を先に見ることができたこともあるし、容赦しておく。

 

 ……途中から手を引く側が完全に入れ替わってしまっていたのは秘密だ。

 

 

「晶葉ァ! あと何分!?」

「ジャスト1分だ! すぐ準備しろ!」

「一ノ瀬さん戻ったのかい!?」

「連れ戻したよプロデューサー! 開演延ばさなくっていい!」

「OK、よくやってくれた!」

 

 

 万が一のことも考えてプロデューサーに後のことを任せていたんだけど、準備が無駄になったようで一安心だ。

 死ぬほど慌ただしいことにはなってるけど、これで準備は万端。いつでも行ける!

 

 

「さ、二人とも行こ――――」

「いや、その前に少し気合を入れてからにしないか?」

「えぇ?」

 

 

 いきなり精神論なんて、晶葉にしては珍しいな……と思っていると、不意に、わずかに震えている彼女の手が目に入った。

 そういえば、プロデューサーに緊張しているかどうか聞かれたとき、結局晶葉は一言も発していなかった。あるいは、緊張していることを知られると他の面々も緊張させてしまうんじゃないかとでも思ったのかもしれない。

 彼女自身のプライドもあるだろう。それと口にすることは、はばかられたはずだ。

 

 

「――うん、分かった。やろう」

「ンーなんか青春って感じ? こういうの嫌いじゃなーい♪」

 

 

 急ぐのは間違いないけど、だからってそれで晶葉のことは置いといて、ってやっていいわけじゃない。

 ボクたちは三人で一つのユニットなんだから。

 

 

「円陣でも組む?」

「体育会系っぽくって私たちらしくはないな……」

「じゃあこうやって手を乗せてくー?」

 

 

 前に向かって志希さんが手を差し出した。その手の甲の上にボクも手を乗せていく。最後に、晶葉も少しだけ震えた手を載せた。

 手を重ねるごとに互いの体温が伝わってくる。それだけのことなのに妙に気が軽くなってくるあたり、ボクも緊張してたらしい。

 

 

「……プロデューサーは入らないの?」

「えっ……俺?」

「助手なんだから当たり前だろう」

「それに、エリクシアの立役者なんだから気にしなーい♪」

「……分かった。それじゃあ、僭越(せんえつ)ながら」

 

 

 苦笑しながらも、ボクらの重ねた手の上に大きな手が重なった。

 これに関しては……ま、役得ってやつだろう。それに、志希さんの言う通り、ボクたち三人を集めたのはプロデューサーだ。むしろ妥当なところでもあると思える。

 

 

「号令、頼むよ」

「そ、それも? ……それじゃあ、そうだな。みんな、このライブ、楽しんできてくれ!」

「「「おーっ!!」」」

 

 

 押し込んだ掌を、天高く掲げて弾けさせる。

 それだけのことなのに、不思議と笑顔が溢れ、やる気も満ち溢れてきた。

 

 

「お、あっちの三人も終わったみたいだ!」

 

 

 プロデューサーの声につられて舞台の方に目をやると、芳乃さんたちが舞台袖に向かって駆けてくるのが見えた。

 

 

「お疲れ!」

「うん……!」

「良いステージだったよ~♪」

「ありがとー……」

「心穏やかに(のぞ)まれませー」

「勿論だ!」

 

 

 思い思いの言葉を掛け合い、掲げた手でハイタッチ。ごくごく単純な動作なのに、たったこれだけのことで活力と勇気が湧いて来るんだから、人間って不思議なものだ。

 

 

「それじゃあ」

「ああ!」

「――行こう!」

 

 

 エリクシアのみなさん、どうぞ――そんなアナウンスに導かれて、ボクたち三人はステージへと駆けていく。

 

 その中で、様々なものが見えた。

 トレーニングルームとはまるで違う、(きら)めくようなステージとスポットライト。プロデューサーが言っていた通り、デビューライブとしては多い方なのだろう数の観客。ライブを見学に来たらしいスターライトプロジェクトのみんなの姿。それと、施設の子たちや職員のお姉さん、園長先生――あのバカ姉と先生は今度ツラ貸してもらう――の姿まで。

 

 いつの間にか、緊張感は高揚感へと昇華されていた。

 ああ――うん。大丈夫だ。気持ちは昂っていても冷静で、体は淀みなく動かせる。一切の能力を損なうことなく――やれる。

 

 

「こーんにーちはー♪」

 

 

 この場に来て、第一声を放ったのは志希さんだった。

 元気のよい挨拶のおかげで、ここにいる「以外の」聴衆――遠巻きに見ていた野次馬へと向けた一言。それだけで、男というのはコロッと「見てみようかな?」なんて気になってくる。綺麗な女の子から声をかけられて嫌な気分になる男なんてのはそうそういないのだ。

 

 

「ボクたちは、このたび346プロダクションのスターライトプロジェクトからデビューさせていただくことになりました、『ELIKCIЯ(エリクシア)』です! 今日はご来場いただき、ありがとうございますっ!」

 

 

 性格上、二人に堅い挨拶は難しい。こういうときはボクの出番だろう。

 元々体格がアレなボクなのだから、それこそ「小さい子が頑張ってるな」という感が溢れ出る。結果、そのスジの人をこの場に留めることができるのだ。

 我ながら悲しくなる特徴だね!!

 

 

「今日私たちが歌うのは、『お願い!シンデレラ』、『とどけ!アイドル』、そして私たちのデビュー曲だ! 短い時間だが、どうか楽しんでいってほしい!」

「あたしたちのライブでみんな酔わせてあげるー♪ で、これから歌うデビュー曲の曲名はー?」

「「――――『PH@SE⇔SHIFT(フェーズシフト)』!」」

 

 

 合図と共に、ここ一か月の間に聞き慣れた、ギターと電子音の入り混じったテンポの良いイントロが流れ始める。

 「Phase shift」――直訳すると、「位相転移」。科学者と化学者、そして錬金術師というボクら三人にとっては、馴染みの無い言葉というわけじゃない。

 そこに込められた意味はつまり、学者からアイドルへ、その位相を変えてなお活躍していくということ。

 ボクにとっては、ある意味世界の位相を――というところも含んでいるけれど。何にしても、全員にとっての共通項にハマった曲名かな、と思う。

 

 二曲目の中盤に差し掛かると、事前にセットしておいた晶葉謹製のダンシングウサちゃんロボの出番だ。

 やがて、サビに差し掛かる頃には、ライブ自体の盛り上がりも最高潮に達していた。

 

 

 ――正直に言ってしまうと、ボクはこのライブに対して、強い期待を持っていた。

 もしかすると、これを通じて自由というものの意味が、分かるんじゃあないかって。

 けれど、そんなうまい話は無いみたいだ。まだ答えは明確にはなっていない。

 それもそうだよね。それが分からなくってずっと迷って悩んでいることなのに、唐突に答えが降って湧いて来るなんて、都合が良すぎる。

 

 

 けど、分かったことはある。

 このライブは、すごく――――楽しいんだ。

 

 

 晶葉と志希さんと一緒に歌って、踊って、観客と一緒になって盛り上がって……この感覚が、たまらなく心地よい。一人じゃないんだってことを、実感できる。

 寒くて薄暗い場所じゃない。ここは暖かくて、光が溢れてる。

 何におびえることもなく、縛られることもなく、悲しむこともなく、ボクは「一人の人間」として、生きてここに立っていると、実感できる。そのことが何よりも嬉しい。

 

 プロデューサーは、自由っていうのは「楽しいこと」だって言っていた。

 正直に言うと、それ自体はちょっと釈然としないところがあった。ボクの求めている方向性とは違うような気がしたから。

 けど違うに決まってるんだ。ボクとプロデューサーは違う人間で、求めている先も全く違う。

 

 

 それでいいじゃないか(・・・・・・・・・・)

 

 

 ボクにとっての答えは未だ見えてこない。この道の先にあるのかすらも分からない。

 だからそれ「()」正しい。自由なことは楽しいこと。それも「自由」に対する回答の一つ――自由という言葉を表す側面の一つなんだ。

 それ「だけ」じゃないからこそ、追及する意味がある。

 アイドル生活と同じこと。自由に対する探究も、このライブから始まっていくんだ。

 

 

 ――この時間が終わらないでほしい、なんて思ったのはどのくらいぶりのことだろう。

 もしかすると、二度の人生の中でそんなことは初めて(おも)ったかもしれない。

 友達と一緒に一つの目標に向かって、他の人たちもどんどんどんどん巻き込んで盛り上がって――そんなこと、ただの一度だって経験したことがなかったのだから。

 

 悪魔と取引をした男の話がある。その男は、無情の時が永遠に終わらないよう願っていた。

 けれど、自然の流れとして、時は進んでいく。いつまでも留めてはおけない。

 

 

「みんな、ありがとー♪」

 

 

 締めを飾る志希さんのその一言によって、ボクたちにとって初めてとなるこの公演は、終わりを迎えた。

 この楽しさと熱が名残惜しくって、いつまでも続いていてほしくて――多分、ボクがこの場にいる誰よりも未練がましく手を振り続けていたんじゃないかなって思う。

 

 でも、改めて考えると――これからなんだ。

 これから、ボクたちの活動は続いていく。これが最初。まだ、「これから」がある。

 そう思うと、なんだか嬉しくなった。

 

 

 ……で、当然にと言うべきだろうか。

 ボクの身体は三曲もたせるくらいが精いっぱいで。

 ここに至るまでに色々やりすぎたせいで体力がほぼ尽きてて。

 

 

 結果、舞台袖に引っ込むと同時にブッ倒れた。

 

 

 またこのオチか!!

 

 

 






 割合少な目(ゼロとは言っていない)。

 余談ですが、活動報告の方にバレンタインの短編を投稿しております。
 お時間が許すようであればそちらもどうぞ。

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