青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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13:言うなれば運命共同体

 

 

「なん……っじゃぁ……こりゃあ……!?」

 

 

 ボクたちのファーストライブから数日後。思わず、ボクは数十年前のドラマの名台詞を呟かざるを得ない状態に陥っていた。

 姐さん、事件です。いやバカ姉(おまえ)じゃない座ってろ。

 ボクの手の中にあるのは、一枚の紙きれだ。その名を――――「給与明細」と言う。

 

 お給料の明細。そう、初任給というやつが出たのだ。

 税金と福利厚生、共済費や寮の家賃、設備維持と食費等々の経費を差っ引いても余裕で6ケタ残るという、驚異的な給与明細である。

 

 お金そのものについては、別に全く馴染みの無いものでもない。施設を立て直すためにずっと大金が必要で集めていたし。今もまだその一部はもしもの時のために隠している。

 しかしやっぱり、それはあくまで「もしもの時」に使うものだ。その上に出所自体が綺麗とは言いがたいし、あまり手を付けたくないのが本音だ。

 

 そんな中で降って湧いた、それこそ出所もはっきりしている綺麗なお金。そりゃあもう喜びで胸がいっぱいだ。

 これで堂々と仕送りできる!!

 

 

「みんなはまだ若いんだから、使い道はよく考えるように!」

 

 

 プロデューサーの忠告に、みんなが「はーい!」と元気よく応じた。

 志希さんは、特許を持ってるとかでお金には全く困っていないようだからお給料に対してはあまり関心が無いようだし、こずえちゃんもまずはお父さんやお母さんに渡してからになるから今はまだ関心が薄いようだけど……まあそれはそれとして置いておく。

 

 

「あ、そうだ。白河さん!」

「はい。あ、え、ボク?」

 

 

 あれ? ここで名指し?

 

 

ご家族(・・・)の方から伝言。『絶対に()に仕送りするな。送っても突き返すから』だってさ」

「………………」

 

 

 ……………………………………。

 

 ……んん?

 

 

「全額自分のために使えって……あれ、どうかした?」

「いや、ちょっと待っ……ちょっと待って。え? いや……あの、ごめんプロデューサー、ちょっと電話貸して」

「え。あ、ああ。ちひろさんに言えば貸してくれるぞ」

「ありがと」

 

 

 事務室にいたちひろさんに言って電話を貸してもらう。

 流石に施設で共用してた携帯はもう手元に無いけど、近くに固定電話があるって便利だ。

 ……まあそれはそれとして。

 

 

『はいもしもし。あおぞら園成海(なるみ)です』

「ボクだけど」

『あっ!? あっあっあっ氷菓ちゃん!? せんせーい! 氷菓ちゃんがお電話を!!』

「いや先生はいいから。ボクのお給料のことに口出ししたよね?」

『え? う、うん。そうね。園長先生と一緒に決めたよ?』

 

 

 やってくれた(のう)

 やってくれおった(のう)……!

 

 

「何でさ」

『何でも何も……氷菓ちゃん、放っておいたら殆どのお給料仕送りしちゃうでしょ?』

「何が悪いのさ」

『年頃の女の子がそれじゃあ、やっぱりいけないと思うの。今までもずーっと下の子たちにご飯あげたり服あげたりお部屋あげたりお遊具あげたりしてたんだから、自分のために使ってほしいのよ』

「ボクの自己満足なんだからボクのためだよ」

『じゃあ一万円までなら許可しまーす』

「月の食費にぜんっぜん足りないじゃん!? 経営苦しいのだって別に昔っから変わってないんでしょ!?」

『でも、なぜか毎月謎のお金が施設(うち)の口座に振り込まれるものだから、あんまり困ってないのよ』

 

 

 ……ははーん、もしかしてこれ、ボクが自分で招いた事態だな?

 いや……いやいや……でも流石にこれは……その……。

 えーッ。

 

 

『というわけで、お金は受け付けません。ちゃんと自分のために使うこと。それじゃあね~』

「えっ、ちょ、待っ……!?」

 

 

 ……二の句を告げる間も無く、電話を切られてしまった。

 いや。いやいやいや……。

 

 

「……どうするんだよこれ……」

「な、何だか大変? なのね?」

「ううー……はい……」

 

 

 横から話をちょっとだけ聞いてたらしいちひろさんが、困惑したような表情で問いかけてくるけど、答えられる元気が無い。

 お給料の使い道が、突然宙に浮いてしまった。使わなきゃいけないってワケは無い、んだけど……。

 

 

「どうしよう……」

 

 

 じゃあ使わないで置いておこう――ってなったら、また晶葉やプロデューサーに何か言われそうだし。

 どうしたらいいんだろう、これ。

 

 

 

 で、場所を戻してプロジェクトルーム。すっかりこの場所のインテリアと化してしまった犬のぬいぐるみを抱きかかえながら、給料の使い道について思いを巡らせる。

 欲しいもの――は、特にない。やらなきゃならないこと――は、あるけど、そこまで切羽詰まってるわけじゃないし。

 ……こういう時は、人に聞くのが一番、かなぁ。

 今プロジェクトルームにいるのは、ボクの他には晶葉と聖ちゃんの二人だ。志希さんは銀行に行ってて、こずえちゃんはご両親にお金のことを報告しに行った。芳乃さんはいつの間にか見失っていた。プロデューサーによると巣鴨に行ったらしいということだった。どうやらおせんべいを買いに行きたかったらしい。

 

 

「あきはー。お給料何に使うー?」

「アキバにジャンクパーツを買いに行く予定だ!」

「だろうねー」

 

 

 流石の晶葉でも何も無いところからものを創り出すことはできない。となったら当然そういったものが必要になるはずだし、予想はしてた。

 

 

「一緒に行くかー?」

「んー……いや、いいや。ごめん」

「だろうなー」

 

 

 ボクもボクでそういうことにはあまり強い関心があるわけじゃない。

 機械いじりはできるけどどうしてもやりたいってわけじゃないし。

 

 

「聖ちゃんは?」

「お洋服とか……CDを買ったり……かな……」

「なるほどー……」

 

 

 服か……あっダメだ関心が湧いてこない。

 服なら服で内心「着られるなら何でもいいんじゃ?」ってなってる。

 CDは……おお、なるほどCD。それならボクも欲しいものがある。

 

 

「それ、一緒に行ってもいいかな。CD見てみたい」

「!?」

「どうしたの……?」

「何でそんな反応するのさ」

「いや……氷菓がそういうことを言い出すなんて、ゲリラ豪雨でも降るのか……?」

「すごい……珍しい……」

 

 

 ひでぇ言われようだ。

 

 

「ちゃんとした欲求があったんだな……」

「いやあるよ。いくらなんでもそこまでじゃないよ」

「どんな曲が……いいの……?」

「楓さんのアルバムと、インディヴィジュアルズ、フリルドスクエア、ブルーナポレオンとクローネとシンデレラプロジェクトと……」

「仕事関係ばっかりじゃないか」

 

 

 盛大な溜息と共に呆れられてしまった。

 でも欲しいものであることには変わりない。親しくなった相手にはできるだけ義理を尽くしたいという思いもあるし、みんながどんな歌を歌ってるのかってことも知っておきたいのだけど……。

 そう考えていると、何を思ったのか知らないが晶葉は何やら無言で聖ちゃんと頷きあった。

 

 

「……まあ、とりあえず行くとしよう」

「あれ? 晶葉も行くの?」

「うむ。時間はあるからな。ついていこう」

「うん……一緒に……」

 

 

 ……聖ちゃんが乗り気だし、別にボクも問題は無いと思うけど、何だろ。この変な予感は。

 何かある……っていうか、何かやる気だよなぁ、多分。

 だからってここで拒むのも変な話だし、友達を疑うのも良くないことだ。多少世話を焼かれてもそれはそれ。大した問題にはならないだろう。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

「よくもだましたアアアア!! だましてくれたなアアアアア!!」

「ンムフハハハハハハ、騙して悪いとは思っているが発想がとてもスウィィィトだぞ氷菓ァ! 練乳を一気飲みしたくらいになあ!」

「……1○9まで、あともうちょっと……」

 

 

 くそっ! やられた!!

 聖ちゃんは大人しい子だし晶葉もそんなにファッションへの興味が強い方じゃないと思い込んでいたのが良くなかった!

 CDショップに行くぞと言われて素直についていった結果がご覧の有様だよ!

 

 

「また着せ替えする気なんでしょ! 前の時みたいに!」

「着せ替え以前にあの時の服以外殆ど持っていない女が何を言う」

「も……持ってるし……一応……買ったし……」

「あの変なTシャツ……?」

「え、変……?」

 

 

 杏さんも普段着にしてる由緒正しいTシャツのはず……。

 それが変……!?

 

 

「客観的に自分を見て変だと思わないのか!?」

「え……で、でもこのくらいの服くらい着てる人いるし」

「……まあ、いるな」

 

 

 軽く街を見渡してみたら、このくらいの服装でいる人なんていくらでも見つかる。あっちの人は「無職」。あの人は「冷奴」、杏さんと同じ「働いたら負け」も見当たるな。あっちの人は……「DIARRHOEA(下痢)」と「PAN(便器)」。

 

 

「だが仮にもアイドルがそれはマズいぞ色々と」

「そうかな? ……そうかも」

 

 

 流石に客観的に見てボクが目立ちやすい容姿をしていることくらいは分かる。

 アイドルの何某(なにがし)が変な格好で街を練り歩いていた――とか噂になったら、もしかするとユニットの仲間も一緒に変な目で見られることがあるかもしれない。

 ……なるほど、なんとなく分かったような気がする。

 

 

「……つまり、変装すればいいってわけだよね?」

「は?」

 

 

 要はボクが「白河氷菓」だと気付かれなければ良いというわけだ。

 なるほど、そういうことなら理解は容易い。ボクが、じゃなくてみんなが、という風に思えば、それも必要とされていることだと理解でき(わか)る。

 

 

「そういうことなら分かった。行こう」

「いや分かってないだろう。おい氷菓……おーい」

「あ……行っちゃった」

 

 

 となれば方針は決まった。あとは目当てのものがあるかどうかを確かめるだけだ。

 

 

 ――――で、それから少しして。

 

 

「戻ったよ」

「ん、早……誰だ!?」

「……も、もしかして……氷菓ちゃん……?」

「うん」

 

 

 帽子を上げて二人に顔を晒すと、途端に警戒心が消えて失せた。

 

 なるほど、変装というのも悪くないものだ。こうして堂々と二人の前に現れても、ボクがボクだってことを気付かれてない。

 と言っても、特別なことをしているわけじゃない。ボクにとっての普通――つまり、「男の子の」格好をしてみただけだ。

 スカートじゃなくデニムのパンツ。上着として、体のラインを隠すために厚手のパーカーを羽織って前を閉じ、キャスケット帽を目深に被った上で後ろ髪をその中に収納。元々ボクの髪自体はギリギリ肩に届くかどうかというくらいだけど、見た目の印象を変えるには充分だ。

 

 

「……確かに、見た目をどうにかすることは成功してる……けど……」

「ほぼ男の子だな……鈍感な少年と出会って『お前女だったのか!』というようなイベントが起きそうなくらいだ」

 

 

 それってむしろ女と気付かない方がありえないとか言われるパターンでなくて?

 

 

「だが氷菓、よく考えろ」

「何さ?」

「例えば私たちと一緒に遊びに出かけたとして、どう見ても男の子、というような者がいるとだな」

「うん」

「多分スキャンダルとして取り上げられるぞ」

「………………あっ」

 

 

 言われてみればその通りである。

 事実無根の、いわゆる飛ばし記事になることは疑いようがないけど、それでも「男といるんじゃないか?」と疑われた時点で危ない。

 当人たちが事実を知っていたとしても、世間は基本として信じたい方を信じる傾向にある。となれば人気がガタ落ちに、ということもありえなくはない。

 こういうものは可能性を生み出した時点でアウトなのだ。

 

 

「……でもボク、可愛いのとか、スカートとか、苦手だし」

「それでこの前も嫌がっていたのか……」

「でも、どうして……?」

 

 

 それには深い深い事情がある。

 のだが、流石にそれを口にするのはマズい。実はボクは前世は男でしかもその記憶があるんだ! とか、前世の母親がやたらと少女趣味な服を好んでいたからボクは嫌いになった――だなんて言おうものなら、即病院送りだ。誰だってそーする。ボクだってそーする。

 結果的にフォーマルな場でも通用する制服か、だぼっとしてだらっとした部屋着のような服を好むようになったのだった。

 ……無難な言い訳って、何がいいかな。

 

 

「な……慣れてないから」

「そうか。そうだろうな。そんな氷菓に講師を用意したぞ」

「は?」

 

 

 講師?

 

 

「どうぞ……」

「心だ」

「しゅがーはぁとって言ってるだろ☆」

「……は!?」

 

 

 (シン)!! このバカヤロウ!!

 お前はレッスン中のはずだろう!! いけないじゃあないかこんなところにいちゃあ!!

 

 

「いきなりラスボスを連れてくるやつがあるか!」

「ラスボス呼ばわりとかスウィーティーじゃないゾ☆」

「なぁに最初から強烈なのに慣らしていけばかえって耐性がつく」

 

 

 それ逆にトラウマになるやつじゃねえかなぁ!?

 

 

「というわけで心、これが前払い報酬の低周波マッサージ器だ」

「あんまりスウィーティーじゃないから大っぴらに言うなよ☆ でもサンキュー☆」

「それじゃあ……行こう……」

「ぬううううううううう!」

 

 

 ダメだ、体格で勝ることのできる相手が誰一人いない!

 気分はさながら連行される宇宙人だ。プランD。いわゆるピンチというヤツだな。

 誰かタスケテ。

 

 

 ……やがて、ボクは諦めの境地に達したままパステルカラーの溢れる衣料品店の試着室に押し込まれていた。

 次々に投げ込まれてくる服、服、服。ははは、どうしよう。物量に殺されそうだ。

 なんとか試着しては着替えて次々と披露していく。もうほぼ無心でこなしていってるけど、出て行くたびにかわいいかわいい言うのはやめてほしい。お店の人もこっち見てるし、死ぬほど恥ずかしい。

 

 

「いやーあいすちゃんいいわー。何着せても似合うなチクショウ☆」

「あ、アイス?」

氷菓(あいす)ちゃん」

 

 

 いや間違ってないけどさ。

 

 

「しかし、思ったよりも普通のチョイスだな」

「いやボクとしてはこれも結構キツいんだけど……」

「普通だよ……?」

「そそフツーフツー。『普段着を選んでくれ』って事前に言われてっからね☆」

 

 

 ……驚いた。しゅがはさんのことだから、もっとハートとか羽根とか意匠に入れた服にするかと思ってたんだけど。

 

 

「これもスウィーティー女子力ってヤツよ☆」

「はあ、女子力」

「うむ」

 

 

 女子(ぢから)。ボクにとって最も縁遠い言葉だ。

 ガールズロードが拓かれたり着てる服が巨大(ハイパー)化したりするのだろうか。極めたらするかもしれない。

 

 

「女の子はドレスアップしてナンボよ☆ 特にあいすちゃんは普段が普段だから映えるねーいいねーお肌ぷにぷにーあ゛ーこの若さ欲しい」

「……素が……」

「おっといけね☆」

 

 

 ……変な話、若さが欲しいなら手伝うのは簡単なんだよね、ボク。

 肌だろうが腰だろうが目だろうがどこだろうと瞬時に作り直せるから。

 そんなことするとかなりの問題になるけども。今のところは黙ってよう。

 

 

「でもハタチ過ぎたら老化が始まるかんな☆ 油断するなよ☆」

「フフフ、そこは問題無いぞ。何故ならいずれ私が老化抑制マシーンを発明するからな! まあまだ無理だが」

 

 

 本当にやりそうで怖いよ。

 

 

「私でなくとももしかしたら志希が何か作ってるかもしれん。化粧品とか」

「マジかそれマジか」

「うわめっちゃ食い気味に来た」

「こ……こわい」

「またまたいけね☆」

 

 

 いずれ石仮面でも見つけて永遠の若さを求めるようになるのではなかろうか。ボクは訝しんだ。

 

 

「やっぱねー、いろーんな意味で後には退けないわけよ☆ というわけでえ、はぁとお姉ちゃんに出番譲っとけ、な☆」

「それは無理だな」

「うん無理」

「無理……」

「えぇーいいだろぉーみんな若くってチャンスがあるんだからさ☆」

 

 

 わあ。ここまでか。

 いや、理解はできるんだ。芸能界は、周囲を見渡せばだいたい皆仕事を奪い合うライバルという考え方もあると。

 ただ、それを同じ事務所どころか同じプロジェクトのメンバーに対しても言っちゃうのは……仲間と思ってる身としては、辛いものがあるなぁ。

 

 と言っても、しゅがはさんだって本気も本気だ。年齢のこともあるし、それこそ、その気になったら他人を蹴落としてでもという漆黒の意志を標準搭載している。

 ここで頭ごなしに否定するのは、口論になる可能性を思うと避けたいところだし……。

 

 

「……じゃあ、どうしてもって言うなら、次のボクのソロ仕事、しゅがはさんにあげる」

「氷菓ちゃん……!?」

「おい氷菓、何を!?」

「えっホントに!?」

「ええ、ホントに」

 

 

 口元に指を立て、二人の言葉を制する。

 今話しているのはボクだ。二人にはもうしばらく黙っていてもらいたい。

 

 隠した手元にボイスレコーダーを創り出して……準備完了。

 

 

「プロデューサーに許可を取らなきゃいけないけど、ゴリ押せば話は聞いてくれると思う。だから、プロジェクトの他の皆には、同じようなこと言ったりしないでほしいんだけど」

「え、あ、ああ、え?」

「一つ足掛かりがあればしゅがはさんは確実にステップアップしてけると思うんだ。ね、お願い」

「いやでも一発じゃ……」

 

 

 まだ押しが足りないか。

 ……しょうがない。ここまで来て手を尽くさないってわけにもいかないね。

 

 

「ねえ、お願い――お姉ちゃん」

「はうぐっ!?」

 

 

 できることならやらないに越したことは無かったけど、今日は大盤振る舞いだ!

 身長140cm&30キロを割りそうな低体重に、外国の血を引いてるおかげで無駄に儚げな雰囲気を醸し出しているこの外見。使わない手は無い。

 その上しゅがはさん自身が選んだ服によって、無駄にドレスアップされているんだ。これで上目遣いしておねだりしようものなら、ボクの経験上、しゅがはさんくらいの歳の人なら大抵陥落する。

 

 

「どうしてもダメ……?」

「い、いいぞ☆ そこまで言うなら、もうしょうがないなぁ☆」

 

 

 ()ちたな(確信)。

 

 

「絶対だよ?」

「おぉうそりゃもうしゅがーはぁとの名に懸けても☆」

「ありがとっ」

 

 

 下半身にぎゅーっと抱き着いていくと、しゅがはさんがどこか恍惚とした表情をしたのが分かった。

 同時に晶葉が微妙な顔でドン引いているのが分かった。普段の様子から打って変わってこれなんだから、そうもなろう。

 ボクだってやってて自分で違和感の塊なんだから我慢してほしい。

 

 

「おほっふ……☆」

 

 

 その後、これからも仲良くしてほしい旨を伝えて、レッスンへ戻っていくしゅがはさんを見送った。

 

 ……なんだか本来の目的から二転も三転もしてる気がするけど、まあいいとしておこう。

 別の意味で収穫はあった。

 

 

「いいのか、氷菓。あんなことを言ってしまって……」

「うん。言質(げんち)は取れたから」

 

 

 心配しているようなので、晶葉にボイスレコーダーを見せつける。今まで持っていたような素振りを見せなかったからギョッとしているけど、状況は把握できたらしい。同時に大きなため息をついてもみせたけど。

 

 

「これで少なくとも他の人に同じことは言わないだろうし、余計な衝突も回避できるでしょ」

「それは……そうかもしれんが。それでいいのか?」

「そもそもさ晶葉。この時期にいきなりソロでの活動なんて、普通無いでしょ」

「……あっ……」

「謀ったな氷菓」

「謀ってるよ」

 

 

 まだエリクシアは結成したばかりだし、ボクもデビューしたばかりのド新人だ。基本的には3人での活動が主体になってくるだろう。

 当然、ソロ活動が見えてくるのは本格的な活躍の場となる夏フェス以降。約束を反故(ほご)にする気は無いけど、それまではどうしても約束を履行できないわけだ。

 騙してるわけじゃないよ? 解釈の違いがあるだけ。

 

 

「もし仮にあったとしても、それはしゅがはさんたち四人がデビューした後の話になるだろうね」

「だからと言ってなあ……」

「……他にも、なにか狙いがあるの……?」

「鋭いね聖ちゃん。ボク個人としては、しゅがはさんにはちょっと罪悪感を覚えてほしいんだ」

 

 

 ボクが思うに、しゅがはさんが「仕事を寄越せ」と言ったのは、彼女の中にある焦燥感が原因だ。

 26歳という年齢に、ボクらに先にデビューされたという事実、そしてソロユニットでなく複数人のユニットでの活動。しゅがはさんの中にある焦りを煽り立てるには充分な要素が揃っている。

 言動から受ける印象とは真逆……ってほどじゃないけど、本来、佐藤心っていう女性はもっと常識的な人だと思うんだよね。今日のことでなんとなく分かった。必要とあれば空気を読むこともできるし、相手を立てることもできる。ただ、アイドル活動となると、焦りが生じることでその辺のブレーキがぶっ壊れてしまうんだ。

 

 だからこそ、外付けの良心回路としての罪悪感(ブレーキ)をちょっと取り付けたい。

 

 

「でも……難しいかも……」

「そうでもないよ。しゅがはさんもボクも寮生だから、生活の時間は合わせられるし。これからしばらくしゅがはさんに引っ付いて、できるだけ『いい子』なボクを演じることで『何でこんな子の仕事を奪ってるんだろう……』って思ってもらう」

「すさまじく冷徹に人の心を弄ぶな!?」

「弄んでるつもりは無いよ失礼な」

「……そのつもりが無いほうが……よっぽどなんじゃ……」

「……うん、まあ。うん」

 

 

 自分のことを悪だと思っていない邪悪が最もドス黒い邪悪なのだというヤツか。

 まさしくその通りだった。

 

 

「でもさ、もしこれが成功したら、しゅがはさんももっと周りを見てくれると思うんだ」

「成功したら、か。まあそうかもしれんが……」

「……ボクは、アイドルやってて楽しいって思ったから。スターライトプロジェクトのみんなでもっと仲良く、楽しく、誰も欠けることなくやっていきたい。そう思って行動するのは、いけないことかな?」

「……もうちょっと、手段を選んだ方が……いいと思う……」

「うん。ごめんなさい」

「それに時と場合によっては開き直る可能性だってあるんだ。軽々しく自分を売るんじゃない」

「うん。ホントごめん」

 

 

 今回は全面的にボクが悪うございました。

 正直もっと手段は選んだ方が良かったね。うん。

 

 

「さて、説教はこのくらいにするか!」

「そうだね……」

「うん、ごめんね時間取らせて」

「いや、構わん。それよりも――――」

「うん……それよりも――――」

「……うん?」

 

 

 あれ、そういえば何かを忘れてる気がするぞ?

 そもそも今日何でここに来たんだっけ?

 ……まず、給料の使い道をどうするかって話をして。CDショップに行こうって話をして。その後騙されて。

 

 ……ああ!!

 

 

「自由への疾走!!」

「体中に正座直後の痺れが走るスイッチ」

「ぬうううううううううううううう!!」

 

 

 ぬあああああああああ全身が痺れる!!

 晶葉キサマ!! この前プロデューサー用に使ったものを改良してプロデューサー以外の人に向けられるようにしたなッ!

 その技術は認めるがそれをボクに向けるとは、おのれえええええええ!!

 

 

「それじゃあ……いこ……」

「はっはっはっは、次は携帯の契約と化粧品と財布とお菓子だ!」

「その後はお昼ご飯……」

「そして最終的には私とアキバ(じごく)まで付き合ってもらうぞ、フハハハハ!」

「ぬわ――っっ!!」

 

 

 らめえええええ浪費を覚えさせられちゃうううううううううう!!

 

 

 

 






 氷菓が飲む(ことになる)スタバのコーヒーは甘い。(ショートアイスチョコレートオランジュモカノンモカエクストラホイップエクストラソース)


 ※ 嫌がっているように見えますがこの後普通に三人で遊びました。

 * 5/15 微修正

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