青空よりアイドルへ   作:桐型枠

17 / 84
16:自縛と呪縛

「すき焼きだああああああぁぁ!」

「YEAHHHHHHHHHHH!!」

「ヒャッハーッ!!」

 

 

 ――――20XX年! あおぞら園は国産牛の歓喜に包まれた!!

 海は枯れ(枯れてない)! 地は裂け(裂けてない)! あらゆる空腹は根絶されたかに見えた!

 しかし、(肉にありつくことのできない)人類は絶滅していなかった!!

 

 そう、ボクだ。

 

 ……ことの発端はほんの少し前。ボクは月に一万円以下の仕送りしか認められなくなって以来、他の方法を考えていた。

 ある時、ふとよく考えてみたら「もの」に関しての制限は何も無いことに気付き、だったらちょっといいものを食べさせてあげるのはどうだろう、という考えに至ったのだった。

 そして現在。どうせなら今までやったことが無いであろう、国産牛のすきやきという贅沢をしてみた結果……ご覧の有様である。

 もしかしたらボクはとんでもないことしちゃったんじゃなかろうか。飢えた獣にエサを与えてしまったというか。

 すき焼きするぞと言って帰ってきたら大喜び。実物を目の前にすると狂喜乱舞。そして鍋の中身は見る間に消えてなくなった。

 見る限り、子供たちはみんな満足そうだし……まあ、いいか。

 そう思った時、はたと気が付いた。

 

 ――そういえばボク、結局何も食べてねえ。

 

 残さず食えよぉ。お前も食べろよぉ。なんて言いながら配膳してたらもうそっちばっかり優先していたせいだろう。我ながら間抜けな話だけど、もうしょうがない。

 手元にあるのは……しらたきとねぎ、あと卵か。持って帰って、中華だしでも使って適当にビーフン風にでもすればいいか……。

 

 後片付けを終えて、みんながのんびりとし始めているところで、ボクはお姉ちゃんに一言告げた。

 

 

「じゃ、ボク帰るから」

「ええっ!? もう!?」

「もう……って、ごはん作りに来ただけなんだから当たり前でしょ」

「もうちょっといても……っていうか、ほとんど食べてないんだから……あ、そうだ。おうどんくらい」

「いいよ、そんな手間かけなくって。自分でなんとかするから」

「もっと甘えてくれていいのよ!」

「遠慮します」

「えぇー!?」

 

 

 ここで甘えるのも悔しいし。

 このままここにいるとそれはそれで世話焼いてくるだろうし。

 ボクなんかよりもちっちゃい子たちの面倒見てろっての。

 

 

「それじゃ、また」

「うう~……またねー……」

「ボクを外に放り出した張本人が何ダダこねてんの」

「だってぇ~……」

 

 

 まあ、こうなってるのはあくまでこれ、ボクに嫌われたと思ってるからだろうな。

 ここでお世話を焼いて挽回……っていうのがこのバカ姉の目論見だろうけど、それは紛れもなく悪手(あくしゅ)だ。人間、過干渉されると逆に遠ざかりたくなるものだから。

 

 名残惜し気に手を振る姉を横目に外に出ると、不意に庭に淡く輝くものがあることに気付く。

 どうやら、園長先生が煙草を吸っているらしい。ボクが出てきたことに気付くと、先生は慌てて火を消した。

 

 

「別にいいのに」

「いやあ、アイドルさんの前で煙草を吸うのはどうかと思ってなあ」

「……アイドルにさせた張本人が言えること?」

 

 

 というかこれ、ボクさっきと同じこと言ってない?

 ええい、この件に関しちゃ元凶が二人いるからちくしょう!

 

 

「ははは……すまないね。だが、やっぱり親代わりとしては……もっと外の世界を見てほしかった、という思いがあるわけだよ」

「……だからってほとんど強制みたいにするなっての」

 

 

 ショック療法もいいところだ。場合によっては逆効果で、ボクだからギリギリ効いた、かもしれないくらいの調子だってのにさ。

 

 

古宮(コミヤ)のやつに海外に連れて行ってくれ、なんて言った時は、こりゃすごい子になるぞと思ったもんだがなぁ」

(とお)で神童、十五で才子、二十(はたち)過ぎれば只の人――だよ」

「十五にもなってない子供が言うことじゃあないねえ」

「似たようなもんでしょ」

「……まあ、似たようなものかもしれないなぁ。あの時を最後に、自発的にあれがしたいこれがしたい、って言わなくなったんだから」

 

 

 ……そりゃあ、まあ。やりたいこと、無かったし。

 

 

「どこの高校にいきたい、とか、何になりたい、とか……何にも言わんで、下の子の世話ばっかりしているからねえ。助かるけど、だからって気持ちの良いものじゃあないんだよ」

「……そうかな?」

「そうさ。結局、古宮のやつも引き取ってはくれなかったしねえ」

「あれは…………まあ、そうだけど」

 

 

 古宮――昔、ボクが錬金術を修めるため世界を巡る中で、眼鏡を貰ったり命を救ったり救われたりした恩人。園長先生の友人で、その昔先生がボクを引き取ってもらうよう交渉していたこともある。

 が、古宮の爺様曰く、「海外を飛び回るのに付き合わせるわけにはいかない」とのことで結局断られた。ボク自身、あおぞら園にいたいから、という理由もあるけれども。

 交流自体は今もあるけどね。日本にいる間だけは。

 

 

「もうちょっと子供らしいこともしてほしいと思うわけだよ、保護者としてはね」

「いや、アイドルは子供らしくないでしょ」

「そ、そうかあ? ほら、キラキラしてて……よく子供たちがゲームセンターなんかでこう……」

「……あのさぁ」

 

 

 ダメだ、分かってない。

 だいたい、先生の言ってるそれ、幼児向けのゲームじゃん。何故かやたら男性客の多いやつ。

 

 そもそも芸能界なんて最も闇の深い業界と言っても過言じゃないんだ。346プロが偶然にも優良企業だっただけで、一歩間違えれば枕だのなんだのが横行してるんだから、もっと気を付けてほしかったよ……いや、言われるまま行っちゃったボクにも責任はあるんだけど。

 

 

「見通しが甘すぎるよ」

「そうかぁ。いやーすまないすまない」

 

 

 そうは言うけど、悪びれる様子は無い。今は成功してるからいいじゃないかとか思ってるんだろうか。流石にそれは無いと信じたいけど。

 

 

「ただね、いつも思うんだよ。氷菓はいつも自分で自分のことを縛っている、って」

「はあ?」

 

 

 いくらなんでもそんなドMじゃないぞ。

 

 

「自分で自分のことを、『こうあらないと』と強引に定めて、『こうしないといけない』なんて無理やりに考えてねぇ。自縄自縛というやつだよ」

「そうかな」

「そうだとも。だから、殻を破る手助けをしてあげたかったのだけどねぇ」

「他の子には絶対やるなよ」

「ははは、流石にやらないとも」

 

 

 本当かよ……と思いつつも、まあ、他の子にはしないだろうな、とも少しだけ思う。

 今回のことで懲りただろうし、何されても基本ぼんやりして曖昧な反応ばっかり返してるボク相手でもないと、こんな強引なことはできないだろうし。

 

 

「もし辛いことでもあれば、いつでも帰っておいで」

「……大丈夫だよ。みんな優しいから」

 

 

 優しく頭に手が載せられるのを、今回は振りほどかずにおいた。

 気が済むまでさせておこう――そう思っていると、不意に園の方からかしゃり、という音が聞こえてきた。

 よもやあのバカ姉、こんな恥ずかしいシーンを撮ったんじゃないだろうな。

 やりかねん。後で……というか、後日苦情を突っ込もう。できるだけ冷たい口調で。

 

 

「……それじゃ、ボクもう戻るから」

「ああ、そうかい。気を付けてな」

「うん」

 

 

 手を振って見送る先生に手を振り返す。

 相変わらずのみんなだけど、それがなんというか……まあ、安心する、というのかな。

 ……変わらなさすぎて逆に少し心配にもなるけども。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 翌日、ボクたちエリクシアの三人は別個にプロデューサーに呼び出されていた。

 なんでも、今後の活動について詳しく話したいとのことだ。他のみんながいるといけないってわけじゃあないと思うけど、個別に話しておかないとちゃんと理解を得られるか不安な話もあるし、三人の意見をちゃんとまとめておかないといけない部分もある――とのことだ。

 

 

「――ということで、だいたい三週間後くらいに500人程度の規模のミニライブとトークのイベントを開催する予定なんだけど、みんな、どうかな」

「どう、っていうか」

「そこは何も異論はないぞ、助手」

「ん、そうかい? あまり時間的な猶予も無いと思ったんだが……流石だな、みんな。それじゃあその方向で調整しよう」

「あいあいさー♪」

 

 

 三週間ちょっと……だけど、ボクたちも先のライブが終わってからというもの、レッスンは欠かしていない。三人で歌える共通曲の数も増えている。

 ボクの体力もそれなりについていきているし、ミニライブの間くらいなら十分、もたせることはできるだろう。

 

 

「セットリストはもう出てるの?」

「暫定的にはね。編成は6曲で……曲の途中で一度は休憩を入れる。全曲終わったらトーク。その後は物販で手売り……って流れになるかな。白河さん、大丈夫かい?」

「休憩入るなら問題無いよ」

「そっか、オーケー。セットリストだけど、一曲目に『輝く世界の魔法』、五曲目に『PH@SE⇔SHIFT(フェーズシフト)』、6曲目に『お願い!シンデレラ』を予定してる。みんなに決めてもらいたいのは、この2曲目から4曲目までになるんだけど……どうしたい?」

 

 

 なるほど、そういう趣向ね。

 ちょうど三曲分の空きがあるってことは、一人一曲意見を出し合えばいい、ってことではあるけど……。

 

 

「あたしはー……『Near to You』とかどうかな?」

「オーケー、『Near to You』だね。白河さんと池袋さんはどうしたい?」

「ボクは『Frost』で。ドラマの主題歌だし」

「ん、『Frost』……は、許可が要るかもしれないな。ちょっと聞いてみよう。万一ダメならどうする?」

「その時は『Take me☆Take you』……かなぁ」

 

 

 ……Youとyouでユーが被っちゃったな。いや別にいいけど。

 許可取れてFrostが歌えるようなら被りは無くなるし。

 

 

「晶葉は何がいい?」

「『ツインテールの風』だ。そして無論――氷菓もツインテールにしてもらう!」

「!?」

「お、いいね。それ採用」

「え、ちょ、ちょっと待った! ツインテ!? ボクが!?」

「にゃはは! ほーらツインテールー♪」

「うなああああ!?」

 

 

 後ろでボクの髪を握ってぐりぐり動かしている志希さん。やめろとは言い辛いが、だからって全部許容できるほどボクの器も大きくない。

 というか、ツインテールにするならボクだけじゃなくて志希さんも――と思ったけど、そういや志希さんライブの時はツーサイドアップじゃん! 広義じゃツインテールじゃん! ここで髪型変えるのボクだけじゃん!!

 

 

「何か嫌なのか?」

「嫌っていうか……ずっとストレートで通してきたのに急にツインテールにするとなると……子供っぽい感じがして……」

「おい私のことを馬鹿にしているのか」

「いや晶葉はずっとツインテールじゃん。急に髪型変えると、って話だよ」

「だいじょーぶだいじょーぶ似合ってる似合ってるー♪」

「うぐぐぐぐ」

 

 

 か、仮にやるとしてもまずはポニーテールからとか……無理か。曲の主題的に考えて。

 

 

「……おさげじゃダメかな」

「おさげか……まあ、それも広義にはツインテールだな」

「3人それぞれ違うタイプのツインテールっていうのも面白いかもしれないね。じゃあ、池袋さんをセンターに、バックに2人を置くかたちで行こうか?」

「…………」

「……」

 

 

 その瞬間、ボクと志希さんの視線が交錯した。

 そして、どちらからともなく手が差し出される。ボクは握りこぶしを、志希さんは――――。

 

 

「勝ったー!」

「くっ……!」

 

 

 ……パー。つまり、ボクの負けだ。

 

 

「いや、何してんの」

「じゃんけんだよ。どっちが信長パート歌うか」

「信長……? ……あ、ああ……」

 

 

 晶葉の提案した「ツインテールの風」の中では、特に理由なく何故か唐突に織田信長が登場する。

 歌詞通りにこの信長は眼鏡をかけさせられてているのだけど、あんまりにもこのインパクトが強すぎるおかげで、そのパートを歌う人の印象が薄れてしまうわけだ。

 全体曲として最初に歌っていたのは、小日向美穂(こひなたみほ)さんと城ヶ崎美嘉(じょうがさきみか)さんと奏さんだ。資料映像を見た時、この三人のうち奏さんがこのパートだったのだけど――見事に印象が信長で上書きされてしまっていた。

 決して奏さんが悪いわけじゃない。曲自体は見事に歌い切っていたし、パフォーマンスも綺麗だった。ただあの戦国フリー素材こと織田のノッブが強すぎるんだ。これが困る。ボクでは薄すぎて勝負にならない。

 

 

「ま、まあ、そういうことなら、それで構成を考えてみよう」

「うむ、任せたぞ助手」

「ああ。こうなると、曲順も修正しないといけないかもしれないな……」

 

 

 セットリストと曲の構成はプロデューサーに任せておけば大丈夫だろう。なんだかんだ、あれで結構な敏腕だし。

 あとはボクたち三人のパフォーマンスの問題だ。と言っても、前回のライブからレッスンも重ねてきたし、そこまで不安は無いのだけど。

 

 

「ああ、そうだ。ところで、ライブに向けて……というより、今後のことも考えてなんだけど、いいかな」

「何さ藪から「スティック」に」

 

 

 唐突にルー語を差し挟んだ志希さん(はんにん)を見る。

 即座に目を逸らされた。

 

 

「みんな、Twitterってやってるかい?」

「やってない」

「キョーミなっしーん」

「私はやっているぞ」

「え、そうなの? 見てもいい?」

「ああ、いいぞ。これだ」

 

 

 と、差し出されたスマホには、「天才ロボ少女」なるアカウントが表示されていた。

 ……事実上ほぼ実名では?

 

 

「……これ大丈夫なやつ?」

「大丈夫だろう。多分」

「あんまりにもわかりやすいから会社の方で一度点検したけど、問題は特に無かったよ」

「……だそうだ」

 

 

 バレバレってことじゃないですかやだー。

 でもまあ、問題発言なんかが無かったんなら、それでもいいか。

 

 

「実は、プロジェクトメンバー全員分のアカウントを作って広報活動に役立てたいと思っててね。どうかな?」

「全員は難しいんじゃないかにゃーん?」

「こずえちゃんとか、芳乃さんとか……」

「そ、それはまあ……そうだけど」

 

 

 芳乃さんはそもそもスマホを持ってるかも怪しいし、こずえちゃんは言わずもがな。イヴさんもちょっと怪しいかもしれない。なんだか、あれよあれよと変なことに巻き込まれてそうだ。

 

 

「志希ちゃん飽きたら放置プレー決め込むだろーしなー」

「その時は俺の方で告知だけ流すようにするから、それはそれで特に問題は無いよ」

 

 

 本人の呟きが無くて告知とイベント案内ばっかりのアカウントか……それはそれで、連携してしまったサイトの広告を延々吐き出し続ける放置アカウントみたいでなんだかなと思わんでもない。

 

 

「公式アカウントってだけで定期的にチェックする人もいるだろうしね。単にホームページなんかに載せるよりは、よりネットユーザーに近いSNSの方が効果は高いと思うんだ。どうかな?」

「うーん……ボクはちょっと。あんまり賛成はできないかな」

「あたしはどっちでもー」

「反対1中立1、か。池袋さんは?」

「私はやってもいいと思うのだが」

「見事にバラけたな……」

 

 

 そりゃインターネットに対する見解がそれぞれで別れてるんだから、賛成も反対も分かれるだろう。

 しゅがはさんなら賛成するだろうし、頼子さんやクラリスさんだと中立の立場に立つ。泉さんとマキノさんは情報に対する意識が強いけど、それはそれで賛成と反対で意見が分かれそうだ。

 

 

「まあ、会社の方針なら従うけど……それならそれで、リテラシーとかネットマナーとか、それなりに管理してくれるんだよね?」

「ああ。システム部で作ったフィルタリングや検閲ソフトがあるし、返信(リプライ)は先にこっちで確認してからみんなが見ることができる形式にする予定だ」

「ん」

 

 

 基本、こういうツールは即効性がウリなんだけど、その一方でその即効性の高さが災いして問題が起きているって部分もある。

 思ったことを即座に発信できるわけだから、変なことを言っちゃったらそれがそのまま全世界に広がることになる。本当にちょっとしたことで大炎上が起きかねないのがSNSの怖いところだ。

 それに、いくら使う本人が気を付けていても、失言を引き出そうしたり、恣意的(しいてき)に発言を歪めるような輩も中にはいる。

 もちろん、色々な人と交流できるいいツールではあるんだけど……やっぱり、はたから見てる分には悪い面が目立っちゃうからなあ。

 

 

「とりあえず、まず三人で試験運用ってことにしてくれるかな」

「人柱ってわけだな」

「いえーいヒューマンサクリファーイ」

「人聞きの悪いことを言わないでくれるか!?」

「でも事実じゃん」

「くっ……」

 

 

 でもこういう人柱がいるからこそ後に続く人たちが便利に使えるって部分もあるからね。仕方ないね。

 あえて言うならどっかの窓社みたいなものだ。より直接的に言うなら窓10。

 

 

「……まあ、そういうわけだからしばらく使ってみてくれ」

「あいよー」

 

 

 ――ということで、ボクと志希さんは今回Twitterデビューすることになった。

 

 

 

 ……わけなんだけど。

 

 

「これって何すりゃいいの?」

「さあ?」

「全然わからん。私たちは雰囲気でツイッターをしている……!」

 

 

 まず前提として、ボクはこういうサービスを利用したことがほとんどない。

 晶葉は経験者と言えるだろうけど、いざ「アイドルの池袋晶葉」として呟こうと思ったら、また勝手が違ってくる。志希さんは言わずもがな。なので現状、ボクたちの中の誰も勝手がわかってないという状態に置かれてしまっていた。

 

 

「とりあえず、最初は挨拶かな……」

 

 

 何にせよ、何事にかけても挨拶が重要だという話もある。

 とりあえず……文面としてはこうかな。「はじめまして。本日よりTwitterを始めました、新人アイドルの白河氷菓です。よろしくお願いします」……かな。

 

 

「なんだこのクソお堅い文面は」

「えっ」

「つまんにゃー」

「ええー……」

 

 

 二人してひどくね?

 

 

「この界隈、面白いことを言わないと訴求力が低くて見向きもされなくなるのだぞ。私にも覚えがある」

「なんて嫌な実感のこもった言葉だ……」

「一応は我々も女子中学生なんだぞ? ここはもっとハートマークを入れたり『!』(感嘆符)を入れたりだな……」

「逆に聞くけど、晶葉はそれができるの……?」

「……無理だな、すまん」

「だろうね」

 

 

 ボクと晶葉に女子中学生らしさを求める方が間違っている。

 そんなことはお互い分かっているはずだろうに。

 ……いやそこで分かってるからってやらない方もそれはそれでどうかと思うけど。

 

 

「どうせプロデューサーに言ったら『自分らしく』って言うんだ。これでいいよもう」

「うーん……まあ言われてみればそうだな」

「でもにゃー。なんかこれ飽きた」

「いくらなんでも早いよ!?」

「だってそんなに頻繁にツイートすること思いつかないしー。あ、そうだ。パシャー」

「ん?」

「『氷菓ちゃんと晶葉ちゃんでーす♪』っと」

「え、えぇ-……」

 

 

 勝手に撮られた上に勝手にネットに上げられちゃったよボクたち。

 いや、そもそもアイドルなんだからこのくらいアップされてもいいけど……。

 

 

「ふんふん、これで反応が来るかどうかってトコかにゃー」

「来ないんじゃない、流石に……ただのオフショットでしょ」

「んーでもないねー。あ、来た来た。すっごい勢いでRT(リツイート)されてるねーにゃはは!」

「にゃははじゃないって……ん?」

「どうした?」

「いや、なんかスマホがすごい勢いで鳴っ……ふおっ!?」

「ど、どうし――……うおぅ!?」

 

 

 ……え、エラい勢いで通知を受信し続けている。

 これは……フォロワーの通知、だろうか。リプライとリツイート、それから「いいね」が凄まじい勢いで……。

 

 

「あ、そ、そうだ。通知消しとけば……」

「う、うむ。しかしこの勢いは……」

 

 

 通知を消したことでスマホがいちいち鳴動することは無くなったけど、それでも見る間にどんどんフォロワーが増えていくのが分かる。

 シンデレラプロジェクトの先輩たちにはまるで及ばないながらも、それはそれとしてかなりのものだ。ちょっと増えるペースが劇的過ぎたせいか恐怖すら感じる。

 

 

「な、なんだか呟かなきゃいけないような強迫観念に駆られるんだけど……」

「う、うむ。何だろうなこの感じは……」

「ところでー『なんで氷菓ちゃんそんなクソダサTシャツなの? 罰ゲームなの?』だってー。にゃははは!」

「――あ、そうだ。いつものことすぎて忘れていた。氷菓、そのTシャツダサいぞ」

「ついでのように罵倒ぶっこんでくるのやめてくれる?」

「いや、いくらなんでも筆文字で『失楽園』はダサいだろう」

 

 

 バんなそカな。

 

 

「うーむ、しかしこうなると、俄然何を呟けばいいのか分からなくなってくるぞ……!」

「晶葉は発明品のことでも呟けばいいんじゃないの……?」

「むっ、それがあったか! なるほど、それならネタはいくらでもあるな……!」

 

 

 思いついてなかったんかい。

 ……でも、まあ、灯台下暗しとも言うか。気付いてなかったんならそれ以上指摘するまい。

 

 

「氷菓と志希はどうするんだ?」

「あたしはねー。今みたいにテキトーに面白いことがあったらツイートする感じかな♪」

「じゃあボクは……どうしたものかな」

 

 

 適当に先輩たちのツイッターを開いてみるけど、そう簡単に参考になりそうなものは見当たらない。中にはそれこそ告知以外ほぼ放置っていうのもあるし。

 

 憧れの……って意味だと、楓さん、だけど……どこそこの居酒屋に行った、誰と一緒にお酒飲んだ、今日はワインです、今日は焼酎です、芋もいいですけど米もいいですよね……。

 お酒のことばっかりやんけ。

 

 他の人だとどうだろう。

 春菜さん……は、自分の眼鏡のこと、眼鏡ショップに行ったこと、この人にはあの眼鏡が似合いますよね……。

 比奈さんはこれアイドルのTwitterじゃないな。同人作家だなこれ。〆切近い日になるとちょっと頭のネジが飛んでる呟きが見られる。

 輝子さんなんかは、ほぼきのこの観察日記だ。あなた本職か何かですか。普通にタメになるツイートが結構あるぞ。

 

 他にも色々いるけど、やっぱり流石の346プロ。見事なほどに個性的な呟きばかりだ……。

 

 

「極端なことを言えば、その日食べたものでもいいと思うが」

「ああ……なんか、いるよね、そういう人」

 

 

 今日の朝ご飯はスムージーです、とか、今日の晩御飯はどこそこに行っちゃいました、とか……インスタ映えだっけ? そんな感じのものを食べてSNSに載せるっていうのはよく聞く。

 ただ、ボクの食事なんて見て面白いと思う人なんていないだろうって問題はある。

 

 

「ちなみに、今朝は何を食べたんだ」

「おにぎりセット」

「それ前も言ってなかったか!?」

「いや、だって別に困らないし……」

 

 

 活動に必要な最低限の栄養は摂取できる。なら、最適解は一番安いものを選ぶことだと思う。

 資本主義のこの日本、生きていく上でお金があるに越したことは無い。最低限が足りてるなら問題無い……というのがボクの見解なんだけど。

 

 

「お昼はー?」

「たまごサンド」

「……なあ氷菓。もしかして君は拒食症か何かなんじゃないのか?」

「いや、違うよ!?」

 

 

 いや、流石にそれは……それ、は……?

 ……うん?

 

 

「いや、あるかも」

「あるのか!?」

「ちょっと理由が違うけど」

「あるんだ……」

 

 

 一種の呪縛だ。良いものを食べ過ぎた人間は精神に贅肉がつくだとか、そんな理由で食事量を制限するために精神と肉体を縛るためのマジックアイテムを使われた覚えがある。許容量以上を食べると戻したり気分が悪くなったり下したりするみたいな。

 一度死んだとはいえ、ボクの精神はその時の「僕」から継続しているわけで、未だにその効力が続いてたとしてもおかしくはない!

 

 く、くくく……クハハハハハハハハハハ!! やってくれやがったなあの毒親めがああぁぁ!!

 

 

「晶葉、志希さんも。今すぐマック行こう」

「は!? 何でそんないきなり藪から棒に!?」

「んーなんか掴んだの? じゃあオッケー♪」

「ええっ!? な、何でだ!?」

 

 

 そもそも明らかにおかしいのはおかしいんだ。みんなから食べたらどうかと言われる中でも遠慮したり下の子がいるわけでもないのに必要最小限でいいと考えてみたり。レッスンがあるんだからカロリー的にもそれはありえないだろうに。

 霊的領域に接続(アクセス)、前世から続く呪いや祝福と言った類のこちらの世界の法則と異なる摂理をオールカット。

 瞬時に脳が空腹を理解し、次第にお腹が鳴り始める。胃の運動も抑制されていたのかもしれない。

 何はともあれ――――。

 

 

「――――答えは得た。今ならビッグ○ックにポテトのLサイズでもいける気がする」

「いや何でそんないきなりだ!?」

「拒食症って精神的な問題なんだよね~。晶葉ちゃんの一言で何か吹っ切れたってことでしょー♪」

「私は別に特別なこと言っていないよな!? なあ!?」

 

 

 おーい、と叫ぶ晶葉を他所に、今度こそ吹っ切れたボクは二人と一緒に近所のマックへ向かうのだった。

 

 なお、枷が外れたところでそんなすぐにもりもり食べられるほど胃の容積は大きくなかったことを記しておく。

 

 

 







 でも下の子がいると遠慮しちゃう性質はそのままです。
 そこら辺は自縄自縛分なのです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。