青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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 ※ 今回は若干のやりたい放題感がありますので、あらかじめご注意いただけると助かります。





17:おにおこ

「ふぅ……」

 

 

 朝の346カフェは人が少ない。

 カフェに面した道の往来も多くはなく、ゆったり、のんびりとした時間を過ごすことができるいい場所だ。騒がしいことは嫌いじゃないけど、たまにはそこから離れたくなることもある。

 

 ああ、それにしてもカフェオレが美味い。前世のクソ親の呪縛を断ててメシウマ状態である。文字通りの意味で。

 今日は奮発してBLTサンドとか頼んじゃうぞーあっはっはっはっは!!

 

 

「ふふふ……」

 

 

 おっと声に出てしまっていた。

 でも、何にせよ嬉しいことには変わりないからね。

 今までは他の人が美味しそうにしてるのを見ると嬉しい、だけだった。これからは、ボクも一緒に美味しいものを食べることができて嬉しい、が加わる。嬉しさ二倍どころじゃない。二乗だよ二乗。

 相変わらず胃の容積が小さいおかげでぶっちゃけこのBLTサンド食べたらお腹いっぱいだけど。

 ……まあそこはそれ、いざとなったら胃の内容物を分解すれば入るしね。うん、一定以上のものを文字通り口に入れることができなかった今までと比べると上々だ。

 と、内心でほくそ笑んでいると、ふと店内に入ってくる影が二つある。あれは……。

 

 

「……ん? あれ、珍しいッスね」

「あ、ほんとだじぇ。おーい、氷菓ちゃーん」

 

 

 比奈さんと……大西由里子(おおにしゆりこ)さんだ。

 同い年ということもあってたまに見かける二人組。似た趣味のおかげで仲が良い……らしい。

 

 

「おはようございます比奈さん、由里子さん」

「おはよう。どうしたんッスか? カフェで軽食なんて……」

「色々ありまして、最近ようやく食事が入るようになったんですよ」

「お、おおう……? それ、結構重い話だじぇ……?」

「……ん? あ、いや、すみません。違うんです。そういう意味じゃなくって!」

 

 

 しまった、本来の意味での拒食症と思われてしまったかもしれない。

 顔の前で軽く手を振って否定すると、二人はほっとしたように軽く息を吐いた。

 

 

「お腹の調子が悪かったのが治ったんですよ。そんなわけで、これからはどんどん食べられそうで」

「へえ、良かったじゃないッスか! それじゃあ快気祝いにお姉さんが何かおごってあげるッス!」

「あ、いや、そこまでしていただくほどじゃ……というかこれでお腹いっぱいなので」

「それでも少食は少食だじぇ……」

「胃の容積は変わんないですから……」

「まあ、氷菓ちゃんちっちゃいッスからねえ」

「でもこれからは食べられるように頑張ります!」

「いや食事なんだから頑張るってほど頑張らなくっていいッスよ……」

 

 

 でも口は小さいし胃も小さいし、食事の時はちょっぴり頑張らないといけないのは確かだ。

 白河氷菓、頑張ります。なんつって。

 

 

「お二人も食事ですか?」

「アタシは比奈ちゃん見つけてついてきただけだけだけど」

「まあおおむねそんなとこッス。外に出て頭休めないと……」

 

 

 ああ、そういえばTwitterの方で比奈さん原稿ヤバいみたいなこと呟いてたな……けど、5月って何か大きなイベントやってたっけ?

 いや、ボクが知らないだけで多分何かあるんだろうな。多分。もしくは番組収録とかそういう類。

 

 

「ペン入れとかならボク、手伝えますけど」

「そりゃ助かるッスけど、氷菓ちゃん絵描けたんッスか?」

「比奈さんの絵柄コピーすればいいんですよね。それなら多分1ページあたり30分くらいで……」

「は?」

「え?」

「は?」

「えと……え?」

「……描いてみてもらっていいッスか?」

「え、あ、はい」

 

 

 差し出されたスケッチブックを受け取り、そこに適当に漫画のキャラクターを描いていく。

 ものの数分で元の漫画のそれとほとんど変わらないタッチの絵が描かれた。

 

 

「これだけ出すんでアシやんないッスか?」

「比奈ちゃん!!」

「ぬあっ……ぶない! 冗談ッス! 本気にしないで!」

「え。あ、はい」

「いやでも割り増し入稿のこと考えたらこれでも安……うう……」

 

 

 比奈さんがすごい勢いで自分の中の何かと葛藤している。

 別にお金いただかなくたって……とは言えない雰囲気だな……。

 

 

「ところでこの漫画の同人本って頼んだら描いてくれたりする? ネームはユリユリが出すから」

「由里子ちゃん!!」

「うおおおおお!? あ、危なかったじぇ……ほ、本気にしないで、氷菓ちゃん?」

「え、あ、はい」

「でもやればできるってんなら夢のカラみが見たかったじぇ……ああ遥かなるソドミー」

 

 

 何だ。何を描かせようとしたんだ。

 どういう方面の沼だ。ボクは何を描かされかけたんだ……!?

 コワイ!!

 

 

「そ、そういえば最近氷菓ちゃんツイッター始めたらしいッスけど、どうッスか? 困ってることとかないッスか?」

 

 

 露骨に話題変えに来たな!

 いや、別にいいけどさあ……いいけどさあ!

 

 

「ツイートする話題が無いってことですかね」

「ああ、初心者にありがちな話だじぇ……」

「別にその辺は何でもいいッスよ。氷菓ちゃんはちょっと堅苦しく考えすぎッス」

「そうですか?」

「うんうん。そういう時はちょっとアンテナ広げてトレンド見てみたり、先輩と絡んだりしてみるのもいいじぇ!」

「アタシは絵描いたりして上げてるッスけど……それは特殊な事例ッスかねえ」

「あと、他の人のツイートRT(リツイート)して、それを題材に話を膨らませるのもアリかも!」

 

 

 なるほど。メモメモ。

 流石ツイート数10万越えの二人だ。タメになるなぁ。

 由里子さんは鍵かけてるから内容は見えないけど。

 

 

「あとは……ソシャゲッスかね」

「ソシャゲですか?」

「話題性はやっぱり抜群ッスから」

「ただ、あれは……マジモノの沼だじぇ」

「沼」

「死ぬじぇ……甘く見てたらみんな死んじまうぞぉ……」

 

 

 た……確かに、ソーシャルゲームの集金構造は危険だみたいな話は聞いたことがあるけれども。

 百戦錬磨の比奈さんと由里子さんがそう言うってことは相当なものなのは間違いないんだろう。

 

 

「自制心が強いなら面白いゲームとしてプレイできるッスけど、課金が我慢できないと……」

「が、我慢できないと……?」

「闇に飲まれるッス」

「やみのま……」

「やみのま」

「預金と、人生が」

 

 

 こわっ……。近寄らんとこ。

 と、戦慄する最中、不意にスマホが鳴動した。

 

 

「……ん? あ、ちょっとすみません」

「どうしたんッスか?」

「いえ、何か通知が。プロデューサーからだ」

 

 

 どうやらプロデューサーからのメールのようだ。

 文面は……「これ、どういうことだかわかる?」

 同時に添付されている、Twitterのものらしきスクリーンショットを開くと、そこにはボクのアカウントに向けてのリプライが表示されていた。

 

 ……「週刊誌の噂は本当ですか?」……?

 

 首を半ひねり。週刊誌に載るようなこと、ボク何かしたっけ?

 多分これ、ボクへのリプライを点検している時に見つけたのだろうけど……プロデューサーにも心当たりがないようだし、ボクにも心当たりはない。そうなると、はて困ったぞ。とりあえず、近くにいる人に知恵を借りるべきか。

 

 

「比奈さん、これ、どういう意味だろ?」

「……ちょーっと待っててほしいッス」

 

 

 言って、比奈さんは小走りですぐ近くのコンビニに向かって行った。

 数分ほどして一冊のゴシップ誌を片手にこちらに駆けてくる。思わず、由里子さんと一緒に首をかしげた。

 

 

「氷菓ちゃん、スッパ抜かれてるッス」

「え」

「ちょちょ、ちょっと見せ……マジだじぇ……」

 

 

 え。何すっぱ抜かれ……どういう意味だっけ。

 あ、そうだ思い出した。スキャンダルをスクープされたってことだったな――――。

 

 

「ンなバカな」

「いや、これ……多分、違うとは思うッスけど……」

 

 

 眼を皿のようにして、差し出された雑誌のページを見る。と、そこには大きな写真と共に「346プロ新人アイドル、深夜の密会」と書かれていた。

 そこに使われている写真は、こないだ帰ってすき焼きを御馳走したその晩、こっちに戻ってくる時に先生と話していて、頭を撫でられていた時のもので……。

 

 ははは。

 ははははは。

 ふはははははははは。

 

 

「はははははははは」

「あ、あはははは……だ、大丈夫ッスか? 氷菓ちゃん」

「大丈夫ですよ。これ、ボクの保護者です」

「まあそりゃそうだろうじぇ……」

「こっちの建物は……?」

「実家です」

「ッスよね……」

「いわゆる飛ばし記事ですね。意外と……こういうのに釣られる人、いるんですね」

「……あの、大丈夫ッスか、氷菓ちゃん。目がなんていうか、道バタに落ちてるガムの吐きカスでも見るみてーな冷たい目になってるッスけど」

「そりゃあ、なるでしょう。普通」

 

 

 ……だいたい裏は読めてきたけど、まずはちゃんとプロデューサーに連絡して……あとは、クラリスさんがいれば話は通じるか。

 ふふふ、面白くねえのに笑いが出るってこともあるんだね。

 

 サンドイッチを口に放り込んで………………大きくて放り込めないや。

 ちまちま食べて、カフェオレで流し込…………あっつい!!

 

 ……氷で冷ましてパンを流し込む。

 比奈さんと由里子さんがものすごくはらはらしてこっちを見ていたのが分かった。

 

 

「ちょっとプロデューサーと今後の対応についてお話してきます。ありがとうございました」

「あ、はいッス……」

「が、頑張ってねー……」

 

 

 ……最後の最後までしまんないなボク。

 

 

 

 そして、数分ほどして、プロデューサーオフィス。

 クラリスさんを呼び出した上で例の雑誌を机に広げ、プロデューサーに検分してもらったわけだけど……。

 

 

「ってワケなんだけど」

「……マジかー」

 

 

 当然のように、プロデューサーは頭を抱えていた。

 そりゃそうなる。誰だってそうなる。普通、こんな始動直後に厄ネタ抱えるなんてねーよ。

 クラリスさんも神妙な顔で話を聞いていた。

 

 

「……どう思う、プロデューサー? 明らかに飛ばし記事だけど」

「このクラスの週刊誌ならそう簡単に信じる人はいないだろうけど……有名なアフィリエイトブログにでも載ったらことだしなあ……」

 

 

 Twitterもそうだけど、ネット上の有名人が発信した情報というのはかなりの力を持つ。

 拡散されれば公式が否定したとしても(きず)は残るし、噂が消えるまでにはそれ相応の時間も必要になるだろう。

 そもそも、そういう噂を発信した側がそれ以降一切の声明を発表しないということもありうる。腹立たしいことに、基本、こういうのは加害側が一方的に得をする構造になっているのだ。

 

 

「記者は……ヒルカワか。ったく、やってくれるよ」

「知り合いなのですか?」

「いいや。ただちょっと346プロの中で有名ってだけ。フェイクニュースと偏向報道の専門家だよ。イエロー・ジャーナリストっていうかネガティブキャンペーンの最大手っていうか……だからこんな三流誌にしか……っと。ごめん」

「いいえ。それで、根津様はこれからいかがなさるのですか?」

「こういう事例が無いわけじゃない。まずは法務部と相談して具体的な対応を検討する。けど……法的措置は難しいだろうね」

 

 

 他にもよくある話だけど、こういうネガキャンってのは、断定を避けることであらかじめ逃げ道を作っていることが多い。

 それだけじゃなくて、法的措置を取るとなると事態が長期化して、裁判のための費用などで結果的に損害を被る、ということもある。だから被害者側が泣き寝入りする他なくなる、というのも現実の問題としてあるのだけど……。

 

 

「これさ、ウチのプロジェクト潰しに来たんじゃないの?」

「可能性はあるね」

「……そのような可能性が?」

「ああ。346プロはここ二年の間にシンデレラプロジェクトやクローネが次々とプロジェクト単位で成功を収めている。次はスターライトプロジェクトがそれに続こう! ……ってところで、出鼻を挫くようにこんな記事を載せたんだ。実際、この記者も同業他社との関係が噂されててね……」

 

 

 その会社からお金を貰ってこういう記事を書いてたとしても、違和感は無い、か。

 

 

「……と言っても憶測だけどね。確証がないっていうのも事実さ」

 

 

 うんざりしたように、プロデューサーは天を仰いだ。

 

 

「とりあえず、当面はこの件は俺……というか、346プロに任せてほしい」

「……ま、他に手も無いしね」

「しかし……もしかして氷菓さん、今回私を呼んだのは……」

「うん。流石に隠しきれるものじゃないし、そろそろ施設のこと、みんなに話した方がいいのかと思って」

「……なるよなあ、そういう話に」

「ここまで写ってちゃ流石にね。もしかすると読者の中には施設のことを特定する人もいるかもしれないし、公表することも視野に入れないといけないかも」

「確か、住所や家族といった情報は公開していらっしゃらない……という話でしたか」

「白河さんの意向もあるけど、ミステリアス系としても売り出す方針だからね。ただ、こうなると流石に少し……」

「撮られてごめん、プロデューサー」

「いや、こればっかりは気を付けてなんとかなる話でもないからな……この手の連中は何してても悪い方に書くから」

 

 

 そしてこちらからどうのこうのすること自体が非常に難しいと。

 しかも肩書としてはフリーのジャーナリストだから会社が潰れたところでそんなに痛くないという。

 ハハッ、クソゲー。

 

 

「施設のことに関しては、私はそれでも良いかとは思いますが……」

「俺は……ちょっと安易に賛成はしがたいかな。仮にやるとしても、プロジェクトの仲間内にだけにしといた方がいいと思う」

「ん……」

 

 

 となると、プロデューサー案が一番現実的かな。

 とりあえずは晶葉と志希さんあたりに言ってみて反応を見て……っていうのがいいかもしれない。

 

 

「この件に関しては公式に声明を出してきっちり否定する。この段階ならまだ沈静化が見込めるはずだ」

「うん。ボクの方でもTwitterか何かで否定入れといた方がいい?」

「リプライで聞かれたら否定しておく、くらいに留めておいてくれ。ここで変に長文で喋ったらそこから付け込まれる可能性がある」

「分かった。ところでプロデューサー。この件、手引きしてるとしたらどの会社になるかな」

「ん……? ……何か企んでない?」

「ううん、別に。今後の参考のために聞いておきたくて」

「氷菓さん、目が据わっておりますわ」

「気のせいだよクラリスさん」

「……リストアップすると、こんなところかな」

 

 

 言って、パソコンの画面をこちらに向けてくるプロデューサー。

 一つ一つメモを取るのは流石に面倒だな。写真でいいや。

 流石にプロデューサーの言うことだし、的外れってことは無いだろう。あとは一社一社調査してしまえばいい話か。

 

 

「確認なんだけど、346プロを警戒してる他の会社が、プロジェクトを潰すために手を打ったってことでいいんだよね?」

「うん……でもね」

「いいんだよね?」

「はい」

「根津様、もう少しお強く……」

「か、確証がないのに動くのはどうかと思うな?」

「動くとは一言も言ってないし確証なんて見つけりゃいいだけでしょ」

「はい」

「根津様」

 

 

 貧弱貧弱ゥ。

 往々にして男性というものはキレた女性に弱いものである。

 

 

「氷菓さん、少し落ち着きましょう?」

「ボクは冷静だよクラリスさん。そもそも、ただの女子中学生がこれ、どうにかできると思う?」

 

 

 ボクは冷静だ。

 少なくともこの場はプロデューサーに対応を任せるべきという判断もできているし、それに――そう。この状況で下手な動き方をすればこの件の仕掛け人のみならず、それ以外の人にまで被害を与えかねないということも理解している。

 分かっているとも。

 

 

「……冷静だよ、ボクは」

「明らかに目が死んでるんですがそれは」

「冷静だよ」

 

 

 困惑する二人を置いて、部屋を出る。少し乱暴に扉を閉めてしまっただろうか。すこし、申し訳ない。

 けど、スイッチが入ってしまった。数年前、施設のためにお金を集めると決意したその時に一度入ったきりのスイッチ――こうなると、もうボクは止まらない。二度の人生で、二回目の我儘(わがまま)だ。

 ボクだけを狙うのならともかく、先生を巻き込んだこと、それだけは必ず後悔させてやる。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 それから、数日が経った。

 例の件はプロデューサーと346プロの迅速な対応が功を奏したのか、少なくとも目に見える範囲においてはすっかり沈静化しているようだ。

 美城専務が毅然と「法的措置を取る」と宣言したことも良かったのだろう。その記事が事実無根、真っ赤な嘘だと世間に認知されてしまえば、関心も失われる。

 それ以外にも主だった原因はあるけれど、それは今は横に置いておく。

 今、語るべきことは――。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 やけにいたたまれない雰囲気を醸し出している晶葉と志希さんの二人について、だろう。

 

 ことの発端は数分前、例の雑誌を手に件のスキャンダル――というかここに載っている写真について志希さんが聞きに来たところまでさかのぼる。

 前日までに、芳乃さんへ家庭のことをバラすタイミングについて相談していたボクは、「聞かれた時に答えるとよいでしょー」という助言に従って、じゃあもうこの際だから全体像まで言っちゃおう、となって真相を喋ったところ、志希さんは聞いたその姿勢で固まり、晶葉は苦虫を噛み潰したような渋い表情で、眉間に皺をよせていた。

 

 たっぷり、二分ほど経っただろうか。前世で鉛を飲まされた時のことを思い起こすような重苦しさで、晶葉が口を開いた。

 

 

「そういうことはもっと早く言ってくれないか……!」

「メンゴ★」

 

 

 努めて明るく返答して見ると、晶葉の額に青筋が浮いた。

 

 

「……おこ?」

「おこ♥」

「ごめん」

 

 

 マジギレ手前っすね。

 うん。ホントごめん。

 

 

「いや、うん……ごめんって」

「ふんっ」

 

 

 つーんと顔を背けられてしまった。

 ヘソ曲げられちゃったな……。

 

 

「でもさ、何でそれで海外行けたのんー? ていうか何で?」

「当時は若くお金が必要でした」

「茶化すな」

「ハイ」

「で、何でだ」

「いや、施設の存続のためにも、お金が必要だったんだよ。だから先生の友達に頼んで海外に行ってさ」

「うむ」

「その時に錬金術を修めて」

「少し待とうか」

「何さ」

「ちょっと話が飛躍しすぎていて追いつかないぞ!?」

「この突飛な発想……やはり天才(ギフテッド)か……」

 

 

 何で志希さんは急に満足げにニンジャポーズをし始めたのだろう。

 

 

「で、それでどうやってお金を集めていたんだ」

「その先生の友達っていうのが古物商なんだよ。美術品の目利きしたり修復したり……贋作作ったりして儲けを出してたわけ」

「それ法に触れないやつだよな?」

「たぶん?」

「多分って」

「にゃははは! だいぶキてたね!」

 

 

 確かに当時のボクはだいぶ脳味噌にキてたと思う。

 でなきゃピラミッドの中を探検したり、インディ(なにがし)めいた大冒険とか、盗掘団との大激闘とかしないはずだ。

 

 

「はい、この話はこれでおしまい。やめやめ。ともかく、これはそれだけのお話だから」

「そうか、まあ……そうだな」

「ところで氷菓ちゃんはさあ、この週刊誌発行してる会社の編集長がギルティされてタイホされたの知ってる~?」

「さあ?」

 

 

 あれれ~? 突然晶葉の視線が鋭くなったぞう。

 おかしいな。バレるはずないんだけど。

 焦りを隠して落ち着くためにも、一度水を口に含む。うん、美味い。

 

 

「ところで氷菓ちゃんの飲んでるそのお水、ちょっとした自白剤を入れてみたんだよねー♪」

「ぶほっ」

 

 

 待てや!!

 サラッと言ってるけどそれヤバいやつでなくて!?

 い、いや落ち着け。自白剤の何のと言ってるけど、そんなのが当たり前に存在してるなんてことは……ことは……。

 

 ダメだ。志希さんが言うとなんでも可能な気がする……!!

 

 

「で、で、何したの~?」

「海外で児童買春に関わってる証拠を掴んだから同業他社のゴシップ誌と新聞社にタレ込みました……」

「晶葉ちゃんこれマジなやつ」

 

 

 いつになく志希さんの顔が焦りに満ちているようだ。

 いや、そりゃそうだろうけど。こんなこと聞かされて普通の心境でいられる人間なんてそんなにいないって。

 

 

「というかそもそもそんな情報をどこで掴んだんだ……」

「外から社屋を見て構造を解析して怪しいとこ調べてたら偶然見つけて……あ、これもしもしポリスメン案件だなーって……」

「外から構造……って、いや、もういちいちツッコむのも疲れるからもういいが……」

 

 

 そこに関してはそうしてくれると助かる。

 この技能に関しちゃボクも色々説明し辛い。言ってみたところで理解されるかもちょっと怪しくはあるけど、それはそれとしてなんかちょろっと教えたらできそうな人もいるのでここは割愛としたいところだ。世界と自分が一つであることを認識することで知覚範囲を増大――とか改めて考えると色々イカれてるんだから。

 

 

「……ネットニュースを見ると、フリーライターの方は海外に出ているようだが……」

「お金握らせてメジャーリーガーのスキャンダルがあるって吹き込んで……」

「氷菓……キミ意外と陰湿なのか?」

氷菓(アイス)は水分でできてるし冷暗所にあるものでしょ。そりゃ陰湿だよ」

「誰がうまいこと言えと言った。ドヤ顔もやめろ」

 

 

 志希さんは……爆笑してそのまま動けなくなっている。

 この分だと、その「メジャーリーガーの不祥事」が真っ赤な嘘だってことも分かってるんだろうなあ。

 少なく見積もっても一年は帰ってこないだろうし、その間はボクらもまあまあ安泰、と思っていいのかもしれないけど。

 

 

「というか、大丈夫なのか? もし氷菓が関わっていると知れたら酷い目に遭わされるかも……」

「大丈夫だよ。ボクにたどり着くなんてこと、絶対にないから」

 

 

 適当な素材を使って肉体を錬成、遠隔で操作して、更に仲介業者を経由することで、ボクが操作した肉体(スペアボディ)にたどり着く可能性も可能な限り潰している。

 ボク自身はその間みんなとレッスンしていたし、アリバイも十分だろう。

 

 

「……このこと、プロデューサーには内緒にしといてね。心配かけたくないし」

「私たちには心配かけてもいいのか……」

「信頼してるから」

「都合のいい言葉だよね~」

「いやまったく。というか強引に喋らせた人の言葉じゃなくない?」

「いやあまったく。にゃはは!」

 

 

 ある意味で、お互い様っていうかなんていうか。

 あんまりよろしくない「お互い様」なのは間違いなくそうだけどね……。

 

 

「しかし、その約束は守れそうもないかもしれん」

「何でさ」

「いや、そこにいるだろう。助手が」

「……ん?」

 

 

 言われて、背後を振り返る。

 ――――と。そこには、わなわなと肩を震わせてこちらを見据えるプロデューサーの姿が……。

 

 

「やっべ」

「白河さん。ちょっと話をしようか?」

「……そういえばボク、カラテの稽古があるの」

「今日は休め」

 

 

 ハハッ。今日は厄日だ!

 

 ずるずるとオフィス方面へと引きずられていくボクを見送り、晶葉たちはそのまま部屋を出て行ってしまった。

 その後は勿論、みっちりと説教を受けるハメになったのだけれど、ボクは悪くねえと(うそぶ)いた結果激しさが増した。解せぬ。

 しかし、家族とプロジェクトのみんなのためだった、と説明するとプロデューサーも割とあっさりと解放してくれた。

 

 ……まあ、今回は割と我儘が過ぎたことは自覚してるし、これからは自重するようにしよう。

 

 

 






 次回はちゃんとアイドル活動します。
 本当です、信じてください!


6/14 修正

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