青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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1:外堀を埋められる

 

「ないです」

「えッ!? ちょ、ちょちょちょ、お話だけでも!」

「お断りします」

 

 

 そう言って、ボクは小躍りしながら校門から遠ざかっていった。

 

 胡散臭くてたまらねェ。

 いくらなんでもそりゃないよ。流石にタイミングがドンピシャすぎるもの。

 シンデレラの舞踏会だっけ、あの時の熱気がまだ冷めやらない中でこの勧誘。絶対詐欺だ。

 この前プリントで不審者情報配られてたもの。それだよ絶対。

 

 

「待っ……待って待って!!」

 

 

 スイーッと、半ば物理法則を無視してそのまま横滑りしていくボクに、当然のようについていく男性。

 自転車と同じくらいの速度を出した錬金術ムーブだというのについて来るあたり、やけに気合の入った変質者だなこいつ。

 

 

「しつこいな……警察呼びますよ」

「いや、俺は怪しい者じゃなくって……そうだ、確か先輩がこんな感じにすげない返答をされた時に……確かその時は……」

 

 

 何をぶつぶつ呟いているんだか分からないが、速度を上げても全く顔色を変えずについて来るあたり只者(ただもの)じゃない。

 この男性の評価がボクの中で「気合の入った変質者」から「アスリート並みの身体能力を持った超人の変態」に格上げされた。

 格上げかなこれ?

 

 

「せめて名刺だけでも!」

 

 

 すげえ。こいつ走りながら名刺差し出してる。

 姿勢もやたら正しい。それ逆に疲れないかな。

 現代の日本人どういう身体構造してんだ。

 

 

「い……いえ……結構です……」

 

 

 ボクのことスカウトするより、アナタがオリンピック出たりした方がいいと思います。

 

 

「そこを何とか!」

「いえ、困るんですけど……」

 

 

 困った。この人本気っぽい。

 自分のことをアイドルスカウトだと錯覚しているだけの異常者……というわけじゃないのかな。

 名刺をちゃんと見てみると、「346プロダクション」と「スターライトプロジェクト担当」という文字と、立派な社章が刻まれていた。電話番号や会社の住所まで……なんとも作りが精巧(せいこう)だな。

 まるで本物だ。

 

 いやもしかして本物なんじゃないかなこれ。

 

 

「ちょっと待ってください」

 

 

 一言呼びかけてから、徐々にスピードを落としていく。

 急停止するとコケてしまいそうだし、そうなると申し訳ない。

 

 

「もしかして、本物ですか」

「本物だよ!?」

「てっきり詐欺かと」

「いや詐欺なんて……詐欺……詐欺狙いの偽物はいるかも……」

 

 

 世はまさにアイドル戦国時代。一時代を築き上げ現在でも「レジェンド」と称される765プロや、圧倒的な個性の爆発と先日の「シンデレラの舞踏会」によって、業界内で確固たる立ち位置を確立している346プロは、名が知られているだけあって詐欺師に名前を(かた)られることが多い。

 本物のスカウトたちからすると知ったこっちゃない上に迷惑(はなは)だしいところだけど、それもこれも一般人の自衛のためだ。許してくれるだろうか許してくれるねありがとうグッドスカウト。

 

 

「……346プロダクションアイドル事業部の根津猛(ねづたけし)といいます。俺は本物だから、会社の方に確認取ってもらっても大丈夫だよ」

「はあ」

 

 

 じゃあ遠慮なく、とネットで調べた会社の電話番号にかけてみると、確かにすんなりと照会が取れた。個人情報とかいいのかな……とも思ったけど、社員の名前くらいなら問題ないんだろう。多分。

 構造解析してみても、名刺には特に不審なところは見られないし……信用してみてもいいのだろうか。

 

 

「確認は取れた?」

「はい。まあ、本物らしいですね。すみません」

「はは、いや、大丈夫だよ。俺も配慮が足りなかったな、ごめんね」

「いえ、どうもすみません。じゃあボク、こっちなので」

「うん、それじゃ――――じゃないよ!? ちょっと待って!?」

 

 

 チッ。流れに乗ってそのまま逃げられると思ったけど、ダメか。

 

 

「えぇ―――――……?」

「す、すさまじく嫌な顔を……」

「いや、だって、アイドル……? やろうと思わないですもん」

 

 

 もちろん、これはボクの心情だけじゃなくって、境遇のこともある。

 アイドルなんて水物(みずもの)の商売、本気で取り組もうと思ったら周囲の協力は必要不可欠だ。

 契約には保護者の許可がいるだろうし、準備のためにはお金が――作れるけど――多分、必要になる。

 ボクには……というか、事実上のボクの保護者である施設にとっては、かなりの負担だろう。

 こんなタイミングで変に献金するのもそれはそれで問題だし……だいいち、ボクの中身、元は男だぞ?

 無理無理。

 

 

「キミにはアイドルの才能があると思うんだ。一目見てティンと来た!」

「もしもしポリスメン?」

「そういうアレじゃないよ!!」

 

 

 どう考えてもアレな台詞ではなかろうか。

 股間にティンと来たのだとしか思えねえ。

 

 

「本当でござるかぁ?」

「本当でござるよ!! アイムリアルスカウトマン、OK!?」

「ぱーどぅん?」

「…………!!!!」

 

 

 今ちょっとイラッと来たなこの人。

 

 

「何にしても他の人当たってくださいよ。もっと綺麗な人も可愛い人もいるでしょう?」

「違う、そうじゃない! キミじゃないとダメなんだ!!」

「おいここ往来だぞそういう勘違いされそうなこと言うのやめろ」

「ごめん」

 

 

 思わず素が出た。

 でも、言わざるを得ないじゃないか。こんな告白めいたこと言われたら。

 通りすがりの同級生に勘違いでもされちゃたまらない。

 ホモか本物の女性ならぐらっと来たかもしれないけど、流石に今のボクじゃ無理だ。

 

 一つ、溜息をつく。

 

 

「……そこまでおっしゃるなら、名刺だけ受け取っておきます。けど、期待とかしないでください。本当に興味ないので」

 

 

 半ばもぎ取るように名刺を受け取ると、根津さんの表情がぱっと華やいだ。

 この人、興味ないって言ったの聞こえてなかったのか?

 

 

「いや、でもありがとう! もし興味が湧いたら、その連絡先に電話してくれると嬉しいな!」

「……はあ」

 

 

 大丈夫かなこの人……なんてボクの気持ちを他所に、根津さんは笑みを浮かべながら手を振って走り去っていく。

 

 

 ……まあ。明日はもう週末だし、そろそろ帰ってチビたちとゲームでもするか。

 今日のことはとっとと忘れて適当に過ごすに限る。

 どうせ興味も無いんだし。

 

 

 

 @―――――@

 

 

 

「なー何で姉ちゃんは胸まっ平なクセにゲームのキャラみんなデカチチにしてんだ?」

「ゲームの設定上小さくできないだからだよ。つーかまっ平じゃねーよほんのりあるわこのマセガキが」

「憧れてんの?」

「憧れてねーよこれ以上言うとお前の机の引き出しに隠してるブツチクるぞ」

「強がりだー」

「強がりだー」

「やかましいぞ貴様ら!!」

 

 

 施設の遊戯室、そこに設置されたテレビの前で、ボクと施設の子供たちは、一緒にゲームに興じていた。

 ボクの趣味で色々と取り揃えてはみてるけど、やっぱり人気なのはハンティングゲームだ。みんなで一緒に協力して……というあたりが人気の秘訣なのだろうか。

 それに次いで格闘ゲームも人気ではあるけど……正直に言うと、ボクはあまりしていない。

 構造解析と高次未来予測によって対NPCなら無敵に近い実力を持つボクだが、対人となると他人の意思が介在してしまうので未来予測が全く意味をなさなくなってしまう。

 

 つまるところ、負けるから嫌だ。

 

 その点ハンティングゲームはいいね。わざわざ争う必要が無いから。世の中ラブアンドピースだよ

 プレイスタイルで争うこともあるけど、そこは趣味の範囲内だから大して問題無い。と思う。

 時々効率厨とエンジョイ勢で殴り合いになってるけど。

 ボク個人はどっちとでも合わせられるし、いいんだけどね。

 でも対戦ゲーは勘弁な!!

 

 

「そういえば姉ちゃんさあ、テレビもう二台くらい無いのかなぁ」

「無いよ。というかボクに言ってないでまず園長先生に言えよ」

「言ったってダメじゃん」

「じゃあ諦めたら?」

「姉ちゃんの部屋にテレビあるじゃんあれくれよ」

「あれはボクんだから」

「ケチ」

「ケチー」

「ペチャパイー」

分解(バラ)すぞクソガキ」

 

 

 元々男なんだし自分の胸に執着する理由なんてこれっぽちも無いけどさぁ。

 それはそれとして馬鹿にされるのは我慢ならんしムカつく。

 幼年期の栄養不足だよこれは。

 

 

「姉ちゃんガリガリだし。もっとメシ食ったら?」

「お前らがまず食ってから言えって。ボクは別にいいから。おに……お姉ちゃんだぞ」

「おれらより背ぇ低いのにアネキぶんなよな」

「じゃあ姉ちゃんって呼び方もやめとけよ。つーか背のこと言うなよ削るぞ」

「何を!?」

 

 

 削り取ってボクの背丈に足してもいいんだぞ。

 しないけど。

 

 

「……何かシラけた。コージ、代わっていいぞ」

「え、いいの?」

「いいよ。ボクもう寝るから」

「やったー!」

「寝る子は育つって言うけど」

「余計なコト言うな」

 

 

 近くにいた男の子にS●itchのコントローラーを手渡して交代する。

 とりあえずやるだけはやったし、もういいだろう。正直、ボク自身はまた別のゲームやりたいし。

 

 あの子たちが言ってたけど、ボクは自室にテレビとゲームを取り揃えている。あくまでボクの「お小遣いで」買ったということになっているが、実際にはまあ、色々とズルいことしてるのだけど。

 

 でもしかし――もう、頭の先までこっちの娯楽に染まってるなぁと思う。

 自分でお金を稼ぐというか、まあ、錬金術というズルができる以上、日々の生活そのものは別段問題無いのだけど……今まであったハングリー精神? とも言うべきものがまるで無くなってるなぁ、とは思う。

 

 

「なんだかなぁ」

 

 

 何だろう。ゲームしてるのは楽しいし、漫画見てるのも好きだし、チビたちとアニメ見てたりするのも騒がしくて嫌いじゃないんだけど……なんかこう、どこかしっくりこない部分がある。

 自由……では、あるんだろうと思う。けど、何だろう。こう、ボク自身が自由の意味を理解しきれてない点もあって、ちょくちょく疑問が湧いてくる。

 自由って、こんな感じだったっけ。これ、ただの怠惰じゃないんだろうか。

 

 

「………………」

 

 

 その辺に上着を投げ捨てて、自分の部屋のベッドに寝転んだ。

 暇な時間が多いせいか、こんな意味も無いことを考えてしまう。今後も時間は腐るほど……スペアボディ作るくらいはできそうだし、魂が腐るまでは時間あるんだけど、今後もこんな感じで考えるとなると意外に辛い。

 自由を満喫するよりも先に、「自由」について探究しすぎて自由を失いそうだ。

 

 と、そろそろ眠くなってきた頃、ふと昼頃に貰った根津さんの名刺が目についた。

 

 

「……アイドル、ねぇ」

 

 

 無理。

 

 ボク、肉体(ガワ)はともかく中身はまだ男だよ。確かにもうそろそろ男だった頃より女として生きてきた時間の方が長くなりそうだけど、元男には違いないよボクは。

 どうせその内、破綻して目に見えて失敗するさ。

 

 ……その内、断りの電話でも入れておこう。

 そう考えて、ボクは深く布団を被った。

 

 

 

 @―――――@

 

 

 

「氷菓ちゃん、氷菓ちゃん、起きて」

「……んぇ――――?」

 

 

 どれくらい経ったんだろう。突然、お姉さんに揺り起こされるのを感じた。

 なんだかいつもより荒っぽい。というかテンションが高い。

 随分(ずいぶん)寝てたし……何だろう。朝食にお姉さんの好物でも出たのだろうか。

 

 

「ふぁい」

 

 

 寝惚(ネボ)け眼を擦りながら応じると、お姉さんがニコニコ笑顔でボクの方に名刺を掲げて見せていて――――名刺?

 

 名刺?

 

 

「へあっ!?」

 

 

 あ、ああ、ああああああああっ!?

 

 

「うわああああああお姉ちゃんそれダメっ!!」

「んー? 何がダメなのかなー?」

 

 

 すっごいエエ笑顔をしておられる!

 

 何とか名刺を奪い返そうとするも、お姉さんの身長はボクより20㎝以上も高い。頭の上でひらひらされたらどうやっても取り返せない!

 っょぃ。勝てない。

 

 

「すごいじゃない、アイドルのスカウトなんて! スゴいなー憧れちゃうなー」

「いいだろ別に……というかボクはこういうのやる気無いし」

「そうよねぇ。でもそうやって逃げるの、あんまり良くないと思うわよ?」

「いや……やらないってボクは、そういうの」

 

 

 チャレンジ精神が大事なのは分かるけど、人間には「分」というものがあると思う。

 それを超えたら大抵の場合は失敗するものだ。そこんとこ理解してるのかこのお姉ちゃんは。

 

 

「うん、そう言うと思ってもう園長先生に相談してOKのお返事したから!」

「…………!?」

 

 

 ん? 今何か言ったか?(現実逃避)

 

 

「何やっちゃってんの!?」

「だって氷菓ちゃん可愛いじゃない。はいポーズ」

「え、え、ポーズ? え、えーっと……最カワっ★」

 

 

 顔から火が出そうだ!

 やめて! 写真撮らないで!!

 

 

「ダメだよぅ……無理だよぅ……」

「大丈夫、カワイイカワイイ」

 

 

 他ならぬ園長先生やお姉さんが言うならボクも無碍(むげ)にはできないけどさぁ……。

 

 

「お姉ちゃんね、氷菓ちゃんはもうちょっと外に目を向けた方がいいと思うの」

 

 

 突然に真剣な表情になって、お姉さんはボクに改めて向き直った。

 

 

「……見てるよ、割と」

「表面的にはね?」

 

 

 耳の痛いところを突いて来る。

 

 

「休みの日も閉じこもってばっかりで、外に出もしないじゃない」

「うぐぐ」

 

 

 正論だけに全く反論ができない!

 で、でもボクには時間なんて有り余ってるものだし……体を錬成しなおせばウン百年くらいは軽いし……。

 

 

「いい機会だと思うのよ。どう?」

 

 

 困った。あの目、本気でボクのことを心配してくれてる目だ。

 今までボクのこと、そこまでちゃんと(おも)ってくれるような人なんていなかったし、どうもこういうのに弱い。

 

 

「……………………分かったよう」

 

 

 たっぷりと間を置いて返答すると、お姉さんの顔がパッと輝いた。

 

 

「そう、それは良かったわ! 実はもうみんなにもそういう風に伝えててね!」

「外堀埋めてんじゃないよ!!」

 

 

 何やってんだこのバカ姉!!

 これじゃあ辞めるって選択肢まで無くなっちゃうじゃないか!!

 

 

「ぬああああああああああ!!」

 

 

 思わず叫びが漏れた。

 何事かと思って集まってきた人たちも、どうやらボクが何かするということは聞いていたらしく、それから二、三時間は質問攻めに遭う羽目になったのだった。

 

 

 


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