青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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 (いろいろな意味で)大暴走回。プロデューサー視点です。
 予め申し上げておきます。ごめんなさい。




幕間:Pの空回り

 プロデューサー道は、死狂いなり。

 今になってふと、かつて同僚がそんなことを言っていたことを思い出す。あ、いや、修羅道だっけ。どちらでもいいか。

 当時新人のぺーぺーだった俺にはその時何を馬鹿なことを、と思ったものだけど、今になってみるとその言葉の意味がよく分かる。

 

 プロデューサー道は、修羅道にして死狂いなり。

 根津猛、24歳独身。俺は今、そのように言われる理由を身をもって体感していた。

 

 

「はい……はい、ではその件はそのようにお願いします。はい! 大丈夫です、ええ……はい、それでは!」

 

 

 電話、電話、また電話。電話電話電話時々書類、電話電話にわかにスケジュールチェック、電話企画書……。

 心が折れそうだ。

 営業がお断りされるなんてのはもういつものこと。慣れきってしまって何の感情も湧かない。口汚いお便り(メール)なんかも許容しよう。もはやそんなものはシステマチックに対処するだけのことだ。枕を提案しに来るような輩は専務の手により社会的に葬られた。346の企業力あってこそのものだろうが、何にせよ頼りになる上司である。一時的にとはいえこの人と敵対して立ち回ることのできた武内先輩の凄まじさもまたよく分かる。

 

 さて、それはともかく。

 俺が担当しているスターライトプロジェクトは、総勢17人のアイドルを擁する大所帯だ。サポートにその武内先輩や事務の千川さんがついてくれてはいるが、その仕事量は膨大にすぎ、また、方向性も多岐にわたる。

 自然と、以前同僚が言っていた言葉の意味が分かるようになってしまったのだ。プロデューサーの道は険しい。

 

 けれども、この仕事には確かなやりがいがある。

 アイドルのみんなを輝かせるためのステージを形作り、観客もアイドルもみんな笑顔になる、その姿を見ているとたまらなく嬉しい。

 それだけは唯一にして、不変の事実だ。

 

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

 スターライトプロジェクトにはその性質上、様々な人材が集まってくる。ロボットのみならず機械技術全般に精通していたり、医学薬学何でもアリな頭脳をしていたり、特定の食品についてやたら詳しかったり、これまでに俺が想像していた個性の最高値をブチ抜いていったり……だ。

 だから、少しばかり手のかかる子と言えるような子もいて――今、このオフィスにいる彼女はその筆頭とも言えるだろうか。

 

 

「電話、終わった?」

 

 

 ――白河氷菓さん。

 氷を思わせるような蒼い髪と瞳を持った子だ。作り物めいて整った容姿と、触れただけで折れてしまいそうなほどに細く小さな体は……人形、というような印象よりも先に弱々しさを感じる。

 趣味は錬金術(自己申告)。プロフィールにもそのように載せはしたが、正直意味はよく分からない。

 ただ、そのやたらと明晰な頭脳と万能に発揮される才覚は、恐らくその錬金術――に由来するものなのだろうということは何となくわかる。

 

 彼女は見た目こそクールそのものと言った雰囲気だが、人当たりは良い方で、言動も、少しばかりエキセントリックだが根は真面目。初対面の相手への礼儀もちゃんとしてて、びっくりするほどマトモなように見える。

 しかし、ひとたび内面に踏み込むと、これがまた、ひどく、こう……歪んでいる。

 他人思いで家族思いな一方で自分の価値を低く置きすぎ、自由を重んじながらも自縄自縛に陥っていて、自発的にやることの大抵は惰性。人とは適度な距離を取りたがるくせに、人から与えられる役割を果たすことに執着する。その上根が真面目なのにやけにふざけた言動だ。意図的なのかはよくわからないが。何にせよ単に施設で育ったというだけじゃない何かを、彼女からは感じたものだ。

 普通、施設で育ったんならもっと食べるものとか遊ぶこととか、もっと言えば金に執着して自分で独り占め! とかしてもいいくらいなのにな……。

 ……その辺は、以前に施設の方に聞いた彼女が拾われるまでの経緯に起因することなのかもしれないが、下手に口を出してもいいことは無い。

 

 

「ああ、終わったよ。それで、話は?」

「ん……これ、判押してくれない?」

「うん? ああ、外泊証明書か。いいぞ。一度施設にでも?」

「似たようなもんかな。眼鏡くれた人の話したよね。今、日本にいるみたいだから」

「そういうことか。分かったよ」

「ありがと」

 

 

 そう言うと、判を押す俺を尻目に白河さんは手に持ったボトルの中身を飲み下した。中身は……何だろうか、灰色のオートミール……?

 そういえば、さっきからちょくちょくストローで吸いこんでは苦虫を噛み潰したような表情でボトルの中身を見つめているが……。

 

 

「ところで白河さん、それは……?」

「志希さんと一緒に作った栄養ドリンク」

「……ドリンク?」

「……スムージー」

「……味は?」

「…………泥抜きしてないカエルの卵」

 

 

 何でそんな味を知っているのか、これが分からない。

 食感だろう。食感だよな。頼むから食感の問題であってくれ。

 

 

「味の話だよ」

「その言葉、今一番聞きたくなかったよ……!」

 

 

 何でこの子はそんなものの味を知ってるんだ!

 よもや昔食べたとか食べさせられたとか言うまいな!?

 こんなだから会社に「氷菓ちゃんはちゃんとご飯を食べているんですか!?」なんて苦情が寄せられるんだよ!!

 俺がむしろ聞きたいんだよそんなこと!

 

 

「ちなみに、食感は?」

「ゲロ」

「直接的に言うんじゃない!」

 

 

 最悪だ。もう最悪だ。何でそんなもの飲んでるんだ!

 

 

(つら)くないか、それ飲むの!?」

「やっぱ辛ぇわ」

「そりゃ辛いだろうよ……」

「飲む? プロデューサー」

「それを聞いて飲むと思ってるんなら大したもんだよ」

 

 

 もしやさっきからちょくちょくココアパウダーやガムシロップらしきものを入れているのはそのせいだろうか?

 それでも到底緩和できるような味じゃないようにも思うが……。

 

 

「何でそんなものを?」

「プロデューサーはボクの体重、知ってるよね」

「あ、ああ。28kgだったっけ」

「良くないよね」

「……まあ、良くないな」

 

 

 似たような体形の子は他にもいるが、明確に栄養失調状態だったことが見て取れるほどとなると白河さんくらいのものだ。一部とはいえ、苦情が来るくらいなんだから当然と言えば当然だ。

 ぺったんどころじゃない。すとんだ。オマケにアバラが浮いているのが見える。人それぞれに体質の違いがあるとはいえ、これは流石にマズい。

 

 

「だから体重増やそうと思って」

「いや、そんなもの飲むくらいならもっといい方法あるんじゃないか……?」

「普段の食事量を維持したまま、できるだけ体格を良くするならこのくらいしか無いんだよ」

「そりゃまた何で?」

「……普段の食事ですらお腹いっぱいになってもう入らないってことがあるから」

 

 

 食が細いってレベルじゃねえぞ。

 貧乏がこの子の身に沁みつきすぎている……。

 

 

「……もしかして、打ち上げで焼肉行くの渋ってたのも」

「脂でお腹壊すし……っていうかプロデューサー、曲がりなりにもボクは女子なんだけど。焼肉は無いと思うよ普通」

 

 

 無いのか……焼肉。

 無いか……マジかー……。

 

 というか珍しいな、白河さんが自分の性別について何か言ってくるなんて。

 わざわざひけらかすようなことをしないだけで、やっぱり女の子なんだなぁ。

 

 

「ちなみに打ち上げ、どういう場所がいいんだ?」

「いやボクに聞かれても……ファミレスとかでいいんじゃないのかな」

「ファミレスかあ……でもそれ、労をねぎらってる感が薄くないか?」

「じゃあイタリアンとかフレンチとか……お寿司とか? 食べられる量は調整できる方がいいと思うけど」

「そっか、成程ね。だいたい分かった」

「ホントに……?」

 

 

 イタリアンにフレンチ――先輩に聞けば多少は情報を得られるだろう。

 寿司屋ならば、今西部長たちと行ったことがある。そこまで高価な場所でなくてもいいが、七海ちゃんは喜ぶだろうから候補に入れてもいいはずだ。

 

 

「……ともかくそういうことだから。それじゃ」

「ああ、気を付けて」

 

 

 ぶっきらぼうに告げて部屋を出る彼女からは、やはり本来の育ちとは少々異なる礼儀正しさが滲み出していた。

 おかしな話と言えばおかしな話だが……恐らくは、施設出身ということで偏見に晒されないために身に着けたのだろう。

 

 

「……さて、続き続き、っと」

 

 

 何はともあれ、仕事の続きを始めよう。

 ある程度とはいえ仕事のためにも、白河さんはあんな不味そうなドリンクを飲んで頑張っているんだ。ここで俺が頑張らないでどうすると言う。

 今日の仕事も、ここからが踏ん張りどころだ――――。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 いくら仕事が忙しいと言っても、346は福利厚生もしっかりしている企業だ。時にはノー残業デーというものもある。今日の仕事が終わってからしばらくして、俺は自宅に戻るために電車に乗っていた。

 たまの定時帰宅だ。今日くらいはスーパー銭湯なんかに行って体の疲れを癒すのも悪くない。そう思いつつ満員電車に揺られている中、ふとある人物と眼が合った。

 

 

(……八神さん?)

 

 

 どうやらレッスン終わりらしい。普段身に着けている学校制服ではなく私服。その目線は俺――ではなく、満員電車の端にいる別の人物の方へと向けられていた。

 あれは……誰だ?

 少年だろうか。背は高くない。目深にキャスケット帽を被っていて、表情や容姿はうかがえないが……。

 

 

「…………!」

 

 

 と、そんな折に八神さんが俺の存在を認めた。軽く口元に手を当てているのは、「静かにしろ」というジェスチャーだろう。

 八神さんの知り合いだろうか。それにしては随分幼いようだが……。

 

 やがて電車が止まると、こっそりと少年を追いかけるようにして八神さんが降りていった。手の動きで俺を招き寄せているのを見かけ、慌ててそれについていく。

 人混みが途切れた頃になって、それとない風を装って八神さんが俺のすぐ近くまでやってきた。

 

 

「……どうしたの? こんなところで」

「退社中だよ。八神さんは?」

「尾行中よ。あれ、分かるかしら?」

「……八神さんの弟さん?」

「いいえ。氷菓よ」

「……嘘だろ!?」

 

 

 あれが白川さんだと!?

 ……いや、よく見れば面影がある。髪も帽子の中にしまっているのだろう。よく見れば……本当によく見ないと分からないが、確かに。あれは白河さんだ。

 男装もできるのか。よくできてるな……。

 

 

「しかし、何でここに?」

「普段とは違う方向に帰るものだから気になったの」

「好奇心、猫を殺すって知ってるかい?」

「ええ、無様な猫ね」

 

 

 私はそうはならないわ――と、言外に自信を滲ませている。

 俺としては本人が望まない以上あまり首を突っ込むのはどうかと思うが……。

 

 

「プロデューサー、言っておくけれど、氷菓の事情は調べて知っているわ」

「……そうなのかい?」

「ああまで露骨に写真が載ったのよ。すこし調べればわかるわ」

 

 

 まあ、そうなるか。

 

 

「別に本人から聞いているわけじゃあないのだから、構わないでしょう?」

「あまり褒められたことでもないぞ」

「ふふ……そうね」

 

 

 それを理解してなおやるか。

 まったく――なんとも言い難いな。

 

 

「恩人の家らしいから、あんまり邪魔してあげるんじゃないぞ」

「そう? ……恩人の家と言うにはおかしくないかしら。こっちは、港よ」

「……そういえば」

 

 

 船で海外を回っている人……にしては妙だな。この辺には倉庫くらいしか無いはずだぞ。

 それも……言ってはなんだけど、暴の付くそっちの方面の人が多い。

 確かに、そう考えてみると気になるな……。

 

 

「何事も無ければそれに越したことは無いでしょう。見届けたら、それで終わり。どう?」

「……乗った」

「好奇心は猫をも殺すんじゃなかった?」

「俺は会社の犬だよ」

「あの三人のモルモットじゃあなくって?」

 

 

 そうとも言う。

 いや言ってほしくない。実験台にはされてるが。

 

 

「行きましょう」

 

 

 出会った当初は何だかよく分からないが妙に速足だった白河さんだが、基本的に今の彼女の歩行速度は大したものじゃない。

 駅を出てすぐ、彼女の姿は見つかった。気配に気づかれないように適度に距離を取りながら、港まで進んでいく。

 

 既に日は傾いていて、倉庫ともなるとあちらこちらに影がある。その間に隠れながら白河さんを追って行くと……なんとも、怪しげな船舶の前までたどり着いた。

 

 

「……あれ?」

「……あれ、なんだろうか」

 

 

 ……何で船?

 

 いや、船から出てくるのを待っている、というのなら分かるんだが……どうもそんな感じじゃあない。船の中に入ろうとしているのか?

 

 

「変ね。何かおかしい」

「……船の中に住み込みで働いているのかもしれないぞ?」

「今時そんな職業があるの? 仮にそうだとしても、ホテルに泊まるなり実家に帰るなりするものと思うけれど」

「……どうなんだろうな」

 

 

 怪しげな雰囲気だ。タラップの前には二人……体格の良い黒服の男がいる。外見だけで判断すると、他のプロデューサーが担当している村上巴(むらかみともえ)さんの実家のそれを彷彿とさせるが……。

 

 

「!」

「お、おいおい……!?」

 

 

 疑念を抱いたその瞬間、不意にあり得ない光景が目に飛び込んできた。

 

 男たちが、白河さんの腕を掴んで船の中へと引きずっていく。

 白河さんはそうした中にあって焦りと不快感を露にしており、この状況が彼女の意図したものでないことを言外に告げている。

 間違いない。誘拐だ……!

 

 

「穏やかじゃないぞこれは……」

「――プロデューサー。駄目よ」

「しかし……!」

「こちらの存在に気付かれたらどうなるか分からない。それよりも……」

「……警察に連絡か?」

「ええ。でも、船なのだから出港してしまう可能性もあるわ」

 

 

 ……となると、黒服の男たちの隙をついて救出に向かう――しか無い。

 今までずっと無駄に高い身体能力を持て余していたが、使いどころがようやくわかった。

 俺の担当するアイドルに危機が訪れた時……その時こそ、本気の出し時だろう。

 ……いや改めて考えると現代日本で何言ってんだ俺。

 

 

「出港するような様子があったらすぐに助けに行く。それでいいか?」

「ええ。けれど、その時はタラップが上がると思うのだけど――――」

「ああ、その通りだ。今上がった!」

 

 

 話している間にも、他の黒服の男たちが船の中へと戻って、それに合わせてタラップも上がっていくのが見えた。このままじゃ危ない!

 

 

「八神さんはここで警察に連絡を……」

「もう終わっているわ。私も乗る」

「……危ないかもしれないんだぞ?」

「危険は承知よ」

 

 

 ……いや、どう見ても危険は承知というよりスリルは楽しむもの、みたいな表情だが。

 ええい、こうなると聞きゃしないか。一ノ瀬さんや池袋さんが発明品を思いついた時と同じような目をしているし……。

 

 

「けれど、どうやって船に――」

「無理やりさ」

 

 

 そう告げると、俺は船体の凹凸部分に手をかけ足をかけ、勢いよく駆け上る!

 幸い、音はそれほど響いていない。ぽかんとした表情で見上げる八神さんを引き上げるため、近くに置いてあった網を降ろした。

 

 

「プロデューサー……あなた、何者?」

「プロデューサーさ。パルクールとボルダリングが趣味のね」

 

 

 以前そう言ったら信じられないものを見るような眼で白河さんから見られたなあ。

 彼女は基本ジト目だけど、その時ばかりは視線がいつもの比じゃなくキツかった。

 

 

「さて……」

 

 

 船が出港するような様子はまだない。エンジン音がしないから、そこは理解できる。

 ここでタラップを上げたのは、外からの侵入を防ぐためか、内側から逃がさないようにするためか……それともその両方か。何にせよまっとうな理由とは思えない。

 

 

「変ね」

「変? ……確かに変、というか変態っぽい感じもするが」

「そっちじゃないわ。この積み荷よ」

「積み荷? ……何があるんだ?」

 

 

 促されるまま視線をやると、コンテナの中にはいくつもの美術品があるようだった。

 美術館に滅多に行かないような俺ですら分かるような名画に、彫刻……しかもどれも見た目は殆ど均一だ。

 ただならぬものを感じてならない。この船では一体何が行われているんだ?

 

 

「……行きましょう。音を立てないように」

「ああ」

「おおっと、待ちな、兄ちゃん姉ちゃん」

「!?」

 

 

 声が聞こえたその瞬間に、俺は八神さんを抱えてその場を飛び退いた。

 直後――船を揺らすような轟音と共に、拳が船体を叩いた。

 

 

「くっ……だ、誰だ!?」

「誰、たあご挨拶だなあ。お前ら、そこでこそこそしてた連中だろう」

「いや、こっちにも事情があって……」

「悪ィが押し問答してるほど暇じゃねえんでよぅ」

 

 

 ……そこにいたのは、黒服の大男だ。メリケンサックをはめ、敵意を剥き出しにしてきている。

 彼にとって俺たちは紛れもなく不法侵入者だ。なるほど、許してなんておけないな。

 けど、俺だってそうも言っていられない。

 

 

「このまま出ていきゃあそれでよし。そうじゃねえなら……」

「何度も言わせないでくれ、こっちにも事情がある」

「そうかい」

 

 

 ――――もはや、問答は無用か。

 

 

「プロデューサー」

「大丈夫だ。俺はこれでも柔道の黒帯を持っている」

「本当に何者?」

 

 

 何度も言うことでもない。

 ――ただのプロデューサーだとも。

 

 

 

 

 

 

 

「恐ろしい強敵だった……」

 

 

 週間少年誌に換算して単行本2、3巻ほどの濃密な内容の格闘を終えた俺は、動けなくなった男を横において船の中にまで侵入していた。

 その中にあっても、いるわいるわ。ガタイの良い男に怪しげながら妙な身体能力を誇るヤツ……本気で戦わなければやられるところだった……!

 

 

「……私たち、アベンジャーズか何かだったかしら……?」

「今更だよ」

 

 

 スパイアクション顔負けの大立ち回りを披露しておいて、まともな感性で言葉を口になどできるわけがない。

 俺だって途中から何してんだろう俺、なんて思ってたくらいだ。それ以上のツッコミはやめてくれ。

 

 

「それよりも、白河さんだ。きっとこの部屋にいるはず……!」

「他の部屋は虱潰しにしていったからそうでしょうね……」

 

 

 心なしか八神さんもだいぶ疲れた表情をしている。

 おのれ悪漢どもめ……俺の担当アイドルにこんな顔をさせるとは……!

 

 

「今ものすごいお前が言うな感を覚えたわ……」

「ええ?」

 

 

 失敬な。

 ともかく白河さんを救出しなければ。

 扉を開けると、そこには――――。

 

 

「う、わっ……」

「うん?」

「は?」

 

 

 ――――無数の白河氷菓グッズに埋め尽くされた部屋があった。

 その中央、応接用と思われる机を挟んで、中年男性と白河さんが……カードゲームに興じている。

 

 ……あ。あれえ?

 

 

「…………は?」

 

 

 白河さんの目つきが、いつも以上に鋭い。見るだけで分かる。あれは完全にキレてる目だ。

 状況を考える。船に連れ込まれた白河さん。俺たちが入ってくるまで楽しげな様子だったらしい白河さんとこの中年男性(ナイスミドル)。白河さんの今日の外泊の目的……。

 なるほど、これがバッドコミュニケーションというものか。

 

 

「は?」

 

 

 あ、分かる。あれはそう、殺意というやつだ。

 これ下手なことを言ったら殺されるなと、頭ではなく心で理解できる。そのくらい怒っている。

 だが、当たり前も当たり前だ。敬愛しているであろう恩人との憩いの時間を邪魔されたとなれば、当然に、キレる。

 

 

「は、はは……は、その……助けに来たぞー……なーんつって……」

「誰だお前さん方」

「……あの、その子の……プロデューサー……です」

 

 

 その中年男性は、一言で言うなら……強面(こわもて)だった。

 切創か何かと思われる頬や額の傷跡、ビシッと着こんだブランドもののスーツが余計にその恐ろしさを際立たせる。ありていに言って、イタリアンマフィアのボスのようだ。

 恐ろしいなんてもんじゃない。殺気を向けられてなお立ち続けることができている今が奇跡的なくらいだ。

 

 

「プロデューサーだぁ?」

「……ま、一応ね」

 

 

 (はなは)だ不本意という風に、しかめっ面をしながら答える白河さん。

 そんな顔して言わなくてもいいじゃあないか、事実なんだから!

 

 

「ほぉ。じゃああいつらから報告の上がってた馬鹿ってなああんたか」

「え、ええ……」

「何しに来たのさ」

「……氷菓が妙な場所に行くから後をつけていったら、屈強な男たちに連れて行かれるのを見ていてもたってもいられなくなったのよ」

 

 

 助かった! 八神さんからの説明ならまだ白河さんも聞く耳を持ってくれる!

 

 

「……ふーん」

 

 

 ダメだ! 全く殺意が消えない!!

 そんな間にも男性はこちらに詰め寄るようにして距離を詰めてくる。

 

 

「ウチのモンが世話(・・)んなったみたいだが」

「も……申し訳ありません。白河さんが攫われたかもしれないと思うと、無我夢中になって……」

「ほう」

 

 

 話せ、と男性に促されるまま、今日の出来事について説明を重ねていく。男性の方はやや表情が軟化していくのに対し、白河さんの表情はどんどん能面の如く無表情になっていった。

 殺意は一切衰えることを知らない。

 

 こちらからの説明を終えると、逆に男性の方から彼らの事情について語られることとなった。

 

 曰く、あれは自分のグッズが山のようにあると聞かされて、気恥ずかしさのせいで白河さんが嫌がったのだということ。

 曰く、この男性は古宮さんと言い、白河さんの後見人にも近い立場にあること。

 曰く、船に積んである荷物の多くは、贋作商という生業のため。

 曰く、世界中を巡って品物を売るために船上で生活を送っている……。

 

 聞けば聞くほど俺の浅慮さが知れてくる。勘違いから来たものとはいえ、なんてことしちまったんだ俺は……!

 

 

「……ま、事情は分かった。うちのもんにも責任の一部くらいはあるな」

「本当にすみません、そのようなこととは露知らず……」

「ホントだよ。大人なんだから対話の一つもしたらいいのに」

「うぐ……で、でもさ、先制攻撃なんてされたら、さ?」

「言い訳はいい。見損なったよ」

「ゴフッ」

 

 

 一息に血を吐くようなストレスが俺の胃を襲った。

 見損なっ……見損なった……よもや担当アイドルにここまで言われるとは……。

 九割俺のせいとはいえ、ひどく落ち込む。

 

 

「今回は私も責任の一端があるわ。ごめんなさい」

「……別にいいよ」

「……あ、あれ? 俺と八神さんへの対応違くない?」

「高校生に責任能力問う方が間違ってない?」

 

 

 仰るとおりである。

 

 

「ボクは大丈夫だから、今日はもう帰ってよ」

「わ……分かった。そうするよ」

「警察に説明もしないといけないしね……」

 

 

 そうだ、それもあった。全部勘違いでしたと言っておかないといけないな。

 こんなことで出動させてしまって本当に申し訳ないことをしてしまったものだ……。

 

 

「……プロデューサーさんよ。ちょいと、いいかい?」

「あ、はい。何でしょう」

 

 

 うなだれていると、ふと古宮さんから声がかかった。部屋の隅に来るよう手招きしている。

 

 

「ま、今回のことは、あんたがあの子のことを強く心配してくれたからこそ、起きちまったことだ。あんまり気にしなさんな」

「も、勿体ないお言葉です」

「……ちっと方法は間違ってるかもしれんがな、まだお前さんは若造だ。これから学んでいきゃあいい」

「恐縮です」

 

 

 だからってそれに甘んじていいってわけでもないんだよな……今回のことでひどく痛感した。

 あんなことを二度と言われないようにしないと……。

 

 

「……何にせよ、こんな心配してくれるような人がプロデューサーってぇのは、俺としちゃあ安心だがね」

「そうですか?」

「あの子は色々危ういからなァ。ずっと前からそうだった」

 

 

 昔を懐かしむように、古宮さんは軽く目を閉じる。

 

 

「感情がねえってんじゃないかってくらいの頃と比べりゃ、今は随分魅力的だ。けど、相変わらずの部分もあんだなァ」

「相変わらず……数年前から、ということですか?」

「ああ。『自由が欲しい』って割にゃあ『自由』って概念を理解してなかったり……自分のことを捨てて人のこと優先したりなあ」

 

 

 それは、俺も思っていたことだ。

 昔から見ている人には、もう分かっているのか。分からないわけがないかもしれない。たった二か月半くらい過ごした仲の俺でさえ、それが分かっているんだ。近しい人が分からないわけがない。

 

 

「それに、あの子は人の求めることをやりたがる。時々変なこと言い出したりするだろ」

「え、ええ、まあ」

「うちの若いのでオタク文化に詳しいヤツがいてな、昔っからずーっとあの子に色んなこと教えてんのよ。あの子もそこから学んだことを言えばウケが良いっつって学んだみたいでな……あんまり良くない癖だよ」

 

 

 ――確かに、少しだけ違和感を覚えてはいた。

 白河さんはあれで14歳だ。まだ13歳だったか? まあ、どっちでもいい。

 施設暮らしともなれば普通、そこまでそういう文化に触れて過ごすことは無い。どこからそんな知識を得られたのか、ということもそうだし……必要以上にネタに走りがちだ。

 

 そうすると、ウケがいいからやる、か。

 分からないでもないが、そうか……確かに、あまり良いものとは言えないかもしれない。

 ウケ狙い自体は悪くない。けど、彼女自身のスタイルというものが確立できていないまま真似ばかりを続けていけば、「白河氷菓」という人間の個性が失われる危険性もある。

 自由を求めているのに自縄自縛に陥ったりと言った矛盾を内包した彼女の性質は、もしかするとそういう部分からも来ているんじゃあ……。

 

 

「……俺ァ日本にはあまりいられない。だから、プロデューサーさん。あの子を見ててやってくれ。他に見る子もいるだろうから無理は言えないが、な」

「いえ。見守ります。それが俺の仕事ですから」

「そうかい。なら、頼むぜ、プロデューサーさんよ」

「はい」

 

 

 俺は彼女のプロデューサーだ。それを名乗るなら、俺は古宮さんから受けたこの信頼に報いなければならない。

 勿論、みんなを見る必要もある。その上で一人一人に目を向けるなんていうのは至難の業と言ってもいい。

 それでもやらなければならないのだ。

 プロデューサーの道は修羅の道。無理、無茶、無謀が何だ。押し通るしか無いだろう。

 俺は一つ、決意を固めた。

 

 

「話終わったんならはよ帰れ」

「え、ひどくない……?」

「うるっさいな、『ひどくない』はボクの台詞だよ! 人の楽しみ邪魔してどう思うのさ!?」

「ごめんなさい!!」

 

 

 これ以上ここにいても、無暗に怒らせてしまうだけだ。俺は八神さんを連れて、即座に船から降りた。

 途中途中、倒していった人たちも助け起こしながら誤解を解き、外に出た頃にはもう警察も到着していて――――。

 

 ……またも説明に苦慮することになったのは、言わずとも知れることだろう。

 

 

 






 次回からまた氷菓視点に戻ります。
 話数表記が「幕間」になると他人の視点になるとお考え下さい。

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