今回ちょっとお下品です。タグのR-15が作用していますのでご注意ください。
「おい氷菓、そろそろ機嫌を直したらどうだ?」
「機嫌? 何がだよ」
「自分を客観視できていないのか君は。明らかに普段より口調が荒れてるぞ」
「…………」
――――例の事件の翌日、ボクはいつも通り、晶葉と志希さんと一緒にプロジェクトルームに訪れていた。
いや。いつも通りかどうかと言うと、かなり微妙なところだけれど。ボクは未だに昨日のことを引きずりっぱなしだ。
胸の奥がひどくイガイガする。疼くように、
「まったく、氷菓らしくないな……」
「いつもなら『ま、いいか』って言って終わるのにねー」
「ボクらしいとからしくないって何だよ……」
ホントは適当なこと言ってるだけなんじゃないのか? ボク自身が自分のこと全然分かってないのに、外から見て「らしい」とか「らしくない」って、決めつけられたってどうしようもない。
……と、そんなことを考えていると、唐突に志希さんがボクの方に急激に距離を詰めてきた。
「……な、なに――――ひぁっ!?」
「!?」
「んん~これはこれは……ほうほう♪」
危機感を覚えたその瞬間、志希さんの手がボクの全身をまさぐり倒す!
オマケに全身をハスハスされていく。
いかん! それはマジでヤバい! 色々とマズい!
「うん、なるほどー」
危機感を覚えたその直後、志希さんは絶妙なタイミングで全身をまさぐるのをやめ……それに伴って、ボクの肩を抱き寄せてくる。
そのまま一緒に部屋を出るはこびになってしまう。何だよもう――なんて反論をする間も無い。ボクの筋力では一切逆らうこともできず、そのまま……トイレまで引っ張り出されることとなった。
――――トイレ?
★ 台詞のみでお楽しみください ★
「ウワアアアアア何脱がしてんのさ!?」
「まあまあまあまあ」
「えっ何コレひっやだやだやだやだなになになにこれひゃああああ」
「にゃははははオンナノコは誰でもこうなるんだよ~♪」
「誰でもぉ!? 嘘だよそんなだってこんなういいいいぃぃ」
「お腹痛いし頭痛いしイライラしたよね~」
「うわっうわっうわっまさかこんなあばばばばばばば」
「ついでにつーん♪」
「きゃんっ!?!?」
「うわ珍しいもの聞いちゃったー」
「あっ、ひんっ!? ちょ、ちょ、やめっ……んっ!?」
―――――――……。
……そんなこんなで十数分後。
「晶葉ちゃーん、お赤はーん♪」
「なにっ!? ……なんだそういうことか」
真っ赤な顔しながらプロジェクトルームに戻ると、晶葉がどことなく安心した風にそんなことを呟いた。
わけもわからず何故か不機嫌、というボクの状態を不思議に思っていたのだろう。改めて理由が分かりさえすれば変に怖がる必要も無いってところか……。
「はじめてじゃそりゃあ分からないよねー♪」
「私も最初は焦ったものだなぁ」
「……うう」
……うー、恥ずかしい。初めての経験だとはいえ、自分で自分の身体のことが分かってなかったなんて……。
元々男だったんだから、生理の時の感覚だとかホルモンバランスの乱れ、そこから生じる精神的な不調が分からなくてもしょうがないかも――と思いはするけれど……何にしたって不覚だ。もっとよく理解してさえいれば当たり散らすことだって無かったのに。
「しかし急だったな……まあ、あれだな」
「最近よく食べるようになったからだろうね~♪」
「ん、うん……まあ……うん」
その辺はあるだろうな、うん……絶対ある。
けど、それにしたって醜態だ。最悪だ。何してたんだよボクは。自分が今女性なんだってことを割と痛烈に実感させられる……。
「晶葉も志希さんも、毎月こんなん……?」
「私は軽い方だぞ」
「痛み止めとか飲んでるから問題なっしーん♪」
……「とか」?
いやよそう。これ以上追及するとまずそうだ。
何にしてもこれは、今回初めてだったからっていうのもある、か……。
「はい、あーん」
「……あーん」
志希さんに差し出された錠剤をそのまま飲み込む……と、ほどなくして全身の諸症状が消えて失せた。
即効過ぎて怖いんだけど、まあ、効き目があるんならいいか……。
その後は二人と一緒に生理用品を買ってプロジェクトルームに戻ったのだけど――落ち着いてくると、今度はさっきまでの自分の言動に対して血の気が引いてきた。
ヤバい。何がヤバいって――いや、もうまずい。いつものボクだったら言ってるか、あんなこと?
……ちょっとくらいは言ってるかもしれないけど、何にしたってイライラしすぎだ。無いわあれは。
人生経験と……もしかしたら女性経験の豊富さのおかげで何となく察してた古宮の爺さんや船員の連中はともかく、善意でやってきたプロデューサーに当たったのは良くない。あれこそ「ま、いっか」で済ますべき案件だった。それができる状態でもなかったのだけど。
真理に達したの何のと言っておきながら、なんて醜態だ。身体の機能の一つや二つでああまで精神的に乱れ切ってしまうとは……。
「はぁー……」
「志希、これはあれか? 生理の時特有の揺り戻し」
「というか冷静になって自分の言動を振り返っただけじゃない?」
「志希さん正解」
「イエー」
「いえー」
ぱちーんいえーい。
幸い、痛みや胸のむかつきなんかは志希さん調合の薬のおかげでだいぶ薄らいでいる。
自分の身体を改めて解析してみても、ホルモンバランスにもそれほど異常は見られない。
……あくまで「それほど」だ。皆無ってわけじゃないけど、このくらいなら平静を保てばなんとかなる範囲……だと思う。気を付けるに越したことは無いけど。
「ちょっとプロデューサーに昨日のこと謝ってくる……」
「助手なら気にしてないだろう」
「ボクが気にするの」
そりゃプロデューサーは気にしないだろう。おおらかな人だし。じゃあ、だからって何も言わずにいていいわけじゃない。けじめとしてそこはちゃんとしとかないと。
オフィスに入ると、プロデューサーはボクを見るなりぎょっとした表情を向けた。
そりゃそうだ。まだ怒ってると思ってるんだろうし。
「今大丈夫?」
「え、あ、ああ。……どうしたんだ?」
「……もう怒ってないってことと、それと、ごめん、って」
「ああ、いや、別に……え、マジで? 怒ってないの?」
「マジだよ。その――色々あって」
「色々って?」
「ああ。初潮がね?」
「オーケー分かったそれ以上は男の俺が聞いちゃマズ」
「あのドリンク飲んでるせいでお腹の調子が悪かったりムカムカするのかと思ったらさっき血がべぇーって」
「やめろォ!」
何をそんなに焦ってるんだろう。ボクの中身なんて元男なんだから気にしなくっていいのに。
「えーっと……あー……つまり、あれかい。昨日は、えー……生理痛で?」
「ん……だいぶ怒りっぽくなってたみたい。いくら古宮の爺さんと一緒にいる時だって言っても、心配して来てくれたのにあの態度は無かったよ。……ごめんなさい」
「あ、いや……仕方ないさ。女性は特にその、うん。知ってる」
「前にも似たようなことが?」
「高校時代に、部活の友達と少しね……」
頬を押さえているあたり、デリカシーの無い発言をしてしまった結果ビンタされた……ってところだろうか。
プロデューサー、変なところで大雑把なことするからな……あり得るかもしれない。
「ともかく、そういうことなら気にしなくていいよ。あと、えー……ちひろさんに報告してくれるか?」
「ちひろさんに? ……ああ、そういうこと?」
「そういうこと」
そっか、周期によっては仕事に差し支えることもあるのか。ライブ然りイベント然り、あるいはグラビアだったり……まあ、ボクの場合グラビアとか無いだろうけど。
志希さんの薬の力である程度までは緩和もできるだろうけど、痛み以外の諸々がやっぱり問題だ。万が一のことがあったら目も当てられない。
「分かった。伝えと……?」
「ん?」
「ううん、何でもない」
ふとプロデューサーの足元のゴミ箱を見ると、お昼に食べたらしいカップ麺の残骸が見えた。
前のコンビニにあったな、あれ……えーっと……「背脂増量中! 濃厚肉マシ醤油ラーメン」……。
めっためたに体に悪そうだ。おまけにサラダの一つも食べてないのか。いいのかプロデューサー。体が資本じゃないのか。
「ん……あ、そうだ、プロデューサー」
となると……と、ふと思いつく。これならまあ、いいだろう。
「ん?」
「震えて待て」
「……俺何されんの!?」
さて、どうせだし今度の志希さんの誕生日の準備と並行して進めてしまおう。
後ろで「誰か説明してくれよぉ!」とおののくプロデューサーを置いて――まずはちひろさんへ報告に向かった。
@ ――― @
「はいこれ」
「ナニコレ」
翌日、ボクはプロデューサーへとあるものを手渡していた。
あるもの――と言っても、そんな大層なものじゃない。
「お弁当」
「……お弁当」
ただのお弁当だ。百均のプラスチック容器に料理と白ご飯と漬物を詰め込んだ程度のもの。
一見すると出来あいにも見えなくはないけど、一応、これでも手作りだ。
プロデューサーは目を白黒させている。どういう状況なのか、いまいち分かってないのだろう。
「……え?」
「だから、お弁当」
「ああ、先輩に渡しとけばいいのかな?」
「違うよ。そっちは多分先約とか入ってるでしょ。プロデューサーにだよ」
「そっか、俺か。……俺ェ!?」
「うわっ」
あまりの勢いに思わず後退してしまった。
……ええ……いや、何この勢い……?
「お、俺?」
「あ、ああ、うん……この前のお詫びに」
「えっ、マジで!? それで……買ってきてくれたのか?」
「え、いや……作ったんだけど……」
「嘘だろ!?」
「こんなことで嘘つかないよ」
弁当箱なんて持ってないから、素っ気ない外見にはなっちゃったけど。
手作りなのは、まあ、手作りだ。
「う、うお……うおお……」
「……えっ」
見ると、プロデューサーは何か感極まったのか、弁当を天高く掲げて打ち震えていた。
……えっ、なにこれこわい。
「担当アイドルからの弁当の差し入れ……! しかも料理とイメージの程遠い白河さんからだなんて……!」
「おい」
肇さんやしゅがはさんからも言われたから知ってるけど、プロデューサー本人が言うなよ。割とショックだよ、そのイメージ。
「そんなに嬉しいわけ?」
「プロデューサー冥利に尽きるとも!」
「そ、そう……」
……ま、まあ……喜んでくれてるならいいか……。喜びすぎで若干引くけど……。
「……でも、弁当にしてはだいぶ温かくないか? 今作ったみたいな……」
「細工したからね。理屈は企業秘密。それとも冷たい方が好きだった?」
「いや、俺は風呂と食事は温かい方が……げっ」
「げ?」
見ると、プロデューサーはある食材――ブロッコリーを見て微妙な表情をしていた。
「……苦手なの? ブロッコリー」
「まあ……青臭いし、食感ももそもそだし……凝縮された森だろあれ」
どういう
でもまあ、理解できなくはない。実際のところ青臭いことは青臭いし、食感も嫌いな人は嫌いだろう。苦手な人は多そうだ。
「苦手なら食べなくてもいいよ。他に好きな人がいれば渡すし、なんならボクが自分で」
「いや! いやいや、その程度のことで食べないなんてそんな勿体ない! 今すぐ食べるよ!」
「え。まだお昼には早いんじゃ」
「いや、実は今日遅刻しそうになって朝抜いてきたんだよ。どんとこいさ」
こっちを気遣ったって風じゃないが……それもそれでどうなんだろう。
体が資本、ってやつじゃないのか、こういう仕事の場合。
「よし、いただきまー……うおっ!?」
「え、な、何?」
「……いや、すげえいい匂いが」
「ああ、そう……」
それで驚かれるのも困る。「いい匂い」という評価は、まあありがたく受け取っとくけど。
鼻と口が直接的に繋がっているだけあって、嗅覚と味覚はそれなりに関連性を持っている。片方の機能が損なわれている場合にはもう片方にも不調が出ることがままある。
だからここで「変な臭い」と言われてしまうと、そもそもプロデューサーの口に合わないという可能性もあるので、色々マズいわけだ。文字通り。
流石にお詫びに口に合わないものを渡すってわけにはいかないしね。……ブロッコリーのことは置いといて。
「……ちなみに、白河さんのおすすめは?」
「ブロッコリ-」
「う゛……っ、ええい、男は度胸!」
勢いよくブロッコリーを口に含むプロデューサー。次の瞬間、プロデューサーの目がカッと見開かれ――あれ? と、首を傾げた。
「……あんまり青臭くない? うん……割と食えるぞ、これ……あれ?」
「そりゃ良かった」
「これ、どうしたんだ?」
「丁寧に下処理して、適切に調理しただけだよ」
茹でるにしても茹でる時間、炒める場合には油の量や火力……調味料や香辛料によっても、味やにおいは変わってくる。
その辺を上手く調理しさえすれば、野菜でも肉でも魚でも、臭みを取ることは充分可能だ。この手法でボクは園の好き嫌いを半分まで減らした。
「これだけできるってことは、白河さんは好き嫌いって無いのかい?」
「水銀とか」
「……実質無いってことだな!」
こっちは医学が発達してて良かった。あの喉がただれるような感覚とか胃が物理的に重くなる感覚はおよそ人生で何度も味わいたいものじゃない。
「この分だと料理系の仕事も入れていいかもな……これは?」
「ブロッコリーをつなぎにしたハンバーグ。テレビでみかけたからちょうどいいかなって」
「ふむふむ。これは?」
「ただの出汁巻き卵だよ。こっちは鮭の西京焼き」
「随分珍しいもん作れるんだな……」
「あとは見ての通りのもの。まあ、適当に食べてよ」
別に珍しくはないと思うけど。えのきとアスパラのベーコン巻き、煮しめと煮凝りと……まあ、そのくらいかな。
栄養バランスは適当。まあ、見ての通りってくらい。プロデューサーの普段の食生活を考えると、これで妥当……だと思う。多分肉が無いとあんまり食い気が出ないだろうし。
こういう場合、「正確な栄養バランス」よりも消費と「食べやすい」方が重要になると思う。そもそも食べる気が失せると量を食べられないし。この数日間でよく分かった。まあ、それを捨て置いてでもやらなきゃならないことも無きにしもあらずというか……うん。
ともあれ。プロデューサーは当初の躊躇いなど無かったかのように、ものすごい勢いで弁当を食べ進めていった。
ほどなくして、全部食べ終えたプロデューサーは、弁当ガラを優しく机に置き、ボクの方に向き直った。
「ご馳走様! ありがとう、美味かったよ!」
「お粗末様。容器は捨てていいから」
「そうかい?」
どうせ百均でウン枚百円のやつだし。
「この分なら将来はいいお嫁さんにでもなりそうだね」
「結婚相手はロリコンの
残念ながら、今のところボクの身長が伸びる気配は無い。成長期なんだからとも思うけど、いいとこあと何センチか伸びるかどうかってとこだろう。適性体重を保ったとしても大きく体型が変わることも無いだろうし。
まあ作り変えようと思えばできるけど。
「そもそも結婚する気無いし」
「そうか? 何年か後に女優や歌手に転向を考えるようになったら、別に問題無いと思うんだが……勿体ないな」
「プロデューサーがそういうのに寛容なのはいいと思うんだけどね。少なくとも今は考えられないよ」
そもそもボク、男だった部分を完璧に捨てたわけじゃないし。
……まあ、そもそも前世で男だったってことを有効に使ったことなんて無いんだけど。
よっぽど鮮烈な出会いをして、よっぽど付き合いが良くて、よっぽど興味の惹かれる相手でもないと、まずそういうことにはならないだろう。要するにホモになれってのと似たようなもんだし。厳密にはだいぶ違うけど。
もっとも、精神は肉体の影響を多分に受ける。実際に昨日までにそれを経験していたし、その辺はよく分かってるんだけど……まあ無いな。
「プロデューサーこそお嫁さん探したら?」
「今は仕事が伴侶だよ」
……実にやりがいがあるようで。
そもそもプロデューサーの場合はその気になったらすぐに結婚相手くらい見つけられるって余裕もあるだろうな。
文武両道で、性格も決して悪くない。高給取りな上にルックスもイケメンだ。むしろスペックの高さのせいで一歩引いた位置から見られる可能性もあるけど、これで結婚相手を見つけられないって方が嘘だろう。逆に金目当ての悪女が近づいてこないか心配になるくらいか。
「ところでさ、こんな感じの弁当とか……また作ったりは、流石にして、くれない……か?」
「今回のはお詫びだから特別。材料代くれるなら作ってもいいよ」
言うなればそう、詫び弁当。
無課金ではここまでが限界だ。
「いや、普通にもっとお金取っていいんじゃないか……?」
「? 何で?」
「あー……いや、うん。いいんだ。白河さんはそのままでいてくれ」
「?」
変なプロデューサーだな。
ボクにそんなこと頼むってことは少なくとも知り合い以上の関係性なはずだよな。材料代以上のお金を取って何になるんだ……?
と、そう思っていると、プロデューサーは財布から諭吉さんを取り出してボクに深々と頭を下げて見せた。
「……え。え?」
「……一週間分ほど……」
「マジに取っちゃったんだ……いや、いいけど……あ、あのさ、プロデューサー。一応プロデューサーも高給取りなんだから、外食とかの方がいいんじゃない?」
「いや、俺に選択権があるとカレー、ラーメン、丼もの……の繰り返しになりそうで……」
「……半分でいいよ。一万円じゃ多いから」
何とも、独身男性にありがちな食生活をしているようだ。
昨日も思ったけど、せめてサラダでも食べればいいのに……。
そんなこんなあって、夕方。今日のレッスンが終わる頃になって、ふと、何の前触れもなく何故かしゅがはさんがボクのもとを訪ね、一万円を差し出してきた。
何を言っているか分からねえと思うがボク自身も何が起きたか分からなかった。
何故一万円。何故このタイミング。そして何が目的なのか。何一つ分からない。
「……え? 何コレ」
「おべんと、作ってくれないかな☆」
「え」
……ああ!?
「え、あの、もしかしてプロデューサーにでも聞いたの?」
「そゆこと☆ で、大丈夫?」
「いや、まあ……大丈夫だけど……」
「何だ氷菓、いつの間にキミは弁当屋になったんだ?」
「そういうつもりは無いよ」
晶葉にツッコまれたけど、流石に心外だ。別に好き好んで……いや嫌いではないけど。
ともかく、別にそういう理由があって作ったんじゃないというのに。
「変に当たり散らしたことのお詫びだったんだよ。で、材料代くらい出してくれたら作るよ、って」
「なるほどな。私も頼む」
「あたしもー♪」
「そこでノってこられるとまた困るんだけど」
「おーいお姉さんはどうしたー☆」
「あ、ごめん。いいよ。どんなの?」
「へるしーだいえっとふーど☆」
「……うん」
言うと思った。
というかいつもダイエットしてんなこの人。
しかし、まあ、そういうことなら確かに一万円は欲しい。ダイエット食ってやけに高いし。
「でもそれならトレーナー姉妹に言えばメニューくらい貰えるのではないか?」
「いやあ、あれそんな美味しくないし?」
「本来ダイエット食ってそんなものだと思うけど……」
「そこで美味しいって評判で実際美味しかったあいすちゃんに頼みたいってワケ☆」
「……そこまで評価してくれるのは嬉しいけど」
「氷菓だけに」
誰が上手いことを言えと言ったんだ晶葉。
「あと、七海もお願いするれす……」
「え。七海ちゃんも?」
「はい。これを――ぜひ!」
と。
ズシ……とした重みと共に手渡されたのは、びちびちと活きのいい――鯛である。
ナンデ!? 鯛ナンデ!?
「鯛……!?」
「鯛れす」
「鯛……」
これで弁当を作ってくれと?
……マジで?
@ ――― @
それから翌日、ボクは二人に頼まれた通りの弁当を持って来ていた。
しゅがはさんの分は、カロリーその他を抑えめにしたダイエット用の弁当。正直言うと味を調えるのにだいぶ苦労したけど、これはこれでダイエット食としては悪くない程度には仕上がったと思う。
七海ちゃんのは……うん。鯛。とにかく鯛をふんだんに使った弁当だ。
頭や尻尾の方はお鍋で炊いて、いわゆるアラ炊きに。半身は鯛めしにして、残りはから揚げにしたり水筒に入れてお吸い物にしたり、トマト煮込みやクリーム煮込みにしてみたり……と、とにかく思いつく限りの料理を詰め込んでみた。我ながらちょっとやりすぎな気もするけど、よくできたようにも思う。
さて、あとはこれを渡せばいい――というところに来て、今度はまた別の人の姿がレッスンルームの前に見えた。
「おはようございます、氷菓ちゃん!」
「え。法子さん?」
みちるさんと話しているところはたまに見かけるが、実のところボクはあまり話したことは無い。何でここに、と思うんだけど……本当に何でだろ。
「どうしたんですか? みちるさんに何か?」
「いえ、今日は氷菓ちゃんに。そのみちるちゃんから噂を聞いて……」
「噂?」
「うん、材料を持ってきたらドーナツ作ってくれるって♪」
どうしよう。弁当作るって話に尾ひれがついてる。
「……えーっと……材料代いただけたら、お弁当作るってお話だったんですけど……」
「え、そうなの?」
「まあ……ドーナツくらいなら、大丈夫だと思います」
作り方自体はそんなに珍しいものでもない。要はやりようだ。最悪どうにか創ればいい。こういうフリを受けた時に錬金術は便利だ。
「それじゃあこれと、これと、あとこれ……で、お願いしていい?」
「はい。明日持ってきますね」
「やった♪ ありがと、氷菓ちゃん!」
……釈然としない部分はあるけど、喜んでくれてるならまあ、いいか。
この分だけ法子さんと仲良くなれると思えば、それもまた得と言えるし。
「よっ、氷菓」
「? おはようございます、奈緒さん」
と、法子さんを見送ると、今度は奈緒さんが顔を出してきた。
……もしかして、このパターンは……。
「じ、実はさ! ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「……まあ、何なりと」
「なんか噂で聞いたんだけど、最近色んな人に弁当配り歩いてるって」
どうしよう。尾びれだけじゃなくて背びれまで生えてきた。
「そ、それでだなっ! 例えばこういう……キャラ弁ってあるだろ? どうやって作るのか教えてくれないかなーって……」
「え、ええ……大丈夫ですよ。キャラ弁、ですよね……」
これはまあ、やり方次第だ。モノによってはよっぽど難しいものもあるけど、単純なものなら朝のあいた時間でもなんとか作れる。
あとは色彩感覚とセンスの問題だからそこは任せるとして、奈緒さんの求めている系統となると、アニメ系だから……ちょうどいい食材は探さないといけないかもしれない。
そういった内容を伝えると、奈緒さんはメモを取って熱心に聞いているようだった。自分のためなのか人のためなのかはわからないが、なんとなく微笑ましい。
「よっし、分かった! ありがとな、氷菓!」
「どういたしまして。分からないことがあったら、ラインでもメールでもまた聞いてください」
奈緒さんを見送ってそのままレッスンルームへと入る。と、今度は更に早苗さんがそこに居座っていて――――。
「おはよう氷菓ちゃん! お弁当売ってるって聞いたんだけど買ってもいい?」
「色々と待ってください」
今度は胸びれまで生えてきた。
どうしよう。どこまで行くんだこの噂。
とりあえず早苗さんには「販売しているわけじゃない」旨を伝えて、丁重にお断りを申し上げておいた。
こういう時に「安請け合いはダメよ」と心配してくれるあたり、普段かなり豪快でいてもやっぱり優しい大人の女性なんだなと分かって良かった。
……で、話は飛んでそれから一時間ほど後。
「白河。君が体を売っているという噂が社内にあったが事実か?」
「事実無根です」
ボクは専務の部屋に呼び出されて色んな意味で頭を抱えるハメになっていた。
噂についたヒレがジェットエンジンに換装されて大気圏外までブッ飛んで行ってしまった。
弁当作るよ→弁当売るよ→売るよ→(体)売るよ……という連想ゲームだろうが、どうしてこうなった。
「そうか……いや。そうだろうと思ってはいたが、確認せざるを得なかった。キミの……出自のこともある」
「いえ、大丈夫です……ちなみにその噂の出所はどこから」
「男性職員だ。不快な思いをさせたのなら申し訳ない」
「いえ……」
……まあ、ちょっとは思っても仕方ないかもしれない。連想ゲームってそういうものだし。ただこれをまあいいかで済ませていいものかとも思うが……専務さんに任せるのが一番だろう。前の週刊誌の件もこの人に一任して事態を収束してもらったようなものだし……。
「一応聞いておきたいのだが、何が発端か分かるかね?」
多分弁当の件だろう――と弁明すると、専務さんは少し考えるように顎に手を当てた。
「今回は社内のみに噂が留まったから問題は無かったが……特定個人への贈り物というのは、やはり好意を示す一般的な行動だ。キミにその気は無いだろうが、万が一彼との関係が『そういう』ものだと……週刊誌にでも煽られた場合、また面倒なことになる。やるなとは言わんが充分に気を付けたまえ」
「分かりました。すみません、専務」
「理解したならよろしい。下がりたまえ。ああ、それと」
「はい?」
「……何か問題や相談があるようなら気兼ねなく言いなさい。この会社に所属している以上、上司たる我々が君の保護者代わりなのだから」
――背を向けられながら、そんなことを告げられる。
こういうことを真正面から告げると体裁が悪いんだろうか。一個人に肩入れするようなもの、というのもあまり良くないのかもしれない。ただ、専務さんとしてはボクの背景事情を理解していることもあって、やや同情的、なのだろうか。
風の噂では、ちょっと家庭環境的に親の手の届きにくい
表面的には鉄の女と言われるような人でも、内面的には優しい人なのかもしれない。
なんとなく、今まであまり関わったことの無かった人の意外な一面を知ることができたようで嬉しい誤算かも。
……しかし、それでもああいう噂はホント勘弁してほしいなあ。
そんなことを思いながら、ボクは専務室を後にした。
「おい氷菓、クビとか言われてないか!? 大丈夫か!?」
「専務に対してどういう印象持ってるのさ」
――あと、社内の専務への印象もちょっと整えた方がいいかもしれない。
4/2 微修正