「さて、それでは――――」
「誕生日、おめでとー!」
「おめでとう!」
「いえーありがとー♪」
――5月30日。
ボクたちは、プロデューサーを含めた四人で揃ってファミレスにやって来ていた。
目的は、志希さんの誕生日会――その二次会である。
スターライトプロジェクト全体、及び他のアイドルたちを含めた一次会は既に終わらせているため、今はあくまで……まあ、エリクシアだけの集まりだ。
本当なら誰かの家で手料理を食べようという話だったのだけど、流石に夜遅くということもあってやめておいた。女性陣の部屋にプロデューサーを上げることも、あるいは逆に女性陣がプロデューサーの家に行くことも望ましくはない。何度目だ週刊誌ということにでもなったら流石に笑えない。
「というわけで、早速プレゼントだ! 俺からはこれ。じゃーん、どうだ!」
「ネックレス?」
「……いや、助手。流石にいくらなんでもそれはどうだ……?」
「アクセサリーはちょっと……重いと思うけど……」
「え、マジで……?」
プロデューサーが取り出したのは、ルビー……に似た色合いのイミテーションが輝く、小さなネックレスだ。
似合うかどうかで言えばそりゃ似合うだろうけど……アクセサリーを贈るのは、誕生日だからと言っても流石にちょっと重力を感じる。
プロデューサー、誕生日だからって重く考えすぎてはいないだろうか。
「あたしは嬉しいけどー♪」
「ああ、うん、嬉しいならいいけどさ……」
プロデューサーの給料から考えたらアレ絶対高価だよ。
……志希さん、お金には頓着しなさそうだし、そういう意味じゃあんまり気にはしないだろうけど。だからって形に残るものとなると贈るのが躊躇われる、っていうのが一般的な考えだと思うんだが……まあ、いいか。喜んでるし。
「そ、そんなこと言うなら二人はどうなんだ?」
「フッ。私はこれだ! お掃除ロボRX!」
「……充分重くないか!? 物理的にも!」
――――ごめんプロデューサー。これもこれで結構なもんだった。
手作りの上に形に残るものだ。家電で、消耗品なだけにまだマシと思わなくもないけど。
「というか、お掃除ロボって言ったら普通ああいう……あの、ルンバみたいな」
「何故私がそんな当たり前なものを造らなければならん。お掃除ロボだと言うからには完璧なものを、だろう? というわけで、自立稼働しかつアームを使って部屋の整理までするようなものを造ってみたわけだ! そしてこのお掃除ロボの一番の特徴はメンテナンスフリー! 自分である程度まで修理すらできるという優れものだぞ!」
「いくらなんでもオーバースペックじゃないか!?」
「そんなことは……なくも……なくもない」
どっちやねん。
いや見る限り明確にオーバースペックだけど。
「じゃあ、氷菓ちゃんのは何かにゃー?」
「……なんか、二人の前だと霞むけど、これ」
言ってボクが取り出したのは、二本の瓶だ。中には数多くの種が詰め込まれている。
怪訝そうにそれを受け取って眺める志希さんに、ボクは続けて言った。
「どんな使い方してもいいよ。実験するもよし、咲かせてみるもよし、インテリアにするもよし」
「ふんふん? ほうほう。ははーん、なるほど。へえへえ。そういうこと?」
「……まあ、そんなとこ」
「いや何を二人で通じ合ってるんだ。俺にも分かるように説明してくれないか」
「色々ね」
「うんうん色々ねー」
「忘れたか助手、私たちのような人種は基本、過程をすっ飛ばして結論に入るのだ」
「なんてはた迷惑な」
ボクも別に何事に関しても聡い方じゃないけど、こと志希さんとの間に関してはまた別だ。これがあればこれができるよ、この手法でこれができるんじゃない、よし、実験しよう対象はプロデューサーな……と、分かりやすいところなら本当にちょっと言葉を交わすだけでなんとかなる、という程度にはまあ、通じ合えるようにもなった。
とりわけ今回は「これで実験してみたら?」とほぼ直接的に言っているようなものだ。
今回ボクが渡したのはラクリモサとクガンノハナという花の種だ。どっちも珍しい……というか少なくともこっちの世界じゃ見たことはない。
遺伝子改良(物理)って感じの代物と言えるだろうか。いやまあちょっと頭の茹だったことしてるなとは思うけど、これ自体は別に大したものじゃないよ。ホントに。繁殖力弱いし、適当にその辺に植えてみたところで簡単に生えてくるようなものでもないし。
これで何かになればそれでいいし、インテリアになるならそれもそれ。 とにかく――なんていうか、志希さんのため、というかもういっそ何かの足しになればそれでいい。
というわけで使い道は志希さんにお任せ。何になるかはまだ分からないけど、多分「何か」にはなるだろうし。
「いやーほんと改めてありがとねー♪」
「友達だからな、当たり前だ。ちなみに私の誕生日は11日後なのだが」
「うんうん、用意しとく♪」
「ゲンキンな友達だなぁ」
ちなみに、ついでに言うならトレーナーの明さんが同日。肇さんがその5日後で6月15日。……あと楓さんが14日。
亜子さんと頼子さんは、実を言うと今月既に誕生日会を催している。あの時点だとどっちもまだデビュー前だったから大々的にやるってほどできはしなかったけど。
再来月になると3日に芳乃さんで22日にしゅがはさん。割とプロジェクトメンバーのみんな、誕生日はバラけてるような印象だ。
「氷菓はいつが誕生日なんだ?」
「ボク? ……たぶん、9月20日」
「多分ってなん……いや、すまん、そうか」
当時は赤ん坊の未熟な耳だったから詳しくは分からないけど……施設に引き取られたのが退院の翌日で、だいたい一週間ほど過ごしてたはずだから……うん、逆算したらそんなところかな。
多分クリスマスの時に、勢いで、ってことなんだろう。その辺が透けて見えてしまうとなんともこう、いたたまれない気持ちになる。何だろうねこの気持ち。仮にも実の親だからだろうか。
「確か……
「全員ミニマムだな」
「やめてよ同じ誕生日の人への風評被害」
それに確か765の永吉さんは頭一つ抜けて一番高いよ。
ちひろさんと同じくらいじゃなかったかな。もっと言えばあのくらいの身長の人結構多いし。多分問題無いよ。きっと。
……でもどっかの腹ペコな騎士王も同じ身長で背が低いみたいな言われ方してたし、やっぱり背は低い方なんだろうか。
まあいいか。
「なんとなく氷菓はクリスマスあたりが誕生日のような印象があったのだがな」
「よく言われるよ。別にそんなことないんだけど」
「見た目氷属性っぽいからね~」
「名前も氷属性だよな」
「だというのに氷菓ときたら……」
「何が悪いんだよ!?」
ボク何気にヒドいこと言われてない?
勝手なイメージを押し付けないで、って言ってもいいよねこれ?
@ ――― @
志希さんの誕生日会から数日が過ぎた。
6月10日の晶葉の誕生日までは、まだもう少し時間はあるけど……6日は輝子さんの誕生日だ。そっちの準備も並行して行う必要がある。それが終わったら肇さんの誕生日も目と鼻の先だ。ちょっと急ごう。
今日は偶然にも、仕事もイベントも無い。プレゼントを買ってきて加工するにはちょうどいいだろう。
というわけで、ボクはいつも来るはずもない街の方まで足を運んでいたのだった。
「二人っきりでお買い物なんて珍しいですね~!」
「……ソウデスネ」
――――イヴさんと二人きりで。
いや別にそれが悪いことってわけじゃないんだ。けど、色々と待って欲しい部分がある。
例えば今日は本当はクラリスさんと頼子さん、マキノさんを交えた5人で行くはずだったとか。クラリスさんが急用で兵庫の教会の方に顔を出さなきゃいけなくなったので席を外したとか、マキノさんと頼子さんが他のアイドルが急病で出演できなくなったところの穴埋めのために急に来られなくなったとか。志希さん呼んでたけどそもそも実験のために来られないとか色んな条件が重なった結果、二人きりという状況になってしまったのだった。
付き合い無いわけじゃないし、普段、寮で何気なく二人きりになったりすることもあるしそういう時は普通に喋るのだけど、他の人たちが急用で結果的に、というのはなかなか気まずい。
……いや気まずく感じてるのはボクだけか。イヴさんは特に気にした様子は無いし、問題は、無いんだろう。
普段からこういうパターンがあると「もしかしてボクがいるからあんまり来たくないのかな……」なんて心のどこかで考えてしまうから、どうしても申し訳なく感じてしまう。
今はそういう考えは取り除いて考えよう。そうしよう。
しかしイヴさん、普段と服装がまるで変わらないな。
道行く人たちからやたらと視線が向けられている。ボクはまだ帽子被ったり普段と違う格好をしたりしてるけど、もうイヴさんだってバレバレだ。
そして結果的にボクが白河氷菓ってこともバレつつある。この状況、あんまりよろしくないぞ。
「なんだか、注目浴びててあんまり良くないし……早めに済ませよ、イヴさん」
「? そうですかぁ?」
「そうですよ。アイドルなんだから」
そりゃステージ上で注目を浴びるならいいけど、ここはステージの外だし。
変に注目を浴びるよりは、ひっそりと目的を遂げたいと思う。
「氷菓ちゃんはどんなプレゼントを贈ろうと思うんですか~?」
「輝子さんには、キノコソースを作って贈ろうかなって。晶葉にはプログラミングの教本で、肇さんには……釣りの何か、かな」
古今東西に珍しいキノコはあれど、輝子さんも食べたことの無いキノコというのはそれこそ珍しいことだろう。
というわけで品種改良(物理)して「あちら」のキノコであるウットリュフとアマツタケという、芳醇な香りと強い旨味が特徴のキノコを利用したソースを作って贈るつもりだ。
晶葉はこの前泉さんに「プログラミングの技術はまだまだ子供ね」と言われたのを気にしていたようだから、プログラミングの教本。
肇さんは……陶芸の何かしら、と思ったけど、そもそもそういったものは既に自分で揃えているだろうし、あくまで趣味として楽しんでいるらしい釣りに関するものを贈ることにした。なぜか一瞬麺棒でも、と思ったけど、何でボクはそんなものを贈ろうとしていたのか、今になってもよく分からない。別にうどん作ってるわけじゃないのに。
「イヴさんは?」
「そうですね~。本当に欲しいものは、クリスマスプレゼントで贈るつもりですので、今回は貰って楽しいものを贈りたいですっ!」
そっか、イヴさんにとってみるとプレゼントの本番はあくまでクリスマスなのか。
ボクの感覚だと逆だけど、サンタ的には何かあるんだろうな……たぶん。
……いやサンタであることはもうツッコまないぞ。
「じゃあ……食べ物とかがいいのかな」
「スイーツとかですか~?」
「そうそう」
そうなると、一般的な百貨店よりかは若干変なものを売ってるような店の方がいいかもしれない。ヴィレ〇ァンとかその系列店とか。
サブカル臭がすごいとかにわかが行く店とか言われてある意味風評被害があるけれども、ボク個人としては面白いもの売ってるから嫌いではないんだよね……。
「こういうの、どうかな。青いジャムとか、可愛い見た目のティーパックとか」
「あ、ふふっ。確かにいいですね~!」
……しかし女子みたいな会話してんなボクたち。いや女子ではあるが!
その事実は事実としてこう、改めて認識すると恥ずかしいというか……自分のことながら、改めてまだまだ不安定なんだなあというのがよく分かる。
その後は、二人で目的のものを探したりして過ごした。
これも一種のデートと呼べるのだろうか。違うか。そんな色気のあるものじゃない。
ともあれ目的のものを買い終えたボクたちは、準備のためにも早めに帰路についたのだった。
「今日はアドバイスありがとうございました~!」
「ううん、こっちこそ。付き合ってくれてありがとう、イヴさん」
何はどうあれ、ボクもイヴさんもちゃんと目的を遂げられたのだからそれでよし。
お互いの趣味嗜好なんかもある程度知れたし、今後のためになったことは間違いないと言えるだろう。
「そういえば、氷菓ちゃんのお誕生日はいつになるんですか~?」
「9月の20日。あんまり気にしないでもいいよ」
「お友達なんだからそういうわけにもいきませんよっ」
お友達――友達か。5つも年上の人と友達っていうのも、なんだか不思議な気分だ。
でも、友達ってそういうものなのかもしれない。なんとなく。
「お誕生日だけじゃなくって、クリスマスもお祝いしないといけないですね~。何か欲しいもの、ありますか?」
「ん…………と」
何か、あったっけ。
いや、そもそもボクにとって「欲しいもの」って、何があるんだ? まずい、前提からしてわけがわからなくなってきてる。
ボクは……ボクが、欲しいもの、は――――。
「……イヴさんは、自由ってどういうことだと思う?」
「……え? ん?」
意味が分からないと言いたげに、イヴさんは首を傾げた。
「ごめん、わけわかんないよね。忘れて」
「いえ~……でも、真剣に言ってるのは、分かりますよ~?」
「それは、まあ、嬉しいけど……」
……根本的な問題、ボクの言ってることは普通の人にとっては「よく分からない」ものだ。
何せ普通の人にとって、自由という概念は当然に理解していて然るべきものだから。
それでも、イヴさんはにっこりと笑って、ボクに告げる。
「分からないことは恥ずかしいことじゃないですよ~。私も結構色々……うう」
「……ええと」
「あっ、話がそれちゃいました~。ええっとですね、これは私の意見なんですけど、最初にそう思った時のことを考えてみるのも、いいですよ~?」
「最初にそれを……思った時の……?」
それは――――覚えている。
というよりも、そうだ。忘れるはずもない。ボクが自由というものを渇望するようになった出来事。
死んだこと。家に、親に、縛り付けられたままに殺されたこと。
いや、そこじゃない。問題はそこじゃない。ボクにとっての自由は――――。
「……何となく、分かったような」
「本当ですか~? ……あ!?」
「え、ど、どうしたの……!?」
「く、クリスマスプレゼントになってなかったです~……」
「……今まで貰えなかった分、今貰ったってことで」
そう言って、ボクの方もイヴさんへと笑いかけた。
対照的に、イヴさんの表情が更に曇った。
……あれぇ!?
「も、貰えなかったんですかぁ~!?」
「ごめん今のナシ。そういうつもりで言ったんじゃないの」
「で、でもっ、クリスマスプレゼントを貰えなかった子供がいるなんて、サンタクロースとして由々しき事態ですよ~!」
あー……うん、なるほど、本物のサンタ的にはそうなるのか……。
一応、日本の風習的には両親がサンタ役として枕元にプレゼントを置くようなことがあったりするのだけれど、ボクの家っていうのがまた養護施設だし、そもそも子供の人数分買うお金も無いしで、基本、プレゼントは無かったんだよね。ボクはそれでも毎年のクリスマス会でお菓子を貰うくらいで満足してたけど。
でもやっぱり、サンタさんからの贈り物、っていうのは子供の情操教育には良いことではあるよね。「一年間いい子にしていればサンタさんがプレゼントを持って来てくれる」……って。
まあそういう意味で言うならボクが「良い子」だったことってのはあんまりないんだけど。あっちへフラフラこっちへフラフラして子供らしく過ごしても無かったし。だから無いということでも別に問題は無い、かな。
「もしかして、氷菓ちゃんの施設……」
「あー、えー……うん、まあ、そう、かな……?」
でも今年からはボクのポケットマネーから出してみんなの欲しいもの買ってあげられるし、そこは問題なくなると思うけど……。
「だ、大丈夫だよイヴさん、今年からは改善していくから!」
「『今まで貰えてなかった』ってことが問題なんですよ~!」
そう言って、イヴさんは胸元でぐっと力いっぱい手を握った。
「今年は色々、特別にしちゃいます~!」
「え、いや、そんな気を遣わなくっても」
「ダメですよっ! 私の気が済まないんです~!」
「えええ……」
こ……こういうのは、黙って受け入れておくのが礼儀、なのだろうか……。
わからん……ぜんぜんわからん……。
……それと、まだクリスマスまで半年以上あるのに今からこの気合の入れようだと、クリスマス当日に燃え尽きかねないのではないだろうか?
いや、よそう。ボクの勝手な推測でイヴさんを混乱させたくない……。
でも、まあ、何にしても。
ここであんまり拒否するのも、イヴさんに悪いってことだけは、間違いないわけで。
「……ええと……その。ありがとう、イヴさん」
「! うふふ。どういたしまして~」
「……でも、無理しちゃダメだよ? お金とか、持ち歩ける量とか、ブリッツェンの体力とか……」
「き、気を付けますねぇ」
……ど、どうしよう。凄まじく不安だ。
気合入れすぎて倒れちゃったり、倒れはしないまでもプレゼントの山に埋もれてしまったり、逆にボクの方がプレゼントの山に埋められてしまったりしないよな……?
そんな、小さな……不安と呼ぶにもささやかな、ある意味贅沢な不安を抱えながら、ボクとイヴさんは寮への道を歩いていった。
――それから一時間後、寮の前で重い荷物を持ったまま体力を使い果たして潰れているボクの姿が見られたという。
またこういうオチか!!
まったくの余談ですが、ウットリュフは我々の認識するようなトリュフのそれと異なり、椎茸のような外見であることが確認できています。(SSR:ウットリュフ串の画像参照)
また、山のヌシを見る限り、アマツタケはベニテングタケに似た外見になるかと思われます。
4/15 微修正