346プロの社屋はほぼ全面がガラス張りということもあって、非常にこう、鳥が激突しやすい。
なんでも、ガラスが日光を反射することで
そんなわけで、実は出社する時に地面に落ちている鳥を見かけることが、時々ある。ほとんどは高高度からの落下で命を落としているけど、時たま気絶で済んでるものもいたりして。
「…………」
そして、今日もそんな日であった。
この前はカラス。その前はスズメ。確かその前はセキレイだとか、だったっけか――今日はヒヨドリというやつだ。
翼でも折れてしまったのか、羽ばたこうとしてもがいている姿が見られる。
――誰も見てないよな。
周囲を見回し、確認。うん、大丈夫。誰もこっちは見ていない。
駆け足で小鳥の方に近づいて、その身を両手で優しく持ち上げる。ちょっと暴れられるが、抵抗は弱々しかった。
あんまり同情するのは良くないんだけど……見捨てるのもそれはそれで後味のよくねぇものを残すぜというやつだ。
「ちょっとくすぐったいぞ」
適当なことを語り掛けながら、折れた翼の部分を錬成して治療する。ほんの小さな燐光が瞬くと、やがて何事も無かったかのように、小鳥はぱたぱたと翼を開く。
ぴよ、と一声ボクに語り掛けるように鳴くと、そのままヒヨドリは空へ飛び立った。
「よし」
……とりあえず、プロジェクトルームに行く前にトイレで手、洗ってこよう。野生動物の身体は雑菌でいっぱいだし。
そんなことを思いながら振り返る――と。
「…………」
「…………」
――――めっちゃ見られてる。
よ……よもや治療の隙をついて駆け寄ってくるとは。しかも、よりによってそれが千佳ちゃんにだなんて、なんという不覚……!
横山千佳ちゃん。346プロ所属のジュニアアイドル。
アニメのヒロインのような服を着ることができるということからアイドルになった子で、魔法少女もののアニメなどが好きで、自ら「ラブリーチカ」や「マジカル☆プリティーハート」を名乗るほどの筋金入り。シンデレラの舞踏会では
しかしマズい。この子に見られるのはちょっとマズい!
何故なら――――。
「ま……魔法少女だ……!」
……こういう勘違いをしちゃうんだもんなあ!!
「ち……違うよ、千佳ちゃん。気絶しちゃった小鳥をね、大丈夫かな? って思って持ち上げただけだよ……」
「でも、今手元がピカッってしたよ!? 絶対今の魔法だよね! ね!?」
う、うおお、すごい勢いで詰め寄ってくる……!
マズい。本当にマズい! 説明なんてそもそもできるものじゃないし、変にはぐらかしたりしたら千佳ちゃんの夢を壊しかねない! ははは、詰んでるわこれ!
どうしよう。何て言おう。なんて言えば納得してくれる――――?
「ぷ……」
「ぷ?」
「……プロダクションのみんなには、ナイショだよ!」
「!!」
そう言ってボクは、千佳ちゃんに背を向けてそそくさとプロジェクトルームへと向かった。
……後になって気付いたけどこれ、相当な悪手を打ってる気がする……!
で、それからほどなくして。
「白河さん、『幽体離脱フルボッコちゃん』のスタッフの方から新キャラのオファーが来てるんだけ……どうした!?」
「自分のしでかしたことを噛み締めてる……」
「そ、ソファごと後ろにぶっ倒れてか……? というか大丈夫なのか……?」
よ、よもやこんな形で自分の行動が返ってこようとは……。
というかこの業界、噂が回るのどれだけ早いんだよ!?
「い、一応聞いとくけど、何で?」
「横山千佳ちゃんからの強い要望だよ。……白河さん、彼女と仲良かったっけ?」
「ふ、普通だけど……」
これ絶対例の件だ……!!
何でこのプロダクションの人たちはこう、いちいち行動力がものすごいのだろう。いや、そうじゃないとこの業界生き残れないのはその通りだけど。活かす方面が迷子になってない? 大丈夫?
……しかし、幽体離脱フルボッコちゃんか。
既に第三期を迎えた大人気特撮番組だ。キャッチコピーは「
麗奈さんはこの番組の主人公であるフルボッコちゃんを演じており、光さんと千佳ちゃんはそれぞれフルボッコちゃんと意見を異にするスーパーヒロインと魔法少女を演じている。
この番組は、法律や規範に則り模範的な正義を為す光さんや千佳ちゃんといったヒーローたち、その裏側で暗躍する法律で裁けない極悪人……そうした人間をあの手この手で出し抜いて、ごく個人的な基準のもと叩きのめして裁きを下すフルボッコちゃん……という構図が基本となっている。一種のダークヒーローとも言えるだろうか。特にダークな感じは無いけれど。
魔法少女モノとして考えると、かなりの異端と言える。とはいえ人気を博していることには違いないし、園の子たちもよく見ている番組だ。出演できるならそれも悪くない……とは思う。
「ところで氷菓には例の約束があるのではないか?」
「大丈夫。エリクシアの仕事として他の役ももぎ取ってきたから」
流石である。
こういうところで抜かりが無いな、プロデューサー。
「まず池袋さんだけど、南条さん演じるヒカルの支援者。強化スーツを作った科学者、って設定のキャラクターだね」
「ふむ、まあ妥当だな」
「一ノ瀬さんは、フルボッコちゃんのアイテムを制作してる協力者」
「ウン、まあ順当かにゃー」
「白河さんはフルボッコちゃんの新ライバル、癒しの聖女と呼ばれる正義の魔法少女」
「ほあッ!?」
「ぶほっっ!!」
その言葉を聞いた瞬間、晶葉と志希さんが噴き出した。
ああ、成程……そういうパターンね、はいはい……アレがああなってそうなったわけね、はいはい……。
この企画を通したのは誰だぁっ!!
「聖女て」
「俺も正直この役だとクラリスさんの方が向いてると思う」
「だよね」
「でもクラリスさん自身が『私はあくまで神に仕える身、聖女などと畏れ多いですわウフフ』って」
「これフィクションだし本業関係ないじゃん!」
あと明らかにボクのことからかうような意図があるよね!?
それに、まあ恥ずかしいといえば恥ずかしいけれども、オファー受けたからにはまあ、やるよボクも!
「フッフフ、フフ……こ、今度は聖女と来たか、クク、クククッ」
「聖女サマー! とか言った方がいい? にゃはは」
「マジやめて」
雪女から順調に人類に戻って来てるんだからここで神格化させるのはやめてほしい。
「あ、そうだみんな。『FROST』第二期決まったから」
「「「嘘ぉ!?」」」
あのスタッフが撮りたくて撮った系のドラマが!?
「FROST」――ってまあ、要するにボクが雪女役をやったアレだ。元ネタが楽曲だからか、楽曲の名前をそのままタイトルに使っている。
一応撮影の全日程は終了し、あとは来月末までの放送になるなー……と思ってたんだけど、ここでこれも来るのか。
「というかまだ六月になったばっかりだよ。この時期からそんなことあるの?」
「珍しいけど全くないわけじゃないよ。まあ、今回は人気が出たから急遽、っていうのもあるけどね……」
「ふーん、やっぱりトラプリ?」
「いや、白河さんの演じてるコオリちゃんが大人気で」
マジかよ。
スミマセンその子最終回で死ぬんすよ。
「脚本の方も二期で是非復活させたいと」
「見事に黒歴史になる予感しかしないんだけど」
「一期の終わり方がまあ綺麗な方なだけに余計にな……」
キャラ人気が先行し、前作キャラの復活がウリになる続編……ダメだ、いい画が浮かばない。
「そ、そこまでアレにはならないと思うぞ……」
「そうだといいけどね……」
そうやって楽観視して、今までいくつのアニメやゲームが犠牲になったことか。奈緒さんや比奈さんに言えば、血涙を流しながら同意してくれるに違いない。
聖剣でアレな4とか。スターで海な5とか。
「……まあそっちのことは今は置いとこ。すぐすぐって話じゃないんだから。で、フルボッコちゃんの収録はいつ?」
「今週末」
「急すぎらあ」
何で346のドラマ班はいっつもこんなんなんだよ! 東映のライダー班かよ! こんな直前にオファーしてんじゃないよ!
こんなだからスケジュールくっそキツい楓さんが自社制作のドラマにロクに出られてないなんて事態になってんだろ! いい加減にしろ! アイドル以前に一人のファンとしてそこは言わせてもらうぞ! だからシン撰組ガールズでも見られな―――――
@ ――― @
……それから少し経って、撮影の日が訪れた。
346プロの関係会社のとあるスタジオ。今日は役柄の関係で、晶葉や志希さんとは別撮りだ。
「おはようございます。本日からよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします……ふふっ」
「おはようございまーすっ!」
「フッフッフ……雁首揃えてのこのことよくやってきたわね新入り二人!! ヨロシクしてあげるから感謝しなさい! アーッハッハッハッゲッホゲホエッホン!」
「ほらレイナ、水」
「ゴホゴホッ! さ、流石気が利くわね……んぐんぐ」
……今日、撮影を共にするのはボクを含め四人。アリスさんと千佳ちゃん、そして「フルボッコちゃん」主人公である麗奈さんである。
ちなみに今水を渡したのは麗奈さんのプロデューサーさんだ。
新入り二人、というのはボクとアリスさんのことだろう。どうも今期はどんどん新キャラを追加投入していくスタイルのようだ。新しい期を迎えてキャラを追加したら薄味になったとか、場合によっては面白くなくなったとかいう声も他の番組ではあるが、果たして吉と出るか凶と出るか……。
「こちらでも一緒ですね、氷菓さん」
「うん。改めてよろしく、アリスさん」
さて、ともあれ一か月近く一緒に撮影をしていれば自然と仲も深まるというのが実際のところ。
あの時の眼鏡破損事件や撮影中は近くにいることが多いってこともあり、実を言えばボクはアリスさんともうちょっと仲良くなれていた。知らない人ばかりでなくて安心、という思いも、正直に言うとちょっとだけある。
と、その一方で、満面の笑みで駆けよってくる影が一つ。千佳ちゃんである。
「氷菓ちゃん! 今日からよろしくねっ!」
「あ、うん、よろしく……」
「あ、大丈夫だよ? あのことは言ってないから!」
ちょっと不安に思う部分が違うのだけれど、ともあれ口外しないでくれるというならそれでいいとしておこう。
いやいいのか? 何かの拍子にポッとバラされてしまいそうだけど。
……先にちょっとバレた時のアフターフォローのために言い訳を考えておこう。どうしたってバレないってのが難しそうだし。幸い、周りにいる人たちは良識ある大人が多いから、千佳ちゃんがあのことを言ったとしても適切に対応してくれるだろうけれど……。
さて、それはそれとして。
「よいしょ」
「!?」
ボクは頭上から吊り下げられた、精巧なカエルのおもちゃを掴み取った。
このタイミング、この手口。よくよく考えてみなくても犯人は分かる。
「何してるんですか、麗奈さん」
「ふ……フンッ! 綺麗な顔しといてなかなかやるじゃないの氷菓……! 本物そっくりにしすぎて触った時このレイナサマですらちょっとキモいと思っちゃうそのカエル君4号をわしづかみとはね……」
何してんのマジで。
「ボクに悪戯を仕掛けたいなら、意識の外からこの30倍は持って来てくれないと」
「チッ!
言って、そそくさと楽屋の方へ――スタイリストさんが待っている方へと歩いていく麗奈さん。
彼女は主役なだけに非常に出番が多い。今回の挨拶も時間の合間を縫って来てくれたんだろうし、ありがたい限りだ。
こういう気遣いができるんだよなぁ、麗奈さん……普段のキャラからはちょっと想像が難しいけど。
「あたしたちも行こっ、ありすちゃん、氷菓ちゃん! 衣装合わせしなきゃ!」
「あ、うん……」
「どうかしたんですか、氷菓さん?」
「ううん。少し気になること……っていうか、それだけ」
通例――と言うべきなのかどうか迷うけど、ともかくこういう魔法少女モノというのは、なんというか衣装の露出度がエグいことになってたりする。
オマケに安定の自社制作。とときら学園の例を見るに、ここのスタッフは現場判断で色々と暴走する傾向にある。
暴走の結果良い結果になったからまだいいが……果たして、どんな服を用意しているのやら。
ともかく、衣装部屋へは到着。アリスさんを先頭に、それぞれが部屋の中へと入っていく。
「なるほど、あれが私の衣装のようですね。悪くないです」
アリスさんの衣装は、青色を基調にした魔女風の衣装だ。カッコよさと可愛さが上手く同居した――やや可愛さ優先の――絶妙なバランスを保っている衣装で、アリスさんによく似合うだろうことが見ただけで分かる。つくりや細工も精巧で、細かすぎるほどの刺繍や小物類は、これを作ったスタッフの……いっそ妄執めいた信念を感じる。何がスタッフさんをここまで駆り立てるのだろう……。
「アリスさんは、どんな役?」
「聞きたいですか? そうですね、私の役は千佳さんの」
「ラブリーチカ! の先輩の魔法少女なの! すっごい強くて、カッコいい役だよ!」
「説明を取らないでください。それに、魔法少女ではなく大魔導士です。アークウィザードタチバナ……いえ、賢者。ワイズマンタチバナと呼んでください」
自称「すごく強いクールな女」になるのか、それとも主人公を執拗な膝蹴りと執拗な
いずれにせよアリスさんの立ち位置が分からなくなってくる。
「氷菓さんの衣装はあれのようですよ」
「あれ? ……っしゃ!!」
「!?」
言われて視線をやると、そこにあったのは――スタンダードな修道服だ!
聖女だもんね! そうだよね!! 露出も超少ないぞ! ちょっと体のラインは出るかもしれないけどそこはそれ大した問題じゃない。装飾多めなのは、あくまで魔法少女モノだからだろう。
はははは、これなら何にも問題はな――――。
「でね、でね! あっちがバトルコスチューム!」
「えっ」
と。
そう言って千佳ちゃんが指し示したのは――機能性という言葉を投げ捨てた、それはそれは露出度高めな衣装であったとさ。
上半身は半ば水着みたいなもんだし、下半身も装飾過多で、所々肌が覗いてる部分が逆にフェチっぽい。頭のベールがそのままなあたりは、まあそういう属性を象徴しているからということかな……。
えっアレボクが着るん? 正気?
こんなん聖女じゃなくて性女やんけ。
「ぬああああああああああああああ!!」
「氷菓さんが現実を認めきれずに衣装の山に頭から突っ込んだ!?」
「氷菓ちゃーん!?」
お……おのれ……おのれスタッフ……。
よくもやってくれた
オファーを受けた以上はやるけどさあ。それにしたってボクの体型でこれを選ぶのはどうなんだ!?
……何度でも思うが正気か!?
「……マジか……」
衣装の山の中から頭だけ出すと、アリスさんは目を覆ってしまっていた。が、時々指の隙間からちらちら衣装を見ている。耳年増なんだろうな。
千佳ちゃんは本当に何がなんやら分かってないような様子だ。こっちは本当に年齢相応の知識しかないんだろう。
というか下手したら魔法少女モノって、このくらい露出あるようなコスチュームになること、稀にあるからね……気にしてないのかもしれない。
「え、えっとね。聖女のブランちゃんはね、いつもは魔法で色んなひとの病気やケガを治してるの! でも、悪人が現れたら変身してやっつけちゃうっていう子なの!」
ブラン……って、ああ、
しかし、アレか。ヒーラーが一番強いとかそういうパターンのアレ。多分治療とかそういう魔法の消費魔力がえげつないとかそういう設定があるぞコレ。
「でも、大丈夫なんですか?」
「見た目と体力とどっち?」
「両方です。氷菓さん私が想像してたより痩せてますし、その……あれを見てください」
「あれ?」
言われて見ると、そこにあったのは――
……こんな武器使う魔法少女がどこにいるんだよ!
これ絶対R18な世界か深夜アニメから設定持ってきたやつだろ!!
「振り回せますか、それ……?」
「…………」
無言で鎖を掴む。流石に撮影用だけあってそこまで重くはない。あくまで本物と比べてだが。
二人から離れて軽く振ってみると、意外にもそれなりに振ることができた。思わず二人の口から「おおっ」、と感嘆の声が漏れる。
これならいけるだろうか。もう一回、もう一回――と振り回してみる。
五回目で限界が訪れた。
「フーッ、フーッ、フーッ、ぜはっ、はぁはぁ」
「なんて脆い……」
「だ、大丈夫氷菓ちゃん!?」
「だ、だ、だいじょ……だい……いや無理かも……」
必死こいて余裕の表情を作りながら演技することはできるだろうけど、多分そうしたら3分ともたずに吐く。
詰みである。
「もっとこう……聖女なんだからさあ……もっとこう、剣とか杖とかそういうので、ぜぇ、いいんじゃないの……?」
「カントクさんがね、せっかくだからインパクトがドーン! ってくる方がいいんじゃないかって」
いいのか。それがために死人が出るぞ。いいのか。すぐ生き返るけど。
「なるほど……では。陳情、ですね」
「「陳情……?」」
……え。
いや、監督の判断で決まったことなんだけど、これ、口出ししていいことなの……?
で、数分後。
「ん? ああ、いいよいいよ。そういうことならグローブ嵌めて格闘戦主体にしよう! こっちもこっちでインパクトあるぞぉ!」
そういうことになった。
…………いや。……いや。
「
「魔法少女ならいっぱい格闘技で戦う子いるよ?」
そうかな……そうかも……。
確かに現代で一番有名なプリティでキュアっとしてるアレもそういう方針だしなぁ……別にいいのかも……。
「それにゲームやアニメには素手で戦う聖女もいるそうですよ」
マジかよ未来に生きてんな。
「……まあ、でもまだマシか……」
体術である程度ごまかしはきくし、後からCGでエフェクトを突っ込めばそれっぽくもなる。
撮影後は一日動けなくなりそうだし、力強さを表現できるかっていう問題もあるけど……そこは、まあ、なんとかやれるか。さっきのよりはよっぽどいい。
「氷菓さん、できるんですか? 格闘技」
「なんでできないことが前提なのさ。一応それっぽいことはできるよ」
「できるの!? すっごーい!」
できるよ? 威力なんて全くないけど。
初ライブの時にプロデューサーに対して威力があったのは、あくまでプロデューサーの方から突っ込んできたからだ。ボクから動かない相手に対して能動的にやってみたところで、せいぜいゴムボールがぶつかった時くらいの衝撃しか無い。
……鍛えた今だからそのくらいにはなってるけど、3月以前だったら突き出した手の方が折れてたかもしれない。
「それっぽくやれば、こんな感じで……」
すぱん、とそれっぽく拳で空を切ると、二人からまたも「おおっ」と声が上がった。
技術自体は、ダンスや他のアイドルの人たちの体捌きの模倣と応用だ。
例えば元警察官である早苗さんもそうだし、空手家の
なお同じような威力は絶対に出せない。
「それより、そろそろ行かないと。今日は氷菓さんの登場シーンからですよ」
「あ、うん」
「頑張ろうね!」
その後、監督やアクション担当の助監督さんなどに詳しい動きを教わる間に、撮影の時間が訪れる。
ボクの役は、フルボッコちゃんの新ライバル役ってこともあってかなり派手な登場になるのだけれど――――。
@ ――― @
「――――大いなる罪を抱く者へ、神罰を代行致します」
新たな敵を前に、フルボッコちゃんと魔法少女の2人が傷だらけで倒れ伏す戦場へ、緩やかに歩いていく。
その歩みは穏やかに、しかしあらゆる存在をものともしないほどに力強い。笑みを絶やさずに、ただ前だけを見て歩むその姿は、見る者にほんの僅かな恐怖を与えかねないほどに絶対的だ。
「『暴食』『色欲』『激情』『堕落』『傲慢』『嫉妬』。あなた方六名へ裁定を下します――――」
神の力の一端を示す強大な光――神威が、その身から迸った。
瞬時に六つの「罪」を示す者へ、吶喊する――――。
…………そんな感じで、完成したパイロット版。流石346プロの精鋭スタッフである。気合の入りようがまた違う。
撮影の時……というか撮影の前は、まあ色々あったけれども。こうして映像としておこされると、かなり映像面に力が入っているのが分かる。
分かるのだけれども。
「ぷっ……ふ、くくく……ひょ、氷菓があんなこと言ってあんな動きしている……ありえん……くく、あ、ダメだ笑うわははははははは!」
「にゃっはははははカッコいー! あ、あはっ、ふふふ、あははは! おっかしいこれうふふはははあは!」
「ぬあああああああああああああああああああ!!」
「白河さん落ち着いて! 二人も煽るな!」
目の当たりにした友人二人からの評価はご覧の有様であった。
よく知る人間がいつもとまるで違うことしてるんだからそりゃあ違和感がすごいだろう。そしてそのギャップのせいで笑う。
……いや分からんでもないよ? けれどもこうして目の前でやられると腹立つやら恥ずかしいやらで悶え苦しむ。
「いや、でも……か、カッコいいと思うぞ?」
「プロデューサー、適当に言ってない?」
「そんなこと無いさ! 俺はアニメや特撮に演者のことは持ち出さないタイプだ!」
一番健全なタイプであった。
いや、たまにいるんだよね……現実の役者の方の印象を当てはめたりする人。
あとは、多いのは以前の役と比較して語る人。これは一般人にも多い。
新しい役の印象で塗り替えられればそれが一番いいのだけど、そういうわけにもいかないっていうのだろうか。何とも歯がゆい話だ。
「で、この後の話ってどうなるのか聞いてる?」
「何でさ」
「いや、俺も実はこのシリーズのファンで……」
「うわぁ」
「うわぁ」
「やめろよ引かないでくれよ」
まあ、一応幽体離脱フルボッコちゃんのターゲット層には入っているけれども。
それでも大の大人が魔法少女モノのファンです! なんて言おうものなら、普通はヒかれるぞプロデューサー。
「まあ、一応聞いてるけど……守秘義務とかあるんじゃないの?」
「いや俺関係者だし」
「そこで都合よく関係者を持ち出すとか……」
口調まで少年のようになっている。大人だからってその辺は変わらないとするべきなのか、もうちょっと大人らしくしてくれと言うべきなのか……。
まあ、前世と合わせてそろそろ30年生きてるボクが言える話じゃないか。
……いやでも、子供としての経験しかしてないのに30年生きてるのなんのなんて言っても説得力は皆無だろうか?
「……ま、撮影には関わらなきゃいけないだろうし、いいか」
「っし! ……あ、ごめん。続けて」
「助手……」
「意外と言えば意外そうじゃないと言えばそうじゃない面だねぇ」
実際なんとも言い難いところだ。
もしかしなくとも、根津プロデューサーは割とオタクな面が強いのかもしれない。
「この後アリスさんが大魔導士として参戦。三連
「ほうほう」
「で、この後1クールくらい使って
「まあ、普通だな」
「あるよねー」
「で、それが終わったら清廉潔白な
「……んん!?」
「七つの大罪の一席を埋める幹部『強欲』として、最高戦力がフルボッコちゃんの敵に回り、さあどうなる……ってところまで脚本できてるってさ」
「ちょっと待てよ!? ちょ……ちょっと待っ……ぐわあああああその先が気になる!!」
「ちなみに体形は心配要らないって。何なら今後も今の食べ方継続して、作中で欲望が生まれるのに連動させるとか言ってる」
「それもそれですげえな!!」
プロデューサー、素が出てる素が。
「悪役になってしまったが氷菓はいいのか?」
「ボクは別に……っていうかFROSTも実質悪役みたいなものでしょ?」
「それもそっかー」
それに、悪役とはいえ「強い」って印象を持ってもらえるだけ個人的には嬉しいところだ。
みんなからは弱々しいとか薄いとか虚無とかいろいろ言われてるし、ちょっとでもそういう印象が薄らげば……いや、無いかも。
「個人的には、何なら悪役の方がいつもと違う面が出せてちょっと楽しいかも」
「そうか? いや、そうかもしれん」
この辺は人によるんだけれどもね。
光さんみたくヒーロー役がどうしても好きだって人もいるし。ボクはどっちでもいい、というか、演じていて楽しければそれが一番、というかなんというか。
……ま、このスタンスもプロデューサーあってのものなんだけどね。
――――それから少しして、奈緒さんや杏さんや
あるいは実際の放送後に、某掲示板の個人スレとフルボッコちゃんスレが阿鼻叫喚の地獄絵図になったりするのはまた別の話である。