この日、プロデューサーが志希さんの実験モルモットになることが半ば確定した。
前からそうでは? と言いたい気持ちもあるだろうが少し待ってほしい。今日この日のそれは、ちょっと……少し……いや……うん、それほど普段とは変わらないけど。
違うのだ。なんというか違うのだ。
今回の件は何というか――あえて言うならプロデューサーのミス。それに尽きる。
「……身内での潰し合いとか最悪だよプロデューサー……」
「ホントごめん……」
……「筋肉でドン!
筋肉がどう、というよりもどちらかと言うとアイドルが出演する総合バラエティ、という
この番組、基本的に複数組のアイドルグループが様々な競技に挑む形式を取っている。
元は「頭脳でドン!
はっきり言ってしまうとこの時点でもう
――――出演者がエリクシアとニューウェーブの二組でさえなければ。
ボクらは今度出る新キャラとしてフルボッコちゃんの番宣。ニューウェーブは1stシングルの宣伝。比較的ボクらの方が優先度は低いものの、それでもフルボッコちゃんのスタッフ他様々な関係者が絡んでくる以上できれば番宣はしときたい。結果互いの利益が正面衝突を起こした。仲間なのに。
前からなんとなーくプロデューサーが疲れてきてるな、というのは感じていた。
一応、言葉としてみんなからプロデューサーへ伝えてはいたし、体を壊すといけないのは本人が一番分かってるだろうから適当なところで休んではくれるだろうと高をくくっていたというのもあるけれど、社会人なんだし。自分の面倒くらいは自分で見られるだろうと、そう思っていた。
だがヤツは弾けた。
気付けば何連勤になったやら。プロジェクトルームに顔を出したらだいたいいる、という状況に違和感を覚え始めた頃にこの仕事のことを聞かされた。
その時は何の気なしに話を聞いていたわけだけど話を聞いていくと何かがおかしい。
奇妙な違和感を抱えたまま、どこか釈然としないまま楽屋に入ると――そこにはニューウェーブの三人がいた、という流れである。
流石にヤバい。そう判断したボクたちは、全員で頷きあってプロデューサーを囲むことにしたのだった。
「プロデューサーはさぁ……寝てない人?」
「と……当時三徹目の人です……」
「はぁー」
ガタガタガタガタガタッ。
全員座った。
「長時間コースだコレ……」
「当たり前やろ」
「そうならない理由を教えてほしいわ」
早めに楽屋入りしたおかげで、幸いにも時間はある。
説教――という表現はあまり好みじゃないけれど。それはそれとして言うべきことは言っておかないとダメだこれ。
で、まあ数分ほど色々言ってから、ボクたちは改めて直近の問題に向き直った。
「……もう過ぎたことはしょうがないとして、今日の収録をどう乗り切るかを考えよう」
「うん。けど、もう引き分け一択だよねぇ……」
「せやな。他に考えられんもん」
「しかしどうやってだ? この番組、審査員の独断と偏見による採点が多すぎて予防もできんぞ」
「去年の番組再編の時、採点と勝負の方式にメスが入ったみたいだから、そこは多少改善されてるみたいよ」
「ふーん?」
泉さん……が調べたネット情報曰く。
五つの種目で競う、という点については変わらず。トークバトルはよく見なくともマイクパフォーマンスであって勝負とは言い辛い。点数を付けるようなものとはいえないし、勝負にしなくとも番組内容として入れ込めばいい――ということで、別競技に変更。ファッションバトルは観客も含めた投票形式に。滑り台クイズは芸能、歴史、化学、スポーツ、アニメ、スペシャル……と、他に新設されたいくつかの項目ごとに、10ポイント、20ポイント、30ポイントがそれぞれ割り振られ、どちらかのチーム全員が滑り台から落下した時点での獲得点数が、調整の上両チームに加算される。回答は早押し。ルール上、わざと落ちることはできないようにはなっている。
なお各勝負の罰ゲームは据え置きである。
最悪ボクは死ぬ。
「……視聴者的には、本気でやってる姿の方が見たいはずだよね」
「だよねぇ……」
「となると――うむ、決まったな」
「最後のクイズまで本気でやってー」
「最後の最後、クイズで調整って寸法やな!」
「それしかないでしょうね」
全員の気持ちは固まった。あとは――と、ボクは泉さんと晶葉へ視線をやる。
二人も同じ気持ちだったようだ。同じように、どこか固い視線をこちらに向けてくる。
……問題はこの勝負、ちゃんとクイズを盛り上げながら同点に持ち込めるか? という部分と、果たして志希さんが空気を読んでくれるか?というところにかかっている。
泉さんは亜子さんとさくらさんに演技らしくせずにクイズをきっちりこなしてもらう必要があり、ボクたち二人は志希さんの手綱を握る必要がある。
できるだろうか。
いや。できるかなじゃねえんだよ。やるんだよ。
「プロデューサー……は今はダメだな」
項垂れたまま、顔色が青通り越して緑色になってる。よっぽどショックだったんだろう。あるいはこれ寝不足か?
……そっとしておこう。多分死ぬほど疲れてるだろうし。
「号令誰がする?」
「じゃあ、はぁーいっ!」
「それじゃあさくらさん、お願い」
「うん! みんな、今日も笑顔で頑張ろぉー! えい、えい……」
「「「おーっ!!」」」
大丈夫。きっとなんとかなる――そんな根拠の無い自信をみんなで共有しながら、ボクたちは今日の収録へと向かって行った――――。
@ ――― @
「皆さーん、退屈してますかー!」
「「「してるー!!」」」
「そんな退屈は!」
「対決で解決!」
「ミズキとアイリのきゅんきゅんぱわーでハートを刺激しちゃうわよ♥」
「「「FOOOOOOO!!」」」
初回放送と比べて非常に安定してきた瑞樹さんと愛梨さんの前説を聞きながら、ボクたちは出番が今か今かと待っていた。
どことなく、瑞樹さんの言葉からしゅがはさんっぽいにおいがするがそれは置いといて。
バラエティ番組の収録というのはボクらにとっては初めての経験となる。なんとなく、処刑台に向かう死刑囚の気持ちだ。
大袈裟か。大袈裟だな。でも怖いもんは怖いのだ。そもそも今までは演技してればよかったわけだし。演技じゃない素の自分を受け入れられるか――というところで、少し緊張する。
でも、まあ、緊張感自体はライブとそう変わらない……と思うことにしよう。
「「それでは今夜も始まります! 筋肉でドン! Muscle Castle!!」」
「「「わああああああああああ!」」」
客席から大歓声が上が――――うん? 部分的に聞き覚えのある声があるぞ。
これは……ああ、いや、今は言うまい。後にしよう。色々面倒だ。まずは目の前のことから!
二人の前振りと共に客席から笑いが起こる。やがて前振りが終わり――。
「さあ、アピールタイムをかけて対決するアイドルの登場です!」
「まずは初出場の三人です! スターライトプロジェクトの頭脳派三人でーす♪」
「ほーい」
「うむ!」
「…………」
歓声の中飛び出していくと、そこに盛大な拍手が加わった。
ボクが何も喋ることができていないのは……緊張、というよりはこれはキャラ作りだ。
うん。キャラ作りなんだ。物静かなのを演じてるんだ。緊張してるわけじゃないんだ。
じゃないんだから晶葉め生暖かい視線を向けるんじゃない!!
「では、チーム名をどうぞ!」
「はーい♪ せーのっ」
「「「チーム『エリクシア』です!」」」
「はい、なんだか初回放送の時を思い出しちゃうフレッシュさを感じますね~♪」
多分これはキャンディアイランド三人のことを言っているんだろう。
「それでは、続いて……あら? こちらもスターライトプロジェクトから! 仲良し三人組の登場です、どうぞ!」
「はぁい♪」
「うん……!」
「行くでー!」
続いてカーテンが開いて三人が姿を現す。
「はい、いらっしゃーい♪ それではチーム名をどうぞ!」
「「「私たち、チーム『ニューウェーブ』です!」」」
「はい、続いてまたもフレッシュな自己紹介をありがとうございました!」
当たり前である。
「それにしても、どちらも同じプロジェクトから来てるのね。エリクシアのみんな、何か思ってることとか、あるかしら?」
「こうやって競うことになったからには、全力でいくかにゃーん♪」
「うむ、仲間と言えど手加減は無礼に当たるからな」
「そういうわけなので、頑張ります……」
ダブルピース。
何故か客席が沸いた。
ボクに似つかわしくないことをしたからだろうか。卯月さんと同じことをするわりに表情が無表情でジト目だったからかもしれない。まあウケただけいいか。
……いいのか?
「もっともウチには体力最底辺のモヤシっ子がいるからな! 手加減などしていたらそこで負けるからな!!」
「やめてよ地上波で暴露するの」
客席から笑いが起きる。元々、ライブの時のトークでそれなりに周知してたことではあるし、驚きよりも笑いの色の方が強いようだ。
というか晶葉だってボクほどじゃないけど体力そこまでじゃないだろ。
「うふふ。チームニューウェーブの方も、いかがですか~?」
「氷菓には勝てると思うわ」
「氷菓ちゃんには勝てますよぉ」
「氷菓には勝てるなぁ」
「言われているぞ」
「勝てる相手にだけ挑むのは良くないと思います!!」
ボクを基準にするんじゃないよ!!
せめて晶葉にしなよ! 志希さんはちょっとどうなるか分かんないけど。あの人大概何でもやれる系の人だし。スポーツも大得意だ。苦手なのは人に合わせることと手加減くらいだ。
「両チームともやる気満々ね! この勢いで早速行ってみましょう、最初の勝負は!」
「「ボルダリング対決~!!」」
そう言って、背後の壁を指し示す二人。そこにあったのは――確か以前、菜々さんやアスタリスクのお二人が挑戦したあの……かなり安全に配慮された壁だ。
本来のボルダリングのそれとは異なって傾斜はほとんどかかっていないが、それでもボクらにとってはそれなりにキツい。というか高い。
「ルールは簡単、この壁を登っていくだけ!」
「途中で落ちた場合は、壁に書いてある数字分のポイントをゲット!」
「そして、登り切ることができたら30ポイント。見事、チームメンバー全員が登り切れたらなんと、100ポイント!」
「みなさん、頑張ってくださいね~♪」
「それでは一人目の選手、どうぞ!」
「はい」
「ん……ごめん晶葉、眼鏡持ってて」
「うむ」
まず一人目――ボクと泉さんだ。
勝手知ったる、という言い方も変だけれど、知らない相手ではないことは確かだ。ボクの方が明らかに身体能力は低いんだし、ここは胸を借りるつもりで全力で挑んでみよう。
「お願いしますね」
「ええ」
壁から突き出したでっぱり――名前は確か、「ホールド」だったか。
構造解析により最短距離、最適ルートを算出。全力と言うからには全力だ。ここで打てる手は全て打っておく――――!
「では、よーい……スタート!」
「ぐえー!!」
「氷菓ー!?」
「アチャー」
――――次の瞬間、ボクの身体は思いっきりマットに叩き付けられていた。
踏み外したとかそういうのでもない。ちゃんと掴んでいたしちゃんと足場も確保していた。
なんのこたあない。ただの握力不足である。
「ひょ、氷菓ちゃん0ポイントー!」
「氷菓ってあんなに弱かったのか?」
「アタシ、こないだの身体測定一緒だったから知ってるんだけど……晶葉ちゃんは氷菓ちゃんの握力知ってる?」
「いや。そういえばそういう話はしたことが無かったな」
「13kgや」
「なん……だと……」
すいません、あれ(若干)嘘言うてます。
言うたほど強く握れません。緊張で。
スタジオ中から笑いが起こった。
「ちょ、ちょっと氷菓! 何でそんな……ふふっ、お、おかし……あっ!」
「泉ちゃん20ポイントー!」
「え、ちょ、ちょっとぉ!」
ボクの様子を見ていたらしい泉さんが噴き出し、結果腕の力が抜けていいところで落ちてしまった。
………………け、計画通りなんだからねっ!!
「氷菓、キミの握力小学生以下だったのか……」
「腕力と脚力も小学生以下だよ」
「何となく見れば分かるけどねー♪」
そして視力も弱い。唯一いいのは聴力くらいのものだ。
……そんなこんなあってボクは0ポイント。泉さんは20ポイント。
晶葉は10ポイントで、他の皆は登り切って30ポイント。結果、こちらは40ポイント、ニューウェーブは80ポイント……と、この時点で大差がついた。
元々の予定通りと言えば予定通りだけど。
「というわけで、負けたエリクシアの皆さんは罰ゲームで~す♪」
「三人にはこちらの健康茶を飲んでもらうわね」
「うぐっ」
罰ゲームで有名なアレか。容器は小さいけれど、晶葉も志希さんもかなり微妙な顔をしている。
あの志希さんを困らせるって相当だぞ……と思いながら口に含む、と。
「……う゛お゛お゛お゛お゛……!!」
「うにいいいい……んっぎぃぃぃ……!!」
「……うん? うん」
……二人は悶絶してる。けど、ボクはそんなでもない。
確かに苦いしマズい。が、テレビ向けとはいえ、その……かなりオーバーなリアクションだな……? と思わなくもないけど……これそんなに苦いかな?
「氷菓……これで特に何も感じないってどうなっているんだキミは……」
「え……そんな言うほどかな?」
「言うほどだよっ!」
悲鳴を上げていた晶葉が言うとなんだかものすごく説得力がある。
あるけどそこは許容量という言葉で納得してほしい。ボクだって別に何でもかんでも許容できるわけじゃないんだよ。硫酸とか王水は流石に飲めないし。
それから少し休憩を挟んで、第二競技の時間がやってきた。
「それでは次の勝負は!」
「「エアホッケー対決~!」」
続いて、二つ目の勝負――エアホッケー対決。
ホッケー台の前にはボクと志希さんの二人が立っていた。台本通りならこの後は、ボクと晶葉でマシュマロキャッチ対決。ファッション対決には志希さんが出て……という流れになる。
ニューウェーブはさくらさんと泉さん。この二人のどっちかがファッション対決に出るのだろう。
現時点での点差は40点。なんとかこのままの調子でうまくやれるよう頑張ろう。
「この勝負では勝ったチームに50点が加算されま~す♪」
「勿論、この勝負でも罰ゲームはあるからみんな、頑張ってね! それじゃあ、さっき負けたチームエリクシアから先攻で、ゲーム――スタート!」
「それっ」
「あっ」
ヒュカンッ、と僅かな音が響き、その瞬間、照明が瞬いてこちらの得点が告げられた。
「……ええっ!?」
「え、エリクシアに得点~! い、今何が起きたんですか?」
「わ……わからないわ。氷菓ちゃん、今何したの?」
「射角と回転を調整して打って普通の曲がり方をしないようにしたんです」
「わからないわ……」
「……あ、そういえばゲームセンターの時氷菓はエアホッケー大得意だったな……」
物理演算を脳内で組み立てて、確実にゴールに入るよう調整していることもあり、先攻でさえあればボクは9割がたゴールに入れることはできる。防がれたのは志希さんが本気を出した時くらいのものだ。それでも8割がた入る。
しかし、問題は――――。
「先制の速攻以外できんのが欠点だが」
続けて晶葉が言った通り、次に泉さんが放ったものは数回のやり取りの中でごく普通にゴールに飛び込んでいった。
うん。
先制はできるんだけど、こう、ラリーができないんだよね、ボク。
有体に言ってしまえば分からん殺し専門というか。分からない間に攻めきれればいいんだけど、こういう2対2の状況だと、サーブ権はそれぞれ一回ごとに変わってくるわけで……。
「あれっ?」
「……勝っちゃった」
……結論から言うと、そういうことになる。
「こ、今度もニューウェーブの勝利~!」
「氷菓ちゃん、途中からもう倒れそうだったわね……というか今倒れてるわね……」
「ひゅー……ひゅー……」
「大丈夫ー?」
「……な、なんとか……こふっ」
動けば動く分だけ体力は削れ、その内動くことすらままならなくなり、やがて先制すらできなくなり……ご覧の有様である。
いくら天才の志希さんとはいえ、一人で二人を相手取るのは難しかったようだ。
「……まあ、前よりはマシ……なのかな……」
「氷菓ちゃん、大丈夫ぅ?」
「えー、なんだか過去に何かあったようですが、それはそうと負けたエリクシアのお二人と晶葉ちゃんには罰ゲームで
そうして送り届けられる三つの小さな容器。あれ。さっきよりも遥かに小さいし少ない。
ほんの10mLにも満たないくらいじゃないか……と思いながら、三人揃って口に含む。と――――。
「ヌ゜ッ!!?」
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオ!?」
「……?」
汚い悲鳴を上げながら二人が瞬時に老化していた。
ちょっと何が起きているのかよく分からない……いや、確かにこのジュースがマズいってのは分かるんだけど。
……あ、舌がちょっとシビれてきた。確かに……マズいはマズいね、これ。
「ひょ、氷菓ちゃーん? あんまりリアクションが無いけど、どうですか~?」
「控えめに言って甘いドブですね」
「だったらそれらしいリアクション取ってくれないかしら!?」
「はいカットー!」
……こんな感じで、第二勝負も終了した。
これで点数は130対40。90点の差だ。
なお、一時休憩の際に水をがぶ飲みする二人に恨めし気な目で見られたが、これは仕方がないと思って諦めてほしい。いわゆるコラテラルダメージというものだ。
……何? 一番ダメージを食らうべきボクが何一つダメージを受けてない?
疲労というダメージを一切鑑みなければその通りである。
本当に申し訳ない。
「さて、第三勝負は?」
「「マシュマロキャッチ対決~!」」
さて、恒例のマシュマロキャッチである。
出場するのはボクと晶葉、そして亜子さんとさくらさんだ。志希さんと泉さんは裏で私服ファッションショーの準備になる。
キャッチ側は晶葉とさくらさん。亜子さんとボクがマシュマロを放つ側だ。
「は~い、それじゃあ行ってみましょう! 一回目、どうぞ~♪」
「よーし、さくら! キャッチしてよ!」
「うん、ちゃんとキャッチするからねぇ!」
ぽふん、という音と共に、マシュマロが一つ放たれる。
追いかけるようにしてさくらさんが走り、あるいは口を大きく広げて対応する。
が――――。
「あー! ダメやった!」
「うー、ごめんねぇ……」
流石に一回目じゃどうしようもなかったらしい。口元からやや離れた場所にぶつかって、マシュマロはそのまま床に落ちて行った。
「残念! それじゃあ、エリクシアのお二人、お願いしま~す!」
「うむ。氷菓、頼むぞ」
「うん」
ま、気楽に構えててよ――と言って、ボクは軽くマシュマロガンを構えた。
「ん、あれ? 晶葉ちゃん、動く準備せんでいいん?」
「ああ、構わんとも」
と、晶葉は立ったまま口だけ開けて目を閉じた。
あんまり信用されすぎてもなあ――と思いつつも、その期待に応えるべく脳内で計算を行う。
さっき見たマシュマロ銃の威力、射角、マシュマロそのものの質量その他――頭の中で全てを計測……解析終了。
「それ」
「あむ」
「え、ええええええええっ!?」
「い、一歩も動かずにキャッチしちゃいました~!」
わっ、とスタジオ中から歓声が上がる。あまりに現実離れした光景に脳が追いついていない人もいるようだ。
「これそういう競技じゃないはずなんだけど……」
瑞樹さんが困ったように笑みを浮かべている。そりゃそうだ。ボクもそう思う。でもできちゃう以上やらない理由は無い。
この際だし、ボクもできることはやって見せたいしね。
「こんなんチートやん!」
「い、一回くらいはミスしてくれるかもしれないからっ!」
「せやったら他全部取ればイケるなぁ……ってできるかい!?」
――――そして至極順当にパーフェクトを取得。今回はボクらの勝ちということで、30点追加。点数は130対70となった。
なお、番組史上初のパーフェクト達成である。瑞樹さんは元より愛梨さんの笑顔もやや引き攣っていたが、こればっかりは勘弁してほしい。
その後行われた私服ファッションショーは、これと言った波乱も無く。
泉さんはちょっと大人っぽい――休日に時々見かけるような、青色を基調にした服装。
志希さんはちょっと色っぽい――しょっちゅう見る着崩しファッションを披露。
会場のオーディエンスがやや女性が多めだったことも手伝って、泉さんの方が得票数が多く、最終的に190対110という点になっていた。
これで点差は80点。実にいい具合の点差だ。
やがてセッティングが終わり、それぞれヘルメットやサポーターを付けた状態で滑り台の上に座ることになる。
……ああ、緊張してきた。ちゃんと答えられる程度のものならいいけど。
「それではいっちゃいましょう! 最後の対決は?」
「筋肉と頭脳の融合!」
「「滑り台クイズ~!」」
今のところ傾斜はゼロ。ほぼ平地だ。摩擦もあるし落ちることは無いだろう。
紳士協定……というか淑女協定って言うべきかな? 何にしても、「大量得点差があるからすぐに落ちてゲームを終わらせる」ようなことはしないよう事前に言い含められているし、ボクたちもそうする気はない。
目指すは――――引き分けのみ!!
……引き分け狙っちゃダメとは聞いてないし。
「最後まで一人でも残っていた方の勝利です! 負けてしまっても大丈夫。その時点まで獲得していた点数の半分が加算されま~す!」
「そして勝ったチームはそのままの点数をゲット!」
「問題に正解すると相手チームの角度を上昇させられまーす♪」
「一発逆転もありうるこの大勝負、みんな、頑張ってね! それでは一問目、芸能の10から!」
瑞樹さんの号令に合わせ、モニタに幸子さんと友紀さん、紗枝さんの三人が表示される。
やがてナレーション音声が流れ……。
――――この番組の記念すべき第一回に登場したこのチームの名前は?
「はいっ!」
「はい!」
「はい」
いち早くボタンを押したのは泉さん。即座に滑り台の上の方に明かりが灯った。
「はい、泉ちゃん!」
「カワイイボクと野球どすえチーム!」
「正解! ニューウェーブに10ポイント!」
「同時に、エリクシアの滑り台が上がりま~す♪」
「む」
「う……」
僅かにボクらの方の滑り台の角度が上がる。
晶葉が驚いたようにこっちを向いているが、ボクもちょっと驚いた。このくらいの角度でコレか。ははは。マズいなコレ。
「次のパネルの指定をどうぞー♪」
「スポーツの10を」
次いで映像に表示されたのは……これは、メジャーリーグの映像、かな?
見たことがあるような気はするけど……ええと。
――――今年からメジャーリーグに挑戦したこの二刀流投手のフルネームをお答えください。
「はいッ!」
「亜子ちゃん!」
「
「正解! 続いてニューウェーブに10ポイント!」
「……うっ……」
「まだ落ちないでくださいね~♪」
更に滑り台の角度が上がり、ボクの身体がわずかにズリ落ちかける。
……あれ!? ボクってこんなにバランス感覚悪かったっけ!? さっきまでの競技の疲労か!?
「次をどうぞ!」
「じゃあ、美術の10!」
続いて映像にとある絵画の写真が表示された。「最後の晩餐」だ。
多分、これ……作者の名前を答えろ、とかそういうタイプだな。
――――この絵画の作
「はい」
「え、ひょ、氷菓ちゃん!」
「レオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ」
「せ、正解!」
「意外だな。知っていたのか?」
「うん」
泉さんやさくらさんが悔しそうにしているのを見るに、どうもこの絵の題名は分かっても作者名をド忘れしてたっていうパターンのようだ。
「……ちなみにこの問題は、『この絵画の作者を答えなさい』でした。それじゃあ次の問題を選んでね」
「美術の20を」
次に、映像に映し出されたのは……自由の女神像か。
まあ、これも一種の美術品……と言えなくもない、のかな。文化遺産だし。
――――この像のモデルは何でしょう?
「はい」
「はい、氷菓ちゃん!」
「フランスの象徴とされる女性、マリアンヌ」
「正解!」
「わわっ! ……あれ、アメリカなのにフランスなのぉ?」
「みたいね……」
元々のモデルが、という話だ。そもそも自由の女神自体はフランスからアメリカに贈られたものでもある。
そういう出自があるため、結局帰結するのはフランスのマリアンヌ――ということらしい。
ふっ、と僅かにほくそ笑む。
そもそもボクにとって芸術は得意分野だ。何故なら古宮の爺さんは贋作商。ボクは模倣と解析によってその商品を作る手伝いを山ほどしているのだから!
……レプリカ品を作るの、美術展とかで割と重宝されるんだからな!
「次は美術の30で」
「び、美術の30! 大きく出ました!」
次に表示されたのは――絵画の一部、か。ほんの僅かに映して徐々に下げていく……というところかな。
――――徐々にフェードアウトしていきます。この絵画の名前を答えてください。
「はい」
「最初から!? ひょ、氷菓ちゃん!」
「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」
「せ、せせ、正解!」
「ひゃあっ!?」
「お、おお……スゴいな」
驚きと共に、客席から歓声が上がる。
ニューウェーブ三人の滑り台も上がる。流石にそろそろキツそうだ。
……ここでトドメと行くか。
「次、科学の30」
「ちょっ!? ど、どうぞ!」
こっちは二人に任せとこう。ボクばっかり前に出てもアレだし。
……いや、今更ではあるが。
次に表示されたのは……なるほど、分子モデル。
「「はい!!」」
「ちょっと待って!? せめてナレーションだけさせて!?」
「待たん! マイトトキシン!」
「もしくはC164H256O68S2Na2~♪」
「せ……正解!?」
「何で分か……ひゃああああああ!」
「せめて問題聞かんかーい! わああああ!」
「う、ぐ……む、無理! きゃああ!」
……そして、予定調和の如く――事実、予定調和として――急な傾斜のついてしまった滑り台から三人が滑り落ちていった。
マイトトキシン。あるいはC164H256O68S2Na2。現在判明している中で最も大きな構造式を持つ化合物である。科学者的には割と有名な存在ではあるだろう。
「我々にとっては一般常識同然だからな」
「最も長いからこそ覚えやすいんだよね~♪」
まあ正直アレが何に作用するかって話でもあるけど。
フグ毒の200倍の強さの毒素だっけ。解毒作用を探すのには役立つかもしれないけど、使えるとしたらそのくらいだろうか。
何にしても――――ボクたちの獲得点数は90点。対してニューウェーブは20点の半分で10点。
合計点数は……200対200!!
「「結果発表ー!」」
やがて、粉を落とした三人を迎え、会場で発表が行われる。
背後のモニタに表示されるのは……200と、200!
「あらら、同点ですね~!」
「では、仲良くアピールタイムは半分こ!」
「罰ゲームも仲良く、でね!」
「「「「はーい!」」」」
思わずみんなで顔を見合わせ、ハイタッチ。当初の目論見通り、ボクたちはアピールタイムを折半することに成功したのだった。
観客もなんとなくこっちの考えが分かったのか、ところどころ笑いが漏れている。
もうこれ出来レースみたいなもんだけど、まあ客受けがいいならそれでよし。ということにしておきたい。
「ちなみに罰ゲームですが、こちら!」
「日本一怖いと言われるお化け屋敷とジェットコースターを体験してもらいま~す♪」
「え」
「え」
「……んえ?」
「嘘ぉ!?」
で、表示されてるのは……………………FUJIQハイランドじゃね、これ?
亜子さんも泉さんもさくらさんも、晶葉もどうやらアトラクションのことは知っているらしい。顔を引き攣らせてどことなくヒいている様子が見受けられる。
……え、マジで? そんなに怖いの……? ちょっと待って。それボク耐えられるの? あと身長制限大丈夫なやつ?
……あ、でも遊園地とか行ったこと無いしちょっと楽しみかも。
「ん~……ちょっと楽しみだね?」
「うん、ちょっと楽しみ」
「これ罰ゲームですよ~?」
「ボク遊園地行ったこと無いんです」
「えっ」
「い、今はそれはいいじゃない。ともかく、来週はお化け屋敷体験とジェットコースター体験特番をお送りします!」
「エリクシアの皆さんとニューウェーブの皆さん、ありがとうございました~♪」
――――そんなこんなで、ボクたちの初めてのバラエティ収録は終了の時間を迎えた。
翌日、どういう事情かやけに何か心配した表情で瑞樹さんと愛梨さんが訪ねてくるのだけど、それはまた別の話。
とりあえず、何か察されることはもう慣れたのでどこから何を察したのかだけ最初に言ってほしい所存である。
目指しているのはあくまでWin-Winなので八百長ではありません。(強弁)
次回、初めての遊園地。(未確定)
※ 4/28 微修正