青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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25:にせもの美術展

 

 

 フルボッコちゃんの収録が始まって、少しばかりの時間が経った。

 追加キャストであるボクら三人やアリスさんも、元から連携が取れるようになってきたのだけど、そんなある日、ボクらは更なる追加キャスト――より正確にはゲストだけど――の存在を知らされていた。

 また急な話ではあるが、それ自体はこの会社じゃあ割と普通のことだ。別に拒む理由があるでもなし、ボクたちは皆、ごく普通にその日を迎えることとなった。

 

 ……のだけどそれはそれとして。ゲストを迎えるその日、ボクたちはそれまでの時間つぶしのために、楽屋でレイナさん、光さん、アリスさん、千佳ちゃんとボク……それから晶葉を含めた6人で楽器を弄っていた。なお志希さんは別室でお昼寝中である。

 

 

「じゃあ行くよ。1、2、3、4……」

 

 

 ボクの演奏するギターに合わせ、レイナさんと千佳ちゃん、アリスさんがそれぞれの持っている楽器を演奏する。

 ……が、うん。見事なまでにバラバラだ。唯一リズムが合ってるのはレイナさんくらい。光さんはボーカルに入り辛そうにそれを見ている。

 この状態で続けても意味無いな――と、ボクはギターを演奏する手を止めた。

 

 

「うーん、難しいよ~……」

「学校の音楽会ならすぐにできてたんですが……」

「それとこれとは少し勝手が違うだろうに」

 

 

 L.(リトル)M.(マーチング)B.(バンド)(ガールズ)というユニットがある。恐らく346プロダクション史上最大の人数を誇るユニットで、その総数はスターライトプロジェクトに匹敵するほどだ。

 その名の通り、小さい女の子を主にして構成されるマーチングバンドのユニットだ。そのため人数の融通は利きやすく、増員も随時図られており、ボクや晶葉、こずえちゃんや聖ちゃんなんかも以前打診を受けたことがある。ただボクを入れようとした意図はよく分からない。ボクが歌う「ハイファイ☆デイズ」とかドコ向けの需要だよ。

 

 さて、それはともかくアリスさんと千佳ちゃん、光さんとレイナさんの四人はこのユニットの一員だ。が……やっぱりあれだけの人数のアイドルを集めた弊害か、とにかく全員の時間がなかなか合わない。一人一人のアイドル活動があるのだから当然と言えば当然と言える。

 で、まあそんなわけで、ボクはどんな楽器でもある程度こなせているから、こういう風に四人の手伝いをしている……というわけだ。

 

 

「それにしても氷菓ちゃん、ギターもできるんだな!」

「うん。楽器でさえあればだいたい演奏できるよ」

「これで体力さえ備わっていれば完璧だったかもしれませんね……」

「内面がな……」

「しれっとディスってんじゃないよ」

 

 

 でも積極的に否定ができないのが悲しい。

 

 

「うーん……しかし……なあ千佳ちゃん」

「うん。レイナちゃん、上手くなってない?」

「ハァァーン? 上手に? そんなの当たり前じゃないのアーッハッハッハゲホッ!?」

「はい」

「くっ、か、感謝しておくわ……ゲホゲホ」

「まあ、練習したもんね」

「は、はぁー!? 何言っちゃってんの氷菓!? このレイナサマが隠れてこっそり練習なんてそこのヒーローバカみたいな真似するワケないでしょォ!?」

 

 

 ツンデレ乙。

 

 ……実を言えば、ボクとレイナさんは同じ学校に通っている。

 寮に入ったことで校区が変わり、他の公立校に通う寮生のアイドルと一緒の学校に通うことになったのだけど、その中に偶然にもレイナさんがいて――という話だ。この学校には他に七海ちゃんや法子さん、村上巴(むらかみともえ)さんなども通っている。仕事や学年、組なんかの兼ね合いもあるから、同じ学校とはいえ七海ちゃん以外の面子と顔を合わせることは少ないのだけども。

 レイナさんは時々時間を見つけては練習を重ねている。実際にボクもそれに立ち会ったし、今のように楽器で合わせたりもしてみた。その成果がこれに出ているのだろう。

 

 

「クッ……ちょ、調子狂ったわ。外の空気吸ってくる!」

「あっ、レイナ!」

 

 

 見事なまでの照れ隠しムーブを発揮し、レイナさんが部屋の外に飛び出した。

 別にそんなひた隠しにすることでもないと思うんだけどなあ……やっぱりキャラの問題だろうか。

 でもレイナさんみたいな人が努力を重ねてるって、ギャップがあっていいと思うんだけど……。

 

 

 ともあれ、そんなこんながあってゲストの到着だ。

 ボクたちも揃ってセット裏でその人が来るのを待ち構えていた。

 

 

「皆さん、おはようございます。本日はよろしくお願いします!」

 

 

 溌剌とした挨拶と共に、ボクたちへ笑顔を向けるのは、一人の女性――シンデレラプロジェクトのメンバーにしてボクたちの直接の先輩の一人である、新田美波(にったみなみ)さんである。

 そう、今日からこの撮影を共にするゲストとは、美波さんのことだ。

 この前発売したシングル、「生存本能ヴァルキュリア」の宣伝も兼ねての抜擢である。その役柄は、文字通りの「戦乙女(ヴァルキリー)」。聞いたボクも正直意味が分からなかった。けど十中八九ただスタッフが撮りたいだけだろう。

 ともあれ毎度のことは一旦置いといて。

 

 美波さんの役は、魔法少女たちに魔法という奇跡を授けた「神」の代行者。敵対勢力である「大罪」の復活に呼応して地上に顕現したという設定で、最終的には悪に堕したブラン(ボク)に討ち取られるものの、チカやフルボッコちゃんの新フォーム覚醒の一助になるという重要な役だ。

 ……まあ、ちょっと不憫なようなオイシイような、そんな感じはあるけど。重要には違いない。

 

 余談だが、脚本のト書きを見ると「ここで装甲をパージ」とか「ここで服が破れる」とかやたらと多いんだけど、大丈夫なのか脚本。大丈夫なのか監督。

 

 

「おっはよー♪」

「志希さん、もうちょっと挨拶ちゃんと……おはようございます」

「あはは。大丈夫ですよ。よろしくお願いしますね」

 

 

 活発、かつこんなにも鷹揚で清楚なのに、何故スタッフはあんなにもお色気を推すのだろう。甚だ不思議だ。

 

 

「新田さん、一ノ瀬さん、準備お願いしまーす!」

「あ、はーい!」

「はーい♪」

「ん? 二人は何かあったか?」

「特殊メイクだってさ」

 

 

 役の性質上、美波さんは元より、今回は志希さんも戦闘パートに出てくるのでちょっとした特殊メイクが必要になる。

 なんでも、遺伝子工学によっていわゆるラミアみたいに足を蛇に変えることで戦闘力を上げる――という設定なのだとか。他の回でもハーピィみたいにしてみたりアルラウネみたいにしてみたり……と予定されて…………今改めて考えるとなんというか、その、スタッフの趣味がモロに現れてる気がする。

 公共放送に流すものだと自覚はあるんだろうか。

 

 

「ボクらはそれまで一旦待機だって」

「そうか。なら着替えておくか?」

「だね」

 

 

 もうちょっと練習するのもアリかもしれない。それはそれで着替えた後でやってもいいかもしれないけど……そうしたらなんとも幻想的な絵面の音楽練習会になっちゃうな。

 それはそれでオフショット的にTwitterに上げてみても面白いかもしれない。プロデューサーに載せてもいいかの確認取らなきゃいけないけど。

 

 

 ……そんなこんなで二時間ほどが過ぎた。

 いくらなんでも遅い。遅すぎる。

 ボクの記憶が確かなら、ハリウッドのある有名な映画の顔、首、手……なんかの露出部に特殊メイクを施すのに一時間半ほどかかったという話を聞いたことがある。

 美波さんはそれほどでもないにしても、今回一番特殊メイクしなきゃいけない志希さんでも足元だけ。それも殆ど足が見えてたりスカートで隠したり、こう、有体に言ってしまうと多少適当でも隠しきれる程度のものだ。

 オマケにCGとSFXも重ねるので、余計にこれ以上時間を重ねる必要を感じられない。ハリウッドや映画とは環境も違うとはいえ……。

 

 

「……どうしたんだろ」

「見に行くか?」

「でも万が一メイク途中だったりしたらなぁ」

「今更気にすることか」

 

 

 ……いや、女同士何だから別にいいのか、それは。

 まあ気まずいと言えば気まずいけど。それはそれとして、もし寝てたら問題だ。確認に行っておこう。

 

 

「ちょっと行ってくるね」

「あ、はい、お願いします」

 

 

 アリスさんに一つ言付けて、二人で楽屋に向かう。

 二人の待機している楽屋にたどり着くと、特に抵抗も無くすんなりと扉は開いた。

 

 

「……うわ、二人とも眠っちゃってるよ」

「本当だな。やれやれ、世話の焼ける……」

 

 

 それに何だか妙なにおいもする。

 ははぁ。さては志希さん、変なアロマ使って眠らせちゃった挙句自分も寝ちゃったな。

 

 

「志希さーん、起きてー」

「……んにゃ?」

 

 

 身体を揺さぶると、少しだけ身じろぎしてから志希さんが目を覚ました。

 ふるふると軽く頭を振り、少しの間周囲を見渡した後にこちらを見てから、一言。

 

 

「おっはよー♪」

「おっはよーじゃないよもう二時間経ってるよ」

「早く準備してから来い。それとそっちの美波も――」

「あ、美波ちゃんはいいよーあたしが起こしとく♪」

「……? じゃあ、お願い」

「あいあいさー」

 

 

 いや、手間は変わらない……よな?

 でも本人がいいって言ってるし、いい……のかな。

 

 なんとも不可解なものを感じながらも頷いて、ボクは晶葉と一緒に楽屋を出た。

 

 ――――その日は一日、柑橘系の匂いが現場に漂っていたけど、やっぱりあれはそういう種類のアロマだったんだろうか。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

「……ということで、審美眼を養いたいんです」

「何がということでなのか分からないんだけれども」

 

 

 それから少し経って、ある日のこと。ボクは唐突に自室にやってきた頼子さん……とマキノさんに、そんな言葉を投げ掛けられていた。

 何がどうしてそうなったのか。以前から割とみんな、ボクに対して無茶ぶりを投げすぎじゃないだろうか。

 

 

「この前の収録、見てたわよ」

「はあ。うん、ありがとう」

「その時氷菓ちゃん、芸術分野の問題を全問正解していて……」

「あ、あー……あれ?」

 

 

 確かにあの時、二人を含め何人かあの場にいたなとは思ったけど……それでか。

 いや、しかしだけれども。

 

 

「……でも何で?」

「その、今度私たちナイトシーカーズで地上波の『トンデモ鑑定団』のナビゲーターに選出されたんです」

「それは、おめでとう。けど何でボクに?」

「やっぱり、そういう番組のナビゲーターをするからには真贋を見極める目が必要です、って頼子が言い出したの。そういうことよ」

「え、えぇ……」

 

 

 た、確かにあの時は色々言い当ててはいたけど、それでボクか。

 別に駄目だとは言わないし言えないけど……。

 

 

「ぼ、ボクに聞いてもあんまりアテにはならないと思うよ……? 詳しいって言うなら、頼子さんの方がよっぽど詳しいと思うけど」

「だとしても、氷菓の知識は一般的なそれとはまた異なるもの……それと頼子の知識をかけ合わせれば更に、とは思わない?」

「ん、うん……? う、うん」

 

 

 それもそうか……それもそうか?

 なんだか、そうでもあるようなそうでもないような……マキノさん、もしかして前の時みたく、ちょっぴり自分が楽しもうって思いも混ざってない?

 まあいいか……。

 

 

「……トンデモ鑑定団ってあんまり見たこと無いんだよね」

「あら、そうなの?」

「うん。まあちょっと」

 

 

 大した事情でも無いのだけど、やっぱり贋作を作って売っている側としてはちょっと身につまされるというか……前に見た時に偶然ボクの作ったものが出てきて、実際ちょっと自分のやってることに対して罪悪感を覚えたというか……。まあそれは置いておこう。

 

 

「でもその筋には詳しいのよね? ほら――あんなお知り合いがいるのだし」

「そこは、まあ」

「お願いします……折角の出演ですので、できるだけ完璧に仕上げておきたいんです……!」

「う、うん……けどこういうのになると、どうしたらいいのかあんまり……」

 

 

 流石にこの熱意を裏切ることはボクにはできない。

 しかし、ボクの場合はやや裏技めいた技術を使っているからこその知識量と鑑定眼なんだ。頼子さんが求める正しい鑑定の知識とはまた違う。

 弱ったな。こうなると、他にどうしたらいいか――――。

 

 

「あ」

「何か思いついた?」

「……うん、一応……。その、頼子さん」

「はい」

「怖い人って、会っても平気?」

「……はい?」

 

 

 ……そんなわけで、そういう方針にした。

 

 

 ボクの美術品に対する知識は、基本的に必要に応じて身につけたものだ。

 だからどうしたってどこかに偏りは出るし、そもそも興味の有無という点で言うなら「高く売れるならいいんじゃない?」程度のもので、本気で興味を持って調べていたりするような人と比べればどうしても知識量は少なくなる。

 じゃあ誰が一番美術品に対する知識を持っているのか、という話だけど、鑑定士という職業以外で言うなら……やっぱり、美術品を取引している人間だろうと、ボクは思う。

 

 まあ、あれだ。はっきり言ってしまえば、古宮の爺さんに頼ろうという話である。

 贋作商というのは「本物」の価値をよく知っているからこそなれるものだ。昔そんな話をしてもらった覚えがある。ということはつまり、あの爺さんは美術品の価値を人より遥かに知っているということになる。

 何が偽物で何が本物か――まあ、考えてもみれば古宮の爺さん以上に詳しい者もいないだろう。

 

 というわけで、ボクたちは三人で連れたって再び例の船着き場にやってきたのだった。

 ちなみに今回はプロデューサーに報告済みである。

 

 

「そういう事情ねェ……」

 

 

 と、自室にやってきたボクらを見て、軽く頬を掻きながらおじじはそんなことを呟いた。

 

 

「なんとかならない?」

「何ともならんこたあないが……まあお嬢さんたち、コーヒーでも飲みなさい」

「すみません。いただきます」

「い、いただきます……」

 

 

 委縮した頼子さんとは対照的に、まるっきり平静なマキノさん。一度ここに来たことがあるからとはいえ、おじじのあの強面(こわもて)を目にしてまるで気にした様子が無いというのも驚きだ。サングラスに切り傷、黒スーツ……と、カタギじゃないのが見え見えなくらいなんだけど。

 

 

「まあ、氷菓のお友達のアイドルさんたちの頼み事とあっちゃあこっちとしても無碍にはできねェ。うちで保管してるものなら何でも見て行きなさい……って言いたいところだが」

「何かあったの?」

「いや……ウチにあんのは贋作ばっかりだろ? それで勉強になるかはなァ」

「その贋作を見るのも、鑑定の勉強にはなるかなって思って」

「そうだなァ……」

 

 

 そう言って、二人……というより、頼子さんを値踏みするように見据えるおじじ。

 果たしてお眼鏡に適うか――と一瞬心配してしまったが、杞憂だったらしい。一つ頷くと、おじじはボクに一言「見せてやれ」と言付けて、自分は携帯でどこかへ連絡を始めた。

 

 

「じゃあ、行こっか」

「どこへかしら?」

「ここ、贋作がコンテナに積んであるんだけど、いくつか顧客用に展示スペースを作ってるんだ。とりあえず一番近いとこにあるの開けてもらうから、そこまで」

 

 

 船室の外に出て、コンテナのある場所へ向かう。

 この船自体、ボクにとっては庭のようなものだ。すいすいとコンテナのある方へと歩いていく――――と。

 

 

「姫~ッ!!」

「姫!?」

「姫……!?」

 

 

 ……しまった、とボクは閉口した。

 あんまりにもこの船から離れすぎてて忘れていたが、そういえばこんな呼ばれ方してたこともあったっけ……。

 大声を出してこちらを呼んだ船員の一人が、にこやかな笑みでこちらに向かってくるのが見える。対照的に、頼子さんとマキノさんは理解できないものを見た時のような表情をしていた。

 

 

「やめろォ!!」

「? 姫は姫じゃん? ここに友達連れてくるなんて未だかつてない快挙を成し遂げたってボスから聞いてさ!」

「やめろォォォォォォ!!」

「ンフッ」

「ひ、姫……」

 

 

 ちくしょうやっぱり普段とのギャップで笑われてる!

 でも笑うよねそりゃ……ボクみたいなのがあんな呼ばれ方してたら普通笑う。かなり大爆笑。それはそれとしてつらい。かなりつらい。

 

 

「それじゃあお二人さん、うちの姫のことを今後ともヨロシク! あ、これ鍵ね」

「頼むから姫とか呼ばないで……あともうどっか行ってよ……」

「氷菓ちゃんのこんな姿初めて見ました……」

「私は前に少し見たわ」

 

 

 地に伏して打ち震えるボクに更に姫、姫と投げ掛けられる。ここ最近で最悪とすら言ってもいいかもしれないくらいの気分だ。生理の時に匹敵する。

 よもやこんなところでボクの珍妙な呼び名を晒すことになろうとは……最悪だ……。

 

 

「……このことはどうか内密に……」

「え、ええ」

「も、勿論です」

 

 

 床に突っ伏しながら言ったことで、もう何とも有無を言わせない雰囲気が漂っていたのだろう。二人とも半笑いだったものの、なんとか承諾は得られた。

 しかし果たして本当にバラさずいてくれるのだろうか。頼子さんは元からそういう性格じゃないけど……マキノさんは割と愉快犯的な行動を取ることもあるしな……。

 ……まあ、情報倫理についてはよく理解しているだろうし、信じておくとしよう。

 

 さて、それはともかく見学だ。

 コンテナの中に通した線を辿って電気を点けると、その中はまさに美術館さながらの様相だった。

 絵画、彫刻、壺に刀剣。あるいは掛け軸だったり陶器だったり……兎にも角にも、数々の品物が二人を出迎える。

 思わずと言った様子の2人の口から、ため息が漏れるのを聞いた。流石にこれだけの品数、圧倒くらいされるだろう。

 

 

「……改めて言っておくけど、これ、贋作だからね」

「あっ……そ、そうでした。ええと……」

「それで、何をどうすれば学べるの?」

「世の中の鑑定士はどうやって真贋を見極める目を養うの? って話にもなるんだけど、やっぱりとにかく場数を踏むことが重要だと思うんだ。というわけで、ここにある贋作、何がどう本物と違うのかを鑑定してみよう、って話」

「ふぅん、成程ね。けれど氷菓はこれがどう違うのか、知っているのかしら?」

「うん。ここにあるものボクが作ったやつだから」

「……え?」

「え?」

 

 

 二人が目を見開いた。

 実際に描いただとか、錬金術で作っただとか、そういう違いはあるけど――少なくとも、この場所でボクが作ってない贋作ってのも殆ど無い。

 本来はもっと精巧かつ緻密に……でも、贋作であることがすぐに分かるように、どこかに「H.S」のサインを施している。

 一応、この部屋に入った時点でそれぞれの美術品にある程度の「綻び」を作って贋作であると分かりやすいようにはしているけれど。

 

 

「これ……全部?」

「全部」

「全部!? あの……全部なんですか!?」

「全部」

 

 

 全部だ。

 一つや二つではない……全部だ。

 全部だ!

 

 

「すごいでしょ」

「すごいけど……」

「……氷菓ちゃんがこんなこと言ったりドヤ顔したりするの、初めて見ました……」

「それは私も」

 

 

 調査不足だったわ……とやや気落ちした様子でマキノさんが眼鏡に手をやった。

 そもそもを言えばそれを他人に明かしたことが無いわけだし、知らなくたってしょうがないくらいだと思うんだけど……マキノさんからしたらそれが許せないってことなのかなぁ。

 ……なんだかちょっと優位に立てた気分。

 

 

「……拝見させていただきます」

 

 

 すっと真剣な表情に移り変わった頼子さんが、周りの美術品へ目を向ける。

 本物はここには無いけど、勤勉な頼子さんのことだ。有名どころはまず間違いなく押さえているだろうし、この場所にある美術品くらいなら見てある程度の見分けはつくはずだ。

 

 

「それで、実際どういう違いがあるの?」

「うん。例えばあのモネの絵だけど」

「……どれ?」

「あの道の絵」

「ああ、あれ」

 

 

 ……まあ、予備知識が無ければあれ、単なる綺麗な光景の絵にしか見えないよね。

 以前写真に撮っておいたいくつかの画像を引っ張り出し、マキノさんに見えるように掲げて見せる。

 

 

「あれ、本当はもっと道の曲がり方がなだらかなんだ。で、葉っぱはもっと影がかかって立体的になってる。これ本物の画像ね」

「…………え、ええ」

「分かった?」

「わからないわ」

「そっかー」

 

 

 まあそうだろうね。正直ボクも、構造解析すれば分かるけど……程度しか分からない。

 ボクの場合、確かに知識はあるけどこれ、ただ本当に知識を蓄えているだけだし。知識は使わなければ無意味とはよく言ったものだ。

 

 

「じゃあこの刀だけど」

「刀!? ……本物にしか見えないけれど」

「これ、大兼光っていう文化財のレプリカなんだけど、実際のものより刃文(はもん)の幅が短かったり打ち方が甘かったりして……」

「わからないわ」

「瑞樹さんみたいなこと言わないでよ」

 

 

 これに関しては割と本気で作ったりしたのでもうちょっと説明を聞いてほしいんだけど――無理か。

 こういう刀剣とか、見ててちょっと楽しいし……作ってても楽しいし……こう、分からないかな。

 分からないか。分からないだろうな。仕方ないか。もう本人に言われてるしこれ以上はやめとこう。

 

 それから二、三時間ほど、頼子さんは黙々と美術品の鑑定を進めていた。

 ボクとマキノさんはと言うと、早々にギブアップしてコーヒー片手に仕事の話に移っていた。

 

 

「おぅい」

「あ。ちょっと待ってて」

 

 

 そんな中、ふとおじじがコンテナの扉を開いた。

 駆け寄ってみると、何やら額縁に収められた絵画、らしきものを片手で抱えているが……もしかしてそれが、さっきの電話の内容に関わるものだろうか。

 

 

「待たせたなァ。ちょいと取り寄せるモンがあってな」

「何だったの?」

「あーちぃっとな。絵を買う約束を早めてもらった」

「……絵? 何の?」

「確かえー……ああビュッフェだ。ビュッフェ」

「ふぅん。これ、本物?」

「ああ本物だ。ギャラリーで直接買い付けてきた」

 

 

 フットワークが軽いなおじじも。

 

 

「偽物だらけよりは本物が一つでもある方がいいだろう」

「まあそうだけど、高くなかったの? 大丈夫?」

「しばらく遊んで暮らせる程度にゃあ稼がせてもらったし、そろそろ(おか)に上がろうと思ってなァ。インテリアにゃあちょうどいいだろう」

「え。これ辞めるの?」

「応よ。まあ、心配なさんな。今度は堅気仕事だ。ツテも作ったし、隠居後の道楽だと思って気楽にやるとも」

「そうなんだ……じゃあ、どこ行くにしても連絡してよ? ボクだけじゃなくて先生も知りたがってるんだから」

「おうおう。それよりいいのか、友達ほっといてよォ」

「あ、ごめん。それ借りていい?」

「おう持ってけ持ってけ」

 

 

 ボクへ絵画を手渡すと、かっか、と笑っておじじは船内へと戻っていった。

 それじゃあ、次は――この絵の複製と、贋作だと分かる程度の差異を作らないと。

 

 ベルナール・ビュッフェは比較的現代まで生きていた画家だ。ボクらのよく知るいわゆる「絵画」の作者、ピカソやゴッホといった著名人に並ぶほどの知名度は無いかもしれないが、それでも天才として名を馳せた大画家である。何せ静岡に彼の作品を展示する専門の美術館があるほどだ。

 だがやっぱり他の絵画と比べると、贋作はそれほど売れない。何せおじじがやったように、普通にアートギャラリーなんかで購入できる程度の金額に抑えられているからだ。物好きの金持ちが道楽に買う、程度で購入できるわけだし、わざわざ贋作を買う必要もそれほど無い。

 というわけで、今ここにビュッフェの絵画の贋作は無い。とりあえず、コンテナの建材を一部変換して贋作をその辺に新しく創り出して――と。

 

 

「頼子さん、これ。おじじ……爺さんが持って来てくれたけど、真作の絵画だって」

「本当ですか!?」

「……氷菓、あなたあの方のことおじじって呼んで」

「やめて」

「可愛いからいいんじゃない?」

「やめて」

 

 

 次いでケースの下、ベールで隠していた机の下から(さっき創った)贋作を引っ張り出して並べてみる。そうすると、二つの違いが目に見えて知れた。

 

 

「確かに、こうして比べてみると違いが際立って見えて、分かります」

「……どう違うの?」

「線の力強さや色彩感覚……それ以外にも色々ですが――本物の方がどれも明確に優れています」

「そうなの?」

「そうだね」

 

 

 たぶん。

 今チラッと見て劣化複製したものだから間違ってないはず。流石にここで某格付け番組みたいなことは頼子さんならならないはずだし、実際今頼子さんは本物を見て「優れている」とはっきり言っている。大丈夫だ。

 

 

「それに……」

「それに?」

「……いえ、やっぱりいいです。論理的とは言い難いので」

「そうかしら。言葉にしてみるのも時には必要なことかもしれないわ」

「そうでしょうか?」

「うん、そういうこともあると思う」

 

 

 少々論理的じゃないからって何だ。ボクなんか非ィ論理の塊みたいなものだ。

 

 

「……作者の魂、熱意、と言うのでしょうか。真作には、そういったものが宿っているように感じます」

「魂、熱意――ね。ふふ。確かにそういう考え方もあるかもしれない」

「マキノさん、そういう不確かなものってあんまり好きじゃなさそうだと思ったけど……」

「事務所に所属する前なら、そうだったかもしれないわね。けれど今は――ふふ。論理的じゃないことも独自の論理があるということも知ってるから。そう目くじらを立てるほどのことでもないわ」

 

 

 一見論理的じゃないことにも、独自の論理が――か。確かにそれはそうだ。よく分からないものであっても、独自の論理で動いているということなど世の中にはままある。

 ものごとは画一的に語られるべきじゃない、ということの典型と言えるだろうか。理屈と論理よりも直感と感覚が優先されることもある、というか。

 どんなに綺麗にコピーしたとしても、描いていたその時に感じていたもの、思い描いていた理想、胸の奥に沈めた感情なんかまでをもトレスはできない。画家の感情が乗った筆というのは、時として一般的な常識や理屈を超えたものを生み出していく。結果的に、それを感じ取ることこそが「真」と「贋」を見分ける最大の因子となることも、往々にしてあるだろう。

 

 

「あと、これはもっと突っ込んだ話になるんだけど……例えば絵なら絵の具だったりの画材、陶芸品なら釉薬(ゆうやく)や土……材質まで考えると全く同じものはありえないから、そこで判断するのもありかもしれないよ」

「それで判断できる人間なんていませんよ。あはは」

「あはは、そうだよね」

 

 

 あはは。

 あはは。

 

 どうしようボクできるんだけど。

 お前人間じゃねえ判定を食らったんだけど。

 哀しい。

 

 

「……今日は本当にありがとうございました、氷菓ちゃん。こんな貴重な機会を設けていただいて……」

「ううん、同じプロジェクトの仲間だから。力になれて良かった」

「これで安心して本番を迎えられます……」

「私も安心ね。隣の部屋からずっと『大丈夫かな』『失敗しないかな』って聞こえてきてたもの」

「ま、マキノちゃん……!」

 

 

 ……何はともあれ、安心といえば安心だ。

 

 

 その後しばらく経って行われた番組収録では、マキノさんも頼子さんも目立ったミスは無く、完璧な仕事でもって無事、収録を終えることができたのだった。

 少し手助けしたことが二人の自信になってくれたのなら、誇らしいこと……かな。

 

 

 

 

 

 それはそれとして他のプロジェクトメンバーに「姫」の件教えたことは許さないよ。

 

 

 







 * 今回をもって作中時間軸でPINYA HAZARDが終了しました。
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