青空よりアイドルへ   作:桐型枠

3 / 84
2:アウェーに向かう

 

「ここがあの男の本社(ハウス)ね」

 

 施設から電車でおよそ三十分弱。都心にほど近い高級オフィス街の中心地に、その会社はあった。

 346プロダクション――今をときめく個性派アイドルたちが多数所属する、伏魔殿(パンディモニウム)とすら呼べるほどの威圧感を放つ超巨大企業だ。

 

 アウェー感半端ない。冗談めかしてふざけたことでも言ってないと潰れてしまいそうだ。

 

 

「よ……よし」

 

 

 意を決して建物に踏み込む――と。そこは、(きらび)びやかな舞踏会の会場……あ、違う。綺麗で豪華な玄関ホールだ。

 

 

「……お、おおう」

 

 

 あ、ダメだ。圧倒されすぎて意識が薄れそうだ。

 ナニココしゅごい。ここがイスタルシアか。違うか。

 目につく人たち、みんな活気にあふれてて、煌びやかで輝かしい。多分光属性だ。闇属性のボクにWEAKでCRITICALで44万ダメージ。ボクは死ぬ。

 

 

「おうぇっぷ」

 

 

 ダメだこれ吐きそう。

 雰囲気に圧倒されすぎて圧殺されそうだ。

 

 

「……大丈夫?」

「ひゃいっ!?」

 

 

 そんなボクの姿を見て心配したのか、不意に、誰かが後ろから背中を叩いた。

 

 

「だ、だだだ、だ、大丈夫……なん、でしょうか……?」

 

 

 顔を上げて声の主を見てみると、そこにいたのはドエラい美人さんであった。

 白磁のような肌に、端正な顔立ち。よく見ればその瞳は宝石のようなオッドアイで、ふわりとしたボブカットも、どこか神秘的な雰囲気が漂っている。

 しかし、何だろう。この人見たことあるな。テレビとか、CMとか、雑誌とか、街頭広告とか………………。

 

 

「あれ?」

「どうしたの?」

「あの、失礼ですけど、貴女はもしかして、アイドルの高垣楓(たかがきかえで)さん、ですか……?」

「ええ、そうよ?」

 

 

 優しく微笑みかけられるのと同時に、ふっと意識が消し飛びそうになった。

 風属性で減衰入って44万ダメージ。ボクは死ぬ。

 

 オイオイオイアイドル活動とか始める前に死んだわボク。

 

 

「もしかして人気アイドルは時間があいとるとは思ってなかったかしら?」

「は、はい……はい?」

「?」

 

 

 何か今変な駄洒落(ダジャレ)言ってなかったか。

 いや流石に言ってないな。ボクの気のせいだ。

 

 

「ゆ、有名な方なので、流石に今はいないかと……」

「ふふ、そうね。今日は偶然社内で打ち合わせがあるから、ちょっと特別なの」

「そ、そうなんですか……」

 

 

 高垣楓さんと言えば、押しも押されぬ346プロのトップアイドルだ。

 ボクですら知ってるくらいなんだから、世間での知名度は言わずもがな。彼女から発せられる芸能人オーラも、そのせいで生じる緊張も半端なものではない。

 

 

「すごい汗だけど、大丈夫?」

「あ、だ、大丈夫です」

「そう、良かった」

 

 

 言いつつ、楓さんはハンカチを取り出してボクの額の汗を軽く(ぬぐ)ってくれた。

 

 

「え、え、えええ!?」

「汗だくじゃあ気持ち悪いでしょう。せっかく可愛いんだから、あせらないで見た目にも気を遣わないとね。……はい」

 

 

 なんやこの人。天使か。

 

 

「あ、ありがとうございます……あ、でも、ごめんなさい、その、ハンカチ汚しちゃって……」

「ハンカチは汚れるものよ?」

 

 

 何やこのお方。女神か。

 

 

「あ、で、でも申し訳ありませんし! これ、あ、今日一回も使ってないんです! こちら、洗濯してお返ししますから、使ってくだぢっ!!」

「……大丈夫?」

「大丈夫れふ」

 

 

 めっちゃ噛んだ。

 

 

「フフ。それじゃあ、ありがたく使わせてもらうわ」

「はい、どうぞ!!」

 

 

 楓さんの…………これ何だろう。このキモ……かわ……? な緑色の――ぴにゃこら太だったけ――が描かれているハンカチを受け取り、代わりに青と茶の縞模様のハンカチを手渡す。

 さらばチョコミント柄。しばらく頑張ってくれ。そしてようこそぴにゃこら太。申し訳ありませんこのような一般人で。

 

 

「ところであなたは、今度うちのアイドルになる子……でいいのかしら」

「あ、はい。白河氷菓と申します」

「氷菓ちゃんね。……アイスクリーム?」

「え。あ、はい」

「…………ふふっ」

 

 

 一体、何を考えられているんだろう。何も言わずに微笑みかけられてしまったぞう。

 

 

「それじゃあ、私はもう行くわ。頑張ってね」

「ひゃい!? が、ガンバリマス! あとハンカチは早めにお返しします!」

 

 

 優雅な立ち居振る舞いで去っていく楓さんに、ボクはその姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。

 やがて熱狂から()め、我に返ってから自分がやたらと周囲の人の目を集めていたことに気付く。

 

 

「う、う……うわっ」

 

 

 改めて、さっきまでのボクを見返してみたらこれ、とんでもないことしてないかな。

 いやしてるよね。はたから見たらこれ、ただの気持ち悪いファンだわ。

 よく見たら、周りの人もこらえきれないという風にくすくすと笑っている。

 今のボク、見た目が見た目だけにまだ微笑ましいくらいなんだろうけど……うわぁ。うわぁ……。

 

 

「帰りたい……」

 

 

 けど、今帰ったら不義理もいいところだろう。

 仕方なしに、ボクは受付のお姉さんに集合場所を(うかが)い、駆け足でエレベーターに乗って向かって行った。

 

 

 

 @――――@

 

 

 

 この会社、徹底してボクに対してアウェーすぎる。それが部屋に到着したボクの感想だった。

 到着したのは、地上三十階に位置する"スターライトプロジェクト"とやらのプロジェクトルームである。

 

 埃一つ見えない、手入れの行き届いた美しい部屋だ。

 調度品も高級なものらしい。ボクが徹底して貧乏な環境にいるだけとも言うが、ソファも机も全く知らないような質感に感じる。

 すごいぞ。ボクにとって全くと言っていいほど馴染みのあるものが存在しない。徹底したアウェーだ。帰りたくて帰りたくて震える。

 

 

「……根津さんは……」

 

 

 あの野郎いないぞ!

 こんな場所に一人で置いておくのはやめろ!

 本当にやめろ! 吐いちゃうぞ! ボクみたいな欠食児童の胃は弱いんだからな!

 

 

「にゃ?」

 

 

 パニックの最中にあるボクの耳に、ふとそんな呑気な声が届いた。

 

 

「フンフン……クンクン……ふーん?」

「!?」

 

 

 直後、ボクの背後から何か値踏みをするような声が聞こえた。

 同時に、背中に何か(うず)もれるような感触がある。え。何これ。誰これ。何だこれ。

 

 もしかしてこれ、ボク何か臭いでも嗅がれてる!?

 

 

「ふぇ!?」

「ン~、キョーミをソソるこの感じ……。遠い場所の……外国かにゃー?」

「え、何!? 何!?」

「や、ど~も~」

 

 

 と、ボクの背後から覗き込むようにして少女が顔を出した。

 ゆるくウェーブのかかった小豆色(あずきいろ)の髪と、猫を思わせるような悪戯っぽい釣り目、着崩した高校制服。否応なく人目を惹くような端麗な容姿は、思わずボクもどきっとするほどだ。

 そのまま部屋の中へと連れ込まれ、ソファに座らされる。

 

 

「ど……どちら様ですか……?」

一ノ瀬志希(いちのせしき)ちゃんで~す。ヨロシク♪」

「よ、よろしく……お願いします……?」

「キミはだぁれ?」

「あえ、ぼ、ボク? し、白河氷菓、と申します……」

「ヒョーカちゃんだね、よろよろー♪」

「よ、よろしくです……」

 

 

 ……す……すごく軽そうな人だ……。

 いや、軽い風に見えるというか、気安いというか……別にまんまその通りの人じゃないんだろうけど。

 

 

「ン~……クンクン」

「ほわぁっ!?」

 

 

 ……気のせいじゃねえ!? この人ボクのにおい嗅いでる!?

 何この状況怖っ!? 何で!? ナンデ!?

 

 

「うん、やっぱりちょっと変なにおい~」

「へ、変な……って……」

「ああ、ううん、そういうのじゃないよー? こう、なんて言うんだろ。『遠い』って言うの? 外国みたいな、非日常みたいな~?」

 

 

 非日常……で遠い……って。

 それ、ボクの素性に関わることでは……?

 いや、流石にその可能性は低い。今のボクの外見からそう思っただけだろう。多分。

 万が一そうだったらこの志希さんって人、凄まじい(カン)をしてるぞ……!?

 

 

「ん~……分かんにゃーい♪」

「は、はあ……はは……」

 

 

 本当に何者なんだ、志希さん。

 出会って数秒で底知れない感が凄まじいぞ……。

 

 

「氷菓ちゃんもアイドルの子ー?」

「まあ、一応。そのような感じで」

「ふーん。何で?」

「スカウトされて……本当は断る気だったんですけど、保護者が勝手にOK出しちゃって……今日、集合かけられて」

「あははは、何ソレ~♪」

 

 

 本当に何ソレだよ。

 

 

「志希さんもアイドルですか?」

「アタシはキョーミ深い実験材料を発見したから、かな? なんだかイイ匂いがして、面白そうだったしね~♪」

 

 

 お……「面白そう」で人生の進路決めちゃうのか。すごいな志希さん。

 後先考えてないのか何なのか。いや、流石に自分のことはある程度考えてる……と思うけど……。

 思いたいなあ。

 

 

「――――ここか! プロジェクトルームというのは!」

「んにゃ?」

「へ?」

 

 

 そんな話をしていたボクらの思考の隙を突くように、扉が開いて何者かが姿を現した。

 栗色のツインテールの、ボクより多少……身長の高い女の子。気の強そうな目と桃色のアンダーリムの眼鏡がどことなく特徴的だ。

 

 

「にゃっ」

 

 

 瞬時に、先程と同じようにとんでもない身のこなしで志希さんが女の子の背後へと回り込む。

 成程、あんな感じでボクの後ろに回り込んだのか。

 

 

「何だあ!?」

「ん~……クンクンクン……ンーこれは……鉄とオイルのにおい? に花のフレグランスが混じってる感じ? にゃは★ これはこれでイイね♪」

「いやいいんですかそれ」

 

 

 そこまで行くと最早何でもいいレベルなんじゃないかなソレ。

 

 

「ええい失礼なヤツだな!? 何者だ!」

「にゃっははは! よくぞ聞いてくれた! 我が名は大暗黒大帝・一ノ瀬志希! さあハスハスさせるのだぁ!」

「『大』が被ってますよ」

「そもそも何なんだその肩書は」

「ノリと勢いでテキトーに言ってみただけ♪」

「でしょうね」

 

 

 あんたさっきまでそんなこと言ってなかったじゃないか。

 あ、そうか。(にお)いで相手に合わせてるのか。

 ……いや匂いで合わせるって何だそれ。ボクの時はあの対応が一番だと思ったのか?

 緊張ほぐすには確かに良かったかもしれないけど。

 

 

「そちらの志希とやらのことはだいたい分かった。君は?」

「白河氷菓です。すみません、こんな感じで」

「氷菓だな。私は池袋晶葉(いけぶくろあきは)――――天才だ!」

「……あ、はい」

 

 

 頭の中で、不意に「俺は天才だ!!」とわめく黒髪の筋肉男が浮かんできた。

 

 いかん。どうしよう。この人たち超濃ゆい。

 ボクなんてこの二人に比べたらちょっと見た目が外国人風なだけだ。内面的な特徴……はあるけど、その程度のことじゃボクの個性程度はすぐに霞んでしまいそうだ。

 

 ……でもないか。改めて考えると何だよボク。前世の記憶があって錬金術師でハーフで孤児って。盛りすぎだろ。前半部分はわざわざ人に明かすことは無いけどさ。

 

 

「天才だ!」

「いや聞こえてます」

「にゃっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

「爆笑してんじゃないですよ」

「知っているか、爆笑という言葉は『大勢が一斉に笑っている様子』を指す! つまり誤用だ!」

「いや国語辞典に載ってるから別に誤用ってほどじゃないですよ」

「え。本当か?」

「調べたらすぐ出ますけど」

 

 

 他のものに関してもそうだけど、誤用の意味がそのまま本来の意味と混同(こんどう)されて辞典に載っちゃうってことすらあるらしい。

 もうそういうもんということになっちゃったので問題らしい問題は無いと言えるだろう。世の中は流転するものだ。

 

 

「うん、だがこれで一つ学ぶことができたぞ。ありがとう氷菓」

「あ、はい」

 

 

 晶葉さんは素直な子だった。

 いい笑顔してんなおい。こっちが気後れしそうだよ。

 

 

「……ここにいるってことは、晶葉さんもアイドルするんですよね。何でアイドルを?」

「ん? 知りたいか? 知りたいのか?」

「うん」

「聞かせてほしいにゃー♪」

「いいだろう!! 私はロボット工学を専攻しているのだが、なにぶんこの分野はある種『閉じた』文化をしているのだ」

「ああ知ってる知ってるー。あの辺結構閉鎖的な部分あるよねぇ」

 

 

 何で知ってんだこの人。

 

 

「ロボット大会だのなんだのという、自分たちの成果を披露する場はあるが――それだけではダメだと私は常々思っている」

「ダメなんですか?」

「ダメなんです、だ。この界隈はな、やはり金が要る!!」

「汚い話だよねぇー♪」

 

 

 朗らかに言うなそんな台詞。

 いや分かるけどさ。研究には金がかかる。理系は常に金が無い……っていう話も。

 

 

「研究には膨大な金が必要だ。政府から金が降りればそれが一番いいが、それが案外難しい」

「何でですか?」

「うむ、一言で言うと、『研究成果が何の役に立ってるか分からない』からだな!」

「何の研究でもそうだよねぇー。志希ちゃんも知ってる知ってる」

 

 

 だから何で知ってるんだよ。

 

 でも、理屈自体は理解できないわけじゃない。

 一口に研究と言ってもそれが何に応用されてるかなんて、一般人にはよく分からない。例えば台所に現れる黒いアレを研究してるなんて言われても、それが何の役に立ってるのかなんてまるで分からない。

 実際にはそれは、どれだけ効率的に駆除できるか、防除(ぼうじょ)のためにはどうするかを研究しているのだけれど。

 まあそれはそれとして、そこまでよくよく考えてみないと分からない程度には、研究系の学問っていうものは分かりづらい事柄が多いわけだ。

 

 

「故に私はこのアイドル活動を、研究成果を、この私の才能を世に知らしめる絶好のチャンスと捉えている! そして私を通して世の中の研究者たちの研究を示し、政府からの資金援助を得られる環境を(つく)り出す! それがスカウトを受けた理由だな!」

「おぉー」

「……立派ですね」

 

 

 なんとなく破天荒な感のある人なのに、ここまでちゃんと考えてるのか。晶葉さんは。

 研究職を志す者としてのプライドの発露、とでも言うべきだろうか。自分のことだけじゃなくって他の研究者たちのことも一緒に考えるなんて、立派だと思う。

 同時にボクが途轍もなく卑小な存在に思えてきた。ボク、結局流れるまま流れてるだけじゃないか。

 志希さんも軽い感じがあるけど、そこは下衆(ゲス)の勘繰りになりそうだし何か言うべきでもないな。うん。

 

 

「氷菓は何でアイドルになろうと思ったんだ?」

「保護者に勝手にOKされたのでそのまま流されて」

「「あははははははは!!」」

 

 

 二人して笑いおった。

 ちくせう。

 いや笑うけどねこんなん。ボクだって同じこと聞いたら笑うわ。

 でも志希さんこれ聞くの二回目じゃん。笑わないでよぅ。

 

 

「別にいいじゃん……」

「いやいやいいよいいよーアタシそういうのも大好き! 見てて面白いしね♪」

「見世物ですか」

「これから存分に見世物になるんだよ~?」

「確かにな、アイドルとは言うなれば見世物商売だ」

 

 

 変なところでドライだなこの二人。

 頭の良い人ってそんなところがあるみたいだし、正直ボクとしてはそのくらいの対応を受ける方が気も楽だ。

 

 

「……で、その見世物商売の元締めがやってきましたよと」

「あ」

「おはおはー」

「むっ」

 

 

 と、談笑しているボクたちに入口の扉の方から声がかかる。見ると、そこには先日の優男――根津さんが立っていた。

 先日と相変わらずの伊達男っぷりだが、その口元の笑みはどことなく硬い。さっきまでのボクたちの話を聞いていたんだろう。見世物商売、という言葉が胸に刺さったみたいだ。

 

 

「いや気にしてないよ?」

「何も言ってませんが」

「君は何を言っているんだ」

 

 

 どう見ても気にしまくってるじゃないか。

 

 

「おはようございます、根津プロデューサー」

「おはよう、だ助手」

「おはよう、三人とも。白河さんも来てくれたんだね。嬉しいよ」

「……そこまで、期待しないでくださいよ」

「いや、そこは期待させてくれるともっと嬉しいんだけどな……」

 

 

 本気でやろうと思って来てるわけじゃないし、ボク自身アイドルに対するモチベーションはかなり低い。目的意識も無いし。

 

 

「まあ、ともかく! これで……全員集合ってわけじゃないんだけど」

「じゃないの~? 飽きちゃったら志希ちゃん逃げちゃうよ?」

「いや逃げないでくれよ!?」

「志希ちゃんはー、三分しか興味が続かない子なのです!」

「短ぇ」

「短っ」

「にゃははは!」

 

 

 ってことは、今は興味が続いてる奇跡的な状況ってことなのかな。

 それもそれですごいなこの状況。どの辺が琴線(きんせん)に触れたんだろう。

 

 

「ともかく、これからみんなにはこのプロジェクトルームの一番奥のオフィスに行ってもらいたいんだ。そっちで、詳しい説明をしてもらうから」

「根津さんがするんじゃないんです?」

「いや、俺は下っ端だから……あんまりその辺の上下関係とか手続き適当にしてると専務が厳しいんだ」

「はあ」

「ふーん。何か面倒そうだねぇ」

「会社とはそういうものだからな。致し方ない」

「俺は皆が説明を受けてる間に、遅れてきてる子たちを迎えに行ったり、今レッスン受けてる子たちを呼んでくるから」

「分かりました」

「よし、それじゃあ行くぞ、志希、氷菓」

「あいにゃー」

「はい」

 

 

 場を取り仕切る晶葉さんについていくため、ソファから気だるげに体を起こした志希さんの背を押していく。

 軽い……けど、もうちょっと自分の力で歩いてくれないかな。本当に。

 

 

「さて、ここだな。失礼する!」

 

 

 先陣を切って室内に飛び込んでいく晶葉さんに続いて、志希さんと共に入室する。しかし直後、二人の表情が青ざめた。

 何でこんなタイミングでそんなに顔を青くする必要があるんだろう。そう思って顔を上げると――――。

 

 

「お待ちしておりました」

 

 

 ――――そこにいたのは、熊と見紛うほどの巨体を持った強面(コワモテ)の男であった。

 

 背高い。体格すごい。威圧感やばい。一分(いちぶ)たりとも隙が無い。

 眼光は鋭いし見た目はいかついし、なんかもう人ひとり軽く殺してきたんじゃないかと思うくらいの外見だ。

 正直ボクもかなり怖い。

 

 

「「「ぎゃあああああああああああっ!!」」」

「………………」

 

 

 思わず上げた悲鳴に、男性は冷や汗をかきながらもこの反応は想定内だったとでも言いたげに、軽く首筋に手を当てた。

 

 

「……落ち着いてください」

「す、すみません!」

「くっ! わ、私としたことが……」

「にゃははははっ、まさかこの志希ちゃんがビビッちゃうなんて思わなかったよ!」

 

 

 低いバリトンボイスに導かれるように姿勢を正すボクたち。

 しかし、ボクと晶葉さんはともかく、志希さんは慌てたような様子が何も無い。

 感性の問題なのか、そもそも彼女自身がかなり大物なのか……。

 

 

「……お初にお目にかかります。私は、当プロジェクト統括プロデューサーの武内(たけうち)と申します。こちら、名刺をどうぞ」

「あ、どうも……白河氷菓です」

「池袋晶葉だ」

「一ノ瀬志希でーっす♪」

「皆さん、よろしくお願いします」

 

 

 一人一人に名刺を手渡しつつ、自己紹介代わりに名前を告げていく。

 すごく丁寧な挙措(きょそ)だ。一つ一つの動作に、こちらに対する気遣いが感じられる。

 さっき、ボクたちを怖がらせたことも本意じゃないのだろう。なんというか、悲鳴まで上げてしまったのが本当に申し訳ない。

 

 

「根津君からも聞いているかと思いますが、これから当プロジェクトについての概略を説明させていただきます。質問などがあれば、その都度聞いてください」

「はい」

「分かった」

「んー」

 

 

 ……あ、説明って聞いて志希さんが眠がってる。

 この人ほんともう……ほんっとさあ……。

 

 

「まず……これは、諸事情により説明することができていなかったのですが」

「?」

「スターライトプロジェクトとは――『第二期シンデレラプロジェクト』の別名、なのです」

「…………? ……!?」

「は?」

「説明が遅れてしまって申し訳ありません」

 

 

 ……シンデレラプロジェクト?

 346プロの?

 例の、あのプロジェクトの……直系プロジェクト?

 

 

 は?

 

 

 





 今回の副題:気持ち悪いファンになる

 1/23 : サブタイ入れ忘れてました。テヘペロ



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。