青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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28:遠くて高くて

 

 

 

 ファーストシングルというのは、アイドルにとって大きな意味を持つものだと思う。

 アイドル活動についての一定の方向性を明確に示し、どういった客層にウケるのかを分析できる――初動段階では今後の戦略を練るのに有効な手段の一つだ。

 

 勿論、セカンドシングル以降が重要じゃないなんてことはない。その時点での人気のバロメータを計り、一曲目の時とはまた別の客層を開拓してみたり……と、こちらもまた超がつくほど重要なものだ。

 

 

「近日中に、スターライトプロジェクトの各ユニットのセカンドシングルの発売を発表しようと思う」

 

 

 ――そんな重要な話をまずボクたちデビュー第一陣に言ってくるあたり、もしやプロデューサーはボクらの反応次第でこれ以降の発表の仕方変えようと思ってない? と感じるフシがある。

 まあ、そもそもを言えばボクら六人が偶然プロジェクトルームに集まってたから、とりあえず話してみるのにちょうどよかった、って部分はあるだろうけども。それはそれとして人選として適してるかと言えば……無いよなぁ、とも思う。

 

 

「おー……」

「ふむ、そうか」

「……お、驚かないなみんな……」

 

 

 こずえちゃんや志希さん、芳乃さんは言わずもがな。ボクや晶葉、聖ちゃんもこのくらいで驚くのはちょっと難しい。

 何せ時期が時期だ。最初のシングル発売から一か月超。普通のシングルの発売ペースは、早くて数週間おきという風にも言われてる。そろそろ二か月目に入る頃だし、何よりボクらは新人だ。知名度向上のことを考えれば、発売のペースが早いに越したことは無い。想定はできる内容だ。驚きを演出するには力不足かな、と思う。

 

 

「むしろ楽しみ……だね」

「うん。モチベーション上がる」

 

 

 カバー曲や全体曲もいいけど、やっぱり自分たちのオリジナルとなると格別だ。会場の盛り上がりもそうだし、何より自分たちが歌ってて一番楽しい。

 時期も時期だし、そろそろ来るかな、と想定していたのは確か。しかしそれも含めてかなり高揚する報せであるのは間違いない。

 

 

「俺としてはもっとみんなに驚いてほしかったんだが……」

「万事は流転するのみでしてー」

「てー……」

「でも今それ言われなかったら今日のあたしは失踪してたかもね~♪」

「あっぶねえ!?」

 

 

 別にそういう気分じゃないくせに、変な嘘つくなぁ志希さん。

 プロデューサーの反応が面白いからやってるんだろうけど、ケラケラ笑ってると看破されちゃうぞ。

 

 

「ま、まだサプライズはあるぞ。実は今度のサマーフェス、スターライトプロジェクト全体で一曲歌うことになった!」

「シンデレラプロジェクトの『GOIN'!!!』みたいに?」

「そう!」

「へー」

「ほー」

「もっと驚いてくれよ」

 

 

 と言われても、既に既定路線みたいなものじゃないか。

 このプロジェクトの実質的な前身がシンデレラプロジェクトなんだから、スターライトプロジェクトが同じようにやってもそこまで不思議はない。みんなでライブができることは嬉しいけど、驚きという意味ではまた……。

 

 

「というか助手、驚きという意味では私たちほど不適切な人選も無いだろう」

「分かってたけどさぁ……でももし驚いてくれたら用意してきた俺としても嬉しいなって思ってさぁ……結構ルンルン気分で来たんだけど……」

 

 

 大の大人が何やってんだよ。

 ……いや、プロデューサーも結構子供っぽいところがあるのは知ってるけどさ。

 

 

「2曲……ダンス、できるかな……」

「みんなで練習すればすぐだよ」

「氷菓ちゃんは……できるからいいけど……」

 

 

 そう言って非難を向けるようにふくれっ面を見せる聖ちゃん。いつもと違う可愛らしい表情に思わず吹き出してしまいそうになるけど、何とか堪えた。

 こればっかりは適性の問題だ。ボクだって苦手なことくらいある。運動とか運動とか運動とか。ちょっとできることは多いかもしれないけど、でもそれだけ。こういう時は、それぞれの適性に応じてそれぞれが助け合えばいいのだ。うん。

 

 

「――まだだ、まだ終わってなぁい!!」

「うわっ」

「どこの液体だ助手よ」

 

 

 この期に及んでまだサプライズがあると言うのか。サプライズなのはドライブとフューチャーだけで十分だよ。

 

 

「サマーフェスが終わったら、みんなのための個人曲を作ることになった! それに合わせて、かねてから言っていたユニットの組み換えやソロ活動の強化なんかも同時に行っていく!」

「はぁ」

「ひー」

「ふーん」

「へぇ」

「ほー」

「連携してまで流された……!!」

 

 

 やっぱり人選が悪いよ人選が。

 

 

「それだって既定事項でしょプロデューサー。最初の発表を最後に持って来た方が多分もうちょっと驚くよ」

「う、うーん……俺なりに頑張って考えたんだが……インパクト強いトコから最初に持ってくるのは失敗か」

「考えればすぐに分かるコトだからね~♪」

「他の面子に話すときはそうするといいんじゃないか?」

 

 

 ……ボクたち何のアドバイスしてんの?

 というかプロデューサーも馬鹿正直にメモ取ってんじゃないよ。

 

 

「いっぱい……うたえるー……?」

「ん? ああ、勿論さ! そのためのサマーフェスなんだ。きっと……いや、絶対、最高のステージで歌えるとも!」

「わーい……」

 

 

 その強い思いが込められた言葉に当てられたのか、こずえちゃんの顔に笑みが浮かんだ。

 ボクも……きっとそうなるだろう、と思うことができるだけの熱意を、その言葉から感じ取ることができた。

 うん、大丈夫。プロデューサーもボクらも、強い熱意は持ってる。確かに今のやり取りの中では何でもないことのように流してみたけど……実際がどうかって言ったら、やっぱり高揚感でいっぱいだ。

 

 

「よし、じゃあ俺は他のみんなのところに行ってくるよ」

「行ってらっしゃーい」

「しゃーい……」

 

 

 そう言ってプロデューサーを見送った数分後、レッスンルームの方からみんなの悲鳴じみた驚きの声が上がったのが分かった。

 ここまで聞こえてくるほどの大声だ。よっぽどの驚きだったのだろう。驚かし方にアドバイスしたボクたちも鼻が高……くはないな。しまった。やりすぎた。

 あそこまで驚かないのはあくまでボクらだからだ。他のみんなにあんな発表の仕方なんてしたら驚くに決まってる。普通の感性の人に「今から覚える曲が三曲分増えるぞ!」なんて言ってみたら、そりゃあもう……。

 

 

「大変だな」

「大変だよね」

 

 

 個人曲に関しては今は置いとけるとしても、他の二曲だ。

 ユニット曲は一曲目とはまた違う傾向の曲になるだろうし、プロジェクトメンバー全員で歌う曲に関しては何より連帯感が重要になってくる。どっちも覚えるとなると、みんなの負担は大きいだろうな……。

 

 

「いや、他人事のように言っているが君のことを言っているんだぞ氷菓」

「え。ボク?」

 

 

 んな馬鹿な。楽譜さえあれば大抵の曲は歌えるし、何なら演奏だってしてみせる。

 ダンスも、振り付けを一回見ればだいたい覚えられるだろうし……なんなら今回、ボクに関しての懸念はちゃんと連携ができるか、体力がもつかという2点に集約されていると言っても過言じゃない。

 

 

「氷菓ちゃん……すぐ、覚えられるよね……?」

「う、うん。まあ」

「一番最初にマスターするよね……?」

「……たぶん」

 

 

 こずえちゃんと志希さんもいるから何とも言えないけど、この二人と比べても遜色ない程度の速度で習得できるとは思う。

 けど、それって別に悪いことじゃないよね……?

 

 

「他のパートも覚えるな?」

「うん、勿論」

 

 

 単に立ち位置だけの問題じゃない。ステージ直前になって振り付けのアレンジが入ったり、場合によっては誰かがミスをしたり、ということだってあり得る。それを未然に防ぎ、あるいはミスをミスとしてお客さんに認識させないためにも、他のメンバーの振り付けやパートの曲調を覚えるのは当然と言えるだろう。

 

 

「だから普段晶葉ちゃんと一緒に自主練してるんだもんね~♪」

「わざわざ言うな! いや、だがな氷菓……この自主練、今は私だけだからいいかもしれんが……これが全員になるんだぞ」

「うん。……うん? 今なんて?」

 

 

 全員? 何が? 自主練が?

 ……うん?

 

 

「道を見失うのは容易き事でしてー」

「みんな自分の振り付けがマスターできなければ焦るだろう。となるとより高い精度で完成させている相手に聞きに行く。しかしトレーナー姉妹も多忙だ。となると、プロジェクト内で一番それができるのは――――」

 

 

 そう、ボクだ。

 

 ……じゃないよ!!

 いやマジで!? マジか!? うわ、マジだ!! よく考えたらそういう流れになってもおかしくないじゃんッ!! だから晶葉も休みの日の自主練、ボクにトレーナー役任せてるんだし!

 

 

「こずえと志希はそもそも教えるのに向いた性格と言い辛いからな……そこで矛先が向くのが、まあまず氷菓だという話だ」

「うわぁ……」

 

 

 ボクとこずえちゃんと志希さん除いて14人……仕事の関係やその他個人的な用事なんかでフルメンバーが来ることはそうそう無いにしても、5、6人から7、8人は確実……。

 実際晶葉とやってる自主練は上手く行ってるし、実績もあると言えなくはないけど……それが、全員?

 焦りに驚いて、思わず眼鏡を取った。

 

 

「てがぷるぷるー……」

「どこの総統閣下だ君は」

「うるさいよ」

 

 

 断るようなつもりは……元から無い。

 けど、もつのか、ボクの体力! 大丈夫なのか、ボクの筋肉! 明日は筋肉痛まっしぐらだ!!

 流石にベッドから起き上がれなくなるほどは勘弁してほしいぞ!

 

 いっそ本気でズルしてしまおうか。筋肉痛は筋繊維の断裂によって起きる現象。ならそもそも断裂しなければ……あるいは断裂した端から治せば……。

 そんな葛藤を抱えていると、プロジェクトルームの外から会話する複数人の声と慌ただし気な足音が迫ってきているのに気付いた。

 

 

「そら来たぞ」

「もうどうにでもなーれ☆」

 

 

 みんなのためだ。労苦を惜しむ必要もない。さあ来い!

 だが……だが分かっているだろうな! ボクはちょっとやそっとのことで死ぬぞ!!

 そうはならないための作戦をまずは持ってくるんだなァ! フハハハハハハハハハア!!

 

 ……ちょっと毎日のランニングの量増やして栄養ドリンク買っとこ。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 まあ、とは言っても別にすぐにレッスンに入るってわけでもない。

 何せ、今後三曲分のレッスンをしていくというような話を聞いたのが今日のこと。曲は完成しているとのことで、もうデータを受け取っているのだけど、振り付けや何やといった部分がまだ完全ではないらしい。なので新曲に関しての本格的なレッスン開始はもうちょっと先、となった。

 

 寮への道を歩きながら、晶葉にイヤホンの片方を預けてサンプルを聞いていく。

 テンポが早めなおかげで一瞬前と同じ路線かなと錯覚しかけたけど、よくよく聞けばポップで可愛らしい曲だ。印象だけは、キャンディアイランドの三人と幸子さんの歌った「Heart Voice」に近いだろうか。作曲者が同じだったりするのかもしれない。

 

 

「今回のリードボーカル晶葉だよね。大丈夫?」

「うむ。問題ない――と言いたいところだがどうだろうな。まあすぐには無理だろう。やはり練習はしておきたいな」

「だろうね。じゃあなんとかするよ」

 

 

 漠然と練習をしても意味がないのは勿論そうだけど、やっぱり、レッスンにかけた時間が長いほどそれだけ自信も実力もつくし、結果的にライブのパフォーマンスの質も上がる。

 今渡されてるのはサンプルだけだけど、サンプルさえあれば歌だけは練習できる。これでやらないなんて手は無いだろう。

 

 

「耳コピで充分かな。少し時間かかるけど打ち込むから待ってね。音程はボクの方でチェックするけど」

「毎度思うが絶対音感でもあるのか君は」

「似たようなものかなぁ」

 

 

 呆れたように溜息をつかれた。

 構造を見聞きすればそれがすぐに分かる――というのが結果的に絶対音感のようになっているのはそうだ。

 けど変に能力ばっかり備わってても本当に欲しいものが手に入るわけじゃないのがまた面倒な話でもある。

 

 部屋へ戻って、パソコンのソフトを立ち上げる。少しすると打ち込みも終わり、ボーカル無しの曲が出来上がった。

 ちょっと粗はあるけど、練習用なんだしこれでいいだろう。その内正式なものがプロデューサーから渡されるはずだし。

 

 今日は晶葉のご両親の許可も取ってあるので、寮に泊まって練習だ。

 明日は休みだし、寮は基本防音。今の時点で満足いく程度までやれるだろう。

 

 

「よし、できた。それじゃちょっとそこの机寄せてくれる?」

「こっちか?」

「ベッドの方でお願い」

「うむ」

 

 

 晶葉の準備ができたところで再生ボタンをクリック。同時に旋律が部屋に流れ始めた。

 うん、ちゃんと音になってる。これなら練習するのに問題はないな。

 

 

「じゃあ行くよ――――」

 

 

 その声を契機に、今日の自主練習が始まった。

 

 

 ……で、練習を始めて一時間ほど。そろそろ疲れが見え始めたかな、というところで音楽を止める。

 

 

「ちょっと休もっか。うん、だいぶ良くなってると思うよ」

「そうか? だといいんだが」

 

 

 ……正確には最初が悪すぎたとも言えるんだが、そこまで言う必要は無いだろう。

 機械音声の読み上げめいた歌から、ちゃんとした歌い方になってるわけだし。急成長ですよ! 急成長!

 

 

「はい」

「ん……すまんな」

 

 

 空いた時間で淹れておいたハーブティーを机の上に置くと、晶葉はよく喉に染み渡らせるようにして飲み込んでいく。

 季節が季節だし、加湿器は必要ないだろうけど……まあ、セッティングだけはしとこう。酸素吸入器も。

 

 

「問題点は?」

「ん。サビに入る前のとこ、ブレスが強すぎるかな。その後、ビブラートが変になってた。2番に入るとこもちょっと気を付けて。その後から音程とテンポちょっとおかしくなってたから。目立ったところはそのくらいかな?」

「分かった。細かいところは?」

「そっちは終わったらテキストで渡すよ」

「……むぅ。やはり多いか」

「始めたばっかりなんだからそりゃそうだよ」

 

 

 喉を休ませるついでに息抜きにしようかなと思いつつ、テレビの電源を入れる……と、幸子さんが映っていた。どうやらバラエティ番組らしいけど……罰ゲームかな、これ……。

 いわゆるシャークケージダイビングというやつに挑戦しているところだった。沈めた檻の中からサメを見るというアレだ。

 幸子さん、あんまりびくびくしてる感じは無いな。なんかもう熟練って感じだ。本当に熟練なんじゃなかろうか。幸子さん、しょっちゅうこういう無茶ぶりめいたことさせられてるし……あれ? あの檻、ちょっと欠けてない? 解析してみる限り、あの部分だけ壊れやすそうな……あ、サメが激突して壊れた。

 

 

「「うわぁ」」

『フギャー!! し、死ぬかと思いましたよ!?』

 

 

 ザバァと音を立てて幸子さんが檻の中から引っ張り出される。 うん、まあ、正直見てるこっちも今一瞬死んだと思った。

 でもよく見れば檻の鉄柱の一本だけが折れたってだけだから、サメが入れるほどのスペースが作られてないんだよね。

 というかもしやあれ、そういう仕込みかな? スタッフさん笑ってるし。幸子さんだから「この画オイシいぞ!!」で済ませてる可能性もあるけど。

 何にせよ後で苦情来るな……局にか事務所にかは分かんないけど。

 

 

「ボクたちもああいうことしないといけないのかな……」

「いや、氷菓はあまりバラエティ向きではないからな」

「褒めてんのか(けな)してんのかそれどっち?」

「ウチでは珍しいアーティスト方面特化という意味では比較的褒めてるぞ。体力的にそういうことに耐えられると思えんという意味では貶してるが」

 

 

 よく分かってらっしゃる。

 なかなかはっちゃけられないキャラということでもあるけど、まあこれは致し方なし。売り出し方もだし。

 

 幸子さんのコーナーが終わったようだし、チャンネルを変える。と、何かの歌番組だろう。「こいかぜ -紺碧-」を歌っている楓さんが映し出された。

 

 

「あ」

「ん? ああ」

 

 

 やっぱりこうして歌ってる楓さんを見ると、まずドえらい美人だなという印象が出てくる。

 綺麗だっていうのもあるけど、会場を巻き込む――というか、呑み込む? っていう表現の方が良いのかな。

 とにかく、パフォーマンスが抜群に上手い。会場全体を自分一色に染め上げている。

 流石、一流アイドルとしての風格を感じるなぁ……。 

 

 

「高垣楓を見る時は目の色が変わるな」

「まあ、そうだね。ボク自身ファンみたいなもんだし」

 

 

 346プロに訪れて初めて会ったアイドルで……ある意味、ボクにとってはアイドルになってもいいと思った切っ掛け、みたいなものなのかな。

 楓さんに優しくしてもらったことで、アイドルという職業に対しての印象が格段に良くなったのは間違いない。それがあってなお頑なだった面があるんだ。無かったら尚更のことだろう。

 忙しい人だからなかなか会えないけど、なんとか時間を見てあの時のハンカチも返せたし、これで安心してファンをやれるというものだ。

 ……うん? お前もアイドルだろ? いいんだよアイドルがファンやっても。

 

 

「楓さんいいよね」

「まあ歌は上手いし美人だな。ただあのダジャレ癖は……」

「……?」

「あれ……?」

 

 

 ……ダジャレ……? 楓さんが?

 ははは、御冗談を。楓さんは心優しく美しくパーフェクトなアイドルだ。ダジャレ。まあ人間なんだから言うこともあるだろう。けれどきっと会場は大爆笑で腹筋は大崩壊な激ウマギャグのはずだ。ウフフ。

 

 

「あっダメだこれただの盲目なファンになっている……」

「眼はばっちり見えてるよ」

「一点しか見えてなければ同じことだぞ」

 

 

 くっ、いつになく辛辣な……。

 というかそれはボクを馬鹿にしてるのか? 楓さんを馬鹿にしてるのか? 後者なら晶葉と言えども許さんからな!

 

 

「それ」

「あっ」

 

 

 と、歌が終わった途端、チャンネルを変えられてしまう。

 

 

「何するんだよぅ。まだトーク終わってないじゃん」

「いや……あまり幻想に傷を付けるのもどうかと……」

 

 

 ファイナルな方はとっくに傷だらけだけど。

 いやそれ以前にボクは幻想なんて見てないぞ。まあ剣と魔法の世界の住人――外に出たことは無い――だったけど。

 

 恨みがましい視線を向けるも、晶葉に堪えたような様子は無い。本当にボクの扱い手慣れてるな……。

 

 次に映ったのは、315プロの男性アイドルたちが主演を務めるドラマだった。確か、ボディガードを題材にしたドラマだっけ。普段あんまりドラマとか見ないからよく分からないけど……。

 今回の護衛対象は財閥の令嬢役――役?――を務める西園寺琴歌(さいおんじことか)さんのようだ。周りの人たちにまるでお姫様のような扱いを受けている。

 

 ……と、そこで何かに気付いたのか、にやにやしながら晶葉がボクの方に視線を送ってきた。

 あー……これしばらくイジられるパターンだな……。

 

 

「ああいうのを見てどう思う、お姫様?」

「その話蒸し返すのやめてよ」

 

 

 あーもう聞きたくない聞きたくない。

 逃げるようにしてキッチンの冷蔵庫の方に向かう。と、好機と見たか続いて晶葉は更なる一言を投げてきた。

 

 

自分(アイス)の国に逃げるなよー」

「国民投げつけるぞ」

「怖い怖い。……ブラックモンブランくれないか?」

「ん」

 

 

 自分の分と晶葉の分とを取り出して適当に投げ渡す。しかし、どうも受け取り損ねてしまったようだ。「ひゃんっ」という小さい悲鳴が聞こえた。どうやら包装がそのまま素肌に触れてしまったらしい。ざまぁ。

 

 

「本当に投げつけるやつがあるか! ……で、何で姫なんだ?」

「ボクに聞かれても……ホントいつの間にかなんだから」

 

 

 直接のきっかけは……何だろう。みんなが罠にかかったの助けてからだから……エメラルド・タブレットの探索でギザのピラミッドに行った時だったっけ? いや、ユカタン半島だったかな?

 どっちでもいいか。ともかくそういうことを経て以降そんな呼ばれ方をしてるのは確かだけど、ボク自身はそれを認めた覚えが無い。本当に自然発生的な呼び方と言えるだろう。やめてほしい。

 

 

「わかった、この話はやめよう。ハイやめやめ! それより今度の合宿の話しよう!」

「露骨に話題を変えに来たな」

「変えるでしょそりゃ」

 

 

 これ以上言われるとボクの精神の方が先に参ってしまいそうだ。

 

 

「やっぱり、シンデレラプロジェクトの前例からすると合宿はあるよね多分」

「だろうな。しない理由もない」

「……お泊りってどうすればいいの?」

「マジでか氷菓」

「マジだ」

 

 

 残念ながらボクに外泊の経験はそれほど無い。

 いや無くもないか。海外とか。でもあの時は寝泊まりしてるのはずっとおじじの船だったし、その船にしたって殆ど自分の家と同じようなものでもある。変な話だけど、あれはもう第二の実家だ。あおぞら園のことを実家と前提に置いた場合の話だけど。

 しかしこう、集団で一つの宿泊施設に泊まり込みという経験はそれほど無い。小学校の修学旅行以来だろうか。あの時だと準備は園の方でしてくれてたけど……今はボクが自分で準備しなくちゃいけないんだよね。そこのところどうすればいいのかが正直よく分からない。

 まあ大抵のものは錬成すればどうにでもなるけど。

 

 

「まったく仕方ないな氷菓は。で、何でそんな分からないんだ?」

「お泊り会とか経験無いし……」

「……まったく仕方ないな氷菓は……」

「何で今すごい渋い顔した?」

 

 

 いや、いるよね? お泊り会とかしたこと無いって人。

 ……いるよね?

 

 結局この日、練習はそこそこに、今度行われるであろう合宿に持って行くもののリストアップとボクの私物に関しての説教が主になってしまった。

 主に化粧品とか。制汗剤とか。

 今知ったのに必須だろうと言われても。その……困る。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

「そもそもいくら女所帯で周りに助手しかいない環境になるとは言っても、アイドルなのだからせめてファンデーションくらいはだな!」

「分かった、分かったから」

 

 

 それから少しして、ボクたちはフルボッコちゃんの収録のためスタジオに訪れていた。

 しかし晶葉は撮影用にスタッフさんにメイクをお願いしてからずっと、というか、もっと言えば合宿の話になって化粧品殆ど持ってませんという話になった時から、ずっとこんな調子だ。

 いや、まあ。言う理由は分からんでもないが。ただその、正直化粧って苦手なので勘弁してほしい。

 

 

「いいや分かってない。そう言って結局買わなかっただろう。前もその前もその前も……」

「高いし……今月は厳しいし……」

「給料があるだろう!?」

「……園の子にあの、例の遊園地のチケットをさぁ」

「……う、うーむ……」

 

 

 よし、これで晶葉はしばらく追及してこない。

 追求し辛いことを出任せに言って追及を逃れた! 卑怯だ! なんて思うなかれ。全て事実だ。

 流石にやめとけと先生や姉さんには言われたが、こればっかりは強行させてもらった。初めての遊園地は確かに楽しかった。だからこそ早いうちからそれを経験しておいた方がいいと思うんだ。明るい思い出があると今後どれだけでも頑張れるものだから。

 

 

「まあこれ以上は言うまい……」

「ごめんね。その内買うから」

「うむ。よし月末が楽しみだな!」

「お、おう」

 

 

 ……結局問題先送りにしただけじゃねえかなと思えてきた。

 

 

「さて、今日の収録はどこからだったか?」

「えーっと、確か教会のシーンだったはず。後からCG合成して焼け落ちてる感じにするって」

「昔は実際のセットを焼かないといけなかったらしいという話を光から聞いたが」

「今はいい時代だよね」

 

 

 まあCGとか合成にしたって経費はかかるけどね。ガタキリバとか。分身にはお金がかかるものなのだ。

 ちなみに今回のボクの技は複数分身である。346プロは金の使い方を全力で間違っている気がする。いつものことか。

 

 そんなこんなでスタジオが見えてくる。今日は大掛かりなセット、かつ暖房を回して汗だくになっているシーンを撮影するという話もあって――多分これもスタッフの趣味な気がする――いつもと違って扉は閉じていた。

 

 

「おはよう!」

「おはようございまーす」

 

 

 晶葉がスタジオの扉を開けるのと同時、中の光がこちらに漏れだした。

 同時に暖房のものと思しき、ちょっと暑さを感じるくらいの風がこちらに吹き込む。

 

 

 

 

 

 ――――そして、光が溢れた。

 

 

 

「……うん?」

 

 

 ――風? いや、温風が吹き込むくらいのことは良くある話だ。

 しかし、けれど――そこに、草と土のにおいが混じることがあるのか?

 そう思い、一歩を踏み出す。

 

 その瞬間に、ボクは周囲の風景がおかしいことに気が付いた。

 辺り一面に広がる野原。周囲にはまばらに樹木が生えていて、上を見れば遥か遠くまで、延々と青空が広がる。

 そこに一つ、黒い染みのようなものが見えた。

 いや、それは……「船」だ。木材と、機械と、そして魔力(・・)によってその身を空に浮かべる、船。

 

 ――――騎空艇。

 

 

「……は?」

 

 

 その存在を、ボクは知っている。

 しかし、けれど、ボクのいる世界にソレは存在しない。ソレはかつてボクがいた(・・)世界に()るものだ。

 

 何で、あんなものが――?

 そんな混乱が頭を占めるその最中、ボクは視界の中に「それ」を捉える。

 

 白亜の外壁。黒い屋根。精巧な造りの石像。大きな邸宅故に、一目見ただけでその外観を全て捉えることは非常に難しい。

 けれどボクは――いいや。()は知っている。今でも、鮮明に思い出すことができる。

 内部の作り、地下室への扉。庭に隠された秘密倉庫。気化した薬液の臭いと、壁紙に付着した血液の色。

 

 そして、そこで行われていた狂った実験。

 

 

「……僕の、家だ」

 

 

 ここは。

 ここは――――。

 

 

「空の、世界だ」

 

 

 ――――どうやらボクは今、空の世界にいるらしい。

 

 

 






 空の世界編、始まります。
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