ふらり、と。
無意識のうちに、足が邸宅の方へ向く。
頭の中は真っ白で、喉もひどく乾いている。本能がこの場所を拒絶するも、理性によって縛り付けて前を見た。
間違いなく、この場所はボク――白河氷菓になる以前の「僕」が生まれ育ち、そして死んだ家だ。
人の気配は……感じない。よく見れば、外壁には蔦が絡みつき、経年のためにか石像もだいぶ劣化している。庭の草木も伸び放題……およそ人間の手が入っているものとは思えない。
かつての姿は見る影もない。住人がいてこの有様……よっぽどのことが無ければありえないだろう。
つまるとこ、この家はかなり長いこと放棄されたままになっているわけだ。
心がざらついているのが自分で分かる。いったい、どれだけこの家は放置されてきたんだ? それ以前に何でボクはここに? 誰が? 何で? どうやって? 一緒にいたはずの晶葉はどこに行ったんだ?
疑問が溢れて止まらない。思考が止まる。しかし、そんな中にあってなお、ボクの脳は正確に動き、この家の構造を解析――疑問を一部を解消するに至った。
(五年……)
放置されていたと思しき年数は、五年。柱や像に刃物をぶつけたような痕跡がいくつか見られるあたり、最後にこの家を出た人間はよほど狂乱していたらしい。
それがかつての「母」なのかは、分からないけれど……比較的高い確率で、そうなんじゃないだろうかとも思う。
「…………」
父は、母の傀儡だった。
もしかしたら魔術でも使って意思を奪っていたっていう可能性もあるけれど、ボクが様々な実験を受けている最中、抗議の言葉の一つも発しなかった。
何にしてももう過ぎたことである以上、何も言う気は無い。母も父もこの家にはいない。あの頃の自分を苦しめていた元凶は、いないんだ。
「……っ」
――そうだと分かっていても、身震いが止まらない。
この家を見るたびにかつての記憶がフラッシュバックする。毒を飲まされたこと。身体を切り刻まれたこと。自分自身の最期の悔恨。あらゆる痛苦の記憶が一瞬にして体中を駆け巡り、体を動かすことすらままならない状態にまで陥っていた。
どうやら、あの時のことはボクにとってよっぽどトラウマになっているらしい。
当たり前と言えば、当たり前だけど。
……けど、これじゃダメだ。
「……っう!」
ぱしん、と両手で自分の頬を叩く。少しだけ、体の震えが治まってきた。
一つ深呼吸をすると、ようやく改めてかつての自分の家をしっかりと見据えるだけの精神力が湧いてきた。
ここで起きたことはボクにとってのトラウマだ。それは認めよう。
けれど、今はそんなことを言っている場合じゃない。
ここに来るに至った原因の一つは、あの時――扉を開いた時に辺りに広がった光、だと思う。
魔術的な要因があってか、あるいはもっと超常的な原因があるのか……それは分からないが、あの時、ボクは晶葉と一緒にいた。
ならもしかすると、ボクだけじゃなくて晶葉も一緒にこちらの世界に来ていたっておかしくないはずだ。
じゃあ何でここにいないのか? となると、ボクも何でかは分からないけど……何にしたって一人にしておくわけにはいかない。この世界は色々と危険だ。何の力も持ってない女子中学生が一人で生きていくには過酷すぎる。
「……急がないと」
こちらに来ていないというならそれはそれで一向に構わない。けれどその可能性は低い以上、何もせずに手をこまねいているわけにはいかない。
この家の中にいるという可能性もある。遠くの島にいる可能性もある。場合によっては空の底に落ちた可能性も……。
状況を把握するためにも、今ここで怯えて立ち止まっているわけにはいかない。小型艇、空を飛ぶための魔術、通信手段……何でもいい。とにかく晶葉と合流して、あっちの世界に戻るための方法を探しに動かないと!
意を決して一歩を踏み出す。この家で過ごした記憶が一瞬フラッシュバックしていったが、全て振り払った。今こんなことで感傷に浸ってるわけにはいかない。
錬金術で鍵を作り出し、扉を開く――と、五年分、つもりに積もった埃が舞い散った。
「邪魔だ……!」
このまま放置してたら、歩きにくいし臭いし視界は悪いしで最悪の環境に置かれることになりかねない。大気を錬成することで視界に入るところにある埃全てをかき集め、圧縮してそのまま消し飛ばす。
これで動きやすくなった。
「まずは――――」
どこを探すか……と考えて、ふと誰かの手記でも残っている可能性があるかもしれないと思い至る。
誰かの――特に、この家に連なる人間の意思が絡んだ結果ボクがここに飛ばされてきたのだとしたら、何か手がかりが残ってる可能性があるかもしれない。そんな一縷の望みをもとに、記憶を掘り起こして書庫へ向かう。
「……カビ臭」
……しかし案の定、書庫はまたも死ぬほどカビ臭く埃っぽい、不快指数100%な空間と成り果てていたのだった。
さっきと同じように埃と不純物をかき集めて圧縮、そのまま消し飛ばす。ああ、もう、毎度毎度面倒だな……!
それに、一々資料を見ていくっていうのもまた効率が悪い。
壁に手をつき、錬成を行う。狙いは部屋の書物全てを視界に収められるようにすることだ。
ミシミシと音を立て、部屋の構造が変化する。と同時、全ての資料が視界に収まった。それを確認するが早いか、ボクはその全てに構造解析をかけていく。
「く……」
負担は大きい。流石に、傍流とはいえ連綿と続いていた錬金術師の家系ともなれば蔵書量はすさまじいものだ。地下の禁書庫の本を除いても、これだけの数か。
でもこんな程度で泣き言なんて言ってられるか……!
資料の中に隠されていたそれらしい手記だけを抜き出しておき、他は置いておく。部屋の構造も元通りだ。
「…………っ」
この手記を見れば、思い出したくないことも思い出してしまうかもしれない。いや、確実に思い出すだろう。
けれど、それでも……!
意を決し、手記を開いてその内容を読み取る。
――――■■■■年■■■日
ニ■ラに水銀を投与。体内での反応を促す。実験は成■、■経過観察――――。
「ッ!!」
思わず、手記をそのまま床に叩き付けてしまった。ガン、という鈍い音が書庫に響き、手記が転がっていく。
……くそったれ。当時の「僕」の実験記録じゃないか。
どっと冷や汗が噴き出した。後で燃やしてしまおう。
「はぁ……」
ため息を漏らしながら他の手記も読み込んでいくが、どれも似たり寄ったりの内容だ。一部そうでもないものもあったが、そちらは文字とも絵ともつかない、狂乱して書きなぐったらしい跡だった。
どうやらボクが死ぬことになったあの実験が最終的に失敗したらしい。ざまあみろ。
……けど。
「……収穫無し、か」
結局、手がかりらしいものは無し。分かったのはどうやら実験が失敗したらしいということと、柱や像についた傷はあの母がやったらしいということだけだ。今更こんなことで留飲を下げる気は無いし、精神がすり減るだけに終わったと言ってもいいかもしれない。
とはいえ、このくらいは想定内だ。ここに何も無いとなると、次は禁書。その次は実験室。他の部屋……と順に探していくことにしよう。
順番にどんどん心がささくれ立っていくことになるが、今は言うまい。
さて、行こうか――と重い腰を上げようとしたその瞬間、不意に階下から扉が開く音が聞こえた。
(――来客?)
……いや、そんなわけない。何年も放棄され、放置されてきた家だ。今更人が来るなんて不自然に過ぎる。それに、もしそうなら呼び鈴を鳴らすだろう。
もしかすると、何か調査しに来たか……盗賊、山賊という線もある。
音を発することなく、壁に手をつき錬成を開始。この書庫に通じる通路と隠し部屋や地下に繋がる扉を埋めて封鎖。重要な場所を見られないよう細工を施す。
あくまで間に合わせの策だけど、時間を稼ぐことくらいはできるはずだ。今のうちに他の部屋も調べて――。
『はん、この程度の偽装でオレ様の目を誤魔化せると思ってんのかぁ?』
――――階下から声が聞こえたその瞬間、屋敷に施していた隠蔽が全て取り払われるのを知覚した。
若い……少女とも、童女とも言えるような声だ。あの声から分かる程度の年齢でここまでできるなんて、只者じゃない!
錬金術師、それも開祖の血筋に連なる名家の教えを受けた人間か……何にせよ、錬金術師がここに来たことは確実!
まさか、この空の世界の錬金術に関わる事柄の殆どを取り仕切っている、ヘルメス錬金術学会の手の者か……? 彼らだとしたらマズい。知識に関して貪欲すぎるあの学会の手にかかってしまうと、手がかりが全部持って行かれてしまう!
解析にかける限り、入ってきたのは四人。
四人……か。
(無力化できるか……?)
いや、できるかどうかじゃなく、やるしかない。
幸いボクはある種の真理に到達した錬金術師だ。ある程度までの実力の錬金術師相手なら目を瞑ってても勝てる自信がある。
書庫には身を隠す場所には事欠かない。机の下に隠れ、様子をうかがう……と、書庫の扉が開き、先程屋敷に入ってきたらしい四人の男女が、部屋に入ってきた。
――その瞬間を見計らい、空気を錬成しガスに変換する。
割と強めの神経ガスだ。後遺症は残らないように調合しているが、少なくとも一時間は動けなくなるはず。
こういう知識、志希さんに教えてもらっておいて良かった。
「小細工だな」
そう思った矢先、瞬時にガスは分解され、元の無害な空気に戻っていった。
嘘だろ、と内心で舌を巻く。確かにこのくらいのこと、ボクにとっては小細工みたいなものだ。けれど、一般的な錬金術師にとってみれば、そうではない。この規模でガスを充満させた場合、必ずそれ相応の準備を必要とする。それを「小細工」の一言で……!?
……そんなことが、できるのは――――。
(……真理に至った人間だけ)
ヘルメス錬金術学会が、公式に「真理に到達した」と示したのは、錬金術という学問の開祖、カリオストロその人だけだ。
非公式にはボクみたいなのもいるが、ボクはそもそも例外中の例外なので一旦置いておく。
けれど、そんなことがあり得るのか? 開祖・カリオストロと言えば数百年……いや、下手をすると千年以上前の人間だ――と、そこまで考えてハッとなる。
ボクもやろうと思えばそのくらいイケるじゃん、と。
魂が腐り果ててしまわない限り、極端な話、半ば不滅だ。殺しても死なないし、老化してもその端から新しい細胞に差し替えれば歳も取らない。
ありえなくは――ない。むしろ、他の誰かが開祖を騙っていると考えるよりはまだ現実味がある。
同時に、それはボクに一片の勝機も無いということを意味していた。千年以上の長きに渡り生き続けている開祖と、錬金術師として生まれたわけでもなく、ただの実験体――それも異世界に生まれ変わって初めて真理に触れたボク。経験の差は明らかだ。
加えてあちらは四人。数の差でも優位を取られている。
……死にはしない。いや――同じく真理に至った相手だ。魂をも消し飛ばすような決め手がない限りは、どうあっても千日手になるのは避けられない。命だけは、なんとかなるだろう。
そう思いながら、ボクは両手を上に掲げて四人の前に自分の姿を晒した。
「……え?」
「あぁ?」
「ん!?」
「何だぁ!?」
「え……!?」
四者四様、いや、正確には、五者五様。それぞれがそれぞれの驚きの反応を――約一名を除き――見せてくる。
ボクがいることなど気付きもしなかった……というより、これは、想定外の相手が現れた、というような反応か。
「お、女の子……!?」
「ほぉーう、見た目通りじゃあねえな。おいグラン、クラリス、気を抜くなよ」
「え、ちょちょ、ちょっと待ってよししょー! 手上げてるよ!? 戦う気無いんじゃないの!?」
「ククク、そうやってこっちの油断を誘う作戦かもしれないぜ?」
「でもよぅ、なんか弱々しくねえか?」
相手は四人。一人は、身長180cm前後の、グラン、と呼びかけられていた少年……青年に差し掛かったくらいの年齢だろうか。髪は茶。露出した腕を見ればその肉体の強靭さが分かるほどに鍛え抜かれているが、どうも着痩せするタイプらしい。服の上からでは分かりづらい。
一人は、その青年に寄り添う少女。栗色の髪を持ったポニーテールの子だ。17、8歳くらいだろうか。比較的高い露出度の服を着用している。あれは……ヘルメス錬金術学会の正式な衣装によく似ている。アレンジ品だろうか。「弟子」と呼ばれていることを鑑みるに彼女は開祖ではないようだ。
一人は、金の髪の童女。彼女が先程声を上げていた張本人だろう。となると、恐らくは彼女が開祖・カリオストロ……!
……あんな姿だったの開祖!? それでいいのか開祖!? ボクの中のイメージが崩壊していくんですけど!?
……それと、もう一人は……いや、正確なことを言えば、一人と、一匹、だろうか。後ろからこちらを見ているのは、赤い……仔竜? そして、その目前に立っているのは。
「――――……」
「……!?」
蒼い髪の、少女。
――――優しい子、かな。純粋で、天真爛漫で……綺麗な蒼い髪の色、してた。
不意に、凛さんの言葉が思い返される。
優しい子。優しそうな子。純粋そう。綺麗な、蒼い、髪。
「ルリア……さん……?」
「……ヒョーカさん……?」
脳に電流が走った。
その瞬間に様々な事象が繋がる。蘭子さんのあの反応。凛さんの言葉。シンデレラプロジェクトの人たちに会った時のあの微妙な表情と「蒼い髪」、そして今の一言!
まさか、まさか、まさか――――!!
「ぐ、グランっ! ビィさん!」
「う、うん、まさか、この人……」
「だよなぁ……?」
「ああ? おいグラン、分かるように話せ」
こちらとあちら――特にルリアさん、と思しき少女とを見比べ、やや混乱した様子の青年――グランさん。
偶然の一致とは思えない。きっと、凛さんはこうなることを見越していた……。
直感……うん、これに関しては直感以上のことは無いだろう。何せこうなるに至った前提条件が何も分からない。
自分以外の誰かがこの世界に来る可能性がある。そしてボクの髪がルリアさんのそれと似ている……だから、とりあえず言ってみただけ、なのだと思う。
けれど、何でルリアさんがボクの名前を? そこからまるで分からない。まるで、ボクのことを知っている人がこの世界に来たことがあるみたいな……。
「……すみません。ボクに敵意はありません。お話をさせていただけませんか?」
「はぁ? 信用できると思ってんのか?」
「……確かにカリオストロの言うことももっともだと思う。けど、ちょっとだけ判断を待ってくれないかな? もしかすると彼女、僕らが知ってる人の知り合いって可能性があるんだ」
「あぁ?」
互いを見比べながら一歩前に出て、開祖を手で制するグランさん。どうやら彼がこの集団のリーダーのようだ。
騎空士……もっと言えば騎空団のリーダー、と言ったところだろうか。見た目は年若いながらも様々な修羅場を潜り抜けてきたかのような貫禄を感じられる。
「そうだぜぇ! だって、こいつシキが言ってたヒョーカってやつみたいだしな!」
「だから誰だよそいつらは!」
「ししょー、それを説明するんだよ!?」
「チッ……」
……開祖の怒りももっともだ。突然現れたこんな怪しいヤツ、警戒して当然とすら言える。
けれど、今の……あの仔竜の言っていた言葉が真実なら、志希さんがこっちに来たことがあるようだ。
なら、この人たちに話を聞けば、何らかの手がかりが得られるかもしれない!
浅ましいことは承知の上だ。けれど、何としてでも情報を得なければ……!
「とりあえず、一度玄関口に集まってから話そう。ここだと……話すのに、少し適してない、かもしれないし」
そう告げたグランさんの言葉に頷き、ボクを含めた5人と1匹で玄関ホールまで下る。
開祖が錬成したふかふかの椅子にそれぞれが座り、ボクが錬成した机を挟んで、ボクと他の4人+1匹が向き合うようなかたちになった。
「で、何なんだお前は」
「……白河氷菓、と言います。多分……こことは違う世界から来ました」
「シラカワ……ヒョーカ……あ、やっぱり! シキさんの言ってた人ですよね!」
「シキ……一ノ瀬志希さん、ですか?」
「うん、そのイチノセシキさん、には会ったことがあるよ。少し前……ある島で依頼を請けた時だったかな。そこで騒動に巻き込まれてあの人と出会ったんだ」
「ミナミってやつも一緒だったぜぇ!」
志希さんと、美波さん……ってことは、もしかしてあの時……!
そうか、その時にボクの話を………………悪いようには言われたりしてないよね……?
「違う世界ねえ」
「そういえば、前もあったっけ。みくちゃん元気かな、ね、団長☆」
「たくさん来たからね……リンさんにウヅキさんにランコさん、それに……」
……あれ、違う世界から来ましたー、って、結構すんなりと受け入れられてるな。
というか多いな、こっちに来た人。凛さんに卯月さんに蘭子さんに未央さんに美嘉さんに? 莉嘉さんや小梅さん、みくさんみりあさんにアーニャさんまで……シンデレラプロジェクトのメンバーなんかは殆どじゃないか!!
いや、だからこそ、こういう超常現象を受け入れる下地が整ってるのか……この人たちも何だかそういう人たちをその度に拾ってるみたいだし、もう対応がベテランじみてるな……。
「……あの、違う世界から、って部分、驚かないんですか……?」
「しょっちゅうだからね。もう慣れちゃったよ」
すげぇな外の世界。もしかしてこれが標準なのか、騎空士。
昔のボクが聞いたら卒倒しそうな内容の話だ……。
「それと、改めて自己紹介させてほしい。僕はグラン。一応、騎空団の団長をしてる」
「私はルリアと言います!」
「オイラはビィだぜ! よろしくなぁ!」
「美少女錬金術師のクラリスちゃんだよ! よろしくね☆いぇいっ☆」
「クラ……!?」
「え、どうかした?」
「い、いや、その、お世話になった人に同じ名前の人がいて……」
「そーなの!?」
クラリスさん(シスター)とクラリスさん(錬金術師)か……。
うわぁややこしい! 流石に本人を目の前にしてたらどっちのこと言ってるかは分かるかもだけど、どっちもいない時にクラリスさん、って名前を出したら絶対混乱する!
どうしよう、元の世界に戻ったとき、ボクはクラリスさんとどう接すればいいんだ!?
「はぁーい☆ 世界で一番カワイイカリオストロちゃんだよぉー☆ まあ短い間だろうがよろしく頼むぜ?」
「あ、はい」
「んだよノリ悪いな」
……開祖様ってこんな人だったのか。
ちょっとショックだ。
「ところでヒョーカさん、ヒョーカさんはシスターさんなんですか?」
「え? ……あ」
「そ、それにしては少し、刺激的……だけど」
「え、あ、あ、あ、ち、違うんです! 違うんです!! 仕事なんです!」
「お、おう……?」
「……え、えーっと、お、お花売り……みたいな……?」
「違います!! 演劇です!!」
「必死過ぎて引くぞ」
「で、でもそっか☆ 演劇ならまあ、まだ納得だね☆」
「そ、それに、そのくらいの格好をしてる人なら結構いるよ。エルーンの人とか……」
「シルヴァさんとか?」
「いやエルーンを例に出すのはどうだよ。というかそのカテゴリに入っちまったかアイツは……」
と、あわただしさのせいで半ば忘れかけていたことを、ルリアさんに指摘されて改めて思い出す。そういえばボク、仕事の衣装のままこっちに来ちゃってたんだった……!
どういう仕事だと言われるとこういう仕事だ、と答えるしかないけれど、とにかく仕事は仕事だ。衣装を着てることには変わりないけど、このままじゃただの痴女と思われてしまう!
何は無くとも外見を取り繕う必要はある。その場で外套を作り出し、衣装の上に羽織った。
「す、すみません。お見苦しいものを」
「い、いや……」
「だんちょー?☆」
「んー……で、話の続きだ。お前……何をしてた?」
「……どの話でしょうか」
「全部だ。全部話せ。事細かにな。まずお前がここにいた理由だ」
「と言われても……いつの間にかここにいたんです」
「……異世界からこの世界に来た人は、何でここに来たのか分からない状態で来るからね。不自然な話じゃないと思うよ」
「そうか」
団長さんの言葉に頷く開祖様。どうやらその点は納得してくれたらしい。
ただ、問題はそれ以外か……。
「次に聞きたいことがある。お前の錬金術は一体何なんだ?」
「な、何って……ただ、普通に」
「普通ってのはこういうことだろうが」
と、開祖様はその場で実演をして見せた。
その場に作っていた机が隆起し、木製の武器を形作る。……ごく普通の錬金術だ。
「この机の材質を『理解』し、『分解』し、『再構築』することで錬成を行う。それが錬金術の基本的な術理だ。まあこの不出来な弟子はちょっとばかし足りねえ部分があるが……」
「もう、いちいち引き合いに出さなくていーじゃんししょー!」
「ククッ。まあともかくだ。基本的な大原則として、これは『科学』なんだ。無から有を生み出すような魔法めいた術じゃあねえ。だってのにお前は当然のように、他の場所から質量を動かさずに壁を作ったりガスを錬成したりしてやがる」
……言われてみると、覚えが無いわけじゃあ、ない。
晶葉が材料が足りないと言うから金属を作って持って行ったり、志希さんの薬の材料が足りないからと持って行ったり……果てはこちらの世界にしか存在しないものを、あちらの世界のものを基にしてとはいえ作り上げている。
おかしくないわけがない。確かに、それは質量やエネルギー保存の法則に反している、とも思える。けどちゃんとした理屈はあるんだ。
「……いえ、ボクは単に原子の配列を組み換えてるだけです」
「はあ?」
「大気中には無数の分子が存在します。それらの配列を一度崩して『再構成』してるんです。確かにその場に存在しないものは一時的に『変換』して、例えば
「ま、待て待て!! お前今なんつった?」
「配列を崩して」
「その後だ!」
「変換して」
「それだ! ……どうなってんだ!? 錬金術の常識から外れてんだよ! まあオレ様ならそのくらいはちょちょいのちょいだが……」
「……そーなの?」
「……そうなんですか?」
「そうなんだよ! いやお前が分かってないようなツラしてんじゃねえ馬鹿弟子!」
「痛い!」
……知らなかった。
この領域がどの領域の話なのか、正直言って比較対象がいない状況では見当もつかなかった。
ただ漠然となんかすごいことできてるな、普通の錬金術師じゃあここまではできないだろうな、くらいのことは思ってたけど……。
「???」
「なんか難しい話でオイラたちは分かんねーぜ……」
「なんだかすごいことをしてるってことだけ分かったらいいよ。それよりカリオストロ、それって、ヒョーカさんも真理に達してるってことでいいのかい?」
「としか言えねえ。けどオレ様の知るそれとはだいぶ……つーか何で異世界の人間がこんなこと……!?」
開祖様はどうやら混乱のさ中に叩き落されてしまったようだ。なんだか申し訳ないが、事実なので仕方ない。
でもこれ、説明していいものなのかな。いやでも説明しなきゃ分かんないしな……うん、様々な意味で一番事情を分かってる人たちだ。言ってしまおう。
「そのことで少しお話が」
「……詳しく話せ」
――それからボクは、自分の出生にまつわる話を始めた。
最初はこの世界で生まれ、実験体として育ち、死んだこと。開祖様の要望に応じ、その実験の内容も含めて全部。
それから、なぜかあちら側の世界で生まれ変わったこと。捨てられたり、施設のために何かできないことは無いかと探して錬金術を頼るようになったり、果てはアイドルになったり……そんなことまで。
話は長くなってしまったが、開祖様もクラリスさんも……団長さんもルリアさんもビィさんも、みんな真剣に聞いてくれていた。
ルリアさんやクラリスさんなんかは話の最中にどういう訳か涙ぐんですらいた。でもこのくらいの境遇、こっちの世界じゃよくあることだと思うんだけど。
グランさんは難しい表情で口元に手を当てている。開祖様は……文字通り、頭を抱えていた。
どうすりゃいいんだこれ。そんな呟きが聞こえてきそうなくらいだ。というか聞こえてきた。
「異世界に転生だぁ……? いやそれ自体はある程度隣接しあってる世界同士ならありえなくもねえ、ただでさえリンやミオたちみたいにホイホイこっちに来るやつがいる状況だ、そういう例があっても不思議じゃあねえ……だとしたら真理に触れたってのは……アストラル体に……毒……水銀……殺された……心臓……」
……長考に入ってしまった。こうなると、呼びかけたところで邪魔をしてしまうだけだろう。
そう思って軽く息をつくと、クラリスさんがおずおずと手を挙げた。
「ってことは、ヒョーカちゃんって……うちの親戚のおばさん?」
「おじさんが正しいかも……」
「はわっ!?」
「……まあカリオストロの例もあるけどね……」
「……ってことは元々男だったってことかぁ!?」
「まあ……生まれ変わってからは、ずっと女ですけど……」
……あ、そういえばその話してなかったわ。
まあ性別なんて小さい話だし、意図的に言わなかったっていうか、言うだけの余裕が無かったっていうのもあるけど……。
と思っていると、開祖様が手を叩いた。
「そういうことかっ!!」
「どういうことなんだカリオストロ!?」
「賢者の石を覚えているか?」
「なんだっけ」
「仮にもオレ様の弟子名乗るんならそのくらいのこと覚えてろ馬鹿弟子!」
「あいたぁー!」
……この人たち、漫才師だっけ?
「
「錬金術の到達目標の一つ、だったよね」
「よく覚えてるじゃねえかグラン。賢い生徒は大好きだよっ☆」
と、言いつつもその顔は僅かに苦み走っている。
賢者の石……等価交換の法則に唯一当てはまることの無い特異物質。
その製造工程は開祖様の言った通り。五つの工程を挟むことで初めて、あらゆる法則を無視した錬成法、「黄金錬成」が可能となる。
もっとも、ボクや開祖様のように真理に至った錬金術師であれば、ある程度それに類することは可能なのだけど……。
「凡庸なザコ錬金術師だろうとこのオレ様を追い詰めそうになる程度にはとんでもない物質なんだ。もう一回頭に叩き込んどけ馬鹿弟子」
「あうあうあうあういたいってばぁー!」
「しかし、あれは……現存しないというお話だったのでは?」
「白化の段階に到達する程度のモンなら、学会の連中が握ってるだろうさ。材料さえあれば作ることも……まあ今その話はいい。続けるぜ。ヒョーカの話を聞く限り、この家の連中の目的も賢者の石による黄金錬成だ。ま、錬金術師なら喉から手が出るほど欲しいモンだ。狙ってたって不思議はねえ」
「でも、それがヒョーカさんとどんな関係が?」
「そのためにな、コイツの……前世の身体を利用してたんだよ」
そう言って、開祖様は机の上にビーカーを錬成した。
そして次々に、様々な金属を錬成し、そこに投入していく。中には劇物なども存在していた。
「これが肉体と思え。ここに水銀やマグネシウム、金や王水……そういった触媒を突っ込んでいく」
「それってヤバいんじゃないの!? っていうかヤバいことになってるよ!?」
「ああ、ヤバいさ。普通の人間なら体の中から腐って死ぬ程度にはな」
びしり、と音を立ててビーカーがひび割れそうになる……のを、開祖様は続けて錬成し、修復と同時にコーティングを行った。
これでしばらく壊れることはなく、内部で反応が……反応、が……。
「そこを、魔法の加護や治癒魔法で強引に体裁を整える。『器』が壊れちゃあ意味ねえからな。そのおかげで、この間も生命活動は続いていて、代謝や排泄でこの触媒も循環されていく……そして長い時間をかけて体内で化合し、反応し……やがて一つの物質を形作る、ってな。要はコイツの元母親ってヤツは、息子の肉体をビーカー代わりにしたんだよ」
ルリアさんの顔が青ざめ、クラリスさんが沈痛な面持ちになる。グランさんは……少し憤りを覚えているようだが、それを態度に出すことまではしない。流石は、騎空士と言ったところだろうか。
「でも、何でそんなこと……自分の子供なんだよ!?」
「義憤を抱いたっていいがなクラリス。どんなに綺麗ごと言ったってそういうことやるヤツは
「ひどい……」
「まあ、この家の様子を見る限り、失敗してるみたいですけどね。ざまあみろ」
「クククッ、だろうな! 因果応報ってやつだ。まさしくざまあみろ、ってなもんだぜ」
くくく、とボクと開祖様の声が重なった。
「でも、カリオストロ。何がどう男性だったことが作用するんだい?」
「そうだぜ! オイラにはなんにも関係ないようにしか聞こえないぞ?」
「グランは魔法の心得があんだろ? 男女の差、知ってんな」
「男性は陽の気を持つ。女性は陰の気を持つ、だったっけ?」
「それだ」
その内容自体は……確か、あちらにも中国の思想であったはず。
そうか、こっちにも似たようなものがあったのか。しかしそれがどういう風に作用するのかと言われると、ボクには分からないけど……。
「『陽』、ものごとをプラスに進める……こいつは『温める』ことにも通ずる。ま、こいつは魔法の気質には何ら関係ねえがな。女にも火の魔法、どころか日の魔法が大得意な奴が大勢いるんだしな」
「それが、何を?」
「その気質を炉心にして、反応を促したのさ。人間一人の命を使った反応炉だ。それなりの温度と反応速度になるだろうさ」
「…………」
「あ、そうそう。お前アレ削ぎ落されたりしてたろ。棒の方」
「あ、はい」
「だろうな。それで陽の気の放出を防いでたつもりだったんだろう。徹底してやがるなぁ」
その言葉自体は母を評価しているようにも聞こえるけど、実際にはかなり嘲りのニュアンスが混じっている。確かに徹底しているが、それが結果意味をなさないと理解しているからだろう。
一方、団長さんは青い顔で自らの股間を押さえていた。
「そのせいで魂が陽の気を失って、次生まれ変わったら女だったってことにも繋がるって話でもある」
「そうなんだ……」
「だが……ククッ、誤算だったろうなぁ、そこまで徹底した実験は失敗だ。賢者の石は
そしてあちらの世界で改めて錬金術を学んだことで、それらの全てが結実した。
母のやったことは全て無駄に終わり、結果的にボクにとっての「実」になった――。
そう締めくくって、開祖様はこらえきれないという風に笑い声を漏らす。
「流石のオレ様もちょっとばかし困惑したが、そうと考えるとおおよそ全てに納得がいく。アプローチの方法はだいぶ違うが、それも真理にたどり着くための方法の一つだろうってな」
言って、やり遂げたような顔をして開祖様はソファに深く腰掛けた。
「……それが判明したのは喜ぶべきことだけど、何か忘れてないかい、カリオストロ?」
「ああ? あー安心しろ。ヒョーカの友達を探して元の世界に戻すっつー話だろ?」
「いやそっちじゃなくって、シェロさんの依頼だよ。魔物は倒したけど、この家を調査しないと終わらないだろう?」
「あっ」
「おいおい、しっかりしろよなぁ!」
「うるせえぞビィ!」
どうやらボクにかかりきりになってしまったせいか、開祖様は当初の目的を忘れかけてしまっていたらしい。
なんというかたいへん申し訳ない。
「……もしよければ、ボクが案内しましょうか?」
「えっ? いいんですか?」
「はい。乗り掛かった舟ですから。それと、厚かましいことをお願いするようなんですが……友達を探すこと、元の世界に戻ることの二つを、お願いしたくて。見返りとしては劣ってしまうんですが……」
「お安い御用だぜ! な、グラン!」
「うん。困った時はお互い様だよ。みんなもそれでいいかな?」
「はい! 困った人は見過ごせませんから!」
「うちもオッケー! ししょーも手伝うよね?」
「あ? ああ」
「……う゛えっ!?」
「あん? 何驚いてんだよ」
「い、いやししょー、『何でオレ様がそんなこと手伝わなきゃいけねえんだぁ?』って言って渋りそうだったから」
「傍流とはいえオレ様と同じく真理を目の当たりにした同士なんだぜ? ちょっと不安定なのが
「そんなぁー!?」
「開祖様……」
――感激だ。傍若無人として恐れられたあの開祖様に、そこまで評価してもらえるだなんて。
本当なら、傍流の家系のボクみたいな木っ端錬金術師が話すなんてできるはずもないのに……!
「……ねえだんちょー、これししょー絶対面白がってるよね……?」
「うん、多分……」
目の前で行われた内緒話は、喜びにゆで上がっているボクの耳には、残念ながら入って来なかった。
――――それに。
「うん?」
「うわっ」
「げっ……」
「……来てしまったか……」
窓の外に見えたその存在に、目を奪われてしまったからだ。
緑の蛍光色の外皮。
だが、団長さんを含む四人と一匹はまた違う存在を想起したらしい。
胸部に据え付けられたような水晶状の発行体に、頭頂から伸びる二本の触覚。星形を思わずずんぐりむっくりした体形、それと……強靭な尻尾。
同時に、ボクたちはその存在を示す名を口にしていた。
「ぴにゃこら太――――!?」
「「壊獣――――!!」」
………………。
…………。
……。
「「「「「「えっ」」」」」」
『びに゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛』
……困惑を示すボクらに警告するように、「そいつ」はボクのよく知る鳴き声を発した。
※ 当小説においては主に独自設定で進行しています。
基本的には本編の設定を基にしてはいますが、今後本編で設定が開示されることによって何らかの矛盾が発生することも考えられます。が、当小説においては、今後とも小説内で語られた設定で通すことにさせていただきます。予めご了承ください。
また、このお話のグラン君はアニメルートと似たルートを通った上で2年ほどが経過しているというイメージで執筆しています。
仲間や友達はわりと多いけれども、グラサイに常駐してない人もいる、みたいな雰囲気です。基本そこまで長くならないのである程度ニュアンスで適当に捉えておいていただけると助かります。