何だ……アレは!?
幻術なのか!? イヤ……幻術じゃない……イヤ……幻術か?
……何だアレは!!?
「何ですかアレは!?」
「
「存じ上げません!!」
かい……かいじゅう……!? 怪獣じゃないのか……!?
いやそもそもあの見た目、どう考えてもぴにゃ……いや、でも無駄な装飾が多いし表情の配置も違う……穂乃香さんが見たらキレそうだけど、あれはあれで受け入れる可能性も否定できないような何だあのビジュアルは……。
また幻術なのか……!?
「壊獣……古代に繁殖していたらしい特殊な魔物なんだ。僕たちは……いや、全空は今、ヤツらの脅威に晒されてると言っていい……!」
「……アレに!?」
あのパワードぴにゃこら太というかアーマードぴにゃこら太というか、たぬこら太というか……ともかくあの異形のぴにゃこら太が全空を脅かす!?
絵面の間抜けさもさることながら、どういう悪質な冗談だよ!? ふざけてんのかファータ・グランデ!!
「見た目こそブサイクな緑色だが実際は結構な強敵だぜ。アイツは胸からビームを撃つし、他の個体は自爆したり頭で食いちぎりにきたり……」
「何それこわ……」
「だから調査に来たんだ。もしかするとここが発生源なんじゃないかって……でもそうじゃないみたいだ。カリオストロ、クラリス、ヒョーカさんを頼むよ」
「うん、分かった!」
「行ってこい!」
「グラン! バハムートの力を!」
「ああ、ありがとうルリア!」
引き留める間も無く、団長さんはルリアさんの掌から発せられた魔力を剣に乗せ、窓を突き破って外へと駆け出した。
早い。いや、身体能力もそうだけど……判断が早い。アレが既に敵だと確定しているから、というのもあるだろうけど……戦闘に関してあまり頼りにできないであろうボクを二人に任せ、自分はルリアさんの……魔法? を剣にエンチャントして、即座に自分が囮になるべく飛び出した。相当場数を踏んでないとできなさそうな動きだ。
「だ、大丈夫なんですか……!?」
「ああ、安心して見てろ。うちの団長はそりゃあ強ぇぞ」
「はい、グランは負けません……絶対!」
開祖様もルリアさんも、団長さんに絶対の信頼を置いているようだ。
いざと言う時に飛び出せる準備だけは欠かすことなく、窓から外を見る。そこでは想像していたよりも遥かに熾烈で――しかし、一方的な戦闘が繰り広げられていた。
ぴにゃ壊獣の発する光線が地面を焼き焦がす。光速の一閃だというのに、団長さんに慌てたような様子は無い。
どうやら冷静に攻撃直前の予備動作を見て、相手の向きや行動の前兆から、光線が発せられる方向と速度を予測して動いているようだ。
瞬時に肉薄し、一つ、二つと剣戟を重ねていく。その度にぴにゃ壊獣にダメージが加わっていった。
「びぃぃぃにゃぁぁあ゛ぁ!!」
「!」
怒りに任せて放った極太のレーザー……しかし、それも、地を蹴って身を躱すことでその範囲から逃れ出る。
先程と全く同じ展開で、剣戟……今度は三度だ。ほんの一瞬ほども隙があるように感じられないのに、彼は凄まじい技量とクソ度胸でそれを成し遂げている……。
やがて、自らの攻撃が当たらないことに焦れ始めたぴにゃ壊獣の胸元の水晶が輝き出す。
その輝きは周囲一帯をも照らすほどの光量になり――――。
「あぶねえ!」
「ひゃっ!」
食い入るように見つめていたボクを開祖様が押し倒す。その上をレーザーが通過していくのが、倒れ込む最中に見えた。
……全方位レーザー!?
「ヤバいんじゃない!?」
「黙って見てろクラリス!」
戦闘に介入するべきか迷いだすクラリスさんを手で制す。直後、開祖様は壁面を錬成して補修した。相手がこちらに注意を向けないようにするためだろう。
次いでボクがその上から鏡面コーティングを施す。あれが熱線であれば無効化はできないが、仮にレーザーだとすれば、これで反射できるはず……ではある。
「団長さんは!?」
「あそこです!」
見れば、団長さんはぴにゃ壊獣の背後に立っていた。あの一瞬であそこまで……一体どんな踏み込みを!?
愕然とする間にも戦闘は進む――いや、終わる。
上段に構えた剣は、ルリアさんから貰った輝きを増幅し、熱へと変えて――。
「レギンレイヴッ!!」
気合の叫びと共に打ち放ち、瞬時にぴにゃ壊獣を消し飛ばした!
ほんの数合の打ち合い……いや、打ち合いですらない。最早演武か何かではないかと思うほどに洗練された行動だった。
……これが、本物の騎空士……!
「どうやらここも安全じゃないみたいだ。みんな、どうする?」
「どうもこうもねえよ。とっとと資料さらって逃げた方がいいぜこいつは。幸い内部の構造に詳しいヤツもいるしな。最終的な精査はグランサイファーに戻ってやりゃあいい」
「おいおい、危ないんじゃないのかぁ?」
「団長も守ってくれるよね☆」
「勿論。仲間だからね」
あれだけ強い人が護衛についてくれるのか……それに開祖様まで。
忌々しい記憶ではあるけど、ボクの記憶が頼りにされてるってことも嬉しい話だ。
「それじゃあヒョーカさん、お願いします」
「分かりました。地下に案内します。ついてきてください」
またさっきのぴにゃ壊獣が来るとしたらたまらない。できるだけ時間をかけず、早めに……でも、決して焦らず、慌てず行こう。怪我をしたら元も子もないんだから。
ボクは屋敷に施した隠蔽を解除しつつ、団長さんたちをまず地下へと案内した。
入った途端に昔の光景がフラッシュバックして、思いっきり吐いたことは余談としておく。
@ ――― @
……それから数十分ほどかけて資料の回収を終えたボクたちは、屋敷を後にして団長さんたちの騎空艇に向かっていた。
なお、ボクは部屋に入るごとに思いっきり吐きまくって体力を消耗。動けるようになるまでは、開祖様の錬金術によって生み出された大蛇、ウロボロスの背に乗せられて移動中である。
思った以上に根が深い。多分これ、一生付き合って行かなきゃいけないタイプのそれだ。
こうなると、時間が解決してくれるのを待つしかないな――と、ぼやけた思考の中で漠然と考える。
「まさかオレ様が気を遣うほど吐くとはな……」
「ご、ごめんなさい……」
よりにもよって開祖様に気を遣ってもらえるなんて……嬉しいけど、不甲斐ないところを見せてしまったと内心で死ぬほど反省する。
確かに、ボクがこんなことになっちゃったのは大元の元を辿れば開祖様のせい……と言えなくもないけど、あっちの世界で錬金術の恩恵に与ることができたのもまた、錬金術を世に広めた開祖様のおかげと言える。
錬金術に対してやや複雑な感情があるのは確か。母を恨む気持ちが消えないのも確か。だけどそれはそれとして、開祖様は尊敬に値する人だ。人柄もフランクで面倒見がいいし、理知的で……そんな人に手間をかけさせてしまったのがとても! とても申し訳ない……!
「うおっ……!? なんだか今凄まじくムズ痒い感覚が……!?」
「風邪かい?」
「そんなはずは……」
言いつつ外套を用意しておくあたり、団長さんも団長さんで気配りの達人だな。
そんな様子を横目でちらとうかがっていると、ふとルリアさんがこちらに近づいて来るのが見えた。
体調がどうかを確かめに来たのだろう。平気だと示すために片手を挙げて応えると、ルリアさんは安心したように一つ息を吐いた。
「大丈夫そうで良かったです。お水飲みますか?」
「すみません、いただきます」
水を受け渡したルリアさんは、そのままボクの隣に座るため、ウロボロスの背甲に腰掛けた。嫌な顔一つせず声も上げないあたり、思ったよりルリアさんに慣れているらしい。
……しかし。
「……少し、気になったことを聞いても構いませんか?」
「? はい、いいですよ」
「ルリアさんは戦う人には見えませんけど……何であの場に?」
確かにあの
錬金術に関してもそれほど造詣が深いわけではないようにも思うし、あの場にいる必要が無いようにも思うのだけど……?
そんなことを聞いてみると、ルリアさんはどこか困ったような表情をして見せた。
「それには少し特殊な事情があって……グランと私は、あまり遠くに離れられないんです」
「……物理的に、ですか?」
「物理的にです。あんまり離れちゃうと、グランが死んじゃうので……」
「えっ」
なにその物騒な話は。
「そうですね――――」
……そうして、ルリアさんは過去の自分の話を始めた。
星晶獣。この世界に存在する、人間を遥かに超えた自然現象の化身、のような存在だ。
彼らは時に災害や、ないしは神とも目され、時に崇拝され、時に畏怖される。また時にはその力を利用され、人間の道具に堕することもあるという存在だ。
普段は星晶と呼ばれる宝石に封印され――あるいは休眠しているのだが、ルリアさんはこの星晶を通じて星晶獣と心を交わし、力を借りることができるという能力の持ち主なのだという。
それは、この世界に存在していた星の民と呼ばれる種族の持つ能力に近いとも言われているが……詳細は定かではない。
ともあれ、そんなルリアさんの持つ力に目を付けた者たちがいる。それが、エルステ帝国と呼ばれる巨大国家……その軍部の人間たちだ。星晶を操る力を兵器転用しようともくろんでいた彼らは、ルリアさんを監禁・拘束し、その力の研究に日夜没頭していた。
しかし、その非人道的な実験を見かねたカタリナさんという女性が、ある日ルリアさんを連れて帝国軍から脱走。団長さんの故郷であるザンクティンゼルという島で彼と出会った。
……しかし、団長さんはルリアさんを守るためにその身を挺し、一度死んでしまったのだという。
命の恩人を見捨てることなんて、できるわけがない。そこでルリアさんが行ったのが――「命のリンク」だ。
互いの命を繋ぎ、疑似的に「一つの命」とすることで死者を蘇らせる……というものらしい。これが「技術」なのか、あるいは「異能」と呼ぶべきものなのか、それとも「生態」なのかは分からない。けれどもそれで団長さんは助かった。
しかし、それで全部解決とはいかない。
まず、命が繋がってしまったことで、ルリアさんか団長さんが死ねばもう一方も死ぬという、文字通り一蓮托生の関係になる。ルリアさんから一定以上の距離が離れると、また死体に逆戻り……などなど、様々な問題を抱えた上で蘇ったのだ。ルリアさんはそんな状況に陥らせてしまったことを、深く後悔した。
「だから私たちは、『星の島』イスタルシアを目指しているんです」
「でもあれはおとぎ話じゃ……?」
「いいえ、グランのお父さんが、イスタルシアを見つけて……自分はイスタルシアにいる、お前も来い、ってグランに手紙を送ってきたんです! そこでならきっと……!」
団長さんもちゃんと蘇ることができる、か。
そういうことか、と一つ納得した。
星の島には星の民が住んでいると言われている。伝承によれば星の民は、ルリアさんの力と似た能力を持つともされる。そんな彼らに手を借りることができれば、仮に命のリンクを切ったとしても団長さんが生きていられるような方法が見つかるかもしれない。
じゃなくても、旅の中で完全に蘇生する方法が見つかる可能性もある。ともあれ、団長さん自身は父親と再会できるし、きっとこれが最良の案なのだろう。
錬金術の分野においては命のリンク、だなんて聞いたことは無いし……珍しく開祖様が手を出せない案件でもあるのか。
万能を謳う開祖様としては業腹だろう。だから一緒に行動してるのかもしれないけど。
それから、ザンクティンゼルを出た後の冒険の話を聞いた。
空を駆け、島を行き、人と出会い……そんな冒険譚。
団長さんのことを語るルリアさんの表情はずっと誇らしげで、見ているだけでも二人の信頼の強さが分かるほどだった。
「でも、だから少しだけ……さっき、ヒョーカさんのお話を聞いた時に、シンパシーを感じたのかもしれません」
「……確かに」
性別こそ違えど、自由を奪われ、人間としての扱いを受けず、道具として扱われていた……という過去があること。そしてそこから抜け出して、良い出会いを通じてかけがえのない大切な人たちと出会うことができた……というところでは同じだ。
「ボクはこっちだと死んだんですけどね」
「はわっ!? すみません!?」
「冗談です。でも、お互い素敵な出会いに恵まれましたよね。――凛さんとも」
「あっ、そうだ! リンさんたち、元気にしていますか?」
「はい。凛さんも、ルリアさんによろしく伝えておいてほしい、と」
「わぁっ……! ふふふ!」
ルリアさんも、元の境遇が境遇なせいか、新しくできた友達というのを人一番大事にしているらしい。
叶うなら、ボクもその輪に――なんて思うけど、そこまで行くと高望み、かな。
「……あ、そうだ」
「?」
そっちは高望みだけど……こっちを聞くことくらいはいいか。
「ルリアさんにとっての『自由』って、何?」
ボクにとって、ルリアさんはある意味で先輩とも言うべき存在だ。
まあ、なんというか、監禁されてて自由になって自由というものを知っている先輩、というかなり物騒な先輩だけど。
ルリアさんは、困ったような顔をしている。まあそうだろう。人によって解釈が違うものだから、教えても……というのがあるのかもしれない。
けどこれは、ボクにとっては死活問題だ。じっと目を見つめていると、ルリアさんは納得したように一度頷いた。
不意に、風が駆け抜ける。
団長さんたちが、騎空艇が見えてきた、と声を発した。
そして――島の岬、その縁が見えてくる。
その時、ルリアさんはウロボロスの背から降り、岬を背にボクへこう告げた。
「――グランや、カタリナや、ビィさん、みんなと一緒にこの空で旅をすることが、私にとっての『自由』ですっ!」
ふと、ルリアさんの後を追うように、ボクの身体が勝手に動いた。
ただひたすらに、前へ進む。
大丈夫なのか、と問いかけてくる開祖様や団長さんの言葉も、今は耳に入ってこなかった。
――――風を、感じてみたい。
そうだ。かつてボクはそう思っていたことがある。
屋敷の外に出たことが無かった。だから、当然そんなものは知らなかった。
――――空を、見てみたい。
だからこそ、空を見たことも無かった。
窓越しに見るその色は煤にまみれてくすんでいて、本当の色を知ることは一度も無かった。
見たい。知りたい。
そうだ、ボクの「最初」は、そこだ。
いつからか、忘れていた。生まれ変わったという衝撃、親に捨てられた驚愕、そして施設を守ろうとただひたすら頑張っているうち……最初の思いを、忘れてしまっていた。
……もしかすると、イヴさんの言っていたのはこういうことなのか、と思う。
うん。そうかもしれない。
だからこそ――――目の前に広がる雄大な蒼に、ボクは自然と心囚われていた。
目の前に広がる、抜けるような青空。
遮るものも無く、阻むものも無く……ただ蒼い空だけが、そこには在る。
かちり、と歯車がかみ合うような音が聞こえたような気がした。
求めていたのはこれだと、欲していたのはこれだと、ボクにとっての自由の象徴とは、コレなんだと……心が訴えかけているような。
けれども、そうかと思えば途端に腑に落ちる。ボクは生前、一度でいいから、何物にも遮られることの無い青い空を見てみたかった。
「――――――」
そうだ。
そうだ、これが――――空。
「ひょ、ヒョーカさん?」
「……え、あ、は、はい?」
「な、何か、悲しいことでもあったんですか?」
「何がですか……?」
「その……涙が」
「あ……あ、と、す、すみません、そういうのじゃなくって」
うん、違う。違うんだ。
追いかけてきた開祖様たちも、怪訝な顔でこちらを見てくる。けれど悲しいんじゃない、ただ――絶対に見られるはずのないものを、こうして見ることができたのが、嬉しくて、ひどく心動かされて……。
「……そういえば、今までちゃんと空を見たこと無かったなって思ったんです。それで……」
「マジかお前」
「マジですよ」
開祖様の顔が曇った。
いや、こっちの世界じゃ別に珍しいことでもないような……って思ってたけど、そうでもない?
あの……ほら。生贄とか、死病とか……文献を軽く漁るだけでもかなりの量出てくるし、そうだとばかり思ってたんだけど。
もしかして賢者の石作るのもあれがポピュラーな方法ってわけでもない?
うわ……なんだかすごい恥かいた気分。先に言ってくださいよ開祖様。
「あぁそうだ……そういうことだったわ……うわ……確かこいつあっちでも孤児とかになってやがる……」
「孤児じゃなくって捨て子ですよ」
「冷静に指摘しなくていいよぉ!」
でもそこの違いは割と重要と言えば重要だ。親に愛情があったか無かったかという違いがあるんだから。
まあ、どっちの世界でも似たようなものだったと思えばそんなもんだと割り切ることもできる。それに、あっちだと実質的に自由そのものだ。虐待を受けたりするよりはよっぽどいいと思う。
「……ありがとうございます、ルリアさん。色々と――うん。色々と、吹っ切れました」
「い、いいえ。私は何も……普通のことを答えただけですよ?」
「その『普通のこと』が、ボク、ずっと分からなかったんです」
同じような境遇に立って、同じような経験をして――そういうルリアさんだからこそ、強いシンパシーが得られたんだろう。
多分……ボク一人じゃあ今もなお、何も分からなかったし気付けもしなかったと思う。
あの場所に来て、団長さんや開祖様と出会って、こうしてルリアさんとお話をして……そして、あの屋敷から近いこの場所で、この眼で空を見ることができたからこそ、ボクは自分にとっての「自由」を知ることができた。
ボクは、笑顔で皆さんに向き直った。
めっちゃ沈んでいた。
何故だ。
「お前……サラかよぉ……」
「どなたですか?」
「サブル島ってところに住んでた巫女の子で、星晶獣を鎮める儀式のために生贄にされかけてた子……」
「酷い話ですね……」
世の中は残酷だ。平気でそんなむごいことがまかり通る。
でもされ「かけてた」ってことは、助かったんだろうか。こうして話してくれるってことは、きっと団長さんたちが助けたんだろう。話の流れから察するに、その後は団長さんたちの騎空団で暮らしているのかもしれない。だとしたら喜ばしい話だ。
……つまり彼女と一緒で、悪い環境から抜け出せた繋がりって話なのかな?
「いや、他人事のように言ってんなよ」
「?」
「わぁお」
……なんだか急激に空気が弛緩して来た気がする。
いや、実際弛緩して来てるんだろう。原因は分からないけど。多分ボクだ。全員が揃って「なにいってだこいつ」みたいな顔してるし……。
「……すみません、お時間取らせました。騎空艇の方に向かいましょう」
「あ、ああ……」
そうして、改めて騎空艇の方へと向かって歩き出す。先程とは異なり、ボクの足取りはもう少し軽やかだ。
対照的に、開祖様や団長さんたちの足取りはやや重い。……そこまでボクのこと気にしなくたっていいのに。
……いや、もしかするともっと別の要因があるかもしれない。この先にあのぴにゃ壊獣がいるとか。
開けた場所だからこそ警戒を怠らないということか。流石、本職の騎空士は違うなぁ。
「見えてきたよ。あれだ」
「……あ。あれですか!」
「う、うん。あれが僕らの騎空艇――グランサイファーだ」
そう言って団長さんが指し示したのは、全長200m前後の騎空艇。
近づけば近づくほどに理解できるその巨大さに、思わず圧倒される。
「よぉ、グラン! デートは楽しかったか?」
そんなことを考察していると、グランサイファーから、軽く顎髭をたくわえた男性が降りてくる。
口ぶりはやや軽薄そうに見えるけど、その物腰はどちらかと言うと、弟分を兄貴分がからかっている……というようでもある。
「そういうのじゃないよ、ラカム。ちゃんとした依頼だって」
「ははっ、分かってるよ。それで? 一人知らねえ顔が混じってるが」
「依頼先で出会ったんだ。困ってるみたいだったから」
「白河氷菓と申します。申し訳ありませんが、少しの間お世話になります」
「へぇ……よろしくな、お嬢ちゃん。俺はラカム。グランサイファーの操舵士だ」
「操舵士……!」
団長、騎空艇、それに操舵士と来た。
本格的な騎空団のそれだ。開祖様やクラリスさんが所属していることもあるし、かなり大きな団なんだろう。
なんだか興奮してきた。物語でしか見たことの無い存在が、今目の前にいる……!
「……なあグラン。このお嬢ちゃん、随分興奮してるみたいだが」
「初めて見るので!」
「そ、そうかぁ?」
「ちょっと事情があるんだ。前みたいな。ほら、リンさんたちのこと、覚えてる?」
「ああ。あー……そういう事情か」
だいたい「凛さんのこと」で伝わるあたり、もうこの人たちにとっては慣れっこなのだろう。
異世界人が慣れっこって何なんだと思うけれども、そういうものだと思うことにする。ボク自身も割と奇怪な存在だし。
「の、割にゃあ……何だ。ルリアに似てねぇか?」
「そうかな?」
「そうですか?」
「そうです?」
「そうかぁ?」
「四人でいっぺんに言い出すなお前ら」
いや、でも……似ては、いないと思うけど。
確かに髪色はそうだし、輪郭だったり境遇だったりはちょっと似てなくもないかもしれないけど……ボクの方が釣り目気味だし、身長も低い。あと髪型も違う。雰囲気だって、やわらかで純真なルリアさんと比べると、ボクの方はやや棘があり、素っ気ないと言えるだろう。まあ、姉妹か何かと言うと、他の人は信じるかもしれないけれど。
でもその辺、団長さんはよく分かってくれているようだ。元々ルリアさんとよく心が通じ合っているからというのもあるだろう。
「………………」
ボクたちがそう考える一方、開祖様は何やら難しい表情で考えに耽っていた。
どうやら、何か思うところがあるらしい。ルリアさんとボク……と、ビィさんとを見比べて何やら考えごとをしているようだ。
「ところで、団長さん。これからどこへ向かうんですか?」
「実は知り合いに壊獣の専門家がいるんだ。その人たちに資料を渡しに行くつもりなんだけど」
「もう何か分かってるかもしれませんね!」
「だといいんだけどね……」
「壊獣の専門家……場所はどこに?」
「――羅生門研究艇、だよ」
@ ――― @
道中、補給や買い物、団員の方たちとの合流のために島に立ち寄りながら、空を行く。
羅生門研究艇まで、騎空艇で合計四日ほど。その間、ボクはグランサイファーに常駐しているという方たちとも交流を行っていた。
例えば、ある島の巫女さんをやっていたというディアンサさん。巫女……と言うよりも、ボクらの認識では、その在り方はどちらかと言うとアイドルのそれだけれども。
巫女だった当時は、ある星晶獣を鎮めるために歌と踊りを用いていたという話だ。年齢制限のため去年あたりから巫女を辞めたそうだけど、今はその巫女さんたちを統括する立場である祭司――ボクたちで言えばプロデューサーみたいなもの――になるため、見聞を広めようとしているのだとか。団長さんたちと一緒に旅をしているのも、そのためらしい。
例えば、先に話に出ていたサラさん。かつては辛い目に遭っていたようだけれど、団長さんに助け出されて以降はグランサイファーでみんなと一緒に暮らしているのだとか。
彼女にとって、姉のような存在とも言えるボレミアさんや、おじ的な存在のジンさんとも関係は良好で、今は性格もだいぶ明るくなったらしい。だからってわけじゃないけれど、彼女と話すときは特に話が弾んだ。
例えば、星晶獣であり、天司と呼ばれる特別な存在であるサンダルフォンさん。
その存在の特異性にも驚かされたけど、もっと驚かされたのは、彼と団長さんが経験したある戦いが、ボクがこちらの世界に来るきっかけになったのではないか――という話だった。
なんでも、ルリアさんがよく力を借りているある星晶獣――バハムートと、ある怪物との攻撃が激突したことで、時空に裂け目が生じた可能性があるのだとか。
どちらも規格外の存在であるからこそ、そのような現象が起きてしまった。かもしれないとのこと。この世界の「進化」を司り、人々の営みを見守る「天司長」という役目を持つサンダルフォンさんとしては、ボクのような異物はあまり歓迎できない存在だと言っていたけど……だからこそ、ボクらの帰還に関しては積極的に手伝う、とも言ってくれた。
言葉自体は刺々しいけれど、優しい人らしい。きっと、ちょっとばかり不器用なんだろう。
それから、アイドルを目指しているという、ハーヴィン族のリルルさん。曰く、本物のアイドルに出会ったのは何人目かだけど、どの人もキラキラしていて綺麗で可愛い、ヒョーカさんもアイドルだというなら私にとって憧れです……とのこと。
憧れられるというのはちょっと初めての経験だったから狼狽えてしまったけれど、それでも良い関係が築けたらいいなと思った。ダンスと歌もできる限り教えたし、これから先飛躍していってくれたら嬉しいことだ。
それから――拳によって語り合うことを至上の目的とするフェザーさん。アイルさんとジェシカさんの姉弟や、元帝国兵だったというファラさんとユーリさん。フォレストレンジャーのウェルダーさん。エルーンの中でも王家の血統を継ぐというユエルさんとソシエさん。ラーメンの道を究めんとするイッパツさんに、ある亡国の元王家ご一行、酔いどれシスターさんやトレジャーハンター、元アルビオンの領主だとか、妙にこちらを構ってくる……ちょっぴりあの姉を思い出させるような人、
……ちょっとこの騎空団、人多すぎない?
四日間程度ではみんなと交流できた、なんてことは口が裂けても言えそうにない。まだ会ったことのない人もいるし、すれ違っただけで会話はしてない、という人もいる。
そもそもボクはボクで、客人だからと言って甘えててよしとは思えない。団長さんに頼んで仕事を割り振ってもらっていたし、その間は開祖様やクラリスさんと一緒の部屋で過ごしていたから、出会っていない人も数多くいるだろう。それに多分グランサイファーに常駐していないだけで、外部にもっと団員がいるはずだ。
これだけの人数をどうやって管理しているのか、甚だ謎である。
まあ、そこに関しては団長さんの人望、ということにしておこう。
どうも王族らしい人たちや元騎士団長、とかとか……人を纏めるのに適した人材は数多くいる。団長さんもその技能を学んでいるらしいし、そこを疑問に思っても仕方ない部分もあるし。
ともあれ、一度死んで以来の空の世界。少し動けば色々な発見があり、少し話せば様々なことを学ぶことができた。
これだけの大所帯をまとめ上げている団長に感謝だ。おかげで、ずっと昔から憧れていた騎空艇を目にすることができ、オマケに乗って旅をすることさえできたのだし。
ともあれ、楽しんでばかりもいられない。ボクにとって重要なのは、晶葉の行方を探ることだ。
停泊の度に情報収集に努めるものの、成果は上がらない。自然と焦燥に駆られるも、無情に時間は過ぎていく。
そして、四日が過ぎ――――羅生門研究艇へ、到着する日が訪れた。
ある幕間
「ところでヒョーカさんは錬金術でどんなことができるんだい?」
「模倣とか複製とかは大得意です」
「なるほど……じゃあ、こういうのってできる?」
そう言って団長さんが取り出したのは、三つの塊。
一つは金色、一つは黒鉄色、一つは虹色……どれも強い力を感じる。相当なものであることは確かだろう。
というか一つは知っている。ヒヒイロカネだ。クロム鋼という原料から作られる魔法の金属であり、製法は未だ謎に包まれている。
非常に強大な魔力を秘めているが、金属に対する比率が非常に繊細だ。魔力の存在しないあちらの世界でずっと生きてきたボクは、魔力を交えた錬成はそれほど得意じゃない。これを複製するのは容易なことじゃないだろう。
そして虹色の結晶。これも無理だ。星の力を操ることは、恐らくルリアさんくらいでないとできないはず。少なくともボクにはできない。
……あ、でも。
「これならなんとかできるかもしれません」
「えっ」
「ここをこうしてこうで……一晩ほどかかるかもしれませんが」
「……えっ」
この日、ボクは団長さんに見事な土下座を決められ、複製を頼まれた。
そんなに欲しいのだろうか、このダマスカス鋼……ってもの。