――――羅生門研究艇。
この空において有数の科学力を有する機関だ。壊獣への対処や対策も主にこの研究所が行っているらしく、ファータ・グランデ空域の中でも相当に重要な立ち位置にあると言っていい。
また、他にもアンドロイドをはじめとする人型ロボット、パワードスーツや有機テクノロジーに関しても詳しいとのこと。最近はこの技術を基に医療機器などを開発しているとの噂もあり、全空で見ても非常に稀有な立ち位置にある研究所だと言えるだろう。
通常の数倍を誇る船体は、グランサイファー以上の積載可能量を誇る。本来この艇は地質調査のためのものだったという。いつからか機械技術の研究が主になったのだとか。
災害救助や救難救急と言った面でも非常に優れたノウハウを持っているらしく、ファータ・グランデ空域の救命救急最前線の現場と言っても過言ではないかもしれない。
ただそれはそれとして、研究艇の外観を目にしたボクの最初の感想は、「神にも悪魔にもなれる魔神がいそう」だった。
あんなところにプールがあるのが悪いと思う。
ともかく、この研究所は全空で見ても飛び抜けた科学技術を持った施設だ。
晶葉に見せたら、きっと喜んだだろうな……そんなことを思いながら、グランサイファーを降りて研究所の方へ向かう。
と。
「フハハハハハハハハハハハ!! いいか、機械技術において最も重要なのは大きいことでも強いことでも速いことでもない! 利便性、そして汎用性だ!! 少し操作方法を学びさえすれば大人でも子供でも男でも女でもそしておじいちゃんでもおばあちゃんでも誰であろうと構わず! 問題無く同じように操作できることだ! 確かに特定個人しか扱えないという要素はロマンだし私もそれを解しはするが、これだけの技術力があってなおこれ『だけ』しか造らないというのはあまりに理不尽! あまりに不合理! んナンセンスだ!! そしてだからこそこれを見ろ! これが、これこそが! この世紀の大天才ロボ少女池袋晶葉の技術を存分に注いだ究極完全体! 超鋼巨人・ゴッドギガンテス
「うっはぁ~! 超クレージー&ラァブリィ! サイッコーだなぁアキハ!」
「そうだろう、そうだろうとも! この狂気のマァッドサイエンティストもとい天才ロボ少女たるこの私に不可能は無い!」
「その調子でボクの
「残念ながらその
「おおっ!」
「そうだな、片手に一本ずつ持って、炎と氷が噴き出すというような機構はどうだ!温度変化による強度の劣化と破断……果てはメドローアのようなことも……どうだハレゼナ!」
「イイねイイね最ッ高にクレ~ジ~! じゃあ早速――あれェ? 団長たちが帰ってきたみたいだぁ!」
「団長? 誰だ? まあいいハレゼナの知己というのなら私も挨拶に向かうのが筋だ、ろ……う……」
……………………。
…………。
……いるじゃねーか晶葉。
というか余裕そうだなしかし。で、何だって? ゴッドギガンテス? Z? ガンダム気取りか。何やってんだアキハァ!! って叫びたくすらある。
というかマジで何やってんの?
目と目が合ったその瞬間、自分の視線がやけに冷たくなっていったことが分かる。心配したんだからね! とも、ずっと探してた、会いたかった! なんて感動的な台詞も出てこない。何やってんだアキハァ! が一番適してるな。
ボクが心配したんだから晶葉も心配しててよ……なんて言うのは流石に理不尽極まりないか。でも思うよねそのくらい、思うことだってあるよねこのくらい。
「団長さんすみません。探してた子が見つかりました」
「え、えー……お、おめでとう……?」
「ありがとうございます」
またかと言いたげな団長さんを置いて晶葉たちの方に向かって歩いていく。
多分、こんなことが前にもあったんだろう。志希さんの時だろうか。他の人の時だろうか。まあ何でもいいか。
あと嫌でも視界に入ってくるお台場のアレに匹敵する巨大ロボは一旦置いておく。
……ともかくだ。
「かなり心配したんだけど、随分馴染んでるみたいで」
「わ、悪かったな! 十日もいれば多少馴染みくらいするだろう!」
「……は? 十日? 五日とか四日じゃなくって?」
「十日だぞ?」
……うん?
あれ、もしかしてボクがこっちに来た時と時差が出てるのか?
異世界に移動するなんて異常事態が起きたんだから仕方ないかもしれないけど……何て面倒くさい。
けれど、そういうことならこの馴染みようも分からないではない。十日間もずっと心配し続けるのも疲れるだろうし。精神的に参ってしまわれるよりはまだマシといえばマシか。
「ボクがこっち来たの、四日前なんだけど」
「なにっ? ……時間差でこちらに来ることになってしまったのか」
「……ごめん、だったら認識に差があって当然だよね」
「いや、私も軽率だった」
……さて、じゃあお互いに謝ったから、この話はこれでお終いということで。
ここから変に引きずったって空気が悪くなるだけだ。今は再会できたことを喜ぼう。
「何にしても無事でよかったよ。晶葉はどうしてここに?」
「私はこちらに来た時から何故かここにいたんだ。そこで……」
「ボクと会ったってワケだぜェ~!」
「で、意気投合してな。私のことも気にかけてくれたんだ」
「そうだったんですね。ありがとうございます。えっと……」
「ケケケッ。ボクはハレゼナ! ヨロシクな~、ヒョーカ!」
「よろしくお願いします」
晶葉が既に彼女にボクのことを教えていたんだろう。すんなりと挨拶は済んだ。
ギパッと――いや、うん、他に適してそうな表現もあるだろうけど、ボク個人はそんな風に捉えられた――人懐こい感じの笑みを見せるハレゼナさんと、握手を交わす。
ドラフ特有の小さな手……だけど、
それでも女の子らしい柔らかい感触には違いない。アイドル生活始めたおかげでなんとなく分かるけど、これはよく手入れしている手だ。そういうところは女の子らしいと言えようか。
二人してロボに夢中になってるのは女の子らしいと言えるか微妙なとこだけど。
「氷菓はどこに行っていたんだ?」
「えーっと……位置関係的にはどこだっけ……確か、ポート・ブリーズ群島の近く」
あの後で本島の方に行ってみたけど、その賑わいに圧倒された。
商業が盛んということもあって、ポート・ブリーズは非常に人の往来が激しい。東京と比べると流石にアレだけど、それでもあの街は特に結構なものだ。
種族も職業も問わず様々な人が溢れかえり、商談や情報のやり取り、あるいは喧嘩、交渉……と言った、人間としての営みがあちこちで見られた。
また、あの島はティアマトという星晶獣を守護神として祀っているらしい。島民の方々はみんな心の中にティアマトへの敬意と、いつも優しい風をおこしてくれている感謝を持っている、という話もラカムさんから伺った。
と、不意にハレゼナさんが一つ手を打った。
「もしかして、団長たちの仕事中に会ったのかぁ~?」
「はい、そこで助けてもらったんです」
「ケヒヒッ、そうか! 団長たち優しいだろ?」
「ええ。すごく、助かりました」
「ボクたちのあんぜんあんしんだからなっ!」
その笑顔からは、団長さんたちに対する強い信頼が見て取れる。
ホントこう……何だろ。人たらしだな、あの人……元々は敵だったっていう人もいるって話だし。
あと何だかやけにモテてる気もする。具体的に誰、っていうのは言い辛いけど……アンスリアさんって人はまあ、見れば分かるくらいには確実だろう。
「……でも、ってことは、アイツと会ったのかぁ……?」
「……そうですね」
お互いに色々察した。
あのぴにゃ壊獣、どうやらかなり厄介な存在のようだ。
いや、理解してなかったわけじゃないんだけどさ。少なくとも、あの屋敷の壁を貫くような光線を撃ってくるような相手なのだし、普通の人では対応も難しいだろう。
団長さんたちの話では、自爆したり噛み付いて来たり……なんてヤツもいると聞く。前者はまあ理解できる。けど、後者は……噛み付きそれ自体が特徴になっているほどだ。よっぽど顎の力が強いのだろう。
「クレ~ジ~……だけどラブリィじゃない……オマケにヌメヌメでサイアクゥ……」
「ヌメヌメしてるんですね……」
何だそれ気持ち悪っ! あの時触らなくって良かった……!!
「オマケに武器の効きも悪い。本来の壊獣に通じるはずの武器もな……」
「と、いうことで、アキハと一緒にアイツらに通用するゴッドギガンテスの改良してたってワケだぁ~!」
……うん、成程。だいたいわかった。それであの早口に繋がるのか。
いや十日でホイホイ改造しちゃうのもそれはそれでとんでもないな改めて。
しかし、それはそれとしてだ。
「でも団長さん、すごい普通のことみたいに倒してたけど」
「ケケケッ、団長ちょ~強いからなぁ!」
それ「強いから」で解決することなんだ……。
まあ確かに、「効きが悪い」としか言ってないし、つまりやろうと思えば倒せるってことだろうけど。
ごり押しでいいんだ、あれ……。
「でも、そういうことなら……これだけのものができたなら、倒しきるのも時間の問題じゃ?」
「それがな、10mを超すような巨大ぴにゃ壊獣が多数いるんだ」
「じゅう……って」
「しかもうじゃうじゃ~……」
量産型ぴにゃ壊獣(10m超)とか何だその地獄絵図。
「ま、だからこいつを量産するために色々と手を貸しているわけだ」
「そうそう! アキハのおかげで色々捗るゥ~!」
うわぁ。なんだかすごいことになっちゃったぞぉ。
下手したら晶葉のせいでこの世界でスーパーでロボットな大戦が繰り広げられかねない気がする……。
……気にするまい。というか、気にしても仕方あるまい。そういうことにしておこう。
「さて、そういうことだから氷菓にも手伝いを……」
と――そんな時、不意に研究艇に警報が鳴り響いた。
「おぉっと、話の途中だが……来やがったぜぇぇ~!」
遠くの空に、いくつかの小さな黒点が飛んでいるのが見える。
……いや、あれは――――ぴにゃ壊獣だ。
いや、え? いや待て。待て! おいこら、待て! 何で当然のように飛んでんだあいつら!?
全空の脅威って言うあたり、そうなってもある意味当然と言えば当然なのかもしれないけれども! ……けれども! ちょっと待て! あの見た目で飛ぶ!? どうやって飛んでんだ!?
わ、分からない……もしかしてあんなナリで星晶獣なのか……!? いや、待て。自爆……? 光線……? 爆発で飛び上がったり、背面に向かってビームを放射して飛んでいく……? ありえなくはないのか……? しかしそうなるとエネルギーの総量が……あるいはバッテリー代わりに使い捨て……? 一度この眼で見ればメカニズムは分かるか……?
「………………」
「ど、どうするハレゼナ! 氷菓が混乱している!」
「二人は研究所の中に! あいつらは通さねえぜぇ……!」
「わ、分かった!」
だがそもそもレーザーとは光だ。光で飛べるのか? 当然だが光に質量は無い。いや、大気中のチリを燃焼することで……ダメだ、単に燃えるだけ。となるとあれは何らかの粒子砲のようなもの……? 魔力を用いればあるいはとも思うが、あのぴにゃ顔のゲテモノが魔法を扱うなんて思えない。というか思いたくない。けれど現実は直視する必要がある……やはり一番有り得るのは爆発の衝撃で跳躍、というか吹っ飛んできてる……。
「氷菓! 今は考え事はいいから!」
「けど晶葉! あんなのが空を飛んでる事実をどう認識すればいいのさ!?」
「……異世界に来てるのだから細かいことを気にするな!!」
「……分かった!」
OK、そういうことにしておこう。異世界とは言うけど、一応この世界ボクの出身……みたいなものだし、理論も理屈も頭の中に入ってるんだけど……。世界と世界を隔てる壁を越えてきてると考えると、多少の理不尽くらいあっても当然だよね!
ボク、昨日サンダルフォンさんからボクらがこっちの世界に来ることになった理由と理屈聞いてるけど。
もう一々このこと考えてると頭が割れそう――――。
「アキハ!」
と、そんなことを考えていたせいだろうか。
ボクも晶葉もそいつが上から降ってくることに――ハレゼナさんの声が飛んでくるその瞬間まで気付くことができなかった。
3m近くはあるであろう巨大な体躯。ムカデの如く伸びた下半身に……顎のように変容した頭頂部。
団長さんから聞かされていた、「ムカデ型」の壊獣……を基にしたであろう、ぴにゃ壊獣。
ヤツらがあからさまなほどに真正面からやってきた時点で何かおかしいと思うべきだった。あれは陽動――間違いない、こっちが本命だ。
研究施設の中に逃げ込もうとする人間……つまり、非戦闘員を確実に殺すために打った一手。人的被害を発生させるための……戦略的行動……!
「あ……」
がばりと開いたその顎が、先行する晶葉に向けられる。
――そして、ぶちりと頭の中で何かが切れるような音が聞こえたような音がした。
こいつは。
こいつは何をしようとしている?
いや――見れば分かる。晶葉を害しようとしているんだ。どうやって? 殺そうとして?
……コイツが?
「――――――」
「ぴっ!?」
「んなっ!?」
――――その瞬間、壊獣の身体に無数の黒い剣が突き刺さった。
一切の身動きの取れないその肉体が、局地的に発生した空間の爆縮に巻き込まれ――弾かれて、遥か彼方へと吹き飛んでいく。
やってしまった。
完全に、やってしまった。
命までは、と思うけれど、怒りに身を任せてやれるだけやってしまったことは疑いようがない。宙に手を掲げている今のボクの姿を見れば、何をしたのか分からずとも「何か」したことは理解できるだろう。それを、今目の前で起きた現象と結びつけることは決して難しくない。
何か言いたげな晶葉が、腰を抜かしたままこちらを見上げる。その瞳からは強い困惑と――恐怖の色が、窺えた。
「……っ」
助け起こそうとして差し出した手を引っ込める。
今のは、この世界に来たことで得た能力だとか、そういうものじゃない。ボク自身があちらの世界にいた頃から持っていた――ずっと慣れ親しんでいた能力だ。
そうするしかなかったとはいえ、咄嗟にやってしまった。咄嗟に――できてしまった。
それはつまり、そういうことができるだけの知識と経験があると暗に示しているようなものだ。
こんなことができるだけの。こんな――容易に敵を打倒しうるだけの「力」を持っていると、示しているようなものだ。それは、あちらの世界で暮らしてきた人間にとっては異質なものに映るに違いない。
怖がられたとしても、嫌われたとしても、それは……仕方のないことだ。
「…………」
一瞬の静寂を裂くように、異変を解決するべくグランサイファーから団員の方たちが飛び出した。
それに伴って我に返った晶葉は――――直後、引っ込めたボクの手を追いかけて握り締めた。
「え……」
「あ、あまり見くびるなよ、氷菓。命を救ってくれた親友を怖がったり拒絶したりするほど、私は薄情でも愚かでもない……!」
「あき、は……」
頼もしくも優しい言葉に、思わず目頭が熱くなる。
あまりに常識から外れた異質な人間は、本来、排斥されて然るべきものだ。オマケにボクはこのことをずっと隠していた。何を言われても、返す言葉なんて無かったはずだ。
けれど、そうはならず……あまつさえ、本当はちょっと怖いと思っているのを押し殺して、ボクのことを親友だなんて、言ってくれるなんて。
思わず抱き着きそうになるのを、必死に押し殺す。
……この後あることを思うと、セクハラになりかねないことはできるだけやるべきじゃない。けど、うう、感情の行き場が……。
「おい何やってるんだ! 百合の花咲かせてないでとっとと中に入ってろ!」
「すみません開祖様!」
「開祖?」
と、怒声が飛んでくると共に改めてこの場が戦場になっていることに気付く。
ぴにゃ壊獣の群れへと向かって行く開祖様や団員の皆さん、団長さんを横目で見送りながら、ボクは晶葉を連れて施設内へと逃げ込んだ。
なお、戦闘自体は3分で終了した。
@ ――― @
戦闘が終わって少しして、ボクは開祖様とクラリスさんとを交えて晶葉にこれまでの経緯についてを説明していた。
同じ錬金術師、かつこちらの世界で生きてきた二人が――正確にはほぼ開祖様がだけど――説明してくれれば、これ以上ない説得力になる。
あまりに荒唐無稽な事実を人に聞かせようという場合には、権威というものが必要だ。
「――――ま、そんなわけだ」
説明の最中、晶葉は基本的には神妙な表情で――時折、個人的な質問を交えながら――静かに話を聞いてくれていた。
いつもみたいに茶化したりはせず、しっかりと。
「ふむ、確かに前々から何かおかしいとは思っていたが、まさかこんなことだったとはな」
「ほう、怖がりもビビりもしねえんだなぁ。そういうの嫌いじゃないよっ☆」
「わけのわからないことをしてるなと思ってたところにちゃんとした理屈がついただけだ。無意味に悪用するような人間でないこともよく知っているからな」
あ、わけのわからないこととは思ってたんすね。
「ちょーっと衝撃的な真実もあったけど、そこは?」
「大したことでもあるまい。たかが前世だ。そも転生という理論から考えると、前世が男だの女だのというのは些細なことに過ぎる。というかそもそも前世がちゃんと人間という者がどれだけいるというのだ? 例えばそこのキミ」
「え、うち?」
「もしかしたらキミの前世はダンゴムシとかだったりするかもしれない」
「うぇぇぇ!?」
「そしてそれと同じように私の前世はアメリカシロヒトリだったりするかもしれない」
「何だそりゃ」
「ミドリムシかもしれない」
晶葉のやつ、今の例えが適切じゃないと察して咄嗟に言い換えたな……。
「ともかく転生だの何だのなんてのは得てしてそんなものだ。もし友人の前世が羽虫やプランクトンだったとして、その程度で軽蔑するものじゃあないだろう」
「それもそっか☆」
それもそれでやや極端な話には違いないかもしれないけど、納得してくれるならそれもい――いやちょっと待て。晶葉のあの表情、明らかになんか企んでるというか面白がってるときのそれじゃないか?
い――いや、そうだ。絶対そうだ。これ後でネタにしようとか思ってる。絶対思ってる!
例えばそう、こっちの世界に一回来たっぽい志希さんにバラして――とかそういう方向性だ。間違いない……!
やめろよそういうの! 短くとも一週間はネタにされ続けるパターンじゃないか!!
「まあそれはいい。それで、ヒョーカ? 何か聞きたい事ってのは何だ?」
「あ、はい。少し気になって……壊獣というのは、組織だった行動や戦略的行動を用いるんですか?」
「あん? んなわけ……いや、待てよ……」
「ししょー、デスロウがいた時はどう?」
「あぁ、そういやそれがあったな……クッソ、ダイモンの時も似たようなもんか……? まあ言いたいことは分かった。つまりヤツらにブレインがいる可能性があるっつーことだろ」
「もしかしたら……ですけど」
しかし、やっぱり壊獣はあくまで獣、そういうことをすることは無い――か。
組織的行動や戦術を駆使できない魔物などなら、ある程度までは「駆除」で済む。しかし、もし人間が害意を持って操っているとなれば……それは最早、戦争と言うしか無いだろう。
……けど操れるのかアレ……? というか、命令を聞く知能があるのか……?
ぴにゃこら太そのものならともかくとしても、あの壊獣が混ざった姿じゃちゃんとした知能があると思えないぞ……!
「問題が二つあるな。まず命令者が何者か。もう一つは……」
「コイツらがそれ聞くだけの知能があるかって話だろぉ? ならあるぜ」
「壊獣細胞っていうのがあってね、これのせいで色々とあったんだけど……」
と、クラリスさんは以前の事件のことを話してくれた。
なんでも、この壊獣細胞というヤツのせいで団長さんたちが一時的に壊人――壊獣の姿でありながら、人間としての意識を残した存在――にされてしまったり、敵に操られてしまったり、という話だ。また、その話の中では命令を送受信するための機能を備えた壊獣細胞というものがあり、それを用いればあるいは、という話だ。
……ただ、その細胞を破壊すれば、元の自我を取り戻す可能性があるという話でもある。となると、ピンチだったとはいえあのぴにゃ壊獣には酷いことをしてしまったかもしれない。
「けど、それが分かってもさぁ……もっと厄介になっちゃったよー!」
「……いえ、そうとは限らないと思います」
「フッ、まあ、確かにそうなるなぁ? おいクラリス、団長に言ってアルタイルにこのこと話してもらってこい。あいつなら何か策を立てられんだろ」
「そっか! うん、わかった!」
「アキハはゴッドギガンテスの小型量産化だっけか? そっちに注力した方がいいだろうな」
「うむ」
「ヒョーカ、お前はオレ様とヤツらの分析だ。まさかできないとは言わねえよなぁ?」
「はい、大丈夫です開祖様!」
ボクの得意分野は解析と模倣と複製。それだけは他の誰にも負けないと自負している。
既に開祖様には伝えていたとはいえ、そのことを覚えていてくれるというのは……やっぱり、僅かでも自分のことを意識してくれているという証のようで、感激する。
「うおっ、またムズ痒い感じが……」
「大丈夫ですか開祖様、何か持ってきますか?」
「いや、別にいい……近い!」
「……そういえば高垣楓に対してもあんな感じだったな……ふむ、氷菓は憧れの相手には仔犬系……と」
「本当に大丈夫ですか!」
「近い!!」
お役立ちです!
@ ――― @
それから2、3日ほどは大きな進展のない日が続いた。
というのも、あのぴにゃ壊獣……それと本来言うところの壊獣、そしてぴにゃこら太――こちらの世界で言う「緑色の生物」――のサンプルが無いと、いまいち動くことができないからだ。
壊獣の細胞組織に関してはこの研究艇に残っていたからいいとして、問題は他の二つだ。
まあ、ぴにゃ壊獣に関してはちょいちょい外で被害が出ているのだから、それを追って行けばすぐに見つかるけど……あんまり強烈な傷でもついているとサンプルとして適さないこともある。ちょっと注意してとは言っておいたけど、果たしてどこまで損傷を抑えて捕獲してくれることか。
ぴにゃこら太に関しては、以前団長さんたちが会ったことがあるというが……分布図などが無いため、実質手探りでの捜索となる。
ともかくそんな事情もあってしばらくは待ちの一手だ。
とはいえ手持無沙汰にしているのもなんなので、手の空いた時間は晶葉たちと一緒にゴッドギガンテスの改良や量産計画に手を貸しているのだけど……。
「しかし何故ロボットに変形させた騎空艇を更に変形させて砲塔にさせる必要が?」
「なんだァてめえ……?」
――晶葉、キレた!
この日、羅生門研究艇の格納庫では、いつもよりやや剣呑な雰囲気での話し合いが行われていた。
理由自体はマヌケと言えばマヌケだけど……話してるボクらは真剣そのものだ。
「そもそも『現実で人型ロボットを使って戦争など、まったくもってナンセンスだな!』なんてドヤ顔で言ってたの晶葉じゃないか」
「確かにそうだ、しかしだな……」
「作業用ならともかく戦闘用でこれは非現実的だしもっと効率良いのがあるでしょ」
「そこに魔導炉の概念が加わればまた違うだろう!? 常に一つの側面からばかりものごとを見ていては既成概念のブレイクスルーは起こりえない……それを分かるんだよ、氷菓!」
「いやそれ踏まえても三変形させる必要無いし、船首に砲口くっつけた方が戦略的にも戦術的にも有用じゃないの? 単独でキャノンモード? ブレイザーモード? に変形させてもそれただの筒じゃん」
「扱える者が……」
「いないこともないが……」
「……いないこともないなら問題無いだろ!」
「ちなみにそれは何者でしょうか?」
「ダイモン博士っていう……ちょっと前まで敵だった」
「もうこの変形機構オミットしよう?」
「わからんやつだなッ!!」
「しっかりしろシロウーッ!」
この艇の責任者である羅生門博士――その義息であるところのシロウさんに対し、ちょいちょい言葉の刃の流れ弾が飛んでいって的確にダメージを与えていくのは、一旦置いておく。
先日、あのぴにゃ壊獣の行動に、何か人間の意思が介在しているのでは、ということを団長さんたちへ伝えたのだけど、それによってこの団に所属している軍師――アルタイルさんが対応を開始。ぴにゃ壊獣たちにブレインがいるということを、調査のもと断定した。
彼曰く、「人間であれば自分の命を守るために戦力を割くはず」とのこと。その考えをもとに、強力な個体が徘徊する空域を調べてみたところ……という話らしい。このおかげで、文字通り敵の中核になる存在を特定できた。これを倒しさえすれば、ぴにゃ壊獣の殲滅も可能だろう。
もっとも、良い話ばかりじゃない。
不運だったのは、そいつが見つかった座標だ。開祖様やサンダルフォンさん曰く、ボクたちがあちらの世界に帰るためには、星読みや風読み、予知などの魔術的な計測を用いて割り出した、ある特定の座標に向かう必要があるとのこと。これを誤ると、別の世界に行くことになってしまうのだとか。
そして今回、ボクたちが帰るために必要な座標が……
偶然にせよ必然にせよ、喜ばしい事態だとは到底言えないだろう。
かと言って、帰るためには彼らから背を向けられない。戦力増強はそのために必要なプロセスだ。否応なしに、真剣になろうというものだった。
「10mどころか100mクラスがうじゃうじゃいるって話なのに、そんな趣味的なことを言われても……」
「いや、しかし志希がだな、いや違う。士気がだな」
「というかその程度の相手なら何とかなるヤツは割といるがな」
「そうなんですか、開祖様?」
思わず、耳を疑う。けれど開祖様が言うってことは事実なのだろう。
「おいおい、オレ様を誰だと思ってやがる? 錬金術の開祖にして超絶美少女天才錬金術師カリオストロ様だぜ? あのくらい軽いモンだっての!」
「流石です開祖様!」
「いつから氷菓は無双系深夜アニメのモブになったんだ……」
「それだけじゃねえぞ。団長にクラリス、あとサンダルフォンの野郎もなんとかすることができる。あとはメドゥーサにゾーイにルリアに……ま、時間はかかるだろうがあの程度の連中を殲滅するなんざわけねえな」
「ははーん、そういうフラグだな?」
「いくら晶葉でも開祖様を侮辱するのは許さないぞ!」
「おい今度は三下の悪役みたくなってるぞ」
「落ち着けヒョーカ」
「は、はい」
「……うーむ、なんだかこう、しゅんと
一体晶葉が何を言ってるのかよく分からないが、開祖様の手を煩わせたとあってはボク個人としては非常に落ち込む。
しかし、どうやら晶葉と開祖様……さっきの気兼ねない言葉を鑑みるに、どうも仲良くなったらしい。お互いに天才を自認するだけあり、なにかシンパシーでも覚えたのだろうか。今も何かひそひそ話をしている……。
「……おい、あいつ前からあんななのか?」
「……いや……流石にああまでは……いやしかし、尊敬する相手に対しては、だな……」
「……尊敬って、そういうことかよ……うわぁ、なんかムズ痒いわけだ……」
「……苦手なのか?」
「……いや、純粋な尊敬を向けてくるヤツがすげェ珍しいし団にいねえ……」
話の内容は、よく聞こえない。聞いちゃってもマズいだろうし……うう、でもちょっと聞きたい……。
「なあヒョーカ~……やっぱり今のままじゃダメか~……?」
「うーん……」
こちらの顔色を窺ってくるハレゼナさん。そう言われると、現状のままでも特に問題はないのでは、という思いもある。
既にあのぴにゃ壊獣たちを倒しきれるだけの戦力は揃っているんだ。こうなると、少々趣味的でも大した差は無いかもしれない……。
「でもできれば万全を期したいというか……」
もうここまで来ると勘でしかないけど、何か嫌な予感がするんだよね……こう、横合いから殴りつけてくるみたいな衝撃を伴って、もっと強いやつが突然現れるとか……根拠らしい根拠は、まあ、無いんだけど。映画の観すぎかな。
「それなら、こういうのはどうだい?」
と、さっきのダメージから回復したらしいシロウさんが近くの図面を手に取ってこちらに見せてきた。
これは……量産型ゴッドギガンテスの図面、かな?
「アキハちゃんの引いた図面なんだが、かなりよくできてるんだ。何も無い時は羅生門研究艇の外付け増設装甲に変形するのさ!」
変形はするのか……。
「モジュールは量産型ギガンテスのままだから、居住スペースや余剰スペースがそのまま使えるんだ。だから倉庫や民間人を収容するための場所にもできるって寸法さ!」
「なるほど……」
「それに緊急時は変形して量産型ギガンテスを発進させることもできる! アキハちゃんの改良のおかげで、量産型ロボミでも操縦できるはずだからね」
「ふむ……」
このサイズだと、羅生門研究艇にはチョバムアーマーみたいにしてくっつくようだ。
内部電源も備えているし、外付けのバッテリーとしての運用も可能。スラスターを用いて艇自体の速力も上げられ、緊急時は分離してタコ殴りに……か。
「なあなあヒョーカ、今のままでも大丈夫だろォ~?」
「……そうですね、下手に弄るよりいいと思います」
そう言うと、ハレゼナさんとシロウさんは露骨にほっとしたように息をついた。
「何か緊張でも……?」
「いやぁ、ヒョーカちゃんの口ぶりが、前に研究艇に来た軍人さんみたいでね。驚いたというか、つい威圧されてしまって……」
「え……す、すみません。そういうつもりは……えっと。焦ってたから、ちょっとはあったかも……」
「氷菓は無駄に生真面目なところがあるからな」
否定したいところだけど、否定……しづらいなぁ。実際そんな感じに接しちゃったし。
ちょっとした居心地の悪さを感じ、別の整備作業に取り掛かるべく、別の机に近づく……と。
「あ、ヒョーカちゃん、そこにある機械は触らないでくれるかい?」
「あ、はい。何かあるんですか?」
「少し前にあったスカイグランデ・ファイトに出場してた選手が身に着けてた装置があるんだ。身に着ければ武道の素人でも十天衆を驚かせるほどの身体能力を発揮できるんだけど、鍛えてない人が身に着けてしまうと、全身の筋肉が断裂しかねない」
「物騒な代物だな!? ……というかじゅってんしゅう? とは何なんだ?」
「ふざけた戦闘力持ってる全空のやべー奴らだ」
そんなにヤベーイ人たちなのか。
ボクが聞いたことないってことは、この十四、五年くらいで結成された人たちってことかな。
しかし、開祖様がそんな認定出すほどの人たちっていったい……。
「ちなみにヒョーカがグランサイファーでちょいちょい話してたエッセルとソーンがそれだ」
「えっ」
……えっ。
……えっ、い、いや、そんなまさか。普通に話してる分には二人とも優しいお姉さんという感じで、ヤバいって感じはまるで見られなかったんだけど……。
「ま、とにかく強いやつらなんだよ。そんなのを一瞬とはいえ驚かせたってんだからとんでもねえ代物ではあるな」
「でも、何故そんなものがここに?」
「医療方面への転用を目指して研究しているんだ。外部刺激で体を動かす装置だから、半身不随の人が動けるようになるかもしれない、ってね!」
「おお……」
相当な大発明だ。見ると、晶葉がちょっと悔しそうにしている。そんなに先を越されたのが悔しいか。
何にしても、これのおかげで今後の医療分野の発展が見込めるかもしれないというのは喜ばしいことではある。変に触らなくて良かった……と、少し安心する。
「おっと」
と、そんな折、近くの通話機が音を立てた。
艇内限定の電話らしい。こちらの世界では電子的な通信手段が確立されてないけど、閉鎖空間内ならある程度は融通がきくようだ。
まあ、羅生門研究艇という特殊な環境だからこそ取れる手段かもしれない。人工衛星を飛ばして……なんて技術は流石に無いだろうし、電話線を他の島に繋ぐのも非常に難しい。
……しかし、前に誰かが携帯電話のようなものを持っているのを見た気がしたんだけど……あれは流石に気のせいかな。
そんなことを考えているうちに、通話が終わった。
振り返ったシロウさんの表情からは、何か喜ばしいことが会ったことが見て取れる。
「どうしたんだ?」
「ああ、どうやらサンプルが届いたらしい。みんな、これで分析が進むぞ!」
「やっと来やがったか……」
――と、どうやら、やっとボクたちの方の仕事が始められるらしい。
さて、あのぴにゃ壊獣や緑色の怪生物を診て、一体どんなデータが得られるのか……。
……楽しみ、ではないな、うん……。
ゴリラアンドゴリラ!
シリアスはログイン勢なのですぐログアウトします。
特別編は三話構成にするはずだったのが何故かまだ増えていた。
な、何を言っているか分からねえと思うが(ry