青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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 前回までの後日談的内容も含みます。



29:ヤマノボレ

 初夏の陽光が、アスファルトを照り付けている。

 熱を伴う強い日差し。外に出るのも億劫になる程度に、この季節の太陽は厳しい。

 それでも、この梅雨時には珍しい晴天だ。湿気も、暑さも気にならなくなってしまうくらい――その蒼は、綺麗な色を放っている。

 

 

「そらきれい」

「おはようございまー……氷菓ちゃんが性的暴行を受けた被害者みたいになってるぅ!?」

「何があったん!?」

 

 

 その一方でボクの目は淀んでいた。

 ただ無気力にソファに寝転び、全てを諦観したかのようにただただ虚空を見つめる。

 

 

「にゃははー♪」

「あっ」

「あー……」

 

 

 部屋に入ってきたさくらさんが驚愕に目を見開き、志希さんの笑い声を聞いて亜子さんと泉さんが全てを悟った。

 つまるとこ志希さんの仕業である。あとはもう察してもらいたい。いや無理か。

 

 

「なあ、何があったん……?」

「んー? えっとねー。女の子でも男の子と同じような興奮したりするのかなーって実験ー♪」

「わからないわ」

「瑞樹さんのお株奪うのやめようよぉ」

 

 

 だがしかし、由々しきことに全て事実なのだ。

 何でこんなことになったのか。一言で言えば晶葉のせいである。帰って来てからすぐ、晶葉によって志希さんに例の件の説明が行われ――結果、ボクの前世のことが志希さんにも知れることになってしまったのだ。

 そしてご覧の有様である。

 目の前でエロい格好されたり激しいスキンシップをしにきたり、場合によってはかなり際どいボディタッチをしてきたり……今のボクが女じゃなければ襲われてるところだろう。

 というか下手したら同性でも襲われるぞ……。

 

 

「んふふふー、じゃあ次はちゃーんとした女性的なコーフンってやつを~♪」

「うおおおおおおおお!?」

 

 

 その瞬間、ボクは思いっきりソファから転がり降りてその下に転がり込んだ。

 このままではマズい。主に貞操とか尊厳とかが! なんだかすごく手をわきわきさせてる! メスにする気だ!

 

 

「ちょっとおヨメさんに行けなくなるかもしれないだけだから大丈夫~♪」

「大丈夫な要素がどこにもないわ!!」

「あ、逆におヨメさんに行けるようになるのかな?」

「何言ってん!?」

 

 

 つまり性別を女性であると自認しているなら女性らしくした方が今後生きるのにも将来的に結婚するにも都合がいいよ、という話である。

 そしてそのついでに自分も楽しむ。乗ってきても楽しむし乗ってこなくてもからかって楽しめる。完璧な布陣だ。ボクが被害に遭っているのでなければ。

 

 

「氷菓ちゃん、出てきてぇー。わたしは何もしないよぉ」

「ほんとうかーほんとうにさくらさんなにもしないかー」

「本当だよぉ」

「ほんとうならおっぱいさわろうとしないはずです」

「しないよぉ!?」

 

 

 でもね。されるんだよ、何故か。

 遠慮なしにわしわしわしわし。流石に痛い。

 結局志希さんはどっちがしたいんだよ。どっちもか。どっちもだな。楽しければどっちでもいいパターンだ。

 

 

「でもね、氷菓ちゃんちょっと成長してるんだよ~♪」

「嘘……!?」

 

 

 何でそこで未だかつてないほどの衝撃を受けるのか、これが分からない。

 努力はしてたじゃないか、ボク。

 

 

「前まではあえて言うと『すとん』だったのが『ぺたん』になるくらいには?」

「あんま変わってないやん……」

「身長とか体重は?」

「……3mm伸びた」

「誤差や……」

 

 

 誤差とは何だ誤差とは。いつからか殆どと言っていいほど身長伸びなくなったのに、このひと月で3mmは快挙と言っていいほどなんだぞ。四捨五入すれば141cmになるんだぞ。この調子ならうまくすれば高校に入る頃には150cm手前も夢じゃない……はずだ。

 それ以前にやれば錬金術で伸ばせるけど。ただ、こっちの方法はあんまりにも不自然だからやる気はない。今は自然に成長する時だ。

 

 

「じゃあ体重は?」

「……32kgまで増えたよ」

「おっ、増えたや……あれ……それでも低ぅない……?」

「いや4kg増えたから」

「待って。前30kgじゃなかった?」

「28kgまで落ちてたんだよ。そこから持ち直して32kg」

()っる……」

 

 

 前後関係がやや複雑な感はあるけど、最終的にはそうなる。

 しかしだ、ここまで持ち直すのにかなり苦労したのだからあまり言わないでほしいというのが個人的な本音だ。一か月ちょっとでこの成果、これならもう少し長く続ければきっと体型も持ち直せるはずだ。

 

 

「……でも少し気になるなぁ」

「!?」

「亜子、そう言わないの」

「そう言ってるイズミンこそちょっとウズウズしとるやん」

「!?!?」

 

 

 ……こんなところで敵が二人増えた!? しかもよりによって泉さんだと!?

 ふ、二人も屈してしまった……違うだろ泉さん! あなたそういうキャラじゃないだろ!? そこで屈しニャいでよ!! この裏切り者ォォォォォ!!

 

 

「こんな部屋にいられるか! ボクはレッスンルームに戻らせてもらう!」

「それ死亡フラグやで」

「ほら、年上は妹分の成長を確認する義務が」

「じゃあ二人も志希さんに確認されてよ」

「にゃはは☆」

「うっ!?」

「うおっ!?」

 

 

 よし注意が逸れた! 今だ!

 

 

「秘儀・畳返し!」

「何やて!?」

「えぇ……? ど、どういうことぉ……いない!?」

「嘘!?」

「このガサゴソ聞こえる音……それに畳返して……まさか、空気供給管(エアダクト)にーッ!?」

「に、忍者か何か……?」

 

 

 ふはははは、脱出成功!

 亜子さんの推測の通り、今のボクはエアダクトに潜んでいる。ただし、忍者のそれのように扉を仕込んでいたりという手法じゃなく、その場で穴を作って下に滑り落ちてもう一回塞いだだけだけどな!

 構造解析は既に済んでいる。この場に人がいないことは証明済み。というか業者でもなければエアダクトに入り込むような人はまずいないだろう。 勝ったッ! 第一部完!

 あとはこのままレッスンルームに行けばいい。今日のレッスンはクラリスさん(シスター)とイヴさんとの合同。だったら流石の志希さんも自重……は無理だとしても、クラリスさんに注意されればそこまで強硬な手段には出ないはず!

 

 

 さて。

 結局のところ――と言うべきかは分からないけど、あれからボクらの関係性は何一つ変わってない。

 というかそうやすやすと変わるものでもないというか。変なことが起きればツッコむし、時と場合によっては自らボケることもあるし、必要が無ければ静かに過ごすし……で、前と特に変わったところは無い。精々、ちょっとみんなに対して遠慮しなくなったくらいだろうか。……まあ、そのくらいしか無いし、そのくらいでいい。人間、急に変わることなんてそうそう無いのだし。

 そもそもを言えば、今のボクはボク自身の中にある定義の中では紛れもなく「自由」だ。自分で物事を判断して、自分のやりたいようにする。考えてみれば、ボクはこちらの世界ではずっとそうすることができた。自由な環境に身を置くことができていた――まあ稀に例外的に他人に行動を誘導されたり強制されたりというのもあるけど――わけだ。

 強制的に、というところにしたって、辞める選択肢はあった。辞めるだけの理由が無かったのもあるけど、何よりボク自身がみんなでアイドルすることに強い魅力を感じているからこそ、辞めずに続けている――という事情の方が大きいか。

 だから、無理に変わる必要が無い。だって、何のかんの言ったって、これまで生きてきた中で今が一番幸せなのだから。

 

 あと、特筆するべきところは特にない。錬金術が使えることは……志希さんには話したけど、あれは基本的にボクたち三人……と、おじじ連中だけの秘密だ。

 というかはっきり言って秘密にせざるを得ない。果たしてこの能力の存在だけでどれだけ厄介事が舞い込んでくることか。権力者に狙われ実験体となったりあるいは拘束されたり監禁されたり……どれもやられたところで三秒もあればどうにでもなるし、殺されたところで死にはしないけど、気分は良くないし今後ずっと逃亡生活を続けなきゃいけなくなるかもしれない。何よりボクだけならまだしも周りに被害が出る可能性がある。それはもう、到底看過できることじゃない。

 というわけで、使う使わないはともかく基本的には他言無用だ。

 

 

「……しかしなぁ」

 

 

 そうこうしている内に、新しい欲が出てきてしまったのは……もしかすると、あっちに行ったことの唯一の失敗かもしれない。

 正直、今ちょっと開祖様やクラリスさん(最カワッ☆)と会いたいなぁと思ってる。

 遠くに離れた友達や知り合いにふとした拍子に会いたくなるあれだ。郷愁と言い換えてもいいかもしれない。

 けど、まだ四日も五日も経ってないんだよな……ホント、ボクの心ってあんまり強くないんだな。

 

 

(……まあ、考えても仕方ないか)

 

 

 とは言ってもおいそれと会えるものじゃない。方法はあるけど。あっちからもう一回こっちに戻るためにはそれなりの準備が必要になるし、迷惑もかかるだろう。

 何度も言うようだけど、思い出があれば今はそれでいいのだ。

 

 ……思い出?

 待てよ。何かちょっと引っ掛かるものが……ううん、あとちょっと……何だろう。奥歯に挟まって取れないようなこの感じ、何だっけ……。あのナイフについて何かこう……。

 

 まあ、今はいいか。

 そろそろ降りて更衣室に行って着替えてこよう。時間も時間だし、レッスンも待ってるだろうし……。

 

 

「よいしょ」

 

 

 言いつつ、誰もいない更衣室に降り立つ。流石に何度も千佳ちゃんの時のような真似はしない。ボクだって成長しているのだ。ふふん。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

「氷菓ちゃん! お山登らせて!!」

「だめです」

 

 

 まさかそういう方面で来るとは思ってなかったよボクは。

 

 レッスン終了後の夕方、一人で更衣室に向かったところ、ボクはそこで待ち受けていたある人物の襲撃を受けていた。

 即ち、346のやべーやつ筆頭こと女性の山々を等しく神々の山嶺と崇め奉るマウンテンソムリエ、通称・師匠こと棟方愛海(むなかたあつみ)その人である。

 死は結果だと言わんばかりの無謀さと無鉄砲さ、そしてもっと違う方向に活かすべきではないのかと感じるほどによく回る頭脳と口により、様々なお山に登頂したという実績を持つ麒麟児。拓海さんのお山に挑戦したところ、実際死にかけたとするほどには失敗も経験しているが、そのバイタリティと精神力は驚嘆に値する(そこにシビれるアコガれるゥ)と言っていいだろう。

 

 

「えぇーッ!?」

「だめです」

 

 

 だめです。

 いやマジやめてください。

 

 

「不許可です」

「どうしても~?」

「どうしてもです」

 

 

 ボクに対して愛らしい表情をして見せてもそれほど意味が無いというのはリサーチ済みではないのだろう。

 いや、だとしてもだ。

 

 

「だいたいやりがいが無いでしょう、ボクとか」

 

 

 問題はそこだ。見た目からしてまず間違っている。ひとことで言えば絶壁、あえて一文字で言うなら「無」だぞ。いや今は「貧」でもいいか。経済的にも貧だけどな! ハハッ!

 自分で考えてて虚しくなってきたわ。

 

 ともかくそんな事情もあるし、断ると言うよりもむしろ忠告という趣の方が近い。が――――。

 

 

「あのね。大きさじゃないんだよ」

 

 

 い――――言い切った……ッ!!

 

 ごく真面目な表情で愛海さんはそう言い切って見せた。一点の曇りなき瞳だ。自分は何もやましいことはありませんよ、と、そんなことを訴えかけているようでもある……!

 やましいことだらけな上に明らかに邪念しか存在していないが、多分きっとそこには崇高な目的があるんだろう。多分。哲学的な意味で。

 

 

「というわけで、氷菓山登らせてください!」

「はあ。まあ、どうぞ」

「えっ!? 本当に!? いいんだよね!?」

「……はあ」

「やったぁー!! うひひひぃ♪」

 

 

 なんというか、真正面から頼みにきてるのに無碍にするのも本人に悪い。

 目の前で落ち込まれるとそれはそれでボクとしても気にするし……どうせ「なんかちょっと成長したらしい」って噂を聞いて来ただけだろう。触ってみれば特に得られるものも無い虚無そのもの。すぐに諦めて去っていくはずだ。

 

 

「でも、見ての通りですよ?」

「いやいやいやいやいや、これはこれでいいよー♪ じゃあいっただっきまーす!」

 

 

 と、瞬時に愛海さんの掌がボクの胸にひゅん、と突き出され――――。

 

 

「あいだっ」

「おぐっ」

「…………ごめん」

「…………っ、っっ」

 

 

 ……アバラがゴリッと音を立てた。

 なんだってボクの身体はこんなどうでもいいところで軟弱さを発揮するんだ……!

 というか何なんだこの誰一人得をしない状況は。地獄か何かか。

 

 

「そ、それじゃあ改めて!」

 

 

 と、再び――今度はややゆっくり――胸に掌が触れる。

 服の上から触れるだけなのだから、特に感触らしい感触は無い。正直ただくすぐったいだけだ。

 愛海さんもその辺自分でよく分かっているのか、どこか釈然としないような表情をしている。

 

 

「直はダメかな?」

「ダメです」

 

 

 女性同士だろうとセクハラで訴えることができるということはご存じだろうか。

 そこは流石にちょっと一線を引いて欲しい。

 

 

「ちぇー。んー、でもこの感じ……一見ツンドラ気候のように凍り付いているようにも感じられるけど、よくよく感じ取ってみれば奥底に肥沃な大地を感じさせる……」

 

 

 ……どこから出てきた語彙なのだろう。

 

 

「芯は固くって、でも……花の茎かな……? この感じ、もしや……ただ何も無いだけじゃない……これは……!」

 

 

 すごい、何やらとんでもなく興奮して早口になっている。

 わけがわからないので誰か何とかボクが分かるように言い換えてくれないだろうか。

 

 やがて山登りを堪能し終わったのか愛海さんはどこかやり遂げた顔でボクに告げた。

 

 

「あたし……確信したよ。氷菓ちゃんはまだまだ伸びるって……!」

「はあ」

「縦に伸びるね! 体形はスレンダーだろうけどお山も結構ナイスなくらいには育つはず! 具体的にはCからDくらいに!」

「はあ」

「きっと楓さんとかのあさんみたいなミステリアス系美人になるはずだよ!」

「ホントですか!!」

「うぇっ!? う、うん、いきなりすごい食いつき……」

 

 

 当たり前だ。楓さんみたいに、と言われてボクが喜ばないわけがない。

 勿論、のあさんみたいにミステリアス、と言われればそれも嬉しい。のあさんもかなり均整の取れた体形をしていたし、普段の立ち居振る舞いも涼やかで美麗だ。ああいう人たちみたいになれればカッコいいなぁ、という思いもある。

 

 

「あたしの予測はもはや予言……何十人と登頂に成功してきたからこそ言えることがあるんだよ。うひひっ♪」

「凄まじい説得力」

「というわけで氷菓ちゃん、将来育ったら再登頂させてねっ♪」

「まあ、もし事実だったらですけど……」

「約束したよ約束だからね!」

 

 

 な、なんだかすごい安請け合いをしてしまったように思えるけど……いや、流石にそれは……無い、よな?

 女性の成長は早いって言うし、流石にもうこれ以上伸びるってことは……高校、入るくらいで止まる、よな……?

 

 

「はーまんぞくまんぞく☆ それじゃあ氷菓ちゃん、お礼に何か食べに行こっか!」

「え、いいんですか?」

「うんっ。だってお山に登らせてもらいっぱなしじゃあ悪いでしょ? だからお礼☆」

「あ、ありがとうございます」

「敬語もいいよぉ。学年ひとつ違うくらいでしょ?」

 

 

 ……と、そんなこんなで今日は愛海さんとも打ち解け合い、この後は346プロ近辺のスイーツバイキングに赴くのだった。

 

 なお、後日この件が愛海さんのお目付け役も担当しているナース系アイドル、柳清良(やなぎきよら)さんにバレてそれはそれはこっぴどく叱られたらしい。

 余罪も数件。どうやらスターライトプロジェクトの方に行ってみては辻登山していたそうな。

 仲良くなった身としてはやや複雑ではあるけれど、これはこれで仕方ないことでもあるような気もしないではない。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 その日の晩、ボクは自室に戻って自分自身に構造解析をかけていた。

 理由は単純。愛海さんの言葉が正しいかどうかを証明するためだ。

 別に愛海さんにお山を登らせたいというわけではなく、純粋に単なる興味からだけど……まあ、何でもいいか。

 ともあれ、今重要なのは、本当にこのまま育てば将来楓さんみたくなれるのかどうかという話だ。

 

 

「よいせ」

 

 

 自分自身の胸元に手を当て錬成、だいたい20歳前後を目安として、解析した上で想定される肉体として再構築する。

 ――――と。

 

 

「……うわ、マジだ」

 

 

 鏡を見れば、確かに愛海さんの言った通りの外見の美女がそこにいた。

 だいたい170手前くらいの身長に、すらっと伸びた手足。人形めいて均整の取れた体形……と、あと育ったお山。でもそれはそれとして、確かに育てばこうもなるかな、とは思わなくもない。

 外国人の血が入っているせいもあるだろう。成程、ミステリアス美人。自分だと分かっていてもなんだか落ち着かない。声も、成長に合わせてか心なしか低くなってる。

 うわぁ、なんだか自分じゃないみたいだ。これ、大学に入る頃にはこうなってるってことだよな?

 でも何で今これが出てない……って、答えは分かり切ってるか。栄養不足だな。

 たん、たたん、と軽くステップを踏んでみると、今の状態でのスペックの高さが分かる。相変わらず体力は微妙なようだけど、瞬発的な筋力は相当ついているようだ。

 

 

「♪~」

 

 

 歌声自体は、それほど変わりないか。いや、でも、変わってる方が自然になるのかな?

 何にしても歌い方を変える必要も無いだろうし、こうなると将来的な問題は出ないと思ってもいいか。

 ……いや、まあ、こうなったらお山に登られるだろうけど。必要経費だと思って諦める他無いか……。

 

 

「……あ、そうだ」

 

 

 そうだ、そうだ。錬金術と構造解析で思い出した。開祖様に貰ったあのナイフ、日本人的には結局銃刀法はどうなんだと考えてしまって、結局触れようにも触れられなかったんだった。

 刃物だから扱いを間違えるとコトだし。しかし、折角開祖様に貰ったものだ。何に使うかは自由――と言われても、ちょっと畏れ多い。

 しかし、それでも何か気になることは気になるし――と思いつつ構造を解析する、と。

 

 

「ん?」

 

 

 やっぱり何かおかしい。このナイフ、もしかしてただのナイフじゃないのでは……?

 いや間違いなくただのナイフじゃない。この宝石を叩いた際に発せられる振動周波数、それに材質……この感じ、まさか……!

 

 その事実に気付いた瞬間、ボクはナイフを錬成してその形を別のものに――スマホに近い形状の板に変化させた。

 そこに秘められているのは強い魔力だ。ボクはそもそも魔力の存在しないこちらの世界で過ごしてきたから、錬金術においても魔力を交えた手法はそれほど得意じゃない。けれど開祖様が作ったこれなら……。

 宝石に指で触れ、特定の周波数を発する。瞬間、その場の空間に小さな――本当に小さな、それこそ原子サイズと言ってもいいほどのひずみが生じた。

 

 

「……き、聞こえますか?」

 

 

 ……ボクの予想が正しいなら、きっと――――これは、通信機の一種。

 世界と世界とを限定的に繋ぎ、意思疎通を可能とするためのアイテムの一種だ。

 

 そして、声が――届く。

 

 

『おう、聞こえてるぜぇ。ようやく気付いたみたいだな――――』

「開祖様!」

『誰だお前』

「えっ」

 

 

 ……えっ。

 いや――――え?

 ちょっと待ってくれ。誰だ、って、え。もしかしてボク忘れられて……?

 

 

『おい、ヒョーカはそんな声じゃねえだろ。誰だって聞いてるんだ』

「あ、すみません」

 

 

 ……そういうことか!

 さっき体を弄ったままだった。痛恨のミスだ。声がやや低くなっていたことを完全に忘れていた!

 

 肉体を再錬成して元の身体に戻る。これであの身体とは数年後までお別れだ。

 

 

「少し体を弄っていて、声が変わっていました。申し訳ありません」

『あ? あー、そうかよ。ま、人違いじゃなくて良かったぜ。数日ぶりだなぁ、ヒョーカ?』

「はい、開祖様……!」

『お前は創造性に乏しい代わりに複製や模倣に長けてるからなぁ。ちゃんと解析さえすりゃあ気付くとは見込んでたぜ。もっとも、半分くらい賭けだったが――ま、こうして話せてるってことは気付けたってことだな?』

「なんとか気付くことができました。ご慧眼、お見事です!」

『流石オレ様だろぉ?』

「流石です開祖様!」

 

 

 確かに、正直言ってボク、開祖様に貰ったものだからってことで畏れ多く感じてしまって、無意識的に解析することを封じていたフシはあった。

 しかしながら、錬金術師は何事にかけても何でも知りたがる生き物だ。たとえそれがどんなに神聖なものであろうと、術理や構造を解き明かしてみないと気が済まないタチをしている。いずれボクが我慢できなくなって解析するだろうということを想定していたことも含め、流石だという思いを抱いた。

 

 

『ま、そういうワケだから寂しくなったら世界一カワイイオレ様の声でも聞くといいぜ。ついでにあの馬鹿弟子やルリア、サラなんかと話してもいいかもなぁ』

「ありがとうございます!」

『ふん、そもそもコレはオレ様の実験の一環だ。ま、当然成功すると踏んではいたが……』

 

 

 とは言うけどもこの技術、失敗したらただじゃ済まないはずだ。

 何せ、手法としてはあの時と同じ――限定された範囲の空間を一度「開く」ことで世界と世界を繋いでいる、ということだからだ。

 クラリスさん(ドッカーン☆)の存在崩壊よりも精密に、極めて微小な――電波のやり取りができる程度の穴を開き、会話が終わったら再び閉じる。ただ単に穴を開いただけじゃ全く違う世界に声が行ってしまう可能性もあるので、宝石を増幅器や発信機・受信機として用いてお互いの世界を示す標とする。

 ボクらがこちらに戻るまでの間にこれだけのものを創り上げるなんて、すげえよ開祖様は……。

 

 

『この世界間通信、この技術が確立すりゃあ二つの世界を行き来することも今後決して不可能じゃなくなるかもしれねえ。まずはその礎となれたことを感謝しとけよぉ?』

「はい、開祖様!」

『ハハハハハ! 素直に尊敬されてると知ったらなんか楽しくなってきたなァ!』

 

 

 ……もしかして前、ボクに尊敬されてるのがムズ痒いって言っていたこと気にしてたんだろうか。

 ちゃんと尊敬してるだけなのを知ってもらえている今は、そうでもないと……どっちも嬉しい話ではあるけど。

 

 

『ま、何だ。ちょっとこっちが恋しくなったら、気軽にコイツを起動すりゃあいい。誰も団員がいないってこたあねえだろ。誰かが応対してくれるはずだぜ』

「嬉しいです……本当にありがとうございました、開祖様!」

『ねーねーししょー、さっきから何話してんの?』

『あ? ああちょうどいいなクラリス。ちょっとコイツに声飛ばしてみろ』

『? 何? えーっと、最カワッ☆』

「こんばんはクラリスさん」

『うわ゛っヒョーカちゃん!? あれ!? 帰ったんじゃ!?』

「残念でしたね。トリックですよ」

『うっそー!?』

「嘘ですちゃんと帰ってます」

 

 

 ……まさかの展開だけど、ボク個人としてはかなり嬉しい話だ。多分二度と会えないな、次会うとしたら時間も経ってるだろうし、開祖様や星晶獣のみんなくらいかな、なんて思ってたくらいだから、こうして話すことができるだけでとても嬉しい。

 それに、ボクだけじゃない。凛さんや他の……一度あちらの世界に行ったことのある人たちも、仲良くなれた人たちともう一度話すことができるはずだ。

 本当に――――楽しみだ。

 

 そんなことを思いながら、ボクはそれからもずっと二人と――時にはそこに混ざってきた人たちとの会話を楽しんだ。

 

 

 ――――そして翌日。

 

 

「おい氷菓、その目の下のクマどうした……?」

「……寝不足で……」

「キミがか? いつになく珍しいな……何かあったのか?」

「うん、まあ、ちょっと」

 

 

 案の定と言うべきか、寝不足である。

 ……うん。いや、ほら――こう。楽しすぎるのが良くない。うん。

 

 なんとなく、つい長電話をしてしまう人たちの気持ちが分かった今日このごろだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 こぼれ話



「ところで開祖様、何でボクちょっとだけルリアさんに似てるんですか?」
『あん? あー、そうだな、お前バハムートって知ってるか?』
「はい」


 バハムートと言えば、あちらの世界における破壊と再生の神と呼ばれる存在だ。
 現在は星の民によって星晶獣に堕し、しかしながらその力の欠片を遺している――とか。
 ルリアさんが使っていたバハムートの力もそこから来るものだろう。


『破壊と再生の神――つまり生と死の神であるバハムートが、お前を別の世界に転生させたんじゃねえかとオレ様は見込んでいる』
「ということは、つまり――」
『ルリアのやつはよくバハムートの力を使ってんだろ? だからそこから情報が大元のバハムートの方に流れ込んで――――』
「転生させる時の肉体の参考にした、っていうことですか」
『勿論そのまま再現するわけにはいかねえし、精々「似てる」程度だがな。まあそんなところだろうよ』


 どうやらそんなところらしい。
 なおクラリスさん(錬金)はこの話を聞いて頭痛を発症していた。

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