青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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30:臨海合宿スペシャル

 ――――夏。

 夏である。梅雨が明け(特に明けてない)、(暦上はきちんと)夏が訪れ、フェスの日も迫ってきたこの日。ボクたちスターライトプロジェクトのメンバーは、346プロの所有する合宿所にやってきていた。

 海にほど近い、合宿所――と言うよりかは、どちらかと言うと旅館に近い風情の豪華な宿だ。この日のために準備してきたのだということも相まって、正直言ってテンション上がりっぱなしである。ちょっと楽しみにしすぎじゃないかと晶葉に言われたけど、そりゃもう楽しみだ。

 みんなで海。みんなで合宿。みんなでバーベキュー、カレー、焼きそば! 友達と一緒にっていうだけでも気分が高揚するのに、そこに加えて初めての経験がたくさんだ。否応なしに期待は高まってくる。

 午前はみんなで交流を深め、午後は今度の全体曲のための集中レッスンという運びで数日ほどの日程になっている。

 これから先、同じように海水浴に行ったりみんなでバーベキューしたりということはあるだろうけど、何もかもが初めてというのは今回が最初で最後だ。存分に楽しんで、思い出を作ろう――――。

 

 

「ガバゴボボボガボッ」

「また氷菓が溺れているぞーっ!」

「うおおおぁぁぁッ!?」

 

 

 ――――そう考えていたボクは、危うくみんなの思い出になる手前でなんとか救出されたのだった。

 拝啓、開祖様。窒息って、かなり辛いんですね。

 

 まあそっちはともかく。

 今日ボクが溺れたのは、通算三度目だ。三回目ともなるとみんななんとなく対応が上手くなってきているのを感じられる。最初は全員でわたわたしてたのに、今となっては役割分担を完璧にこなしている。浮き輪を投げ入れたり直接救出しに行ったりと、それぞれの動作も淀みなくなっているように感じられた。

 みんな! これだけ経験したんだからライフセーバーになれるぞ!(なれない) 

 

 

「ま……まさか白河さんがこんなにカナヅチだったとは……」

「ホントにね。ボクもびっくりだ」

「他人事のように言っているがキミのことだからな!?」

 

 

 あはは、とのんきな声を出すボクと対照的に、いつになく焦ったような表情で詰め寄る晶葉。いつもと態度が真逆で、なんとなく新鮮だ。

 プロデューサーも顔を青くしているが、正直初めてのことだらけでテンション上がりまくってるから、頭の中Pa(パッション)で溢れてたって仕方ないと思う。仕方ないはずだ。仕方ないよね?

 みんなの顔見るとそうでもないらしい。

 解せぬ。

 

 

「珍しいこともあるものれすね~」 

「うむ、普段体力がまるで無いくせに、運動神経だけは抜群だったはずなのにな……」

 

 

 うん、自分で言うのもなんだけど、実際抜群なんだ。運動神経は。色んな人の色んな運動の動作をトレスできるから、やろうと思えばバク宙とかでもできると思う。

 ただ、晶葉の言う通り体力は皆無どころか絶無ってくらい無いけど。

 ともあれ、その辺も原因と言えば原因だが、実際はもう少し違うところに根本的な問題がある。

 具体的には、体脂肪率だ。ボクは元々体重30kg。この時点でかなりの低体重だったことは確かなのだけど、レッスンのおかげで更に体重は落ちて28kg。そして今は何とか持ち直して32kg。体重が増える間もレッスンや体力トレーニング、筋トレなんかも欠かさず行ってきたことで、体脂肪率は以前のものを維持したまま、筋肉量だけ増えるという結果になっている。

 脂肪というのは言ってみれば油。水より軽い物質であって、人間にとってそれは「浮き」の役割を果たすものでもある。それが多くないということになれば……まあ沈むだろう。そしてもがくような泳ぎ方になってしまい――10mや20mくらい進んだところで溺れる。

 水泳を生業にするような人でも、体脂肪率は10%や13%あたりを維持しているとも聞く。体脂肪率を落としすぎると泳ぐのには向いていないという証左と言えよう。

 体脂肪率の低い人の泳ぎ方、みたいな映像資料も見てないし。結局のところ、今回ボクが溺れたのはある意味必然と言えた。

 

 ……早急に体重を標準にまで押し上げないとなぁ。

 でも、その前に。

 

 

「もう一回行ってくる」

「待て待て待て!!」

「止めないでよ晶葉! もう少しで何か掴める気がするんだ……ッ!」

「多分その掴みかけたもの死神の肩とかそういうものだろうからよせ! 助手、氷菓を止めろーっ! 七海ーッ! 浮き輪持ってこーい!」

 

 

 くっ! 折角の機会なんだ! こう、いつもなら大抵のことは解析と模倣のコンボでなんとかなってるボクとしては、試行錯誤して色んな事を試してみるっていうこと自体が楽しくってたまらないんだ! 今回はまさに絶好の機会……! 今、この瞬間を逃すわけには――――!!

 

 

「止めてくれるなーっ!!」

「誰か止めろぉーっ!!」

 

 

 

 そして三分後、ボクは大量の浮き輪によって簀巻きにされていた。

 

 余は不満である。

 苦手分野を克服しようっていう話なのに、いったい何が不満なのか。その気になりさえすれば自力でなんとかできるし、変に迷惑をかけるつもりもないというのに。むしろ迷惑をかける頻度を減らすために特訓しようとしているはずなんだが……。

 こうなると区民プールで練習する、とかしかないだろうか。

 

 

「氷菓さーん、釣りしましょ~♪」

「はーい!」

 

 

 脱出(キャストオフ)

 七海さんの声に反応し、そのまま滑り出すようにしてその場から脱出する。

 

 簀巻き状態にされはしたがそれはそれ。今のつるんすとんなボクの体形なら抜け出すのは造作も無いことだ。

 ああしていたのはみんながあそこまで言うから、自戒の意味を込めてというところが強い。別のことに誘われればそっちを優先しもする。

 ということで、整備されたごく小さな埠頭に向かうと、既に肇さんと頼子さんの二人が釣りに興じているのが見えた。長時間待つことを覚悟してか、パラソルも立てて陽射しへの対策は万全だ。

 

 

「肇さん、釣れるー?」

「あら、氷菓ちゃん。思ったよりも釣れますよ」

「はい……初心者の私でも、それなりに……」

 

 

 そう言って、頼子さんはこちらにクーラーボックスを見せてくる。見れば、確かに色んな種類の魚が数多く入っていた。

 346の私有地だから、それほどここには人が来ない。魚にとっても避難所のような場所になっているせいか、警戒心が薄いのかもしれない。

 なるほど、初心者でも釣れる、と言うわけだ。ボクでも一匹二匹くらいは釣れるかもしれない。

 

 ……しかし、スターライトプロジェクトの常識人二人が本陣から離れて行動か……大丈夫だろうか。

 いや、大丈夫か。クラリスさん(心眼)とかプロデューサーがいるし。ツッコミ疲れてしまうことくらいはあるかもしれないけど。

 

 

「氷菓ちゃんは、釣りの経験は?」

「ほとんどない、と思う」

 

 

 糸を海に投げ入れたことはある、くらいかな。

 おじじと一緒に船乗ってる時、ちょっとだけやらせてもらった。釣り上げるのは結局おじじや船員たちで、釣り上げる時は基本ボクに触らせてくれなかったから、実質経験は無いも同じだろう。

 

 

「やり方は分かりますか?」

「そのくらいなら大丈夫。餌は何を使うの?」

「私は、こちらを使っていますが……」

 

 

 と、頼子さんが見せてきたのはソフトルアー……ミミズなんかを模した、いわゆるワームというやつだ。

 比較的安価で使いまわしもきくし、生餌が苦手な人には重宝されることだろう。

 頼子さん、そこまで虫が得意そうな印象は無いし……うん、納得。

 

 

「七海たちはこっちれすねー」

 

 

 そう言って七海ちゃんが見せてきたのは――イソメ、という生餌である。

 外見は、なんというか……ヌメリのついたムカデというか、足のついたミミズというか……ともかくそんな風なグロテスクなもの。頼子さんなんて思わず目を逸らしてしまっているくらいだ。

 その一方で、釣りを趣味としている二人は特に気にした様子も無い。頼子さんの反応を見て苦笑いしているくらいだろう。

 

 

「じゃあボクこっちで」

「えっ」

「えっ」

「れすよねー」

 

 

 そして、ボクが選択したのは――――生餌の方。

 肇さんたちはちょっと驚いているが、ボク自身は別段生理的嫌悪感は特に抱かない。というか、下手するとあっちの世界のムカデ型ぴにゃ壊獣の方がデッサン狂ったみたいで怖かった。超巨大ぴにゃ壊獣の体内も、もうそれはそれは言葉で言い表せないような惨状になっていたし……今更この程度で怯むことは無い。

 

 

「ひょ、氷菓ちゃんは強いですね……?」

「いや、自分で言うのもなんだけど、ニブいだけだよ」

 

 

 あれだけのものを見ればニブくもなる。

 

 ということで、肇さんから受けとった竿に餌を付け、いざ釣り開始である。

 なお、近年は漁業権が問題となるけれど、こういったレジャー目的の魚釣りは、「遊漁」として原則的に許可されている。海に潜って貝を獲ったり、あるいはタコやイセエビのような法律で保護されているような生き物を獲る場合には、許可が必要になるけれど。

 

 適当に狙いをつけ、勢いよく仕掛けを投げる(キャスティング)。寸分狂わず、狙った場所へと沈んでいった。

 

 

「上手ですね。まるで何年もやってきたみたい……」

「身内に何年もやってる人がいるから……その人の真似だよ」

 

 

 なお、おじじのことである。あのマフィアのようなコワモテでありながら、その趣味は魚釣りと料理だ。

 時々、暇な時間ができるとそれとなく釣りに興じて、適当な数が釣れたら園長先生とダベるためにあおぞら園にやってくる。そこで色々な料理を振る舞ってくれる……という、意外な一面もあったりするのだ。ちなみに、そのおかげで下の子たちはおじじのことを漁師か板前だと勘違いしていたりもする。

 

 とまあ、そんなこんなでキャスティング自体は苦手じゃないボクだけど、釣り全体が得意ってわけじゃない。ボク自体は単なる初心者だ。

 

 

「釣れないなぁ……」

 

 

 キリキリとリールを回してみるが、何もかかってはいなかった。

 

 

「どこに投げたらいいのかな」

「川魚なら、分かるんですが……」

「ふふふ、七海の出番れすね!!」

「あ、そっか」

 

 

 そうだ、そうだ。よく考えたらここには一番の専門家がいるじゃないか。七海ちゃんは魚類にて最強だ。

 

 

「一般的に投げ釣りの場合は遠くまで飛ばす方がいいのれす。その分リールを引く距離が長くなるから、動く獲物を追いかける習性を持つ魚が寄ってきやすくなるのれす!」

「なるほど……」

「対して、沖釣りの場合は一般的に『海鳥の群れている場所を目指せ』とよく言われているのれすが、近年はもっぱらソナーや魚群探知機の方が主れす」

「まあ、そうだよね」

 

 

 流石の七海ちゃんである。しかしこれ以上聞くと話がだんだん斜め上の方向に逸れるので一旦切り上げさせてもらう。

 しかし、遠投か。ボクにはやや苦手分野だけど……。

 

 

「でも何より大事なのは待つことれす。焦らず、ゆっくりが一番なのれす」

 

 

 言われてみると、なんだかこの場にいる三人とも、待つことについてはあまり抵抗感が無いというか……なんだろ、こう……全体的にのんびりした雰囲気を醸し出しているようにも思う。

 穏やかな気質というか……いっそこの空間にいるだけで少し癒されるとすら感じる。

 

 

「よぉし」

 

 

 そういうことなら、と気合を入れて糸を放った。

 てんで飛ばなかった。

 

 ……うん、まあ。そりゃあそうなるとね。気合入れただけでモヤシがパワーアップなんてするわけないし。

 

 

「むぅ」

 

 

 やっぱり、技術は大事だとは言っても、そもそも土台となる筋力が無いと意味無いよね。ボクわかった。

 七海ちゃんや肇さんはひょいひょいやってるけど、あれは経験者だからこそと言えるだろう。頼子さんはプロジェクトの中でもしゅがはさんとクラリスさんに次いで身長が高いし、地力があるのだと思う。この中ではボクだけが純然たるモヤシだ。どうでもいいけどなんだか十傑集っぽいな。純然たるモヤシ。

 

 しかし、だ。足りないものがあるというなら、まずはそれを補ってしまえばよいのではないだろうか。ボクは考えた。

 そこで思いついたのが、恒例の構造解析である。魚群探知機、なるほどそういうことなら簡単だ。周囲の海の様子を解析してしまえばいい。

 要は人力ソナーだ。どこに魚がいるか分かれば、そこに投げ入れるだけで入れ食いになる。まあ真実入れ食いになるかどうかは別として。

 思考がやや無機質なきらいがあるとはいえ、魚も生物だ。残念なことに、どうしても未来予測は難しくなる。けど、現在の状況を常に把握できるというのなら有益には違いない。

 

 

「もう一回!」

 

 

 もう一度――ヘナヘナした軌道で――目的の場所に投げ入れる。

 ぽちゃりと小さな音を立てて重りは海の底に沈んだ。

 

 そして二分後。

 

 

「あっ」

「「氷菓ちゃーん!?」」

「それっ!」

 

 

 ボクは竿を握ったそのままの姿勢で、海に投げ出された。

 幸いなことに――というか七海ちゃんが先読みして――着水地点に浮き輪を投げ入れていなければ危ないところだった。

 

 とんでもないピタゴラスイッチもあったものだ。小さめのボラか何かの群れを狙って投げたはずが、もっと小さな魚が引っ掛かり、それを釣り上げようとリールを引けば、その魚が生餌のようになってしまって、更に大きな1m近いシイラが食いつき、引っ張られてそのまま海へ……である。実にヤベーイ状況だが、冷静に考えながら状況に対処する。

 まず投げ込まれた浮き輪にしがみつき、リールを回していた手を放す。魚が暴れるままにしておき、ボク自身は泳いで岸辺へ。釣り竿は七海ちゃんたちに任せる。

 ……ライフジャケットって大事だね、うん。

 

 

「こ、これ……」

「は、はいっ!」

「大丈夫ですか!?」

「……み……みんながボクに釣り上げさせてくれない理由が分かった気がする……」

 

 

 釣りは……過酷だ。

 なるほど、おじじたちがやらせてくれないわけである。沖釣りになんて出かけた日には、一日に二度も三度も海に引きずり込まれることになるだろう。

 

 

「ああいうときは、竿を手放さないといけませんよ」

 

 

 二人で魚との格闘を始めた七海さんと頼子さんを一旦置いて、肇さんがボクの方にやってきた。

 うん、今回のことでよく分かった。けれど……。

 

 

「でも、あの釣り竿借り物だし……無くしたり、壊したりしちゃったらマズいよ」

「氷菓ちゃんが怪我をすることの方がよっぽどまずいですよ」

「う……ごめんなさい」

「はい」

 

 

 ぴしゃりと断言されてしまった。こういう時、肇さんはひどく厳格だ。何せ心がけ次第で防ぐことのできた事故だ。まあ事故と言っていいのか分からないところだけど――ともかく、そういう状況でまず自分の身を顧みなかったことは怒られても仕方ない。素直に謝ると、肇さんは柔らかな笑顔を見せた。

 

 

「お母さんみたいれす……おっとと!」

「な、七海ちゃん、こっちへ……!」

「お、お母さんって……せめてお姉さんくらいにしてくれると……」

「I'm your daughter……」

「氷菓ちゃんも悪乗りをしないでください……」

 

 

 流石に更に乗っかってはくれなかった。

 いや、でもボクからしたら、ただ産んだ以上のことはしてくれなかった親よりも肇さんの方がよっぽど親みたいだと思える。時には厳しく、時には優しく、穏やかだけどストイックで……もしかして、割と非の打ち所がないくらいじゃなかろうか?

 ちなみにクラリスさん(兵庫県出身)に間違えて「お母さん」と言ってしまった時、ものすごく複雑な表情をしていたのをボクは覚えている。その時と比べると肇さんはあまり動揺しないタイプのようだ。

 

 

「うーん……釣り上げるのができないんじゃ、仕方ないか……じゃあ、ボク料理の方に行ってくるよ。クーラーボックスの魚、貰ってもいい?」

「いいですけど、重たいですよ?」

「……んぐっ!! ん! ……うん、無理だね。プロデューサー呼んでくる」

 

 

 くっ! わんりょく が たりない!

 

 ということで、仕方ないのでプロデューサーを呼んできて運んでもらうことにした。

 申し訳ないが仕方ない。ボクにできるだけ美味い料理を作るから許してほしいところだ。

 

 というわけで、今度はバーベキューの準備組である。

 

 

「まあボクバーベキューの準備は手伝えないんだけどさ」

「そうだな! ケガするかもしれないから手伝わない方がむしろいいかな!」

 

 

 一瞬で利害が一致した。

 

 ということで、ここからはピストルシラカワ……もといビストロシラカワ……いや、なんだかしっくりこないな。魚を扱って和風なんだから……よし、割烹白河ということにしよう。なんだか字面もそれっぽい。

 

 

「よいしょ」

 

 

 と、ボクは荷物の中から、このために準備しておいたもの――魚用の包丁一式を取り出した。

 

 

「うおっ!? なんかすげえの出てきたな☆」

「あら……お借りして来たのですか?」

「ううん、自前だよ」

 

 

 同じ学校の同じクラスに通ってる上に隣の部屋で共同生活している七海ちゃんという超級の魚好きのため、時々料理を作っていたら逆にボクの方が凝るようになってしまっていた。その結果がこの魚包丁である。

 そんな話を聞いたしゅがはさんとクラリスさん(身長166cm)は、どうリアクションを取っていいのか分からず絶妙な顔をしていた。

 

 

 ちなみにこの魚包丁、普通に市販品である。あんまりお金がない時期ならまだしも、今のボクは……というかボクたちは、働いてお金を稼いでいる身だ。おかげで複製品を作る必要は無い。というか後々のことを考えると普通に購入する方がよっぽど良いだろう。複製したものでは職人さんや小売りにお金が入らないのだから。

 ……まあ、例外的に手入れと修理は自分でやってるけど。

 

 

「それで、何を作るおつもりですか?」

「骨があると食べづらいだろうし面倒だから、三枚におろして……バーベキューに使う用とあとお刺身――」

「OSASHIMI!!☆」

「――は、寄生虫が付いてる可能性もあるから検査しないと」

 

 

 一気にしゅがはさんとプロデューサーの顔が曇った。ノットスウィーティーな時の顔である。

 そんなに楽しみだったのかお刺身。と言うよりこの場合の狙いはお酒とかの方か。

 

 しかし、危惧していたように寄生虫が付いているようなことは無かった。先に手早く七海ちゃんが処理していたらしい。流石の手際だった。

 

 

「うん、これなら大丈夫かな」

「ッシャアッッ!!」

「いよっし☆ おっさけお酒お酒っけー☆」

「ん? あ、ちょっと待ってくれメールだ……うん? ちひろさん……? 『お酒は夜まで禁止です』……?」

 

 

 再び二人の顔が曇りに曇った。

 考えてみれば当たり前のことではある。昼からはレッスンだ。

 というか逆に許可を出すようなことがあればそれはそれで問題だろう。

 

 

「冷凍して置いとくね……」

「神かよ……」

「崇めてもいいぞ☆」

「やめてよそういうの」

 

 

 クラリスさん(一神教)に怒られる。

 

 

「さて、他のレパートリーどうしようかな。カルパッチョとかサラダとか……あ、でもアラでダシを取って 「カレー」 にするのもいい……か、も……」

「……違うのです」

「……クラリスさん?」

「違うのです」

「作ろっか」

「うぅ……」

 

 

 それは多分、ふと思ったことがそのまま口を衝いて出ちゃっただけなんだろうけど。

 ボソッと一言呟いてしまったのがとんでもなくオイシいタイミングだったので、この後全ての方針が決まってしまった感があった。

 なお呟いてしまった張本人であるところのクラリスさん(食いしん坊)は真っ赤にした顔を手で覆ってしまっていた。

 クラリスさん(20)は可愛いなあ。

 

 

「野菜とか追加で買って来たほうがいいかい?」

「ううん、今あるので十分」

 

 

 バーベキューでよく使われる食材ばかりだけど、充分だろう。

 カボチャ、トウモロコシ、ピーマン、玉ねぎ、ナス、キャベツ、ニンニク。それからシイタケにエリンギ、マッシュルームにヒラタケ――キノコが多いのは輝子さんの影響――と、種類は揃ってる。傾向も分かりやすい。季節も季節だし、ここは夏野菜カレーで行こう。

 

 

「お肉☆」

「……は、バーベキューで焼いたものそのまま使おうかなって思ってるんだけど、どう?」

「焼いて、そのまま?」

「カレーにプットオン」

「最高かよ」

 

 

 出来上がった後のことを想像してか、プロデューサーの喉がごくりと鳴った。

 とはいえそれはそれでも問題はある。一緒に煮込んでないから味の染み込みが悪いんだ。まあそこは工夫でなんとでもなる範囲だけど。

 

 肉を盛りに盛るもよし、逆に全く入れないもよし。好みに合わせて自由にできるのがこういう時の利点だ。

 

 

「……あ、出汁取りに使ったアラを炊くのもアリかな。ナスも素揚げにして……」

「ちょっとストップ☆ いやホント待ってヤバい呑みたい欲が出ちゃうやめて」

「えっ。あ、ごめん」

 

 

 思えばナスの素揚げとかアラ炊きとかって、先生やおじじがお酒のツマミによく食べてたっけ……。

 プロデューサーもギリギリと歯噛みしてるし、意見を求めるためとはいえ口に出すのはやめておこう。

 

 

「でも、ダシを取ろうと思ったら時間がかかるんじゃないか?」

「圧力鍋使えばある程度時短できるよ」

「そんなのどこに――――」

「よいしょ」

「荷物の中に……!? や、やけに重いと思ったら!」

 

 

 ちなみに他にも調理器具を用意している。折角の機会だし、ちょうどいいと思うんだ。

 なお、圧力鍋にも限界はあるので錬金術も併用する予定でもある。

 運んでもらうプロデューサーには悪いけど、ここは料理を報酬代わりに我慢してもらおう。

 

 

「何かお手伝いしましょうか?」

「お姉ちゃんにも仕事よこせ☆」

「じゃあクラリスさんは野菜切るのお願いしていい? しゅがはさんはお肉の下処理してほしいんだけど」

「はい」

「おっけー☆」

 

 

 バーベキューセットは立て終わり、あとは火をおこすだけ……となったところで手持無沙汰になったらしい。

 とりあえず、今ボクは魚の方に取り掛かりたいので仕事を適当に割り振る。しかしこの疑似姉妹的関係……みたいなもの、まだ続いてたのか……。

 しかししゅがはさんは手際がいい。早いとかじゃなくて巧い。長く自炊してき……いや、この話題を考えるのはよそう。家庭的だね。その一言で充分だ。

 

 ともかく魚だ。手早く三枚におろし、アラを鍋に放り込む。本当ならもっと緻密に繊細にやるところだけど、今日はいいや。手元にあるものを手当たり次第に突っ込んでいく。

 こういう機会だ。むしろ適当にやるくらいの方が味としても楽しいだろう。たぶん。

 

 一通り捌き終わり、あとは鍋を火にかけるだけ……となった頃、ふと、遠くの方から声が聞こえた。

 

 

「――納得いかなぁぁぁ~い!!」

 

 

 ボクより小さな何人か。あと、プロデューサーと同じくらい大きな人と、とても女性的な体形の人が一人。あとぴにゃこら太(プレーン)……。

 ……あれは、確か……。

 

 

「……あれ、とときら学園じゃない?」

「え? ……ああ、本当だな」

 

 

 仁奈ちゃんもいるし、間違いない。

 あっちの背の高い人は諸星(もろぼし)きらりさんだし、その隣にいるのは愛梨さん。今叫んだのは……シンデレラプロジェクトの城ヶ崎莉嘉(じょうがさきりか)さんかな?

 ジュニアアイドルのみんなはどうやら着ぐるみを着ているようだ。仁奈ちゃんの発案だろうか。今日も暑いし、水分補給は忘れないでほしいものだ。

 

 

「でも、何でここで?」

「346の私有地だからね。撮影に都合が良かったんじゃないかな」

「我々がここにいてもよろしいのでしょうか?」

「大丈夫じゃないか? もし問題があればあっちのスタッフさんが何か言ってくるはずだしね」

 

 

 見れば、気にしないでくれと言いたげにスタッフさんがこちらに向かって手で大きく丸を作っていた。どうやらそういうことでいいらしい。

 

 

「プロデューサー☆ うちもああいうの作ろう☆」

「いや、あれは偶然に偶然が重なって現場判断とか他にも色々あったから出来上がったもので……色々難しいんじゃないかな……」

「ちぇー☆」

「でもプロジェクトのみんなで番組とか、気になるかも……」

「う……」

「確かに、それはわたくしも思いますわ」

「け……検討させてもらうよ……」

 

 

 何事も言ってみるもんである。実現した時が楽しそうだ。

 

 

「――少しよろしいでしてー?」

「ん?」

 

 

 そんな折、ふと遠くの方から芳乃さんたちが駆けてくるのが見えた。

 そういえばあの三人、さっき見当たらなかったけど……。

 

 

「どうしたんだい?」

「あれー……」

 

 

 と、こずえちゃんが指差したのは、このプライベートビーチと地続きの、やや離れた一般客向けの海岸。

 野外フェスか何かの会場だ。どうやら、何かイベントを催す予定らしい。今やってないということは、昼からの予定なのかな。

 

 

「あれがどうしたんだい?」

「あの……トラブルって……聞いて……」

「何で聖ちゃんたちがそれを?」

「心の赴くままに歩んだ折にー、迷える声が聞こえましてー」

 

 

 思い返せば、芳乃さんの趣味のひとつは悩み事解決とかだったな……元々勘も良いし、何か感じ取った結果あちらに向かい、トラブルが発生したことを知ったのだろう。

 さてそれを聞いてどうしたものかと思えば……プロデューサーは何だか思案顔。ああ、こりゃ首を突っ込みに行く気だな……と思ったところ、プロデューサーは社用の携帯電話を取り出してどこかへと電話をかけ始めた。

 他方、何やらとときら学園のスタッフさんがこちらに近づいて来るような気配も感じる。

 

 ……そろそろこの夏! あいつらが! 的なナレーション突っ込んだ方がいい?

 

 




 合宿編をやるとは言った。
 言ったがしかし、それ以外をしないとは言っていない……!

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