それから十数分ほど。プロデューサーととときら学園側のスタッフとの話し合いと、何処かへの電話連絡が全部終わった頃、とときら学園の出演者とスターライトプロジェクトのメンバー全員が一か所に集められることになった。
状況はいまいちつかめな……くもないが、何だか少し厄介なことになっていることは間違いない。
「少し時間を取って申し訳ない。それと、とときら学園の出演者のみんなも集まってくれてありがとう。さっきまとまった話を通達させてもらうよ」
プロデューサーの表情も、ライブ前のように真剣だ。
さて、どういう話になることか……。
「まず、スターライトプロジェクトのみんなの方。さっきとときら学園のスタッフの方から、この夏に放送される臨海学校スペシャルへの出演依頼があった」
「嬉しいけど、それって大丈夫なのかなぁ?」
「確認は取ったしその辺の契約関係もはっきりさせておいたから大丈夫だ。とりあえずこれに関してはみんなでなんとかしようと思う。台本は後で渡すから、そっちに目を通してくれ」
と、プロデューサーの話が終わると共に、とときら学園のスタッフさんからみんなに台本が手渡される。
どうも今回の臨海学校スペシャルは海そのものや海の生き物にまつわるお話になるらしい、と聞いた。みんなが着ぐるみを着ているのもその一環だとか。
「さて、次にあっちの話だ。どうも今回このビーチでのサマーライブという名目で企画されたものだったらしいんだが、先日の
「……あのプロダクションね。確かに経営状態は芳しくなかったし、そういう話もありえなくはないのかしら……」
「で、出演を取りやめたのが四組。ということで、その埋め合わせとして四組ほど募りたい。誰か出演したい人は」
「「「「「「はーい!!」」」」」
「……ほぼ全員か……」
そりゃそうなる。やりたい分にはやっておきたい。特に、この夏フェス前の大事な時期だ。今の自分がどれだけやれるかを確かめる機会を、と思うのは自然といえば自然なことではあるだろう。
「流石に四組の不足に対して全員は難しいな。にじゅう……今何人だ……?」
「ぴにゃ含めて29人」
「ぴにゃは含めなくていい」
「五人ユニット体制で行くにしても半分は残らなきゃいけなくなるな……仮に一曲限定でやるにしてもレッスンの時間が……」
「えーでもみりあもやりたーい!」
「かおるもー!」
「ちょ、ちょっと待ってくれるかい。少し考えるから」
流石にプロデューサーもジュニアアイドルのみんなの意見を無碍にするわけにもいかないらしい。割と本気で悩んでいるようだ。
そりゃ悩むだろうな。プロデューサーとしてはできるだけ全員に活躍の機会を設けてあげたいところだろうし。まずは、とりあえず全員出演させられる方法をと考えているのだろう。
例えばとときら学園出演の、
……現実的に考えるとだいぶ難しい。流石に取捨選択はしないとダメだと思う。
「参加ユニットを増やすのは難しいのですか?」
「一組一曲ずつの予定なんだ。流石にこう急となるとな……」
顎に手を当てて考え込むように俯くプロデューサー。
普段辣腕を発揮しているプロデューサーでも、これは難しいか。
「よし、じゃあ今回出演できなかった子は、俺の権限でできる範囲で埋め合わせはさせてもらうよ」
「それ、大丈夫なの?」
「プロデューサーとしての意地だよ……ともかく、バランスを考えると今すぐ全員を、ってわけにはいかないんだ。申し訳ない。ただ、とときら学園出演者の方は全員ライブの方にも出てもらおうとは思う」
そこは、先輩に花を持たせるのが後輩としての務めと言ったところか。スターライトプロジェクト外のメンバーに埋め合わせ用の仕事を持ってくるとなると、調整が難しくなるから……という事情もあるかもしれない。
何にせよ、流石にそれはボクたちも理解している。全員が納得したように頷きを返した。
「それじゃあ……一組目は
「はーい!」
「承りましてよ」
「頑張ろうね!」
人数比としては妥当と言えば妥当なところか。しかし、みりあちゃんがこっちに編入となると今回は
「で、二組目だけど……莉嘉ちゃんと諸星さん、いいかな?」
「オッケー☆ ライブで今度こそオトナなアタシを見せちゃうんだからっ☆」
「大丈夫だにぃ☆ けどけど、凸レーションとしてじゃなくってことぉ?」
「いや……少し考えてることがあるんだ。今回は5人ユニットで行ってもらいたい」
「5人?」
「ああ。土屋さん、イヴさん、はぁとさん!」
「はぁい!」
「おっ?」
「来たっ☆」
「この5人で『
「勿論!」
「大丈夫ですぅ!」
なるほど、そういう手で来たか。
元々スターライトプロジェクトは最初に組んだそれぞれのユニットに拘らず、組み換えて運用することも視野に入れて活動するプロジェクトだ。本来ならその特性を活かして活動するのは夏フェス以降の予定ではあったけど、先取りして運用してみよう、という魂胆か。
確かに、亜子さんとイヴさんとしゅがはさんなら、曲の雰囲気としても合致しているはずだ。問題は、先輩アイドル二人に囲まれて委縮してしまわないかだが……まあ、心配は要らないだろう。
「次に三組目。八神さん、大石さん、七海ちゃん!」
「あら」
「はい」
「はーい!」
「この三人で『夏恋 -NATSU KOI-』だ。元々、別の機会でお披露目するつもりだったけど……」
「問題無いわ。その件は調査済みよ」
「ええ。だから、少し練習はしていたの」
「やれますよ~!」
既に知っていたということに対してややプロデューサーとしては不満があるのか――あるいは、自分の情報管理がもしかして杜撰だったのではないかと不安に陥っているのか、その表情はやや苦笑い気味だった。
しかしプロデューサーは気付いた方がいい。半ば技術者集団になっているスターライトプロジェクトのメンバーにとって、情報管理はあんまり意味をなさないということを。
「じゃあ最後に……十時さん、こずえちゃん、白河さん!」
「あ、はーい♪」
「はぁい……」
「え、あ、はい」
っと、と、完全に意識から外れてた。確かに手は挙げていたとはいえ、まさかこの流れで呼ばれるとは。
でも、愛梨さんとこずえちゃんとボクって、どういう取り合わせなんだろう……?
「三人で『銀のイルカと熱い風』をお願いしたい。十時さんは先輩として二人をリードする形で頼むよ」
「分かりましたっ。よろしくね、氷菓ちゃん、こずえちゃん!」
「よ、よろしくお願いします!」
「よろしくぅー……」
となると、「ハイファイ☆デイズ」以外は全体的にサマーソングという風に行くのか。
方針としては……うん、海岸でのライブなのだし、適してるんじゃないかと思う。「ハイファイ☆デイズ」自体もアップテンポな曲だし、全体的な雰囲気も統一されていると言っていい。
ただ――現状、ボクの精神的負担がやや大きい気はする。いや、愛梨さんがどうというわけじゃなく、これは単に随分前から愛梨さんが活躍しているのを知っているからこそ、ボクが勝手にプレッシャーを感じているだけなのだけれども……。
その点に関して言うなら、こずえちゃんはあまりプレッシャーを感じていないようで、ちょっと羨ましい。
「他のみんなはまたすぐに埋め合わせをさせてもらうよ。それと……」
「それと?」
「……機材のトラブルもあるみたいだから、池袋さん、大石さん、白河さんの三人でなんとかしてきてくれるとありがたいんだが……」
「呪われてでもいるのかあの会場は」
出演者のドタキャンに機材トラブルと来た。これでスタッフの不祥事でも発覚すれば役満か。
もしかしたらドタキャンにしてもスタッフとの痴情のもつれが原因ってこともあり得る。万が一本当にそうだったら笑いごとじゃないけど。
……呪いの浜か。小梅さんの好きそうな話だ。惜しむらくは今回の件のおおよそがヒューマンエラーで起きた事態だという点だろうか。
「一応聞いておきたいのですが」
「はいクラリスさん」
「! ……」
「氷菓さん、何か?」
「いや何でも」
「は、はあ。いえ。今回の件、困っていらっしゃる方を手助けするということでわたくしは個人的にも賛成なのですが……会社としては何かしらの営利的目的がおありなのですか? そうでなければ動けないのではないかと考えたのですが……」
「ああ、うん。なんていうのかな……今回のことで手助けすることで、相手方からの印象を良くしたいんだ。このビーチでイベントを催しているってことはそれなりな規模のイベンターってことでもある。今後仕事をすることがあるかもしれないし……『あの時の346プロの!』って思ってくれたら、仕事の話も円滑に進むだろうし……だいたいそんな感じ」
そういえば、こういう業界は横のつながりを大事にするという話を聞いたことがある。中にはそりゃあ恩知らずな人もいるだろうけど、現場単位で見ればだいたいの人がいわゆる「普通の人」なわけで……そういう人の多くは、良いことをしてもらえれば気分も良くなるし、もし今後会うことがあれば義理を返そう、という気持ちにもなるだろう。
ぶっちゃけてしまうと、要はコネ作りだ。その辺の事情もあるからこそ、上もちゃんと許可を出したのだろう。今回の件がプロデューサーのみならず、会社そのものの評判を上げる結果になることもあるし。
「というわけで申し訳ないけど、みんな、頼んだよ」
「あいさー」
「そういうことなら仕方ないわね」
「そうだな。さっさと終わらせてしまおう」
そういう話ならボクらもすっきり仕事ができるというものだ。
なお、会場の機材トラブルはきっかり三分で解決した。
下手すると移動時間の方が長いくらいだった。
@ ――― @
「それじゃあ最初のお便りです! 『お魚には寄生虫がついていると聞きました。よく船の上ですぐにさばいてお刺身にしている人がいますが、大丈夫なんですか?』だそうです」
「ああ、よくある疑問れすね。これはれすねー……」
――――ということで、最初はとときら学園の撮影からだ。
日程的にやや厳しいものにはなってしまうが、状況が状況だ。こちらは午前中に一通り終え、午後3時からのライブに備えるという話運びになっている。
それはそれでともかくとして。
「釣ったその場で処理をすればアニサキスのような寄生虫は基本的に胃から身に移ることは無いのれす。勿論注意は必要れすし、最善は冷凍したり一度火を通すことで――――」
……今回は、割と真面目に七海ちゃんの独壇場のようだ。
とときら学園の番組としてのジャンルは、「お助けバラエティ」。視聴者から寄せられたお悩みをもとに、出演者がそれらを解決していくという方針を取っている。
まあ、実際のところはその枠組みからもだいぶ外れつつあるのだけれど。どこかの謎解き冒険バラエティだとかバラエティと銘打っておいて下手な教育番組顔負けの濃い内容を放送するだとかそういうものと似たようなものだ。長期化するとこういうことはよくある。気にしてはいけない。
ともかく、そういう内情もあるとときら学園だけど、今回は臨海学校スペシャルということで、視聴者から寄せられるお便りもそれに準じたものになってくる。海、となれば当然魚や海そのものにまつわる疑問や悩みも増えていく。そこへ七海ちゃんをドンだ。呆れるほど有効な戦術だぜ。
トークだってそりゃあもう進む進む。いったいいつから喋っていつまで喋るのかよく分からないってくらい話す。そしてスタッフさんは編集点を見出すのに苦労することになるのだ。
対して、七海ちゃんの表情は輝かんばかり。これはもう当分止まらないだろう。仕方ねえんだ。
「すみませーん! 白河さんと大原さん、スタンバイお願いします!」
「あ、はい」
「分かりましたー!」
そうこうしている間に、スタッフさんもこのまま放っておけばいつまでも次の撮影に移れそうにないと察したようだ。声で応じると、スタッフさんと共に仁奈ちゃんとみりあちゃん、
「氷菓おねーさんとみちるおねーさん、よろしくおねがいするでごぜーますよ!」
「よろしくおねがいしまーっす!」
「しまー!」
「はい、三人ともよろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっ!」
溌剌とした三人の挨拶に、思わず元気づけられる。
ちなみに三人の服装は相変わらずの着ぐるみだ。仁奈ちゃんは水着の上に大きなサメ、みりあちゃんはイカ。薫ちゃんは……タツノオトシゴだろうか? 色合いもそれぞれ華やかだ。
大して、ボクらの方は普通の水着であった。みちるさんは撮影用のピンクのビキニ。ボクは……お腹を出すことをまずプロデューサーに禁じられたので、競泳水着風のすらっとした印象のものだ。いずれもエプロンを着用している。正面から見るといかがわしい格好に見えてしまうが、どうせまたスタッフの趣味だろうってことは容易に予想できた。
とはいえ場所が場所だけに仕方ないんだけど。それに、油が跳ねた時のために、多少でも体を隠せるものがあるに越したことは無い。はずだ。
ともかく。
「それじゃあ本番行きまーす! さん、に……」
スタッフさんの指示と共に撮影が始まった。
今の今まで談笑していたというのに、三人の気持ちの切り替えも早い。流石にボクらより芸歴が長いだけはある……。
「それじゃあ次のおたよりだよ! 宮城県の『赤いリボン』さんから!」
「えーっとねー。『私には今気になっている人がいるのですが、最近の暑さで夏バテしてしまって体調が心配です。何か、夏バテを解消しながら男の人に喜んでもらえる料理なんてありますかぁ?』だって!」
「うひゃあ……オトナのレンアイってやつでごぜーますか!?」
「うわぁ、カッコいいよねー! いつかかおるもこんなふうになりたいなあ」
「でもでもっ、お料理ってみりあたちだけだと難しいよ?」
「大丈夫でごぜーます! だって今日は仁奈たちを手伝ってくれるお友達がいるんだー!」
「おおー!」
……と、そんな寸劇の流れの中で、そのままこちらにカメラがエントリーしてくる。
同時に、カメラの移動に合わせて三人もまた一緒にフレームインしてくる。これで準備オッケーかな。
「ということで、今回のゲストは!」
「皆さん、こんにちは。『エリクシア』の白河氷菓と――」
「『ミラ・ケーティ』の大原みちるです! 今回はよろしくお願いしますね!」
――――ということで、ボクたちの出番は……料理、である。
本当なら本職と言っても過言じゃない
ちなみにどうでもいい話だけど、ここで使う食材は局からの提供になる。元々ボクたちが使ってた食材には手を付けなくていいとのことだ。
「それじゃあ、夏バテによく効いて、男の人に喜んでもらえそうな料理を作っていきましょう」
「「「はーい!」」」
「ところでその前に、皆さんは夏バテに効くと言われている食材って何だと思いますか?」
「ウナギー!」
「はい、薫ちゃん正解です。昔からウナギに関してはよく言われていました。他には何かご存じですか?」
「豚肉ってきいたことがあるよー!」
「レバーもでごぜーます!」
「パンです!!」
「みちるさん少し待とうか」
あまりの突拍子の無さに他の三人の目が点になっている。しかしみちるさんにとっては間違いなく真実だろう。みちるさんくらいじゃないと無理ということは置いといて。
下手するとイースト菌か小麦粉から生命力を摂取している可能性が……流石に無いか。
無いよね?
「みちるさん以外は正解です」
「わ、わーい……」
「えー!?」
「まあ、パンも食べ合わせ次第ですが……」
再びみちるさんの顔がぱっと明るくなった。
「一般的にはこの中で一番夏バテに効くとされているのはウナギですね」
「美味しいですよねウナギ! 一度パンに挟んだりして食べ」
「ですが今年は類を見ないほどウナギが不漁だと言われています。絶滅危惧種にも指定されていることは既にご存知とも思われますので、今回は別の栄養豊富な食材を使いましょう」
「がーんですね……出鼻をくじかれました……」
しかし、ウナギパイの存在はボクも知っているけども、ウナギパンというのが果たしてあるのだろうか……?
……あるんだろうな、多分。ボク程度でもそのくらいの発想ができるくらいだ。そんな貧相な発想なんてとっくにブチ抜いて斜め上の方向に進化しているだろう。多分……。
「それに、折角の海なので、ある程度お手頃な海にまつわるものを料理していきましょう。こちらです」
と言って取り出したのは、凍り付いた赤い塊。
あまりピンときていないのか、三人はこの正体をはかりかねている風に首をかしげている。明らかに聞こえていないはずなのに、遠くでは七海ちゃんの目がギラリと光った。何で察知されたんだ。海に来てから絶好調だな七海ちゃん。
「お肉でごぜーますか?」
「冷凍マグロです」
「マグロ! かおるマグロ好きー!」
「みりあもー!」
「そして予め解凍の済んだものがこちらですっ!」
「ありがとうございます。では、調理していきましょう。調味料はご覧の通りです」
ダシ醤油、みりん、酒、ごま油、砂糖。わさびやしょうがはお好みで。酒とみりんは一度沸騰させてアルコールを飛ばしたものを使う。
「この調味料を全部混ぜましょう。それと、今回使うマグロ以外の食材は、アボカド、サーモン、ブリ、オオバ、ネギ……となっています」
「栄養が豊富そうな食材ですね!」
「実際豊富です。ではまず、マグロとアボカド、サーモン、ブリを1cm角くらいに切っていきます」
手際よくそれぞれの食材を切っていくと、なんだか三人の目がキラキラしていることに気付いた。おぉー、なんて感嘆の声も聞こえる。
……あ、すごいなこれ。褒められるのすごい嬉しい。もっとホメてくれ、みたいになって体がフルフル震えそう。抑えなければ。
「オオバとネギはみじん切りに」
「わっ、すごーい! 氷菓ちゃんみじん切りできるんだ! 私と身長同じくらいなのに!」
「で、できますよ。練習すれば誰でも」
何でや!! 身長関係ないやろ!!
そこはせめて年齢で見てくれないかみりあちゃん!!
「へぇー。今度おしえてっ!」
「はい、勿論。……では次にこの切った食材を先程の調味料とあえます。この時、食感を残したいのでアボカドはあまり潰さないようにします」
もっとも、少々崩れてもいいという場合にはこの限りではない。あくまで彩りと画面映りを気にしてのことでもあるし、むしろぐちゃぐちゃなくらいの方が好みという人はその方がいいだろう。
「でもかおるネギ苦手だなー」
「ごま油とあえてるから、青臭いにおいと味はちょっと軽減されてると思いますよ」
「へぇー。ひょうかちゃんは物知りだね!」
「あはは……あと、ネギは魚のにおいを取ってくれます。魚は好きだけど、生魚はにおいが苦手……という方は、これにしょうがを少し加えてもいいでしょう。におい消しにもなりますし、体を温める効果もあるので、冷房で体が冷え切ってしまって夏バテ……ということを防いでくれます」
もっとも、しょうがも割と好みが分かれるものだけど。ジンジャーエールやしょうが焼きは好きだけど、しょうがそのものは苦手という話も割と聞く。
まあ、あくまで薬味だしそういうこともあるだろう。結構強烈に鼻に抜ける感じがあるし、辛いし。
「あとはごはんをよそって、今作ったものをそこに乗せれば……はい、これで海鮮丼の完成です。味が足りなければお好みでわさびやタレなどを追加してくださいね」
「わあ、すっごーい! おいしそー!」
「さて、それじゃあついでにみちるさんのご要望に応えてもう一品作ってしまいましょう」
「パンですか!?」
「パンです」
「やったー!」
い、いい反応してるなぁ、みちるさん。
確かにちょっと焦らしたみたいにはなってしまったけど、そうまで喜ばれるとボクの方もちょっと困惑するんだが……。
「じゃあ手早くやっていきましょう。さっき残ったマグロを使ってツナを作っていきます。マグロが浸かる程度に鍋にオリーブオイルを投入。あとは弱火にしてしばらく待つだけです」
「何分くらいですか?」
「20分です」
「20分」
「しかしあんまり待つのもあれなので、仕込みの段階で既に準備を終えて20分経ったものがこちらになります」
「おおっ!」
案の定、ジュニアアイドル三人の方は「いつ仕込んだんだ」とでも言いたげな苦笑いを浮かべていた。
そこは言ってみればテレビのお約束であるので追求しないでいてもらいたいところだ。
さて、これだけでも食べられるけど、ただこれだけだと味気ない。ここはもう一つ加えるのだが……。
「ここでさっきの余りのアボカドを使います。ボウルに入れて潰し、ここにツナと、ツナを作るのに使った油を大さじ1くらい投入。醤油、マヨネーズで軽く味を調えれば……手作りツナのアボカドクリームが完成です。あとはこれをパンで挟むだけ」
「わぁ。わぁ。わぁ!! 食べていいですよねいただきまフゴ!!」
「言い終わる前に食べないでくださーい」
「おいしいですよ氷菓ちゃん!!」
「それは良かったですけどもうちょっと落ち着いてくださーい」
分かってた。分かってたんだよ。でももうちょっと待ってくれないかな?
いや分かってる。待ちきれないことは百も承知だ。でも待ってほしかった。ある意味テレビ的にオイシいかもしれないけど。
「と、ともかくですね。今回のお便りの内容は、『気になる人に食べてほしい』です。というわけで、男性に食べていただいて感想を聞いてみたいと思います。どうぞ」
と言って手渡す相手はプロデューサー……なんだけど、基本、うちのプロデューサーはあくまで「自分はアイドルを立てる人間」ということで画面に入ることはまず無い。もっと言えば声すら出さず、必要になった場合には画面外からのジェスチャーと見切れ芸だけで意思表示をする……ということを徹底している。
そういう姿勢は立派だ。ボクたちとしてもありがたく思う。けど同時に面倒くさいなとも思わなくもない。普段ぺらぺら喋ってるしな……。
小さなお茶碗一杯分くらいの量を手渡すと、プロデューサーはすごい勢いでかっこんでいった。お昼も近いしお腹すいてたんだろう。
少しの間味わうようにして目を瞑ったその直後、プロデューサーは満面の笑みで(手元だけ画面に入り込むように)サムズアップして見せた。どうやら合格のようだ。
「……ということで、いかがだったでしょうか。この料理が赤いリボンさんの参考になれば幸いです。今回のゲストは白河氷菓と」
「大原みちるでお送りしました! 氷菓ちゃん、もう一つ!」
「はいはい」
パンを手渡しながら笑顔でカメラに向けてみんなで手を振っていると、やがてスタッフさんからカットの指示がかかる。
これで撮影はOKらしい。ほっと一息ついて、挨拶と共にみんなに頭を下げる。
「お疲れ様でした」
「ごちそうさまでしたー……じゃなかった! お疲れ様でした!」
「あはは、みちるちゃん食べるだけだったねー」
「むっ、あたしちゃんとアシスタントもしましたよ!」
「でも殆ど食べるのがメインだったよね……?」
「お、美味しそうに食べることで美味しいと分かるからいいんですよ!」
「そうでごぜーますね! みちるおねーさんが食べてるところ見ると、幸せになってきやがります!」
「ですよね! というわけでもうちょっと……」
「後でカレーパン作るけど」
「それはそれ、これはこれで!」
どっちも満足するまで食べる気だなこれ。
そして知ってるぞ。これは死守しなければ食材が消えていくパターン……!
……プロデューサーに新しい鍋買ってきてもらえるかなぁ。
と、そうだ。
「ところでみんなはお昼どうするの?」
「ロケ弁が出てるでごぜーますよ!」
「ご飯は白飯かな? こっちの方でカレー作ってるんだけど、よければ食べる?」
「えっ、いいのー!?」
「おかわりもいい……よ」
「?」
「ごめん、こっちの話」
危ねえ! 年少者相手におかわりもいいぞ! って言っちゃうのは色々マズい!!
いや、字面自体は別に問題無いけど、その流れで会話を続けるのが一番ヤバい。直前で踏みとどまれて良かった……!
その後、こちらに合流して来た七海ちゃんに海鮮丼を振る舞った。
食べきれなくなった分はスタッフさんの方に提供したが……海鮮丼の具を目の前に殴り合いを始めたのは一体どういうワケだったのだろう。よっぽど腹に据えかねたことがあったのだろうか? 心配だ。どうも殴り合いが終わった後は爽やかに分け合っていたから、遺恨は残していないようだけど……もしかしてもうちょっと量を作っておいた方が良かったのだろうか。少し心配になった。
……ともあれ、次は臨時ライブだ。
愛梨さんと一緒に歌うとなると緊張するけれど、精一杯頑張って、勉強させてもらおう。
現役JCアイドルが作って現役JCアイドルが手を付けた海鮮丼(プライスレス)