「こちら
深夜を回り、合宿所に暗闇が満ちるころ。ライトも点けずにボクはある場所へと訪れていた。
月から差す薄明かりが部屋を照らすとはいえ、その程度の明かりでは普通に動くにはやや心許ない。しかし、構造を解析することで周囲の様子は手に取るように分かる。暗いとか明るいとかボクには関係ないのだ。
『こちら
『声が少し大きいですよ』
『あ、ごめんなさい……!』
この作業のキモは、バレないことだ。大きな声を出してしまったことは少々マズいが、未だ誰も起きてこないという点に関しては安堵した。これで安心して作業が進められる。
『こちら
「
『こちら
「いや、ぶっちゃけただのノリ」
『ノリなのですか……そういえば焼き海苔も食べたいなと思ったのですが』
「はいよー」
既に下準備の殆どを終えている今、コトは巧遅よりも拙速を貴ぶ。
しかし、コンロか何かで炙れば出来上がる焼き海苔程度なら、別に作っていったって問題は無いだろう。個人的にも欲しい。
『それにしても楽しみれすね、ヅケ茶漬け』
「
『すみませーん』
――さて、なんというか、ちょくちょく小芝居も入れてはみたが、別にボクらは違法行為をしているわけじゃない。ただ、ちょっとこっそりと夜食を作っているだけだ。
ことの発端は数時間ほど前のこと。「みんなの体形維持のためにも、大量に食べることは勿論、食べる姿もできるだけ見せない方がいい」として夕食を終えたボクらなのだが、クラリスさん(⊃天⊂)とみちるさんは普段の食事量よりも遥かに少ないそれに若干の不満を覚え、七海ちゃんは魚の量に不満を抱き、ボクは料理を作れないことに不満を抱き……と、そんな四人の利害が合致したことで構築されたのが、この深夜飯用特殊部隊である。
食後、「疲れたから」という理由で早めに眠り、示し合わせた時間になんとか起床。みんなを起こしてしまわないよう細心の注意を払い、こうしてキッチンにやってきたのだ。
なお、献立はある程度サラッといけるように、白身魚をタレに漬け込んだものを使ったヅケ茶漬け、それと甘めの卵焼き。少なめと言えば少なめだけど、夜食であまり食べすぎるのも、明日の朝食を思うとよろしくない。みちるさんやクラリスさん(胃がオーバーザエボリューション)の場合はそれでも関係なく普通に食べるかもしれないけど、七海ちゃんはちょっと厳しいところだ。健康にも良くないし。
ちなみに今回はボクも食べる。流石に数時間も空くとなると少しお腹がすいてきた。胃の容積は小さいかもしれないけど、その分すぐに空になるとも言えるわけだし。
「……ん?」
不意に、ぽてぽてという音と共に何らかの気配が近づいてくる。
まさかあの三人の監視の目を縫って……!? と一瞬は思ったが、それもありえない。まさか、と思いつつ振り返ると――――。
「うわっ!?」
「もっ」
――そこには、巨大な毛玉が存在していた。
いや、毛玉じゃない。ブリッツェンだ。この暑さのせいだろう。心なしかしなびている。
「……ど、どうしたの?」
「もっ……」
「変な時間に目が覚めて、お腹すいて喉が渇いた? イヴさん起こすのも忍びないから自分だけで来た……って」
そうか、思えば今日は、みんなに付き合ったおかげでブリッツェンも食事量も少なめだ。元からかなりふくよかな体形をしていることもあって、今のしなびた感じはちょっと不憫な感も覚える。
「……おたべ」
水分補給ついでに、と、キュウリとヘタを取ったトマトを差し出すと、表情はいつものふもっとしたものとは変わらず……けれども、嬉しそうに瞳を輝かせた。
特に疑ったり躊躇ったりというような様子は無い。ボクの手から受け取ってもっしゃもっしゃと食べ終えると、その毛の艶がちょっとばかり戻ってきたようにも感じられた。
「もっ」
「ああ、うん。どういたしまして」
会釈するようにして頭を下げ、去っていくブリッツェン。その後ろ姿はさっきよりも満足げだ。
さて、ブリッツェンが満足したならそれはそれでよしとして、次はボクのことだ。
ダシを入れて温めたヤカンと、大皿にのせた卵焼き、ヅケを入れたタッパーと薬味、焼き海苔、それからおひつ。
ごはんはこれでちょっと消費してしまう計算になるけれど、残った分は冷凍して、明日の朝に向けて新しく炊き直したから量については問題無し。洗い物も済んだ。
「よし……」
「誰だ!」
「……!?」
あとは全部台車に乗せて運び込むだけだ。そう思った瞬間、食堂の扉が開くと共に明かりが灯る。同時に、ボクは物陰に身を隠した。
――――バレた!?
声から察するにプロデューサー……間違いなくバレてはいる。しかし、誰がいるかはまだ分かっていないらしい。
じゃあ、このまま逃げる……いや、安易なことじゃ逃げられなさそうだ。とすると、ここはどうするべきか……。
「おい、大人しく出てこい! 返事をしろ!」
できるわけないだろ! こっちはバレたくなくって必死なんだよ!
というか怖いよ! 普段は優しいから今一瞬、本当に本人か分かんなくって血の気が引きかけたよ!
でも、まあ、不審者がいるかもと思ったらこうもなるのかな。そう思うとこれも理解できるか……。
「怖いかクソッタレ! 当たり前だぜ、アイドルプロデューサーの俺に勝てるものか!」
プロデューサーはプロデューサーという職業を何だと思ってるんだ?
それともそういう風に言って自分自身を奮い立たせてるとか……考えてみたらありそうかも。
だとしても厄介なことには変わりない。さて、こうなるとどうした方がいいか……。ボクであるかどうかは別にしても、「誰かいる」ってことはもう既にバレてるわけだし。
……この際この流れに乗って矛先を変えてみるか。声色使って、ん、ん、と……。
「試してみるか? 私だって特殊部隊だ」
「なにッ!?」
ここから離れた端の方を錬成、小さな音を立てて「誰かが動いた」ことを察知させる。その瞬間、プロデューサーが何かを察知したように動き出し――いや何であの人あっちの世界の人みたいなことができるんだよ。どうなってるんだ。意味わからん。
「大事なアイドルを危険に晒したくなければ黙って元の部屋に戻ることだ。OK?」
「OK! ――――と見せかけてこうだ!」
「!?」
――しかし、プロデューサーは持ち前の身体能力でそのままこちらに向かってきた!
確かに、さっきは別の場所から音を出したはずだと言うのに、ひょいと机やらを乗り越えてまっすぐにボクの方に向かってくる。視線が合ったその瞬間、プロデューサーの動きが止まった。
「え。し、白河さん? 特殊部隊がいたはずじゃ……」
「……残念だったね。
「もしかしてあの声白河さん……?」
「……うん」
「……何してんの?」
「……これ」
動きの止まったプロデューサーに台車に乗せた食料を見せると、それで察したのか、軽く顔を手で覆った。
「……詳しく説明してくれないか?」
「ダメだ」
「ダメ!?」
「ゴメン嘘。ホントは夜食作るつもりだった」
「……だろうね」
まあ、これを見ればそういう風にしか思えないだろう。実際見ての通りだし。
しかし、何でプロデューサーはこんな時間に起きてきたんだか……。
「大石さんから変な音がする、って内線がかかってきたと思ったらこれだよ……何で急にこんなこと?」
「みちるさんと」
「だいたい分かった」
理解の早いプロデューサーを持ってボクも鼻が高いよ。
まあみちるさんの名前を出した時点で分かるだろうけど。この晩はずっとパン断ちしてるようなものだったし。
「そういうわけだから、見逃してくれない? ダメ?」
「うぐっ……う、上目遣いされても、そこは、屈しないぞ俺は」
それはもうちょっと抵抗らしい抵抗の姿を見せてから言って欲しい。
……まあ、頼んだって難しいのは分かってるんだけどね。示しがつかないってのはそうだろうし。となると理詰めで行くか。
「みちるさんもクラリスさんも、いつもあんな程度で満足できるお腹じゃないよね。いつもとあんまりにも勝手が違う状況なんだし、明日、お腹がすいて力が出ないってことになったら問題だよ。他のみんなには悪いかもだけどさ、あくまで名目は『体形維持』なんだし……モチベーションを維持するには、許容しておいた方が良いと思うんだけど」
「でも、そこで例外を作るとなぁ……他の子たちに不公平感を植え付けたくないんだよ」
「だから、そこを黙っててもらえれば誰も気づかなくって不公平も感じづらいでしょ? みんなは体重維持できる、こっちはフラストレーションが解消できる。誰も損はしない。プロデューサーが黙っててくれるだけでいいんだよ。ね?」
「『ね?』って」
「ね?」
他に言いようも無いし。もうこうなったらごりっごりにゴリ押しするよボクは。
「……取引しよう。今黙っててくれればこの鯛茶漬けも付ける」
「ううっ!?」
「オマケに今ならウインナーも焼こう。タコさんの形のヤツ」
「ぐうっ……!」
「なんならおにぎり作ったっていいんだよ……?」
「……オーケー。分かった。俺は何も言わない」
おにぎりと卵焼きとウインナー。深夜に急に起こされて、すきっ腹なところにこの組み合わせを提示されて動じない人がいるとは思えない。というかボクの知ってる人に関してはだいたいそんなんだ。先生とか、おじじのとこの乗組員とか。ふふふ、人間は胃袋を掴んだ者勝ちよ。
「くくく、プロデューサーも話が分かるようでありがたいよ」
「悪そうな顔してるなぁ」
「一応悪いことしてるようなもんだしね」
まあ正確には(体に)悪いことだけど。
体に悪い食材があるんじゃなくて体に悪い食生活があるんだ、という話があるが、はっきり言って今回のこれは紛れもなくそれだろう。炭水化物! タンパク質! 健康的な生活は死ぬ。……ボクの体形にはむしろこのくらいしないとダメな気がするのだけれども。
「ちなみにおにぎりの中身何が好きなの?」
「たらこ」
「明太子じゃないんだ……」
「辛子明太子そんなに好きじゃないんだ」
「ふぅん……まあ、ボクも辛いのはちょっと苦手かもだけど」
気持ちは分からなくもないけれど。ボクも正直辛いのってそんなに好きじゃないし。
でも別に食べられないわけじゃないんだよね。ちょっと苦手なだけで。カレーくらいのほどよいものならいいんだけど、度が過ぎると痛みにしか感じないし。
「あれ? そういえば前に好き嫌いは無いみたいな話を……」
「あー、うん。食べられる範疇のものだと、しいて言えば辛いものがちょっと苦手ってだけ」
食べられないわけじゃないし、料理として提供されれば実際食べる。ただちょっとボクには合わないかな、とはなるけれど。
逆に、甘いものはかなりの高頻度で食べている。主にアイスだけど。比較的辛いものが苦手というのは、だからこそなのかもしれない。
「それにしても、白河さんがあんな凛々しい声出せたなんてな。思わず騙されたよ」
「そう?」
「普段、その口調なのにウィスパーボイスって感じで……なのに、あの何かの少佐だか大佐だかみたいな声聞かされちゃ流石に別人だ! って思うさ」
「……まあ、そのために声色変えたわけだし」
騙された、と言うならむしろ計画通りだ。どうやら思ったよりも上手く行ったらしい。映画を観て学んだ甲斐があったようだ。
「さて――それじゃ、夜食にしよう、プロデューサー」
「そうだね……何で今ちょっとカッコいい風に言ったんだい?」
「……演技力強化?」
――ひとえに、ただのノリである。
まあその辺はそもそも、特殊部隊的なノリでこの作戦を決行しちゃってる時点で、という話でもあるが。
この日の夜食は、ちょっぴりにぎやかだった。
@ ――― @
「遅かったじゃないか……」
「うわあああああああああっ!?」
「おいうるさいぞ近所迷惑だ」
そして、夜食を終えて戻ってきたその時、ボクは自室の椅子に悠然とした様子で腰かけている晶葉と鉢合わせるのだった。
ナンデ!? 晶葉ナンデ!? 確かに寝てたはずでは!?
何なのだこれは!? どうすればよいのだ!?
「くくく迂闊な……いけないじゃあないか氷菓! 寝ていたやつが起きてきちゃあ!」
「こっちの台詞だよ」
なんかいつもより三割増しでノリがひどくない?
深夜テンション?
「い、いつの間に起きて……」
「キミが出ていってすぐに――」
くっ、そんなところからバレてたというのか!?
「志希から電話があってたたき起こされた」
「起きてはなかったんだ……」
「当たり前だろう、こんな時間だぞ?」
「クラリスさんが起きたせい?」
「うむ、そう言っていたな」
クラリスさん(寝起きに弱い)はさぁ……もうちょっと周りに気を配ってから出てきてくれないかなぁ……。
……いや、もう今更言ってもしょうがないってことは分かってるんだけどね。
「で、何をしていたんだ? ん?」
「食べても太らない系の人たちとお夜食」
「ふらやましいことを」
「って言われてもな」
たとえここで誘ったとして、果たして晶葉はちゃんと食べられるのか。
そもそも体重を増やさずにいられるのか、甚だ疑問である。
「ま、こうなると私が何を言いたいか分かるな……黙っていてほしければ……」
「エロ同人みたいに……」
「するわけないだろう。だが――フフフ、キミにはこれを手伝ってもらうぞ!」
と、啖呵を切って机の上に放り出したのは、ほんの15cmほどの人形――いや。
「……プラモかよ」
「然り、さっき作ったヅダだ」
「欠陥機じゃん」
「けっ……!? いや待て! ヅダは欠陥機などではない! そもそも当時ザクよりも高い性能を出せていたし後のドムなどの傑作機の叩き台にもなったのだぞ、ヅダは決してゴーストファイターなどではなく――」
「全力出したら分解するのは欠陥機だよ、晶葉」
「の、後に出た技術で補強すれば」
「ヅダである必要性ある?」
「ぐむ」
どこぞの少佐が乗り移ってない? 大丈夫?
興奮のせいか顔が赤くなってる上に早口でちょっと怖い。
「でもカッコいいだろう?」
「そこは否定しないけど」
「そうだろう!?」
「ボク、普通にガンダムとかの方が……」
「にわかめ!!」
「いやにわかだよ」
暇な時に晶葉に見せられたり奈緒さんに見せられたりしたテレビシリーズ見ただけじゃそのくらいしか言いようが無いよ。いや、真面目な話。
「で、どうしたいのさ」
「これを専用カラーにしてだな、ここをこう……この図面通りに改造して」
「ふぅん……」
ミサイルやらを増やしてスラスターを増設、ごりっごりのドッグファイト専用機に改造、ねぇ。
晶葉だけじゃできない……ってわけでもないんだろうけど、まあ、ボクがやった方が楽だし正確か。
色合いは、衣装で使ってるみたいなオレンジと赤、等々……いや、これ、兵器の色……?
……まあいいか、どこかの彗星は赤いし。主役だって、あんなトリコロールカラーの兵器なんてあるわけないし。そんなもんだと思えばいい。
「はい、できた」
「おおっ!? ……おお、塗装がハゲない」
「いや一目散に剥ごうとするのはどうなの?」
「いやな、普通に塗装すると、こう、ブンドドする時に腕や何やを動かすと塗装が剥げるのだ。その点これは凄いな……剥げるどころか成形色から変わっているようだ。だというのに艶消しまで含めて完璧……」
「……もう寝ていい?」
「まあ待て。夜食を食べてすぐ寝ると消化に悪いぞ。もう少し付き合うといい」
「それ晶葉が語りたいだけじゃなくて?」
「それはその通りだがそれはそれとして」
今度はやけに珍妙な説得にかかるようになってきたな……。
まあ、思えばこれも晶葉にとっては好きなこと、好きなものではあるのだろうから、こうやって熱くなるのは理解できないではないんだけど……それにしたっていつも以上に熱が入ってるのは、やっぱり深夜テンションだからだろう。
「氷菓! IGLOOはいいぞ!」
「ごめん、ボクGガン派なんだ」
「……そ、そうか……」
園の子たちとアニメを見る時、専門チャンネルで特集組まれてた時に見てそれっきりだったかな。けど、その分強く頭に焼き付いてる。しかしこの話になるたびにみんな若干言葉に詰まるのはやめて欲しいところだ。
ちなみに奈緒さんは00が好きだという。菜々さんがXで比奈さんがビルドファイターズだっけ。たまに三人と話したりアニメ見たり見せられたりするけど、こういう話もしてた。
「ちなみに好きなのは……?」
「……シュピーゲル」
「……そ、そうか……」
だから言葉に詰まるのやめてくれないかな!!
好き好きってことでいいじゃん! ボクだって色々言ったんだからそこは正直に言ってもいいんだぞ!!
「まあいい、だがこれでかねてよりの計画も……ふふふ」
「計画?」
「うむ。この中身に様々な機構を搭載して自律機動や遠隔操作ができるようにしたいと思っているんだ」
「……それは他のロボットとは違うの?」
「そうだな、あれは私が動かし方などを分かっていればいいと思っているが、こちらに関しては『誰でも使える』ところを――つまるとこ、夢のプラモバトルの実現を目指していく方向だな!」
「そ、そう……頑張って」
内部に機械部品を使うってことは相当な値段になるよね、それ……。
その上バトルってことは壊れる可能性が高いってことでもあるし、採算取れるんだろうか? そもそも普及できるのか? 今でいうロボコンとかと同程度の知名度に留まるんじゃ……。
いや、よそう。ボクの勝手な予想で晶葉を混乱させたくない。
「というわけでだな、今から朝まで作ろうじゃないかと!」
「いや、寝ようよ」
「以前から作りたかったものが出来上がってるのを見ると興奮で眠れん」
「こんなにもボクと晶葉で意識の差があるとは思わなかった……!」
ボクの方はやること終わったしそろそろ眠たいんだけど!
というかそれ明日じゃダメなのか!?
……いや、多分晶葉は晶葉で眠いのを我慢しすぎてハイになってしまってるだけだ。実際のとこ、眠いのは間違いないはず。エアコンが効いてるから気温はそれなり程度だし……少し押せば多分大丈夫……うん、行けるはず。
「あんまり言うと布団に引きずり込むよ」
「ほう、できるならやってみるといい」
「じゃあお言葉に甘えて」
「むっ!?」
錬金術の応用で、晶葉をこちらに引き寄せて布団で包み込む。肌ざわりなんかもいい具合に調整して眠るのに最適なものに変えておいた。
「こ、この程度のことで……ま、負け……負け……」
「寝よ?」
「負け……け……スヤァ」
勝った! 深夜編・完ッ!!
「ふわ……」
……とかやって遊んでたら、ボクも眠くなってきた。
お手製のよく眠くなる毛布を使って引きずり込んだというのも原因だろうか。ああ、何にしても、お腹が満たされた上に毛布に包まれていたら、もうダメだ。睡魔に抵抗できそうにない。
「おやすみー……」
そのままボクは意識を手放した。
翌朝、ボクと晶葉が同じ布団の中から発見され、プロデューサーは志希さんの実験台となって静かに息を吹き返した。
@ ――― @
さて、そろそろ夏合宿も大詰めを迎えつつあるが、みんなのレッスンもまた同じように佳境に入りつつある。
当然、モチベーションはみんな変わらず高いまま。今回のサマーフェスのみならず、今後の活動に関してもまた、強いやる気を覗かせていた。
……が。
「……おかしいね」
「ねー」
問題、と言えるのかどうかは分からないけれど、ボクと志希さんには他のメンバーと比べてちょっとした差異が発生していた。
例えば、今後の活動計画。七海ちゃんと泉さん、マキノさんの三人が事前にレッスンを行っていたように、予めプロデューサーの中で「この組み合わせで行こう」と考えているようなメンバー同士は、既に色々と合同レッスンを始めている。他を言えば、例えば……さくらさんとみちるさん、こずえちゃんの三人とか。亜子さんと芳乃さんとしゅがはさんとか。他にも色々あるのだけれど――ボクたちに関しては、実のところそういった話があまり入ってきていないのだ。
ソロ活動を重点的に、という可能性はある。しかしそれだと元からの方針とまた食い違う……何か、ボクたちの与り知らないところで思惑があるのは間違いないと思うのだけれど。
「よく……分からない……ね……」
「うん……」
ボクたちに、今後のユニットの組み合わせについて聞きに来た聖ちゃんもこれには困惑顔だ。
何せ、多分その内何かあるだろうと思って何も聞かずにいたのに、他の人にはちゃんと報せていたわけだ。何かある――もしくは、何かあった、というのは間違いない。
「プロデューサーに……聞いてみる……?」
「まあ、いずれね。今日はいいよ」
「そだねー。でも、その内どーにかしてくれないと現状に飽きちゃうかも♪」
「それならそれでエリクシアの方で新しいことやる計画でも立てる?」
「にゃは。それいいかも♪」
まあ、なんとかなるとは思うけどね。多分。
プロデューサーだってお飾りってわけじゃない。むしろ自分から率先して動いてバリバリ仕事をこなす社畜の鑑だ。たまには休めと思うけど。
ともあれ、そんなわけだしこうしている裏で、死なない程度に何かは考えているはずではある。そう信じたいという側面もあるけれど。
「まあ、とにかく今日もなんとかやってこう。今日こそミス0回、とかできるといいけど」
「逆にフォローして完成度高める方向はどうかにゃー?」
「……も、もうちょっと、一般的な話をしてほしいな……って思うんだけど……」
「あたしたちには難しいねっ♪」
「一般的が……難しいって……何……?」
そんなものなのだ。特にボクらに関しては。
「聖ちゃんもこっちにおいで」
「おいでおいでー」
「む……むぅーりぃー……」
「乃々さんの持ちネタ取ってあげないでよ」
「大丈夫大丈夫やればできる聖ちゃんはできる子だから♪」
「うぅ……」
ほめちぎられて恥ずかしいのか、赤い顔をこちらに向けてくる聖ちゃん。しかし、ボクも志希さんと同じように笑顔を返すことしかしなかった。余計に顔が赤くなる。
それにしても、この夏合宿で志希さんもボクと晶葉以外に対してもかなり打ち解けられたな、と思う。
前も打ち解けてなかったわけじゃないんだけど、他の人と接しても決して天才性が損なわれるわけじゃないと主張したことで、更に、というか。
ボク以外にも、プロデューサーや晶葉も諦めずに一緒にいたという件も大きいだろう。だからこそ、他のメンバーともすんなりと距離を詰められるようになったのだと思う。
それに加えて、志希さんの元々の眼力の鋭さも良かった。みんなの良い部分を見て「この子はこういう長所があるんだな、才能があるんだな」と認識できるようになったことで、打ち解けるための下地を自ら作り上げることができるようになった。これができるだけでだいぶ違う。自ら離れていく頻度が少なくなるのだから。
それでも飽き性には変わりないので状況に変化を作らないといけないのは変わらないんだけど。
「と・こ・ろ・で~♪ ひょーかちゃんは何か言うこと無いかなあ~?」
「……次は誘うよ」
「オッケー♪」
それはそれとして。
例の件について事前に志希さんには何の説明もしていなかったのは確かなわけで、バレてしまった以上はこの夏合宿の間志希さんも例の計画に加える必要が出てきたわけだ。
昨晩のうちにプロデューサーと晶葉と志希さんにバレてしまったことを鑑みるに、今後もバレない保証はないというか……いっそ志希さんが自ら明かしに行く可能性すら浮上してきたのが現状である。
しかしそう簡単に他の人もこの話を知られるわけにはいかない。まだプロデューサーは男性だし志希さんは少々食べても別に問題無い(主に自家製お薬で)し、晶葉はもっと別のところに興味が向いているからいいとして、他のメンバーは夜食なんてことになったら普通に体形が変わってしまう危険性があるのだから。
何としてもこのまま隠し通しておかないと……!!
レッスンの合間の休憩時間、志希さんと話しながらボクは改めてそう決意した。
※ この後バレます。
注.