青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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36:どうありたいか

 

 

 合宿最終日。今日はいつになく、みんなの間に緊張感が生じていた。

 数日の共同生活と濃密なレッスンを経て、ボクたちは今回の全体曲に対する理解を深め、完成度を高めていった。

 

 ――のだけれど、やっぱり、17人という大人数のせいか、ここに至るまで通し練習の中で一切ミス無し、というようなことは一度も無かった。合宿でみっちり取り組んだだけはあって、完成度……見栄え、という意味では既に完成形に近いのだけれど、ただ、本番では環境も変わるので、どうしてもその完成度からはやや落ちる。

 ステージ衣装を着て通し練習をするような機会も少ないだろうし、フェスの規模もこれまで経験したことが無いくらいに盛大だ。どうしたってパフォーマンスの質に影響する部分は出てくるだろう。それはもう仕方ない。

 

 だからこそ、ここで一度完璧に仕上げておくのが大事になる。一度でも完璧にライブの流れを通してやれた、という事実はそのまま自信に繋がるし、ライブの時の緊張感も少しは緩和してくれる。

 今日は、実質そのためのラストチャンス。緊張感の一つも漂っていて当然と言えば当然なわけだ。

 

 そして、そんなラストチャンスの中でも、曲のラストサビ終わり、みんなのパフォーマンスが終わって実質的なセンターの五人がキメる、その瞬間。

 他のみんなは自分のダンスに集中し、しかし、意識が五人の方に向いている、そんな中。ニューウェーブとホーリーウィッシュの五人は、しっかりと、はっきりと――ミス無く、完璧にこの演目を()り遂げたのだった。

 

 

「やっ……」

「たぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 思わず、みんなの口から歓声が飛び出した。

 何度も何度も、それこそ何度もやってきて初めての完璧な成功だ。喜びもひとしおだろう。

 

 一方のボクは練習場の床で静かに息を引き取った。

 

 

「また氷菓が死んでいるわ」

「いつものことだな。転がしておけばいい」

 

 

 なんだか以前にもましてボクの扱いがぞんざいになってきたような気もする。

 でもいいんだ。事実、いつものことで騒がれてもそれはそれで困るし、ある意味これもみんなと今まで以上に打ち解けられた証なのだと思えば何ともない。

 でも急に構われなくなるとそれはそれでなんだか寂しい気もする。

 

 さて。ああ、しかし、それにしても――――。

 

 

「あ゛づい゛」

 

 

 夏の日中、お昼も近づく午前11時。いくら合宿所にクーラーがあるとは言っても、運動した直後はやはり暑い。この酷暑とすら言える気候の中では尚更だ。

 潰れ(たカエルのように倒れ)る! (汗が)溢れる! (水分が)流れ出る! 今日もボクは限界だ。

 

 

「おみずー……」

「ありがと、こずえちゃん……」

 

 

 持って来てくれた水をゆっくりと飲み下す。気温よりやや低い程度のぬるめの水だが、疲れ切った体にはちょうどいい。

 冷たすぎるのも人間の身体には悪いとも聞く。だからこのくらいでいいのだ、たぶん。

 でもアイスが恋しい。燃料が足りない。

 

 

「みんな、お疲れ! 差し入れにアイス買ってきうおおおおおおおっ!?」

「氷菓ちゃんが体操選手みたいな動きを!?」

 

 

 イヴさんとブリッツェンと芳乃さんがどこからともなく取り出した「10」の札を挙げた。

 どこから持って来たのだろう。いや今はそんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。

 

 

「そいつをこっちに渡せ……!!」

「白河さんはこっちね」

「やっグワーッ!?」

 

 

 ひょい、と、まるでビーチバレーのボールでも渡すかのように気軽にプロデューサーが渡してきたのは――大玉のスイカだった。

 か……勝てないッ! じゅ……重力に負けてしまうッ! MUUURYYYYYYYYYY!! 

 

 

「平気でしてー?」

「す……スイカは守り切っ……ガッ」

 

 

 果たしてボクは今日一日で何度息絶えることになるのだろう。流石にもうプロデューサーからの扱いもややぞんざいになりつつある中、ボクはそんなことを思った。

 閑話休題(まあそれはともかく)

 こんな大玉のスイカ、勿論だけどボク一人で食べきれるものじゃあない。みんなにスイカバーやメロンバーが手渡されていくのを恨めしく思いながら、全員に行き渡るようにスイカを切っていく。心持ちボクの分は大きめで。

 

 

「……できたよー」

「わーい」

 

 

 ややテンション下がり気味なボクと対照的に、みんなのテンションは上がり気味。釈然としない思いを抱えながらも、とりあえずみんなの分を配膳し終えた。

 

 

「じゃあ、いただきます」

「いただきまぁす!」

「……なあ白河さん、俺の分小さくない?」

「気のせいだよ」

「気のせいかぁ。ところで端っこだから可食部少なくない?」

「気のせいだよ」

「気のせいかぁ」

 

 

 真っ赤な嘘である。

 ボクからアイスを奪った罪は……重い。

 まあスイカ30gとかそんなもんだけど。

 

 制限してくれ、と言った手前渡せないことは理解できなくもないし道理だとも思う。だけどそれはそれとして折角の機会なのだから欲しかったというのが正直なところ。

 帰ったら浴びるほど食べてやる。

 

 

「ほら、氷菓ちゃん、笑顔! 笑顔だよぉ!」

「笑顔ね……」

 

 

 ニヤァ……。

 

 

「怖いよぉ!!」

「不機嫌になるといつでもこんな感じだな。まあ前の時よりマシだが」

「あの時は酷かったもんね~」

 

 

 生理の時の話か。確かにあの時は、我ながら結構ヒドい態度だったとは思う。

 

 

「まあ、氷菓がマジギレしたらどうなるかわからんというのが正直なところだが」

「そうかな?」

「いやそうだろう」

 

 

 まあ、確かに本気で怒ったってこともあんまり無い気はするけど……。

 

 

「あー、なんだか本人が気にしてるとこにスパッと切り込んで思いっきり傷つけたりしそ☆」

「それよりは、感情のまま泣いて暴れてそうね……前例としては」

「いや……私はもっとこう、冷たくなるというか容赦なくなるというか……そんな気がするが」

 

 

 口々にボクが本気でキレた時のことをあーでもないこーでもない、と妄想するみんな。

 いやホントやめて。特にマキノさん。前回の時のアレを引き合いに出されると色々と弱い。自分でも割と錯乱してたと思ってるのにこれは無い。うぎゅう。

 

 

「そもそも何をしたらそんなにキレるのさ、ボクは」

「目の前でアイスをボッシュート?」

「お、恩人を馬鹿にしちゃったりとか……」

「私が(きたね)ぇ花火になる」

「テロリストが孤児院を占拠とか、いかがでしょうか……」

 

 

 いやそりゃどれも怒るけど。

 後半は何だか明らかに世界観というか世界線というかその辺超越してきてない? 大丈夫?

 

 

「でもさぁ。怒ってるのが想像できないって言うならこずえちゃんとか志希さんとか、芳乃さんとかもそうじゃないかな」

「せやなー……あ、クラリスさんはええの?」

「クラリスさん?」

 

 

 ……クラリスさん(烈)?

 

 

「ぷるぷる。ぼくわるいあいどるじゃないよ」

「氷菓ちゃんが壊れた!」

「……お、怒ってたところを見たことがあるんでしょうか……」

 

 

 一年とちょっと前の話だ。その頃から東京に来ていたクラリスさん(18)は、ボランティアということで時折あおぞら園に訪れるようになっていた。

 一方その頃、小学校を卒業したボクは、卒業祝いということでおじじのところに行って食事ついでに無断外泊をしたりなんかしていた。先生たちは黙認していたが、目に余るということで叱りにきたのがクラリスさん(JK)である。それはもうこっぴどく叱られた。当たり前と言えば当たり前である。女子小学生が勝手に無断外泊なんて、心配されるどころの話じゃない。当時新人だったバカ姉などパニックに陥るほどだったのだ。むしろ叱らない理由の方が無い。

 そんなわけで今でもボクはクラリスさん(母性)に頭が上がらないのだった。

 

 

「でもやっぱりあの三人が怒るとこ想像できないよぉ」

 

 

 しゃくしゃくとスイカを齧るさくらさんの言葉に、この場のみんなが同意を示した。

 実際、そんなシーンがあるのかどうか。いや、多分この場合どう考えても無い方がいいんだけど……。

 ……うん、実際見たくないな、そういうシーン。たぶん、辛くなる。

 

 

「それにしても」

「何?」

「スイカバー食べたかったなぁ」

「そこは『スイカ美味しいなぁ』とかとちゃうんかい」

 

 

 それはそれ。

 これはこれ。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 さて。

 そんなこんなで、決して少なくない収穫を胸に合宿を終えて帰ってきたその翌日。ボクは暗闇に包まれた更衣室で目を覚ました。

 

 

「……にゅ……?」

 

 

 妙に体中がだるいし筋肉痛もひどい。こうなる前後の記憶もいまいち曖昧で、自分が何をしていたかを思い出せない。寝ボケてるだけ、なんだけど……。

 スマホを確認すると、時間は午後九時過ぎ。どう考えても寝すぎである。

 

 

「んぬ……」

 

 

 寝ぼけ眼を擦りながら、フラフラの足で電気を点けに向かう。途中、自分の荷物に躓いてコケた。泣きそう。

 なんだようなんだようと愚痴をこぼしながらもなんとか電気を点けると、さっきまで眠っていた長椅子の上に何やらメモが残されていることに気付く。

 

 ――――先に帰るね☆ さくら・泉・亜子

 

 ……あー、そうだ。思い出してきた。今日、いつものレッスンが終わったあと、ニューウェーブの三人に自主レッスンに付き合ってくれって言われたんだ。

 時間もあったし、別に断る理由も無かったからボクをトレーナー役として自主レッスンしていたのだけど、それが終わったら体力の限界でそのままぐっすり、ってところか……。

 最近、色々とノンストップだったからちょっと疲れが溜まってたのかもしれない。

 とりあえず、電話をかける。

 

 

『はいはい、もしもーし。お疲れ氷菓ちゃん』

「お疲れ亜子さん。何で起こしてくれなかったの」

『……え? 今まで寝てたん!?』

「寝てたん……」

『ホンマか工藤』

「ホンマや工藤」

 

 

 流石にこれは寝すぎだろう。自分でもびっくりだ。

 

 

『いやー、ごめんね。あんまりにも気持ちよさそうっていうかぐっすりだったから』

「うん」

『つい写真撮ってTwitterに上げたった』

「何してくれてんねん」

『いやPちゃんに許可は取ってるんよ?』

「そういう問題じゃないねん」

 

 

 思わずため息が出てしまう。が、もうやってしまったものはしょうがない。

 今は悪い反応(リプライ)がついてないことを祈るだけだ。

 

 

『今度何かおごるから、それで許して! ね?』

「ダッツ」

『うぐう……が、ガリガリ君とかにまからんかな……』

「いいけど」

『ホント!?』

「明日から亜子さんの食事から何の前触れも無くおかずが一品消失します」

『あはは何それ……いや冗談やろ?』

「そう思うならそうなんだろうね。亜子さんの中ではね」

『よっしゃオゴるでー!!』

「わーい」

 

 

 後になって考えてみると、このときの「わーい」はいまだかつてないレベルで感情が込められていない「わーい」だったと思う。

 むべなるかな。

 

 

『もう遅いし気を付けてなー。それじゃ』

「うん、おやすみ」

 

 

 通話を終え、Twitterを開く。と、亜子さんのアカウントにアクセスするまでもなく、タイムライン上に亜子さんのツイートとボクの写真が上がっていた。

 ……う、うおお。ものすごい勢いでリツイートされている……。前もこんなことあったぞ、そういえば……。確かにボクは自分の写真上げるってこと稀、というかほぼ無いに等しいけど、何でこんなに拡散されるんだ。オフショットってそんなに貴重なのか……?

 いいねなんてその倍されてるみたいだ。ああ、もう見なかったことにしよう。精神が削られる。

 どうせ拡散されるとしても今日中が限度だろう。明日か……遅くとも明後日にはみんな忘れてるはずだ。多分。

 変に反応するとそれはそれでまた更に燃料を注ぎ込む結果になるし、何も言わず何もせず、というのが一番だろう。

 

 ……わすれろ!!

 

 

「はぁー……」

 

 

 何にしても、時間も時間だしそろそろお腹もすいた。

 寮の食堂はもう無理だし、近所のコンビニでも行って何か買って帰るしかないかな……。

 

 荷物を持って更衣室を出ると、廊下も既にだいぶ暗い。こんな時間だ。よっぽど残業しないといけないという人以外はもう帰ってるだろうし、消灯くらいするだろう。

 しかし、こう……いつも明るい場所が暗いと、逆になんだかちょっとわくわくしてくる。

 非常灯に照らされた、雰囲気のある薄暗い廊下。幽霊の一つも出てきておかしくないようにも思える。小梅さんなら大喜び。さくらさん他うちのメンバーの大多数は怖がってしまうところだろう。

 幽霊。幽霊――ううん、実際の幽霊も見たしなぁ。フェリさんとか。怖いの怖くないの以前に、もし出会ったら「あ、どうも」くらいで終わっちゃいそうな感じすらある。

 そんなことを思いながら事務所を出る――と。

 

 

「……む?」

「あ、どうも」

 

 

 幽霊――ではない。美城専務だ。

 服装は、いつも通りのスーツ……なのだけど、上着は脱いでオフィス用のブラウスだけだ。最近は夜でも随分と暑い。額には多少汗がにじんでいた。

 

 

「ひょーかおねーさん、お疲れさまでごぜーます!」

「あれ。仁奈ちゃんも。お疲れ様」

 

 

 隣には、やや薄着の仁奈ちゃんが一緒にいた。

 仁奈ちゃんのご家庭はどうもやや複雑――というか、お仕事が非常に忙しいらしく、なかなか仁奈ちゃんと一緒にいられないのだという。

 そんなわけで、時折専務室にいるというのは、前に知った通り。今日は専務の帰宅に合わせて仁奈ちゃんも、という向きのようだ。

 

 

「君は……今から帰りか? 感心しないな、こんな時間に徒歩で帰ろうとするのは」

「すみません。寝過ごしてしまいまして……」

「おねぼーさんでごぜーます?」

「事務所の中でかね」

「フェスに向けて忙しくて。レッスン後にうたた寝をしていたら、この時間に……」

 

 

 流石に専務だけあって状況はよく分かっているのか、「そうか」とやや難しい顔をした後は専務さんも何も追求しなかった。

 こちらとしても、好きでやってる……まあ、好きでやってる、わけだし、そこを咎められるのはちょっと違うと思うけれど。

 専務さんはそのまま自身の腕時計に視線をやった。

 

 

「白河。これから時間はあるか?」

「え、はい。今から帰るだけでしたので……」

「そうか。では少し食事に付き合いたまえ。これから市原と行くところだったのだが……少し話したいこともある」

「どうでごぜーますか?」

 

 

 無邪気に問いかけてくる仁奈ちゃんに微笑みを返す。そういうことなら渡りに船だ。

 

 

「それじゃあ、お(とも)させていただきます」

「そうか。では、少し待ちたまえ。タクシーを呼んである」

「はい」

 

 

 そんなこんなで、数分ほどしてタクシーがやってきた。

 本当にちょうどいいタイミングだったらしい。専務さんの行くお店というのだから、期待してもいい……はずだ。そう思うと、俄然楽しみになってきた。

 

 その後、ボクたちが入ったのは、タクシーで少し走った場所……奥まった路地の先にある小料理屋だった。

 ごく小さな店舗だ。どうも予約専門店らしく、人の姿もまばらだった。

 

 

「何でも頼みなさい。代金はこちらで持つ」

「あ、はい。それじゃあ……ええと」

「仁奈は卵焼きでごぜーますよ!」

「じゃあ、ボクも同じもので……」

「……もう少し良いものを頼みなさい」

 

 

 と言われても、良いものというのがいまいち分からない。

 この場合の「良いもの」とは、やっぱり値段が高いものになるのだろうか? ボク個人としては、卵焼きや出汁巻き卵は好きな方だし、それ自体は決して他の何かに劣るものじゃないと思うのだけど……。

 

 

「じゃ、じゃあ……この、おでんを……」

「……私が注文しよう」

「……すみません」

 

 

 ダメだ。ボクには贅沢が分からない。

 例えば……なんだろう。サーティワンのキングサイズなんかを山ほど食べるとか……あ、家電を揃えるのもいいかも。あとは……ええと…………ソーシャルゲームのガチャを山ほど回す?

 けど、食事で贅沢かぁ……ウナギとか……のどぐろ、クエ、シロアマダイ、アワビ、イセエビ……う、ううん。魚介類ばっかり出てくる。七海ちゃんの影響だなこれは……。

 

 

「ひょーかおねーさんも仁奈と同じものでもいいんじゃねーですか?」

「いや……私は君にも言っているのだが……」

「?」

 

 

 確かに、メニューを見れば卵焼きは値段的には下から数えた方が良い部類ではあるけれど。

 それに、仁奈ちゃんはまだ9歳。ボクよりももっといいものを食べるべきではある。食べなければ食べないほどボクみたいに胃が小さくなっていくからね!

 いや、まだボクの年齢からでも遅くないはずではあるんだけども。

 

 しばらくして店員さんが持って来たのは、これまでに見たことも無いような豪華な――しかし華美というほどではない、見た目からしてなんとも上品な料理の数々だった。

 これがまた、非常に美味しい。天ぷらの衣はサクサク。一口噛めばふわっと、溶けるように旨味が口の中に広がっていく。生湯葉を使った出汁巻きは、食感の違いを楽しむだけでなく、出汁そのものの優しい旨味を堪能させてもらった。海鮮――主に鯛を石焼きにしたものは、素材本来の味を楽しめるからこそその下処理に手間をかけたというのが伝わってくる出来だ。調味料は最低限。しかし臭みは感じられず、淡白なはずの白身を主役としてきちんと引き立てている。有体に言って、美味しい。

 

 

「白河」

 

 

 そんな風に、仁奈ちゃんと一緒に料理に舌鼓を打っていると、不意に専務さんがこちらに語り掛けてきた。

 

 

「はい?」

「少し、今後の話をさせてもらいたい」

「あ、はい。箸を――」

「止めなくとも構わない。それよりも……君に頼みたい仕事がある」

「な、何でしょう」

 

 

 思わず、姿勢を正す。

 専務さんに言われるなんてよっぽどだ。こういう話、ボクからすると初めてだし。

 いや、普通他の人もそうそうないだろうけど……楓さんとか、クローネの人たちなんかはもしかするとあったりするんだろうか?

 何にしても、心構えをちゃんとしておくに越したことはないな、うん。

 

 

「白河氷菓、君をプロジェクトクローネに迎えたい」

 

「はあ。分かりました」

 

 

 ……間を置かずにそう返答すると、専務は目を丸くした。

 

 

「……あ、あの。専務さん……?」

「い……いや。すまない。こう、簡単に話が進むと思わず……」

「……そう、ですか?」

「君は、この話に対して何も思わないのか?」

「いえ……あ、でもスターライトプロジェクトでの仕事は継続させていただいても構いませんか?」

「無論だ。それを踏まえて言っている。このサマーフェスが終われば、スターライトプロジェクトは次の段階へと移るだろう」

「はい、ユニットの組み換えやソロ活動の本格化が予定されてると……」

「そういうことだ。君は――いや、正確には君ともう一人、一ノ瀬志希の二人が、他のメンバーに先駆けて外部のプロジェクトに関わっていくこととなっている」

「あ……もしかして、今後の予定が白紙だったのって」

「そういうことだ」

 

 

 もっとも、断られるなら対案もあったが、と専務さんは一つこぼした。

 しかし、なるほど。ボクと志希さんの予定が無かったのって、そういうことだったのか。杞憂に終わって良かった……。

 今この段階で使いにくいとか他の子に絡ませづらいとか思われたら、それはそれで問題だし。個人的にもだいぶショックだっただろう。そうじゃなくって良かった。本当に良かった。

 

 

「あ、そうだ。スターライトプロジェクト内でのユニットの組み換えについては、どうなりますか?」

「問題無い。今のところこちらの話を優先しているだけでいずれは必ずやる、と根津から聞いている」

「分かりました。問題ありません」

「大きく負担が増えることが予想されるが」

「今後、もし……その、もうちょっとランクが上がったら、もっと忙しくなると思いますので……その予行と思えば、そこまで負担ではない、と思います」

 

 

 それに、ボクも志希さんも物覚えは良い方だ。問題が無いわけではないが、それでもかかる負担は最小限に抑えられるだろう。

 現段階でそれができる人材として選出してもらったのは光栄だが、その評価に恥じないようなパフォーマンスを魅せる必要はあるから……少しだけ、プレッシャーはプレッシャーかも。

 

 

「ひょーかおねーさん、困ったら仁奈に言うでごぜーますよ?」

「うん、その時はよろしくね」

「まかせやがれでごぜーますよ!」

 

 

 けれど、心強い小さな先輩もいることだし、そこまでプレッシャーに思うことも無いかもしれない。

 仁奈ちゃんは頼もしいなぁ。

 

 

「……シンデレラプロジェクトが前身ということもあって、もう少し波乱でもあるかと思ったがな」

「それを防ぐために、ああいう組織体制にしたのでは?」

「その通りだ。が……多少の反発はあると思ったのだが」

 

 

 今までの仕事ができなくなるわけじゃない。これまで通りやりたいことはやれるだろうし、クローネとスターライトプロジェクトじゃ、担当のプロデューサーが違う以上、仕事の方向性も違う。大規模なパイの奪い合いになるってわけでもないなら、そこで反発しても仕方ない。自分で言うのもなんだけど、一応、(体力を除き)それができるだけの能力は持っているつもりだし……。

 

 

「この話は後日、正式に発表するつもりだ。ユニットとしては……橘や、アナスタシアとのものを考えている。ソロでの活動も視野に入れているが」

「志希さんは、どうなりますか?」

「そちらについては宮本とのユニット、そして……五人ユニットを考えている。後者については一ノ瀬以外にもう一人、都合が付けばという話になるがね……」

「……志希さん、捕まりますか?」

「いいや。君から伝えておいてはくれないか?」

「分かりました」

 

 

 ……まあ、志希さんを捕まえるって容易なことじゃないし、捕まえられずに通達できてないってことでも仕方ないといえば仕方ない。きわめて気まぐれな猫のようなものだ。追えば遠ざかり、距離を取れば近づいてくる。同じく猫評価を受けたボクは少し分かる。行動パターンも多少は分かる。多分、専務さんが捜すよりかは効率は良いだろう。

 

 

「……ともかくそういった話だ。前向きに考えておいてくれたまえ」

「はい。楽しみにしています」

 

 

 なんだか専務さんがやや複雑な表情をしているのは、ボクは物わかりの良いことを言っているからだろうか。

 まあ、他の人なら多少渋ったりしてもおかしくはないけれども……元から計画されてたことだし、ボク個人は別段問題らしい問題を感じない。

 多分、「前身がシンデレラプロジェクトである」ということを誰よりも強く意識しているのは、専務さんなんだろう。どうも、昨年は随分と波乱万丈だったようだし……仕方ないとは思うんだけどね。

 

 

「――頑張りますね」

「……う、む。頑張る、か」

「?」

「いや……その言葉を口にして、後に引けなくなり、やがて己の道を見失ってしまった灰かぶりを一人、知っている」

「……?」

「最後には、魔法使いに頼ることなく自らガラスの靴を勝ち取って前に進んだけれど――フッ、拘っているのは私の方か」

 

 

 よく分からないけど、要するに「あまり気負わないように」って話かな。そういうことなら大丈夫、のはずだ。多分。

 

 

「せんむさんはよくわからないことをたまにいいやがるですよ……」

「すまないな。将来、何になりたいかを明確にしていないといけないぞ、という意味だ」

 

 

 ……しかし専務さんは仁奈ちゃんに甘いな。

 これがかつてアイドル事業部の活動計画を全て白紙に追いやり、独裁政治を進めようとした鋼鉄の女と同一人物なのだろうか。こうして見る分には、剛柔併せ持つ敏腕経営者のようにしか見えないんだけど……人は成長する、ってことなのかなぁ。

 それとも単に仁奈ちゃんみたいな境遇の子に対してはこうってだけで、普段はもっと前と変わりないのだろうか。ちょっぴり気になるところだ

 

 

「白河、君もそうだ」

「将来どうなりたいか、ですか?」

「目先のことだけではない。夢を掲げるだけでは不足だ。叶えたその先を見据えなければ、やがて張り詰めたものが切れた時に動けなくなってしまうだろう」

「そういうことなら、多分、ボクは大丈夫だと思います」

「そうだろうか?」

 

 

 鋭い視線を向けつつも、やや心配そうな様子の専務さん。ボクがこのプロダクションに所属することになった経緯が経緯だけに、そういう心配を抱くのもやむを得ないことだろう。

 けれども、今のボクには一つ、夢――というか、目標がある。楓さんみたいなアイドルになりたいな、という漠然としたもの以外にももう一つ、「自由である姿を見せる」ことだ。

 

 世の中には、ボクみたいに自由を失っている人たちがいるはずだ。流石にボクと全く同じ境遇の人はいないだろうけど。そんな人たちに「自由でいいんだよ」と示し続けること。それが今のボクの目標だ。

 今のボクの、ちょっと自由さの足りない考え方や思考じゃあそれは難しいけれど、いつかはそうなれるといいなと思っている。そうなれたとしたら、次はそれを「示し続ける」ことだ。一人や二人だけじゃない。十人や百人でも足りない。もっともっと……示し続けていく。それが自由を求める人たちの標になるまで。

 

 

「……いや、そう信じることにしよう」

「ありがとうございます」

 

 

 微笑みを返すと、専務さんは安心したように箸の動きを早めた。

 

 ……今日のこの小料理屋での話は、思ったよりもずっと有意義なものになったように思う。

 

 それにあの料理だ。フフフ――――やっぱり、高級店というのは技術が違う! 技法が違う! そうなるに至った経緯も何もかもが違う!

 解析にはかけ終わった。あとはいかにしてこれを模倣するか、できるかという話だ。

 いいや、できるかどうかじゃなく、ボクならやれる。これで料理のレパートリーは更に増えた。

 ……そういう意味でも、この小料理屋に連れてきてもらえたことは、いい収穫になったと感じた。

 

 ――余談だが、魚を食べて帰ったせいか、即座に七海ちゃんに良い店に行ってきたことを看破された。

 

 におい、したんだろうか。

 ……マジで?

 

 






 高級店の味をご家庭で!(模倣)
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