青空よりアイドルへ   作:桐型枠

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37:一番星の下で

 

 

 望むと望まざるに関わらず、時間は過ぎていく。

 一日、一日とレッスンは積み重ねられ、パフォーマンスの完成度も高まり……しかし、言い知れぬ不安を孕みながらも、夏フェスの日は着実に近づいていた。

 これじゃ足りない気がする。まだやらなきゃいけない気がする……そんな不安感のもと、いつものレッスンのみならず、積極的な自主レッスンも頻繁に行って、数日。

 

 ――――ようやく迎えた夏の「GOGO!! 346pro SUMMER FESTIVAL!」のその日、ボクは過呼吸で死にかけていた。

 

 

「誰かビニール袋持ってこーい」

「はーい……」

「うむありがとうこずえ……これどこにあった?」

「?」

「ぜひゅ、かひゅ……」

「コレ結構マジなやつ? あ、あきはちゃーん。ビニール袋使うの間違ってるらしいよ~」

「何!? 昔はこれでいいと聞いたのだがな……」

「なんで突然こんなことになったのでしょう……」

 

 

 理由は簡単だ。

 今はライブ開始数時間前。じゃあちょっと外の様子見てこようかな、と思って見に行くと、まだかなり時間があるというのに相当な……それこそ、ボクたちのライブではまだ見たこともないような人数が既に会場の外に見えたことが一つ。こちらは、前の臨時ライブの時に経験していたからまだなんとか踏みとどまった。

 問題は次だ。外の様子を見ていたボクだけど、そんなボクに一つ声がかかったのだ。「ファンの皆さんの様子を見ているの? 関心が強くて、感心ね」と。

 ――その瞬間に意識が一瞬オチかかった。ボクの背後にいたのは誰あろう高垣楓さん、その人だったのだから。

 褒められている。感心されている。関心を持たれている。その瞬間に意識はやや舞い上がりつつも、なんとか平静を装って接して見せた。

 

 帰ってきたら緊張の糸が切れてご覧の有様である。

 

 

「過呼吸……って今まであった?」

「んにゃー。だいぶレアケースかな?」

「緊張やろか?」

「ふむ……私が推察するに、そういった理由も無くはないが……確か今日は高垣楓が来ていたはずだ。外を見に行った時にちょうど高垣楓と出会って興奮して過呼吸。これだな」

 

 

 なぜ晶葉はそこまで正確に状況を推測できるのか。これが分からない。

 ボクは今一言も発していないし状況も一切説明していないはずなのだが。

 

 

「楓さんが出るのは知ってるけど……何かあったかなぁ?」

「いや。単に氷菓が高垣楓の大ファンなだけだ」

「大ファンなんだ……」

「大ファンれすね~。お部屋に行くとよくCDかけてたりしてるんれすよ」

 

 

 そう、そこは否定しないし、お給料が出てからはCDも買いあさっている。

 ところで楓さんの代表曲と言えば勿論「こいかぜ」だけど、ボク個人としては瑞樹さんと歌う「Nocturne」も好きだ。シンデレラプロジェクトとの合同で歌った「Nation Blue」もいい。ちなみに「Nocturne」はデュオ版とユニット版とでパターンが二つあるがボクはどちらかと言うとデュオの方が――――。

 

 

「……!! ……――――!」

「おいまた呼吸が乱れたぞどうした!?」

「ごめんなんでもない……」

「とりあえず、落ち着いて呼吸をしましょう。はい、ゆっくり吐いて、ゆっくり吸ってー……」

 

 

 クラリスさん(リーダー)の指示に従って息を吸ったり吐いたり。催眠……いや、そういう意図は無いだろうけれども。ともかく、落ち着く声と共にこんな風に呼びかけられると、どうしたって気持ちも徐々に鎮まってくる。しばらくそうしていれば、割とすぐに過呼吸は収まった。

 

 

「後々同じようなことが起きてしまえば、また同じようになってしまいますゆえー。どうぞ心を強く保っていただければー」

「う――うん、ごめんなさい。心配かけちゃって」

「言うても十分くらいで治ってるしこのくらいなら問題無いやろー。さくらも初めてのライブの時は――」

「わ、わぁ、わぁっ! やめてよぉ亜子ちゃぁん!」

「にひひ」

「だよねー。初日に吐いたこと考えると、全然ってカンジ♪」

「比較対象が底の底じゃないの……」

 

 

 そもそもあの時のことを今になって蒸し返すのもどうかと思うなボクは。

 今横から口出すことすらできないけど。

 

 ともあれ、ようやくボクの様子が落ち着いてきたことを確認したマキノさんは、みんなの前に出て軽く手を叩いた。

 

 

「氷菓も落ち着いてきたことだし、そろそろリハーサルでの気付きを確認しましょう。誰か意見は?」

「今回、前奏の……ええと……たららたららたらららん、という後の、歌の出かかりで入場することになっていますけど、少し早めないと冗長に見えそうです」

「……だよね。後々全体曲に指定されるから、本来五人でやるのが適正なはずなんだけど……十七人だとやっぱり長いかも」

上手(うえ)二人下手(した)二人で一気に四人ずつ出るのはどうでしょ~?」

「それだと逆にわちゃわちゃしそうですね……」

 

 

 ここにきて軌道修正というのも、それはそれでライブごとのアドリブっぽくてちょっと楽しいと思いはする。

 しかし、いざこうして見ると、ステージの幅や舞台袖の出入り口など、想定していたものと少し違う場所が割とある。これに関して言えば、見積もりがやや甘かったと見るべきか。

 この夏の酷暑の影響もあり、ステージの構成もやや変わった部分が見受けられる。必然的に、予算の割り振りも変化しているだろう。その影響で舞台そのものの形や構成が当初の――振付師さんが振り付けを考える前に予定していたものから多少変化しても、仕方ないと言えるかもしれない。

 

 しかし、そうなるとはてどうしたものか。そう思っていた時のことだった。

 

 

「お疲れ様でーす!」

「おっつかれー!」

「みんな、お疲れ様」

 

 

 不意に、控室の扉が開いた。そこから姿を見せるのは……ニュージェネレーションの三人だ。

 わ、と周りから声が上がる。凛さんとは時折撮影を一緒にするとはいえ、卯月さんと未央さんとはなかなか会う機会が無い。ボクとしても驚きだったが、予想外の珍客の登場にみんなも驚いた様子だった。

 

 

「御足労いただき申し訳ありません。本来ならこちらから出向くのが礼儀だったのですが……」

「あはは、いいよいいよ! それよりみんな、調子はどんな感じかな?」

「問題ないでぇす!」

「うん、絶好調……!」

「うふふ、それなら良かったです。今は……出ハケの確認ですか?」

「……なんか、思い出すね。去年、私たちもさ」

「そうだねー。美嘉姉が様子見に来てくれてね。あれ? そういえばその時も私ら出ハケの確認してたような……」

 

 

 シンデレラプロジェクト系列の夏フェスは、出ハケ確認の時に先輩アイドルが訪ねてくるという慣例でもあるのだろうか。

 いや無いだろうけど。何か微妙に偶然と言い切れないものを感じなくもない。

 これで来年も同じようになってたら星晶獣の介在でも疑わないといけないだろうか……。

 

 

「まあ、いっか! それよりクラリスさん、確かプロジェクトのリーダーだったよね?」

「ええ、はい。そのように拝命しております。副リーダーとしてマキノさんを付けていただいておりますので、負担はそれほどでも……」

「そっかそっか、ならいいんだ」

「実は去年、プレッシャーとストレスで美波ちゃんが倒れちゃったことがあったんです。それでちょっと心配になっちゃって」

「ご配慮、痛み入ります」

 

 

 そっか、間近でそれを見たから余計に心配になったのか。

 ボクらとしてもクラリスさん(背負い込み癖有り)のことは心配だし、プロデューサーからも言われてそれぞれできる範囲で負担を減らせるようサポートもしてるけど……本人が自分の疲労やストレスに気付いてないこともあるし。やっぱりもしものことを思うと、こうやって外から指摘してくれるのは大事なことのはずだ。言ってくれなきゃ何も分からないじゃないかという至言もあると晶葉から聞いたし。

 

 

「今回、ニュージェネの皆さんは別ユニットで行くんですよね?」

「うんうん、ポジパとトラプリとピンクチェックでね!」

「ある意味、そっちで言うとみんなと同じかも、ですね」

「いや~……しぶりんは先に一発お披露目しちゃってるし私らだけじゃないかなしまむー?」

 

 

 トライアドプリムスの活動開始はかなり前、それこそ去年の夏フェスが終わって少し経ってからになる。ピンクチェックスクールとポジティブパッションは今年に入ってから――それも、「シンデレラの舞踏会」の後からだから、ここまで大きな舞台でのお披露目となると初めてなのだろうか。春のフェスだと全員で「シンデレラガールズ」としての登場になってたし。

 

 

「まあまあ、そんなワケだし! みんなもあんまり緊張しないで、ライブ、楽しんでいこーね!」

「「「はい!!」」」

「はい! 頑張りま ……あ、いつもの癖で」

「卯月……」

 

 

 えへへ、と恥ずかしそうにはにかむ卯月さん。未央さん、一応こっちに向かって呼びかけてたはずなんだけど……。

 まあ、これに関しては卯月さんの人柄というのかな。呼びかけられたら自分のことと思っちゃって、つい返事しちゃう、みたいな。

 分からないでもない。勢いでやっちゃうこともあるだろう。ボクも時々、自分に向かって何か言われてたわけじゃないのに、思わず返事して変な空気にしてしまう、みたいなことはやる。

 

 

「じゃあ卯月を見習って、みんな、頑張っていこう……!」

「「「はい!」」」

「凛ちゃーん!」

 

 

 こうして見ると、ああいうお互いがお互いに遠慮なし、みたいな関係、やっぱりイイなあ、と思う。

 シンデレラプロジェクトそのものとしても、ニュージェネレーションとしても色々と紆余曲折もあったと聞くし……そういう経験があったからこそ、気兼ねなく接することができるのだろう。

 ……それはそれとして、からかわれて顔真っ赤になってるの微笑ましいなあとも思う。

 

 ともかく、そんな心温まる激励をくれて、三人は自分たちの準備のために控室から出て行った。

 

 

「……開演まで……あと何分……?」

「……五時間」

「長いね……」

「……うん」

 

 

 さて。それはそれとして……待ち時間、長い。

 会場到着が八時半。リハが終わったのがさっき。開演が午後三時で……うん、あと五時間。更に言うならボクらの出番まではまた更に時間がある。聖ちゃんがちょっと不安そうにしているのも分かる。その間ずっと緊張を切らさないようにしておくというのも難しいだろうし。かと言って……。

 

 

「……ところで氷菓ちゃ」

「今日はちょっと見逃してほしいなって……」

「うむ、やめておいた方がいい。死ぬぞ。氷菓が」

「む~……」

 

 

 ……練習をするにも、多少問題が無いではない。

 そうしたいのはやまやまだけど、本番までの練習、ボクが全部付き合ってたら多分死ぬ。

 普段なら、まあ、うん、喜んで付き合う。最近は体力もそれなりについてきたし。けれどこういうタイミングでは割とマズい。

 リハーサルの時点で割と消耗してるのに、これで更にエリクシアの練習+全体練習+個人練習のコーチ役となると……ダメだ、床で倒れてる自分の姿しか想像できない。

 

 

「では、少し休憩してから全体練習をしましょうか。申し訳ないですが氷菓ちゃん、トレーナー役を」

「ん」

 

 

 ともあれ、先にやることはやっておかないと。

 後で体力が残ってたら……まあ、その時はその時で考えよう。今はどうしようもなく体力が足りない。

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 それから数時間ほどして。

 練習を終えたボクたちは、プロデューサーに呼ばれて全体挨拶のために舞台袖に集まっていた。

 右を見れば先輩方。左を見ても先輩方。そして視線の先には楓さん。どうしよう。緊張感が半端じゃない。

 

 当然とはいえ、楓さんを含めオープニングを飾ることになる人たちは、既に揃いのシンデレラをモチーフにしたものと思われる衣装を着用している。卯月さんや凛さん、未央さんたちも準備は完了。今のところ、後半からの出番となっているボクたちスターライトプロジェクトのメンバーに関しては、Tシャツ姿……と、ちょっと締まらないかな、と思わなくもない。

 

 

「みんな、揃ってますかー?」

「「「「「はい!」」」」」

 

 

 愛梨さんの問いかけにみんなが一斉に応えた。隣に立っていた茜さんの声で耳が痛い。

 

 

「それじゃあ今回も、円陣を組んで行きましょうか。楓さん、掛け声をお願いしますっ!」

「はい。皆さん、心の準備はよろしいですね?」

「「「「はい!」」」」

 

 

 楓さんに言われると、なおのこと精神的な準備が整ってくるような気がしてくる。

 実際のところ、ここまで来てしまえばあとは野となれ山となれ、だろう。何としてでも成功に導こう――そういう決意があるならば、既に心の準備は万全だ。

 

 

「それでは、今回のライブもだーいぶ(らーいぶ)厳しい暑さですが、負けずに頑張っていきましょう」

「「「はい……?」」」

「はい!!」

「「……!?」」

 

 

 ……? 何か間違ったかな? みんなの視線がこっちに集中している。

 今日も暑いし熱中症の危険もあるし、そう思うとこの挨拶も間違ってるものじゃ……。

 

 

「今の……駄洒落、よね?」

「え、ええ。そうですよ?」

「……え。駄洒落だったんですか……?」

「氷菓ちゃんも、もしかして天然……?」

 

 

 ……成程、駄洒落だったのか。

 流石楓さんだ。ボクなんかには及びもつかないほど巧妙な駄洒落だ。そうか、ライブとだいぶをかけたのか。成程。ふふっ。

 

 

「で、では改めて、皆さん、346プロサマーアイドルフェス、今回も盛り上げていきましょう!」

「「「「「おーっ!!」」」」」

 

 

 円陣の中央に、ぱっとみんなの手で形作られた花が開く。

 さて――先輩の皆さんの活躍に花を添えられるよう、ボクらも頑張っていかないと。

 

 それから数分ほどして、控室に戻るとモニタに会場の様子が映し出されていた。オープニングの「お願い!シンデレラ」を、楓さんや愛梨さん、瑞樹さんと言った面々が歌い上げている。

 見れば見るほど、そのステージパフォーマンスに引き込まれそうになるけれど……今はそうしているわけにいかない。部屋の扉がノックされた後、プロデューサーが大量のペットボトルを手に部屋に入ってくる。

 

 

「みんな、喉の渇きを感じる前に水分補給するようにな。自分では気づかなくっても熱中症になってる可能性があるから」

「「「「はーい」」」」

「これ、一ノ瀬さんが作ってくれたらしい水分補給用のドリンクなんだが――――」

「ごめんプロデューサー! ちょっと今お腹痛くって!」

「実は持病の癪が」

「ひ、人から貰った飲み物は手を付けないようおじいちゃんから言われてたりそうではなかったり……」

「ひどくなーい?」

「普段の行いのせいだと思うよ……」

 

 

 毎度毎度プロデューサーで人体実験してること考えると、そりゃプロデューサーが持ってきた飲み物となると警戒くらいするよ。

 実際に怪しいものを飲ませた実績もあるし。

 

 

「ボクは貰うよ」

「……だ、大丈夫……なの……?」

「このタイミングじゃあ志希さんは流石にやらないよ」

 

 

 大丈夫大丈夫、と先にみんなにドリンクを飲んでいる姿を見せると、安心したようにみんなもプロデューサーから受け取り始めた。

 味は……何故ここまでこだわるのかというくらいには良い味をしている。美味しい部類のスポーツドリンクのような感じだ。ベースになったと思われる経口補水液をより飲みやすいように改良したというような感じだろうか。単にそれだけだとつまらないからと言って何か他に改良加えてるかもしれないけれど。

 

 

「志希、これってどういうものなの?」

「んー? 経口補水液とスポーツドリンクのいいとこ取りした感じ?」

「……どういうこと?」

「経口補水液って、塩分とか糖分が多く入ってるから普段からこまめに飲んだりしてしまうと生活習慣病になっちゃうとか言うでしょ? それを防ぐ処理をしてるんじゃないかな」

「ひょーかちゃん正解ー♪」

「へぇ……」

 

 

 気軽に言ってくれてるけど、簡単にオーバーテクノロジーでもって飲み物を作るのは正直いかがなものかと思う。

 ……まあいいか、志希さんだし。いつものことだろう。

 

 

「……なあ、一ノ瀬さん。これってもうちょっと増やしたり……は、難しいかな」

「んー? できないことはないよ?」

「流石にこの暑さだ。今ステージに出てるアイドルのみんなも、もしかしたら熱中症でダウンする可能性がある。お願いできないかな?」

「オッケー♪ じゃ、ひょーかちゃんと晶葉ちゃん借りるねー」

「む、私たちか?」

「いいけど……」

 

 

 ボクたちがいる必要あるかな? そうは思うけど、直々の指名だ。行かないわけにもいかないか。他のみんなのためでもあるし。

 そう思いながら志希さんに連れられて給湯室に行くと――誰もいないことを確認するや、ボクに向き直ってこう告げた。

 

 

錬金術(アレ)、見ーせて♪」

「えー……もしかしてそういう魂胆?」

「隠しておこうという話だろう?」

「だってあたしだけ見たこと無いの仲間外れみたいでつまんにゃーい」

 

 

 いや、別に仲間外れにしているつもりは無いし、そもそも可能な限り錬金術については表に出す気はないから仲間外れも何も……って感じではあるんだけど。

 でも、そういう理屈で断っても納得しはしないか……別に悪用するわけじゃないんだし、今回くらいはいいとしておこう。

 

 

「仕方ないなぁ」

「ありがとー♪ 組成とか教えた方がいい?」

「いいよ。さっき見て(わか)ったから」

 

 

 適当に蛇口をひねり、コップに水を注ぐ。直後、僅かな燐光が瞬いたと思えば、その組成が完全に変容していた。

 志希さんに手渡すと、興味深そうに上から下からその様子を観察している。組成その他は全く同じだと思うんだけど。

 

 

「へー、これだけで?」

「これだけで。何ならもうちょっとそれらしい動作つけた方がいい?」

「そこは私も少し思うな。拍子抜けというか、もっとこう……指パッチンしたり手を叩いてみたりとか……」

「その無駄なワンアクション要る?」

 

 

 そういう漫画があるのは分かってるよ。指パッチンしたり、陣を使ったり、あと手を重ねることで陣の代用にしたり。

 ……ボクの場合そういうのやる必要が無いから、どうしても絵面は地味になるけど、現実だもの。そんなものだ。

 開祖様は戦闘の折に指パッチンしたりしてるそうだけど、あれはあれで別枠。そもそも平時と戦闘中とで色々とまた違うしね。

 

 

「じゃあ晶葉ちゃんはー、これ、ウォーターサーバーみたくできる?」

「ほう、成程。全員が好きなほど飲めるようにしようという腹積もりか。ふふふ、いいだろう。では……」

「では?」

「材料が無いから氷菓、頼む」

「仕方ないなぁ」

 

 

 直接ボクが作ればいいだけじゃ……と思ったけど、考えてみるとボクが知ってるのって精々アロマオゾンとかそんな感じだ。それよりかは晶葉独自の技術で、材料だけ渡して最適なものを造ってもらった方がいいだろう。勿論、あんまり時間もかけてられないし、サポートくらいはするけど。

 そうして適当にその場で材料を作り出すと、晶葉は手早くその組み立てにかかった。

 

 

「……しかし、あれだな。君たちは例の問題、どうなったんだ? あの、ユニットの」

「ああ、あれ」

 

 

 不意に、思い出したよう晶葉がそんな問いかけを投げてきた。

 アレってこの前の……あの、専務さんの件だよね。まあ、言ったところで特に問題は無いけど……。

 

 

「ボクと志希さん、クローネに勧誘されてるみたい」

「そうなのか?」

「うん、専務さんから直接聞いた」

「クローネか……む、こちらのプロジェクトはどうなる?」

「別に辞める必要無いし並行でやるみたいだよ。少しの間はクローネの方で組むユニットの方に注力したいって話だったけど」

「えー? つまんないとヤダにゃー」

「大丈夫だよ多分。あっちも結構面白い人いるし……」

 

 

 奏さんとかかなり面白い人柄をしてると思う。塩見周子(しおみしゅうこ)さんも割と楽しいこと好きのようだし。

 一番予想ができないのは……宮本(みやもと)フレデリカさん、だろうか。良くも悪くも何をするか想像ができない。だからこそ、退屈するってことは無い、はず。

 

 

「……少し寂しくなるな」

「別に今生の別れってわけでもあるまいし」

「春に会ってからずっとユニットで一緒だったんだ。別のプロジェクトとの並行となればこれまで通りにはいかなくなる。それに、私一人だけ置いて行かれたようで、その、何だ……少し、辛くなる」

 

 

 顔を俯けたまま、晶葉はそう呟いた。

 ……確かにそうか。晶葉の言う通り、これまで通りそのままやる、ってことはできなくなるだろう。エリクシアとしての活動の頻度はちょっと減るだろうし……。

 と、そんな不安を顔に出した晶葉を見かねてか、あるいは単にいつものノリか。志希さんはボクと晶葉が並んで座っているその背後に立つと――がばりと、後ろからボクらの身体に抱き着いた。

 

 

「ぬわあ!? な、何をする!?」

「晶葉ちゃんは心配性だにゃー♪ このこの♪」

「え、ええい、頬をつつくな!」

「でも心配性だよね確かに。えいえい」

「氷菓までやるにゅぁ!」

「あたしもひょーかちゃんも、このくらいこなして前と同じくらいに三人でお仕事できるだけのキャパはあるからねー。晶葉ちゃんが心配するほど三人でいられる時間は減らないよーん♪」

「い、いや、三人でいられるとかそうは言ってないだろう!?」

「ほぼ同じニュアンスだったじゃん」

「やーめーろーほっぺた引っ張るなー!」

 

 

 えいえい。

 ……しかし触り心地良いな。前にボクも似たようなことやられたけど、ずっと突っついたり引っ張ったりし続けてた理由が分かるような気がする。

 

 でも実を言うと、ボクもその辺はちょっと不安ではあったりするんだよね。

 どうしてもしばらくはクローネの方に顔を出しておかないといけないから、スターライトプロジェクトの方の新しいユニットの候補からは漏れることになるし。他のみんなとの組み合わせもいずれやりたいし。しばらく離れるとそれはそれで外様感が出たりしちゃわないかなー、とか……。

 でも、大丈夫か。晶葉はどうも、それでも受け容れてくれるみたいだし。

 

 

「にへへー」

「やーめーろー」

 

 

 ……ところで志希さんはいつまでアレやるつもりだろう?

 

 

 

 @ ――― @

 

 

 

 そんなこんなと色々とあったけど、ようやくボクらの出番がやってきた。

 スターライトプロジェクトの出番は後半一杯。目いっぱいに時間を使う予定にはなっているのだが、今回の目玉は何よりも、「全ユニットの曲が新曲であること」だろう。

 

 一発目――ニューウェーブの三人。まだスターライトプロジェクト所属のアイドルのランクは他の先輩方に比べてやや落ちる。客席の盛り上がりはやや落ち着き気味ではあったのだけれど、新曲を投入したことで一気に盛り上がりが増したのを感じた。

 

 手ごたえがあることを確信しながら、続いてミラ・ケーティの出番だ。しゅがはさん、元々の気質のこともあって普段はそれどうなの? と思うような言動をしてしまうことはあるけれど、同時にかなりの盛り上げ上手でもある。肇さんがしっかりと手綱を取ることでその才能を充分に活かすことで、この出番で更なる盛り上がりが見られた。

 

 三組目、PurelyTale(ピュアリーテイル)。その外見とは裏腹に、力強く……それでいて極めて質の高いパフォーマンスに、会場が揺れた。

 末恐ろしい、とはああいうのを言うのだろうか。それは勿論こずえちゃんに限った話じゃない。聖ちゃんの歌、芳乃さんのダンス。ほんの三か月前に結成したばかりという事実を思わせないような貫禄に、思わず唸ってしまうお客さんもいるようだった。

 

 ――そして最高潮の中、ボクたちの出番が訪れる。

 コンディションは良好。会場の温まり方も最高。直前に楓さん含む先輩方に「頑張って」と声をかけてもらったことでむしろ緊張と興奮で吐きそうになったが、そこはそれ。ボクだって一応仮にもアイドルの端くれだ。気合で抑え切ってステージに出てしまえば――――いつもと変わらない。そこは、ボクたちのためのステージだ。

 頭は冴え渡り、冷や汗は引き、脳は必要な情報だけを抜き出して処理していく。何故あれほどまでに緊張していたのか分からないくらいだ。

 どれほど緊張していようとも、本番になれば即座に精神状態を平静に持っていく。今日までの経験のおかげで慣れることができた、ということだろうか。

 何にしても、ボクたちの出番を成功に導くことができたのは喜ばしいことだ。

 ……ところで、何故観客の皆さんは初披露の曲だというのに当然のようにコールを合わせてこられるのだろう。

 

 それからバトンタッチして、五組目。頼子さんとマキノさんの「ナイトシーカーズ」の演目に入った。

 ここまでの激しいテンションの急上昇から打って変わっての落ち着いたパフォーマンス。日が傾いて来たことと併せ、ややノスタルジックな雰囲気が満ちる。

 急なテンションの上下に観客もやや驚いた表情を見せるが……これもセットリストの予定通り。マキノさんの口元に興奮気味に笑みが浮かぶ。

 

 そして、六組目。スターライトプロジェクトのユニットとしては最後の出番となったのはホーリーウィッシュの二人。

 ここから再び、やや観客を盛り上げていく。これも同じく、セットリストの予定通り。本当の意味での本番は――この後の、全員での出番。

 ……しかしクラリスさん(持ち歌:聖歌)、ポップなアイドルソングはちょっと苦手と言っていた割に、ちゃんとノリノリで歌い上げてたな。そっちはイヴさんの方が得意だから、むしろリードされてたおかげという解釈できるか。

 そのことがダメとは言わないし可愛いからむしろもっとやれと思うけど、ちょっとあざとすぎない? と思わなくもない。

 

 

 さて――何はともあれ、本番の本番。

 ボクたち全員での、パフォーマンスの時間がやってきた。

 

 

「――――さて、ようやくこの時がやって参りましたね」

 

 

 クラリスさんとイヴさんが次の衣装に着替えて戻ってきた舞台袖。ボクたちは全員、揃いの衣装で二人が戻ってくるのを待ち受けていた。

 玉のような汗が浮き、興奮にやや上気した肌で、皆の顔を見回してクラリスさんが告げる。いや、まあ――興奮しているという意味では、みんな変わりないか。

 この舞台で、今日までのレッスンの成果を全部出し切る。その気概だけは誰一人として変わらないのだから。

 

 

「勿論、待ちかねたとも」

「一番の晴れ舞台だものね。ふふ――でも、これからもきっとまた、これ以上のものがあるでしょうけれど」

「ですが、初めての経験というものは何事も一期一会でしてー」

 

 

 うん。ボクたち十七人全員での、初めての晴れ舞台というのは、今回だけだ。

 だからこそ――――。

 

 

「だからこそ、今持てる力を全部出していかないと、ね」

「観客の皆さんに最高のライブっていうプレゼントを届けないと、ですね~♪」

「うん……歌でも……ダンスでも……」

「笑顔で魅せていかないと、ですね」

 

 

 笑顔で、楽しく。それはこのプロジェクトの根幹にあるものだ。

 

 

「プロデューサーも言ってたしね☆」

「ええ……このライブも、そうです。今までもずっとそうでした」

「観客も巻き込んで、最っ高に楽しむ! やろ?」

「まほうみたいにーきらきらー……ねー……?」

「勿論だよぉ! みんなが楽しんでライブしてる姿を見せれば……」

「観客のみなさんも楽しい、れすよね!」

 

 

 最初のライブ、それこそボクたちはみんな、楽しむことを一番に優先していた。

 そのスタンスは今だって変わらない。あの頃は、どうすれば楽しいのかも、どうするのが楽しいということかも――自分の中で納得のいく答えは一つも出せてなかったけど。

 

 でも、今は違う。

 長い人生から見ればほんの短い間だったけれど、その中でボクたちは自分たちにできることを積み重ねていった。お互いの仲も深め、ライブパフォーマンスも少しずつ進化させていった。自分だけじゃなく、お客さんも一体になって楽しめるよう努力を重ねた。

 ボク自身もまた、自分の人生における一つの目標を打ち立てて、何より渇望していたものを見出すことができた。

 今ここで、何を不安に思うことがあるだろう。自分も、お客さんも、みんなで楽しむ。楽しませることができる。今は、その自信がある。

 

 

「うん。自由に――」

「好きなことをして、ね♪」

「パンみたいに見てる人を幸せに!」

「それはよく分からん」

「ガーンですね……出鼻をくじかれました……」

 

 

 みちるさんそれ前もやってたけど気に入ったの?

 

 

「ふふ……皆さん、心の準備は、もうよろしいようですね」

「「「「「もちろん!!」」」」」

 

 

 気を取り直して、円陣を組んだその中央に、クラリスさんが足を一歩踏み出す。それに合わせて、みんなも一緒に右足を踏み出した。

 

 

「それでは僭越ながら、リーダーとして音頭を取らせていただきます。スターライトプロジェクト、ファイトーっ!」

 

「「「「「おーっ!!」」」」」

 

 

 その号令に合わせて、上手と下手に別れて出番を待つ。その中で、ふと見上げた空に星が浮かんでいるのが見えて、思わずくすりと笑みがこぼれた。

 そういえばもうそんな時間なのか。演目に夢中だったし、何よりもう夏だから流石に見えないかなーと思ってたけど、六時過ぎだとかそんな時間でも見えるらしい。

 一番星だろうか。でも確か一番星って宵の明星――つまり金星が反射で星に、つまり恒星に見えるもの、らしいんだけど……まあ、余計なことはいいか。

 綺麗なものは綺麗だし、盛り上がるものは盛り上がる。歌っている中で、きっとあの一番星だけじゃない、もっと多くの星がここから見えるようになるはずだ。

 これもある意味、星の光(スターライト)プロジェクトにとっては相応しい光景だろう。

 

 ……なーんて、何でこんな変なタイミングで、らしくもないちょっとロマンチックなこと考えてるんだろうね、ボクは。

 

 

「――――行こう」

 

 

 前奏が流れ出すその中で、小さく呟いた言葉が歓声の中に消えていく。普段のライブなら、果たしてこんなことがあっただろうか?

 これも、これだけの大舞台だからこそのものだろう。その感覚をなんとなくむず痒く、同時に嬉しく思いながら、ボクたちはステージに向かって一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 プロジェクトの名前としてスターライトステージをモチーフに扱っておりますので、今回のライブにおける全体曲は「BEYOND THE STARLIGHT」を個人的には考えておりますが、原曲のオリジナルメンバーを尊重したいという方も多いかと思われますので、あえて作中では名前を出しておりません。
 オリジナルでも既存曲でも好きなものでお考え下さい。
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