夜の蒼が広がりゆく空の下、ボクは事務所の屋上でその色彩の移り変わりを楽しんでいた。
時刻は午後七時前。夏休み故にレッスンも早めに終えてしまった時間帯である。
近年、「蒼」と言うと空の色、つまり水色に近い色をイメージする人が多いみたいだが、本来はどちらかと言うと暗めの青色に近いと聞く。例えば、夕焼けが沈み切った後の空の色……のようだと言えば、それが近いのだろうか。
ただ、個人的には言葉の響きと字面、それから……創作分野なんかでの使われ方もあって蒼=空の色という風に思われても仕方ないとは思う。
まあどちらにしても、ボク個人はどちらを示す言葉としても「蒼」という色は好きな方だ。空色が一番好きだけど。
しかし元々の意味を思えば蒼という色は草木の色という話もあるわけで、実際「蒼色」と調べてみると青緑色に近いんだよね……何でアレを空の色として表現するようになったのだろう。深い青色って意味もあるから? ――なんて、空を見上げていると、そんなとりとめのない思考が浮かぶ。
さて、それはともかくとして、ボクのレッスンは今のところ順調だ。
……順調、というか、正確なことを言えば単に今クローネに編入するのどうのという手続きやら準備のために、ちょっと宙ぶらりんになっててレッスンしようにも何をするか、ってなってるだけだけど。そんなわけで、最近は体力増強のためのトレーニングを慶さんと一緒にやることが多くなっていた。
そのうち何か、とプロデューサーは言うけれど、さて、それもいつになるのかな――――。
「おーい白河さーん」
早ぇよプロデューサー。
ボク今「さて、それもいつになるのかな――」なんつってたそがれてたじゃん。もっとこう……あるだろう、タイミングとかが!
「……はいはーい」
「うおっ!?」
……と言いたいところではあったけど、だからって呼ばれているのに姿を見せないのもよろしくない。
ボクはさっきまで寝転んでいた階段室の天井部分から飛び降り……はせず、普通に降りてプロデューサーの前に姿を見せた。
「な、なんでこんな場所へ登って……」
「ボーッとしてた」
「ボーッと……?」
「空見てた」
「……怪我とか、しないようにな……」
おいなんだプロデューサーその可哀想な子を見るような眼は。
いや確かに客観的に見るとこの辺の発言はおかしいからちょっと可哀想な子認定されてもおかしくないけど、そういう目でボクを見るんじゃない! やめろ!
あと怪我くらいしても二秒で治るよ!
内心でそう憤慨するボクへ、プロデューサーは幾枚かの紙を手渡してきた。
「……これは?」
「前に言ったろう? 『その内何か』って。新しい仕事……じゃなくって新曲だけどさ。どうだい?」
「ペース早いね。ちょっと前にお披露目したばかりでしょ?」
「それでも前の曲の印象に負けることなく歌い上げてくれるって見込んでるからこそだよ。それに、なんと驚け! ソロ曲だぞ!」
「そうなんだ。ありがとう」
「軽ゥい」
「ボクが無邪気に喜んで見せてもそれ、キャラが違うでしょ」
そう言って軽く――悪戯っぽく微笑んでみると、プロデューサーは何を思ったのか、思いつめたような表情でボクの手を取ってきた。
……え、何で……?
「……何やってんの……?」
「あ、ご、ごめん! なんだかあんまりにも『お前、消えるのか……?』みたいな笑顔だったもんでつい……」
「セクハラ」
「違うんだ!!」
言い分は完全にやらかしてしまった人のそれだった。
まあ、仕事に支障も出るしそういうつもりはつゆほども無いんだろうから気にしやしないけど。そもそもプロデューサーは仕事にそういう気持ちを持ち込むようなタチでもないだろう。
「ま、期待に応えられるようには頑張るよ。ところで志希さんの分は?」
「もう渡したよ」
ボクにソロ曲を渡すんなら、ほぼ同じ状態に立たされている志希さんも同じようにソロ曲を……と思ったけど、どうやら抜かりは無かったようだ。ほっと胸をなでおろすと同時に、こういう状況だとそもそも志希さんって失踪してるよな……と思い出す。
よくよく思えばその状態の志希さんを、構造解析も何もできないはずの状態で見つけ出すって割と驚異的な出来事なわけで。相変わらずプロデューサーは地味にどこかしらおかしい。
「サンプルって今聞いてもいい?」
「ああ、勿論。良ければ曲に対する感想とか聞かせてくれるとありがたい」
イヤホンを受け取って曲を聞くと、綺麗なピアノの音を伴う爽やかな曲調が耳を打った。次いで、やや切なげな旋律。さて、どういった曲かなと思い資料を開いて歌詞を見れば――――ごりっごりのラブソングであった。
思わず、頭を抱えかける。
「ど、どうしたんだ!?」
「ラブソングって……」
「? 今まで歌った曲でも恋愛的な要素が入ってる曲はいくらでもあったろう?」
「そりゃそうかもしれないけど」
アイドルソングの多くはやっぱり恋とか愛とかを歌うものが多い。共感を生むためだったり憧れを生むためだったり……そこはまあ、色々商業的・芸術的な理由がある。
けれどもボクの場合重要なのは、そういう恋や愛に対する理解が欠けているというところだ。中身的な意味で。
男としても女としても恋とか愛とかしたこと無いし、家族的な目線で見れば……まあともかくだけれども。
ともかく、未だ恋愛に対して関心を向けられないボクにはちょっと難しい……というか気恥ずかしい――という点はまあ間違いない。
思わぬところで思わぬ弱点が露呈してしまった……いや元々その辺は分かってたけどさ。
「難しいってことかい?」
「ボクには少しね……曲名って決まってるの?」
「『Dearest Sky』って感じで予定してるけど」
曲名だけで全てを許してしまいそうだ。
「……まあ、何にしても、しっかり歌い切れるように努力はするよ。解釈次第でどうとでもできそうだしね」
「そうかい? じゃあ……無理はせずに頼むよ」
「大丈夫。試行錯誤とか、好きだから」
考えようによっては、これはそもそもそういう――試行錯誤して臨むべきもの、ということも言える。
水泳と同じことだ。普段他のことはすんなりできてしまうからこそ、こういった苦手だからこそ試行錯誤するという作業が好き、というか。今回のこれは、言ってみればボクにとっては特別に苦手な分野だ。だからこそ挑み甲斐がある……なんて。
できなかったことができるようになるのは、楽しい。だから今回もそのスタンスで臨んでいこうと思う。
「ちゃんと歌い上げて見せるよ。ラブソング」
……この件でまた晶葉にからかわれたり告白やラブレターが増えたりするんだろうなぁと思うとちょっと憂鬱だけど、それはそれ、これはこれだ。今回も楽しんで仕事に取り掛かるとしよう。できるだけ。
@ ――― @
場所を移して、寮の娯楽室。とりあえず、まずは恋愛を主題にした映画やドラマを鑑賞することから始めた。
何やかやと色々考えてはみたがそこはそれ、オタ文化大国の日本である。アニメやドラマ、ゲームや小説。恋とか愛とかを題材にした創作は、ちょっと探せばそれこそ腐るほどに見つかる。別の意味で腐る人もいるがそこはそれとして置いておく。
さて。ともあれボクはそもそもそういった経験は無い。前回の声の収録でそういう演技をしはしたが、それに関しては演技指導が優れていたおかげで、後で聞いてみればちゃんとデレているようにはなっていた。が、今回のこれはまた話が変わる。歌と演技は違うんだ。ある程度絵と音響効果で誤魔化せる声優のお仕事とは異なり、生歌を披露しないといけないときは本気で感情を乗せる必要がある。ラブソングだというなら尚更だ。お客さんに魅せるためには、やっぱり中途半端はいけない。
そんなわけで、自室じゃなくて娯楽室である。ここでなら他の人の意見を聞くこともできるだろうという算段だ。
……なんだけど。
「……キッツ」
――――困った。これ、思った十倍はキツい。
ちょっと理解できないというか、感情移入ができないというか。
そこは、うん。多分、ボク個人の問題だろう。感情を理解できない――と言うとなんだか人の心が無いみたいだな。ちょっと違う。感情と行動にどういった相関性があってどういう理屈で何故そうしているのか……そういうところが分からない。
描き方が悪いのか、ボクの感受性があまり発達していないのか。いずれにしても、女性というのは難しい存在だと思う。
何でこの主人公は特に何もしていないのにモテるんだろう。そして何故ほぼ付き合いかけの相手を放って、突然湧いて出た極めて失礼な尊大な態度の男になびきかけているんだろう。
何故急に病気に? えっ事故った? ……えっ何でこれで急にヨリを戻すことに? 何で急に子ど……あっえっ? ん? んん? んんんんんん?
「……キッツ……」
つい先ほどと同じ言葉が口を衝いて飛び出す。
どうやら、ボクにはこういうタイプの恋愛物語というのは合わないらしい。
場面は移り変わって夏の砂浜。またしても別の男と遊んでいる姿が見える。
きゃっきゃ。うふふ。つかまえてごらーん。あはは。うふふ。
ナメとんのかこやつら。
「このカップルそろそろ死ぬわね」
「うわっ!?」
そろそろ苛立ちが生じてきたという、そんな折。不意を打つようにして背後から声がかけられた。この声は――奏さんだ。
「い、いきなりなんですか……」
「映画のパターンに当てはめて考えてみただけよ。砂浜で無意味に仲良く歩いている男女。海に入ったら死ぬわ」
「……サメ、ですか?」
「サメよ」
まあ冗談よウフフ、なんて言って奏さんはにこやかな笑みを作った。
果たしてこれが本当に冗談なのかどうかは正直ボクには分からない。多分冗談だと思うけど。
「で、何で恋愛映画なんて見てたのかしら? あまりこういうのに興味があるようには見えなかったけど」
「勉強です。今度ソロ曲貰えるようになったんですけど、それがラブソングみたいで……」
「ああ、そういうことね」
しかし全く参考にはならなかった。
これはボクの出自が関係しているのか、それとも単に観る映画が悪かっただけか……どっちにしてもこのままじゃ問題だよなぁ、と思う。
と、ふと気付いた。そういえば奏さんの代表曲の「Hotel Moonside」、あれもラブソング……に近いものではあったはずだ。
ロマンティックでアダルティック。ともすると神秘的というよりも蠱惑的な感を覚えるあの曲。奏さんならきっとこういったことには造詣が深いはず。
……ところで奏さん、そこに置いてあるジュースはボクの……いやもういいや。後でもう一杯注げばいいし……。
「奏さん、恋愛経験豊富そうですけど」
「ぼふっ」
「奏さん!?」
「けほっ! けほっ……ご、ごめんなさい。突然のことで驚いて」
「あ、すみません」
確かに突然すぎた。そりゃ驚くか。多分他の人に聞いても驚くだろう。
例えばこれが奈緒さんに聞くと顔真っ赤にして大騒ぎするだろうし、菜々さんなら吹くどころじゃなく逆に呑み込んでむせる。その後大騒ぎする。早苗さんなら……どうだろう。そりゃ大人だからねーなんて言ってケラケラ笑って適度に煙に巻くかもしれない。その辺早苗さんは大人だ。その辺を思うと奏さんのはまだ静かな方のリアクションと言える。他の人のリアクションが激しいとも言う。
「ボク、そういうの経験無くて。奏さんみたいに綺麗な人なら、もしかするとそういう感情の込め方とか分かるかなぁ、と……」
「あら。ふふ、氷菓も綺麗でしょう?」
「ありがとうございます。けど、ボクはちょっと……苦手で、その。そういうの」
「そう?」
苦手、というかできない、というか。
もっと将来、自分の性的境遇に対して割り切ることができればまだ分からないけど……今はどうにもこうにも無理だ。考えられない。
それに加えて、まあ、うん。アレもある。
「特に恋愛ができそうになくて。何か良い手段があれば、教えていただければと思うんですけど……」
「あまり人の事情には口出しできないけど――そうね。『
「? はい、そうですね。恋愛、好きな……趣味とか食べ物とか、恋人……」
「他には?」
「挨拶とか。『よろしく』って言葉にも使いますよね」
「そうね。もしかして、わざと?」
「?」
……他に何か特殊な意味があったっけ……? やっぱり奏さんには分かってるんだろうか。
「『I Love you.』って言葉は、情愛、性愛の意味だけを持つわけじゃないわ。外国じゃあ、家族や友達に親愛を伝えるために、気軽に『I Love you.』を使うの。フフ……日本人には、少しわかりづらい感覚かもしれないけど」
「あー……」
「だから、そうね。確かにラブソングだけれど、その『Love』の解釈を変えても、成立していいと思うの。家族を想ってもいいし、友達を想ってもいい。それだって紛れもなく『愛』よ」
「愛……なるほど」
愛。それも、愛。
成程、家族を想うことも、友達を想うことも、愛。
まあちょっと拡大解釈してるとは思うし、奏さん自身もなんかちょっとこれは違うなと言いたげな表情をしているけど。それでもボクの求める答えに一番近いのはそれだ。
というかよくよく思い返してみると、それも含めてのトラウマなんだろうと思う。他人との性愛というものをいまいち信用できないというか。
一回目の人生では母が父を使い潰してボロ雑巾。二回目の人生では父が母を捨てて生活苦。いずれもボクは死ぬほどの目に遭ったわけだし……まあ、うん。愛や恋を歌うと言っても白々しさが出てしまうと思う。
それを思えば、家族愛や友愛を歌うことの方がよりそれらしい、かな。奏さんの言う通り、どちらも同じく「愛」だ。同列に語ることはできないけれど、その質が似通ってさえいれば伝わるものもあるはず……だと思う。
「なんとなく……分かった気がします。ありがとうございます、奏さん」
「役に立てたのなら、光栄ね」
「役に立ったどころじゃないですよ。本当にありがとうございます!」
少なくとも、何も無いよりははるかに良い。足がかりができさえすれば、トレーナーさんの指示を受けて逐次修正していって、いずれ納得いくような歌が歌えるようになるだろう。
「――――じゃあ、お礼代わりに今から付き合ってほしいのだけど?」
「え、何に……?」
「映画」
「……あっ」
奏さんは不敵な笑みを浮かべ、ボクにいくつかのDVD……と、BDを見せてきた。
「面白いわよ。多分」
「多分って何ですか……!?」
「私も人におすすめされただけでまだ見てないから」
「見てないものなのにですか……」
「見てないものだからこそ、よ」
――結果、またしてもボクは奏さんと映画の鑑賞マラソンになだれ込むことになるのだった。
なお、題名や題材は少々イロモノ臭がするものの、内容自体は面白かったことを付記しておく。
@ ――― @
「ただいまー」
「おかっ……何を持って来たんだい、氷菓……?」
「ジンギスカン」
翌日、ボクはちょっとした食料を買い込んで施設の方に戻っていた。
結局のところ、ボクにとって「愛情」を感じられた一番最初の経験というのは、あおぞら園でのことになる。
改めて愛というものを見つめ直すには、ここがうってつけだと思ったわけだ。
……で、まあそこからの流れで、園のみんなに何か美味しいものを……ということで、ジンギスカンを買って来たわけだ。
においはややキツめだけど、下処理その他をしっかりすればちゃんと美味しくたべられる……はずだ。
……ちなみに、園のみんなの分をまかなうには当然だけど何キロも必要になるわけで。
基本的にボク一人じゃ持ってこられないので、おじじのところの従業員を一人借りてこっちまで来ている。
なお仕事は終わったので当人は帰った。御馳走すると言ったんだけど、「ボスへの裏切りになる」とかで断られた。おじじそこまで狭量じゃないと思うんだけど、やっぱり怖いは怖いらしい。とりあえず夏フェス発表の新譜は贈っておいた。
「またそんな高価なものを……」
「ボクのお金をボクがどう使っても勝手でしょ」
「自分のために使ってほしいんだがなぁ」
「自分のためだよ。今回のはホントに」
「それは普段は違うということかな?」
「ソンナコトナイヨ」
いつだって自分のためだよ。
結果的にみんなに良いもの食べさせようとしてるだけでボクはボクのために動いてるだけだよ。
「まあ、みんな喜んでくれるだろうけどねえ」
「それが見たいんだよ、ボクは」
みんなが喜んでると、こう……何て言うんだろう。心の中がくしゃっとして嬉しくなるっていうか。
「もっと独り占めとかしないのかね」
「そんなことしても食べきれないし」
「私は今『押し切ってでも昔もっと食べさせておけば良かった』と少し後悔しているよ」
「それは、ちょっと、ごめん」
別にボクだって先生に心配かけようと思って食べなかったわけじゃないんだし、そこは許してほしい。
ダメか。ダメだな。これずっと言われるパターンのやつだな。知ってる。大人にとっては幼少期の出来事はどうしても強く胸に残るものってやつだこれ。
「私は何かした方がいいのか?」
「んー……お姉ちゃんたちとホットプレートとか出しといてもらえるかな。ボク持っていけなさそうだし」
「うむ、分かった」
「ありがと。ところで先生、ちょっと聞きたいんだけど」
「何だね?」
「うん。下の子たち、何かスカウト受けたとかそんな話、あった?」
「いいや、氷菓以外は聞いておらんぞ?」
「そっか、ならいいんだけど」
「どうしたんだい、突然」
「ちょっとね。心配事」
こう言ってはなんだけど、今のボクはそれなりにアイドルとしても活躍できるようになってきていると思ってる。
……自信過剰かもしれないけど。でも、やっぱり人気は、デビューから半年も経ってないにしてはかなりのものだ。
で、流石にそろそろボクの出自についても知ろうという意向が各局から出始めるころでもある。
……それが知れてしまうと、今後は他のプロダクションや心ないスカウトが、二匹目の
ボクは偶然346プロで良くしてもらってるけど、他のプロダクションが皆そうだというわけじゃない。信頼できそうなのは……876とか765とか315とか……あとは新興事務所の283プロもアイドルに対して非常に親身で評判も良いけど、それ以外に関しては……どうだろう。よく分からない。
姉曰くボク以外にああいう強引な手を使うことは無いと言うし、普段の振る舞いはともかくとしても要所要所では信頼できる――肝心なところでしか役に立たない――から、大丈夫だと信じたいところだけれども。
「せめて346プロとかならまだいいけど……もしそういう人が来たらまずボクの方に言って」
「うむ、そうだなぁ……本人が望むならとは思うが」
「そういう純粋な子を食い物にしようとする人は必ずいるってこと」
「そうだな。うん、その時は連絡しよう」
「お願い」
……とりあえず、これで予防線としては充分かな。
できれば防犯カメラとか警報装置とかそういうのも置きたいところだけど、児童福祉施設っていう場所が場所だけに、内部事情について不透明だと色々と問題があるしなぁ……。
やっぱり、個人個人で警戒する以外に無い、か。
「……いや、ああ、ダメだ」
「……ん? 何か問題が?」
「あ、ううん。ごめん。ボク個人の話」
……「愛」について模索しに来たのに、猜疑心をより深めてどうするんだ。まったく。
あ、でもそうか。考えたら先生たちの方がよっぽど詳しいな、こういうこと……。
「そういえば先生、ボク今度ラブソング歌うことになったんだけど」
「らぶッ!?」
「へ?」
「いや何でもない。続けなさい」
「……え、ええと。恋愛とか、そういうことについて、ちょっと詳しく聞ければなって……」
「………………」
「先生?」
……硬直している。何だろう。何かショックだったのだろうか。
と思っていると、先生はボクに「ちょっと待っていなさい」とだけ告げ、携帯片手に足早に廊下を駆けて行った。ちらと見えたナンバーは、どうもおじじのもののようだけど……。
「――――私だ。古宮、氷菓がラブソングを歌うという話を……」
……何だ、報告か。先生もおじじと仲良いから、その関係かな。
そう思いつつ、ボクは今晩の食事のために野菜を切り始めた。
「……そうだ、氷菓が、恋愛……悪い虫がついたら……悔やんでも悔やみきれん……」
『……うちのモンを監視に……』
「……13歳じゃ早すぎる……」
『……まったく……』
……しかし先生たち、一体何を話してるんだろう。
ボクがそういう曲歌うの、やっぱり変なのかな。
変なのかもしれない。まあ、自分でもそれは分かってるから模索してる最中なんだけど。
あー、でも、そうだ。また晶葉に笑われそうだ。くそっ。今度晶葉も同じようにラブソングとか貰ったらこっちから笑ってやる。いや笑わないかもしれないけど。
そんなとりとめのないことを思いつつ、ボクはみんなの喜ぶ姿を想像しながら、夕食の準備を整えていった。
守護勢過激派(保護者組)
なお奏さんはごく普通の映画好きでありクソ映画ハンターではありません。